-第二百三十二話- 江戸のフードコート
1595年 秋 xxxx xxxx
「陛下……議会の結論が出ました」
「ホホホ、卿の表情から察するに、結果は上々ということじゃな?」
「御慧眼、誠に恐縮でございます。陛下」
「ホホホ、何はともあれ善きことじゃな。義兄上が崩御され、その力を大いに失ったとは言え、スペイン王国はついこの間まで七つの海を全て制しておったのじゃ。中央の力は衰えても、各地の諸侯共は未だに兵も金もふんだんに蓄えておる。そのような中で無理に相手をせっつくなど愚の骨頂。……熟れた果実とはいずれ枝から自然と落ちる物よの」
「それが道理だと臣も思いますが、庶民院の者達は目先の利益に釣られがちでございます。余程に美味しそうな餌を目の前にぶら下げられたのか、意固地なまでにローワーランドやノルマンディーへの進軍を推しておりました」
「……シナイの商人どもか。全く面倒なことよ。17世紀も近づいたこのご時世で「聖地奪回、十字軍の再結集を!」などとは呆れてものが言えんぞ」
「確かに彼らの活動には手を焼かれましたが、ご安心を……。既に手は打っており、息子が実行に移っておりますれば、遠からず彼らのブリテンでの活動は下火となりましょうや」
「そちも自慢の息子を持っているようで結構なことじゃな。妾には子がおらぬがなんとも頼もしい姪がおる。妾達、爺婆が死んでも次代は安泰ということじゃの」
「お戯れを……女王陛下には一年でも長くご活躍を頂きたい、と臣は願っておりますぞ」
「ホホホ。そうか、そうか!それでは、精々が暖かい毛皮に身を包み、養生に努めようとするかの?」
「それが宜しいかと……。これより、我が国は政・財・軍、その多くを北に向けることが出来ますので……」
「頼むぞ?折角、妾の可愛い姪が残してくれたロシア株式会社を無為にするわけにも行かぬでな?」
「ハハッ!殿下が興された新会社の勢いを見て、新たにロシア株式会社を再編、分割することに成りましたので、今後はより一層の発展を我が女王陛下に齎すことが叶うと信じております」
「ホホホ、ホーッホッホッホ!ロシア、キエフ、ポーランド、スウェーデン……先ずは身内争いに終始しておる奴らを併呑じゃ!しかる後には、後顧の憂いなく我らはドーバーを渡って見せようぞ?!シナイの商人どもの思惑には乗らずにの」
1595年 天正二十三年 秋 江戸
うむり。やはり、新米は美味い!
うまい米にはなんでも合うが、個人的には、この江戸前の海苔佃煮が首位なのは譲れない。
熱々ご飯に乗せられる漆黒、艶々の佃煮を乗せて頂く一口……ああ、たまらん……。
「おや?父上は天ぷらを食わぬのですか?!ならば、冷えては勿体ないのでここは私が頂きましょう!!あ~ん……くっはぁ~!やはり海老の天ぷらは最高ですねっ!」
「ああああ!!!!お前!なにしとんじゃぁ!!!」
なにが冷えてしまうだ?!
たかが、一口、二口、佃煮ご飯を頬張ったところで、熱々の天ぷらはそう簡単には冷めんぞ!!
「……やってくれたな、美月よ。……俺は愛娘だとて容赦はせぬぞ?食い物の恨みは恐ろしいと、その身に深く刻むが良い……」
「ほほぅ。父上……。この私に手向かうと言うのですかな?塚原様より伝わる鹿島神流、今代継承者のこの私に勝てるとでも?」
「くっ……。凄まじい圧力だが……俺も伊藤家の男!卓上の天ぷらの仇とならば、力及ばずとも全力をもって己の一存を通して見せようぞっ!」
がたっ!
「「いざっ!!」」
互いに腰の物に手を掛け、椅子から立ち上がる……。
すっぱ~んっ!!x2
「「あ、いったぁ!!」」
「なに、馬鹿なこと言ってるの?!あなたたちは?!」
「「……」」
さすり、さすり。
俺も美月も、姉上の扇子で叩かれた額を涙目でさする。
「太郎丸も海老の一本如きで情けない……早く、そこの屋台に駆け込んで新しいのを揚げてもらいなさいな!」
「はっはっは!まったくですよ?!父上!」
「あなたもでしょ……。全く美月もいい年を通り越してるんだから、いつまでも娘気分で父親にじゃれつかないの!」
「はぅぁ!」
「沙良を見習いなさい!太郎丸の妻の沙良は、貴方のようにはしていませんよ?!」
「……いや、美月ちゃんは美月ちゃんというか、私は一緒にされたくないというか……そもそも城の外で暴れるのは流石の私でも……」
なんとも常識を弁えた我が妻である。
して、そうなのだ。
今日の昼餉は、江戸城を出て、江戸市中で取っている。
ただ、市中とは言っても伊藤家の施設内ではあるのだけどね。
江戸城の東門を出て、諸将の江戸屋敷が臨在する丸の内を越える。するとすぐに見えて来る銀座へと至る大太鼓橋の手前の一角。
江戸城の兵士長屋や土木奉行所がある一角の飯所、通称食い倒れ横丁である。
この食い倒れ横丁、元々はその場所の示す通りに、江戸城の長屋住まいの兵士達や人足達が食事をするただの広場だったのだが、時と共に雨風を凌ぐための屋根や壁が建てられ、食事を運ぶ手間を省くために勝手所が拡張、移設され、大層な垣根や塀で区切られたわけでも無いために周囲に飯を売る屋台が集まり始め……気付けば、江戸城下に一大フードコートが生まれてしまったということである。
物が食事であるために、出入り業者や素材の見分は念入りには行われているが、何と言ってもここは江戸の都。
みなさん結構好き勝手に飲食商売をしているのですよ。
ただ、警備は竜丸が直々に選んだ柴田の者達に加え、母上、姉上直属の者達も担当しており、俺としては関東でも一二を争う、安全この上ない広場だと思って寛いでいる。
今日は家族だけじゃなくて、客人も招いているわけだしね。
あ、……客人の方々にはさっきの一コマは見られてないよね?
大丈夫だよね?
「プリンスィペ・カゲキヨ。今日はなんとも興味深い場所にご招待いただきありがとう。ここはなんとも興味深い形態の飯屋ですな。多少のロカリサシオンを施せば、我が領内でも広く受け入れられそうだな?エドワルドよ」
「はい。義父上。このように開けた場所で、各々が好みの食事をとる。……グランコロンビアの民が好みそうな形式だと思います」
「アルベルト卿、エドワルド卿のご両名にそう言っていただけると、この場所にご両名を案内した私も非常に嬉しいというものです」
お客様その一。
付き合いもなが~くなったアルベルト卿とその娘婿であるエドワルド卿だ。
獅子丸から聞いた範囲では、アルベルト卿は呂栄での仕事を終えた後は、南アメリカ大陸の海岸地域に大きな農場を拓いて、悠々自適の隠居生活を始めようとしていたらしいのだが、やはり現地の状況が隠居を許さなかったようだ。
グアヤキルの北の一角に広大な農場を拓き、周辺の住民を雇い入れて農場を営んでいたところ、周辺諸将とのいざこざが生まれたようだった。
アメリカ大陸の諸将。いわゆるセニョーレスは、今でこそある程度の善政ともいえるべきものを敷いてはいるが、如何せん、根っこの文化にはラスカサスに指摘された蛮行時代の名残があるのだという。
一方のアルベルト卿は、実兄が長年スペイン無敵艦隊の司令官を勤め上げて来たサンタクルス侯爵アルバロ卿である。
世界最強の「太陽の沈まぬ帝国」の中枢で王国を牽引してきた一族の進歩的なその考え方は、実に一昔前のセニョーレス達とは一線を画す。
そんなわけで、ある種の必然の如く、旧体制のセニョーレスと進歩的なセニョーレスの争いに巻き込まれ、気が付けばペルー副王領の北部地域、ボゴタを中心にカラカスからグアヤキルまでをひとまとまりとした大コロンビアの代表者の一人になっていた。
ただ、アルベルト卿も年が年だし、諸々心配だ。
さて、ここで少しだけアメリカ大陸の歴史を振り返ってみよう。
アメリカ大陸のスペイン王国副王領は大きく分けて二つ、アステカ帝国を征服して打ち建てられたメキシコを中心としたメキシコ副王領と、インカ帝国を征服したリマを中心とするペルー副王領の二つが存在していた。
この二つの副王領は、大国と小国、諸将の領土が入り混じったヨーロッパの状況以上に数多の勢力が入り混じり、それぞれにそれぞれを牽制し合うような状況だった。
スペイン王国の統治基盤となった前帝国からの都市跡と港湾都市が都市国家然と存在し、その周辺にはセニョーレスによって大農場、大牧場が運営されていた。
しかもその大農場の規模は、日ノ本の農地などとは比べ物にならない程の規模であり、どちらかと言えば中華の大農地の様な案配だ。
そして、フェリペ二世が死んだ後の今、スペイン王国は大混乱時代を植民地ともども迎えている。
北アメリカ大陸中心部はメキシコを中心に北大陸がエストレージャ卿の後継者ルベン殿を筆頭にサンタクルス一族が治め、中米以南は大きく三つに分けられている。
そう、分けられてはいるのだが、そのどれもが「国」といったほどに中央に集権化がされていない。
強いて言えば、アルベルト卿が居る大コロンビアが最もまとまりがあるのではないだろうか?
……信繁と田介の報告を聞くとね。
「ほっほっほ。流石は日ノ本一の都の江戸ですかな?ヨーロッパの方々とも親しく交わられているようで結構なことですな」
流暢な明語を操る僧侶が俺に声を掛けて来る。
残念ながら、俺は明語を解さないので、地元、江戸住まいの僧の通事を受けての受け答えをするしかない。
「我が領は来る者は拒まずですからね。当地の仕来りに敬意を払い、人々を思いやる心を併せ持って下されば、私どもに如何なる客人をも冷遇する謂れは御座いません」
「これはこれは、なんとも惣領殿は仏の御心を学んでおられるようですな。結構、結構。拙僧としても、遠き異国でこのようなお方と言葉を交わせるとは望外の喜びですな」
「それはどうも……」
って、俺は仏弟子になったつもりはないのだが……。
まぁ、良くいる日ノ本の民と同じく、家の墓は寺にあるし、折に触れてのお祈りもこなしてはいる。
……そうしてはいるが、同様に社にもお参りをするぞ。
特に、当家では鹿島神宮の社と八幡宮の社には頻繁にお参りをしに行く。
と言うても、前々世の廃仏毀釈の様な蛮行が行われていないこの時代の日ノ本。寺も神社も同じ敷地内に存在しているし、昭和に躍進した統一神社宗教は発生していない。鹿島神宮では鹿島大明神を祀り、八幡宮では八幡大菩薩を祀っているもんね。
「それに、この短粒種の米は美味いですな。料理も、こちらの好きに選べる仕様になっておりますれば、生臭物は自然と避けることが出来ます。この形の食事処は、故郷のアユタヤでも流行ることでしょうなぁ。そう、願わくば、その辺りのことをアユタヤで広めてくれる人材の派遣を惣領殿にはお願いしたいところでございますな」
そう、このお坊さんは南のアユタヤからの外交使節の代表さんだったりする。
そして、その目的は日ノ本から兵を、若しくは練兵をこなせる武将を派遣して欲しいとのことだ。
まいったね、こりゃ。
どうにも俺はこの時代の南アジア、東南アジア史ってのには疎いもので良くは知らないのだが、一応は明の支配下にある海南島の南には大越があり、その南にはマジャパヒトとかアユタヤとかがあったのは薄っすらと記憶している……時系列とか時代はあやふやだが。
ああ、そうそう。アユタヤの日本人で山田長政の名前は記憶しているね。
現代の山田長政さんがどこにお住まいなのかは存じ上げないけどさ。
とまぁ、山田長政は置いといて、この目の前に居られる僧侶のマハーテラーさん曰く、ついこの間まで明の南はヴィエトナム、チャムパ、クメール、タウングーの主に四国に分割されていたらしい。
マハーテラーさんが仕えるアユタヤは数十年前にタウングーの王様の軍に攻められ、大敗北して属国となっていたそうだ。
だが、数年前にタウングーの征服王とやらが崩御し、彼の地では各地の諸侯がこぞって独立を目指して動いている真っ最中なのだとか。
詳しく聞いてみると、タウングー王国が勢力を急激に伸ばしたのは、ポルトガル商人たちが斡旋した火縄銃を装備した傭兵たちの活躍あってのものだった。
また、ここでもポルトガル商人かよ……と思わんでもない。
思わんでもないが、何にせよ火器を用いた用兵は東南アジアでも猛威を振るったそうだ。
「フェリペ二世の崩御からポルトガル勢力が後退、次いでタウングーの武力にも陰りが見えるということでしたかな?そこに我ら日ノ本の兵達を借り受けたいと……」
「無論、充分な物はお支払いさせて頂きますぞ?何より、我らには膨大な硝石、砂糖、香辛料がございます。どれもが、大商いを約束する物でございましょう。無論、金銀の蓄えも充分に御座いますので、ご要望とあればそちらでもお支払いさせて頂く、とは我が主の言葉でございます」
頭が痛いところだよね。
そりゃ、外交は国家運営にはつきものだし、今では日ノ本も大型船を動かし、ヨーロッパの国々に負けじ劣らじと、大航海時代に突入している。
けど、タイにビルマにカンボジアかぁ。
マレーシアにインドネシアもすぐ隣だよねぇ。
どうしよ。
ぶっちゃけ面倒臭いんだよなぁ。
砂糖は那須での甜菜糖精製が軌道に乗って長い。
景貞叔父上と北畠家の薫陶よろしく、現地の農民の皆さんの努力で品種改良も進み、今ではかなりの効率を以て砂糖作りが領内で実現している。
その生産量と流通量は、この飯所でも随所で料理に使われているのを見れば一目瞭然だ。
なんと言っても、屋台の一皿が四文から八文ってところだもんね。
塩と砂糖は豊富な関東ですよ、はい。
後は、硝石かぁ……。
確かに硝石は必要だけど、棚倉の頃からコツコツと行ってきた硝石丘の制度?仕組みってやつは、今や日本全土に広がってるからなぁ。
よっぽどの大合戦が行われない限りは、国内供給だけで、少なくとも大老家の需要は満たされてしまっているのが現状だ。
されど、百年、二百年の大計と考えれば、ヨーロッパとの西回り航路確保のためにマレー海峡には発言力を持っておきたいのも事実。
現段階では、ポルトガルがそのあたりの航路を抑えてはいるが、スペイン王国が今以上の衰退を始めれば、北欧の新興国が前々世のように海洋支配を強めることに疑いようはない。
十零の通行料とかは勘弁願いたいもんな。
せめて五分条件での通行はしたい。
「お坊様のご意見は理解したつもりです。されど、私の一存では海を越えての派兵などは決し得ぬのもご理解下さい」
「はい、それはもう……。されど、我らにも多くの時間があるわけでも無いこともご理解下され」
優柔不断な大友殿ならマハーテラーさんの話には乗らないだろうけど、野心たっぷりの尼子殿とかはどうなるかだよね。
慎重な長尾殿は当家の動きに追随するだろうけど、もしかしたら長曾我部殿辺りは利に釣られるかも知れないし、何と言っても近頃は殊勝な狸さんは何考えるかわからないしなぁ。そういや、件の山田長政って徳川家の臣下だったんだっけか?
うぅん、面倒臭いけど……仁王丸の父上に会いに行ってくるか。
船使えばすぐに行って来れるし……。
伊藤家領内、一般兵の食事事情@江戸編です。
基本の一膳米と汁物は広場中央の勝手所にて配布。
料金は給料天引きで格安設定……この辺りは藤吉郎と犬千代君が勿来で堪能した感じの内容ですね。
そして、米と汁を手にしたら卓に置いて、周囲に集まった屋台からおかずをオプション購入です。
天ぷら、煮魚、焼き魚に佃煮から鰻から鴨や獣肉の燻製まで、豊富な献立で商売をこなしております。無論、日が暮れた後には酒の販売も解禁していますし、館山文化よろしく那須からの畜産加工物も多数取り揃えております。
そして、アメリカ大陸のお話と東南アジアのお話が少々。
あ、北欧・ロシア方面の話も冒頭で出てきましたね。
複雑化する国際情勢も、無遠慮に太郎丸君を巻き込んでいきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




