-第二十三話- 北条という皮を被った伊勢一族
天文二十年 初冬 那須 世笹川流域
冬の那須。ちょっと信じられないくらい寒いです。
俺はこの寒さを初冬とは言いたくないです。
だって、これからもっと寒くなるってことなんでしょ?
この数年、勿来でぬくぬく過ごしてきた俺の身体は那須の強風乾燥には耐えられない。
なんともデリケートな身体に仕上がっております。
さて、俺たちジャガイモ栽培部隊。
もう少しで収獲が終わるということで、主な兵士たちは所属の城へと帰って行きました。
ありがとう皆!おかげで予定の実験は出来たし、来年はこの収穫分から種イモを出せるってもんだ。
そして、まだ俺と残っているのは、尾張屋の面子と、俺たちの護衛という形で勿来から連れてきた五十名ほどの兵。
尾張屋の主人、親分の吉法師は、子分の藤吉郎がまだこっちに残っているというのに、「俺に寒さは似合わん!尾張に帰る!」とか言い残してとっとと塩釜からの戻り便に乗っていきやがった……覚えていやがれ。
「しっかし、若殿。もう少しで勿来に戻れるっちゅうのが唯一の救いですな~」
「全くだよ……ほれ、藤吉郎。湯が沸いたぞ、お前も飲め」
俺は、作業員用に建てた長屋の一角で囲炉裏に下げた鉄瓶から藤吉郎の湯飲みに湯を注ぐ。
まったく、今日は午前中からよく冷える。
しとしとしと。
外から、どうにも心気臭い雨の音が聞こえてくる。
しかも、氷雨ってやつなのか、やけに寒い。
「ズズッ……ほぅ。あったまりますなぁ……しかし、伊藤家の長屋っちゅうのは暖かい暮らしができるもんですな。囲炉裏に二段床、二段壁に壁紙ですか。こいつが簡易宿舎ってんですからね。そりゃ、村のもんも今の家からこっちに移り住むってもんでさ」
「ありがたい話さ。そのおかげでせっかく建てた長屋も無駄にならんし、元の村の住居跡も畑になる。原野を切り開かずに開墾ができるってもんだ。しかも、来年からは日当無しでこっちの畑の面倒も見てくれる」
長屋を丸っと近隣の村人達に渡すことを条件に、ジャガイモ畑、春からはカボチャ畑だけどな、を維持管理をしてもらうことが決定した。
カボチャの収穫までには年貢についても考えておかないとなぁ。
どうあれ、現実的にここの畑は俺達で管理できるものでもないんだから。
「ズッズッズズ。若殿には前に話させておるかもしれませんが、儂は尾張の農村の餓鬼でしてな。顔も見たことのない父親はソコソコ金回りのいいお人だったようで、名前も知らん子供とはいえ、その子を寺に放り込める程度の銭はおふくろ様に渡しちょったらしいです……そんことで、儂は百姓にしては多少は学がある方でさ。その儂が吉法師様と世界中を……と言っても呂宋ぐらいまでですがね、世界を見た中で言わせていただくと、伊藤家の領民程に大切にされとる連中は少ないでしょうなぁ、願わくば若殿にはこのまま百姓領民を大切にしていただきたい、そう思っちょります。はははは」
う~ん、前世世界の天下人は十五歳でも言葉が重いね。
「……もう一杯飲むか?」
「……へぇ、いただきましょう」
実際に俺が声に出せたのはこのくらいが精一杯だった。
なんか、照れ臭いよ……な?ん?
がらららっ!
「なんか!良く分からないけどいいこと言ってる雰囲気が癪に障るわよ!太郎丸と藤吉郎の癖に!」
……暴君ご登場でござる……。
俺も藤吉郎も深いため息……ハァ。
「ハハハ。元様。あまり若殿を虐めなさいますな」
忠平のやさしさが身に染みるよ……。
「太郎丸!あんたに頼まれた耐火煉瓦と耐火粘土の原料持ってきたわよ!……って、実際に運んできてくれたのは、偶然、黒磯から羅漢山に戻るところだった忠平達なんだけどね!」
うん。忠平が一緒の段階で分かってた。
それでも、一番偉そうな姉上にしびれるあこがれる……まぁ、実際に一番偉いわけだけどさ。
「して、元様、義父上。これらのものはどちらに運べばよろしいので?」
「ああ、すまない。ちょっと待ってくれ。囲炉裏の火を落としてから……この土の部分で組み立てるとして……うん。こっちに持ってきて!ついでに雨水の甕を使って、耐火粘土を溶いておいてもらえると助かる!」
俺はこれから作ろうとしているものの完成形を予想しながら指示を出す。
「忠樹、清平!若殿の指図通りに準備せい!」
「「はっ!」」
六十も半ば過ぎだというのに忠平の声には何ともハリがある。
しかも、今日みたいな寒い日にも関わらず、黒磯から羅漢山までを、椿油で丁寧に手入れをされているとはいえ、狼の毛皮外套を羽織っただけで移動している。
うん。まだまだ元気でいてもらいたいよ。
「しかし、屋内で使われますか!少量であるからして、何やら新しい発明かと期待して付いてきたのが正解でしたな!……おお、そういえば、この二人とは初対面でしたかな?どちらも儂の遠縁、安中の者でしてな、背の高い方が清平、低い方が忠樹と申しますじゃ」
「「以後、お見知りおきのほどを!」」
「こちらこそよろしくね!」
本当によろしくだ。
忠平が彼らをここに連れてきたということは、今後、忠統と忠孝の代わりに、俺の思い付きに振り回される役目は彼らになったということだな。
忠統と忠孝の双子は、袋田城で責任者となってるため、俺の手伝いができない日々が続いているからな。
「で、若殿は何をなされるのですか?南は南はすっごく気になります!」
俺のお古の狼の外套をまとっている阿南が、いつの間にか隣に座り込んで顔を覗き込んできている。
お目々ウルウルで好奇心爆発中だな。
うん。マジ天使。おぅ!マイスィートエンジェル!
「そうだな阿南。これはお前がこの長屋で寒い思いをしないで済むよう考え付いたものだ」
「まぁまぁ。南は本当に若殿から愛されているのですね。ありがとうございます!」
ぎゅっ!ひしっ!びちゃっ!
どちらからということもなく硬く抱き合う二人。
響き合う鼓動。
そして、水にぬれる俺の着物……。
「阿南……愛を確かめ合うのは結構だけど、外套ぐらいは先に脱ぎなさい。太郎丸がびしょ濡れじゃない……しょうがないわね」
「「えへへへへ」」
姉上に飽きられつつも抱き合う力は緩まない二人なのであった……ちょっと、水に濡れて冷たく感じるんだけどね!
天文二十年 初冬 那須 余笹川流域 伊藤元
「こんな形で良いはずです……よ、と」
満足気な顔で太郎丸が胸を張る。
囲炉裏の位置に作られた……小型の炉?形は「丁」字型といった感じかしら。高さは三尺半といったところね。
天井部分にある穴あき部分、そこが自在鈎の下にあるということは、やはりこれは小型の炉のように見えるけど……。
「ふむ。太郎丸様。これは見たことのない竈?炉……ですな?」
相変わらず、忠平は太郎丸の作ったものに興味津々になるわね。
「うん。火箭暖炉と言ってね、そのまま火に当たるよりも何倍も暖かくて、煙も出にくいので室内で暖を取るには最適なんだよ……ってことで、忠樹、清平!悪いんだけど、この暖炉の下、狭くなっているところに火を起こしてもらえるかな?種火は長屋の勝手所にあるから。お願いね」
「「はっ。お任せを!」」
忠平の養子二人は走って種火を取りに行ったわね。
「姉上は土間に積んである薪を細くしてもらえるかな?そうだな……親指二本程度の太さで!阿南と藤吉郎は収穫したジャガイモを洗って切る係りだ。あ、油も持ってこなきゃな!」
油!ピンときたわよ!
これは私の得意な油料理ね!
任せなさい。きっちり太郎丸の注文通りに薪を細かくしてやるわよ。
「では、儂は何をしましょうかの?」
「忠平は、この火箭暖炉の構造、作り方をじっくり観察して覚えてよ。上手くいけば領内の冬で凍える人たちがいなくなるからね!」
「それはそれは。重要な役割ですな。伊藤家は奥州の最南端で比較的暖かいとは言え、山の里では寒さで身体を壊す者も大勢いるのが実情ですからの」
寒いのは辛いわ。
……そうね。
私も子供時分は気にしていなかったけど、最近ではめっきり寒さに弱くなってしまったわ。
師匠とやる寒中稽古でも以前ほどのキレが出てくるまでに時間がかかるもの。
うん。山の里にいるお年寄りなんかには少しでも暖かく過ごして欲しいものね。
……私はお年寄りなんかじゃないけどね!
天文二十年 初冬 羅漢山城 伊藤景元
ぽりぽりぽり。
ぽりぽりぽりぽり。
ぽりぽりぽりぽりぽり。
「何じゃ、この忠平が景藤のところから貰ってきた「ぱたたちふれ」なる菓子。止め時が分からんのぉ」
「正しく。癖になる味ですな。父上」
「ご隠居様も信濃守様もそろそろ某の報告をですな……ぽりぽり」
そういう、忠平も手が止まらぬではないか。
……しかし、楽しい時間には終わりが来るものなのじゃな。
皿の上にぱたたちふれはもう存在しない……。
諸行無常とはこの事か……。
「ふうぅ、それでは報告を聞こうかの?ズッ」
「うむ。忠平頼むぞ。ズズッ」
「はっ。分かり申した。ズッズ」
塩味の効いた「ぱたたちふれ」を食べた後は茶が美味いのぅ。
「まず、ことのはじめは秋の刈入れが終わったあたりですな。宇都宮の軍が壬生城に籠る山内上杉勢に攻撃を仕掛け申した」
「ふむ。ここ数年の年中行事だな、忠平」
「左様です。壬生城は元々、壬生氏の居城なれど先代の綱房が主家である宇都宮氏の居城を乗っ取った折、その留守を上杉・佐野連合軍の手で落とされて以来の因縁。綱房自身は宇都宮尚綱により追放の憂き目に遭っておりますが、その子の綱雄は未だ宇都宮家中において実力を持っております」
主家乗っ取りを企み成功したかと思えば居城は奪われる。
更に、死んだと思っておった主君が生きて戦より戻ってきて、自身は追放される……。ちと、お粗末な男よのぉ、綱房。
「家中の実力者ゆえに、毎年、勝ち目の無い己の面子の為だけの戦が実施できてしまう……。関係も無いのに駆り出される宇都宮の他の者達が哀れですな」
「正しく。して、今年はいつもの如くの、「なぁなぁ」で終わると思われた戦が些か激しいこととなりましてな。攻め手の宇都宮方の損兵が大きかった模様。そして、そこに目をつけてしまった御人がおられまして……」
「ふむ。まさか……の」
嫌な予感しかしないわ。
「ええ。小山に逃げ籠っておった古河公方様です」
「「ああぁ」」
思わず景虎と親子揃って顔を手で覆ってしもうたわい。
「で、既に兵を?」
「はい。出し申した。今頃は宇都宮城近くの田川沿いで戦っている頃合かと……」
「双方、どの程度の兵じゃ?」
「ともに千も集められれば上等かと……。それでも、率いる将によっては……とも思いますが、どちらの家にもまともに戦働きができる将はおりません。無駄に兵を失ってそれぞれの城に逃げ帰るだけでありましょう」
「「さもありなん。ズズゥ。」」
今度は揃って茶をすすってもうたわい。
「問題はここからです……実は古河公方様は近隣各将に、宇都宮を討て、と書状を出しまわっておりまして……それを好機と北条が古河に兵を集めているとの話です」
……言葉が出て来ぬとはこの事じゃな。
「自分を匿ってくれた宇都宮に牙をむき、自分を古河から追いやった北条に尻尾を振るのか……。足利はどこまで行っても足利か……」
景虎の嘆きはようわかる。
……ご先祖様たちも、顕家公との一回目西方遠征の折に、しっかりと尊氏公の首を取っておれば、こんなことにはならなかったであろうに……お恨み申し上げますぞ!
「して、北条はどれ程の兵を集めておるのか?」
「古河近辺の兵だけで六千、武蔵・下総の兵で一万五千ほどかと……流石に、相模・伊豆の二万五千は武田・今川の動きに対応するために動かしはしないでしょうな」
これだから大身は嫌じゃな。
北条が北に向けることのできる一万数千で、我が家の全兵力に匹敵するではないか……。
まったく……。
「北に向かう可能性がある北条軍、仮に一万五千と推定するとだ、その軍が一度動いたら小山城、宇都宮城だけで満足するのか?儂はそうは思わん。最低でも壬生と忍に籠もっておる山内上杉、小金城に籠もっておる扇谷上杉は潰して、鎌倉殿に連なる血筋の全てを小田原へと連れ去ってしまいたいじゃろうて」
「……そして、そこまで大きくなった北条は当然、奥州へもその野心を向けましょうな」
景虎の申すことも、忠平の申すことも、その通りじゃろう。
「……そうなれば必然。我らがその手前で奴等を押し止めねばなりますまい。北条と名を変え、鎌倉の執権として鎌倉殿を抑える、という大義名分を掲げておるが、所詮は足利幕府重鎮の伊勢家一族よ。西の者の東方遠征の匂いがぷんぷんとするわい。儂ら伊藤家は北畠顕家公に付き従い奥州入りした家とは言え、平安の都のその昔より、関東以北に根を張る秀郷公の血筋。坂東平氏がその根っこよ。西の侵略者共に関東をいいように蹂躙されるのは面白うない!」
「その通りですな父上……ただ、足利に合力する謂れは有りませんからな。同族争いは勝手に繰り広げておいてもらいましょう」
「ふふ。我らが安中一族も、元は源氏に滅ぼされた安倍氏が末。西からの公家侍がこの地に近づくのは虫唾が湧きまする」
三人の意見は纏まったな。
「では次回の評定の時、この件、策を皆で練るとしようぞ。いかにして、北条の伸長を阻害し、奥州の守りを固くするか、だ」
うむ。
三人ともに深く頷く。
「次回の評定は師走にここ、羅漢山じゃ。それまで景虎、忠平、双方案を練ってくるのじゃ、儂も全力で頭を働かせようぞ!」
「「はっ!」」
後北条に関しては「関東の雄」などと称されることが多いのですが、彼らは室町幕府重臣一族である伊勢家が、同じく室町幕府重臣一族の今川家の後援の元に成立した勢力です。坂東武士からしてみれば西からの侵略者一族であることには変わりません。(諸説あり(笑))
伊藤家としても源氏平氏、坂東上方、北朝南朝などなど、いろいろと複雑な思いが混ざり合い、数百年の時の中で熟成されております。
はてさて、彼らが選択する方向性とはいったい何なのでしょうか!
と、アオリも決まった(?)ところで。
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




