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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第六章- 浄土求道 
226/243

-第二百二十六話- 広東、広西、湖広

天正二十三年 春 衛州 伊藤景基


 澳門のある湾奥に位置する城郭都市、広州府。

 この広州府が管轄する広東こうとうなる地域は非常に大きい。


 明朝との事前の話し合いの中で、私たちに要請されたものというのは、広州府の確保と反乱の中心地である播州への補給路の切断だ。

 琉球の件、奴隷貿易の件、怪しからん動きをしたイエズス会の件への対応ということで、私たちは日ノ本の総意として、この明朝からの要請を受け、ポルトガルの大陸拠点を潰すこととなった。


 無論、事前に地図でも広州府一帯の規模を確認したし、博多を中心として活動している明人商人たちからも詳しく話を聞いた。


 聞いたのだが……。

 聞いてはいたのだが……。


 「大陸は本当に大きいのだな……」

 「正に景基様の仰られる通りかと……。澳門と広州府の位置。そして、播州の位置などは事前に理解していたものの、まさか広州府のみが管轄する地域が東西二百里、南北百里にも及ぶ地域だったとは……」

 「我らが迂闊だったとは思いたくありませぬが、どうしても土地の規模といいましょうか、我らの考えの基準となるのは日ノ本の大地ですものね」


 東西二百里など、日ノ本で言えば鹿島から厳島までに匹敵するし、南北百里は鎌倉から仙台までに匹敵するのだ。


 それほどまでに広大な地域を管轄する城郭都市が広州府。


 当然のことながら、小規模の城郭都市はいくつも存在はしているのだが、それらの城郭都市は、その全てが広州府の下に付く形だ。

 形としては……そうよな、羽黒山城に付随した袋田城や三坂城のようなものなのだ。


 「宗茂殿、豊久。……私が言うのもなんだが、明にとっては、これだけの規模の土地でも苦も無く切り離せるというか、他国に借し出せるというのだな。場所だけで考えれば、ここは都たる順天府から見れば辺境も辺境。とりあえずは明帝の威光が届けばそれで良しという考えにでも至るのであろうか?」


 当家で考えれば、広東は蝦夷地の北端ともいうところか。

 いかさま、そこからの税などは当てにはしておらぬし、領内の賦役なども端から計算するものではない。

 むしろ、私たちが願うのは、単純に現地の治安維持と治水管理や街道管理に、近隣住民が満足に腹を満たしてくれることぐらいだ。


 中華の王朝というものが領地というものをどのように考えるのかは、中華の人間ではない私に正確な理解は出来ないが、話に聞くところではこのようなところとなるのであろうな。


 「景基様……。どうやら、広州府に入った順天府からの指示というのは真だったようですな。話の通りに南からの荷駄隊が衛州近郊で合流しておるのを見つけましたぞ」

 「よし……」


 広州府制圧戦より、私の直属として兵を率いている忠基ただもとより報告が上がった。


 今回、広州府の抑えを鍋島殿に任せ、宗茂殿に率いられた大友兵二千と、私が率いる伊藤兵三千と共に山岳地帯を縫う街道を通って北へ進軍すること百里。広東の隣、湖広ここうの南にまで来たのは、順天府より齎された明朝からの依頼による。


 曰く、播州の反乱軍は物資の不足を補うため、大規模な補給を湖広の南、衛州えいしゅう永州えいしゅう賽慶さいけいの三角地帯の辺りで行うであろう、故にこれを扼し、反乱軍の物資状況を再起不能にまで追い込んで欲しいとのことであった。


 「では、予定通りに軍を移動させ、西の山中に伏せるとしよう」

 「「はっ!」」


 ここまで、こちらの存在が向こう側には一切見つかっていないようだが……。

 そうだな、ここで欲をかくのは良くないであろうな。

 父上も良く言っていたな、「戦は時の運ではあるが、その運が向いているといって、その運に奢って当初の目的を忘れてはいかん」とな。


 ここまで軍の存在を知られていないのならば、このままに伏兵として配置が叶うならば……。もしかすれば敵軍を殲滅に至るまで叩くことも可能になるのかも知れない。

 だが、元の目的は、反乱軍に大規模補給を行わせないことだ。


 言ってしまえば、こちらの軍の存在を荷駄隊や受け取りの部隊に知らせても構わないのだ。

 播州と衛州は山を越えて百五十里の距離。そこまでの道のりを考えれば、もしも彼らが我らの軍を見つけてしまったら、播州まで満足な物資輸送を行う事などは不可能であろうからな。


 うむ。

 このような状況で、伏兵を続けようと兵を小分けにした挙句、反乱軍の大規模部隊にでも発見されては要らぬ損害を出すことになってしまうだろう。

 ここは粛々と軍を進め、衛州を東に見る場所に布陣し、反乱軍の受け取り部隊を攻撃することとしよう。


 ……

 …………


 どどどどどっどどっど!

 どだっどっどっどだ!


 「「うぉぉぁぁぁ!」」

 「「わぁぁあぁ!」」


 うぅむ。

 これはどうしたことなのやら……。


 「景基様……。如何致しますかな?」

 「そう……片方は反乱軍で間違いないのであろうが、はてさて、もう片方の軍は何処の誰なのだ?」

 「旗には「秦」と書かれておりますが……さりとて、私としても大陸の軍旗は有名どころ以外覚えておりませぬので……」


 なにやら宗茂殿が済まなそうに言っているが、私自身も大陸の軍旗など知り様がない。


 そもそも、順天府からの依頼書には援軍の存在などは書かれていなかった。


 ……だが、ここまで広範囲で反乱軍と明軍が相争っている状況、至る所に互いの勢力を標榜する軍はいるのであろうし、それらの軍の中には順天府の把握が行き届いていない者等も多いであろう。


 「どちらにせよ、片方は反乱軍の荷駄隊、受け取りの部隊であることは間違いない。ならば、我らとしては当初の目的通り、彼らに荷運びを断念させるとしよう」

 「「はっ!」」

 「宗茂殿は兵を率いて荷を守っている部隊を攻撃し、それを排除して欲しい」

 「はっ!」

 「忠基、我らは敵の「秦」の旗を追っている実戦部隊の横っ腹に突っ込むぞ!」

 「はっ!」


 ばっ。

 たからららっ。


 私の言葉に返事を返し、皆が揃って騎乗する。


 宗茂殿は本陣より離れて待機している大友兵の元に駆け寄って行く。


 荷駄隊から兵を多く引っ張って来れるのならば、それが最善手である故、ここは我らが一足先に動き出す。


 ここまで連れて来た伊藤兵三千は騎馬二千の歩兵が一千。

 私は歩兵一千を本陣の守りに付かせ、騎馬のみを率いて出撃をする。


 「出るぞっ!」


 はっ!


 馬に気合を入れ、麓で追撃戦を行っている反乱軍に向けて動き出す。

 山中に置いた本陣から麓までは、予め道を整備してある。

 下から丸見えにならぬ様、大きく木々を切り倒すことなどはせず、道を曲がらせながら麓へと至らせてある。


 麓に出るまでは常足なみあしだ。


 先ほど見えていた状況だと、「秦」の旗を掲げた軍は三百ほどの騎馬隊、それを追っているのは千五百ほどの部隊で、その内騎馬は百程度だった。

 あの指揮官は、反乱軍を殲滅するのではなく、いわば嫌がらせを播州まで続けるつもりなのであろうかな。刃を交えることはせず、敵の隊列を伸ばすことに腐心しているように見えた。


 さて、「馬の脚は無駄に使わない」これが騎馬隊を率いる時の鉄則だと、幼少の頃に羅漢山で忠平から徹底して習ったものだ。


 ちらっ。


 後ろを振り返り、全軍が山を降りきったことを確認し、速足はやあしへと移行する。

 敵軍の移動具合から想定する突撃地点まで、後、半里程度であろう。


 騎馬が十分に動けるように選んだ場所、突撃に際しては駈足かけあしで行えるというものだ。


 ふむ……「秦」の指揮官は我らの出現を予測しておったか?

 見事な誘導具合で敵軍の腹をこちらに見せてくれている!


 「突撃っ!!」


 途中で隊の先頭を忠基配下の強者に譲る。


 私も大御所様ほどではないとはいえ、伊藤家の男として恥ずかしくない程度の武勇は誇っているつもりだ。

 だが、紡錘形騎馬隊での突撃に於いては、その先頭部分の突破力がそのままに部隊の突破力となる。ならば、無駄な見栄などは張らずに、腕自慢、怪力無双の強者に先頭を任せるのが吉であろう。


 どだだだだっだだだ!

 だだだだっだっだだだ!


 「「うわわぁぁっ!」」

 「「○○△□!!」」「「□▽△○□!」」


 馬上槍を正面に整え、隊列を乱すことなく敵陣を突き破る。


 さても反乱軍の突撃に対する反発は弱い。


 「忠基!左右に分かれて次撃行くぞ!」

 「はっ!!」


 隊の位置に従って、忠基の指揮する一隊が右側、私の指揮する部隊が左側に大きく旋回をする。


 私が再度突入するのは敵軍の頭の方、もっとも「秦」の軍を一心に追っていた方だ。


 「相手は息が上がっておるぞ!一息に揉みつぶせ!!」

 「「おうぅ!!」」


 反乱軍は我らの初撃を受けての動揺が著しい。

 隊列も大きく乱れ、何やら大ぶりの半月刀を振り回している馬上の男がはっきりと見える。


 立ち止まった騎馬など、動く騎馬隊にとってはただの良い的だぞ?!


 ふむ。

 ここは指揮官に向けて突撃だな!


 ずしゃっ!


 相手も腹を決め、こちらに突撃しようとしたのであろうが既に手遅れだったな。

 私の前を駆ける騎馬に手傷を負わされ、最後は私の槍に首を貫かれた。


 「お、お頭がやられた!」「に、にげろぉぉ!」「「うわわっぁぁぁ!」」


 ふむ、どうやらこの指揮官がこの部隊全体の指揮官であったのか?

 指揮官の死によって、この場に居る反乱軍は潰走へと至った。


挿絵(By みてみん)


天正二十三年 春 伏見 伊藤瑠璃


 「伏見に赴任して足掛け十年。そろそろ関東に戻りたいよね~」

 「ああ、それはある。……江戸の町も大御所様と父上が開発して領内一の町へと発展しているらしいし、……今後の伏見開発の参考の為にも一度東国へ戻りたい……」


 蘭と彩芽が言うこともご尤も。


 私たちが父上の意向を受けて、伏見の開発に向かってから早十年か。


 「そうよねぇ、初めは一丸兄上のお手伝いと大御所様のお世話だけだったはずなのにね~」

 「今や、当の一丸兄上は日ノ本のみならず、大陸までをも所狭しと東奔西走。愛しの妻とも離ればなれだ。多少は、僕たちが畿内で苦労するのも……ってところだと思おうよ」

 「本当に可哀想だよね~。子供と触れ合う時間もほとんど無いようだし~」

 「……でも一丸兄上のこと。大陸で新しい美人妻でも見つけて来ちゃうんじゃないの?」


 彩芽に比べ、杏ちゃんも伏ちゃんも心が広い。

 流石に、女も三十路ともなれば度量が広がるのかしら?


 「「なんか言った?瑠璃?!!」」


 ぶんっ、ぶんっ!


 私は大きく頭を振る。


 いけない、いけない。

 不穏当なことは頭の中で考えるだけだとしても止めないとね。

 勘の鋭い、大事な、大事な姉上たちから嫌われてしまってはこの先が大変だ。


 「何にも言ってないよ?杏ちゃん、伏ちゃん。……それよりも折角のお料理を頂こうよ」

 「「……」」

 「そうそう、瑠璃ちゃんが言う通り、今日は旬の鰆の塩焼きなんだから、有難く頂こう!」


 ありがとう蘭ねぇ。話題を変えてくれて!


 「それにしても、今じゃこうして新鮮な海の魚が伏見に届くんだから、淀川の改修が上手く行ったのは有難いよねぇ。私たちの食卓が豊かになったのも嬉しいけれど、伏見の市中にも豊富な食べ物が集まり、皆が豊かな生活を営めるのは良い事よね」


 ちょっと強引に蘭ねぇの言葉を借りる私。


 「……それはそうだね。この十年で伏見の町は相当に開発が進んだと思う」

 「そうね~、開発が進んで人が増えたのは良いことなんだろうけど、その分の皺寄せが心配よね~」

 「……皺寄せって?」


 伏ちゃんの発言に疑問を投げかける彩芽。


 この皺寄せ、結構頻繁に伏ちゃんから相談されてはいるんだけれど、どうにも私の立場では根本的な解決策を提示出来ない。


 「人が集まれば、大量に食料と水が必要になり、それらが同時に排泄される」

 「「ああ……そういう……」」


 そう、飲み水を筆頭とする上水の管理と、排泄物の処理、硝石丘の管理が問題となっている。


 「秀吉殿が部下を使って硝石丘の管理を徹底させてはいるけれど、流石に市中のど真ん中じゃぁね~。運び出す仕組みは整えてはいるけれど、どうにも町の人口が増え過ぎてしまっているのがね~」

 「……そういえば、最近の淀川は一時に比べて汚れて来た気がする」

 「硝石丘の有用性は広く知られてきているから、肥料と硝石を目的として、一部の商人たちも硝石丘の活用管理に協力してきてはいるんだけどね~」


 そう、堺、大阪、伏見の一帯では、各大老家の組織のみならず、それらの家々に協力する形で畿内の大店が硝石丘の管理に一枚噛み出し、ちょっとした商いにまで育てている。

 だけど、一部の大店が手伝いをしているとはいえ、その程度では情勢が落ち着いた畿内の人口増に対応出来ているとは言えない。


 その意味でも、大阪、伏見以上に人が集まっている江戸でどのような方策が取られているのかは調べてみたいところ。


 「僕としても何か根本的な対処法が無いものか上様には相談したんだけどね」

 「……回答は?」

 「「考えてみるのでしばし待て」だとさ」

 「待てと言われて事が済めばいいんだけどね~」

 「「ねぇ~」」


 問題を根本的に解決するような施策を考え出すのは、父上と仁王丸の兄上の専門分野だもんね。


 「上様が言うには、先ずは上水の敷設計画を建てるのが大事だということだったんだ」

 「計画だけだったの?」

 「そう。僕としても不思議ではあったんだけど、どうにも上様は伏見の開発に慎重なんだよ。巨椋池や淀川の改修なんかには積極的なんだけどね」

 「私も質問してみたんだけど、返事は芳しくなかったわね」


 杏ちゃんも仁王丸の兄上に質問したようだけど、私も質問したことがあるのよね。

 確かに、何かを隠して……というよりも避けているような雰囲気だったわね。


 「上様からの回答が芳しくなかったから、僕は父上にも文を送ってみたんだけど、こっちの返事も芳しくなかったんだよね」

 「……父上も?」


 杏ちゃんもやるじゃない。


 「そう。父上も先ずは上水の計画を立て、詳しいことは江戸の視察をしてからでもいいんじゃないかと返事が来たんだ」

 「江戸の視察かぁ。……でもさ、父上が江戸に来いって言うのなら、皆で江戸に戻るのも手なんじゃないかな?」

 「そうだね。蘭の言うことも面白いかも知れない。ここは一度皆で関東に戻るのも良いね」

 「「賛成!!」」


 満場一致とはこの事ね。

 伏見の町作りも一段落したし、秀吉殿の部下で伏見の政は回っているし、私たちの仕事も桐ちゃんと利益殿が連れて来た大和と近江の侍たちで何の不自由もなく動いている。

 上様のところも問題無しだしね……。


 「……って、もしかして私たちがやることってもう伏見にはないってこと?」


 なんだろう。

 根本的なことに気づいちゃった。


 「あ、瑠璃ちゃん……」

 「言っちゃった……」

 「「あ~、あ~……」」

 「何よ、皆して……」


 そう、皆も気付いていたのか……。


 「十年掛かっちゃったけど、伏見でやれることは終わったんじゃないかな?後はこっちの人間に任せて、僕らは東国に帰ろうよ」

 「「賛成!!」」


 またもや満場一致。


 「それじゃ、明日からは私たちが東に戻ることを念頭に動いて行きましょう!」


 これが締めの言葉という形で、私が皆の意見を纏める。


 伏見での十年。

 それなりに刺激もあったし、楽しい滞在だったと言えるかしらね。

 一丸君、北へ向かう……と言っても中華の中では南の辺境内の移動なんですけどね。

 ええ、広東の広さ、東西二百里、南北百里ってどんだけ広大やねんという……。

 更に、湖広と四川はその広東の二倍近い広さだったりもするという……。

 本当に、能くもあれだけ広大な土地を統一しようと思えますよね。

 日本よりは馬車も船も使いやすい立地とはいえ、規模がこれだけ違うのに……もう、笑うしかないですよね(笑)


 一方、日本では伏見から瑠璃さんたち娘sが家に帰ることにした模様。

 煮え切らない太郎丸と仁王丸の対応も気になる中、大発展を遂げた江戸に向かうことになりそうです。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 伏見の地震の話、そろそろなんでしょうかね? それともまだまだ… どちらにしましても、揺れるもの揺らしておかないと、次のインフラ進められませんからね!
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