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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第六章- 浄土求道 
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-第二百五話- 信長と光秀

1589年 天正十七年 冬 勿来


 言い訳をさせてもらうと、一応は春ぐらいまでは蝦夷地にいる予定だったんだよ?

 本当に……。


 ただ、兵員一万をずっと蝦夷地に張り付けておくのは、中々に想定以上の物資を消費することがわかったので、こうして兵の大半と一緒に勿来に戻ってきたという次第。

 というのが理由その一。


 「景清様、これにて最終の船が出ますが……よろしいのですか?蝦夷地の諸々は儂の方でやっておきますので……」


 という、有難い秀長の申し出を受け取って、室蘭からの荷船に乗って戻ってきました。


 奥州勿来、住み慣れた我が城でございます。


 びゅ~わぉぉ~ょぉ~ん!


 今日は冬の嵐。

 いやいや、本当に一日早く勿来に戻って来れて幸運だった。

 こんな暴風雨に洋上で遭遇とか勘弁願いたい。

 小さい時から船に乗り慣れたおかげで鍛えられた俺の三半規管も、こんな荒れた海上ではひとたまりも無かっただろうからね。

 船酔いは、なった人間にしかわからないキツさがある物です……。


 そういや、仁王丸は船酔いがキツかった記憶があるけど、最近はどうなんだろうね?

 多少は強くなったのかな?


 でも……一丸みたいには、西へ東へと船で移動してないよなぁ……。

 飯盛山にしろ、博多にしろ、一度腰を落ち着けたら、結構な長逗留をする印象だな。

 まぁ、苦手なことを無理してする必要はないか……。


 すすうぅ……びょおいよよよぉぉ!!


 「うわぁわわ!父上、申し訳ありません!盆で両手が塞がっているので、戸を閉めて頂けますか?!」


 うちのおバカ可愛い三女の美月さんが、足で俺の私室の衾を開けて中に入って来る。


 ……ああ、いいから早く盆を机の上に置きなさい。


 奥の丸には……というか、当家の城の中に建てられている屋敷のほぼすべてには、風雨避けの雨戸として、そこそこ厚みのある木戸が掛けられる仕組みとなっている。

 日本は台風が来るからね、そのあたりの対策もしないといけません。


 ……そういや、昔はそこまで厚い木戸じゃなかったもんで、棚倉の館住まいの頃とかは布団に包まってないとうるさくて眠りにつけなかったんだよなぁ。


 「う、う~んっ……」

 「む?父上、沙良ちゃんは?」

 「ああ、あれから何とか眠れたようでな……見ての通り多少うなされてはいるが、睡眠は取れている。後は時間と共に回復して行くことを祈るより他は無いな」

 「……そうですか……身体でも拭いてあげようかと桶に湯を貰っては来たのですが……後にした方が良さそうですね」


 そう、俺が秀長の勧めに従って勿来に急ぎ戻ってきたは、蝦夷地で沙良が体調を崩したこともある。

 変な風土病を貰ってきてないことを祈りたいが……風邪……なのかな?

 高熱というわけではなく、胸のむかつきと倦怠感に喉の痛みがあるのだという。

 肺も苦しくて、夜は眠りが浅いと言っていた……。


 「城下の医師も大病ではないと言っていたのでしょう?大丈夫ですよ!父上!沙良ちゃんはヤワじゃないですから!」


 とんっ!と、なにやら美月が自信満々に胸を叩きながら、そう太鼓判を押してくれる。


 そうだったな……美月と沙良は一才違いで、沙良が日ノ本に来てからは、姉妹のように育ったものなのだからな。


 「それに、沙良ちゃんはようやく初恋の相手である父上と結ばれたのですからねっ!」

 「ああ……それはちょいちょい聞いてはいるが……それって前世の俺だろ?知り合いの伯父さんに憧れていたとかの思い出が美化されただけじゃないの?」


 だって、前世の俺って獅子丸よりもだいぶ年上よ?

 沙良とは……三十ぐらいは離れてたはずだし……顔もたぶんその時とは違うよな……今の顔は……。


 「はっはっは!それは無いでしょう!父上に対する沙良ちゃんの恋心は本物ですよ?それは、ずっとと言ってよいほど一緒に育って来た私が保証しますっ!それに、今生の父上は前世の父上と……ふむ、確かに顔の作りは違いますが……何でしょうね?」


 ぺたぺたぺたり。


 父親の顔を撫で繰り回す愛娘(十六才年上)。


 「ふぅむ、本当に不思議ですね……こうして撫でまわしても、顔の造形は……確かに違います。違うのですが、私たちにとって、父上は父上であることを見間違うことなどはあり得ません!……でも、一体全体どうしてなんでしょうかね?真由美姉なんかは、はっきりと別人だと感じると言っておりましたが……それこそ、母上たちには同じ顔に見えるようですし……ふむ?そう言われてみるとなんだか変ですね?」

 「……」


 美月は俺の顔を撫で繰り回すこと一向に止めず、一人で思考の沼に嵌っている。


 ええぃ、俺のピチピチもち肌を捏ね回すな!

 俺は本物の餅ではないぞっ!


 「そう言えば信長殿も赤子の父上を見て父上だと即座に認識なさったそうですし……それこそ、伯母上は生まれて間もない父上を見て一瞬でその素性を見抜かれたと言います……そうなると、私が父上を父上だと認識できたのはいつからだったのでしょうか……うぅん……これは難しい問題が出てきてしまいましたね……」

 「……」


 むにむにむにっ。


 今度は頬をつついたり伸ばしたりと、本当の餅つきのように遊びだす我が娘。

 いい加減にしなさい……。


 「……やだ、最悪。目が覚めたら最愛の夫が親友に誘惑されてるとか……勘弁してよ……悪夢は続いているの?」

 「あ!?沙良ちゃん起きた?!」


 ぱっ!


 沙良の声が聞こえた瞬間、美月はそれまで抱いていた疑問をどこかに放り投げたのか、俺の頬をぷにぷにするのを止めて沙良の枕元に飛びつく。


 ……いや、あのね?

 君は一応は俺の護衛役が一番の役職でしょ?


 「起きた、起きた……けど、最悪。なんか悪夢を見てたみたいで汗でぐっしょり……」

 「む?それはいけませんね!そうです!丁度、湯を持って来たところですので、身体を拭いてさっぱりとしちゃいましょうぅ!」

 「それは良いわね!……だけど、どうにもまだ身体が本調子じゃないからお手伝いをお願いできる?美月ちゃん?」

 「勿論ですともっ!」


 すすすすっす。


 紳士な俺としては、たとえ相手が妻とはいえ、女性の着替えが同室で行われているというのは……。


 ちょいと腹も減ったことだし、なんかしらを勝手所に貰いにでも行くか。

 流石にこんな荒天では火を使っての調理とかは休んでいるのだろうけど……まぁ、何かしらは貰えるだろう。


 ……しかし……この時代には鏡なんてものは一般化されていないから殆ど気にしなかったが、……俺ってどういう顔してるんだ?

 さっきの美月の言い分だと……うんん??


天正十七年 冬 金州衛 織田信長


 冬を迎え、撒叉河衛から敵軍が引いたとの話が、ここ金州衛にも届いた。


 林殿が文にて知らせてくれたところだと、撒叉河衛を襲ったのは韃靼だったん軍だという。


 林殿が撒叉河衛に集めた女真の全部族の内のいくつかと話を事前につけ、彼らの協力を得て撒叉河衛を落とす腹積もりだったようだな。

 捕らえた捕虜と数名の女真族の族長を責めて聞き出した話に、林殿が自分の考えを加えて推測したところ、どうやら韃靼軍は明朝使者の身柄を確保し、明兵を捕虜として明朝と交渉をしようとしていたのであろうと。

 彼らは韃靼と明を別つ大興安嶺だいこうあんれい山脈を越えた場所に土地を得、女真族を使って農耕と毛皮の採取を計画しておったらしい。


 毛皮??と思わんでもなかったが、どうやらこの毛皮という物は東北地方での必需品としてではなく、今では西の果て、ヨーロッパでの需要がとてつもなく高くなっているのだという。

 田介の故郷であるバイエルンであったか?そこの国よりも更に北で内陸の国々では良質な毛皮を手に入れることこそが死活問題となっているそうだ。

 俺などはそこまでのことか?とも思わんでもなかったが、思い直して、荒天での屋外活動の必然性や我らのように火箭暖炉を使えぬのであらば、確かに毛皮の有無は確かに生き死にに直結しような。


 ……だが、そこまで寒い地域に行く必要が本当にあるのであろうか?

 そこのところは大きな疑問点であるな。


 そのような極寒地帯では夏などは短いであろうし、十分な作物などが実るのであろうか?

 毛皮の確保に困窮するということは、獣の数が少ないということであろう。

 ならば、食料としての獣肉も足りぬであろうから……うむ、あまりそのような土地、俺には魅力的に映らんのだが……。


 まぁ、良い。

 今のところは林殿が韃靼軍を撒叉河衛で追い払い、韃靼に内通しておった女真の族長らを処断できたことを祝おうか。

 これで、東北地方のある程度の平定は明朝によってなされたと考えても良い。


 無論、全女真の民が明朝に服属した、とまでは思わんが、当面は明朝による支配を受け入れる形にはなったのであろうな。


 「して、信長様。この先は如何に行動を為されるおつもりで?」

 「……光秀殿……そのような仰り様は如何なものかと……信長様は伊藤家の臣、それを飛び越えての様な話様は如何でしょうか……?」

 「……重門殿、貴殿はもう少し頭を動かすことを訓練されよ。そのままではお父君も寂しく思いますぞ?」

 「なっ……!」


 ふむぅ。

 以前にお蝶から聞いたことはあったが、こうしてじっくりと付き合ってみると、どうにも光秀という男は面白いやつなのだが、周りからは誤解され易いのやも知れぬな。

 俺も回りくどい説明とかをするのは億劫と感じる性格ではあるが、こやつほどには、周りにその想いは出さんぞ?


 「光秀……俺も別に細々と若者を教育せい、とは言わんが、もう少し配慮をしてやれ」

 「はっ!」


 まぁ、俺としてもこれ以上は言わんがな。


 「で、お主が身一つで俺のところに来たということは、お主を好きに使って良いということだな?」

 「はっ!景貞様より信長様の下で手伝いをせよと言われております」

 「そうか、ならば良い……光秀には俺の副将として諸々の仕事をこなしてもらうぞ?」

 「はっ!承知仕りました」

 「……」


 何やら重門は不満顔だな。

 全く、お主は所詮二十歳前の若造、俺の使い方が光秀と同じようなものになる筈も無かろうに……。


 「重門、お主には引き続き俺の傍周りとしての役目を告げる。これからは光秀に習い、軍の治め方、政の行い方を学ぶが良いであろう」

 「……はっ」


 今一つ得心できては居らぬようだが……これ以上は時が経てば、いずれ理解しよう。

 理解できぬ時には、最悪、残念ながら異国に屍を晒すだけにもなろうな。


 「で、光秀よ。お主が先ほど訪ねたのは今後の俺の行動指針だったな?」

 「はい、如何様な目的の下に我らは動くのかをまずはお伺いしておきたく……」

 「で、あるか。……そうよなぁ、先ずは金州衛から遼東湾を通って遼東郡司までの広大な土地を大穀倉地帯に変えるところからだな」

 「……年貢は?」

 「ある程度は順天府に納めなくてはいけないのであろうが、俺としては東北地方の軍に対する販売に使いたいところだ」

 「余りは……」

 「それを日本へ持って帰り売りさばく」

 「なる程……」


 くっくっく。

 不愛想な爺ではあるが、流石は頭が切れると評判の男よ。

 竹中殿の跡を継いで、斎藤家をこの戦乱に生き延びさせた実力は計り知れぬな。

 打てば響く……こういう感覚は藤吉郎に近い……残念なのは俺よりも年上なことか。 

 これが重門と同年代であったら、よき太郎丸の片腕と成れようものをな。


 「では、先ずは金州衛にて食料を作り、撒叉河衛と遼東郡司に売りさばくところから始める他ありませぬな……三年で目途を付け、五年で遼東湾沿岸地域を穀倉地帯にすることを目指しましょう」

 「ふむ、五年は必要か?」

 「はっ!金州衛で先の世の姿を明朝の者達へ見せつけねばなりませぬ……そこのところは失敗できぬところですし、ここにこそ時間がかかりましょう」

 「よし、わかった。仔細お主に任せる!」

 「ははっ!」

 「……」


 くっくっく。

 重門め、大きく口を開けて呆けておるな。


 「で、他にお主はどのようなことを景貞様より言いつかったのだ?」

 「左様……後は金州衛に派遣する軍の規模と時期を見計らって来いと……」

 「なるほどな……」


 流石は景貞様だ。

 迅速果断で迷いなく本質を突かれるか……。


 「俺としては、この地に穀倉地帯を作り上げるのは早めに行いたい所だからな……撒叉河衛では籠城戦のみで野戦は行われずに韃靼軍は引いて行ったという……次の襲来の前に朝鮮を片づけさせるか……」

 「それが宜しいかと……」

 「ならば、一万。太郎丸には申し訳ないが、奥州軍の精兵一万を持ってきてくれるように算段して貰うのが良いであろうな」

 「会戦で李朝の軍を圧殺しますか……しかし、その形では城攻めまでは行わぬと?」

 「ああ、朝鮮は一部を除いて、そのほとんどが山に囲まれた土地だ。そんなところに付き合うのは時間ばかりが掛かるからな……林殿が遠征軍の指揮を執るかは微妙だが、遠からず明朝は韃靼とも大会戦を行なおうとするであろう。そうなった時には東北地方の軍を使うであろうしな、彼らが自由に動けるようにしておくのが最善と考えるが?」


 明朝も我らの兵が多ければ警戒をし、朝鮮の城攻めで日本兵を磨り潰すことを望むであろう。

 ならば、少数で戦に参加し、朝鮮兵を減らすことで役目を遂げるのが良かろうな。

 古来より、少数の兵が守る領土、城を攻めたがるのは後方の、中央の者共ばかりだからな。


 精々、死兵の相手と略奪行為は奴らに任せ、我らは尋常の戦を行うのみとしよう。

 それに、明朝の奴らが民を責めれば責めるほど、民は流れ、栄えたこの地に移り住むであろうからな。

 穀倉地帯の開発には人手が幾らあっても足りるということは無かろうからな。


 「他の家の方々への対処は如何にいたしますか?」

 「他の家か……そうよな、特に気にせんで良いと思うが……五家は天津衛の開発で手一杯であろうし、現状でも金州衛の開発行っておるのは当家と徳川家だ。大友の国力ならいざ知らず、竹千代の国力では中華で暴れるほどの力はあるまい。……他家には、このまま湊の整備と交易が齎す富で満足しておいてもらうとしよう」

 「はっ!……ではその方向で他家とは接します」


 景基様よりの文でも、日本の諸将の眼は朝鮮に向いており、中華とは湊を使った交易の拡大のみを考えているという。


 それで良かろう。

 中華は日本と比して大きすぎる。

 隣国としてどうこうする物ではないからな、ただただ交易の相手としてのみ捉えるが吉であろうよ。


 一方、朝鮮は日本に比べて小さい。

 彼らとしても、簡単に、ああしよう、こうしようと策が頭に浮かぶのであろうな。


 ……そう考えると、そのような輩を現地で纏める役目を担わされる景基様とは、なんともご苦労なことであるな。

 単身金州衛に渡ってきた身軽な十兵衛さん。

 言葉少ない様子ではありますが、本人はノリノリでこの仕事に従事している模様。


 そして韃靼軍、いわゆるこの時期のモンゴル高原はクビライ王統が断絶し、モンゴル族とオイラト族が分立、対立する状況となっています。

 更にモンゴル高原の西に目を向ければ、チンギス・カンの長子ジュチの王統が広大な地域に分割割拠し、新興ロシアの圧力を受け初めている形です。

 ロシアも宗教的な要因での圧力がそれほどでもない中欧、東欧諸国からの圧迫、西欧との争いがそれほどでもないイスラム勢力からの圧迫が有るのでしょう。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 今と違ってこの時代であれば東北部と半島地域の民衆は民族がどうのといった国家への帰属意識などが薄いだろうから生きやすい所へ流れるというのは納得
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