-第二百一話- 策謀と戦勝と逃亡と
1589年 xxxx xxxx
「ふんっ!忌々しきは黄色い山猿どもだな!あいつらのお陰で、また俺達の評判と儲けが地に落ちたぞ!」
「そう嘆くな……確かに俺達の儲けは予定よりも落ちてはいるが、それでも十分に贅沢な暮らしが出来る額は稼げているだろ?」
「十分な額だと?!笑わせるな!その程度のちっぽけな額で満足なんかできるもんかっ!俺は到底出来んぞ!!出来ん!出来ん!出来んっ!!!」
「おいおい……兄弟たちよ、どうしてコイツはここまで荒れてるんだ?」
「くくっく……荒れるのも当然だろうよ、なぁ?」
「そうだな、なんといってもコイツは……」
「おい……!!」
「おお、怖い、怖い!!流石は伯爵家の家名を名乗り出しただけのことはあるな……あ~はっはっは!」
「え……コイツは伯爵様だったのか?」
「つい三か月ほど前からな。本国で金に困った伯爵家を五十を越えた婆の貞操と一緒にご購入さ」
「なっ……なんだってそんな馬鹿げた金の使い方を……」
「俺達にとっては馬鹿げてても、コイツにとっては大事なことなんだろうさ。爵位剥奪元貴族様にとってはな!」
「やかましいっ!!」
「まぁまぁ、そこまで熱くなるなよ……お前たちも揶揄い過ぎだぞ?商売が予想よりも上手く行ってないのはコイツだけじゃない。お前たちも御同様だろうに……」
「「そりゃ、そうだ!」」
「だったら……」
「確かに、こんなところで仲間割れとは見苦しいか……」
「とは言っても、俺達はこの澳門では上手くやっているだろ?総督には結構な鼻薬を効かせ、俺達の意のままに動かせている」
「ここいら一帯の何十万という民は好き放題に使役できるしな」
「だが……」
「去年に打ち立てた予定では、そろそろ明の首都、順天府にも食い込めるはずだったんだよな……」
「ああ、首都の役人どもに付け届けを欠かせたことは無いし、こちらの希望は既に伝え終わって久しいし……」
「それでも、今の時点になっても音沙汰無し……」
「だから言っているだろう!!それもこれもあの島国の黄色い猿共が邪魔をしてきたからだ!」
「そう喚くなよ、兄弟。……確かに、去年からのジパングの奴らと明の奴らの接近具合は俺達の想像を……いや、言葉は飾るまい。明確に計画の邪魔になってきている」
「そうだな……だが、奴らは明の腑抜け共と違って、使える軍隊を持っているぞ」
「……使える船もな」
「そうだな……太平洋のエスパーニャ艦隊に至ってはジパングのガレオンを正式採用しているほどだ」
「ああ、あれは良い船だ。これまでのガレオンよりも船足が良い……搭載量は減っちまうので、俺達商人にとっては微妙なもんだがな」
「船足もそうだが、何よりも大砲の性能が良いぞ。今から十年以上前のことだが、俺達の融資で新大陸を荒らしまわってくれたイングランドの海賊共を軒並みブッ倒しちまった」
「そうだ!おかげで喜望峰周りの俺達のアガリが激減したんだ!!」
「そう考えると、コイツの逆恨みだとばかりに笑ってはいられんか……」
「ああ、いつ俺達がコイツみたいに首が回らなくなるかわかったもんじゃない……」
「「う~ん……」」
「やはり……」
「ここは……」
「「ジパングが大いに巻き込まれる戦争を作り出すしかないな!」」
1589年 天正十七年 晩秋 サリホロ
いやいや、本気になったアイヌの軍勢ってのは大したものだね。
今回のサリホロ討伐軍の会議で、「活躍した一族とは優先交易をするよ~」と伝えてから何日よ?
あっさりと、サリホロの砦をアイヌの軍勢だけで落としちゃったよ……。
最後にはサリホロの首長とユウバロの首長の一騎打ちで戦が決着したし……。
日ノ本で培った攻城戦をお見せしようかと、俺達も城攻めの準備を始めようとしたんだがね。
首長たちが声を揃えて「その必要はない!」って言い切っちゃうんだもん。
ちょっとびっくりしたよね。
「景清様……英雄たちの葬儀は無事に終わりました。ついては、新首長の挨拶をお受け下され」
「ああ、わかった」
英雄たちの葬儀……これは一騎打ちで亡くなった、二人の首長たちの葬儀のことだ。
彼らが一騎打ちで使ったのは大ぶりの棍棒。
何やら、儀式の意味合いがあるようで、基本的に一騎打ちは棍棒を使って行うらしい。
けどさ……あんな棍棒での殴り合いとか、絶対に両方とも死ぬよね。
よっぽどの力量差、腕力差とかが無い限りは、お互いに厚手の毛革防具を纏っただけの身体で殴り合い……骨折、打撲、脳挫傷でどっちにしろお亡くなりになるよなぁ……勝者も敗者もない戦いだよ。
そんなことを思い出しつつ、俺は二人の新首長から挨拶を受けた。
俺からは、サリホロの新首長に対しては「無道な扱いはしない、今後は蝦夷地に住まう同胞として公平に扱う」と宣言し、ユウバロの新首長に対しては「先代首長の勇猛さに敬意を表する。これから開かれる石狩新港ではユウバロの者達は優先的に交易が行える」と宣言した。
この発言には、大いに参列者から喜びの声が上がったね。
サリホロの民は安堵しただろうし、ユウバロの民も約束を守ると言われ安堵したのだろうし、それを見届けた他のアイヌたちも伊藤家がアイヌを騙すことは無いと理解してくれたのだろう。
うんうん。
仲良きことは美しきかな。だよね。
ついでに、皆が幸せに腹いっぱい食べれるようになるのは大事なことさ。
「で、ストゥシャイン殿はこれで良かったのかい?今回のイシカリの襲撃で実際の被害を受けたのは貴方じゃないか?……そう考えると、今回の兵戈によっての保障というか、実返りが少ないように感じるんだけど?」
戦後褒賞というか、戦後会議は無事に終わり、それぞれの陣地に帰る最中での二人だけの会話だ。
「なぁに、此度の戦。確かに、最初の攻撃を受けたのは我らでしたな。……しかし、景清様。儂らは十分に此度の戦によって益を取っておりますぞ?」
「それは?」
直接的な利益は少ないだろうが、確かに俺なんかが長い目で見ればストゥシャイン殿は利を上げているとは思うが……これって、だいぶ大局的な見方だぞ?
「シベチャリが危機に陥れば伊藤家が大軍を送り込んでくれると全アイヌが認識したこと。エゾの南だけでなく、北でも日ノ本との交易が大々的に始まるので、今以上の嫉妬を買わなくなること。そして、伊藤家の力で立派な道と湊が整備され、我らの生活が豊かになることですな。……儂らの代のみならず、先々の代にまで益が齎されております」
「そうか……」
ストゥシャイン殿。
流石の人物だな。
それこそ日ノ本のどこかにでも産まれていたのならば、一角の武将として名を上げていただろうなぁ。
「ただ……そうですな。一つだけ、景清様に願いたい儀は有ります」
「……なんだい?側室云々の話なら断った通りだよ?あれは純粋に馬の話だったんだからね!」
「はっはっは!そう言うことにしておきましょう!」
しておきましょう、ってなんだよ……俺としては、綺麗さっぱり忘れて欲しいんだがね。
「冗談はこのぐらいにしまして……話とは儂の息子、生まれたてのシャクシャインのことでございます」
「……」
ストゥシャイン殿は背筋を正し、歩みを止め、俺に真剣なまなざしを向けながら語り出した。
「あまり大声では言えませぬが、シャクシャインは対外的に言うておるような、儂の養子、妹の息子では御座いませぬ。あれは儂の実子、実母は清様にお仕えし、マリアという名を頂いた混血娘です」
俺はただ一つ、無言で頷く。
シャクシャインがストゥシャイン殿の実子なのはわかっていた、というかそうだろうなと思っていた。
どうにも清から聞くマリアさんの発言からは、そうとしか受け取れないことばかりだったもんな。
それにしても混血娘か……確かに彼女はアイヌにしては大柄だし、髪の色もいわゆるくすんだ金髪だ。
眼の色も光の加減によっては緑がかって見えるし……要するに、白人種、コーカソイドの血を感じる姿かたちだ。
「あの娘の母親は、それこそサリホロの村娘だったのです。その頃はまだ今のように交易船が訪れるようなことは有りませんでしたが、それでもたまには嵐を避けて来た船やら、潮の流れに負けて流れ着いた船やらが外からやって来たりもしておったのです。……まぁ、そのような壊れた船で命からがら流れ着いた者達ですからな。身体に力は残っておりません」
つまり、難破船はいい具合に天から遣わされた恵みの様な物として扱っていたということだ。
そんな船の中にいた男の船員……そりゃ、やけになって暴れ出す者もいるだろう。
後は、言わずもがな。
そういった血を受けた赤子が村の中で産まれることもあったということだ。
ただ、反対に女の乗客が生き延びていたら、どうなっていたのかは想像に難くないよな。
「あの娘の母は、自分の腹の子を守るために、イシカリからシベチャリにまで逃げてきたのです。父親と名乗った一人の戦士に守られながら、命からがら……そしてシベチャリチャシで、自分の命と引き換えに一人の娘を産んだ」
「……その両親は?」
「父親はシベチャリに着いて直ぐに……母親も娘を産んで直ぐに……」
「……そうか」
後はよくあることだったのだと言う。
両親のいない赤子を育てることが出来るのは、首長の家ぐらいだ。
だが、その当時はまだ今ほどにシベチャリも裕福ではない。
引き取った赤子も正式な子供、養子として育てるのは不可能だったので、ある意味、家の小間使いという名の奴隷的な身分であったのだそうだ。
家の出来事には男は口が出せない風習というのが彼らにはあるらしく、父親と母親の勇気にいたく感銘を受けたストゥシャイン殿としては実子のように扱いたかったらしいのだが、そうもいかなかったそうだ。
だが、彼は自分に出来る範囲で、最大限の愛情をその娘に注ぎ続けた。
結果、時が来て二人は一夜だけ結ばれた。
「その時に出来たのがシャクシャインか……」
「どうぞお笑い下さい。……首長としての立場を忘れ、親子ほどにも年の離れた娘を身ごもらせてしまった男の愚行を……」
「笑うことなど無いさ……」
そうさ、どうして人が人の恋路を笑うことなどできようか。
それに、何と言っても、それで産まれた男があのシャクシャインだ。
数百年後の世界で、アイヌの英雄と謳われる男、倭人による不条理に逆らって大いに自尊の戦を繰り広げた男だ。
「景清様はお優しいのですな……」
まぁ、俺も実の子供が十二人もいる十四歳児だからね!!
「で、話は戻りますが、景清様に願いたい儀。それは……」
「それは?」
「それは、シャクシャインを秀長様と清様の養子として伊藤家で養育しては頂けないでしょうか?」
「……」
そうきたか……。
天正十七年 晩秋 遼東郡司 織田信長
ふむ。
ようやく、遼東郡司の城壁が見えて来たな。
まいった、まいった。
ぶぅひひっひーんっ!
この逃避行の終わりを感じての安堵からか、馬上で大きく伸びをした俺の動きに、こやつが不満を漏らす。
「ああ、すまんな。黒奇妙丸。遠路、休みなく俺を乗せてくれたお前に感謝の弁を伝えるでなく、いきなりに変な姿勢を取ってしまって悪かったな。この通り……すまん」
俺はそう言って、跨っている馬に向かって頭を下げる。
ぐぅぅふっふひぃーん。
太郎丸の愛馬、狼牙丸の血を引く馬は人間の言葉がわかるのであろうかな?
太郎丸もいやに愛馬と会話をしておるし……俺も、今回の撒叉河衛からの逃亡中には大いに言葉を交わしてみた結果、何とはなしに会話が成立している気がするぞ。
「の、信長様……ようやく遼東郡司ですか……ふっ、ふぅ……拙僧は随風和尚の弟子の中では最も身体が丈夫ではありますが……こ、このような移動は初めてでして……」
「はっはっは!それはそうであろうな!俺としてもこんな経験は初めてだからな!……しかし、此度は生まれて初めて敗残兵の気持ちが少々味わえたぞ」
「……な、何を呑気なことを……」
呑気も何も、これが俺の本心なんだがなぁ。
「しかし、信長様……林殿率いる明軍、無事に襲撃者の軍を撃退出来ましょうか?」
「重門よ。……それは言わずともわかるであろう?」
「……は、はぁ」
撒叉河衛にて、女真族の全族長達を集めて今後の方針を話し合う。
そのために軍を率いて来た明の将軍に対して夜襲を仕掛けてくるような者達だ。
それなりの備えと策は練っておるのだろう。
林文鴎殿は決して阿呆ではないが、どこまで軍を操ることが出来るかは知らんからな。良くて苦戦、悪ければ今頃は首級を挙げられておる頃合いであろう。
「そんなことよりもだ。あの打ちかかってきた軍、あれは凄かったな。あれほどの騎射の技術など、俺は見たことが無かったぞ!」
「は、はぁ……」
「しかも、あれほど取り回しに特化したであろう小型の弓であれほどの威力!重門、お主も見たであろう?矢が城壁に刺さっておったぞ?」
「は、はぁ……ですが、こと威力ということなれば、当家の奥州軍に備えられておる絡繰り弓以上では……」
「まったく……お主は戦が何もわかっておらぬなぁ……」
重門は俺の評価が心外だったのか、少々気分を害した顔をしておるが……。
威力は確かに絡繰り弓の方が上でも、あやつらの持つ弓とは大きさが違う、見た目からの機構もだいぶ簡素だった。
つまり、戦場での取り回しは格段にあの弓の方が上だということなのだがな。
「まぁ、良い。とりあえずは、早いところ遼東郡司の城内に入り、林殿から預かった文を城の者に渡すとしよう。それが終わればとっとと金州衛に戻って、今後の流れを見極めようではないか」
「「はっ!」」
そう、林殿が無事にあの軍を撃退していれば良し、敗退などをしておれば後任の者と話をしなければならん。
最悪、首級を挙げられでもしておれば……どうなるかな?
俺に責任の擦り付けようは無いと思うが、権力者ってやつは、たまに常人では理解できない暴れっぷりをすることがあるからな。
そうよな、いつでも日本へ逃げ帰れる支度だけは済ませておくか。
ここに来てxxxxで別視点の方々御登場。
物語を大いに動かしてくれると信じておりますよ!
さて、蝦夷地で無傷の戦勝を経験した太郎丸、一方の吉法師は命からがら遼東郡司まで逃げ帰ってきました。
撒叉河衛を襲ってきた軍とは一体??
というところで二部六章開始です。
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




