-第百九十九話- 景清と信長
1589年 天正十七年 秋 イプッペ
見渡すばかり、人の手がつかぬばかりの大草原、大森林がどこまでも続いている。
秋の実りが見えだした頃、俺達伊藤家を主力とするサリホロ討伐連合軍、総勢一万五千は、サリホロ中心地への入り口にあたるここイプッペに集結していた。
イプッペはシコッペとイシカリッペ……アイヌ風に言うと色々とややこしいので、俺達が使っている日本語風に考えよう!つまり、石狩川と支笏川の合流地点で札幌への進入路である谷の入り口、江別に陣を構えている。
この時代、石狩地方の中心地は千歳の一帯らしく、この数百年は千歳砦の首長が石狩地方の代表者として扱われて来ていたらしい。
だが、十年ほど前から、大陸よりの交易団が石狩湾にたまに訪れるようになり、石狩地方のアイヌ部族の中で勢力図の変遷が始まったようだ。
話を聞く限りでは、どうやら石狩湾に訪れる大陸の交易団は女真系、ツングース系に加えモンゴル系とロシア系もいるようだ。
俺が覚えている歴史知識でのロシアの東進はもっと後の時代、コサック傭兵のシベリア進出も後半になってからだったと思ったけど……イリ条約とかも清代になってからのはずだし……康熙・乾隆・雍正とかそのぐらいだったような気がした。
って、いってもその三帝時代で百年以上あるんだっけ?
歴史は好きだったけど、年号暗記は苦手だったからなぁ……。
しっかりと覚えているのは、コンスタンティノープル陥落と百年戦争の終結が同年の1453年ってところとか、1492年の新大陸発見ぐらいだよ……あ、関ヶ原の1600年も勿論覚えている……。
「ストゥシャインよ!それではお主の一族ばかりが厚遇されてしまっているではないのか?儂らの一族にも器量善しの娘はおるぞ?」
「さようじゃ!儂もナメシクルばかりが倭人との仲を深めることには大反対をするぞ!」
「何を言う!この爺共が!お主らシュクムルとてうまいこと倭人と交わっておるのではないかっ?!こちらにお出での伊藤家とばかりでなく、伊達家とも懇意にしておると聞いておるわ!」
「なんじゃ、なんじゃ!お主らは元の居住地が南であろうが?ここは北である儂らに少しは融通を効かせい!」
「「そうじゃ!そうじゃ!」」
……
盛り上がっているようで結構なことですが、残念ながら俺はアイヌの言葉がわからん。
上の会話もたどたどしく、俺達の後ろに座っているストゥシャイン殿の部下が訳してくれている部分からの推察であったりする。
つまり……。
「えっと、彼らとしては倭人との交易権がそのまま発言権の強弱になってるってこと?」
「サヨウです。我々、この地での恵みで十分ではアリマスが、子供達、沢山食べ物ヒツヨウです。我らナメシクルの民。伊藤家のオカゲで沢山の食料ソダテます。土の上だけジャナクテも海にもハタケつくれました」
「なるほど、なるほど」
人口はそのままに勢力の力だもんな。
伊藤家も日ノ本で一番の勢力と成れたのは、広大な関東平野を開拓出来、膨大な食料を生産できるようになったからだ。
俺のうろ覚え知識から、よくぞいろんなものを生み出してくれたよね。
そして、豊富な食料と衛生向上が為されれば、後は時間と共に人口は増えて行き、倍々ゲームと言わずとも累乗的な形で国力は増大していく。
俺が生きてきて感じたのは、この時代、いわゆる戦国時代の争いも食料不足、食料不安が根底にあるってことなんだよなぁ。
そりゃ、支配者層ってか領主やら幕府やら朝廷やらでの権力闘争、これがどの時代になろうと無くなることはい。だけど、時勢というか世の中の状況がこうなってなけりゃ、ここまでの戦乱時代にはなってないと思うんだ。
普通の領民でも飯が十分に食えりゃ、彼らが兵士になる必要はないし、領主としても自衛手段と治安維持の軍隊以上の物は必要がない。
「ちょっと聞きたいんだけど、そのサリホロに来ていた交易団ってのが売りつけたのは食料と何?やっぱり武器とか?」
「少々、お待ちクダサイ」
通訳君が、ソソソっとストゥシャイン殿に近づいて何やら会話を始める。
通訳君の話を聞き終わったストゥシャイン殿は大きく二三頷き、大声で参列者に話しかけた。
参列者たちは、それぞれ大仰に身振り手振り、あんなものを交換したとかなんとかを説明しているのだろう。
……なんだよ、なかなか話が尽きないのな。
今まで以上に話が盛り上がってきちまったんではないか?
首長らは部下に命じて、いろんなものをこの天幕に運び込みだしたぞ?
えっほ、えっほと数組が、それぞれの木箱を運び込む。
「景清様、こちらが石狩に来た交易団が寄越してきたものです。どうぞ、ご覧ください。……無論、食料品は除いておりますので……」
「そうか、それでは遠慮なく……」
横幅四尺弱ぐらいの大きな木箱が五つほど……俺は大きく開けられたその木箱を覗き込む。
反物が多いのかな?
鮮やかな色の反物が綺麗に丸められ仕舞われている。
多くの反物は綿だが、中には絹もあるな……。
「手にとっても?」
「勿論でございます」
一応の確認を取ってから、そっと反物を触ってみる。
ふむ。
やっぱり、多くは綿布だけど、一部には絹もあるな。
どれも、正直なところそこそこの品質だ。
綿布は越後上布には敵わないし、勿来で作られた機械織の物にも劣る。
パッと見た感じでは、尼子家が主に扱っているという朝鮮物の中でも、低品質の物に当たるんじゃないかな?
後は袋に詰められた……ん?ズッシリと来るこれは……鏃か。
鉄製の鏃が詰められた袋がいくつも並ぶ。
っと、この袋は重さが違うが……お?お?お?おお?!
砂金か……。
「ストゥシャイン殿。彼らは金でも支払うのか……しかも、この量の金を以て彼らが買い求める物はなんだ?」
「彼らが買い求める物は主に毛皮です。景清様が着てられるような狼の毛皮にはあまり興味を持たないのですが、熊、海驢、黒貂の毛皮は驚くような高値で買い取って行きますな」
「ほぅ……毛皮か……」
確かにこの時代はヨーロッパでの人口増と北方侵食により、毛皮の需要が爆発的に上がって行くんだよな。
うろ覚えだけど、ジュチハン国の滅亡やらコサック傭兵のシベリア征服は毛皮が原因だったはず。
日ノ本でも人口は増えたし、北に勢力圏は伸びて行ってるけど、ヨーロッパほどに毛皮需要は増大してないよなぁ。
蝦夷地での赴任任務も行う当家の奥州軍には、毛皮装備よりも身軽で温かいダウンジャケットを支給しているし……って、実際にはダウンフェザーの数量を揃えるのが不可能なんで、今回連れて来た全奥州軍の一部にあたる数量、室蘭を中心にしか配備できていないんだけどね。
ざっと一万前後が限界かな?
そう考えると、今回の遠征軍の数は、そういった面からも丁度良かったのかも知れない。
それにしても、ダウンフェザーを固めの布のパッチで取り込んだ様式ってやつは、この時代には発明されていないのか……ナイロン使用と言わずともこういったキルティング加工、寒冷地活動には最適なんだけどなぁ。
こういった防寒具がなけりゃ、そりゃ、防寒としての毛皮需要は爆発的に膨れるよね。
む?
そう考えるともしかして、俺達との付き合いが長いストゥシャイン殿以外のアイヌの首長は、俺達が蝦夷地の冬を越せないと思っているのか?
南の沿岸部ならいざ知らず、石狩の平原地域での行軍に厚手の毛皮の用意もなく……。
っくっくく。
無礼めてくれるなよ?
しかし、そう考えると、彼らの俺達への合流がやけに早かったのも納得できるな。
こりゃ、冬まで引っ張ってしまえばどうとでもなると考えて、軽い気持ちで参陣してきたな?
ストゥシャイン殿のように倭人との交易が結べるのならば良し、結べなければ時間稼ぎをして冬の到来を待つ……。
「良し!では、こうしよう!……今回のイシカリ平定が成った暁には、伊藤家が石狩湾に湊を造ろう。そして、その湊で今回の戦で功があった方々と優先的に交易を行なう。どうだ?」
「……景清様もお人が悪い……わかりました!○×▽○×▽×▽○××▽○!!!」
「「おおおぉ!!!!×▽○×▽×××▽○!!!」」
伊藤家の軍が冬の蝦夷地でも軍事行動を行なえることを見せびらかすことも無いしな。
まずは互いの利を富ますことで友好的な関係を構築するところから始めよう。
変に相手をビビらせちゃって、恐怖から命がけの反抗を計画されても怖いもんね。
まずは、お互い仲良く、お腹いっぱい食べれる所から始めましょうよ。
天正十七年 秋 撒叉河衛 織田信長
見渡すばかり、人の手がつかぬばかりの大草原、大森林がどこまでも続いている。
森林があるのは川沿いなのであろうか、だが川が無い部分も特段、荒野と呼ぶほどではないな。
その辺りには五六寸丈の草が大いに茂っておる。
中にはすすきのような草もあることから、ここいら一帯、多少手を掛ければ大穀倉地帯にでもなるのではないのか?
稲の栽培はきつかろうが、これほどの大草原を麦畑に変えれば、中華の胃袋など、たちどころに満たせそうではあるな。
「織田殿、漸く女真の族長たちが集まりきったということで、今宵から宴と全体交渉が始まる次第となりましたぞ?!」
「……ぬ?おお!左様ですか。それは目出度い」
「……いかがしましたかな?この光景にでも見惚れておりましたか?」
大きな懸念が払しょくされたためか、撒叉河衛の実質的な指導者、西海女真の族長が住まう大規模天幕から出て来た林殿が軽口を叩いてくる。
「ええ、日本にはここまで広い大地は有りませぬからなぁ……私の一族が治めていた土地も、精々が金州衛一帯の広さ。……どうにもここまでの土地を見ると、如何にして稲なり麦なりの畑を作れるかなどと考えてしまいますな」
「はっはっは!戦国とはいえ、やはり日本の方々の考えは平和的なのですなぁ」
おや?
俺の感想が平和的な物に映るのか?
こんな東北地方の奥深いところまでも通事として付き合ってくれる公風和尚と目を合わせ、思わず首を傾げてしまう。
「これは、どうぞご気分を害さぬよう……ただ、そうですなぁ……この東北地方というのはご覧の通りにどこまでも、見渡す限りに広がる平野ばかりでしてね。行く手を遮るのはたまに出くわす河川のみ。大小の丘は有りますが、高山は遠くに見やる西と東の山脈だけ……」
林殿は両腕を一杯に広げ、まるで歌い上げるかのように口を開く。
「ここまでの旅程でもお気づきでしょうが、この地では馬に乗れば何十里、何百里の移動も可能です。一度冬が訪れれば、この大地は一面の銀世界となり、人々の通行を著しく制限しますが、冬が訪れる前ではご覧の様な情景が広がります」
ふむ。
とりあえず、俺は一つ頷いて林殿に話の続きを促す。
「水も豊富なこの大地、確かに、少しの手を加えるだけで、立派な畑で埋め尽くすことも可能でしょう。この地に住まう部族だけでは人力が足りぬでしょうが、中原から人を連れてくれば、それこそ一年で姿かたちは大きく変わることでしょう。……ですが」
「ですが?」
林殿よ、変に間を取らんでも良いぞ?
「このように何者をも遮るものが無い大地。獣の群れが迫ってきたら如何致しましょう。四足の動物はそれこそ、餌を求め山脈から一目散に走り込んできてしまう。城壁や掘があれば撃退も出来ましょうが、農地はどうしましょう?実りを収穫する前に、獣共が食い散らかしてしまう……」
そういう事か。
「確かに、ここまで広大だと、外敵から農地を守ることは実質不可能か……」
「ええ、農民以上の軍を常駐させることが出来るのならばまだしも、ここまで広大な土地を見回り、賊から守り切る軍を常駐させることなど不可能です。食料を増やすための農地、その農地を守るために、この大地で生産できる以上の規模の軍隊が必要になってしまう……」
「それはそれは……どうにも我ら日本の者には考えつかぬ規模の話ですな」
広大な土地には、その土地なりの問題点も多いということか。
「しかし、それならば、この地域の住民、女真族を服属させれば、ある程度は話が進むのではないでしょうか?」
俺と林殿の問答、その中で疑念を持ったのであろうか、公風和尚が疑問を呈す。
「和尚……残念ながら、女真族が全ての人間というわけではありませんよ」
「……え?林様、それはどういう意味でしょう?」
「そうさな、簡単に言えば、大地は大地、人は人。女真は所詮、「今、ここに居住している」だけの人々ということだ」
「……織田殿の仰る通りです。ご慧眼、感服致します」
林殿は両手を眼前で組み、俺に対して軽く頭を下げる。
「これでも俺は武家の男だ」
そう、土地を治め、人を治めることに数百年従事してきた家の出だからな。
この世は諸行無常、全ての物事は移ろい行く。
「和尚よ。つまり、女真が明朝に頭を垂れ、この地域の農民として農地を耕したとする。さすれば、今度は別の者達が馬に乗り、その収穫を掠めに来るのだ。この大地は動きようがないが、人というのは幾らでも移動できるからな。旨い餌があると知れば、喜んで略奪に勤しむ者達はどこからでも現れる……」
「……なんとも悲しいことですな」
「仕方あるまい、これこそが人の業という物ではないのか?であるからこそ、我ら武家は刀を持ち、弓を携え、知略を尽くして領民を守ってきたのだ。……そうさな、我らの役目が無くなるには、この世に住まう全ての者達が、常に腹いっぱいの食料と、渇きを覚えずに済むだけの水が必要であろうな」
「極楽浄土……ですかな」
そうだな。
極楽浄土をこの世に顕現させることが出来れば、俺達の業深い役割にも終わりが告げられような。
はい!これにて二部五章”血海血土”終了です。
続いて二部六章”浄土求道”を201話から始めさせていただきます!
ということで……二部は五章で終わりませんでした!!!
故に章末資料の作成は少々後回しということでご勘弁いただきたく存じます。はい。
早めな感じで六章は進めて行こうと思っていますので……
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




