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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第五章- 血海血土
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-第百九十八話- 金州衛

天正十七年 夏 金州衛 織田信長


 天津衛から金州衛までは、海に出れば直線十六から十七海里といったところか。

 当家の快速船ならば、最速で一刻もあれば到着できる距離……ふむ、悪くないな。

 だが、連絡手段を如何すべきか……。

 晴れた日の深夜ならば、大型狼煙を大砲で山頂から打ちあげれば何とか確認できる距離かも知れぬか……?

 いや、流石に無理であるか。


 まぁ、どちらにしろ真上に打ち上げる大砲なんぞは船に常設しておらんから、勿来で造って陸に打ち上げ台を用意するほかは無いのだがな。


 「信長様、ここいら一帯を好きにしていいとは言っても……なんとも見渡すばかりの山林で、人の営みを示すようなものは何処にも見つけられませぬなぁ。なんとか利用できそうなものも、打ち捨てられた古城が申し訳ばかりと山頂のここにあるだけ……林殿も自分の赴任地へ金州衛の人員物資を根こそぎ移動させたように見えますぞ」


 俺と共にこの山を登ってきたのは、竹千代の所に仕えておる蒲生がもうの倅で……氏郷うじさととか言うたか?

 妙に俺に懐いてくる奴だ。

 竹千代の所の家臣には、本多を初め、何を腹に仕込んでおるかわからん輩しかおらんからな。

 氏郷が幾ら懐こうとも、果たして本心からなのかは疑わしいところだ。

 本心から、俺に懐いているのならば伊藤家の禄を食めるように取り扱っても良いとは思っておるが……まぁ、今のところは保留よな。


 「なぁに、そうは言っても金州衛の市街地の形は残っておるのだ。ここは、整地が楽で、簡単な手入れをすれば自由に動かせる土地が目の前にある。そう、喜ぼうではないか」


 そうよ、どうにも明朝の人間、大陸の人間はこの広大な大地に生まれ育ったがために、土地の扱いがどうにもおおざっぱだ。

 だが、俺がこの山頂から眺めたところでは、この金州衛近郊で開発できる平地部分は楽に尾張と三河を合わせた範囲に匹敵するのではないか?

 俺が、童時分に名護屋城の櫓から眺めた平地よりも広いように感じるぞ?


 「左様ですな、ここは明朝の思惑はどうであれ、われら日本人の活動拠点に広大な地域が与えられた、と一先ずは喜んでおきますか……辺り一面、手つかずの山林と入り江ばかりですが……」

 「そう言うことよ。……お主も竹千代に連絡を取って、民をこちらに移住させる方策でも話しおうて来るが良い。ここいらは湧き水も豊富で、開拓をすれば直ぐにでも農地として使える土地がこれだけ余っているのだからな。問題は北の地ゆえに稲が育つかどうかが疑問ではあるが……そうよな、それこそ、そこのところは当家や伊達家が奥州で育てておる寒さに強い稲を使えば育つであろう……駄目であったら、蝦夷地で育てておる麦を育てれば良かろう。初期の段階では芋を育てればいけるであろうしな」

 「承知致しました。家康様に左様報告させていただき、必ずや信長様の仰せになられる形にて開発を進めて参ります」

 「……うむ」


 なんとも不気味なほど、俺の発言に前向きな男よな。


 「だが、そのあたりの施策は俺が北より戻ってからの話となろうな」

 「はっ……信長様が林殿に随行して東北地方の視察からお戻りなられるであろう翌年、それまでにはある程度の方向性が見える程度には金州衛を開発して見せます故、どうぞ、ご安心を……」

 「……で、あるか」


 先の海戦の報告、俺と狩野秀治かのうひではる殿を除いた大老家の使者の面々は一度博多へと戻っていた。

 天津衛にそのまま向かったのは伊藤家の雅礼音と長尾家の雅礼音。

 そこに、大友家、長曾我部家、徳川家から数名の随行員が移り乗って、こうして明朝に滞在しておる。


 そんな折に、林文鴎殿が明朝東北地方の総督に新任されたということで、引き続きの会談・折衝を天津衛から金州衛、遼東郡司に場所を移して行うこととなった。

 ただ、幾ら明朝側から会談の場を移す必要があると言われても、我らとしては天津衛の開発も約定を交わした事柄である。


 実際に、年を跨いで、大いに我ら日本の銭と人が投じられておるし、その開発は今もって継続中だ。

 こちらも誰かしら、責任ある者が管理、監督せねばならぬからな。

 話し合いの結果というか、当然の流れとして、俺が林殿との交渉役を続けることになり、金州衛の監督は狩野殿が行うことにすんなりと決まった。


 「はっ、某の方は万事つつがなく進めておきますので、どうぞ、信長様はお身体を大事になさって下さいませ。明朝の説明では、此度の視察では女真族の者達の住まう都まで……撒叉河さしゃが衛と申しましたか?そこまではここから陸路二百里と申すではありませぬか……十分にお身体にはお気を付けください」

 「はっはっは!俺をそう年寄り扱いするでないわ!俺も五十は超えたとは言え、未だ還暦前よ。配下の者もおるし、それなりの備えもして行く……それにだ、この時勢で俺を殺したところで、林殿にも明朝にもなんの得にもならんからな、心配は無用だぞ」

 「はっ……」


 渋々といった表情で頭を下げる氏郷。


 まったくなぁ……。

 心配するほどのことでもあるまい。


 それよりも、俺としては金州衛より北に二百里も行った先にある女真族の都、その存在にこそ、心ときめかされるというものよ。


 ヌエバ・エスパーニャの方は利益めに先を越されてしまったが、此度の女真の都に関しては俺の方が先だ。


 くっくっく、日本に戻った折には、大いにあやつの嫉妬心を煽るような土産話を持って行ってやるとしようぞ。


天正十七年 秋 博多 伊藤元清


 伊藤景清は北海道、織田信長は満州。


 なんとも、この天正年間に二人とも大した異国に出向いたものだ。

 私も知識の上での世界地図から、その地名を引っ張り出すことは出来るのだが、どうにも天文年間、弘治の始まりに生を受けた日ノ本の武士としては想像するのが困難なことこの上ない。


 「では、山中殿。此度の一件、尼子家は李朝の申し出に反対するということでよろしいのだな?」

 「はっ……」

 「我らに事前に諮ることなく、李朝へ使者の来航を願った件は尼子家当主、義久よしひさ殿の独断であったということでよろしいのだな?」

 「はっ……」

 「我らの領内の商人へ売りさばいた掛札。これに関しての責も義久殿にあるというのだな?」

 「はっ……」


 大友殿、長曾我部殿、長尾殿からの立て続けの詰責に対し、淡々と返事をしていく山中殿。


 話の大筋は事前に決めていたこととはいえ、こうもきちんと型に従った流れで主君の罪を認めさせられるとは……なんとも可哀想なことだ。

 尼子家臣の中では随一の将と謳われる忠勇の山中殿としては忸怩たる思いがあるだろうな。


 「ふぅ……上様、ここは義久殿には大老家の当主として、誇りある身の処し方をしてもらわねば、日ノ本の土台が崩れかねませぬな」

 「そうですね……」


 台本通り……といって差し支え無かろう、事前の話し合い通りに事は進み、最後の処断内容を私が口にする。


 「此度の一件、何事も合議の上に日ノ本を導くべし、とする大老家制度の根幹を揺るがす罪である。されど、義久殿は己の過ちを自ら認め、既に蟄居を己に課している点、その覚悟は我らがいたく感心するところでもある。よって、義久殿には隠居した上で出家を為されるのであらば、それ以上の責を問う考えは我らにはない。……速やかに、家督を御子息に継がれるが良かろう」

 「はっ……残念ながら、当主義久には男子がおりません。……ついては、女子である幸子、この者を義幸よしゆきと名を改めさせ家督を継がせようと当家では考えております」

 「構わない。……そもそもが、武家に男子がおらぬ場合は女子が家督を継ぐことは珍しくない。当家でも、私の先代、元景は女子である。……義幸殿も立派な夫を迎え、尼子家を率いて行くことを私も望むところである」

 「はっ……ありがたき幸せ……」


 次代の尼子家当主、義幸殿……幸子殿は大友殿の次男、大友親家おおともちかいえ殿を夫に迎えた。

 このことで、尼子家は大友家の近しい家となることに決まった。


 また、これに付随し、尼子家と隣国である長曾我部家は瀬戸内の航行優先権を得、長尾家は播磨、因幡の支配権を確固たるものとした。


 ぱんっ。


 「話はこれで決まりましたな。無用な血を一滴も流さず、穏便に話が済み、大変結構なことですな!」


 台本の進行がつつがなく終了したところで、徳川殿が大きく扇子で膝を打つ。


 「……くっ!」


 当主の交代と、大友家の間接支配を受け入れざるを得なかった尼子家の者として、山中殿は忌々し気な表情を以て徳川殿を一睨みする。


 ……されど、流石は狸殿か?

 一向に効いた風もなし、涼やかな面持ちで言を続ける。


 「某としては、尼子家のこともさりながら、どうにも朝廷の方々にもお話しを伺いたいと思っておった所でしてな?……丁度、この場には見届け人として関白殿下も居られる。どうか、一言説明を……とまではいかなくても発言を頂きたいところですな」


 ふむ……。

 確かに、この場には鷹司元房たかつかさもとふさ殿が居られる。

 いまや、何の力も持たぬ公家の代表だが、公式な場での飾りとして京より呼んであった。

 その、元房殿に発言を求めるのか……なんとも嫌な予感がするが……いや、流石の徳川殿もこのような場で、大っぴらに己の謀を推し進めるようなことはすまい。

 なにしろ、目の前で、独断で謀を推し進めた尼子家が厳しい処断を受けたのだからな。


 「え?……あ、は、はぁ……左様でおじゃりますな……そ、その、麻呂たちもことの顛末を聞かされ大いに焦ったところではおじゃるが……焦ってばかりでは、日ノ本になんの益をも齎すことは出来ぬ故、ここは麻呂たちも己の伝手を以て一つの方策を皆様に提示したいと思っており……」

 「ぬ?方策……ですと?」


 どうやら、私だけでなく、大友殿もこの展開は知らなかったようだ。

 大いに訝しんだ顔をしておる……。


 涼しい顔をしているのは、仕掛けた当人である徳川殿と……長尾殿か……長曾我部殿も大友殿と同様に訝しんだ顔をしておられる。


 「うむ……ことは、我ら日ノ本と明朝が友好的な話し合いを続けている最中に、明朝の怒りを買った李朝と独断で話をしておったのが宜しくなかったということでおじゃろう?」

 「……まぁ、かいつまんで言うと、そういうことでしょうな」


 多少、警戒しながらも大友殿が元房殿の言を肯定する。


 「となると、皇后即位の儀に差し当たって朝鮮、中華より使節を招くことにおかしなところはないということでおじゃる」

 「……続きを」


 王家の権威が強まることを望むものはこの場にはいないが、確かに友好的な関係を結ぼうとする相手国から使節を呼んで歓迎するのは、外交上の手として悪いことでは決してない。


 「そもそもが、日ノ本は今の李朝を牛耳る東人派、朝鮮の東とは友好的な歴史を綴ってきたとは言い難いところがあるのでおじゃる。王家は朝鮮の西、伽羅や百済と親しくし、血も交わした間柄……故に、古の白村江で矛を新羅、唐とは交えたのでおじゃる。その後、我ら藤原も加わって唐と修好して今に至るのでおじゃる」


 確かに……。


 「その時代より長い時を経てはおるが、未だに我らの伝手に旧百済に通ずる者達、いわゆる李朝西人派の一部に繋がる伝手が有るのでおじゃる」

 「……つまり、関白殿下は此度の明朝と李朝の衝突が見えて来た時勢に於いて、今の李朝主流派である東人派を制するべく、西人派を使おうということですかな?」

 「そういうことでおじゃる!」


 おやおや、ここまでおどおどしていた元房殿が、いつの間にやら、なんとも心気充実とばかりに声を張っておられる。


 ふむ。

 しかし、策としては悪くないか……。


 「上様、如何ですかな?」


 私の感想を読んでいたのだろうか、徳川殿が楽しそうな声色で話を振ってきた。


 「理には適っていると考えます。敵を分断し、その一方と通じて相争わせる……兵法としては常套手段だとは思いますが……」

 「儂も上様と同じ思いだぞ?徳川殿。……果たして、そもそもがそのような伝手、今でも京の方々の元に太く残っておるのか?」

 「然り……」


 大友殿の疑念に長曾我部殿も同意を示す。


 「それは……やってみなければわからぬという物でおじゃる。皆様方が言うように、伝手としては麻呂たちの手に確とありはするが、この伝手がどの程度使えるかは、使ってみねばわからぬのも確かでおじゃる。……しかし、この手、失敗しても元々ではおじゃりませぬか?成功すれば儲け物と言うやつで……」

 「徳川殿!!」


 元房殿の言葉を遮って、大友殿が強い口調で徳川殿を問い詰める。


 「何でしょうかな?大友殿」

 「京の方々に余計な口出しはさせない。それが我ら武家の方針であったのではないか?今は小さな手伝いだとしても、このようなことを続けていては、そのうちにこやつらは政に口を出してくるのではないかっ?!」

 「ひっ!」

 「はっはっは!そのように威嚇なさらなくても、関白殿下は身の程を弁えておいでですよ。何しろ、此度は目の前で尼子家がどうなったかを見ておいでですからな」

 「も、もちろんでおじゃるぞ!ま、麻呂は大老の方々の手助けをしたいという思い以上のことは考えておらぬ!」

 「……ならば、結構」


 当家が公家を嫌うのは今までの経緯で当然のことではあるのだが……どうやら、大友殿もついぞ何かしらがあったようだな。

 大友家は伊藤家に比べ、在地領主の権限が強い。

 伝え聞くところでは、切支丹への対抗を模索する寺社勢力が公家勢力と繋がって在地領主と組んでいるとか……。

 長曾我部家は、吸収した西土佐に根を張った一条家の取り扱いに困っているとも言っておったか……。


 「ともあれ、関白殿下には李朝西人派に話をしてもらうことで構いませんかな?無論、話の流れは必ず我らに報告して貰うということで」

 「「よかろう……」」

 「ことの経緯を逐一報告してくれるのならば、私も賛成しましょう」


 一丸兄上の漢城攻め、多少なりとも手助けが出来る物があれば有難いところだからな。


 ただ……。


 「ただ、おかしなことになれば、それ相応の責は取ってもらいますよ?」

 「……えっ?」

 「それはそうでしょうとも!もちろんのこと、聡明な関白殿下はご理解くださっておりましょう!」

 「えっ、あ、いや……その……」


 ふむ。

 果たして徳川殿は元房殿の味方なのかどうか……全くもって怪しいところだな。


 まぁ、私としてはどちらでも構わないところではあるが。

 吉法師さん、東北地方の北側、海西女直(真)の根拠地の撒叉河衛、今で言う松原市の北にまで出張することが決まっていました。

 ヌルハチは建州女直(真)の出身であるので、林さんは別の部族を女真族支配に使おうと考えているのでしょう。

 ですが、海西女直の支配領域は……。


 といったあたりが次回になりますかね?


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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