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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第五章- 血海血土
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-第百九十五話- 二度目の初陣

天正十七年 夏 xxxx 伊藤清


 正直なところ、僕たちの状況はあまり良くない。


 すとぅしゃいん殿の砦が攻められた夜、僕たちは襲撃前に砦を抜け出し、砦傍の川に、浜に来るであろう当家の護衛と合流する予定だった。

 元から、迎えの兵を呼ぶ予定を組んでいたため、問題なく合流できると思っていたんだけど……。


 残念ながら、事はそうそう思い通りには運ばなかった。


 すとぅしゃいん殿の手の者が敵兵を発見しない方向、つまりはしべちゃり川と海岸、西と南に向かって急ぎ足で砦を背にしたところ、闇の中から手練れと思しき者達が三名現れた。


 三名とも黒づくめの装いをしていたあいぬの人達で、手にしていた武器は大ぶりの鉈。

 幅はかなり広めの作りではあったけれど、流石に僕の腰の物、村正の逸品の相手が出来るほどの物では無かった。


 そりゃ、渾身の打ち込みを受け止めるような形になってしまっては、三人の相手をこれ一太刀では難しかっただろうけどさ。


 そこは、まぁ、僕の腕もあるし?

 女と思って油断でもしたのか、楽に一人目を打倒せたので、そこからは二人目、三人目と急所をしっかりと切り裂いた。

 旦那様も、倒れた敵にしっかりと止めを刺してくださっていたしね!


 「あれから五日じゃが……お清よ。儂らはやみくもには逃げておらぬし、方角も大体はわかってはいるが……どう考える?儂ら二人は大丈夫であろうが……乳飲み子は一早く安静にさせてやらんことには……」


 旦那様は小声で私に話しかけて来る。


 マリアは沢に水を汲みに出かけ、僕たちの会話を聞いているのは、僕が代理で抱っこしているこの子だけではあるんだけれど……そうだよね、言葉は通じてないだろうけれど、どうしてもそういう会話は小声になるよね。


 「あれから五日。……状況が状況だっただけに、どうしても室蘭からの援兵も小部隊、小部隊と細切れになってしまっているのはわかるんだけどね……それにしても、当家の兵相手に敵も粘るよね。ここに居ては敵兵の実数は確認できないけれど、相当な兵数で攻めてきてるんだろうなぁ……」


 室蘭の留守部隊といえど、伊藤家の中でも武装の品質で言ったら一、二を争う水軍兵なんだ。

 その兵が……大体百ぐらいは合流したよね?

 それでも敵兵を掃討出来ないってことは、いったいどれだけの兵で攻められたんだろう……。


 「何を呑気な……だが、それもそうだな。すとぅしゃいん殿に聞いたところでは、山向こうのいしかりなる土地は沼地が多く、こちらよりも寒く、冬には海も凍り付くというではないか?そのような土地で多くの兵、民を養えるとは到底思えん。全くもってどこからそれだけの兵を集めたのか……」

 「本当だよ……ただ、あれから五日。最短だと明日辺りには久慈の忠豪ただよしが援兵をもって合力してくると思うんだけどなぁ……」


 室蘭に最も近く、しべちゃりへ援軍が組織できる当家の拠点、それは早池峰の東の領内、特に最も北に位置する久慈になると思う。

 忠豪は長年の従軍経験から、戦への供えには最も厳しい家臣の一人だし、他地域からの連絡が届き次第に動かせる兵を常に備えている。

 北上の南までの兵を合わせれば五千近くにまで行くはずだけれど、危急の援兵として久慈の兵を動かす……それでも千から二千は用意している筈……。


 それだけの兵が揃えば、幾らなんでもしべちゃりの砦に襲い掛かった敵兵は殲滅できると思う。

 流石に、いしかりから一万以上の兵が進軍してきたとは考えにくいし、そこまでの大軍であれば、距離があるとはいえ、ここからでも何かしらが見える筈だもんね。


 「で、お清よ、この後は如何する?選択肢は二つ……砦から三山程西のこの地で様子を見続けるか、それとも更に西に移動して直接室蘭の方角まで行くか……」

 「本当なら室蘭に戻りたいところだけど、流石に距離がね……それに敵軍は北の山から殺到したみたいだけれど、本来の進軍路を考えるなら川を使うはずだしね……」

 「であろうな……流石に、これほどの規模の軍。輜重部隊は出ているであろうし、さすれば川を抑えるのは必然であるか……そうなるとだ、これ以上西に向かうのは敵の輜重部隊に見つかる可能性もあるな……しかし、これもまた不思議なことよな?」


 そう言って旦那様は心底不思議そうに首を傾げる。


 ん?どこが?


 僕も旦那様に合わせて首を傾げる。


 「いやな、これもすとぅしゃいん殿から聞いた話なのだが、あいぬの合戦というのは、此度のように闇夜に紛れて敵方の拠点に殺到し、敵を打倒して物資を略奪することが狙いなのだという。それがだ……どうにも、此度の敵方の動き……普通に合戦をしておらんか?」

 「……あいぬには合戦の考えがないの?」


 それはちょっとびっくりだね。


 「まったく無いということはあるまい。……儂が考えるに、日ノ本の儂らが考えるような合戦……単純にこれを行なうだけの兵数が集まらなかったから、これまでは行わなかったのであろう。考えても見よ、ここいらの大頭領であるすとぅしゃいん殿とて、手勢の兵は百程度だぞ?騎馬や甲冑に槍、鉄砲を携えているわけでもない彼らが、儂らのように野戦を行なう意義は少ないであろう?」

 「確かにね……それが今回は……そうなると誰が手引き?入れ知恵したのかが問題になる……蝦夷地の他勢力と言えば伊達家だけど、果たして彼らがやるかな?」


 蝦夷地は伊達家にとっても飛び地の領地だ。

 そこで、一時だけ当家を追い払ったとて、今度はそれこそ関東から奥州の伊藤家の兵がこぞって利府城と米沢城を落とすだけの話。

 僕が産まれた頃の話ならいざ知らず、今の勢力図の下で、伊達家が当家に戦を仕掛けてなんのうまみがあるというのだろうか……。


 政子も一丸の息子を生んだし、輝宗殿も当家には好意的なお方だ……。


 「いっそのこと、蝦夷地の伊達家の家臣が暴走した?それこそ独立でも目指して?……いや、それも無意味だよね。蝦夷地の人口、兵力で日ノ本の大身の怒りを受け止められるはずもない……」

 「これ、怖い話をするな……。確かに一時は独立を勝ち得たとしても、それを維持するのは不可能。そのような暴挙を時正ときまさ殿や常成つねしげ殿が企てるとは到底思えん……かの御仁たちは、確かに武張った方々ではあるが、力関係を見誤るような愚物ではないし、当家と同じ伊藤姓の者として当家には十二分に敬を払っておられる……だが、そうなると……」


 そう、そうなると「いったい誰が?」って話になるよね。


 こてんっ。

 こてんっ。


 またしても夫婦して首を傾げてしまったよ。


 だだだっだっだ!

 ばさっさっささ!

 とたとだだだっだ!


 ん?

 どうしたんだろう?

 たぶんマリアだと思うけど、こんなに急いで戻って来るとは……なにかあったのかな?!


 「……はっ、はぁっ……」


 案の定、草を掻き分けて、水を汲みに行っていたマリアが走り込んで来た。


 「どうしたの?さぁ、落ち着いて……」

 「……はっ、はっ……ワタシのことは大丈夫です!そ、それよりも!」


 興奮した様子のマリアを落ち着かせるべく、僕はゆっくりと話しかけ、また腕に抱いているこの子をマリアの視界に入れてみる。


 「アア……なんということですか!う、海の方にものすごい数の船が見えまシタ!」


 海に船?!


 ああ!やったね!


 思わず旦那様と目を合わせる!


 これで、ついに逃亡生活ともお別れが出来そうだよ!


 「そうか、船が見えたか!そうか、そうか!南からの船であれば当家の援兵であろう……して、何ぞ旗などは出ていなかったか?」

 「……いやいや、小一郎ちゃん。それは無理でしょ……ここから浜までどのぐらいの距離があると思って……」


 旦那様がとぼけたことを言うもんだから、思わず昔の呼び方をしちゃったよ。


 「旗?そ、ソウデスネ……確かにアリました。キレイな赤い旗と大きな字が一文字書かれた旗がアリマシタ」

 「え?!見えたの?!!」「一文字の旗じゃと!!」


 ……驚く場所が全然違った僕と旦那様……。


 ……ん?


 「やったぞ!これで、明日にも儂らは合流できるな!」


 旦那様は大喜び……って、あれ?なんかひっかか……る?


 「おい、おいお清よ……その方は気付いておらんのか?」

 「……いや、何が?」

 「何がって……当家、伊藤家に於いて、漢字一文字の旗を持つお方でここに駆けつけられると言えば、お一方しかおるまい?」

 「……!!!」


 ああ、そうか!

 引っかかっていたのはその点だ!


 「景基様は博多におられるのだ……」

 「「兄上(太郎丸様)だ!!」」


1589年 天正十七年 夏 シベチャリ


 「いそげっ!とにかく敵のおらん今のうちに拠点を築くのだ!」


 流石は忠豪!

 こういった状況での指揮は流石の一言だね。


 「流石は忠豪大叔父上ですな!お見事な銅鑼声と言うべきか!兵共もきびきびと動きますねっ!」


 確かにそうなんだが、どうにも我が娘の美月さんは、戦場にて血が騒いでいる模様。

 声の弾み具合を聞く感じ、いつもよりもだいぶ血気盛んでございます……護衛兵長が血気盛んとか勘弁だよ?


 「若殿、ここは忠豪に任せておけば問題ないかと……それよりも、本当に小舟で川を上らせますか?」

 「ああ、今回は少しでも早く、援軍の存在を味方に知らせたい。多少の危険には目を瞑ろう」

 「大丈夫ですよ!忠文殿。我ら勿来水軍に副えられている小舟は多少の攻撃でどうにかなるような造りはしていませんからね!」

 「若奥様……そのことは、この忠文、重々承知しております……しかしながら、川というのは往々にして危険な場所ですので……」


 沙良が水軍の小舟に自信を持っているのは良くわかる。

 そもそもが、俺と吉法師が獅子丸と船大工に無理難題を吹っ掛けて作った船だもんな。

 十文字一族の傑作作品とも言える船だ。


 そんな勿来水軍の搭載艇、こいつはただの小舟じゃない!

 ありていに言ってしまえば、強襲揚陸用に案を練りに練った船ですからねっ!

 海上から敵陣に楔を打ち込む必殺の一手。

 そのための船だ。


 ……だが、忠文の懸念もわかるっていえば、わかる。

 川を堰き止め、水の力で敵軍を掃討する水計は古来からの常套策だもんなぁ。

 俺もどこかで使った覚えが有る……たぶん。


 だが、今回は……。


 「だが、今回に限って、水計は時間の関係で用意できないだろう……この三日間で嵐があったとも聞かないし、それこそ敵軍がシベチャリチャシを襲撃する何日も前から堰を造っていたとも思えない。砦は山頂にあるし、ちょっとやそっとの水量を流したとしても、砦の攻略にはなんの寄与もしないだろう」

 「しかし、若殿。援軍が海から来ることは予想できるはずです。その備えをしている可能性は有りましょうぞ」

 「確かにその通りだが……流石にそこまでの準備、それこそストゥシャイン殿の配下の眼を盗んでの大工事を何十日も前から行うことなどは出来ないであろうさ」

 「はっ……若殿がそこまで言われるのならば……」


 忠文も本気で水計があるとは思ってはいないだろう。

 ただ、これは俺への注意喚起であるだろうし、ひいては俺が先陣切って小舟に乗るのは容認しないぞ、っていう牽制だろうな。


 大丈夫ですよ。

 言うても僕はまだ十四の身体ですから。

 二十を超えた兵士の身体だったのなら先陣の一つも切るだろうけれど、今回は後方にデンっと構えていますってば。


 じと……。


 む?

 忠文の視線が厳しい。


 「大丈夫だよ、約束は守りますって。今回は全て忠豪に現場指揮は任せるし、先陣も忠峰に任せるよ」

 「くれぐれも、ですぞ?……若奥様も美月もわかっておりますな?!」

 「「は、はいっ!」」


 俺が忠文からお説教を受けていたのをニヤニヤと眺めていた、俺の愛する妻と娘は、突然に忠文の視線が自分たちの方を向いて驚いてしまったようだ。


 まったくもう……人の不幸を喜んでいちゃだめですよ?


 「サラさま……っとっとっと……忠文様!全艦大砲の準備が整いました!」

 「……よろしい、では一斉に撃て!」

 「撃てぃっ!!」


 この水兵は生粋の勿来水兵なんだろうな……。

 十文字の一族に鍛えられた勿来水兵は、どうにも忠誠の対象の大部分が沙良の方に向いていたりするんだよ、これが。

 あの地獄の訓練……ちらっとだけ見たことはあるけどさ……なんなのあれ?どっかの軍曹が出てきそうな新兵訓練かよ!っていうね。

 そりゃ、あれを受ければ十文字一族へ強い忠誠心を持つことは不思議じゃないか……。


 ともあれ、忠文からの命令を受け、この船のみならず全ての船が空砲を放つ。


 ドーンッ!

 ドッドドーンッ!


 ……火薬詰め過ぎじゃないの?

 そりゃ盛大に援軍の存在を知らせるために、思いっきり音を響かせろとは言ったけどさ……。


 指で耳栓をしていても脳を直接揺さぶるほどの轟音がシベチャリに鳴り響く。


 きーんっ。


 全て撃ち終わった様で、恐る恐る指を耳から話すもどうにも耳鳴りが止まない。


 「……ふむ。若殿、どうやら敵兵は大いに驚いているようですな……あれではしばらくは使い物になりますまい」

 「……見える……筈はないよね?」

 「ええ、姿は見えませぬが、揺らぎはここからでもはっきりと感じますな。……忠峰っ!」

 「はっ!!」


 俺も前世ではそれなりの大戦を経験してきたとは思うんだけど、やっぱり歴戦の雄には敵わないのかな?

 正直、忠文が言うところの敵軍の揺らぎなんぞは、その欠片すら見えやしない。

 俺の視界に移るのは、ただただ、なんとものどかな蝦夷地……と、びっくりして森から飛び立った野鳥ぐらいだよ……?


 と、いかんいかん。

 俺も一言、忠峰に声を掛けねば。


 急いで舷側に駆け寄り、水面に降ろした小舟で待機している忠峰に声をかける。


 「忠峰っ!頼んだぞ!川筋の確保が出来次第、本軍が向かうからな!」

 「はっはっは!お任せあれ!若殿!この忠峰、見事に先陣の役目をこなして来ましょうぞ!……では、行くぞ!」

 「「はっ!」」


 忠峰の号令に従い、するするっと小舟が船団から離れて行く。


 「おお!父上!意外とあの小舟は足が速いのですねっ!」


 美月の感想ももっともだ。

 この船からだけではなく、他の船からの兵を乗せた小舟、強襲揚陸艇が合わせて三十。

 気が付けば船団からは距離を大きく取り、あっという間に河口へと差し掛かっている。


 さて、石狩のアイヌ兵よ。


 誰に唆されたのかは知らないが、伊藤家に喧嘩を売った意味、その身で覚えてもらうからなっ!

 僅か五日間で援軍を用意出来ちゃう太郎丸さんたち……恐るべし。

 勿来は水軍の本拠地だから良いとしても、岩手県の沿岸の城からの兵は大丈夫なのか?と思わずにはいられない作者です。

 待機中と停泊中の船を総動員しての出航でした。

 安中の民としては太郎丸の初陣、狼の旗をたなびかされては、一にも二もなく、全力で馳せ参じる以外の道は無いのでしょう。


 結果、途中の宮古と久慈の兵も合流して、総勢五千ほどになった奥州軍が蝦夷地に足を踏み入れます。


 太郎丸としては清の無事は信じているのでしょうが、身内を襲撃してくれたことで怒り心頭、はてさて何処までの戦を考えているのでしょうか……。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 今の北海道ならば確かに兵5,000あれば蹂躙は出来るでしょうね。 しかも、まだ先陣。この後、情報錯乱の元、それの何倍・何十倍もの軍団や開拓民がやって来ては整え、やってきては造り上げ、やってき…
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