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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第五章- 血海血土
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-第百九十四話- 燎原の火

1589年 天正十七年 夏 勿来


 「もう少しゆっくりと勿来の夏を味わいたかったんだけどなぁ……」


 思わず大声を出してしまう伊藤藤太郎景清十四歳である……。


 だって、しょうがないよね。

 これから向かう先?

 戻る先っていうのが、酷暑で有名な古河なんだからさ。

 もうちょっと、夏の時間は避暑?過ごしやすい勿来で骨休めをしたかったよね。

 夏の勿来名物の浜焼き大会も、今回は一回しか開催できなかったしさ!


 ともあれ……まぁ、何ですよ?

 今の古河ってのは、いわゆる前々世のようにまったくの内陸都市ってわけではないから、四十度越え連発!ってわけじゃないんだけどね。


 渡良瀬川は中々の大河であるし、今市方面から流れてくる田心たごころ川も真冬の時期以外には豊富な水を古河にまで運んでくる。

 山を越えてというか、丘を越えてというか、競馬場を越えてというか……城下町の東側の方には鬼怒きぬ川という大河も流れている。

 水蒸気で蒸し饅頭!と言うような気象現象が起きない限り、朝夕の川風は涼やかだし、風鈴の音が鳴り響く屋敷は酷暑で倒れるほどではないのは事実。


 勿来から古河への旅程も船を乗り継いでからの馬で、一日ちょっとで着いちゃうしね。

 勿来から鹿島に移動して、霞ケ浦(内海)を通って守谷、そこから馬に乗ったらすぐに古河だ。


 鹿島に運河が出来てからは、大いに交通利便が向上して、内海の航海時間が減ったのも有難いよなぁ。


 で、内海に面した伊藤家の津が守谷。


 古河からは渡良瀬川沿いに……ってこっちは太日ふとい川と呼ばれているんだったっけかな?

 古河の東の方に流れる太日川を五里ほど下ると鬼怒川とぶつかり、その近辺、川沿いの高台が守谷となる。

 守谷の東側には内海が迫り、この一帯は守谷の津と呼ばれる関東物流の一大拠点だ。


 北から流れる鬼怒川と那須より流れる国境こっかい川を使った産物がここに集積され、内海を通れば鹿島経由で各地の商人たちの手へ、渡良瀬川を下れば江戸へ、西に渡良瀬川を上れば古河へと繋がる。


 ……守谷に集まる一番の産物と言えば、那須で精製される砂糖かね。

 品種の厳選による改良の結果、年々精製量は増大している当家の主力産物の一つだ。


 俺も色々と手を出してきたが、結局のところ人間が銭を出して、どうしても買いたいものってのは塩と砂糖が筆頭に挙げられるんだよね。

 古来よりの専売商品と言えば、塩、酒、鉄……これに砂糖が加わって来て……タバコなんかも加わって来るんだよな……。


 と、タバコ??


 う~ん。


 首を捻って記憶を辿ってみるが、……そういや、領内では正直お見かけしないな。

 時代的には既に日ノ本には渡来しているとは思うんだが……。

 まぁ、栽培自体は例によって江戸期とかになってから広がっていった筈だから、この時代ではまだ見かけていないのも不思議ではない……のかな?


 ただ、本来だったらそのあたりを日ノ本に紹介してくるポルトガル人やスペイン人……伊藤家の領内に立ち寄って来るのは真面目な人たちばっかりだから、タバコを吸わないのかねぇ?

 よくわかんないや。

 エストレージャ卿やアルベルト卿の顔を思い出してみるが、どうにも皆さんがタバコをふかす姿は想像ができない。


 「はい、はい。旦那様もいつまでも愚図ってないで、早く古河に戻らないと駄目ですよ?勿来は南たちが、し~っかりと見守っていますから、どうぞご心配なく」

 「左様ですよ、旦那様。今では南奥州の領内は、安中の方々のお力もあって、主要の城下町どうしは川を使った路だけでなく、馬車道も整備されていますから。棚倉も白河も会津も、むろんこの勿来も……すべてが一つになっておりますのでご心配なく」


 阿南と義の二人に「ご心配なく」攻撃を食らってしまった。

 ……いや、心配はしてないよ?もちろん。


 ……こくり。


 相変わらず輝さんは無言で頷くだけである。


 「南奥州が一つ!なんとも素晴らしい言葉ですね!これで私も勿来に居ようと鹿島神宮に居ようと、いつでも美味しいお肉が食べれるということですねっ!流石は当家の領内!!」


 一方、そんな無口の輝さんの次女は元気いっぱいで、良くわからない事を、腰に手を当て力説されている……。

 美月よ、お前は大体が俺の護衛として古河と勿来の行ったり来たりじゃない?


 しかし、ここは娘の元気……勇気凛々、心気充実、意気軒高、気力旺盛な姿を良かれと思って喜ぼう……あまり言いたくはないし、達人の娘を怒らせたくないから言葉にするのは控えるが、お前さんが姉たちと違って夫と子がいないのはそのあたりの性格に起因しとるんじゃなかろうか……。


 ……じとり。


 いかん、何やら首筋がヒヤッとする。

 ここは別のことでも考えよう。


 うむ、うん、そう!


 伊藤家の南奥州……会津は全域、中通りは安達以南、浜通りは浪江以南。


 おおよそが前々世の福島県に近い領域、これが川路や峠道だけでなく、がっつり舗装された馬車道を使って連結しているという……。

 天正期においてのこの交通網、ちょっと他所の土地ではお目に掛かれない開発具合だよね。

 俺の発案を全力で実現してしまう、安中一族や村正一族を筆頭とする技術者や工事指揮の方々には脱帽である。


 そういや、奥州には関東や畿内、西国からの人間だけでなく、明からも多くの職人が集まっているんだよなぁ……最近ではヨハンやら田介やらっていう中欧の技術者までが来ているし……。

 そうなると、今まで以上の交通網、そう、そのうちにトンネルとかまでも作り出してくるんじゃないか?

 鉱山開発に当たってはそれなりに山を掘って削ってと土木作業をしてきた我々だが、日ノ本よりも進んだ鉱山技術を見知っている彼らなら、もしかしたらそこまで行けるかも知れない……。


 ……こりゃ、天正版高速道路網の構築もいける……ってことは無いよね、流石に。


 蒸気機関も電力も発明されてないんだもんな、人力では限界があるんだろうしね。


 ……でも、そのあたりの理論ってか、考え自体はギリシャ・ローマからあったとも言うし……。


 ぱんっ!


 俺が再び思考の沼に陥りそうになっていたところ、阿南が大きく手を打って意識を呼び戻させる。


 「はいはい、旦那様も草鞋を履く段になって、そのように考え込んでは遅れるだけですよ?沙良は既に湊に居るのですから、妻を待たせてはいけません!」


 阿南に怒られてしまったよ。


 「それはそうだ……沙良を待たせたままではいかんな、これは阿南に諭されて……」


 阿南の言に納得して、よっこいせと草履をはき終えて立ち上がろうとしたところ……。


 どだっだだっだだだ!

 どだっだだっだだだ!


 ……俺は知っている。

 こういう、如何にも「急いでいます!」、「慌てております!」といった足音を立ててやって来る知らせには、そう、今までで良い知らせが一個も無かったということを……。


 「ふぅ、ふぅ、ふぅ……よ、良かった、間に合いましたか……!」

 「おお!どうした?忠文?お前がそこまで慌てるとは珍しい……というか、お前も良い年なんだからこのような伝令仕事など……と、そこまでの大事か?」


 安中忠文あつなかただふみ、安中一族の最長老である忠宗ただむねの次男、輝の実父である現安中当主の忠清ただきよの弟で、伊藤家の奥州軍を指揮する男である。


 そのような男が自ら、ここにまで走り込んでくるということは一大事に決まっている……。


 「とにもかくにも、若殿が古河に戻る前にお伝えできて幸いです……実は、つい先ほど、室蘭よりの早船が到着しました!」


 室蘭??


 「しべちゃりにて、すとぅしゃいん殿の主催する宴に出席為されていた清様と秀長殿……別のあいぬの軍の襲撃に居合わせ……今もってお二人の行方がわかっておりませぬ!!」

 「「なぁっ!!!」」


 アイヌの軍だと?!


天正十七年 夏 博多 伊藤元清


 渤海湾での事が起きてから、季節が一つと少し移り変わった。

 その間、私と一丸兄上は博多城、立花山城に滞在している。

 しかし、こうまで博多滞在が長引くのならば、どこぞに屋敷でも構えさせてもらった方が良かったような気もするが……ここは当家の領内ではなく大友家の領内だ、当分は遠慮しておかねばならんな。


 「して、上様、織田殿からの知らせではどのように?」


 ぱさっ。


 ふぅっ。


 一通り、文を読み終わって、外の景色、博多の湊に視線をやった私に、大友殿が文の内容を尋ねて来る。


 ようやくと言うべきか、渤海湾海戦から始まる騒動……実際の動きはその前から繋がっているのであろうが……此度の騒動の一つの方針が信長殿からのこの報告で定まるというものだ。

 大友殿も気もそぞろという物であろうか。


 「大友殿、書状にはこうある。明帝大いに怒り、日本水軍を攻撃した遼東軍の再編を命じ、合わせてこれに対する最初の勅命として、李朝と女真族の事件首謀者を順天府に召し出すことを命じた。事を為すにあたり、遼東軍全軍の出動、及び禁軍二万の出動を命じた。……こうなっておりますな」

 「ほぅ……明帝の怒りようは苛烈だったようですな。ざっと見積もり十万規模といったところですかな?……大した規模の軍が興されますな」


 まったくだ。

 禁軍だけで二万か……都、順天府の軍をそれだけ使い、更には明の最前線である遼東軍、つまりは東北地方の全軍を使って女真族と李朝の責任者を捕らえろ、だ。


 女真族では、部族、民族の統一が進められていた最中、その統一族長に一番近いとされていた男が海戦で死んだと聞いている。

 ……私の知識の中を探るに、たぶん清朝の祖とされる太祖ヌルハチのことであろうな。


 女真族の英雄が歴史の舞台から去った。

 これは、大変なこととなろう。

 確か、女真族の統一は、遼東軍閥が蒙古軍の東北地方侵入と日本軍の朝鮮出兵への対応を迫られたことで加速した筈だったが……女真族を纏めさせていた人物は死亡し、現場指揮をしていた明朝の将軍も死亡。


 ……荒れる未来しか見えないところに、此度は大規模出兵か。


 これは新任者の力量が問われる所であろう。

 はたして、私の知識の中の人物たちよりも、その人物は上の男なのか?


 「次いで、我が方の扱いは?特に海戦を指揮した織田殿への断などは?」

 「断……そうだな、書状によればお咎めなしとのことですな」

 「……む?まったくの無しですと?……それは些か……」


 私と大友殿の会話ではあったのだが、信長殿へのお咎や、非難の類いは全くの無しというのが意外であったのか、高橋殿が会話に割って入って来た。


 「ああ、日本軍に対しては、逆に謝罪と慰労の言葉が送られたとありますが……ただ……」

 「「ただ……?」」


 そう、ただ、だ。


 「但し、今まで以上に天津衛の発展を行なうことと、新たに遼東地方、特に渤海湾に沿った金州衛の開発を促すことを願われたとある」

 「なるほど……表立った批難、処罰等は求めないが、他の湊の開発を命じられたということですか」

 「これは、相当に天津衛での我ら日ノ本の者達の働きが、明朝にとっては、いや、明帝周囲の者達にとっては喜ばしかったことなのでしょうね」


 対外的な問題にはしないから、これまで以上に力を貸せ……そういうことであろう。


 ふむ、そう考えると、明帝の感情としては日本使節の方が、自分の部下であるはずの遼東軍閥より、好意を向けていた相手、という所なのだろうな。


 確か、万歴の三征、蒙古軍に因る哱拝ぼはいの乱、秀吉に因る朝鮮援兵、そして楊応龍ようおうりゅうの乱だったかな。

 東、西、南と三方向で一斉に火の手が上がったはずだ……三方向だけでなく、北に関しても女真族が火の手を上げたのだが、これは次代王朝ということで後世の扱いが微妙なのかも知れない。


 「しかし、上様。これはどうにも我らが軍を動かすことは歓迎されていないようですな」


 大友殿はそう言って、御自慢の口ひげを大きくさする。

 どうにも、大友殿は思案を深める時にはそのような仕草を為されるようだ。


 「そうですね。基本的には、日本への要求は地域の開発、民政への寄与ですか……ありていに言えば、今よりももっと銭を地域に落とせということでしょう。……しかし、大友殿。私にはそれで事が済むようには思えませぬ」

 「とは?」

 「これは遼東軍の新任者の能力を疑っているということではなく、純粋に武力として、東北地方と朝鮮を抑えるには足りぬと思えるのです」

 「「……十万の軍で足りませんか」」


 十万。

 確かに大軍ではある。

 日ノ本では……当家ぐらいにしか興せぬ規模の軍であろう。

 しかも、東国全域の兵を使わねば興せない。

 大友家では、どんなに見積もっても五万の軍を興すのが限界であろうか、特に侵攻作戦の場合には……。


 「うむ、私はそう考える。……なんといっても大陸は広い。東北地方と中華では一地方に捉えるが、その大きさ、広さは、優に日ノ本の全てを合わせたものよりも、遥かに、そう遥かに大きいのです。しかも、此度の話は東北地方だけではありませぬ、侵入を繰り返す蒙古と朝鮮まで加わるのです。実際に軍は移動しないとは思いますが、処理すべき、対応すべき地域は中華東北地方の更に数倍となる広さです」

 「「……うむぅ」」


 改めて聞いて、中華の広さが見えてきたのだろう。

 大友殿も高橋殿も、低く唸ってしまった。


 もちろん、両名も地図、地球儀などで中華の大きさは頭に入ってはいるのであろうが、改めて考えると、その途方もない大きさに圧倒されてしまったに違いない。


 「では、上様は今後どのような役割が我らに振り分けられるとお考えで?」


 一方、太郎丸……の薫陶厚き一丸兄上は冷静に物事を見つめている。

 静かに私へ核心を尋ねて来た。


 「鴨緑江おうりょくこう……ここで、一度は明朝と李朝の軍はぶつかるでしょう。……ただ、大河を挟んでの戦は守る側に有利。例え兵力差が大きくとも、ある程度は李朝が戦線を維持できるでしょう。問題はその維持が膠着と成った時、その時は両国ともに日ノ本に援兵を求めてくることになると考えます」

 「……明朝はまだしも、李朝が??……ああ、尼子家にですか」

 「はい、ですので、その時が動き時かと考えます。朝鮮に関しては漢城を落として明軍入城させる。尼子家に関しては、責を問うことで、懸念だった日ノ本の綻びを納める」

 「なるほど……これは確かに見えてきましたか……」


 大友殿はしきりに口ひげを撫でながら、大きく頷いておられる。


 眼の上のたんこぶであった尼子家を自分の掌中に取り込む手段の目途、計画が確実に進んでいることを喜んでおられるのであろう。


 「ふぅ……漢城を落とす算段ですか……」


 一方、一丸兄上はなんとも複雑な表情で軽く目を瞑っておられる。


 左様、申し訳ないが、一丸兄上には総大将として、漢城攻めの指揮を執って頂かねばいけない。


 片喰の旗、風林火山の旗、狼の旗、此度は朝鮮にてたなびかせていただかねばならん。

 蝦夷地騒動が太郎丸の耳へと入りました。

 この時点では、未だ清と小一郎の安否報告が届いていない模様です。

 清さんの剣の腕があれば大丈夫とは思われますが、遠い奥州で話を聞いた面々は顔面蒼白。

 急いで援兵を組織する算段となるでしょう。


 そして、大陸案件。

 ブチ切れた万歴帝は不満分子への見せしめか、東北地方と朝鮮に対して武力を使った問題解決を決断します。

 財政難の明朝ではありますが、少しは二年越しの日本による投資効果が出ているんでしょうかね?

 それなりの規模での出兵ができるようです。


 現状二方向での戦の気配……果たして、ことはこれで済むのかどうか……。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m


P.S. レオ杯敗れました……プラチナならず!残念!

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