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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第五章- 血海血土
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-第百九十話- 決断

天正十七年 春 博多 伊藤景基


 「ああ、景基殿。どうやら雅礼音が見えて参りましたな……。旗印からして、当家と長曾我部家に尼子家・・・の雅礼音ですな」


 一眼の遠眼鏡を覗いて高橋殿が若干の忌々しさを込め、そう言われる。


 まったく……。


 「それでは、山中殿。我らも湊の屋敷へと出迎えに参りましょうかな」

 「ふんっ!お好きに為されるが良かろう!」


 この場には私と高橋殿、山中殿の三名とそれぞれに近侍の者が二三名ずつ。


 ……私と高橋殿、つまりは伊藤家と大友家の者は腰の物を差したままであるが、尼子家の者達は腰の物を外させられている。

 縄を打つことなどはしていないが、上級武士へのこの扱いはどういうものであるか……さぞ、山中殿は心に思うものがあろうが、ここは堪えて頂きたいものだ。


 「では、高橋殿参ろうか……」


 私は心を少々重くしながらも、努めて平静を装ってそう声を出した。


 今日の博多での情景、その原因となるべき話を私が聞いたのは、今より十日程時を遡った飯盛山においてだった。


 古河に上様からの急使が届いた翌日、私は大急ぎで海路、飯盛山城へと向かった。

 風にはそれほど恵まれてはいなかったが、冬の荒天を警戒して少名で移動したのが功を奏したのであろう。古河を発して、私は五日後には飯盛山城へと到着することが出来た。


 飯盛山城には午前の内に着いたので、私はその足で上様と話し合いを行うため、地震で崩れ、一から伊藤家の技術で立て直された飯盛山城本丸へと向かった。

 近侍の者達には一の丸の私の屋敷へと荷物を運んでもらい、私は一人、季節外れの陽気となった飯盛山、本丸に続く石段を軽く汗ばみながら登って行った。


 上様を待つべく案内された本丸の書斎では、気が利く女中が井戸水で冷やした手拭いを持ってきてくれたので、汗を拭きながら最近の畿内の天候などを問うてみていたな。

 立春前の時期でこの陽気は珍しいかなどなど……。


 そんな中、同じくこちらも井戸で冷やしてあった宇治茶で喉を潤しながら、上様の到着を待っていると、上様が徳川殿・・・を引き連れ、おもむろに書斎へと現れた。


 「一丸兄上、古河に戻った早々、急にこのように飯盛山に呼び戻してしまいすみません。どうしても急ぎ相談したいことが出来まして……」


 上様はそう申し訳なさそうに俺に詫びてきた。


 「なに、お気になさいますな。このような形でのお呼び出し、お家の、ひいては日ノ本の一大事なのでしょうから……して……ここに徳川殿がいらっしゃるということは、用件は徳川殿から聞くのが宜しいのでしょうかな?」

 「そうですな……まずは徳川殿から話を始めて頂くのが良いでしょう……」


 上様は徳川殿に席を勧め、ご自分もそふぁに身を沈め、徳川殿に説明を促した。


 「それでは、僭越ながら某から……ことの発端は某がおります大阪城……っと、一向宗の石山本願寺はそのままではどうにも使い勝手宜しくなかったので、大規模改修施し、今では大阪城と呼び習わしております」


 うむ。

 それは知っている。


 妹達が全力で淀川の改修に立ち向かった結果、本願寺跡地のある上町大地は今まで以上に摂津の要衝となった。

 今までの淀川河口部分は湿地帯が広がり、満潮時には城手前の掘にまで海水が入ってきていたものだが、淀川の改修と湿地帯の排水が大規模に行われた結果、今では水路と生垣に囲まれた真新しい商人街が広がっているのだ。

 この地を監督するため、徳川家は大々的に城を改め、居城を建築し、本願寺跡を大阪城と名を改めた。


 「ああ、そのようなことはどうでも良いですな!……して、その大阪城下に商人街らしきものが広がり始めておりまして、そこで商いをしておる大店……もとは堺の納屋衆の暖簾分けであるそうなのですが、そこの店の主人がですな、某になんとも奇妙な話を報告してきました……」


 相変わらず徳川殿の話っぷりは長ったらしくて疲れる。


 ……要は、その商人が徳川殿にご注進!と来たわけだな。


 「……その主人曰く、尼子様の掛札の配当がとてつもなく良いのですが、徳川様もそのような代物をご存知ですか?と……。その主人としては、当家の掛札と比べ尼子家の掛札が非常に魅力的であるため、某にももっと色よい掛札を作れと言い出したい様でしてな……」


 ふむ……掛札か……当家では発行していないが、確か商人たちに利便を計らうことと引き換えに販売するものであったな。

 領内での商いを認める代わりに記載額面の銭を払わせ、更新期間が来ればその内の一定割合を返却するとか何とか……。

 大まかなところは理解しているつもりだが、やはりこういう内容は私よりも、父上や中丸の方が詳しいし、専門は?と問うならば信長殿や秀吉殿になろうな。


 「で……それが……?」


 ……と、言ったところで、はたと気が付いた!

 大店とはいえ大阪の商人が色よいと言うほどの掛札、しかも尼子家のだと?


 「……景基様もお気付かれましたか。……左様、尼子家が美保関や堺などの大店から金を集めようとするのはまだわかりますが、何故か大阪の商人もその掛札を購入できたのです。つまり、この時勢において、尼子家は莫大な金を集めている。しかも、商人たちが喜んで銭を差し出すほどの条件を提示してです」


 なるほど……確かに変だな。


 「で、その条件とは?徳川殿のことだ、そのあたりの調べを抜かりなく付けてから飯盛山に来られたのでしょう?」

 「はっはっは!統領様にそこまで評価して頂けているとはなんとも、なんとも……まぁ、何でしょうな。そのご期待……と申しましょうか、評価を下げられることが無いように今後も努力してまいりましょう」


 能力は評価するが……このしゃべり方を止めてくれれば、もっと評価してあげようとも思うものだがね。


 「中々にその主人も口を割りませなんだが、脅し、賺し、褒め、絆し……なんとか口を割らせたところ、尼子家は朝鮮からの反物の商売権を広く掛札として売り出したとか……」

 「む??朝鮮からの反物??!!」


 確かに、日ノ本で流通している最も多くの反物、特に畿内から西では朝鮮からの物になるのは確かなことだが……。

 新規の販売権を売り出せるほど、それほどの量が日ノ本に朝鮮から来ることが可能なのか?

 美保関で朝鮮交易をしている船があの有様ではそこまでの数は……。


 うむぅ。

 例えば、尼子家に売り渡した雅礼音を使ったとしてもその数はたかが知れているだろうし……一隻程度では、今の御用商人に何件かの堺の納屋衆を加えれば十分に捌けてしまう量であろう……。


 「某はこの話を聞いて、ぴんときましてな。実は、昨年に天津に向かっておった家臣から、一つ尼子家に纏わる報告を受けておったのです。尼子家はどうも明朝の一部勢力と妙に仲が良く、度々天津にて集まりを開いていたと……まぁ、個別に親睦を深めることも重要でしょうから、それだけで悪事だ、何だとは言えませぬが、どうやらその集まりには李朝の高官もお忍びで参っていたらしく」

 「……草の者を放って書面でも手に入れられましたか?」


 徳川殿のことだ。

 ここまでの芝居を仕掛けておいて、証となるものが何もないとはなるまい。

 会話を聞いたとかではなく、確たる書面でも手に入れておるのであろうな。


 「はっはっは!これは、これは!参りましたな!上様も統領様も流石でございますな。話が早くて助かり申します」


 褒められるのは嬉しいことではあるが、相手が徳川殿ではな……。

 ちらりと上様の方を見ると、どうやら私と同じ感想を上様も抱いておられるようだ。


 「先だって、上様にはお渡ししておりましたが、こちらが当方の家臣が手に入れた書面でございます」


 そういって徳川殿は懐から一通の文を差し出した。


 内容は……。


天正十七年 春 博多 伊藤元清


 これは参ったな。


 正直、私と大友殿は苦虫をかみつぶしたような表情をしてしまっている。


 尼子家が単身で謀をめぐらし、李朝や遼東軍閥、ひいては満州族と手を組んで独自の交易路を作り出そうとしていた。


 そうだな、そのこと自体は別に悪いことではない。

 領内の発展、家の発展のために交易に精を出すのは、この時代の武家として当然の行動だ。


 だが、そうであっても、せめてある程度の報告は我らにして欲しいとも思う。


 なぜなら、今の日ノ本は六大老制度で西日本を、御三家制度にて東日本を治めているのだ。

 戦国の世は終焉を迎えて久しいのだから、多少の相談事は私にしておいて欲しいところだ。

 ある程度の事後報告でも良い。


 「「はぁ……」」


 ため息まで一緒についてしまった。


 博多を出立した当家、大友家、長尾家、長曾我部家、尼子家、徳川家の使者は、当家が払い渡した横浜雅礼音をもって、一路、天津衛へと向かうはずだった。


 だが、何と言えば良いのだろうな。


 立派なガレオン船を手にした尼子家は、どうしてもその立派な船を李朝の者達へ自慢したくなってしまったらしい。

 自分たちの力を誇示し、後の交渉を有利にしたかったのか、はたまたただ単に虚栄の心を満たしたかったのか……。

 その本心は尼子殿に尋ねなければわからないが、どちらにしろ、尼子家の雅礼音は天津衛に向かう一行からは離れて、漢城方面へと進路を取ったらしい。


 先ほどの各船長、随行員の者達からの報告であると、此度の渤海湾は総じて霧が深く、尼子家の雅礼音が進路を違えたことに気付いたのは徳川家の船だけだったという。

 徳川殿から予め尼子家の動向に注意するよう言われていた徳川家の船は、進路を違えた尼子家の船を追いかけることにしたそうだ。

 辿り着いた先は、漢城の湊である仁川の湊。


 李朝の者達の内心はどうであれ、ヨーロッパの列強国でしか造られていない筈のガレオン船が二隻、しかもそのうちの一隻は見知った尼子家の旗を立てているということで、きちんとした供応をしてくれたらしい。


 本多殿も言っておったが、この時点では、そこまで目くじらを立てることもしなくて良いと思ったらしいのだが、仁川滞在の三日目、ボロボロになった数隻の小舟が仁川に帰港したことにより事態は急変したようだ。


 その小舟には東人派の重鎮の子息が乗っており、その男曰く、こちらは何もしていないのに、急に日ノ本の船団に砲弾を撃ちかけられたと。

 同じ明朝を主と仰ぐ兄国の船に砲弾を撃ちかけるなど言語道断、畜生にも劣る行為であると喚き散らしたらしい。


 いつから李朝が日ノ本の兄たる国になったかは謎だが、どうにも彼らの主張と報告はそういう事であったらしい。


 「上様……織田殿は些か急すぎる対応をしたのではないだろうか?」


 苦々しく大友殿はぼやく。


 確かに、私もそう思わないでもいたが、ことはかの織田信長の行動だ。

 凡人では理解できないであろうし、当家の重臣でもある。

 ここは精一杯、彼を擁護することとしよう。


 「そうですな、確かにそのような側面もあるかも知れませんが、ことは敵対的な隊列を敷いたあちら側に全ての責があるのではないですかな?聞けば所属を明らかにするような旗印もなく、当方の十倍にも及ぶ艦船を、我らの行く手を遮るかのように並べる……武家の常識に照らし合わせれば、喧嘩を吹っ掛けているとしか受け取りようがないのではありませんかな?」

 「……それはわかりますが……相手は伊藤家の最新鋭の雅礼音と比べれば稚児にも等しい船ですぞ?彼らの悉くを海の藻屑とせずとも、やりようはもう少しあったでしょうに……」


 相変わらず、大友殿の言いたいことはわかる。

 本心を言えば、私もそう思っているからな。


 「確かに戦力差は歴然としていたでしょう。だが、我らは武家。売られた喧嘩は買いますし、一度始めた喧嘩、戦は全力をもって行うが常ですからな」

 「……平氏伊藤家の戦ぶりは平家物語にも描かれる通りですからな……ある程度の理解はしますが……上様も儂の愚痴は聞いて下され」

 「……申し訳ない」


 つい、本音の愚痴をついた大友殿に頭を下げてしまった。


 「まぁ、過ぎたことにぐちぐちとは申しますまい。織田殿の対応もやりすぎではあったが、理に外れていたわけではありませんからな……ともあれ、ことの後始末は必要でしょうな……」

 「……」


 思わず、眼を瞑ってしまう。


 そう、過去は還らない……のだろう。


 今はどのように此度の話に決着をつけるかだ。


 「織田殿が沈めた船は李朝の軍船、遼東軍閥の軍船……これには女真族……でしたかな?北方の民の代表が乗り込んでいたとか……これらを沈められたということで、李朝は盛大に日ノ本を批難、正当な賠償を求めると息巻いておりますな」


 ちらり、と遠くの机に広げられた李朝からの外交文書を視界の隅におさめる。


 「なんとも自分たちの行動には一切の言及をせず、一方的に要望だけを書き連ねたものでしたな」


 そう、幸か不幸か、大友殿が苦悩をしている、つまり当家に対して近しい感情を抱いてもいるのだ。


 その原因はこの李朝からの失礼な文書にあった。

 これが、ここまで居丈高でなく、対等な物言いで、冷静な文体であったら、大友殿は当家に対して強く責任を問うてきたはずだった。

 だが、李朝から届いた文書の内容は到底鵜呑みに出来るようなものではなかった。


 「……大友殿、この場は私と貴殿だけだ。……腹を割って話をさせて頂いてもよろしいか?」

 「……伺いましょう」


 今年還暦を迎えた大友殿は、そう言うと居住まいを但し、大身の当主としての空気を纏った。


 「此度の一件、確かに信長にはやりすぎた面もあったことは認めますが、私は到底このような李朝の言い分を聞くつもりは有りません」

 「……うむ」


 ここまでは大友殿も同意のようだな。

 問題はこの先だ。


 「こちらは聞くつもりは毛頭有りませんが、それでは李朝は収まりがつきますまい。……ですが、結局、今のところ収まりがつかないのは李朝の内、この文書を出してきた者達だけなのではありませんか?」

 「……」


 この状況、日ノ本の世界しか知らぬ人間では理解できぬかも知れないが、少しばかり先の世の記憶を植え付けられている私には、多少は大友殿とは違う考えが浮かんだりもする。


 「結論は明朝の反応、特に大学士を通じて行われる明帝とその権威の考えを聞いてからとなりましょうが、今の明朝は地方の軍閥の台頭には頭を抱えております。幾つかの辺境地域の軍閥は独自に税を集め、半ば中央からは独立をしている者も数多く、反乱を起こした挙句に討伐軍を差し向けられている地域もあります」

 「……つまり、上様は此度の一件、逆にことを大きくすれば明朝はこちらの方に乗ってくると?」


 はははっ。

 「こちら」と言ってくれましたか。

 これには思わず笑みがこぼれてしまいますね。


 「ええ、今の李朝の朝廷はやりすぎました。このような文書を日ノ本の武家に差し向けることがどういう意味を持つのかを理解していないのでしょう。我らは無益な殺生は好みませんが、売られた喧嘩を無かったことにするような腑抜けでは決してありません。口は禍の元、精々が今の李朝の方々には己の血でもって責任を取っていただくことにしましょう」

 「……左様。儂もこのままにしておくのは……なんというか気持ちの整理が付きませんでしたからな。よろしいでしょう。……上様!我らも朝鮮に兵を出しましょう……ただ、その前に少々尼子の若造には灸を据えねばなりませぬが……そこはよろしいでしょうかな?」

 「ええ、構いません。ことの発端は尼子殿です。流石に尼子家の断絶などは容認出来ませぬが、次代については大友殿の善きようにお計らいください。事前に長尾殿にもご相談してくだされば、当家として口を挟むつもりは一切御座いません」

 「では、そのように……」


 どちらかと言えば、こちらの件の方が大友殿としては手を出しておきたいところであったのだろうな。

 養子か養女か……まぁ、そのあたりには口を出さぬといったばかりだからな。

 大友殿のお好きに願うとしよう。

 仁王丸君も腹を立てていましたが、それ以上に激おこだったのが、実は史実よりも長生きされている大友宗麟さんでした。

 配下の各家に戦支度を内密に進めさせるのでしょう。

 そして、尼子家は大友家に取り込まれる流れに……。

 うん。連合が外れた瞬間に大友軍に滅ぼされた尼子家はこういう経緯で作品登場と相成りました(笑)


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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