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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第五章- 血海血土
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-第百八十八話- 関東開発計画

天正十七年 啓蟄 飯盛山城 伊藤元清


 「して、わざわざこのような夜更けに内密でお越しとは、いったいどういう用件ですかな?」


 ほー、ほー、ほー。


 夜のとばりも落ち、摂津の東、生駒を背後に控えるここ飯盛山城。城下、麓の町では飯屋や酒場の灯りは消えてはいないのであろうが、城内には静けさが広まっている。

 ミミズクの夜鳴きが大きく聞こえるほどだ。


 「いやいやいや、何ということも……ないというわけでもございませぬな。その、少々聞き捨てならぬ話が某の耳元に届いたため、これは何はともあれ上様にご報告せねばと参った次第にて御座います」


 ……相変わらず腹の内を読ませぬ笑みを浮かべて家康殿はそう答える。


 「聞き捨てならぬ……はて、どのようなことでしょうか?あいにく、私の所にはそれほど喫緊の要件などは上がって来てはおりませぬが?」

 「いやいや、それは重畳とも言うべきことですな。天下をお治めなされる上様の下に不穏な話が上がってきていない。まさに、日ノ本が正しく治められ、民が安心して暮らしていることの証左でありましょう!」


 家康殿も四十の半ば、年々狸っぷりが上がってきておられる……。

 後世においても彼の狸っぷりはよくよく伝わってはいたが果たして今生ではどうなることやら……。


 「して、ご用件は?」


 何やら、家康殿の独演が開始してしまいそうだったので、ここは当家の伝統である「せっかち」っぷりを発揮させてもらうとしよう。


 「とっとっと、左様でございますな。夜も更けております。必要以上の前置きは要りませぬな」


 ……前置きをたっぷりと取ったのは、その家康殿ご本人の意思なのだがな。

 ただ、ここで徒にまぜっかえそうものなら、本題に入るのが更に遅れてしまうだろう。


 こくり。


 私は一つ頷くだけで、家康殿に話始めるよう促す。


 「申し上げ難きことながら……尼子が裏切りましたぞ?」

 「……」


 ……

 …………


 ほー、ほー、ほー。


 私は静かに目を閉じるだけだ。


 裏切るという表現はどうかと思うが、尼子家が今の日ノ本の体制に不満をいだいていることは、誰の目から見ても明らかなことでもあった。


 吉備・出雲地方の五国太守といえど、今の六大老家の内では尼子家が最も生産力に乏しい。


 古来よりの貿易港である美保関を持ち、山陰の豊富な鉄資源を抑えているとはいえ、如何にも農耕地は狭く、領内人口の増加にも限りがあるだろう。

 だが、彼らはそんな状況を挽回すべく、京極本家を飲み込み、名家としての力をふんだんに活用して他領で大店商いをし、財政状態を上向け、家の力を増そうとしている状況であった。


 今後の情勢が明るいとは一概には言えないが、他家が朝鮮貿易に本格参戦をしない方針である以上、日ノ本と李朝を繋ぐ交易をもって大いに家の存在感を示して行けるであろうとも思えるのだが……。


 ……だが、どうしても「戦国大名」の矜持として、六大老家で最下位に留まることには納得がいかなかったのであろうな。

 性急な策を用いたということか。


 「……家康殿。……「裏切り」とは、どうにも言葉が過ぎると私は思うのだが……?」

 「はっはっは、これはちと上様には言葉が強すぎましたかな?ただ、まぎれもない事実ですぞ。京極尼子家は今上帝に久方ぶりの皇后を添えさせると張り切り、今ではなんの力を持たぬ朝廷に大層気前よく金子をばらまき、伊藤家が丹精込めて建築された六波羅の屋敷を大いにいじくりまわしているとのことでございます」


 丹精込めて……というわけではないが、家康殿の言いたいことはわかる。

 ……わかるが、別段どうということもないので、そのあたりは放置しているのが現状だ。


 「そう、その改築、増築、新築……果ては先の地震を経て廃墟となって久しい旧御所、そちらも一度更地に戻してから建て直すとのことでございましてな……」


 ちらり。


 言葉を途中で止めて家康殿は私を見上げる。


 なるほど、ここまでの所の言いたいことはわかりました。


 「つまり、その銭の出所が不自然であると?」

 「左様でございます」


 静々と頭を下げる家康殿。


 どうやら、私は彼のクイズ問題に及第点の答えを出したらしい。

 ……しかし、いつまでも要らぬ問答に時間を割くのは本意ではない。


 「……そこまでの仰りよう、そしてこの時間に私を訪ねてきたのですから、諸々突き止めているのでしょう?金子の出所は何処ですか?」

 「出所……と言ってしまえば、その多くは日ノ本の商人たちということにはなりましょうが……彼らにそこまでの拠出を決断させた物の出所ということでしたら……」

 「……でしたら?」

 「李朝、女真族、そして遼の軍閥ですな」


天正十七年 啓蟄 江戸 伊藤景広


 「おお!ついこの間までは江戸城の脇、東側のあたりは入り江になっていたはずだが、僅か十日余りの間でここまで陸地が増えたか?!」


 俺は思わず驚きの声を上げてしまった。


 だが、責められることは無いと思うぞ?

 ほんの十日程前に古河から鎌倉に戻る時に立ち寄った時には、利根川、荒川を伝って江戸城の水揚げ場に上陸した筈なのにだ。

 それが、今ではそのあたりはただの掘と成ってしまっている。


 「流石にこの状況をもって陸地と呼ぶのはお恥ずかしい限りです、景広様。……ただ、こういった埋め立ての作業という物は堰を設け、排水の準備をこなすまでこそが時間を要する物なのです。一度、水の流れを止め、土砂を入れ出せば、意外とこの程度まではすんなりと行くものですぞ」


 そう言って胸を張る頼照らいしょう殿。


 「拙僧も驚いております。予め頼照より話は聞いていたのですが、こうも一気に様変わりするとは思いも致しませぬことにて……」

 「お褒めに預り恐縮ではありますが、何事も御仏の思し召しでございます。また、何処までも行こうとも、ひとえに作業に従事した者達の尽力の賜物。……お褒めの言葉を頂けることは有難いとは存じますが、何卒、人足として力を尽くした者達へ労いを掛けて頂けますよう、景広様と教如様にはお願い致すところでございます」

 「ああ、もちろんだとも。鎌倉からも古河からも賄いとする食料を大量に持ち込んで来たからな。人足の者達……多くは一向宗の門徒達か、彼らにも満足できるような労い飯を馳走すると約束しよう」


 通常の当家の人足、土木奉行に所属しておる者達や領内の者達への振る舞いには、大体が肉を使った味噌煮込み汁に大盛りの米の飯、それに酒を用意するものなのだが、今回は人足の多くが一向宗徒であるからな。

 戦時分や食い物が足りぬ時には、彼らと言えどもなんでも食うのであろうが、今は平穏な時代だ。

 生臭物は避け、酒も持ってきてはおらん……景貞叔父上から聞いたところでは、比叡山の麓で悪行を重ねておった坊主共は、酒を般若湯、獣肉を南蛮豆腐と呼び習わし、更には説教と称して女人との姦淫に励んでいたと言うが……俺が見る限り、聞く限り、江戸の町作りに参加してくれておる一向宗徒たちは中々にまじめに仏の道を模索しておるようだからな。

 彼らへの施しもそういった意味で、彼らに沿う物を取り揃えたつもりだ。


 「「ありがとうございます」」


 教如殿と頼照殿は揃って頭を下げた。


 「つきましては……」

 「ああ、俺に二言はない。中之島の東側の浅瀬については自由に埋め立てをし、その土地を所有してくれて構わん。埋め立てが出来次第、当家が責任をもって寺院を建立させて貰う。周辺は一向宗の寺町として細かい管理の一切をお任せしよう」


 大きなところでは伊藤家の法度には従ってもらうことにはなるが、そもそもが当家の法度は御成敗式目から大きな変化は無し、彼らにとっても不都合や混乱は無かろう。


 「「ありがとうございます!!」」


 工事に着手する前から約束はしていたのだが……どうにもここまで約束を守ると思われてはいなかったようだな。

 二人はいたく感動して涙ぐんでしまっている。


 やれやれ……畿内の武家や公家はどんなことを彼らにしでかしてきたことやら。

 教如殿のご母堂は確か三条の姫君であったであろうに……いや、だからこその想いかも知れぬか……。


 「ともあれ!これで江戸城の拡充と武家屋敷の整備に着手が出来る。中之島一帯は商人街とする予定であるし、次いでは掘と繋がる流通路、用水路、排水路に上水路か……まだまだお主達の力は借りねばならん。教如殿、頼照殿。これからもよろしく頼みますぞ」

 「「は、はぁっ!……より一層の力添えをさせていただきます」」


 よし!

 これで鎌倉から古河に繋がる街道の中心地として江戸を開発する目途が立ったな。

 一度、交通の要として機能しだせば、自然と人、物は集まり江戸は栄えて行くことだろう。


 これで東国の内海は江戸を中心に治めることが見えて来たな……。

 後は、南北の道にどうやって東西の道を絡めて行くか、か……。

 鹿島の運河にも繋げたいところではあるが、どのような絵図面を描いて行けば良いのやら……。


 うむ。

 そうだな、せっかくだから古河まで上って伯母上と父上に相談してくるとするか。


天正十七年 啓蟄 古河 伊藤景基


 やれやれ、父上が亡くなった折の話では、私は奥州と関東の兵を羅漢山か古河で束ね、船を使うのはもっぱら中丸の役目になると決まったはずなのにな。

 なにをどうやったら、私の方が、こうも日ノ本を所狭しと船に乗って移動する羽目になるのやら。


 伊藤家の為を考えれば、父上の嫡男たる私がこうして働くのはおかしなことではないし、やりがいも感じるところではあるが……流石に愛しい妻たちと長きに渡り会えぬのというのはどうにも寂しいことだ。


 せっかく今日は古河に戻ってくることが出来たのだ。

 暫しは古河の屋敷で妻たちとゆっくり語りあいたいものだな。


 「ふぅ……」

 「もう、大丈夫?一丸?無理はしては駄目よ?」


 ああ、いかんな。

 どうやら無意識のうちにため息が出てしまい大御所様を心配させてしまったらしい。


 「大丈夫です、問題ございません、大御所様。少々急ぎの船で戻ってきたので、少しばかり疲れが出てしまったのでしょうが、何ということは御座いません」

 「……そう?一丸は子供の頃から物事を内に溜め込みすぎるきらいがあるから、伯母としては心配してしまうわよ」

 「左様ですぞ、兄上!今日は兄上もお疲れのご様子ですからな、早々に屋敷に戻られて奥方たちとお過ごしなされるがよろしいのではないですかな?」


 大御所様のお言葉には、真に私の身体を心配する愛情に満ちてはいるが、中丸の奴め……どうにも面倒事を切り上げたいという思いと、私を揶揄いたいという気持ちで一杯なのではないのか?


 「中丸よ……私のことを労わってくれるのならば、そのような軽口を叩くよりもお主の話を進めてくれ」

 「ははは、そう言われてしまっては仕方が有りませぬな。兄上が奥方たちと甘い夜を心置きなく過ごせるよう、即座に本題へと入りましょうか」


 ……どうにも私を揶揄うのを止める気はないようだな。

 まったく……覚えておれよ。


 「兄上が齎した畿内と西の話が終わったということで、次は俺の方から江戸の……といいましょうか関東の開発について尋ねたいことが一件あります」


 この場の一同、発言は大御所様や私たち兄弟に任せてはいるが、この場に集う評定衆の者達も頷きを一つ入れる。

 ちなみに、父上は景竜叔父上の下で造幣についての打合せをすべく厩橋に出向いており、この場にはおられない。


 「此度の江戸の埋め立てが成功を収め、江戸城と中之島が陸続きとなり荒川、利根川、渡良瀬川を使った上野、下野への流通の始発点としての町作りが可能になりました。これにより林の湊から横浜、江戸へつながる道と、これらの道が太く繋がることとなり、今以上に関東が栄えて行くことと考えます。……確かに今のままでも十分に栄えては行くのでしょうが、同時に、どうにもこの道筋は南北に偏りが過ぎ、どう考えても東西に弱いと思います。ついては常陸の内海、霞ケ浦や鹿島の運河などの道を江戸にまで繋げ、こう、何と申しましょうか十字に交わるような形で関東を発展できぬものかと考えまして……」


 そう言って中丸は大きく両の腕を十字に交差させながら説明をした。


 なるほど……確かに関東は地続きとはいえ、大河によって東西に分断されていることに間違いはない。


 ただ、下総の東、つまりは荒川と利根川が合流して内海に注ぐ大利根川から東は原則佐竹領だ。

 四国同盟の内とはいえ、伊藤家の領内ではない。

 ここまでの所では、そこの点で思考を一旦打ち止める必要があった。

 だが……。


 「なるほどね、確かに今までは他家の領内ということで思考の外に置いてはいたけれど、今の佐竹家当主は鈴音の夫の義宜殿。実権は未だ持たずとも、これまでの考えからは一歩進めた形で関東の開発も考えても良い頃合い……と言えなくもないわね」

 「左様です、伯母上。だが、どう絵図面と格闘しても良い思案が浮かびませんで、このように皆に意見を聞きに参った次第です」

 「なるほどね……実際の作業に移るのは当分先のことになるでしょうが、今のうちに案を練っておくのは悪いことではないでしょうし、確かに大まかな方針は私たちで出しておく必要はあるわね……一丸は何か思うところはある?」


 そう伯母上に促された私は、座の中央に大きく広げられた地図を眺めながら考える。


 「確かに関東を大きく眺めた場合、外港である林、館山、鹿島を繋ぐには江戸が一番ですな。陸路を使って繋がる林と鎌倉、内海を通じて繋がる館山……確かにこのままでは鹿島が浮いてしまい。城下に集まる人の数の動きを考えると、どうにも佐竹領は沈みかねませぬ……それを回避するためにも、是非ともに江戸への流通路を新設したい……」


 そう、中丸が言う目的は良くわかる。

 だが、何処をどう繋げるのが吉か……。


 「鹿島からと考えると霞ケ浦を使うところまでは確定であろう。問題はその先……真っすぐ南に抜けて内海に繋げるのか、それこそ西に伸ばして渡良瀬川にでも……」

 「お!兄上!!それですな!!」


 む?


 「それとは?」

 「それとはそれです!西に伸ばす案です!」

 「……霞ケ浦の流れを西に伸ばすの?」


 大御所様が怪訝そうに問う。


 うむ、それはそうであろう。

 自分で言っておいてなんだが、これは大いに困難が伴うであろうさ。


 霞ケ浦は中々に大きな内海ではあるが、喫水はそれ程までに深いものではなく、更に流域周辺の土地には湿地、水田が広がり、お世辞にも工事がしやすい土地柄とは言えない。


 普通に考えれば、工事の距離が短くて済む、内海に注ぐ川の拡張を第一と考えるであろう。

 この地図で言えば、そう、例えば市川辺りとかだな。


 「確かに西に伸ばすということではありますが、ここは発想の転換と申しましょうか、言い方を変えてみたいと思います。つまり利根川や渡良瀬川を東に伸ばすのです」


 む?

 利根川を東にだと?

 それは……なんとも……。


 流石は中丸というところか。

 私では思いつかない発想をする。


 どたどたたたたっ。


 「む?どうした?騒がしいぞ?」


 城内の誰ぞが駆け寄ってきたか、ここまで足音を出して駆け込むとは火急の要件か?


 がららっ!


 季節もまだ冬ということで、大広間の衾は閉じられ、火箭暖炉も使われていたので、取次の者が駆け寄って来るのを聞き取り、一足先にと忠清が大広間の外に出る。


 「この時期で急ぎの案件……北と東には起きないでしょうから、西……畿内からでしょうか?兄上?」

 「……考えたくはないけど太郎丸絡みかも知れないわよ?」


 中丸の予想も気が進まぬが、大御所様の予想も勘弁願いたいところだ。

 父上から齎される火急の要件など、厄介事の香しかせぬからな……。


 「……む?そうか!ご苦労!」


 取次の物から話を聞き終わった忠清が届けられた文を片手に大広間へと戻って来る。


 「……景基様。飯盛山城におわす上様から火急のお呼び出しとのことです。大まかなあらましはこの文にあるとのことです」


 そう差し出された文の表には、確かに上様の手による文字で私宛と書かれている。


 ……ふぅ。

 どうやら、今宵一泊だけで関東から畿内に戻らねばならぬようだな。

 なんとか諸々の作業が終わりました!

 これからは落ち着いたペースながらも更新を再開して行きたいと思います。


 さて、先ずは前回の海戦に纏わるお話しをする狸さん登場です。

 狸さんが仁王丸君に伝えたい内容に関しては次回、一丸君が畿内へ行ってからとなります。

 せっかくの帰宅も、一泊で出張先へトンボ帰り。

 一丸君には体調を崩すことなどなく、激務に耐えてもらいたいものです。


 そして、江戸城東、今の丸の内周辺の埋め立てが進んでいるようです。

 これで中之島、今の銀座周辺と直接の陸続きとなって、今の東京に近くなっていく形となります。

 築地に本願寺を建てることにもなりそうなのと、築地から先の埋め立て地は寺町となりますか。

 この世界の教如君には暴れん坊魂を発揮することなく生き延びて貰いたいところですね。


 それでは!

 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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