表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第四章- 伊藤景清
171/243

-第百七十一話- 鬼の霍乱

1587年 天正十五年 春 古河


 「はぁ……何かしらね、色々と安心したせいか。急に疲れが出ちゃったわ」


 そういって姉上は首をコキコキと鳴らすと大きく伸びをした。


 今日の昼は一丸と政子、義宜殿と鈴音姉上の祝言が古河で執り行われた。

 四人ともに、もう三日ほど古河に滞在した後は、それぞれ利府城と太田城に向かい、そちらでも宴を催すことになっている。


 伊達家では、利府での宴に先立ち、一丸と政子の間の息子、梵天丸を惣領とする宣言を輝宗殿が行い、利府から西に行った高台にある青葉城を改築し、仙台城と改名して二人の居城にするのだという。

 ただ、式が終わって後も、政子は古河の伊達屋敷で生活し、一丸は伊藤家の一門衆筆頭として全国を歩き回ることになる。

 竜丸の息子の竜清こと清丸と景義こと義侠丸兄弟が大きくなり……と二人だけでは不安かな?中丸の所の晴丸はれまるや俺がそれなりの年齢になるまで、一丸には伊藤家で大車輪の働きをしてもらうことになるだろう。

 その働きが一段落した後にようやく、一丸と政子の二人は仙台入りとなるのだろうね。


 そして、もう一方の佐竹家。

 こちらでは、二人が常陸入りをして早々に、佐竹家の家督を義宜殿が継ぐことになっている。

 居城は水戸城を大いに改修し、那珂川を掘としてだけではなく、荷揚げ場としても活用、湊と城で大いに人、物の行き来を活発化させるそうだ。

 今までの水戸城周辺は、江戸氏を初め、地縁ある家臣が力を持っており、湊の代官所とは複雑な関係になってしまって商いが面倒なことになってしまっていたそうだ。

 代替わりを理由に、そのあたりに大鉈を振るって、佐竹本家の力を増したい、というのが義尚殿の狙いのようだ。

 ……そう考えると、あと十年以上は義尚殿が実権を握るのであろうね。

 義宜殿が名実ともに当主となるには、まだまだ時間がかかるということだ。


 「姉上はどうにもお疲れのご様子です。どうぞ我らには気兼ねなく、風呂でも浴びて一休みされてください。……なんといっても、姉上は一年以上も西に居ずっぱりだったのですから」

 「そうね……それじゃ、ありがたく竜丸の言葉に乗らせてもらうわ。……あなたたちも早めに休みなさいよ?祝言は終わっても、諸将との面会やら何やらで当分は忙しいんだからね?」

 「はっ!伯母上の御助言有難く!」

 「……まったく、中丸も茶化すんじゃないの!」

 「「はっはっは!」」


 なんとも心温まる家族団らん。


 式の主役……ではないが、重要出席者的な俺達は式の間中、満足に飯を食えていなかったのだ。

 なもんで、「お腹が空いたわよ!」との姉上の鶴の一声で、俺達は古河城は奥の丸、姉上の屋敷にて家族の食卓を囲んでいた。

 もちろん古河で俺達が「しっかり食う!」と決心した場合は、孫さんの中華料理となる。

 うむ。今日も美味でございました。


 姉上、俺、竜丸、中丸……本来なら、母上や阿南も一緒に食べようということだったのだけれど、一連の式を指揮していた二人……明日以降もあるので、と、早々に寝所へ向かっていった。


 「それにしても感慨深いですな……俺が産まれたのは天文二十四年……天文年間なのですものな。西暦だと……何年でしたかな?」

 「む?いきなり言われても計算できないぞ?俺は……」

 「千五百五十五年です。今から三十二年前ですね」


 流石の竜丸である。

 でもって、三十二年。


 「そうか……それはなんとも懐かしいね」


 俺の場合、途中の何年間は死んでたけどね!


 「俺にはその頃の記憶などは勿論有りませんが、当家は何とか関宿で伊勢家を破り、関東の北と奥州の南を抑えただけだったのでしょう?それが、今や伊吹から東を名実ともに治め、此度の婚姻によって佐竹家、伊達家も実質的に同族化した……」

 「……成り行きで六角家の旧領も面倒を見ることになったので、正確には、もはや石清水八幡の東といっても良いような領域ですがね」

 「そうだったね、伏見と近江の南と伊賀か……しかし、伊賀か、こりゃ面倒この上ないことで……仁王丸も瑠璃たちも藤吉郎も大変だろうなぁ」


 伊賀と言えば天正伊賀の乱。

 かの別世界の吉法師も痛い目を見た地域だ。


 「伊賀ですか……俺は行ったことが無いので良く分かりませんが、それほど面倒な地域なのですか?」

 「……私も同じくですね」


 二人の視線が自然とこちらに向く。

 いや、俺もこの身体と前世の身体では行ったことは無いぞ?

 その前の身体では行ったことあるけど、どんだけ時代が違うんだ!って話だし。


 「俺も直接は行ったことは無いが、彼の地と言えばやはり伊賀者や甲賀者に代表されるよう、地侍達が結集して抗争を繰り広げ、それこそ六角やら三好やら、その前では幕府の力具合なんかを自分たちの量りに乗っけて生き延びてきた土地だからな。そりゃ、まぁ一筋縄では行かないだろう」

 「地侍達ですか……そりゃ、当家の統治方針とは決定的に合わないでしょうなぁ」

 「ああ、俺としては武家として外から封入されてきた伊藤家の……といっても、当家は既に何百年も前に奥州に流れついてはいたんだが……その伊藤家の統治方針として有用な方策として、土豪領主の撤廃を推し進めてきたわけだ。村長、豪庄として存続するのは構わないが、武士として存立したいのならば、当家からの禄を食め!とね」


 いうても東国は倭建命やまとたけるのみことによって征服されてからの歴史で、武士、力ある一族による政治を受け入れる素地が民衆の間で強かったからこそ、この方策も上手く働いたとも思うんだ。

 それが、西の方……というか畿内は色々と面倒なところがあるからなぁ。

 はてさてどのように作用するのやら。


 「そのおかげで、政を始めるあたりには色々と面倒事もありましたが、今では武家とそれ以外の者達での役割がはっきりとしていますからね。徴税も徴兵もやり易いという物です」

 「確かに、西の方ではわからんですが、伊吹の東では、当家の禄を食むものが武家、それ以外の者は領民。そういう区分が出来ているので、諸々やり易いことは確かですな。地縁を捨てるのが嫌なものは武家として名乗らずにいれば良いだけです。……まぁ、伊藤家自体は奥州を故郷としているので、どうにも徹底はされておりませんがな。はっはっは!」


 確かに色々と玉虫色ではあるよね。

 けど、それはそれでいいような気もする。

 強固な身分社会、武士階級と領民を分け隔てた江戸幕府体制の晩年を見ると、そこらの緩さをもう少し持っていた方が、後の体制変更もより穏やかだったような気もする。

 ヨーロッパ史でも王権が強かった国ほど、体制変革でより多くの血が流れていたしね。

 伊藤家が力を持つこの世界の日ノ本が数百年後にどうなるかはわからないけれど、願わくば流れる血は少ないことになっていて欲しい。


 ……今までのところは、少ない流血でここまで来てるとは思うんだよね。


 「そうですね今の日ノ本の、伊藤家の領内を見た場合、東国の政は落ち着いている以上、喫緊と言えるものは伊賀の様子ですか」

 「そうなるのかな……まぁ、そこのところは飯盛山と伏見にいる者達にお任せしようよ。俺達としては、大地震からの復旧と通貨の問題辺りが課題かな?エストレージャ卿が前回来た時に教えてくれた情報だと、そろそろヨーロッパの方でも色々と問題が起きそうなんだけれど、それが日ノ本に飛び火してくることはない……だろうしね」

 「はっはっは!父上!それは、良く言う旗なのではないですかな?」


 止めなさい……これはフラグではないぞ!断固として違うと宣言させてもらおう!


 「勘弁してくれよ、中丸。……流石に、この十年ぐらいでどうこうはないと思うんだよな~。新型ガレオンを率いてきたエストレージャ卿も本国に戻るまでに一月以上は掛かるって言ってたし、当家の九律波でも一月が良いところだろ?それだけ距離が離れている地域だ。そんなに問題が即座に影響してくることはないだろうとは思うぞ?」

 「……兄上の発言から、ちょっと嫌な想像をしてしまったのですが……」

 「……いやな想像?」


 止めてよ?竜丸君。


 「いや、距離が遠いから飛び火してこない。ならば近いところはどうなのかと……」

 「「……」」


 黙りこくる中丸と俺。

 近いっていうと国内??


 「当家の船が活動している地域は広がっております。また、今後はある程度の船を他家が使用することにもなりましょう……特に大友家ですな。すると、博多から対馬、朝鮮は近いことになりますし、また、明の湊の数々も近いと言えるのではないでしょうか?」

 「「……」」


 おい、やめろ。竜丸。


 って、「明は万歴に沈む」か……どのぐらいのことになるかはわからないけど、確かに不安要素ではあるよね……。


 「「はははは……」」


 乾いた笑いに沈む俺達三人……。

 そういや、俺もいままではスペインとの関係ばっかり見て来たけど、国対国の関係で見た場合、東アジアって今どうなっているんだろうね。

 中華思想もあるし、なんだか面倒な気配もするよな……。


 「ま、まぁ!そのあたりもすぐにはどうこうしないんじゃないか!」


 嫌なことは思考の彼方に吹き飛ばそうとする俺。


 「さ、左様ですな!はっはっは!叔父上も心配性であらせられる!」


 どうすりゃいいんだ?と冷や汗を流す中丸。


 「そうですな、日ノ本がどうなっているかなど、中々にわからないことですものね!」


 冷静さを装っているが、微妙に目が泳いでいる竜丸。


 「「はーはっはっはっは!!」」


 今宵の古河は乾いた笑いが良く似合うぜ。


天正十五年 春 飯盛山 伊藤瑠璃


 「……瑠璃姉、私達だけ呼び出すとは何事?」

 「ん~、姉妹の五人だけ呼び出し、嫌な予感しかしないのだけれど……」


 東から急報が入ったので、この場には私の姉妹、杏姉、伏姉、蘭姉、彩芽ちゃんに来てもらってる。

 清ちゃんまで呼ぶのは何なので、ちょっとだけ後に報告することにしている。

 まずは私たちの間で情報の共有をしておきたい。


 「……そうね。簡潔に言うね……」


 どうにも喉がひりつく。

 手元にあるさいだーを一口飲んで、心を落ち着ける。


 「……先ほど、水軍の早船を使って連絡が入ったの……伯母上が古河で倒れられた」

 「「!!!!!」」


 皆が言葉を失う。


 私もこの報告を受けた時には軽く息が止まったわよ。


 「ただ、大事には至らず、すぐに意識は戻ったそうよ。伯母上本人はただの湯あたりと言っているようだけど、父上曰く、確かに意識はすぐに戻ったが、右手に痺れが残る症状から考えると、頭の中の血管に問題が起きたのかも知れないと……」

 「「!!!!!」」

 「ただ、皆安心して、続いて、医師の診断でも、命に別状は無いので、少しだけ安静にしてもらっている、だそうよ」


 ふぅっ。


 命に別状は無い。

 その一言を添えると、皆が一斉に安堵の息を吐いた。


 「よ、良かったよ~。父上が戻ってきたとはいえまだ元服前、兄上たちが頑張っているとは言っても、やはり伊藤家の要は伯母上だもの」

 「そうだね……他家では姫よ、娘よと呼ばれるような僕たちがここまで好き勝手に出来るのも伯母上がいるからなんだし……」

 「……蘭姉、自分のことばかり考えない。伯母上の存在は伊藤家の存在と同義」

 「彩芽ちゃんは言い過ぎなところがあるけど、確かに伯母上の数々の伝説が伊藤家の力になっていることは事実。公家連中はあからさまに伯母上を恐れているし、伯母上の武勇を直接知っている長尾家、徳川家、佐竹家、伊達家……彼らに変な野心を持ってもらいたくはない……」


 言葉にして改めて思う。東国の安定って伯母上の存在が成し得たものじゃないの?

 十かそこらの娘でありながらに初陣を済ませ、それ以後に獲った敵将の首は数えきれず。

 万を超す大軍同士の戦を指揮して見事に勝利すること片手で足りず、伊藤家の奥州支配の中心とも言える羽黒山城主を何十年も勤め上げ、伊藤家の家督を継いでからも常勝不敗、領内は繁栄の一途を辿る。


 ……そりゃ、神格化されるわよね。


 「とにかく、今日はそのことを皆には伝えておきたかっただけ。今回、伯母上には命に別状は無かったようだけれど、考えてみれば伯母上は外見上の若々しさに騙されちゃうけれど、六十、還暦よ?私たち伊藤家や安中、柴田には長命の者が多いから油断しがちだけれど、私たちにそんな甘えは許されない。領内取り締まりをお婆様から託され、父上から委ねられているのだから……」

 「そう……だね。うん。油断はしない!」


 こっくり。


 頷き合う私たち。


 「まずはこれまで通りに進めて行こう。伏見を中心として、名古屋に至るまでの城の監視は?」

 「今のところは問題なし、小太郎さんが敷いた組織網は綺麗に働いているし、各城の女中の把握も進んでいる……けれども……」

 「けれども……?」


 私たち、お婆様の組織と小太郎さん率いる風魔の組織を繋ぐ役割の杏姉が口ごもる。


 「正直なところ、六角領が増えたのが誤算。伏見の武家屋敷群と商家郡に人を入れる人員で計算してきたところに、近江の南と伊賀……どうしても物理的な限界が見えてきてしまう」

 「……」

 「もう、瑠璃ちゃん。そんなに険しい顔しないで、杏ちゃんも持っている手札で最大限戦っているのだから」


 あれ?

 そんなに険しい顔してたのかな?

 反省、反省。


 「ああ、ごめんごめん……だけど、そっか……そうだよね。そもそもが異国、人はどうしても足りないか……」

 「うん。小太郎さんにも相談して人員増は行っているんだけれど、どうしても職務内容が内容なだけに身元調査に時間が取られて……」

 「そうか……うん、それはしょうがないよ。そこを変えることは出来ないしね。今は出来ることを出来る範囲で行おうよ!」


 そう、父上も仰っていた。

 人に手は二つしかない。

 欲張ったところで、三つの物は持てないのだからと……。

 出来る範囲のことだけをしっかりとやって行く、これが私たち姉妹の道!


 「……それに関してなんだけど、ちょっといい?」

 「もちろん!なんか考えがあるの?彩芽ちゃん」


 いつも言葉少ない彩芽ちゃんが手を挙げながら発言する。


 「……畿内に行くのが決まった時、桐姉が言ってた」

 「桐姉が??なんて?」


 輝義母さんと同じ剣術お馬鹿な桐姉から?


 「……大和と伊賀には剣術を至上とする一門が多くいる。いつかは武者修行に行きたいと……あと、大友家の誾千代殿もそんな感じの一門に関わりがあるとか聞いた」

 「……」


 思わず言葉を失う。

 な、なんて?桐姉……。


 「……余計な話?」


 ことりっ。


 悲し気に首を傾げる彩芽ちゃん。


 「いや、いや、そんなことは無いよ!彩芽ちゃん!……って、そうか、父上も手に負えないこと、面倒なことに直面したら、人の手を借りろ。手助けを求めるのは恥ずべきことではないって言っていたっけ」

 「確かに言ってたけど~、それって私たちの職分にも当てはまるの~?」

 「わからない!わからないけど、いまここで彩芽ちゃんがこの話を思い出したのも何かの縁なのかも知れないじゃない!……よし、ここは父上に文を出して桐姉の思い付きに乗ってみよう!」

 「「おお~!!」」


 伯母上が倒れられたから畿内の支配が揺らいだ。

 なんて、言われたくはない!

 ここは私たちの体制を強化する案があるのならば、積極的に試して行こう!

 そうなんです。年が明けたので姉上は還暦を迎えました……イヤン。

 びっくり超人、驚異の特異点能力を持つ伊藤元景こと元さん。

 少々、入浴中に危ない症状が出てしまったようです。

 本当に軽症で済んだようですが、神格化著しいお方が倒れたことで、一部勢力が蠢きだすことになるのでしょうか。

 そして、太郎丸、竜丸、中丸の三人は会話の中でフラグを立ててしまったのか?!


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] “鬼の霍乱”って…タイトル( ̄∇ ̄;) 何はともあれ姉上、大事に至らず良かったです。 聞いたとき(読んで)「ひゃっ」って成りましたもん。 姉上は大黒柱。 姉上より長生きなおじさま方がいるん…
[一言] >そして、太郎丸、竜丸、中丸の三人は会話の中でフラグを立ててしまったのか?! 立てなかったらそれはそれで問題発覚が遅れてやばいことになりそう……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ