-第百五十二話- 厄介な仲介
天正十三年 晩秋 飯盛山 伊藤景基
「統領様!高橋様が見えられました!」
「わかった!私の部屋へとお通ししてくれ」
「ははっ!」
ふぅっ。
どうにもため息が出てしまうな。
六波羅探題として景貞大叔父上が着任され、私の役目も軍と将の撤収計画の立案だけかと思っていたが……やはり、ことはそんなに甘くは無かったか。
今日は西国・九州の太宰府将軍、大友家より重臣の高橋殿が面会に来た。
大まかなところは書面にて説明頂いているのだが、なんとも面倒なことを相談しに来られたな……。
まぁ、高橋殿も私と同様に家中では重職を占めてはいるのだろうが、どうにも板挟みで苦しい立場というのは同じのようだな。
どちらにせよこの問題は逃げてはいられぬ、同類の誼ということで二人で仲良く胃を痛くすることとしようか。
……
…………
飯盛山城は生駒の山々から淀川に向け、軽く突き出た山並みの稜線に築かれた城だ。
築城は南北朝で争いが激しかった頃だと伝え聞くが、稜線の最も高い位置にある本丸とその周囲に築かれた曲輪群を整備したのは、先代の三好家当主の長慶殿とも聞く。
畿内を制圧した我ら連合軍、徳川家は石山御坊跡を、長尾家は有岡城跡を、そして当家はここ飯盛山城を本拠として居留している。色々と意見は飛び交ったが、六波羅完全撤収まで、当家はここ飯盛山城を確保したままでいようということになった。
淀川方面に拡張した曲輪の最も北側部分、北の丸と呼んでいるところに私は屋敷を構え、今回も高橋殿をそこに迎えている。
すぅっ。
静かにふすまを開け、勿来城式の応接室へと入る。
「お待たせしてしまいましたでしょうか?高橋殿」
ことっ。
この香りは狭山のほうじ茶かな?
高橋殿は静かに湯飲みを卓に置かれた。
「いえいえ、何のことは御座いません。こうして、旨い茶も出して頂いておりましたので……」
「そうですか、それは良かった」
心からそう思う。
やはり旨い茶は万民を幸せにするというものだ。
「早速で申し訳ありませんが、ご相談というのは……」
「はい……文に書かせて頂いた通り、尼子の者達……と申しては少々ずれてしまいましょうか、戦の果てに安芸を追い出された豪族どもが備中・備後の豪族たちと結託し、尼子の旗を掲げながら当家に敵対している件となります」
「……なるほど」
西国の内、出雲と石見、備後と安芸は長い間勢力境となっていたからなのであろうか、地縁を有する豪族たちが互いに追い出し追い出され、殺し殺され、どうにも収拾がつかなくなっているという話は聞いていた。
……が、今回、対三好連合軍が結成されたことによって、日ノ本の安定が見えたところ、その最後の段階に至ってこうなりますか。
戦の時代の終焉が見えたことで、逆に最後の機会と思い、一気に怨嗟の連鎖に終わりを付けようということなのでしょうか……私には何とも……。
「戦にならずに決着することは……」
「……残念ながら」
「そうですか……」
ふぅっx2
高橋殿と私、特に図ったわけではありませんが、二人一緒にため息をついてしまいます。
「ざっくばらんなところ、大友家ではどの辺りでの決着を見越しておられるのでしょうか?」
「そうですね……一部の血気盛んな者どもは出雲・伯耆に吉備の国を丸ごと……などとも言ってはいますが、流石に宗麟様、道雪様は尼子家を滅ぼすところまではお考えではありません。言うてもそのあたりは中央が山深く、地縁ある者がそのような所に籠って、最後まで頑迷な抵抗などを始めてしまっては、安全な通商路の確保が困難となってしまいます」
さもありなん。
私は大きく頷いて高橋殿の意見に賛同を示す。
「当家の考えるところをお伝えさせていただきますと、安芸豪族のまとめ役として、大内家、大友家に対し、長年に渡って表でも裏でも敵対をしてきた毛利家に連なる者どもは残らず捕縛、毛利家を支援した備後豪族の三村家も同様。尼子家は彼らの暴走を抑えきれなかった咎で出雲と備後を召し上げ。……この辺りを落としどころにしたいと思っております」
「……出雲を召し上げますか……。出雲は尼子家の本領。その案では最悪、最後まで尼子家は抵抗するのではないですかな?」
「それは致し方ありますまい。長年に渡り、当家は彼らに安芸豪族の残党の躾をしてくれと話をしておりました。その要請を断り続けてきた。彼らの跋扈を見過ごしてきたことは明らかに尼子家の怠慢です」
「大友家の言い分は理解できます。ただ、本領を丸ごと召し上げるというのは……それでは落としどころとはなりますまい」
「……当家の言い分としてはこのようなところということです」
……実際の落としどころは当家で裁定してくれ、ということですか。
実に面倒なことですね。
しかし、それでは……。
「それでは当家が日ノ本の面倒を見ることになってしまう……」
「ふっふふ。……本当に伊藤家の方々は面倒事を心底嫌うようですな……ここまで大規模な対三好連合軍が成立してしまったのです。伊藤家の皆さまはそろそろ御覚悟なされては如何ですかな?確と言葉を交わした覚えは有りませぬが、当家も長尾家も長曾我部家も徳川家も、元清殿を上様と呼ぶ準備は出来ておるということです。あれほど虚仮にされながらも公家や王家に無駄な出血を強いられなかった伊藤家には皆が感服しているのです。……日ノ本はこの数百年、恨みと恨みで血を流し過ぎましたからな。いい加減に因縁は過去に捨て去りたいと本心では思っているのです」
「……でしたら、山陽・山陰はもう少し落ち着かせてくれてもよろしいでしょうに……」
思わず愚痴がこぼれてしまいます。
「はっははっは!なぁに、自らの口で言うのもなんですが、大友家は巨大ですからな。そうやすやすとは頭を下げられません。何事も形式が必要ということですよ、景基殿」
「はぁ……そういうものですかな」
どうにも高橋殿に丸め込まれたようにも感じますが……。
今日の午後には上様と大御所様に話をして、冬が訪れるより先に尼子家を訪ねなければなりませんか。
今年の正月は古河でゆっくりと顕子や有らと過ごしたかったのですがね。
天正十三年 晩秋 飯盛山 伊藤元景
飯盛山城の本丸奥。
私と仁王丸が家族の食事をとる居間に今日も夕餉が並べられる。
いつもは雑穀米と香物の他に、淀川を溯って届けられた海の幸か生駒の山などで獲られた獣肉が入った汁物が定番なのだけれど、今日はいつになく豪勢。焼物、蒸し物といった皿が添えられている。
「今日は勝手所に大ぶりの蛤と鯛が届けられておったようなので、塩焼きと酒蒸しを用意してもらいました。ささ、早速頂こうではありませぬか」
「「……」」
本当に一丸は母親の阿南に似て食道楽よね。
私と仁王丸も美味しい食べ物は好きだけれど、一丸ほどではないわね。
まったく……こうしていると勿来に太郎丸を訪ねて夕餉を一緒にしていた頃を思い出すわね。
「では……」
仁王丸がやれやれとばかりに、汁物に手を伸ばしたことを合図に、私たち三人は食事を始めた。
「で、一丸。こうして食事を三人で共に……ということは何かしらの話があるのでしょう?昼には大友家の高橋殿もいらしていたようだし」
「……ええ、そうですね。食べながらで良いので、少々話をしても?」
「勿論よ」
私は一つ頷いて仁王丸を見る。
「お聞かせください、一丸兄上」
仁王丸も箸の手を休めることはなく、一丸に話を促す。
うん。
美物好きは一丸だけじゃないわね。
仁王丸も大概よ。
「では……」
一丸は優雅な手つきで食を進ませつつ、しっかりとした、上品とも思える語り口で高橋殿の相談事というのを説明した。
「……なんともね。大友家と尼子家の仲立ちとは……」
「はい。今の日ノ本では当家に肩を並べる勢力であるところの大友家が、当家に仲介を頼んできました。更に、事が収まった後は当家を頭に頂くことも厭わぬと……」
「伊藤家による日ノ本の秩序構築……実質的に当家による天下統一ですか」
「天下統一?」
天下とは、これまたなじみの薄い仁王丸の言いようね。
「はい、母上。公家衆は我らに改めて頭を下げ、武家による日ノ本統治を認めました。その中で日ノ本の有力武家の悉くが当家による支配を認めるのです。……このことによって天下静謐、天下統一はなされたと言ってよろしいでしょう。おめでとうございます」
そう言って仁王丸は私に向かって頭を下げた。
「天下統一ね……なんともしっくりとは来ない話だわ。父上もお爺様も……そりゃ、日ノ本から無駄な争い事が無くなることは夢見ていらしたとは思うけど、その心は東国の安寧よ。……私もそこのところは同じ。……なのに、天下統一やらと言われてもねぇ」
戦の無い世が訪れるのは大いに結構なことだけれども、どうにも今以上の面倒事がやって来る未来しか見えないわよ?私には。
「何も当家が日ノ本の津々浦々まで差配するわけでも有りますまい。大きな力を持つ武家を挙げるとしても、北陸と畿内の北を治める長尾家、西国と九州を治める大友家、四国を治める長曾我部家、畿内の南を治める徳川家の四家に、常陸・上総・下総を治める佐竹家に奥羽の中央を治める伊達家が有るのです。我らが行うのは、彼らだけでは解決できないような揉め事を解決することのみとなりましょう」
「揉め事を裁く、訴えを裁く……一番面倒そうなことよね」
まったく……おかしいわよね。
そもそも、私が羽黒山の城主を引き受けた時も、細かいことは太郎丸に任せても良いという言質を父上とお爺様から貰ったからこそ頷いたというのに……。
返す返すも、近衛前久と長尾輝虎の所為よね。太郎丸が生まれ変わりをせずに存命だったら、この面倒事は全て太郎丸が背負っていたはずなのに!
そうよね!
そうだったら、今頃私は棚倉の鹿島神宮で毎日剣の修行に打ち込めていたことでしょうよ!
「そこは上様や大御所様自らが裁くような大事はめったには起こらないでしょう。……そう、大体のことは私や中丸、大叔父上たちや叔父上でこなすことになるのでしょうね……」
あらやだ。
いつの間にやら一丸が気落ちしちゃったじゃないの。
「一丸兄上……そう落ち込まずに……。最後の責任、裁定者としての責務は私と母上であり、制度としての責任者は一丸兄上となるのでしょうが、何も訴えの全てを決済するのが兄上にはなりませんとも。そう、訴えは一にその地方毎に、次にその国、治める家毎に、最後にそこまでで解決できぬ事だけを一丸兄上の所で決済する形とすれば良いのです。……そうですね、これからの分国制の在り方として、当家が他家の上に立つところは、外交の決定権と造幣、軍の最終的な統括権と国と国との通商の管理といったところではないでしょうか?それ以外の政は全て他家の裁量の内ということにすれば、我らの負担も減るというものでは?」
なんとも仁王丸は以前より考え込んでいたようね。
すんなりと案が出て来るじゃないの。
「どちらにせよ、それなりの仕事が出てくるわけですな……まぁ良いでしょう。それも私の職責の内として組織作りに邁進するとしますか……ともあれ、先ずは今回の大友家と尼子家との手打ちの条件に関してです。出来ましたら、古河に残っている方々の意見も聞いてから尼子家を訪れたいと考えております」
「……古河のですか」
「古河」とは太郎丸たちのことでしょうね。
まったく……仁王丸も先ほどまでの饒舌ぶりとは打って変わって、急に口が重くなっちゃってるじゃないの。
「はい。上様もご存知のように、畿内には私の部下たちも一部しか連れてきておりませんし、安中の者達や柴田、北畠の者達もおらず、信長殿もおりません。一度、急ぎで古河へと戻り二三の打合せと、足りぬ人員を連れてきたいと思います」
「……わかりました。一丸兄上のよろしいようになさってください。幸いにして畿内は落ち着いておりますし、三好家の残党は全て四国に引き上げておりますれば、ひと月ほどは一丸兄上が不在となられても問題は無いでしょう」
「はっ!では早速に明日にも古河に向けて出立させていただきます!それではこれにて失礼いたします!」
一丸はそう言うや、即座に席を立ち、一礼して下がって行った。
……なんとも素早い動きね。
あれじゃ、私が関東に帰りたいとも言えないじゃないの。
しょうがない。ここは伯母の私が面倒を見ましょう。
……しかし、一丸って綺麗に食べるけれど、本当に早いわね。
口直しの梨まで綺麗に食べきってるじゃない。
天正十三年 晩秋 xxxx xxxx
「して、首尾は如何でしたかな?」
「……そこもとの言われた通りだ。遠からず伊藤家の仲介によってことが収まるであろう」
「はっはっは。それは良かった。これで、日ノ本に安寧が齎されますな?」
「安寧は良い……だが、お主はそれで良いのか?てっきり儂はお主が天下の主に収まりたいものとばかり考えておったが?」
「おやおや、そのことについては何度も否定してきたではありませぬか。私はこの日ノ本を治める器ではありませんよ。高い立場に就くにはそれなりの器が必要なのです」
「そういうものなのか?!俺はまだ伊藤家の天下に納得はしていないが、それと同時に俺の器がここまでだとも理解してもいる!」
「結構、結構。これで我らが手を携え合えば理想的な未来が訪れるというもの……」
「ふんっ!話はそこまでか?ならば私は失礼するっ!」
「では某も……」
「俺も失礼する!」
「はい。皆様もお達者で……」
……
…………
「皆様帰られたか?」
「はい、殿。護衛の方々も草の方々も一人残らず……」
「そうか、それは良い」
「……しかし、本当によろしいので?」
「なんだ?お主までそのような戯言を申すのか?」
「はい。殿は奇跡のような手腕を以て今の当家の状況を作り上げました。私の方から言うのも憚られる事なれど、このままの事態を数年でも続けることが出来れば、伊藤家の大御所様も寿命を迎えられ、その後は当家が天下を取ることも夢……とまでは言えぬ展開になることかと考えますが?」
「いや、それはいかん。その道は結構辛いのだ。何百、何千と重ねても最後は良い形にはならんのだ」
「左様ですか……殿の目がそうお見えなのでしたら、そういうことなのでしょうな」
「ともあれ、これで剣の家は六つにまで減った。一番厄介な家を潰すことは適わんかったが、これで儂の代での仕事は終わりが見えて来た。……終わりが見えてきたということは慎重にせねばならん」
「百里の道も……ですか」
「そう、古来より百里の道も九十を以て半ばとすという。だが、儂は九十九里を以て一里とする男だからな!」
やはり領内通行を許可しただけの尼子さんが勢力維持をすることは適いませんでした。
大友家の要求は厳しいものですが、どのあたりで落としどころを付けるのでしょうか?作者としてはとっとと臣従コマンドを開放して欲しいところではあります(笑)
さて、三好家の勢力を駆逐した連合軍成立を以て、天下統一が名実ともに成し遂げられたことになりました。今後は日ノ本の整備を進めるべく諸々の作業が進んでいくこととなるのでしょう。
前話では朝鮮の話も出てきましたし、ヨーロッパの国々に関しても話がでたことですし……。
今後もよろしくお願い致します。
m(_ _)m




