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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第二部- -第三章- 旌旗奔流
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-第百五十一話- 初心に帰る羽目になる

天正十三年 初秋 古河 伊藤景竜


 「つまりは、銭は有るが銭が無いので銭を新たに作りたいということか?」


 信長も晦渋とうじゅうな表現をしているので、事情を知らない者には、何を言っているのかわからないでしょうが、ようはそういうことなのです。


 伊藤家には使いきれぬほどの富が有る。


 だがその富を使いこなすための十分な銭が無い。

 こと、城主や役職者への俸給は金でも銀でも十分な量を渡すことに何の問題もない。

 しかし、当家で最も銭が必要となること、それは兵や人足への支払いや、大規模工事などの現場で使われる贖いの対価だ。


 そして、この状況を改善するためには、銅銭よりも価値が高く、金子や銀子よりは価値が抑えられたものが必要だということだ。

 造幣所で造れる貨幣の総数には限界があるので、価値の総和を増やすためには、貨幣一枚の平均価値を上げなければいけない。


 「銅貨の種類を増やすとかではだめなのか?」

 「甲州金とかと違って、三國通宝には額面が書かれていないからなぁ。……仮に新三國通宝を造って、そこに額面を入れる。大きさや形も変えて価値の違うものを数種類造る……」

 「ああ、自分で言っておいてなんだが、駄目だな。……それは」

 「日ノ本では銅銭は銅銭だからな。……三國通宝を普及させるにあたって、俺たち自身が「銅銭は銅銭」だと吹聴してきたからな。そう、少しは他領への流通を抑えて、「伊藤家領の、三國の領内で使われている銭は価値が違う」との評判が、せめて東国で……いや、日ノ本の商人どもの間だけにでも広まってくれたら……」

 「それは言っても栓無きことであろう。あの頃は、我らを目の敵にしておった近衛の勢力も越後に蔓延はびこっておった。京ではその政敵の二条殿が、近衛の影響力を追い出すべく三國通宝の使用をいち早くとせがんでおったからな。……なぁに、東国の銅銭としての価値を作ることには失敗したが、日ノ本の銅銭としての地位は揺るぎないものとなったではないか。すべてを欲するというのは贅沢が過ぎるというものさ」

 「……そういうことだよなぁ」


 信長の慰めにもため息で返す兄上。

 やはり、兄上としては東国の外の人間に足を引っ張られたことが残念でならないのでしょう。

 ……厩橋の造幣工房は限界まで稼働していますが、なんとか兄上の意向を実現するための仕組みを作り出さねばなりませんか、……なんとも頭が痛いことです。


 「……で、太郎丸よ。そんな状況を改善するために、銀貨や銀子を造れる職人を連れて来いということだったか?」

 「ああ。なんか昔みたいに村ごと引っ張て来れない?」

 「……無茶を言うな。言うても銭を造っておるのは力のある領主や国王、それに並ぶ者達となろう。流石に陶器や鉄砲の村という扱いをしているような国が存在しておるなぞ、俺は知らんぞ?……と、待てよ?阮家の息子が朝鮮で嫁を見つけてきて……そこで闇貨幣がどうのとか言うておった気も……」


 闇貨幣ですか?

 悪銭や偽銭ということでしょうか?


 「朝鮮だと??……そうか、文禄・慶長の役で……」

 「文禄?慶長?」

 「ああ!いや、何でもない、ちょっとな……それよりも朝鮮なら可能性はあるかも知れないな。あそこは行き過ぎた儒教文化によって支配体制と大衆文化が硬直してしまってはいるが、鉱山は多く有り、その歴史も古い。だが、朝鮮王家はそのあたりに積極的ではなく、造幣も面倒な体制で銭不足は深刻だとも聞く」

 「ふむ。……そのあたりの裏取りを小六に頼むとするか」

 「あ、あの兄上。闇貨幣というのは?」


 私には聞きなれない言葉ながら、兄上と信長は話を進めてしまったので、おそるおそる、ここは一度「闇貨幣」なるものの説明を求めてみた。


 「ああ、そうだな。阮小六がどういった意図で使ったのかまでは正確にはわからんが、悪銭や偽銭ではなく「闇貨幣」と言ったのならば、それは正式な工房で造られた貨幣を意味しているのであろうさ」

 「む?……俺はあまり気にしないでいたのだが、「闇貨幣」にはそういう意味があるのか?」

 「なんだよ……吉法師も良く分からないで使っていたのか……。まぁ、これは俺の想像、予想の範疇だから、実際とは違うかも知れないが……簡単に言うと……そうだな。国から造幣工房に一万枚作れと命令が来る。工房では念のためということで、一万五千枚の材料があるので一万五千枚造った。そして、工房から国王の元には命令通りの一万枚が納められる。そんなところさ」


 ……なんとも開いた口が塞がらない杜撰さですね。


 「……そのようなこと現実に?」

 「国の造幣工房があるのならば起きているとは思うぞ。やはり大陸の役人腐敗は酷いもののようだからな……そりゃ、何回も国が倒れるわけだよ」

 「……それが本当だとすると、ちょっとぐらいは引き抜ける人材がおるかも知れんな。少しは面白そうなやつや、骨のあるやつもいるだろうしな」

 「まね……ただ、朝鮮で貨幣工房ってあるのかな?それがちょっと……。あの国も明銭やら宋銭を使っていたはずだし、そうだとすると深刻な銭不足になっているはずなんだよな……まぁ、明とは地続きの国だからな、銀子は流入しているか」

 「ふむ。結局は阮小六に詳しく聞かねばわからんか」

 「そう言うことだね……たぶん」


 確かに銀貨を造り出すための技術は欲しいところではありますが、あからさまな悪事に手を染めていたような人物が厩橋に入って来るのはご遠慮願いたいところですが……。


 ただ、この心配も気が早いということでしょうね。

 小六の家の嫁の話というのに関しても、信長はうろ覚えのようでしたから、この話はきちんと阮家から裏付けの話を聞いて、それからもう一度対応を考えれば良いでしょう。


 「さて、明と朝鮮はそういうことで……ヌエバ・エスパーニャの方はどうなんだろうか?メヒコでは確実に銀貨が大量に作られていて、彼らの本国へと輸送されているはず。……利益達に成敗された海賊共は、それ狙いなわけだったしね」

 「……近場の方にばかり考えが行ってしまったが……そうか、先ずは確実なヌエバ・エスパーニャを考えてみるか。……ただ、向うの方は付き合い上、技術者を引き抜くことなどは出来んのではないか?流石にスペイン国王は怒るであろうし、エストレージャ卿もアルベルト卿もただでは許してくれまい」


 ええ、私もそう思います。


 「そうなるとあれだ。三國通宝方式というか、四国連合方式で行けばどうだろう?」

 「「三國通宝方式??」」


 兄上は何を言っているのでしょうかね?

 相変わらず発想に追いつくのが難しいお人です。


 「そそ。スペインの人達に「日本の銀を使って銀貨を造りませんか?」って話」

 「「な!!……」」


 言いたいことはわかりますが、それが通用するのでしょうか……。

 四国連合の家々は婚姻同盟を結んでそれなりの信頼関係を構築した上での話。

 確かにスペインと当家の付き合いはそこそこに長いものではありますが、別にスペイン王家と当家は深い付き合いをしているわけでもありません。

 ……まぁ、日ノ本の王家よりか、多少は深い付き合いとも言えなくもありませんが……。


1585 天正十三年 秋 古河


 「父上、何ぞ私抜きで面白そうなことを話しておったそうではないですか?!ずるいですぞ?!」

 「はっはは。悪い悪い。たまたま、吉法師とお前が入れ違いになってしまったというだけさ。他意はない。済まんかった。この通り」


 不貞腐れた年上の息子に謝る年下の父親である俺。


 ……うん。別に間違ってはいないんだけど、こうして文章に直してみるとなんともおかしなことだな。


 「で、どういう内容で?」


 不貞腐れた振りにも飽きたのか、すぐにでも話の内容を聞きたいのか、中丸はずずっとその身を乗り出してきた。


 あんまり椅子を傾けるなよ?

 古河城内の自室用にと、勿来の職人に特別頑丈には造ってもらっているが、……椅子が壊れる時ってのはそういう無理な姿勢を取った時なんだから……。


 「……で?」


 ……


 「わかった、わかった。……簡単に言ってしまうとだ。通貨量を増やすために、新たに銀貨を作り出そうということさ」

 「それは、以前に孫家飯店で叔父上を交えて話あったことですな」

 「そうそう。それで信長が阮小六との会話で小耳にはさんだ情報から、朝鮮の造幣工房から技術者を引き抜いて来ようかという話が出て来てな……」

 「ほっほぅ!朝鮮ですか!それはなんとも新しい!これまで、当家は博多の商人を通じて明人との交流はしてきましたが、朝鮮人とは交流してきておりませんからな!」

 「まぁな、距離の問題から言えば明より、スペインよりも近いから、もっと何かしらの関係が出来ていても不思議では無かったはずなんだがな……幾人かは明人の商人達の元で働いている者もいるだろうから、勿来の湊に立ち入っているのだろうけどな」


 そりゃ明の船員や商家の下働きには何人かの朝鮮人はいるだろう。

 ただ、今までの所、大手を振って「俺は朝鮮人だ!」とやっている輩にはお目に掛かってない。

 ついでに商いの主体……要するに商人として伊藤家の領内で商いがしたいと申し出てきた者もいない。


 「では、早速にも朝鮮のどこぞの港に船を横付けしますか?」

 「……止めておけ、とりあえずは信長が調査に動いているので、その結果待ちだ。それにあの国は交易に関しては明の了承が無いと出来ないとか言ってなかったか?明と朝鮮は親子の関係、朝鮮と日ノ本は兄弟の関係とか言って……」

 「う~ん……どうでしょうな。父上の申す通りにこれまでは朝鮮とは全くの没交渉。頭の片隅にも浮かばぬ国でしたから……うむ。信長殿の調査もそうでしょうが、俺自身も鎌倉で朝鮮の情報について集めてみることとします」

 「おう、頼んだぞ、中丸」


 情報は複数ルートから集めるのが理想だからな。

 といっても、結局は領内に出入りする商人からの情報だから、だいぶ情報のベクトルが曲げられそうなのが難点だがね。


 「で、朝鮮は一つ。もう一つ二つは考えがあるのでしょう?」


 実に楽しそうな息子だ。


 「ああ。確かに朝鮮は選択肢の一つ。……もう一つはヌエバ・エスパーニャ、メヒコで造られている銀貨に携わっている技師を呼び寄せられないかと考えている」

 「ほうほう。メヒコからですな。……距離は近いとはいえ、没交渉である未踏の地より人を迎えるよりは簡単にも思えますな……ただ……」

 「そうなんだよな~、信長達とも同じ結論になったけど、簡単には技師を送ってはくれないだろう。だから、交換条件として日本でスペイン銀貨を造らないかと提案してみるのはどうかと考えたんだ」


 きらんっ。


 俺の発言に好奇心の光を強くする中丸。


 「……スペインが国としてヌエバ・エスパーニャを統治し、はるばる日ノ本にやってきているのも、そもそもとしては富を集めるため、つまりは銀貨を得るためということですか……」


 おお、中々に話が早いぞ中丸さんや。


 「……しかし、彼らが一番欲しいものを目の前に見せびらかすと……要らぬ欲をかき始めたりはしませんかな?父上」

 「……というと?」

 「……いっそ日ノ本すべての富を己のものと出来ぬか……などと」


 ……確かにそう考えるやつもいるだろうな。

 いや、確実にいる。

 当家の軍事力を目の当たりにしているエストレージャ卿たちはそのような考えには至らないだろうが、当家とは、日ノ本とは付き合いがない宮廷雀とかは大いに囀りそうだな。


 「アルベルト卿やエストレージャ卿は気持ちの良い人物ではありますが……戦をしますか?エウロパの国々と」

 「……そうだな、正直なところその考えも無かったわけではないが……いや、やはり戦は止めよう。日ノ本の他家との戦でさえ面倒だからしておらぬ俺達なのだから、海を越えた国々と戦をしたところで面倒事が増えるだけさ」

 「はっははっは!まぁ、そういうことですな!……三好や長曾我部、尼子が聞いたら火を噴いて怒りそうですが、確かに当家は面倒だから彼らと戦をしないのでしたな!」

 「そういうことさ」


 実際の話、当家の兵、東北・関東・東海・中部、それらの領地に同盟国を合わせれば、楽に数年は二三十万の大軍を動かせてしまう。

 被害は出るだろうが、純粋な装備の質も違う以上、彼らを滅するのはある意味、簡単なことだ。


 ……だが、彼らを滅してどうなるというのだろうか。

 結局、単に頭を潰したとて意味は無い。

 土地は、人民は必ず統治しなければならない。


 セオリー通りと言おうか、旧主を復活させる、民に自治を行わせるという方法……それならば今の領主を生かして置いたところで同じことだ。


 そもそもが、この天正期の科学技術では日ノ本を俺が知っている二十一世紀の日本のように統治することなど不可能だ。

 電車も無ければ自動車もないし快速船も無ければ、電信・電話もない。

 出来て江戸幕府のような徳川家……今の状況だと伊藤家か、伊藤家を中心とした分国制が精々ということだろうな。


 うん。これまでと結論は変わらない。


 「話を戻すと、スペイン銀貨を造る話、中丸は反対か?」

 「そうですな……反対とまでは言いませんが、危険だとは言いたいですな。……それにです。何もスペイン一国だけを交渉相手にする必要はないのでは?」


 む???


 「ヨーロッパには多くの国々が有り、今ではスペインが最強国として覇を握っているのでしょうが、他所の国も無くなったということではないのでしょう?銀貨を造れる技術は有るが、日ノ本におかしな野心を抱く力までは無い国というのはないものでしょうか?」

 「……」

 「ヨーロッパは地続きと言います。ならば、ある程度の基礎的な技術というのは似たり寄ったりとなるのではないでしょうか?」


 こいつは参ったな。

 俺は無駄にスペイン語の知識があったから、これまで一番目に顔を合わせることとなったスペインとの交易を進めてきたが……。

 考えてみれば、スペイン王国はフェリペ二世の晩年からは国力を落とし、オランダに、イギリスに、最後にはアメリカに地球の覇権を渡すことになる。


 アルベルト卿という俺の知らない人物が功績を挙げたことにより、アルマダ提督のサンタクルス侯爵は左遷されることが無かった。

 織田家が滅んだ結果、利益がクリッパーなど時代を何百年も先取った船を駆ってキャプテン・ドレイクを討滅した。


 俺の知識にある歴史から、この世界は大きく変化している。

 もしかして、俺は、その「変化」という部分に固執してしまっていたのではないだろうか。

 確かに今のスペインはヨーロッパの、ひいては地球規模での覇権国なのかも知れない。


 だが、フェリペ二世の後は?


 彼の後継は?


 本当に宗教戦争は下火となったのか?


 ユグノー戦争の結末は?


 オランダ独立革命は?


 三十年戦争は?


 ……

 …………


 しまったな。

 俺は居心地が良い「伊藤太郎丸」であり過ぎたのかもしれない。


 そもそも、俺は二回も死してなお記憶を継続して持ち続けている。

 しかもその一回目は四百五十年以上も時を遡ってだ。

 この事には、何か重大な「意味」があるのではないか?


 「……ん?父上?如何なされました?」


 黙りこくってしまった俺を心配して、顔を覗き込んでくる中丸。


 「ああ、すまんな。……なんというか、俺はどうしてここにいるのか……と考えてしまってな……」

 「はぁ……なんと言いましょうか、父上は父上なのでは?俺や兄上たちの父親で甥でしょう?深く考えることなのですかな?それが?」


 ……中丸さんよ。

 流石にそこまでの達観は俺には出来んぞ。

 お前って大物だよな。

 家庭の事情と自身の健康問題がちょっとありまして更新が滞っておりました。

 これからはそこそこの速度を取り戻していきたいと考えております。

 引き続きお付き合いのほどを……。


 さて、「銀貨を造ろう!」ミッションからの派生で太郎丸さんが何やら自身の存在的な物に考え出し始めました。

 戦国時代に飛んできて約五十年、更には一度死んでからという物想い……遅いっちゅうねん!

 まぁ、それまでは戦国期を生き延びることに必至だったということなのでしょう。

 棚倉の屋敷と小さな砦が二つという小さな地方領主にも満たぬ武家に生まれた身の上です。日ノ本の安定が見えたこの段階で、漸く「自分」を顧みることが出来たのでしょう。


 さて、これからは銀貨造幣の可能性を求めて悪戦苦闘することになりそうな太郎丸と周辺の人々。

 一方、姉上は未だ畿内から戻ることは適わないようですが、いい加減畿内の暮らしにも我慢の限界なのでしょうかね?

 ということで!


 今後ともよろしくお願い致します。

 m(_ _)m


P.S. 決してウマ娘に嵌って時間が無かったわけではないですよ?

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどwウマ娘にハマったのかwww
[良い点] いやーこの話で書くのもアレですが他の逆行転生物とは一味いや二味違いますね!ワクワクが止まりません [気になる点] なし! [一言] ウマ娘やってらっしゃるんですか?好きなウマ娘は誰ですか?…
[一言] 朝鮮は貨幣経済が浸透せず木綿布が銭の代わりとして流通していて、室町時代に日本が大量の木綿を買い付けたせいで朝鮮国内消費分の木綿も不足したから日本に対して木綿の輸出禁止になって日本は明から大量…
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