-第百十二話- 領地交換
天正七年 夏 諏訪 伊藤伊織
「こうして伊織様にお会いするのは初めてでございます。某、越中の神保長住と申し、後ろに控えるは弟の長城でございます。この度は諏訪城の落成おめでとうございます」
「……ありがとう」
諏訪城は、まだ本丸部分しかない、当初予定の三分の一程度しか出来ていないのですが……。
せっかくの祝い言葉ですからね、ここはありがたく受け取っておきましょう。
「して、早速ではあるが、御用の向きはどのようなことかな?わざわざ越中から諏訪まで参られ伊織様に面会を求めたのだ、折り入って話したいことがあるのであろう?」
この正月に古河で、正式に諏訪家を継いだ勝頼が威圧的に問いただす。
……本人は特別意識しているわけではないということですが、長年、甲斐武田家の陣代を務めた経験、また本人の体格も立派なことから、大した威圧感が出てしまうのだそうです。
確かに勝頼は大柄な男だと思いますが、伊藤家は俺も含めて皆が大柄ですからね。……彼が特に、という気はしません……まぁ、性格と口調でしょうね。俺から見ても十分な威圧感を出す男だと思えます。
「は、はぁ。……ま、まずは……」
「まずは、兄上が越中を出られた経緯から説明為されては如何かと……」
「そ、そうだな」
どうやら兄の方が肝が細い様ですね。
「ことは永禄二年、三年といったあたりのことで、今から二十年弱前のことです。当時は富山城を中心に当家が越中の中ほど……だいたい一国の半分少々でしょうか、治めておりました。東は魚津城周辺を椎名家が、西は倶利伽羅峠のあたりを加賀の一向宗が抑えておったでしょうか。そんな折、能登の畠山がにわかに軍を整え、越中を侵す構えを取りました。そのような狼藉、当家としては捨て置くわけにも行かず、当然のようにこちらも軍備を整えたのですが……それが、一つの引き金となったのでしょうか、椎名家や一向宗、飛騨の三木家に各地の豪族たちが蠢き初め、それまでの平穏はどこへ行ってしまったのか、一瞬にして越中は混沌の渦へと変化してしまいました」
なんとも、長住は話し上手ですね。
ちょっとした拍子が小気味よく、その手の話でも座を求めて行えば、いっぱしの興行が打てるのではないでしょうかね?
「事ここに至れば、誰が先に手を出したですとか、誰それが不穏な気配を出しているなど、嚆矢の放ち手を探すなどは栓無きこと。当家も椎名家の魚津城から泊までの東部一帯と高原諏訪城を初めとした飛騨の吉城郡を切り取ることになりましたが、砺波郡と射水郡は畠山に奪われる形となりました」
そうですね、確かそこから長尾家が介入に入り、泥沼になった越中を治めたいということで彼らが当家に臣従を求めて来た形でしたかね?
「そうした事態となりまして、我々だけでは越中・能登の混乱は収まらないと感じたため、景虎公に当家より臣従させていただけないかと、お話しをさせて頂いた次第です。……そして、伊藤家に臣従することは適いませんでしたが、長尾家へご仲介していただき、長尾輝虎公の御助力で越中から、畠山と一向宗を駆逐することが叶いました。……されど、戦後の長尾家による仕置きにて、当家は魚津城と新川郡の山間部と飛騨の吉城郡のみが所領を許され、平野部……沃野のほとんどを長尾家に明け渡す次第となりました」
……越中の地形を見るに、長尾家としては富山城と、その周辺を己で治めることにするのは当然でしょうね。私でもそうしますか。
……ただ、山間部は往々にして、面白いものが掘れる可能性もあるので、当家の場合はその辺の調査をしてからにするとは思いますが……。
「この結果に……某は納得がいかず、父と当時の筆頭家老であった小島職鎮と大いに争いまして、……結果、某は家より追放を受けてしまいました。それからは博多まで行き、彼の地で読み書きを童達や明人に教えることなどをして糊口を凌いでおりました……」
ほう!博多でですか!それは面白い!
途中で話を打ち切ろうかと思ってましたが、ここは最後まで話を聞くことにしましょうか。
「それが、この度、父が病に倒れ他界し、弟が家督を継いだのを機に某を越中へ戻してくれました」
「はっ。小島は父が高齢なのを良いことに……とは言え小島自身も高齢ではあるのですが、あやつは政を壟断しておりました。ですので、領民の為にもと、父の死を機に兄上に戻っていただき、小島を追放することを計画し、見事に成功しました」
「……で、それが、お主たちがここにいる理由とどう重なるのだ?!」
業を煮やしましたかね?
勝頼がまた圧を掛けています……。
まぁ、こういう手合いは話し半分で、面白おかしく聞くだけでいいのです。まともに相手をする方が馬鹿を見ますでしょうから……徳川の当主の相手のようにね。
「は、はっ!かような折、長尾家から狩野秀治と申す神保の家臣筋だった男が寄越され、「お家騒動とは不届き千万、その責により魚津城と新川郡の悉くを召し上げる」と……なんとも一方的に……しかし、此度の一件はお家騒動では御座いませぬ。現に我らは血の一滴も流すことなく……」
「……はぁ。長住殿、あなたも気付いておいででしょう。それはただの方便。実際は長尾家は新川郡が欲しいだけなのでしょう。……実際に越後と越中を結ぶ新川郡にあなたたちが居座られては、長尾家としては厄介この上ないでしょうからな」
「……」
おや?なにか言いたそうですね。
越後を実質支配していた直江家を兼続が相続したのです。長尾家当主がいる富山城を結ぶ新川郡を彼が抑えにかかるのは必然とみていましたが、それ以上の何かがありますかな?
「実は……新川郡の山中では、金銀が豊富に取れまする……耕作地のほとんどを召し上げられた当家が、それ以後も何とか家を維持してこれたのも、この金銀があった故……。これまでの長尾家は、これら山中の鉱物はその土地の者達に委ねる方針だったのですが、……どうにも顕景殿と兼続殿が実権を握られてからはそうもいかなくなり、長尾の直轄領でないところでの鉱物にも口を挟むようになってまいりました……」
……金銀はどこの家でも危険なものですね。
……当家の場合は、鶴岡斎の叔父上や太郎丸が懸念していたので、十分な力を持つまで、金銀の存在は秘中の秘とした上で、大きな採掘はしてきませんでしたからね。神保の身代で採掘をしていては、いずれ大きな力で取り上げられることになるのは自明でしょう。
それで行くと、輝虎はよく我慢していたとも言えますね。
「……結局なんだ?お主たちは、当家に長尾家と喧嘩をしろというのか?四国連合の内の二国がお主たちを守るために戦をする?……馬鹿にしておるのか?ん?」
……勝頼は兄上の百倍は口が悪くて、圧を容赦なく発する男ですね。
まぁ、彼の言っている内容には完全に同意しますけれども。
「そ、そのような……!」
「そう言うことなのでしょう?……まぁ、あなた方が言いたいことはわかりました。ただ、あなたたちも知っているでしょうが、伊藤家の家臣には領地を持つことは禁じております。家名、家督に対してはどうこうとは一切口を出しませんが、領民への徴税は全て事務方の組織を使って行ってもらいます。城主を始めとするさまざまな役職の内容に従って、当家から一定の俸給を渡す形です。それはわかっておりますかな?」
「「え、ええ……」」
わかっていなかったようですね。
そんな自分たちの都合のいい話だけで、大身を動かそうなどと……勘弁して欲しいですね。
「伊藤家一門を代表して、私があなたたちに伝えることが出来るのはふたつ。ひとつ、伊藤家は長尾家と戦になるようなことは決してしない。ふたつ、もし話し合いで神保家の窮状を救うことに乗り出しても、神保家の手元に領地が残ることは無い。この二点です。……ただ、当家としては配下をタダ働きさせることはしませんので、その点はご安心を」
「その通りだ。その方達も知っておろうが、俺は諏訪勝頼。亡き武田晴信の四男として生を受け、長年甲斐武田の陣代として長尾家と戦ってまいった。そんな俺も今では母方の諏訪家を継ぎ、東山三国の一家老として伊藤家に誠心誠意仕えておる。……お主らが気にするところの話をするのならばだ、個人的な実入りの話だけで言うのならば、甲斐武田の陣代を務めていた頃の数倍の俸給を今は頂いておる。……その所は心配するな、とだけ伝えておこう」
「「は、はっ!ありがたきお言葉でございます!」」
おや?伊藤家は吝嗇だと思われていましたかね?
俸給を渋ったのでは、これだけの身代を統治できませんし、その昔には我らよりも強大だった伊勢家に対してああまで互角の兵を用意することは不可能でしたよ?
天正七年 秋 春日山 伊藤景竜
去年に引き続き、今年も秋に春日山に来ることとなりましたか……。
話し相手も同じく直江家の当主。
私個人の好感度的には、今年の方は去年の方に比べると段違いに低くなってしまうのは仕方がないところなのですが……。
「景竜殿には当家の内部のことまでご心配を頂き、更には、わざわざ私の居城の春日山まで出向いていただくとは……誠に忝いことです」
「何をおっしゃいますか、兼続殿。お若い貴公が家中差配に苦しんでいるのです。良き隣人として、また貴公の叔父上には大いに世話になった身の上の私です。この程度の移動など、どうということも御座いません」
「それは、それは。……直江の叔父上は景竜殿の言葉に感謝していることでしょう」
ふぅ。
どうやら、私が兼続殿が気に食わないのと同様に、兼続殿も私のことが気に食わないようですね。
とりあえずは、伊藤家と長尾家。東国の大身の窓口なのですから、もう少し友好的にならないといけませんか……難しい仕事です。
「で、お話しというのは?」
そうですね。
前置きの話し合いをしている限りは、お互いに友好的な気分になることは無いですからね。
ここは仕事の話を進め、その中で少しは友好的な雰囲気が醸し出せるように努力するとしましょう。
「はい。早速ではありますが。神保家のことです。当家としては、他家の内部事情に足を突っ込むような真似をしたくはないのですが、神保家が長尾家に臣従した仲立ちをしたのは伊藤家です。神保家の当主が直々に頭を下げてきては、無下にすることも出来ません。多少は長尾家とお話しできることもあろうかと、こうして兼続殿にお時間を割いていただいた次第」
「某の時間など……直江家を継いだと言えば聞こえは良いのですが、某は古河の一件で味噌をつけ、半ば越後へと厄介払いをされた身。時間など幾らでも……」
おや?
どうやら、厄介払い云々というのは本音のようですね。
声の調子がそれまでとは違います。
……実際のところは、あれだけのことをしでかしておきながら、直江の名跡を継ぎ、越後の差配を任せれているのですから、厄介払いとは思えませんけどね、私は。
「で、神保の件でしたか。……はっきり申しますと、長尾家としてはあのような交通の要所で騒がれるのは迷惑千万なのです。それに、この件は神保が伊藤家に伝えることは無かったであろうかと思いますので、某の口から申しますが、先ずもって先代お屋形様が神保家の方に尋ねたのです。「富山城周辺の平野と山間部、どちらが欲しいか?山では金銀が出るぞ」とね。神保家は当家からの情報で、新川郡の山間部で金銀が採れることを知ったのですよ。そして、彼らは米よりも金銀を選んだ。……まずはそのような経緯があることをお含みおきください」
「なるほど……ある意味、合点が行きましたね。長尾家が越中仕置きを行う前の越中諸将の動きは、神保の方々から齎された話だけではどうにも……」
「ええ、そういうことです。それで、どうしましょうか。……正直な所、長尾家としては新川郡さえ取り上げてしまえば、その後は彼らがどうなろうとも、関知するところではないのですが……」
本音を言ってしまえば、当家としてはそもそもが神保家がどうなろうとも……いえ、それは言っては駄目なことですね。
「兼続殿も私も神保家のことで要らぬ時間を取られるのは本意ではないことは重々わかりました。では、こうしましょう。兼続殿は、今回のことで魚津城を初めとする街道沿いである平野部、港湾部を確保するか、鉱山のどちらかを取り上げたい。……本心では街道でしょうか?」
「はい。その通りです。どのようにしても街道沿いの領地は取り上げます。神保が抵抗するのならば、兵を差し向けることも吝かではありません。……もちろん、伊藤家が兵を差し向けることまかりならんというのであれば、別の方策を取らざるを得ないことになってしまいますが……正直な所、そう言った昏い手法は採りたくありませんので、できれば穏便にことを済ませたいと思っております」
ふむ。穏便にというのは兼続殿の本心でしょうね。
彼の良心……ではなく、些末なことで手を汚すのは面倒だと考えているのでしょうね。
「当家としては「まかりならん」……とは他家に言えるような立場ではありませんよ。……とはいえ、兵を興すことにならないよう立ち回らせては頂きますがね……そこでです。私から一つ提案があります」
「拝聴しましょう」
「領地替えとしては如何ですか?神保家は新川郡の全てを長尾家に譲る。その代わりに、信濃の安曇郡と長尾領の筑摩郡を当家に譲る。如何です?真田家の旧領一帯が当家に従っている現状では安曇郡、深志の一帯は長尾家にとって飛び地となってしまい、扱いに困っているのではないでしょうか?ここは互いに飛び地を整理し、円滑な領地経営をしてはみませんか?」
「……よろしいのですか?神保が抑えている新川郡は東部だけとは言え、きちんと手を入れれば石高で七八万は行くでしょう。その一方で深志周辺では、精々五万が良いところ……しかも新川郡には鉱山がある」
「構いません。そのぐらいの処分は負って貰わなければ、神保の者達がつけあがりましょう」
それに鉱山については、深志周辺……と言いますか木曽に至る方面や飛騨に至る山の開発は進んでいませんからね。
これは姉上の直感ですが、それなりには面白いものが掘れるであろうとのことですから。
問題は無いでしょうね。
「なるほど……非常に、そう、非常に魅力的な提案になりますね。……わかりました。某はこれより一乗谷で西方の攻略を差配しておられるお屋形様と話をして参ります。景竜殿の提案を受ける方向で話を進めてまいります。……ですので、お返事は来年の正月に古河にて行わせていただいてもかないませぬかな?」
「はい。当方としては、何の問題もありません」
「では、そのような流れで……本日は、本当にありがとうございました。景竜殿とこうして話が出来て非常にうれしく思います。……叔父上も真田殿も、嬉々として厩橋に行っていたのを思い出します」
「ははは。私もあのお二人と話すのは勉強になることばかりで、非常に楽しかったですね。……できましたら、兼続殿とも今後は楽しい時間を過ごせたらと思いますよ」
「!!!……忝い……お言葉です」
……ちょっとした、交渉の席での世辞だったのですが……まさか、泣かれるとは思いませんでした。
そうですね。
兼続殿も二十をようやく過ぎた程度の年齢なのです。
そのような若輩の身に、長尾のような大身の家老など……。
……ともあれ、これを機に、多少は話が出来る仲になれれば有難いというものですね。
仁科の名跡とか面倒臭くね?
から発生した、松本盆地奪取計画。ひょんなことから成功しました。
これで、高井郡と水内郡を除く信濃が伊藤家の支配下に収まりました。旧道、律令下、徳川幕府下での東山道が全て領地となったことで、街道建設は更に進むことになるのでしょう。雨雪に負けない道を作って、何とか獅子丸特製馬車を彼の地で見られることを作者は祈っております。
それでは、今後もよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




