-第百五話- しゃべれるようになりましたっ!
天正五年 正月 古河 伊藤元景
今年は父上、太郎丸、大叔父上の三回忌が明けて最初の正月なので、盛大に祝うこととなったわ。
奥州安倍氏、藤原氏の故事にちなんで、大陸から歌劇団や雑技団を招き、領内の城下を巡業して貰っている。勿来、古河、鎌倉の三か所を回ってもらって、今は時期を合わせて古河に来てもらっている。
古河まで来てもらった他家の方々は、北からシベチャリチャシのストゥシャイン殿、伊達家、長尾家、佐竹家、徳川家、斎藤家、長野家、六角家。
家中の者達にも、出来る限り今日に合わせて古河に集まるよう手配したわ。
伊吹の東で古河に来てないのは南部家ぐらいじゃないかしら。
六角家は伊吹の西だし、長野家は南だけどね……。
「これはこれは、明けましておめでとうございます。こうして晴れの日にご招待いただけるようになるとは、……今日までの経緯を考えますと麻呂も感激しております。何卒、今後とも京の者達のことも忘れないで欲しいところでございます」
「これは関白殿下。わざわざお越しいただきありがとうございます。太郎丸の三回忌も去年に済みました。以前のようにとは行きませんが、これからは悲しみにとらわれることなく前を向いて共に歩めたらと思っております」
「左様ですな。今まで通りとは行きませんが、新しく前を向いて行かねばなりませんな……。そうでした、古河公方様にはご紹介がまだでしたな。後ろに控えておるのが息子の兼孝、良演、良房となり、年が明けて関白を辞した麻呂の後を継ぐ者達となります。兼孝は麻呂の母の実家である九条を、出家しておった良演は二条を、良房は断絶して久しかった鷹司を継ぐことになろうかと思います」
あらら。
殿下の息子で五摂家の内の三つを占めるのね……近衛は当分の間、断絶扱いでしょうから、百年かそこいらは四分の三を占めるということかしら。
まったく、公家というのは転んでも、ただでは起き上がらない人種なのね。大したものだわ。
しかし……。
「そうですか、昭実殿のことは未だに許してはおりませんが、血を分けた関係とはいえ、ご兄弟には関係ないことですからね。どうか、お三人には正道を歩まれることを、この元景、この東国よりお祈りいたします」
「「……はっ、心いたします」」
殿下の教育なのかしらね。
あの一件以来、殿下自身も公家言葉は極力東国では使わないようにしているし、この子たちもその薫陶は受けているようね。
そちらが、こちらに一定の敬意を表してくれるなら、こちらからは必要以上に敵視することはしないわよ。
「して、古河公方様。良演が還俗するに当たって、一つ名を改めるつもりでして……もしお許しいただけるのならば、是非ともに一字頂きたいと思いますが……よろしいでしょうか?」
「……ええ。構いませんよ。私の字の「元」ならば好きに使っていただいて結構です」
申し訳ないけれど、伊藤家の通字である「景」と「清」は使って欲しくないのでね。
そうね、あとは父上と太郎丸の「虎」と「藤」もご遠慮願いたいわね。
「ありがとうございます。古河公方様のお許しも得たのじゃ、良演よ。お主はこれより元良、二条元良と名乗るが良い。わかったな?」
「はいっ。古河公方様、父上。私に良き名を考えてくださり、誠に有難うございます」
……もとは僧籍だったということもあり、公家言葉を使わないしゃべりにも違和感を感じないわね。
東国に来ることがあったら、今後はそのしゃべり方で通しなさいな。
「……今日の夕餉には、日ノ本の料理だけでなく、明の料理に南蛮の料理も用意しています。まだ時間もありますので、どうぞご自由に城の庭や城下に来ている明の歌劇団や雑技団の演目などをお楽しみください」
「ほう、それはなんとも楽しみですな。それでは麻呂たちはひとまず……」
「ええ、後程……」
夕餉の祝い膳が始まるには、まだたっぷりと二刻以上あるでしょうからね、そんなに長い間を殿下……前関白殿下に割く気はないわよ。
…………
……………………
「上様、少々お時間を頂いてもよろしいですかな?」
「上様はお止めくださいな、輝宗殿、それに義尚殿も……」
家中の者達にも「上様」呼びされることに違和感を感じて、到底慣れてはいないのに、このお二人にそう呼ばれてもね……。
「何をおっしゃいますか。我々も自分たちの家中の者には話を通しておるのです。四国連合は原則同格の家同士の付き合いとして発足しましたが、これからは伊藤家を盟主として、東国を盛り立てて行こうと……」
「左様、義尚殿が仰る通り。こう申しては何ですが、伊藤家が矢面に立ってくださっているおかげで、我らは西からの要らぬ陰謀に巻き込まれることがありませぬ。また、四国の内、最も人が多く、また栄えているのも関東である事実。これからは伊藤家が前に立ち、その一歩後ろを我らがお支え申します。どうか、これよりは我らに「上様」と呼ばれることにも我慢して下され」
……残念ながら、正月の戯言や酒が入っての言葉というわけでは無いようね。
「……わかりました。これからは当家が東国の盾となり、東国の民を安んじることをお約束しましょう。私の跡目、元清にも、その息子の太郎丸にも、決してお二方の期待を裏切ることの無いよう努めさせます」
「……ありがとうございます。……と、話は変わりますが、元清殿のご嫡男は太郎丸と?それも上様自身がそうお呼びに??」
「そのぉ、何ですかな。太郎丸様のことは大丈夫なので?」
「え?」
ああ、そうか、この二人は太郎丸を見てないから、太郎丸が太郎丸だとわからないものね。
「ふふふ。お二方には信じられないかも知れませんが、太郎丸は太郎丸なのですよ」
「はぁ……上様が吹っ切れたというのなら私からは何も……」
「そうですな……なにやら、禅問答のようにも聞こえてしまうのですが……」
「あははは。そうですね、こればっかりは本人に会ってみないとわからないでしょうから……あと三年もすれば多少は身体にも芯が出来て皆様にお会いできるでしょうから……それまでのお楽しみと言うことにしておいてくださいな」
「「はぁ……」」
百聞は一見に如かずとはこの事よね。
あ、そういえば、太郎丸が産まれたのは去年の正月よね。
前の太郎丸はちょうど一年が経ったあたりで、簡単な会話をしてたわよね。
私が知っている赤子は太郎丸だけだったから、それが当たり前だと思って気にも留めていなかったけれど、普通の子供に比べるとやけに早熟よね……。
もしかしたら、今の太郎丸もそろそろしゃべり出して、真由美や母上たちを驚かせてるかも知れないわね。
……阿南あたりからそのあたりの顛末の文が来てもおかしくないかしら。
1577年 天正五年 正月 勿来
「あ~、う~、お~、お~!おぅぃぇ~!」
くくく。
完全に意識ある赤子生活も二回目となれば慣れたもんよ。
今回の赤子生活は、恥も何も捨て去って、大いに真由美にも……って、従妹を母上呼ばわりもな……何か恥ずかしいから、名前呼びで失礼するぜ。
真由美にも母上にも……って、母上は母上だから、母上でいいよな……って、だいぶ人の呼び方は前世の太郎丸が影響してきているな……。
これも今生の太郎丸の生が伸びれば何かしら、思いが入れ替わるのかね?ようわからんけど。
そうだ。
家族との関係性で言えば、阿南、輝、義はどうしようか……。
三人とは夫婦だったわけだし、あんなことやこんなことまでをお互いに知ってる仲なわけだしな……。
うんわからんので、先延ばし!
で、ここって勿来城の赤子部屋だよな。
ある程度、頭を使えだせるようになってからは、ずっと勿来城の赤子部屋で育てられているようだしな。産まれたのも勿来なのかな??
う~ん。パターン的には羽黒山というのが一番あり得ると思うんだが……まぁ、気にしても意味は無いことか!いずれ、誰かに聞こうっと。
……ふぅ。
しかし、疲れたな。
これっぽっちの思考でも、赤子の身体ってのは疲れるもんだ。
俺の分析としては脳みその発育がまだまだだから、大人的速度と内容で思考するとすぐに疲れちゃうのが原因と睨んでいる……ふぁ。
まぁ、いい。ちょっと寝よう。
……
…………
「信長様もわざわざ赤子部屋までお見えにならずとも……」
「なぁに、真由美殿。なに、俺も今さっき古河から帰ってきたので、太郎丸の顔を見ながら土産話でも寝物語に聞かせてやろうと思ってな……ははっは。きっと、景基様や景広様も太郎丸が喋り出したら腰を抜かすと思いますぞ。今のところは俺と上様しかこの愉快な事実に気づいていないのが、面白うて面白うて!」
「はぁ……」
ぬ?
俺の昼寝を妨げたのは吉法師か……。
「きちほうし……うるさいぞ、おれはねていたいんだ。ひるねをじゃまするな」
「「!!!!太郎丸様!!!!!!」」
「あ~ははっははっは!ついにしゃべれるようになったか!信忠でも片言で話すにも丸二年近かったはずだぞ!流石だな!」
ぬ?
丸一年では早いか……ああ、そういえば、前の太郎丸ではそのあたりに配慮しつつ、かなり片言喋りを意識してたな……。
まぁ、いっか。もうばれちゃったし。
ってか、吉法師と姉上は俺が俺って、謎ぱぅわ~で知ってたっぽいしな。
「きがついたらあかごにもどってしまったぞ?で、いまはなんねんだ?」
「おう。今は天正五年の正月、西暦で1577年だ。お主が毒で死んでから三年後の正月だな」
「「!!!!」」
なんだろう、第六天魔王様とそれ以外の人間どもの反応が違い過ぎるな。
ってか、何でそこまで驚かずに普通に接するのだ?吉法師よ?
お前は転生もののラノベに親しんだ日本人か、はたまた輪廻転生が身近にあるアジアの仏教徒か?!
「で、なにかおれがしんでからあったか?」
「特には無い……と言いたいところだが、まずはこれだけは伝えておかねばならんな。……先代様……景虎様はお主が毒にやられたのを知った翌日、古河の自室で腹を召された……手元には、「これ以後一切の追い腹を禁ずる」としたためた書があった」
「ちちうえ……」
なんだよ……追い腹とか止めてくれよ父上。
俺って、こうやって無事にすぐ生まれ変わってきたんだよ?
そんなことをしなければ、また現世で会えたかも知れないのに……。
「こういう言い方は卑怯かもしれんが、先代様の追い腹と書のおかげで、伊藤家の暴走が起きなかったのも事実だ。あの時に、俺はお前と「伊藤家に復讐の道は歩ません」などと約束したが、先代様が腹を召さなければ、日ノ本はどうなっていたかわからん……高い確率で伊藤家の軍勢が京の町を焼野原にしたことだけは疑いようがないな……」
「そうか……ちちうえ……」
父上のことだ。
伊藤家がそんなことにならぬよう、自分の腹一つですべてを終わらせたのかも知れないな。
「あとはまぁ、悪いことばかりではない。お前の孫……というか、景広様に娘が産まれておる」
「おお!おれにまごか!!……ん?こんじょうでは、いとこがうまれたということか」
「そうだな、従姉だな。それでいけば、今生ではお主の姉は二人になっておるぞ?忘れておるかもしれんがな」
「おぼえておるわ……まりあねうえはたまにまゆみ……ははうえといっしょにかおをみせるし、すずねあねうえも、すうかげつまえまではいっしょのへやだったからな」
今思うと、俺が勿来に来た時期に合わせて、鈴音も赤子部屋から子供部屋に移ったのだろうな。
「はっははっは。お前が喋っている声を聴くのは今日が始めてだが、意識というか、記憶は結構前からあったのだな?」
「いや~、そうでもないぞ~」
「ふぅむ。そういうものなのか?なんとも相変わらずに不思議な存在だな?お前は」
「きちほうしにだけはいわれたくないわ~」
「わ~はははっは!違いないな!」
実は俺が死んだ後で、一番心配してたのは吉法師だったりするんだよな。
いい意味でも、悪い意味でも前世の太郎丸は第六天魔王様の良いストッパーだったと思うんだよ。
んで、本体よりも先にストッパーが壊れちゃったわけだから、信長さんが魔王モードに目覚めちゃわないかが、心配で心配で……。
「おお、そうだそうだ。一つ非常に腹立たしい事を伝えなければな!」
「ん?なんだ?」
止めてよ?べつの訃報とかは聞きたくないですよ?
伊藤家も安中家も柴田家も長生きの家系なんだからね。
「実はな……利益、慶次郎のやつがな……」
「けいじが……?」
「なんと……俺達に先駆けて世界を一周してくると言って、湯本から新型九律波を分捕って海に飛び出していきおったわ!」
「きゅうりつは???……おお!くりっぱーか、かんせいしたんだな。ってぶんどってせかいいっしゅう?」
「おうよ、そんな計画を実現されたのでは悔しくて溜らぬから、銭を全面的に止めてやったら、利益の奴め、堺の商人達に出資を持ちかけて銭を集めよった!航海から戻ったら五割増しで返してやるとか約束してな!」
おやおや。
慶次と吉法師の争いから、シップオーナーとカーゴオーナーにキャプテンの契約ですか。
これって日本初の傭船契約になるんじゃないか?
……多分に慶次のヤンチャ成分が強いけど。
「世界一周の言葉に乗せられて、昌幸にお船までが乗り込んでしまってな……水軍を預かる者として、俺は奴らが戻ってくるまで直江殿に顔向けできんのだ……」
お船まで……そりゃ大概だね。
あふぅ。
「お?そうだな、なんだか嬉しくなって長話をしてしまったが、赤子には昼寝が大事だな。これで俺は一旦湯本に帰るが、明日か明後日にはまた顔を出しに来るぞ?またな、太郎丸」
「おお、すまんな……あかごはねむけにたえられん……またなきちほうし」
「はっははっは。何ぞお主の覚醒の一日目を俺が独占してしまったみたいで申し訳なかったな……最後に一言だけ。……太郎丸よ。おかえり、待っておったぞ?!」
「ただいま……そして、おやすみ……」
だめ、もう限界……ねむっ。
太郎丸さんと吉法師さんの再会話です。
第六天魔王様は太郎丸との約束が一つの楔となって暗黒面に堕ちずに済んだ模様。
これからもLAWサイドで主人公と共に戦国の世を生き抜いて欲しいものです。
さて、二条さんは一大夫、二将軍体制の構築の功績によって、五摂家、もとい四摂家の百年の内3/4を自分の血で抑えることとなった模様。
一条さんは西、二条さんたちは東と中央と担当分けが出来たということで、多少は畿内発のゴタゴタも減るのでしょうかね?どうでしょう。
では、今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




