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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編

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24・刻印後刻術

――PM2:24 鎌倉市民病院 病室――

「久美!」

「大丈夫なの!?」


 真桜やさゆりが病室に駆け込んできた。オウカやジャンヌの姿もある。


「なんとかね。委員長やアーサーさん、井上君のおかげよ」


 あの後久美は、救急車で鎌倉市民病院へ搬送された。敦、雪乃、アーサー、そして京介も同乗してきたため、この場にいても不思議ではない。


「京介はどうした?」


 遅れて顔を見せた飛鳥達も、久美の無事に安堵の溜息を吐いた。同時に京介の姿が見えないことに疑問を抱いた。


「帰らせたわ。もしかしたらあの子、再起不能になるかもしれないわね」

「何があったの?」

「そもそも井上、なんでお前が学校にいたんだ?」

「部活だよ。俺が空手部だってこと、忘れてないか?」

「ああ、なるほど」

「あれ?それじゃ雪乃先輩やアーサーさんは?」

「俺の前世のことで話をしてたんだよ。そしたら校門前に、いきなりヴィーナスが展開されてな」

「すぐに駆け付けようとしたんですが、突然ヴィーナスが消えてしまったんです。ですがそこで久美さんと京介君の姿を確認し、急いで向かったのですが、またヴィーナスが展開されてしまい、救援が遅れてしまいました」

「だから井上君がヴィーナスの刻印を壊して、久美さんを狙っていた術式はアーサーさんと私が防いだの。襲ってきたのはUSKIAの軍人だと思うわ」

「ってことは、アイザック・ウィリアムか!」

「おそらくは。ですがそれより、大きな問題がありました」

「それより?まだ何かあったのか?」


 雪乃だけではなく、敦やアーサーの顔にも緊張の色が浮かんでいる。ただ事ではない何かがあったことは確実だ。


「はい。その男は井上君が倒しました。映像は記録してありますから、後で雅人先輩やミシェルさん達にも確認していただきたいんですが、問題なのはもう一人の男性です。名前は村瀬燈眞」

「村瀬って、あたしの一つ上の生成者ね。なんでそいつがでてくるの?」

「彼には刻印後刻術が施されていました。おそらく、USKIAの仕業だと思います」

「刻印後刻術だと!?」

「はい。事実として、先程彼は、二つの刻印法具を生成していました」

「後刻印は私のクレスト・レボリューションで引き剝がして、アーサーさんのグレイルの光を浴びましたから、多少は回復していると思います」

「グレイルって……お前、まさか!?」

「はい。一年ぶりでしたが」

「何なんですか、グレイルって?」

「エクスカリバーの神話級治癒術式だ」

「エクスカリバーって……生成したんですか!?」

「ああ。俺も委員長も、京介も見た。あいつには口止めしてあるけどな」

「私もちょっとだけど、見えたわ。綺麗な剣だったわね」


 そう言いながら久美は、さゆりに視線を向けた。少し羨ましそうな顔をしている姿が視界に入ったからだ。


「な、何よ?」

「羨ましいでしょ?」

「う、羨ましくなんかないわよ!重傷だって聞いたのに、なんでそんなに元気なのよ!?心配した私が馬鹿みたいじゃない!」


 久美が重傷を負って病院に運ばれたと聞いて、さゆりは急いで駆け付けた。久美に重傷を負わせるなど、三華星や四刃王クラスでもなければ難しい。それが証明されているからこそ、自分達に称号が与えられた。

 だがその久美は、エクスカリバーによって救われた。少し羨ましいと思ったが、どうやらそれを見透かされてしまったようだ。


「落ち着いて、さゆりさん。元気ならいいじゃないですか」

「そうですよ。それでその……刻印後刻術、って何なんですか?」


 ジャンヌとオウカがさゆりをなだめているが、同時に刻印後刻術という、聞き慣れない言葉も気になる。特にオウカは初めて聞いた。


「刻印後刻術とは、後天的に刻印を人体に刻み込む術式で、戦時中に各国で研究されていた、刻印術からの派生術式のことだ。だが成功率が恐ろしく低く、さらに刻印を得た者は精神に異常をきたし、生来の刻印すら侵食してしまうことが確認された」

「個人差はあるけど、最終的には刻印宝具はおろか、刻印術すら行使することができなくなってしまったそうよ。戦時中という情勢下であっても、反対する声は大きくて、今では完全に外法の烙印を押され、禁忌の術式とされ、誰も見向きもしなくなった。それが刻印後刻術よ」

「そんな……恐ろしい術式が、あったなんて……」


 思っていた以上の術式に、オウカは震えた。

 無理矢理刻印を刻み込むなど、どんな副作用があるかわかったものではない。たとえばブラッド・シェイキングの刻印を刻み込めば、血液が激しく振動し、血管を破壊し、肉体を内部から破壊する。これが対生物用術式と言われる所以であり、水属性に適性を持つ術師は、ほとんどが習得している。それは刻印後刻術であろうと同様で、刻印化の技術を応用したとしても、人体に影響を及ぼすことは避けられない。

 刻印具の開発は、生体領域の再現、刻印法具の代用品、そして刻印化された術式からの反動防止、という三つのコンセプトで行われた。刻印具は年々進化し続けているが、基本コンセプトは変わっていない。


「当然だが、ISC憲章に抵触している立派な犯罪行為だ。村瀬燈眞はどこかで拉致され、実験台になっていたんだろう。三条のクレスト・レボリューションで引き剝がせたとはいえ、術師生命への影響も小さくはないはずだ」

「だけど何もしなきゃ、遠くないうちに命を落としていただろうな。雪乃ちゃん、記録映像があるって言ったな?」


 雅人やミシェルも、刻印後刻術などという禁忌の術式の名が出てくるなど、思ってもいなかった。

 戦時中批判を浴びた後刻術だが、最大の理由は他人の生刻印せいこくいんを別人に付与させるために、多数の犠牲者を出していたことだ。犠牲になった刻印術師も多いが、一般人はさらに多い。後刻印を刻まれた術師は精神に異常をきたし、敵味方関係なく、無差別に刻印術を発動させた。その結果、多くの民間人が犠牲になり、刻印後刻術を隠すことができなくなり、世間に知られることになった。どこの国でも似たような理由で民間に知られたこの術式が、戦後になり、ISC憲章によって完全に禁止されたことも、当然と言える。


「はい。ご覧になりますか?」

「頼む」

「わかりました。再生します」

「すごい……」

「初めて見るけど……こんなに鮮明なんですね……」


 オウカとジャンヌは、初めてワイズ・オペレーターのモニターを見る。特にオウカは、ワイズ・オペレーターが部分生成できる刻印法具だということを知らなかった。


「これは……井上が倒す直前か」

「確かに村瀬燈眞だな。もう一人は……」

「USKIAの軍人だ。スパイダーっていうコードネームだったと思うが……」

「蜘蛛、ですか?」

「ああ。アイザック・ウィリアムの腹心だ。去年の総会談で見た覚えがある」


 雪乃が記録していた映像は、敦がヴィーナスを破壊してからのものだったが、それでも村瀬燈眞、スパイダー両名の確認には十分だった。


「本名はわからないんですか?」

「USKIAに問い合わせればわかるだろうが、アイザック・ウィリアムが正直に答えるとは思えんな」

「それはそうでしょうが……そのスパイダーって、生成者じゃないんですか?」

「生成者だったはずだ。雪乃ちゃん、ここ、アップにできるか?」

「はい」

「これって……腕輪?」

「この人……こんな腕輪なんて、つけてなかったはずなのに……」

「間違いないな。腕輪状装飾型ってとこか。しかし便利だな。一気に話が進んだぞ」


 噂には聞いていたが、これほどのものだとはミシェルも思っていなかった。確かにこれなら、誰が狙っても不思議ではない。


「俺達としても、かなり助けられているからな。こうなった以上、早く実用化にこぎつけるしかないが」

「その方がいいな。それでも、狙ってくる奴は狙ってくるだろうが」

「ところで、その村瀬燈眞はどうしてるんですか?」

「まだ意識が回復してないそうよ。けっこう無理矢理引き剝がしたから、そのせいかもしれない……」


 村瀬燈眞は、久美のスノウ・フラッドとトルネード・フォールの積層術、アーサーのエア・ヴォルテックスによって大きなダメージを負った。その上で雪乃のクレスト・レボリューションによって後刻印を引き剝がされたのだから、それも無理もない話だ。だがそれとこれとは別だ。雪乃が気に病むのも、彼女の優しい性格に起因してのことだった。


「あんたが責任を感じることじゃないわよ」

「そうですよ。委員長が引っぺがさなかったら、最悪の事態だってありえたんですから」


 さつきやさゆりも、雪乃の性格はよく知っている。だが雪乃が後刻印を引き剝がさなければ、その場で燈眞の命が失われていてもおかしくはなかった。刻印後刻術が外法と呼ばれる所以でもある。


「その村瀬って、どんな人なんですか?」

「確か神戸大学の2年生です。高校在学中に法具生成に成功した優秀な術師なんだけど、最近じゃ飛鳥君達に劣等感を抱いていたと聞いています」


 ジャンヌの質問に答えたのは雪乃だった。名前だけなら飛鳥達も知っている。だが面識はなく、顔も知らなかった。


「俺達に?」

「そうだ。みんなが総会談に出席したことで、さらにプライドを傷つけられたんだろう。それ以上は、本人に聞くしかないが」


 雅人はもちろん、飛鳥や真桜、さつき、そして神槍事件で刻印法具を生成した雪乃、さゆり、久美、魔剣事件で生成した敦が今年の世界刻印術総会談に出席し、七師皇から称号まで授かった。その事実が燈眞のプライドを激しく傷つけたとしても、不思議なことは何もない。


「それもそうですね。監視はついてるんですよね?」

「ええ。私が代表に報告したんだけど、さすがに事が大きすぎるから、名のある生成者を派遣してくれるそうよ」

「刻印後刻術なんて禁忌の術式がでてくるとは、想定外もいいとこだからな。強硬派のこともあるし、頭痛ぇな」

「どっちも私達が標的だもんね。もしかして、連携って取れてないのかな?」

「連携どころか、連絡すら取り合ってないだろうな。強硬派は組織の規模も装備もUSKIAに劣るし、アイザック・ウィリアムと圓鷲金の目的は似て非なるものだ。今後も手を組む可能性は低いだろう」

「それに今回の件で、アイザック・ウィリアムの動きは抑えやすくなった」

「じゃあ、USKIAの軍艦も?」

「それはわからんが、少なくともアイザック本人は帰国せざるをえないだろうな」


――某時刻 某所――

「大佐……」

「言うな。まさかあの小娘が、あそこまでの実力をつけていたとは、完全に想定外だった。他の者も、少なく見積もっても同等だろう。まさかあれを退けたばかりか、スパイダーまで倒すとは……」

「しかもあの映像が、七師皇だけではなく、本国にまで……」

「信じられんことにな。刻印後刻術を使ったことで、私は本国から召喚命令を受けた。知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだったが、あれほど明確な証拠を握られている以上、しばらく私の自由は奪われるだろう」

「無念です、大佐……」

「だがロベルト少佐。貴官らは帰国命令を受けていない。このまま留まり、作戦を継続せよ。だが本国からの援護は期待できん。ここは不本意だが、あの連中を利用し、あの男に協力を要請しろ」

「ですが!」

「わかっている。あの連中はともかく、あの男は油断ならん。うかつな行動は命取りだと肝に銘じておけ」

「はっ。それで大佐、いつ本国へ?」

「明朝だ。時間はかかるが、私は必ずここへ戻ってくる。それまで頼むぞ、ロベルト少佐」

「はっ!」

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