10・ライバル
――西暦2097年7月28日(日)PM2:36 京都 刻印術連盟 代表執務室――
飛鳥、真桜、敦、さゆり、久美、雪乃は、雅人、さつき、ミシェル、セシル、ジャンヌ、アーサーとともに、刻印術連盟本部へと来ていた。
「来たぞ、親父」
「待っていたぞ。雅人君、さつき君、ご苦労だったね」
「セシル中尉、ミシェル少尉、ジャンヌさん、アーサーさん、鎌倉はどうでしたか?」
「楽しめました。ご配慮、感謝します」
「だが革命派と遭遇してしまったのだろう?」
「ええ、しました。偶然でしたが」
「すまなかったね。せっかくだったのに騒ぎに巻き込んでしまって」
「いえ、ご子息やご息女だけではなく、生成者の方とも知り合えましたから」
「有意義な時間を過ごせました」
「そう言ってもらえると助かる。おっと、失礼。三上だ。わかった。お通ししてくれ」
「誰か来たんですか?」
「ああ。私ではなく菜穂に、と言っても差し支えないだろうがな」
「奥様に、ですか?」
「あら、もう来ちゃったのね。ギリギリになると思ってたのに」
「お母さん、誰なの?」
「真桜、覚えてないの?」
「私?」
「それは無理だろう。まだ二歳ぐらいだったんだぞ」
「俺も会ったことあるのか?」
「うちに泊まったこともあるぞ」
「まったく思い出せん……」
「ガキの頃の話だろ。それも仕方ないって」
「日本の有力な術師、といったところでしょうね。それはわからない話じゃないし」
「ですが僕達も同席する形になりますが、いいんですか?」
「いいも何も、三剣士が揃っているんだから、相手としても歓迎だろう」
「あら、来たわね」
「失礼します。お客様をお連れしました」
「ご苦労様」
「いえ、失礼します」
「久しぶりね、菜穂」
「ええ。元気そうね、ニア」
「グ、グリツィーニア・グロムスカヤ!?」
「え?な、なんで七師皇の神器生成者が、お母さんと知り合いなの!?」
全員の予想は、見事に外れた。日本の有力な術師どころか、七師皇が来るなど、予想外すぎる。しかも菜穂とは、かなり親しそうだ。
「お久しぶりです、グリツィーニアさん」
七師皇と三剣士は関わり合いが深い。のだが、ミシェルもアーサーも、意外感を隠せずにいる。
「ええ、久しぶりね。聞いてはいたけど、本当に三剣士が揃ってるのね。三年ぶりかしら。そっちの子達は?」
「生成者だ。まだ若いが、優秀だぞ」
「へえ、すごいわね。あら?あなた……」
「わ、私ですか?」
飛鳥達を興味深そうに眺めていたニアだが、真桜を見た瞬間、その顔に驚きが浮かんだ。
「もしかして、あなた……!菜穂!」
「さすがに気がつくの早いわね。そうよ。この子が私と怜治の娘よ」
「この子が真桜ちゃん……。大きくなったわね!」
「え?えっ!?」
いきなり抱きつかれてしまった真桜としては、混乱するしかない。
「ちょっとニア。真桜が困ってるじゃない。人の娘に何するのよ」
「いいじゃない。前に会ってからもう十年以上も経ってるんだから。でも目元、怜治そっくりね」
「え?お父さんを知ってるんですか?」
「知ってるも何も、私は高校から大学まで、父の仕事の関係で日本で過ごしたのよ。菜穂とは怜治を巡って、ずっとライバルだったわ」
「ええっ!?」
まさかロシアの七師皇が、学生時代とはいえ、日本在住だったとは知らなかった。それどころか菜穂とニアが、怜治を巡るライバルだったなど、夢にも思わなかった。全員が衝撃の事実に、驚きを隠せずにいる。
「か、母さん……マジなのか?」
「本当よ」
「母さんって、こっちの子は?」
「私の息子だ」
「一斗の?ああ、飛鳥君ね。こっちも大きくなったわね」
「は、はあ……」
「それよりニア、いい加減うちの娘から離れてくれる?」
「いいじゃない、別に。でも真桜ちゃん、菜穂に似なくてよかったわねぇ」
「どこがよ。私そっくりじゃない」
「それはちゃんと家事をしてから言って」
「ほら見なさい」
「ニアだって料理はできないでしょう」
「あなたよりはマシよ。何度死にかけたと思ってるのよ。一斗だってそうでしょ?」
「あったな、そんなことも」
菜穂は料理の腕が壊滅的であり、一斗が代表に就任する前も、自宅で料理をすることはほとんどなかった。特に来客がある時は、必ず真桜が作る。
「ニア、あなた、ケンカ売ってるの?」
「言い値で買ってあげましょうか?」
「おいおい、二人とも。こんな所で生成なんかしないでくれよ。見たまえ、あの子達を」
まさに一触即発。一斗にとっては学生時代から見慣れた光景だが、飛鳥や真桜達からすれば、世界最高位の刻印術師のにらみ合いだ。迫力がありすぎる。
「あら……」
「ごめんね。みっともないとこ見せちゃったわね」
「こ、怖かったぁ……」
「七師皇と三華星のにらみ合いだもんな……」
「それにしてもまさか、あなた達の子がブリューナクの生成者だったとはね。不思議とあまり驚きはしなかったけど」
「一応非公開だからな」
「わかってるわよ。それでこっちの子が、ダインスレイフの生成者ね」
「そうです」
「その節はご迷惑をおかけして、すいませんでした……」
「別にあなたのせいじゃないでしょう。危ない所ではあったけどね」
「危ない所?」
「やはりロシアは、動く寸前でしたか」
「放置できる状況じゃなかったもの。ミシェル君と雅人君が制圧したって報道されてるけど、本当はこの子達でしょう?」
「さすがに隠せませんか」
「心配しなくても、ロシア軍が動くことはないわよ」
「もう終わったことだからですか?」
「それもあるけど、直接被害を受けたわけじゃないし、何より相手がダインスレイフなら、私が出張るしかないでしょう?」
「確かに。ですがロシアにも、優秀な生成者がいたはずでは?」
「いるけど、全員を把握できているわけじゃないのよ。知っての通り、内政はまだ不安定だし」
「それはどこの国も同じようだな。幸い我が国は、彼らのような若く優秀な生成者が育ってくれているが」
「飛鳥君と真桜ちゃんを除いても四人もいるのね。すごいじゃない」
「うらやましいですよ。未成年の生成者は、オーストラリアにはいませんから」
「フランスも似たようなものです。三剣士を擁していることが救いと言えます」
「どこの国も大差はないでしょう。ところで一斗、他の出席者はいつ来るの?」
「エジプトのアサドとドイツのイーリスは今晩、中華連合の林虎とブラジルのリゲルは明日、神戸に到着すると聞いている」
「アイザックは?」
「あの男は不明だ。当日までには来るだろうが」
「毎度のこととはいえ、足並みを乱してくれるわね。じゃあルドラは?」
「昨日到着した。今頃は神戸にいるはずだ」
「親父、アイザックって、USKIAの七師皇アイザック・ウィリアムのことか?」
「そうだ」
「七師皇が総会談目前のこの時期に連絡つかないって、いいの?」
「よくはないな。どこにいるか、予想はついているが」
「そうなのか?」-
「神戸沖でしょうね。確か戦艦が停泊してるでしょ?」
「ああ。日本政府と取引が成立しているらしく、何のために停泊しているのかは不明だがな」
「いいのか、それ?」
「大問題よ。でも不明と言っても、だいたい見当はついてるわ」
「そうなんですか?」
だがそこに、またしても来客を告げられた。
「おっと、またか。三上だ。わかった。通してくれ」
「今度は誰なの?」
「噂をすれば、だ。菜穂、ニアといっしょに隣の部屋にいてくれ。飛鳥達もな」
「了解よ」
「わかったわ」
「代表、私達もですか?」
「ああ、そうだ。すまないが雅人君、ミシェル君、アーサー君は同席をお願いする」
「わかりました」
「それでは私とジャンヌは、代表補佐と共に隣室で待機させていただきます」
「すまないな。あまり時間もないから、急いでくれ」
「わ、わかった」
――PM3:12 京都 刻印術連盟 別室――
「奥様、何故私達まで別室で待機なのですか?」
「当日ならともかく、事前にあなた達と接触させるわけにはいかないからよ」
「事前にって、どうしてなんですか?」
「やはりアイザック・ウィリアムは七師皇ではなくなる、ということなんですね」
「ええ、そうよ。と言うより、アイザック・ウィリアムは去年の総会談から、七師皇としての地位と権利をほとんど剥奪されているわ」
「去年から!?」
「じゃあ……軍艦が神戸沖に停泊してる理由って、もしかして!?」
「察しの通りよ。USKIAも七師皇から脱落するなんて、容易に受け入れられないわ。でも七師皇を簡単に変えたりなんかしたら、それこそ大問題でしょ」
「刻印術師の世界は実力重視だけど、それだけで頂点に君臨し続けることはできない。代替わりなんかもあるけど、何より周囲が認めなければ、七師皇としては失格なの」
「確かアイザック・ウィリアムは、自国の利益を追求しすぎてるって聞きましたが」
「それも理由の一つね。七師皇は世界の刻印術師の頂点だから、自国の利益追求を禁じられている。条約や条令なんかで定められているわけじゃないけど、これは世界刻印術総会談の不文律よ」
「だから日本の過激派や革命派、中華連合の強硬派なんかは、総会談への参加資格を剥奪の上、テロリスト扱いされてるんですよね?」
「そうね。他にもいるけど、目下日本刻印術連盟が対処すべき問題として、優先度は高いわ。だけどそれより高い問題として、USKIAの軍需産業があるのよ」
「USKIAの?」
「アイザック・ウィリアムのバックにいると目されている軍需産業よ。まだ確定していないけど、刻印銃装大隊に装備を提供していたのはその軍需産業だと言われているわ」
「なっ!?」
「銃装大隊に!?」
「じゃあ神槍事件は、USKIAが黒幕だったんですか!?」
「いいえ、それは違うわ。全くの無関係とは言えないけど、USKIAにも軍需産業の台頭をよしとしない勢力は存在するから。今回の総会談には出席しないけど」
「じゃあなんで、軍艦なんかで?」
「刻印法具、刻印神器の解析のため、でしょうね。私やリゲルは七師皇という立場があるから狙われることはないけど、あなた達は別。日本もフランスも生成者は公表していないでしょ?」
「じゃあ……狙いは俺達?」
「でしょうね」
「あなた達だけじゃないわよ。私達があなた達全員をここに呼び寄せた理由は、全員が狙われる可能性があるからよ」
「え?」
「わ、私達も、ですか?」
菜穂のセリフに、雪乃達は驚いた。確かに未成年の間に刻印法具を生成した術師は少ない。
だが未成年の生成者全員が優秀な術師かと言われれば、そんなことはない。去年さつきに粛清された渡辺誠司のように、そこで満足してしまい、自ら成長を止めてしまう術師も存在する。
「なるほど。この子達がここにいる理由がわかったわ。あなたが言ってた子達だったのね」
「グリツィーニアさん、ご存知だったのですか?」
「全部じゃないけど、少しはね。あなた達の法具が特殊だってことは、菜穂から聞いてるわ」
「特殊、ですか?」
「特殊じゃない。さゆりちゃんのレインボー・バレルは言霊認証不要の連続射出、久美ちゃんのクリスタル・ミラーは術式反射、敦君のバスター・バンカーは術式刻印破壊、雪乃ちゃんのワイズ・オペレーターにいたっては探索系投影及び記録。どれも聞いたことないわよ」
「あら、そんなにすごかったのね。確かに連中が狙っても不思議じゃないわね。特にあなた」
「わ、私ですか?」
「確かに委員長は、過激派や革命派にも狙われてましたからね」
「でもお母さん、そんなことしたら誰が犯人なのか、すぐにバレるんじゃない?」
「日本政府と話がついてなければ、軍艦を停泊なんてさせられないわよ。多分だけど、連盟議会にも手が回ってるわね。議会から同盟国への協力を要請されれば、断りにくいでしょ?」
「それって連盟議会にも内通者がいるってことじゃ……」
「いるに決まってるじゃない」
「決まってるのかよ」
「どこの国でも、それぐらいの不穏分子はいるわよ。ロシアにもいるし、フランスだってそうでしょう?」
「仰るとおりです。ダインスレイフの件で、刻印神器推奨派のほとんどが軍や政府の要職から外されましたが、それでも全員というわけではありません」
「外せない立場の人間、っていうのがいるってわけですか」
「ええ。でもそれは、とりあえず置いておきましょう。今はUSKIAの動きの方が、優先度が高いし」
「そうね。丁度来たようだし」
「あれが……アイザック・ウィリアム……」
――PM3:25 京都 刻印術連盟 代表執務室――
「久しぶりだな、アイザック」
「刻印三剣士が揃って出迎えてくれるとは、なかなかの歓迎だな。グリツィーニアも来ていると聞いたが?」
「入れ違いになったようだな。まだ境内にはいると思うが」
「奥方がいないところを見るに、旧交を温めているといったところか。他の七師皇は?」
「明日直接神戸に来る予定だ。私も今日中にここを発つつもりだからな」
「そうか」
「それより、一つ聞きたい。なぜ神戸沖に軍艦を停泊させている?他国の代表はそんな真似はしていないぞ?」
「私が関与していると言いたいのか?」
「関与していようとしていなかろうと、この時期に事を荒立たせるような真似は慎んでほしいと言っている」
「確かに我が国だけが総会談の会場付近に軍艦を控えさせている、と取られても仕方ないだろう。だが我が国のために、どうしても必要なことだ」
「七師皇は自国の利益を追求しない。これは不文律だったはずだがな」
「条例や規則で決まっているわけではない。暗黙の了解など、私の前では取るに足らぬことだ」
「だから七師皇を追われることになったのにか?」
「私にとって七師皇は枷でしかなかったよ。自国の利益になると思い拝命したが、それはとんだ勘違いだった。特に、そこの三人はな」
三人を見るアイザックには、憎悪と嫌悪が宿っている。アイザックにとって、刻印三剣士は七師皇以上に邪魔な存在だ。
世界刻印術総会談は七師皇を頂点とし、それに続くのが各国の代表だ。だが三剣士は、各国代表と同等か、それ以上の権限を与えられている。
「刻印三剣士の存在は、世界の刻印術師の間で大きな意味を持っている。他の七師皇も、それを理解してくれたから誕生した。現に反対したのは、君だけだっただろう」
「七師皇に次ぐ称号など、我が国にとっては不利益以外の何物でもない。現に我が国は、三年前から他国に後れを取っている始末だ」
「君が素直に賛成していれば、そんなことにはならなかっただろうに」
「私の責任だと言いたいのか?」
「全てとは言わないが、全くないわけではなかろう。そもそも七師皇が自国の利益を追求することを禁じている背景には、大きすぎる発言力があるからだ。なにせ世界最強の刻印術師、という肩書なのだからな。どの国だって、無視することなどできるわけがない。国家間の関係が捻じれる可能性だって大いにあり得る。代々の七師皇はそれをよく理解していた」
「私はそれを理解していないと言いたいのか?」
「さて、どうかね。私が言いたいのは、即刻艦を我が国の領海外へ立ち去らせるべきだということだ。政府とどんな話をつけたのかは知らないが、私が黙っていても、他国の代表がいい顔をするはずがないからな」
「言ったはずだ。我が国の利益のためだと。だが心配せずとも、総会談中に妙な真似はしない。ここで四度目の世界大戦の引き金を引くつもりはないからな」
「そう願いたいね」
お互い、これ以上話すことはない。主義も主張も、平行線を辿ることはわかっていた。一斗とアイザックだけではなく、三剣士もその気配を感じ取っていた。退室するアイザック・ウィリアムと、直接対峙する機会は、遠い未来のことではない。そんな雰囲気に包まれていた。
「すまなかったな、三人とも」
「いえ」
「相変わらず、勝手な奴ですね」
「確か彼の前の七師皇も、USKIA出身だったと伺っていますが?」
「そのとおりだ。だが彼は、三年前の総会談直前、何者かによって暗殺された。アイザックの仕業だろうがな」
「なぜですか?」
「彼はアイザックとは違い、USKIAの利益を追求することはなかった。だがそれは利益追求者にとって、何のメリットもなかったからだろう」
「戦前は軍と軍需産業が癒着していたと聞きます。そのために暗殺された大統領もいたとか」
「そうらしいな。だが国の利益といえば聞こえはいいが、奴らが追求しているのは自分の懐に入る金だ。アイザックは、総会談中は妙な真似はしないと言ったが、終了後に何かしらの事を起こすことは容易に想像できる」
「日本とフランスは無関係じゃありませんね。どちらも神器生成者を公表していないし、フランスは死亡したと発表していますから」
「むしろ迂闊に帰国できないな。代表、そのことで後でお話があります」
「今でなくていいのかね?」
「ええ。ですが三剣士、そしてグリツィーニアさんの耳には入れておきたい話です」
「ニアもか?」
「はい。奥様のご友人ですから、信頼に値すると思っています」
「わかった。アイザックが境内から出たことが確認でき次第、飛鳥達は境内で待たせておこう」
「ありがとうございます」




