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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編

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13・遭遇

「こ、校長!?」

「な、何だ!?」

「なんで……校長先生が!?」


 古文書学校の校長が、闇に包まれ、その姿を消した。


「なんだ、この感じ……!?向井!そこからみんなを動かすなよ!」


 飛鳥も状況が理解できていない。わかっているのは古文書学校の校長が闇に消えた――おそらくは闇属性術式が発動したこと、発動させたのはとてつもない実力者だということだけだ。


「わ、わかった!」


 向井が返事を返すが、自分でもどうしたらいいのかわからない。動いても動かなくても、危険度は変わらないような気もする。


「ようやく見つけたぞ」

「何っ!?」


 現れたのは一振りの、禍々しい剣を握った少女だった。だがその声は、あまりにも少女に似つかわしくない、低く、高圧的なものだった。


「ジャ、ジャンヌ先輩!?」


 叫んだのはアンネだったのか、シャルロットだったのか、それとも自分自身だったのか、それすらもわからない大きな衝撃をカトリーヌは受けていた。


「ジャンヌ?まさか、生成者の双子!?」


 それは飛鳥達にも小さくない衝撃をもたらした。ジャンヌ・シュヴァルベ。その名は去年の秋、フランスで刻印法具を生成した双子の姉の名だ。


「知っているのか?いや、それはいい。ジャンヌ・シュヴァルベ。弟のクリストフ・シュヴァルベと同時に刻印法具を生成し、わずか一年で、フランス最強の一角とまで言われるようになった生成者だ……!」

「一年で!?もしかして、複数属性特化型?」

「クリス先輩はそうだったはずだけど、でもジャンヌ先輩って確か……!」

「ああ……!融合型の生成者だ!」

「融合型だと!?」

「それならたった一年でフランス最強に数えられるのもわかるけど……問題があるわよ」

「問題?」

「うん。融合型の生成者なら、両手に刻印があるはずでしょ?なのにあの人、右手にしか刻印がないよ。これってどういうことなの?」

「何だと?」

「嘘……。本当に先輩の左手の刻印がない……。なんで……?」


 真桜の指摘は正しい。

 ジャンヌは袖のないワンピースしか着ていない。そのため右手の刻印はよく見える。

 だが左手には何もない。自分達が融合型の生成者だから断言できるが、生成中は刻印を隠すことができない。刻印法具はその名の通り、刻印から生成されているのだから、それは当然の理屈だ。

 それに手にしている剣から発せられる、禍々しい、暴力的なまでの圧力は刻印法具のレベルではないかもしれない。


「アルベール、一つ聞きたい。ジャンヌって言ったな、あの人。最初に「見つけた」って言ってたけど、あんな声なのか?」

「そんなわけないだろう。あれはどう聞いても、男の声だった。だがそれがどうしたんだ?」

「まさか飛鳥……あれは……」

「多分な。なんでこんなところに……」

「心当たりでもあるの!?」

「あれは……刻印神器だよ!」


 答えたのは真桜だった。

 だがその言葉を発する寸前、飛鳥と共にネプチューンとヴィーナスの多重結界を発動させている。結界の外にいる生徒達は、教師陣の誘導に従って避難してくれるだろう。だが結界内にいる者はそうはいかない。


「こ、刻印神器だと!?」

「そんな……!フランスで生成できる人はいないはずなのに!?」

「日本だって秘匿してたんだから、フランスが秘匿してても不思議じゃないわ。だけどなんでここに……」

「剣ってことは、もしかしてレーヴァテイン?」


 問題はまさにそこだった。何を見つけたのかは知らないが、ここはパリの街のど真ん中だ。結界を解いてしまえば、パリの街に甚大な被害をもたらす可能性もありえる。

 わずか三ヶ月前の神槍事件において、刻印神器はその存在を世界に知らしめた。現在判明している刻印神器はオーストラリアの聖剣エクスカリバー、ロシアの魔剣レーヴァテイン、ブラジルの魔槍ゲイボルグ、そして日本の神槍ブリューナク。

 形状から該当するのは魔剣レーヴァテインだけだが、ジャンヌが刻印法具を生成したのは昨年の秋であり、レーヴァテインはそれ以前からその存在を確認されている。


「レーヴァテインって、まさかロシア!?」

「違う!あれは……レーヴァテインじゃない!同じ魔剣でも、全くの別物だ!」

「よくぞ見抜いた、小僧」

「なっ!?」

「ほ、法具が……!」

「喋りやがった!?」

「我が名は魔剣ダインスレイフ。我は我がしもべ達の報われぬ想いを呪いに変え、片割れを葬り去ることによって再臨した」

「報われぬ……想い?」

「まさか……それって!!」

「クリス先輩……なのか?」

「じゃあ、あの噂……本当だったの!?」

「な、何なんだよ、その噂って!?」

「ジャンヌ先輩とクリス先輩は、実の双子でありながら……愛し合っていたっていう噂よ!」

「なっ!?」

「嘘……」

「確かに……報われないわね。それを呪いに変えるなんて、あの剣、とんでもないわよ……!」

「となるとその弟は、もう死んでるってことか……!」

「そういうことになるわよね……」

「そんな……!」

「それは後で考えましょう。まずはこの場を切り抜けないと!」


 さゆりはレインボー・バレルを、久美はクリスタル・ミラーを生成した。

 だが飛鳥と真桜にとって、ジャンヌとクリスの想いは他人事ではなかった。あまりにも強い結びつきゆえに、双子の姉弟として生まれてしまった。そうとしか考えられない。それが刻印神器ダインスレイフの封印を解き、悲劇をもたらすなど、夢で見た光景そのものだ。自分達は双子ではなく、兄妹ですらないが、それでも互いが大切な半身だ。失うことなど耐えられない。


「おい!飛鳥!」

「真桜!早くあなたも生成して!」

「あ、ああ!悪い!生成、カウントレス!」

「ごめん!生成、ワンダーランド!」


 飛鳥と真桜は刻印融合術を発動させた。意識してはいない。刻印神器相手に、そんな余裕はない。


「ゆ、融合型!?」

「それも……二人も!?」

「話は後だ!真桜!」

「わかってる!」


 真桜が発動させたのはシルバリオ・ディザスター。生成された多量の銀が雨となり、風に煽られ嵐となり、強烈な下降流に乗り、ダインスレイフに襲い掛かっている。同時に飛鳥がミスト・インフレーションを発動させながら、ダインスレイフへ斬りかかった。


「やるな、小僧。そして小娘」

「くっ!」


 だがシルバリオ・ディザスターもミスト・インフレーションも、ダインスレイフに受け止められていた。さすがに完全にというわけではなく、ジャンヌの身体に少々のダメージが見受けられるが、戦闘不能になるような傷ではない。今も飛鳥と斬り結んでいる。同時に真桜が援護の術式を発動させながら牽制も続けている。


「ほう。なかなか見事な連携だ。一心同体と言っても過言ではないな。やはりお主達か」

「何のことだ!?」

「今日はお主達を見にきただけのこと。我と同じく、二心同体の身を与えられた神槍の様子をな」

「なっ!?」


 飛鳥はその一言で全てを理解した。ダインスレイフの狙いは自分達――刻印神器ブリューナクだということを。

 幸いにも飛鳥にしか聞こえなかったようだが、ダインスレイフのセリフは飛鳥を激しく動揺させ、致命的な隙を生み出していた。


「む?また現れたか。思ったより早かったな」


 だがその隙をつかれることはなかった。

 ネプチューンとヴィーナスの多重結界に亀裂が走り、一人の男がジャンヌへ剣を振り降ろしたからだ。


「ちっ!やっぱりこの程度じゃ、不意打ちにもならねえか……!」

「だ、誰だ!?」

「あの人、飛鳥君と真桜の多重結界を破ったの!?」


 仲間達だけではなく、古文書学校の生徒達も驚愕している。飛鳥と真桜の多重結界は並の強度ではない。それを無傷で破るなど、雅人クラスの力量がなければ不可能だ。

 だが目の前の男を見た瞬間、飛鳥の頭は驚愕と困惑に満たされた。


「ミシェル・エクレール!?なんでこんなところに、刻印三剣士の一人が……!」


 先日 明星高校生がパリに到着した際、セシル・アルエット中尉がジョルジュ・ロッシュ少佐に派遣を要請していた男、ミシェル・エクレール少尉は、日本の久世雅人、オーストラリアのアーサー・ダグラスと共に刻印三剣士と称されている。三人ともまだ若いが、その実力は世界最強達も認めるほどで、世間では次代を担う刻印術師として注目を集めている。雅人同様ミシェルは軍属、アーサーは学生だが、メディアへの露出も多いため、誰が知っていても不思議ではない。


「我の予想より早かったな。いや、我の見積もりが甘かっただけか」

「これでもけっこう時間食ったと思うんだがな。なにせこの結界、破るだけでも一苦労だ」

「貴様が未熟な証よ。だが貴様と決着をつけるのはまだ先だ。我は先に目的を果たさせてもらう」

「させるとでも思うのか?」


 ミシェルは飛鳥の前に立っている。彼に与えられた任務は魔剣の排除と神槍の護衛だが、後者の方が優先度が高い。


「安心するがいい。今はその時ではない。小僧には言ったが、様子を見にきただけなのだからな」

「様子見で人を殺すなよ」

「我にはさしたる問題ではない。障害の一つを排除したにすぎんのだからな。貴様ら人間も、目の前に石ころが転がっていれば排除するであろう?」

「蹴るなりなんなりして、動かすな。つか俺達は、そこらの石ころと同じなのかよ」

「我からすれば、どちらも大差ない。そもそも我は、そんなナマクラを折りに来たわけではない」

「融合型をナマクラ扱いすんのは、てめえぐらいだよ」


 既にダインスレイフの意識はミシェルにはない。再び飛鳥に向けられた。


「小僧、今日のところは見逃してやる。次の邂逅を楽しみにしているぞ」


 そう言うとダインスレイフは、ジャンヌの身体から印子を絞り出し、風性B級対象干渉術式フライ・ウインドで宙に浮かびながら、闇性A級広域干渉術式サターンを発動させ、ネプチューンとヴィーナスの多重結界を貫いた。


「や、やべえぞ!」

「久美!」

「ええっ!」


 とっさにさゆりとアルベールがクレイ・フォールを、久美とカトリーヌがミスト・アルケミストを発動させ、ネプチューンとヴィーナスを破壊した余波から仲間達を守る多重結界を展開させた。

 だが真桜は結界内にいるが、飛鳥はジャンヌに接近していたため、さゆりのクレイ・フォールがかろうじて間に合った程度だ。破壊された余波は、発動させた術師本人にもダメージを与える。ネプチューンの余波は飛鳥の適性とクレイ・フォールの相克関係でしのげるだろうが、ヴィーナスの余波はクレイ・フォールでは防げない。ミシェルがガード・プロミネンスを発動させ、かなりの余波を防いでくれたが、さすがに無傷ではないだろう。

 だが飛鳥にとって、そんなことはどうでもよかった。


「小娘にも伝えておけ。我がしもべの印子が回復した時こそ、お前達の最期だと」


 そう言い残し、ダインスレイフはジャンヌと共に姿を消した。シャドー・ミラージュを発動させたのだと推測できる。


「ちっ……逃げたか。おい、大丈夫か?」

「は、はい……。ありがとう、ございました……」

「ならいい。こちらミシェル。魔剣は逃走。ただし、対象は無事です」

「了解。他には?」

「対象と同じ学校の生徒が他に三名、古文書学校の生徒が五名です。どうしますか?」

「やむをえないわ。私も身分を明かして、国防上、外交上の問題を説明するわ。どちらも問題が大きすぎるから」

「ですね」

「場所は……そうね、パリ大学に手配するわ」

「全員連れて行きますか?」

「日本の学生はともかく、古文書学校の生徒は興味本位で首を突っ込ませないように注意してね」

「了解。まあ日本の学生は連れて行かないと、後々大きな問題になりますからね」

「悲しいことにね。幸いだったのは日本からの援軍が間に合ってくれそうなことね」

「では?」

「あなたは久しぶりに顔を合わせるんじゃない?先月結婚したばかりらしいから、新婚旅行も兼ねるそうよ」

「それはそれで羨ましい身分ですな。とりあえず簡単に説明してから、パリ大学へ向かいます」

「ええ、お願いね」


 ミシェルが上官の女性士官と通信している間、飛鳥はダインスレイフを手にした少女と、既にこの世にいないであろう双子の弟の想いに、半ば打ちのめされていた。


「魔剣……ダインスレイフ……。俺は……あの呪いの剣に……勝てるのか……?」

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