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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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29・野心の終焉

 同じ頃、飛鳥と真桜も、アゾットを手にするラヴァーナと果敢に戦っていた。

 ホムンクルスはこちらの方が多いが、それも雅人、さつき、久美が相対しているため、飛鳥と真桜は邪魔をされる事なく戦えている。


「うざってえな!」


 飛鳥と真桜の息の合った連携の前に、ラヴァーナは業を煮やした。


 飛鳥と切り結んでいるラヴァーナだが、飛鳥には隙が見当たらない。

 単純な力はラヴァーナの方が上のようで、最初こそ飛鳥は体勢を崩していたのだが、真桜のウイング・ラインによる援護で追撃は叶わず、それ以降飛鳥は力で対抗しようとはしてこない。

 先程も飛鳥の斬撃を強引に受け流し、背中を見せた飛鳥を突き刺そうと試みたが、真桜によって防がれた。

 ならば、先に真桜を始末しようとスカーレット・クリメイションを発動させようとしたが、飛鳥が素早く動き、術式発動の邪魔をしてくるため、真桜を攻撃する事自体が出来ていない。


 起死回生の手段として神話級術式を発動させようと考えるも、二人の連携には隙が一切見当たらず、印子を集中させる余裕もない。


 しかも飛鳥は聖剣カラドボルグ、真桜は聖弓フェイルノートという、魔剣アゾットと同等の刻印神器を手にしているため、一瞬の判断ミスが致命的となる。


 それでも自分の思い通りにならない事に、ラヴァーナは苛立っていた。


「このガキがっ!」

「はあああっ!」


 既に何度目かも分からないが、ミスト・インフレーションを発動させたカラドボルグとブラッド・シェイキングを発動させたアゾットの刃が交差する。


「ぐっ!」


 カラドボルグの切っ先が、ラヴァーナの頬を浅く斬りつけた。

 掠り傷程度ではあるが、ミスト・インフレーションを発動させている刀身で傷つけられたため、ラヴァーナは体勢を崩した。


 飛鳥は父や雅人、剣聖 龍堂貢から手ほどきを受けているため、剣術も高いレベルで使いこなす。

 生成する刻印法具も全てが剣状であるため、法具の差を意識すれば、飛鳥にとっては大きな問題でもない。

 逆にアゾットは短剣状と腕輪状の刻印法具の刻印融合術で生成されており、ラヴァーナの剣術も我流のため、剣の腕では飛鳥の方が上になる。

 だからこそ神話級を封じられたといえる現状では、飛鳥の方に分があると言える。


「隙ありだよっ!」


 さらに真桜が発動させたシルバリオ・コスモネイションが、ラヴァーナに追い打ちをかける。


「ぬおおおおおっ!!」


 トルネード・フォールを発動させ、強引に距離を取ったラヴァーナだが、真桜のシルバリオ・コスモネイションは広域系であり、干渉系でもあり、そして対象系でもある。

 少々距離を取った程度では、シルバリオ・コスモネイションによって生成された銀の流星から逃れる事は出来ない。


 この期に及んでも、ラヴァーナはS級術式を発動させようとはせず、神話級術式を発動させる隙が見出せない事に苛立った。


 それもそのはずで、ラヴァーナはS級術式の開発どころか、A級術式すら習得していない。

 アジア共和連合では刻印術協会に加盟しない限り、術式許諾試験を受ける事が出来ないが、アジア共和連合の治安は悪く、不正術式を入手する事も容易なため、許諾試験を受けた事のない者も少なくない。

 ラヴァーナもその一人で、許諾試験など受けた事もないし、受けようと思った事もない。


 だからこそアゾットを生成するまで、ラヴァーナという生成者がいた事がいたことすら、アジア刻印術協会は知らず、今回の事件の初動が遅れる原因にもなっていた。


「て、てめえらっ!卑怯なんだよ!タイマンでやろうって気はねえのかよ!!」


 思わず叫んだラヴァーナだが、本人は何を口走ってしまったのか、理解できていない。

 そして飛鳥も真桜も、理解するつもりもなかった。


「勘違いするなよ。これは決闘なんかじゃない。私利私欲のために刻印神器を悪用しているお前を、粛清するためのものだ」

「そもそも1対1で戦おうだなんて、そんな事言える立場じゃないよね」


 不思議そうな声を上げる二人に、ラヴァーナは驚愕した。

 ラヴァーナにとって、この戦いは自分が世界最強になるための手段でしかない。

 さらに自分は、刻印神器 魔剣アゾットの生成者でもある。

 だから自分が粛清対象になっていたなど、考えもしなかった。


「何を驚いてるんだ?ラピス・ウィルスでインドの町を3つも滅ぼし、挙句に鎌倉にもばら撒いたんだ。いくら神器生成者でも、粛清対象になるのは当然だろ?」

「むしろ何で、粛清対象にならないと思ってたの?ああ、アゾットを生成してるからか」

「馬鹿じゃないのか?神器生成者だとかそうじゃないとか、それ以前の問題だ。そもそも俺達にとっても、アゾットは消えてもらわないといけない」


 そう言うと飛鳥は、シルバリオ・コスモネイションにミスト・リベリオンを重ねた。

 どちらも領域内の対象に作用する術式だが、今その積層結界内にいるのはラヴァーナのみ。

 そのため全ての制御力を回す事で、今までより高い強度で発動させる事が出来ている。


「……けんな……。ざけんじゃねえよぉぉぉぉぉっ!」


 だがラヴァーナも、伊達にアゾットを生成している訳ではない。

 普通ならば耐えられるはずのないミスト・リベリオンとシルバリオ・コスモネイションの積層結界を、アゾットの印子によって無理矢理耐えながら印子を集中させ、アゾット最大の神話級戦略型広域干渉支援系殲滅術式ヘルメス・トリスメギストスを発動させた。

 神話や聖書、史実のヘルメスが同一視され、神人とも錬金術の祖とも錬金術の思想とも呼ばれているが、アゾット最大の神話級術式には相応しい名称となる。

 同時にヘルメスは、ギリシャ神話において旅人や商人の守護神であり、神の伝令使でもある。

 他にも盗人や賭博、発明などの神ともされており、死出の旅路の案内人といった、多面的な側面も多い。

 だからなのか、神話級術式ヘルメス・トリスメギストスは、ヘルメス神の聖鳥とされている朱鷺を模しており、領域内を縦横無尽に飛び回る術式となっている。


「させるかっ!」


 ここでヘルメス・トリスメギストスを使われるとは思わなかった飛鳥だが、すぐにカラドボルグの神話級戦術型対象攻撃干渉系術式フェルグスを発動させた。

 フェルグスはカラドボルグの持ち主の名であり、クーリーの牛争いと呼ばれる戦いにおいて、敵将の首の代わりに3つの山を切り飛ばしたと言われている。

 その名を冠した神話級術式は、水と光を宿した刀身を伸ばし、そのまま斬り付けるというシンプルなものだが、それ故に防ぐ事は難しい。


 フェルグスはヘルメス・トリスメギストスを正面から捉えている。

 本来ならば即座に神話級を発動させる事は難しいのだが、カウントレスには術式詠唱省略という特性があり、そのカウントレスをさらに融合させたブリューナクやアンスウェラー、カラドボルグも継承している。

 だからこそ、飛鳥はカウンターとして神話級術式を発動させることが出来た。


 しかしそれでも、戦術級と戦略級という違いがあるために、飛鳥の方が押されている。


「飛鳥!」


 少し遅れて、真桜が神話級戦術型広域対象攻撃系殲滅術式トリスタンを発動させた。

 撃てば必中と言われるフェイルノートの持ち主の名であり、円卓の騎士の一人でもあるトリスタンの名を冠した神話級術式は、真桜のワンダーランドの特性を引き継ぎ、領域内の対象を瞬時に特定する。

 その上で必ず命中するのだから、狙われたら耐えるしか方法が無い。


 真桜は発動させたトリスタンを飛鳥のフェルグスに重ねる事で、ヘルメス・トリスメギストスを抑え、同時にアゾットを持つラヴァーナも対象に選択した。

 戦術級とはいえ、二つの神話級の積層術は、いかな戦略級といえど貫く事は出来ず、場は完全に拮抗している。


 当然ラヴァーナも、フェルグスとトリスタンの積層術を打ち破るためにヘルメス・トリスメギストスの強度を上げようとしているのだが、真桜のトリスタンはラヴァーナも対象に指定されている。

 いくら魔剣アゾットといえど、そんな状態では反撃どころか防御も出来ず、慌てたラヴァーナが左腕を犠牲にしながら辛うじて避ける事が出来た程度だ。


「ぎゃああああああああっ!!」


 左腕を失ったとはいえ、アゾットは未だ健在だ。

 だがラヴァーナの集中力は完全に途絶え、ヘルメス・トリスメギストスは消失している。

 飛鳥も真桜も、その隙を見逃す事は無い。


「これで終わりだよ!」


 真桜はトリスタンをアゾットの柄の魔玉に集中させ、飛鳥のフェルグスは大上段からアゾットを襲う。


「俺は……俺は……最強だ……!」


 眼前に死が迫っているというのに、ラヴァーナは自分こそが世界最強の刻印術師であると疑っていなかった。

 飛鳥と真桜は、1対1では自分に勝てないからこそ、二人で掛かってきているのだと、ラヴァーナは本気で考えている。

 最期の最期まで、ラヴァーナは自分に都合の良い、そして希望的な未来しか見ていない。


 その思考を真っ向から否定するかのように、フェルグスの刃が眼前に迫り、それが最後の光景となった。


 同時にトリスタンも、全ての光の矢がアゾットの魔玉に集中し、貫き砕いた。


「馬鹿な……。我が……最強たる我が……」


 ラヴァーナの死と魔玉の破壊、刻印神器にとっても再生など不可能な攻撃を受け、アゾットは消滅した。

 トリスタンがアゾットの魔玉を砕くのと、フェルグスがラヴァーナを頭の先から真っ二つに切り裂くタイミングが完全に同一だったのは、飛鳥と真桜のコンビネーションの賜物だろう。


「終わったね」

「ああ。ホムンクルスは消えたし、アイザック達もアーサーさんと三条先輩が倒してる。これでやっと終わった」


 日本軍過激派や中華連合強硬派、フランスの刻印神器推奨派に武器や情報を横流しし、世界を混乱に陥れていた元七師皇アイザック・ウィリアムは、アーサーと雪乃によって粛清されている。

 部下のインセクター達も、雅人、さつき、久美、ミシェル、アルフ、星龍、美雀によって、全員がその命の灯を消した。

 世界でも最高峰の生成者ばかりか刻印神器までもが一堂に会した今回の事件は、アイザックとラヴァーナの死とアゾットの消滅を以て、ようやく終わりを迎える。


 飛鳥と真桜にとっても、高校に入学した時から関わる事になった一連の事件に、ようやく終止符が打てた。

 その過程で、ブリューナクばかりかカラドボルグ、フェイルノートという刻印神器まで生成する事になるとは思ってもいなかったが、だからこそ感慨深く感じてしまう。


「いや、終わってはいない」

「雅人さん?」


 だが近付いてきた雅人によって、水を差された。


「それ、どういう事なんですか?」

「忘れたか?アイザックを支援していた者の存在を」

「あっ!」


 確かに忘れていた。

 アイザックはUSKIAから切り捨てられ、国際指名手配までされている。

 にも関わらず、2ヶ月も身を隠してこられた理由は、日本国内に協力者がいたからだ。

 来日前にインドでラヴァーナと接触してはいるが、その折も日本で補給を受けていただろうと予測されているため、その協力者を突き止めない限り、本当の終わりとはならない。


「そっちについては、アイザックの部下を数人生け捕りにしたから、連盟や管理局が調べるでしょう」


 簡単に尻尾を掴ませるとは思えないけど、とさつきの言葉が続いた。

 だがその通りで、その協力者が直接アイザックと接触していたとは思えないし、間に幾人もの仲介を挟んでいる事は間違いないだろう。


「だけど痕跡を完全に消すなんて、さすがに無理ですよね?」

「無理とは言わないが、かなり難しいだろうな。なにせアイザックは、国際指名手配されているんだ。関われば有無を言わせず共犯となるんだから、普通なら関与しようとは思わない。協力者は巧妙にカムフラージュしているだろうが、全てを隠すのは不可能に近い」

「なら後の事は、親父達に任せますよ」


 飛鳥にとって、その協力者は許す事の出来ない存在だが、だからといって全て自分でやるなど、そんなことは出来るはずがない。

 それに自分は高校生なのだから、協力者を追い詰めるのは七師皇である父の領分だとも思っている。

 今回の後始末にローゼンフェルト家の事もあるから、父は頭を抱えるだろうが、普段おちゃらけているのだから、仕事ぐらいはしっかりしろとも思う。


「そうだな」


 どうやら、雅人も同意見のようだ。

 そして捕らえたインセクターを引き渡すべく、刻印管理局局長の上杉に連絡を取るため、刻印具をいじりだした。


「久世です。対象の粛清は完了しました。同時に部下を4名程捕らえています」

「了解した。至急回収に向かわせる。君達の迎えはどうする?」

「現場は平泉に近いので、帰りはそこに寄るつもりです」

「平泉?ああ、前世論か」


 奥州平泉は、源義経縁の地でもある。

 その近くの岬が決戦の場になったのは偶然だが、源義経は飛鳥の前世でもあるため、前世論の研究者でもあるアーサーと雪乃が興味を示すのは当然の事だ。

 今日中に鎌倉に戻らなければならないが、まだ数時間は余裕があるから、史跡を巡るぐらいの時間は取れるだろう。


「分かった。君達なら心配はいらないだろうが、気を付けてな」

「ありがとうございます」


 上杉との通信を終えた雅人は、視線を飛鳥と真桜に向けた。


 自分とさつき、そして勇輝が盾として忠誠を誓った少年と少女は、今は亡きオーストラリアの生成者から刻印を継承し、新たな刻印神器まで生成してしまった。

 初めてブリューナクを見た時も驚いたが、今回の驚きはそれ以上だ。

 同時に飛鳥と真桜に忠誠を誓った自分が、誇らしく思えた。


 それは雅人だけではなく、さつきも同様だ。

 この先何が起ころうと、飛鳥と真桜は必ず守る。

 死んだ兄も、それを望んでいる。


 だからこそ雅人とさつきは、互いの目を見て頷き、そして飛鳥と真桜に向かって傅いた。

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