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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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27・口火を切るのは

 アイザックやラヴァーナを始めとしたインセクター達は、フライ・ウインドを使い下船した。

 艦体に大穴を空け、後は沈むのを待つばかりだったのだから、これは仕方がない。


 だがラヴァーナの胸中は穏やかではなく、そればかりか屈辱に支配されていた。


「お前の相手は俺達だ」


 そんなラヴァーナの胸中を無視するかのように、飛鳥が言い放った。


「何?てめえごときが、まさか俺の倒せるとでも思ってるのか?」

「さあな。だけどアゾットを生成できた程度で自惚れてるような奴なんて、俺だけでも十分だ」


 飛鳥の指摘は、ある意味では的を射ている。

 ラヴァーナはアゾットを生成してからというもの、特に刻印術の精度を上げるような事はしていない。

 だが刻印神器は、その怠った努力の差分を補って余りある力を持つ。

 だからこそラヴァーナは、元七師皇が相手であっても、遜るような真似は一切しなかった。


「いい度胸だ。どうせてめえは、いずれ始末する予定だったからな、ここで骨どころか細胞の一片すら残さず、この世から消し去ってやるよ!」


 飛鳥の指摘に図星を付かれた、などという感情は、ラヴァーナには無い。

 というより、そもそも気が付いてすらいない。

 だが飛鳥の物言いは、ラヴァーナのプライドを傷つけ、逆撫でした。

 元々ラヴァーナは飛鳥の命を狙っていたが、仮にそうでなくとも、その物言いだけで十分極刑ものだ。

 怒りに滲んだ表情を浮かべながら、ラヴァーナはアゾットの切っ先を飛鳥に向けた。


「やれるもんならやってみろ!」


 それは飛鳥も同様だ。

 今鎌倉市で蔓延している病は、アゾットから生み出されたラピス・ウィルスと名付けられたウィルスが元凶となっている。

 ラヴァーナはこのラピス・ウィルスを使用し、インドの町を4つも壊滅させているし、今も感染者の中には友人や知人も少なくなく、特に美花は入院中、敦とさゆりに至っては生死の境をさまよっているのだから、許すことなど出来はしない。


 当然それは真桜や雅人、さつき、久美も同じだ。

 だからこそ5人で戦う事も、卑怯だとは思わない。

 そもそもの話、これは決闘ではなく粛清に近い行為でもある。

 さらに人数で言えば、ラヴァーナの側の方が5倍近くもいるのだから、ラヴァーナに文句を言う筋合いはない。


「飛鳥、雑魚は俺達に任せておけ」

「お願いします」


 雅人から珍しいセリフが飛び出したが、飛鳥は特に気にしていない。

 雅人が任せろと言ったのだから、インセクターがどれだけいようと、自分に害を加える事は無いと理解しているし、加えられる訳がないと信じている。

 さつきも加わるのだから、そんなに時間を掛けずにこちらの援護に加わってくる事だろう。


「行くぞ!」

「殺してやるよ、クソガキが!」


 そして飛鳥とラヴァーナは同時に地を蹴り、カラドボルグとアゾットの刃を交えた。


「よし、それじゃああたし達も行くわよ」

「はい!」

「私は役に立てるか微妙だから、ここで真桜の援護に徹するわ」


 元気に答える真桜と対照的に、久美は少し消極的だ。

 この場にいる味方は神器生成者に刻印五剣士、日本三華星に中華連合四神と、そうそうたる顔ぶれであり、何故そんな中に自分までいるのかが分からない。

 ヴァルキュリアのクリスタル・ヴァルキリーとして名は知られてきているが、それでもこのメンツに混じれる程だとは思っていない。


「そんな事無いと思うけどなぁ」

「そんな事あるのよ」


 真桜は久美の実力を、高く評価している。

 それは事実で、相性の問題もあるが、久美の刻印術実技試験の成績は飛鳥、真桜に次ぐ学年3位だし、支援系に限っては飛鳥より成績は上だ。

 真桜の前世が郷姫、久美の前世が静御前であり、静御前は郷姫に仕えていた舞姫だったという事もあり、刻印術の相性も良いし、さつきと一緒にいる時に近い安堵感もあるため、真桜にとって久美は無くてはならない大切な親友となっている。


 それは久美も同様だが、だからといって世界でも最上位の刻印術師達が対立している戦場に来るとなると、気後れどころの話ではない。


「だけど借りは返したいと思ってたからね。出来る事はやるわよ」


 世界刻印術総会談後、久美は刻印後刻術を施されてしまった生成者 村瀬燈眞と相対し、重傷を負わされてしまった事がある。

 さらに真桜にとって、もう一人の自分とまで言わしめたフランスの生成者ジャンヌ・シュヴァルベの死にも、目の前の元七師皇アイザック・ウィリアムは関与していた。

 他にも神槍事件や魔剣事件など、挙げたらキリがない。

 だからこそ久美は、これまでの借りを纏めて返すべく、それでいて敵を真桜に近付けないよう、クリスタル・ミラーを構えた。


「うん!」


 久美のセリフに、真桜は笑顔で頷いた。


「それじゃ久美、真桜の事はお願いね」

「やっぱり行くんですね」

「当然でしょ」


 真桜と久美のやり取りを微笑ましく見ていたさつきが、久美に声を掛けた。

 本来であれば真桜の護衛は自分が行うし、さつきの盾状複数属性特化武装型刻印法具ガイア・スフィアは護衛に向いているのだが、目の前のインセクター達は50人近く、しかも一流ばかりという事もあり、早急に対処しなければ飛鳥の邪魔になる。

 だからこそ真桜の事を久美に任せ、さつきも雅人とともに前線で戦うつもりでいた。

 兄の仇討ち、という感情が無いとは言わないが、今はそちらよりも飛鳥と真桜の事が大切だ。


 その仇たるアイザック・ウィリアムには、アーサー、雪乃、ミシェル、アルフ、星龍、美雀が対峙している。

 インセクターもそちらの方が多いが、6人の前ではさしたる問題ではない。


「アイザック・ウィリアム……あなたの下らない野望の犠牲になった多くの人達の無念、僕達が晴らします!」

「俺の妹やアルフの親父、星龍に美雀の友人の仇討ちもさせてもらうぜ」

「ふん。仇討ちなど、愚かな話だ。我が国の利益のために命を落としたのだから、喜んで受け入れるべきであろうに。そもそもミシェル・エクレールよ、お前に妹などいないはずだが?」


 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるアイザック。

 明らかに挑発だと分かるが、それでもミシェル達には効果がある。


「確かに俺には妹どころか、兄弟すらいねえよ。だからこそ、あいつらの命を奪ったてめえは、絶対に許せねえのさ!」


 ミシェルは魔剣事件で、初めてジャンヌと出会った。

 そのため双子の弟であるクリストフ・シュヴァルベと面識はない。

 だがフランス刻印神器推奨派によって、半ば強制的に二心融合術を試した結果、クリスは命を落とし、ジャンヌは大きな傷を負った。

 ミシェルはそのジャンヌを、魔剣事件後に保護し、わずか数ヶ月ではあったが、妹のように接していた。

 そのジャンヌが総会談で行った提案は、ミシェルにとっても受け入れられるものではなかったが、だからといって無視や却下などしてしまえばジャンヌが勝手に動くに決まっていたからこそ、止む無く受け入れるしかなく、その結果アイザックが派遣していたインセクターの介入もあり、ジャンヌは命を落としている。

 実際にジャンヌの命を奪ったのは真桜だが、ミシェルはそうは思っていないし、そればかりかジャンヌを追い詰め、真桜を深く傷つけた元凶だと認識している。


 ミシェルでさえこうなのだから、実の父に友人達の命が犠牲になったアルフや星龍、美雀にとっては、もっと直接的に仇となる。

 である以上、この場で全ての元凶たるアイザックを取り逃がす事は、誰も考えていない。


「アイザック・ウィリアム。既にお前と語る言葉は無い。お前の欲望の犠牲になった者達のため、そしてこれからの世界のためにも、その命、この場で断たせてもらう!」


 そして星龍の言葉を皮切りに、ついに戦闘が始まった。


 口火を切ったのは、開戦を宣言した星龍だ。

 手にしている剣状複数属性特化武装型刻印法具 蒼龍刀チンロンダオから、ウイング・ラインとスカーレット・クリメイションの積層術を放つ。


 蒼龍刀は風と水の複数属性特化型であり、柄尻に緑と青の布がたなびいている。

 だがそれとは別に、蒼い刀身は火属性への適性を引き上げる特性があるため、星龍は疑似的ではあるが、3つの属性への適性を持つ事になる。

 火属性は通常は赤で表されるが、状態が安定し、温度もより高い蒼い炎も存在しているため、蒼龍刀の場合は火属性という事になっているようだ。

 そのため蒼龍刀を生成してから火属性術式を発動させると、威力も精度も段違いに上昇し、さらに炎の色が蒼くなる。

 だからこそ星龍の発動させたスカーレット・クリメイションは、その名に反して蒼い。

 もっとも火属性は、蒼龍刀の特性であるため、3つの属性を持つ複数属性特化型という訳ではないのがややこしい。


 星龍が放ったウイング・ラインとスカーレット・クリメイションの積層術に、部下であり婚約者でもある美雀が、ダンシング・プラズマを重ねた。

 中華連合の七師皇である白林虎の孫でもある美雀は、子供の頃から祖父に刻印術の手ほどきを受けており、星龍と知り合ったのは軍に入隊してからになる。

 四神の内、祖父と玄武と称されている呂武星は生成する刻印法具や本人の適正の関係から後方支援を得意としているため、星龍とはよく組み、任務に当たっていた。

 そこで祖父から星龍との縁談を勧められ、神槍事件後に星龍が帰国した際、2人して刻印法具を生成したため、ようやく婚約が成立したという経緯がある。

 今回日本に派遣されたのも、それが理由だ。


 朱雀の称号通り、火属性に適正を持つ美雀は、生成している扇状装飾型刻印法具 朱雀扇ズーチュエファンの特性により、発動させたダンシング・プラズマの領域を拡大させている。

 本来ダンシング・プラズマは火性B級攻撃対象術式であり、領域を拡大させるなどといった事は出来ない。

 だが朱雀扇は、発動させた刻印術を広域系として使用する事が可能な特性を持っている。

 そのため美雀が発動させたダンシング・プラズマには広域系の性質が加味され、小規模ながら結界となり、アイザックの背後に構えていたインセクター達を包み込んだ。


「な、なんだと!?」

「ダンシング・プラズマが結界にだと!?もしや、それが貴様の法具の特性か!」

「死ぬ前に教えてあげても構わないと思っていましたが、あなた方のような下賤な者に教える事は何もありません。朱雀の炎をその身で受け、灰も残さず燃え尽きなさい」


 淡々と告げる美雀の言葉通り、数人のインセクターが灰も残さずに燃え尽きた。

 刻印法具を生成していなかった事から考えるに、後方のインセクター達は操船要員だったのだろう。

 こちらに向かってこようとしているインセクターは、アイザックを含めて全員が生成しているのだから、この推測はおそらく正しいはずだ。


「ぐっ!」

「その程度の数では我等を止めることなど出来ないが、貴様を取り逃がしてしまう可能性は否定できない。万に一つもない可能性だが、例え極わずかであったとしても、芽は摘ませてもらう」


 星龍と美雀の積層術は、アイザックをはじめとした生成者を狙ったものではなく、生成出来ない者、刻印術師ではない者を狙ったものだった。

 この場に4つの刻印神器がある以上、アイザックが逃げる事は叶わないが、万が一という可能性は否定できない。

 しかも恐怖で部下を縛り付けていたのだから、部下を犠牲にして逃げるという、最悪の手を使われてしまう可能性だ。

 事実としてアイザックは、その手を使って逃走しようと企んでいたのだから、星龍と美雀の考えは正しい。


「星龍、俺達の分も残しといてくれよ?」


 刻印術師ではないインセクターの半数が倒された事で、ミシェルが口を挟んだ。

 ここがプリトウェンの結界内である以上、神話級術式を使えばラヴァーナ以外の者は即座に倒す事が可能だが、自分達にとってもアイザックは仇でしかない。

 だからこそ直接、せめて一太刀でもと考えていたし、七師皇もその想いを汲んでくれた。

 だというのに、積層術で一掃されてしまったら、それこそ自分達の出番が無くなってしまう。


「失礼した。美雀少尉」

「了解です」


 星龍と美雀にとっても、目の前の元七師皇は友の仇でしかない。

 だからつい力が入ってしまっていたが、この場の誰にとっても仇である事も理解している。

 謝罪の言葉を述べ、すぐに積層術を解除した。


「メルシィ。それじゃあ殺るか。一人も逃がすなよ?」

「当然だ」

「承知している」

「はい!」


 この時を待っていたとばかりに、雅人を除いた五剣士は、刃に刻印術を発動させた。

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