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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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26・聖杯の伝説

 聖剣エクスカリバー、聖杯カリス、聖剣カラドボルグ、聖弓フェイルノートが生成された瞬間、多くのインセクターは投降する素振りを見せた。

 だがそれを見越していたかのように、アイザックの円環圏状融合型刻印法具サークリング・ソーディアンによって命を断たれた。

 さらにアイザック直属の部下達も、それぞれが刻印法具を生成し、今にも投降しそうな雰囲気を醸し出している部下達を威圧している。


「恐怖で部下を縛る、か。その程度でしか隊を纏められないとは、元とはいえよく七師皇に選ばれたものだ」

「金と権力のゴリ押しで、例外的に就任したらしいからな。だろ、アルフ?」

「ああ。俺の親父を暗殺し、欠員が出た七師皇に自ら売り込むだけではなく、USKIA政府をも巻き込んでの就任だったと聞く。もっとも、だからこそ他の七師皇からも警戒され、名ばかりの存在だったんだが」


 星龍、ミシェル、アルフが、心底軽蔑した眼差しとともに口を開く。

 だが事実として、アイザックの七師皇就任にはUSKIA政府も関与している。

 先代が同国のラルフ・ラヴレスだったこともあり、USKIAは自国から選出する事に尽力していたのだ。

 当然他の七師皇は、そんなUSKIA政府に難色を示していたが、候補者が次々と不審死を遂げていくため、止む無くアイザックを七師皇として認めるしかなかった。

 今でこそ候補者達を暗殺していたのはUSKIAだと断言できるが、敵が多かった者も少なくなかったため、また当時の世界情勢も今より悪かったため、判断が出来なかった。

 もしUSKIAが他国の候補者を暗殺している証拠を掴んでいれば、例えUSKIAを敵に回しても、七師皇はアイザックの就任を認めなかっただろう。

 だからこそアイザックは、七師皇就任当初から疎まれており、総会談後に行われている七師皇の宴会はもちろん、回線を利用した会談へも参加した事が無く、そればかりか国益ばかりを追求しているため、すぐに後任が探されていた程だ。

 その証拠に、半年前の総会談で七師皇に就任したルドラ・ムハンマドへの就任打診は、非公式ではあるもののアイザックの七師皇就任とほとんど同時でもあった。

 だからこそ大きな混乱もなく、ルドラは七師皇に就任出来たとも言える。


 ちなみにアイザックが七師皇から除名された事については、アイザックが日本の刻印術師優位論者や中華連合強硬派、フランスの刻印神器推奨派に武器を横流しし、無用な混乱を招いた事、刻印後刻術という禁忌の術式を使った事が判明したため、さしものUSKIAも打つ手が無かった。

 その上で脱走し、魔剣アゾットという刻印神器と手を組み、世界を混乱に陥れようとしているのだから、USKIAの威信は地に落ちかけている。

 その代わりという訳ではないが、アルフレッド・ラヴレスと王星龍が刻印三剣士に加わり、刻印五剣士となる事が非公式ながら伝えられたため、一部を除いて協力的な姿勢を見せている。


「あれは私ではなく、USKIA政府が勝手にやった事だ。七師皇は国益ではなく、世界の平和のためにその力を使うなどという虫唾の走るしきたりがあったのだからな。それでも肩書ぐらいは役に立つと思って受けたのだが、まさかそれを理由に干渉までされるとは、さすがに辟易したよ」


 軽蔑の視線を向けられても、アイザックは動じない。

 アイザックにとっては国益、ひいては自らの利益こそが全てなのだから、他人が、ましてや他国の人間が何を言おうと、そんなことは知った事ではない。


「それでもラルフやオーストラリアの融合型夫婦を始末出来た事は、私にとっては十分以上の利益に繋がった。いや、結局私が七師皇から除名されたわけだから、奴らは無駄死にだな」


 死者を侮蔑するアイザックに、誰もが嫌悪感を滲ませた。

 特に父を殺されたアルフ、師匠を手に掛けざるを得なかったアーサーからは、凄まじい殺気が立ち上っている。


「ミシェル、星龍さん。すまないがアルフとアーサーを頼む」

「分かってるよ。とはいえ、俺にとってもあいつは仇みたいなもんだからな。むしろけしかけるぜ?」

「それは私も同様だが、君まで加わってしまえば、本当に収集が付かなくなりそうだ」


 雅人はミシェルと星龍にアルフ、アーサーの援護を頼んだが、ミシェルと星龍にとっても、アイザックは仇といえる存在だ。

 何故ならアイザックが中華連合強硬派に武器や情報を横流ししたため、穏健派の自分達は追い込まれてしまったために動きを制限され、中華連合内の実権まで握られてしまい、日本への侵攻を誘発した。

 フランスの刻印神器推奨派へも情報を漏洩させ、ジャンヌとクリスという前途ある若者の命を奪う事になった。

 つまり星龍は友人を奪われ、ミシェルは妹と言える少女を奪われたのだから、まさに仇と言っても過言ではない。


 そして雅人にとっても、親友であり妻さつきの兄 立花勇輝の仇であり、盾として忠誠を誓う若君と姫君の命を幾度も狙い、深く傷つけた元凶だ。

 特に勇輝とジャンヌの死は、未だ飛鳥と真桜に暗い影を落としているのだから、許すことなど到底出来ない。


「雅人さん」

「分かっている」


 だがその飛鳥と真桜は、尊敬すべき兄と自らの半身とでも言うべきジャンヌとクリスの仇討ちではなく、今回の騒動の元凶たる魔剣アゾットを討つと口にしている。

 だから雅人も、自らの怒りと復讐心を飲み込み、アイザックではなくアゾットを討つために戦う事を誓った。


「露払いは、あたし達の役目だしね」


 それは雅人だけではなく、さつきも同様だ。

 本音を言えば仇は討ちたいが、そんな事のために主の護衛や援護をを疎かにすれば、兄が化けて出てくるに決まっている。

 そればかりか、呪い殺されるかもしれない。

 神槍事件の際、勇輝は死ぬ直前に残していた刻印によって、飛鳥と真桜を守り、ブリューナク生成までの時間を稼いだのだから。


「俺相手に露払いとは、言ってくれるじゃねえかよ」


 ラヴァーナが不機嫌そうな顔を隠そうともせず、アゾットを生成した。

 確かにカラドボルグ、フェイルノート、そしてカリスという新たな刻印神器が生成されているなど夢にも思わなかったが、付け入る隙が無いとは思えない。

 何故なら生成者は、四人ともまだ若く、うち二人はまだ子供だ。

 経験はそれなりにあるようだが、自分が遅れを取るとは、ラヴァーナは微塵も思ってもいない。

 それでもゲイボルグとレーヴァテインを合わせれば6つ、ブリューナクを含めれば7つの刻印神器を敵に回す事になってしまったのだから、油断が命取りになる事は理解している。


 だからこそラヴァーナは、アゾットの神話級術式エリクシールを、刻印神器を生成したばかりの雪乃に発動させた。


「な、なんだとっ!?」


 だがエリクシールは、雪乃が発動させた神話級広域防御対象系術式ホーリー・シュラウドを貫く事は出来ず、そればかりか跳ね返され、軍艦に直撃した。


「飛鳥、真桜、アーサーさんは以前から刻印神器を生成していたから、新たに生成した雪乃を狙ったんでしょうけど、浅はかな考えね」

「エクスカリバーの鞘の伝説、そして聖杯の伝説、それがどんなものか、ご存知ではありませんか?」


 エクスカリバーの鞘は、身につけていると傷を負わないとか、持ち主に不老不死と無限の治癒能力をもたらすとか言われている。

 さらにカリスは、エクスカリバーの鞘だけではなく、聖杯でもある。

 イエス・キリストがゴルゴダの丘で磔刑に処せられた際、足元から滴る血を受けたとされているのが聖杯であり、この杯に注がれた飲み物を飲み干すと、いかなる傷や病をも癒し、不老長寿を授けるとされていた。

 エクスカリバーの持ち主で有名なアーサー王も、円卓の騎士達に聖杯を捜索させている物語も存在している。

 鞘と杯、形状は全く異なるが、伝説には似ている部分も存在している。


 だからこそカリスは、刻印神器としては同一の存在となっており、鞘であり杯でもあるという。


 そのカリスは、二人の男女の天使がエクスカリバーを大事そうに納めている、祭壇のような杯といった鞘だったが、今は形状を変化させていた。

 杯から祭壇となり、杯の縁に当たる部分には二人の天使が並び立ち、雪乃の背後に浮かんでいる。

 さらに雪乃のワイズ・オペレーターが複数属性特化設置型という事もあってか、二人の天使がそれぞれが思考を司っているため、刻印術の処理能力も複数属性特化設置型の並列思考を継承していた。


「エクスカリバーの鞘……それに聖杯だと?まさか……!」


 エクスカリバーの鞘に聖杯、どちらもその伝説は良く知られているため、誰が知っていても不思議ではない。

 だからこそラヴァーナ、そしてアイザックは驚いた。


「気付いたところで、どうにもならんがな。それにだ、不意打ちで神話級を撃ち込んできやがったんだから、俺達も遠慮する必要はねえって事だよな。だろ、雅人?」

「無論だ。アルフ、降伏勧告は拒絶されたと判断するぞ?」

「当然だな」


 降伏の意思を見せようとした部下を背後から斬り、魔剣生成と同時に不意打ちで神話級術式を放ってきたのだから、誰がどう見ても降伏拒絶としか判断できない。

 ミシェル、雅人、アルフのみならず、この場の誰もが、その程度の事は理解している。


「くっ……!」


 それはアイザックとしても同様で、かなりマズい事態だと認識している。

 ここは日本なのだから、いずれブリューナクが派遣されてくる可能性は考えていたが、生成者がまだ子供だという事もあり、姿を眩ませることぐらいは出来ると考えていた。


 だが今目の前にいるのは、カラドボルグ、フェイルノート、エクスカリバー、そしてカリスという、4つの刻印神器だ。

 しかもエクスカリバー以外の3つに関しては、昨日生成されたばかりという事もあって、対策どころか予測すら出来ていない。

 さらに各国の、七師皇に匹敵する実力者まで差し向けられているのだから、いかに元七師皇とはいえ、この場を凌ぐことが出来るかは微妙な所だろう。


「ミシェル、そっちは任せる。アーサーと雪乃を頼むぞ」

「任せろ」

「よし!全員、攻撃開始だ!」


 そんなアイザックの心境を無視するかのように、雅人が無慈悲な攻撃命令を下した。


「おのれっ!総員、艦を捨て、迎え撃て!ここでこやつらを皆殺しにせぬ限り、我等に明日は無い!だが投降は許さん!もし投降する素振りでも見せようものならば、私が後ろから斬り捨てる!行けぃ!」


 対してアイザックも、インセクターに迎撃命令を下す。

 だが軍艦に関しては、雪乃のホーリー・シュラウドで反射されたエリクシールによって、航行不能どころか沈没も時間の問題となっているのだから、この場を切り抜けるためには、この場の敵対者全員を倒さなければならない。

 直属の部下以外は今にも投降しそうな気配だが、ここでの裏切りは致命的になりかねない。

 だからこそ、見せしめとして数人を斬った訳だが、今回は相手が悪いという問題もある。


 それでもこの場を切り抜ける事さえできれば、再起は可能だ。

 問題はどうやってこの場を……4つの刻印神器と敵対しているこの場から逃げ出すかだが、神器生成者も含めて全員が10代後半から20代前半と若い。

 しかも全員が超一流の生成者でもあるため、可能性は限りなく低い。

 だが可能性があるとすればそこしか無いため、万に一つの可能性であってもそこに賭けるしかないだろう。

 さらに部下を盾にすれば、可能性は上がるはずだ。

 自分さえ生きていれば、協力者に繋ぎを取ることも出来る。

 しばらくは地下に潜らなければならないし、協力者にいいように使われることにもなるだろうが、その程度は甘んじて受け入れ、いずれはその協力者も下せば良い。

 そしてその上で、この国を内側から蝕めば、復讐も可能になる。

 アイザック・ウィリアムは、心からそう思っていた。

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