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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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25・決戦への生成

――西暦2098年2月17日(月)PM13:57 宮城県某岬――


 昨夜の作戦会議では、七師皇は鎌倉に残り、飛鳥達と五剣士がアゾット、アイザックの捜索に向かう事が決まった。

 相手が元七師皇という事もあり、本来ならば七師皇が直接向かう事も検討されたのだが、アゾットから発生しているラピス・ウィルスは、光属性の方がより無効化でき、さらに刻印神器達の意見も受け入れられた事が大きい。

 その代わりという訳ではないが、手薄になったアイザックの部下が狙ってくる可能性が低くないため、七師皇は全員が鎌倉に残ることになっている。

 もし鎌倉を襲ってしまえば、アイザックは名実ともに世界の敵に成り下がるし、その方が七師皇としても対処はしやすいが、そのために犠牲が出る事は許容できない。


 現在飛鳥、真桜、久美、雅人、さつき、アーサー、雪乃、ミシェル、星龍、美雀、アルフの11人は、人気のない岬に立っている。

 人里からも離れているため、刻印神器を生成しても見られる心配は無いし、最大の理由は雪乃とイーリスがこの場にUSKIA所属の軍船が停泊していることを突き止めたからだ。

 雪乃の多機能演算機状複数属性特化設置型ワイズ・オペレーターは探索系術式をモニターに映し出す事が出来るが、その探索系は自分の物でなくとも構わないし、刻印具や刻印法具を接続する事も出来る。

 その機能を使い、イーリスの人工衛星状融合設置型サテライト・ヴァイゼを接続した事で、ただでさえ処理能力の高い設置型刻印法具がスーパーコンピューター以上の性能の演算能力を得てしまい、軍船を隠蔽しているであろう干渉系や支援系の刻印術すら突破し、目的の軍船を探し当ててしまっていた。

 無論、日が変わった事で移動している可能性もあったが、即座に刻印管理局に連絡し、海軍を動かす事で、可能な限り動けない状況を作り出した。

 その証拠に、飛鳥達の目には、昨夜から停泊したままの軍船が映っている。


「アゾットがある訳だから、海軍も突破されてるかもしれないと思ってたけど、本当に動いてなかったんですね」

「確かにアゾットなら、軍船の数隻ぐらい簡単に沈められるだろうが、そんなことをしたらすぐに居場所がバレるぞ」

「あ、そっか」


 真桜とミシェルのやり取りの通り、アゾットならば軍船数隻は簡単に撃沈できる。

 事実、神槍事件で、飛鳥と真桜がブリューナク最大の神話級術式バロールによって、10隻以上からなる中華連合艦隊を一撃で全て轟沈させている。

 だがそんなことをしてしまえば、自分達の居場所を教えるようなものだ。

 当然アイザックはその危険性を理解しているし、アゾットの生成者であるラヴァーナも気が付いていないはずがない。

 それでも強硬手段を取る可能性は否定できなかったため、飛鳥達は急いでこの場にやってきた。

 本来ならばあと2時間は早く着けたのだが、昨夜七師皇に付き合わされて飲まされていたため、その分遅れたのはご愛敬か。


「では手筈通り、あの船はプリトウェンで覆います」

「ああ、頼む」


 エクスカリバーを生成すると、アーサーはプリトウェンを発動させた。

 プリトウェンは最大半径2キロの広域防御系結界だが、今回はそこまで広げる必要はないため、半径500メートル程になっている。


 アイザックの軍船をプリトウェンで覆い、逃亡を阻止する事は、早い段階で決まっていた。

 アイザックに付き従っているインセクターは、生成者の数こそ減らしているが、それでもまだ100人近く存在しているため、一人とて逃がす訳にはいかない事が大きな理由だが、他にも周囲の目から隠すためという理由もある。


「よし、行くぞ」

「ああ」


 五剣士間に上下関係は無いが、この場の指揮は雅人に委ねられている。

 雅人としても不本意だったが、自国の問題でもあるし、何よりアイザックやラヴァーナの狙いは飛鳥と真桜なのだから、雅人以外で適任はいない。


 後は全ての元凶でもある元七師皇アイザック・ウィリアムと、魔剣アゾット生成者ラヴァーナを倒すだけだ。

 全員が刻印法具を生成し、これからの戦いに備えている。


――PM14:04 宮城県某岬 USKIA軍インセクター母艦――


 突然巨大な結界に覆われた事でインセクター達も焦ったが、それでも軍人らしくすぐに冷静になり、状況の把握に努めている。

 だが岬に10人程の人影を確認し、それが誰かと特定できた瞬間、一気にパニックが伝播した。


 それはそうだろう。

 その人影はこちらに向かってきており、その内の3名は刻印三剣士、1名は自国のアルフレッド・ラヴレスだったのだから。

 さらに神槍ブリューナクの生成者の姿もあるという事は、この時点で2つの刻印神器が自分達を狙っているという事になる。

 刻印神器と正面から戦う事になるなど、インセクターは想像もしていなかったのだ。


 刻印三剣士、並びにブリューナク生成者が現れたという報せは、すぐにアイザックとラヴァーナにももたらされた。

 だがアイザックは驚いていたが、ラヴァーナは待っていたとばかりに笑みを浮かべたのが対照的だ。


「……ラヴァーナ、もしや貴様、我等を裏切ったのか?」


 最初に頭をよぎったのは、この魔剣アゾット生成者が自分達を裏切り、居場所を教えたのではないかという事だった。


「な訳あるか。ああ、だがアゾットがあるから、この場所が割れたのは間違いねえ。なにせあいつらは、4つの刻印神器を生成して、アゾットの位置を割り出そうとしてやがったからな」

「なんだとっ!?」


 だがラヴァーナの発言は、アイザックとしても驚きだった。

 4つの刻印神器を生成し、アゾットの生成されていない状態のアゾットの居場所を感知する。

 それが昨日伊勢山皇大神宮で行われていたのだが、アイザックには知る由もない。

 だがラヴァーナは、偶然ではあるがその時間アゾットを生成していたため、その事を知っていた。

 にも関わらず、自分達には報告すら上げていない。

 裏切ってはいないが、限りなくそれに近い所業だろう。


「貴様……!」


 凄まじい殺意の籠った視線を向けるアイザックだが、ラヴァーナは柳に風と受け流す。


「おいおい、目の前にエクスカリバーとブリューナクがあるからって、動揺しすぎだろ。よく考えろよ?あそこにあるのは、鞘のない聖剣と、2人揃わなきゃ生成も出来ない神槍だ。アゾットの対属性ってのは面倒だが、それしか取り柄がないんだぜ?」


 言われてアイザックも気が付いた。

 確かに目前まで迫ってきている神器生成者は、アーサーと飛鳥、真桜の3名で、リゲルとニアの姿が見当たらない。

 この岬は見通しもいいから、どこかに隠れていることも考えにくい以上、リゲルとニアはこの場に来ていないと考えられる。

 何故リゲルとニアがこの場に来ていないのか、それはこの場に戦力を集中させてしまった場合、アゾットの神話級術式を防ぐ手立てが乏しいからだろう。

 だからこそリゲルとニアは、遠方で待機していると目される。


「……貴様の言いたい事は分かった。だがそれでも、刻印神器が2つもあるという事実に違いはない。貴様は不完全だと罵った以上、彼奴等は貴様がやるという事でいいのだな?」

「当たり前だろ。不完全な刻印神器の相手ぐらい、俺一人でどうとでも出来る」


 アイザックには根拠のない自信に聞こえるが、刻印神器の相手は刻印神器が最も相応しい。

 アイザック自身も融合武装型を生成するが、刻印神器も融合型に分類される以上、手に余る。

 であるならば、本人がそう言い切ったのだから、エクスカリバーとブリューナクの相手はラヴァーナにさせ、いざという時は盾にしてしまえばいいと判断した。

 自分も狙われているだろうが、アゾットが発生させたウィルスを消し去るにはアゾットを生成するラヴァーナの命を断つしかないのだから、逃げる隙は必ずある、アイザック・ウィリアムはそう考えた。


――PM14:10 宮城県某岬――


 妨害も受けないまま、飛鳥達はインセクターが母艦としている巡洋艦の元まで辿り着いた。

 当然インセクターも、飛鳥達の接近をただ見ていた訳ではなく、戦闘準備は整えているのだが、刻印神器2つを相手にする事を理解しているのか、既に腰が引けているようにも見える。


「既にUSKIAは、お前達インセクターを切り捨てた。投降するならば、命は助かるが、そうでない場合は、国家反逆罪が適用される」


 同じUSKIAの軍人のアルフが、最後通牒を叩き付けた。

 母国からも見放されている事に、多くのインセクターは激しい動揺を見せているが、少数ながら動じていない者も存在ている。

 前者は軍艦を動かすための乗員がほとんどで、後者はアイザック直属の部下であるという事が、この差を生み出しているのだろう。


「ふん。私程愛国心に溢れた者はおらんというのに、かつては世界の警察とまで言われた我が国が他国に譲歩など、嘆かわしい事だ」

「出てきたな、アイザック・ウィリアム」

「相変わらず、勝手な奴だな」


 軍艦の甲板に、アイザックとラヴァーナも出てきた。

 アイザックにとって、かつての母国の威信を取り戻す事が全てだ。

 例え国から切り捨てられたとしても、最終的に母国がかつてのように世界最大の国となるのなら、それはそれで構わないと思っている。

 さらにエクスカリバーとブリューナクの生成者を手に入れる事が出来れば、表立っては無理でも、裏では母国が必ず自分を受け入れてくれるという確信もある。

 例え死体であっても、神器生成者にはそれだけの価値があると固く信じている。


「へえ、あいつらが刻印三剣士か。思ってたより若いんだな」

「私はその称号を認めていないと言ったはずだ」

「お前がどう思ってるかなんて、知った事かよ。現にUSKIAも、あいつらの事をそう呼んでるんだろうが」


 アイザックを小馬鹿にするラヴァーナだが、事実その通りで、刻印三剣士の称号を認めていないと公言しているのはアイザックぐらいだ。

 他にいない訳ではないが、少数派にすらなり得ない程しかいない。

 そもそも刻印三剣士の称号は、七師皇が認めているのだから、どこの国であっても無視できるものではない。


「貴様に認めてもらいたいとは思わんな」

「というか、ここで死ぬ奴がどうこう言っても、何の意味も無いわよ」

「それもそうだな」


 雅人とさつきの言う通り、アイザックとラヴァーナの命は、この場で断つ事になっている。

 生かして捕らえたとしても、アイザックは融合型生成者、ラヴァーナに至っては神器生成者という事もアリ、法具や神器を生成されてしまったら手に負えない。

 無用な被害はもちろんだが、開き直って神話級術式を放たれてしまっては、四度目の世界大戦の戦端が開かれてもおかしくないのだから。


「へっ、刻印三剣士は実力のみならず、頭も切れるって聞いてたんだがな。まさか戦力差の見極めもできねえとは」


 雅人とさつきを嘲笑するラヴァーナだが、逆に雅人とさつきも、ラヴァーナを嘲笑している。

 確かにアゾットを相手に、アンスウェラーやフラガラッハでは対抗しきれるかは分からない。

 エクスカリバーなら問題ないと思うが、先日判明した事実から、エクスカリバーが不完全な刻印神器だったという事は確定してしまったから、こちらも判断が難しい。

 だがそれは、昨日までの話だ。


「そういえばお前は、こっちが4つの刻印神器を生成してしばらくしてから、アゾットを戻したんだったな」

「ああ、あれか。一瞬ビビったのは事実だが、だからこそ魔剣と魔槍は動けなくなったわけだから、俺からしたらラッキーだったぜ」


 ミシェルに答えるラヴァーナだが、その答えで昨日何があったのか、ラヴァーナには知られていない事が確定した。


「なら、見て驚き、そして絶望しろ。ここに来たのは、エクスカリバーとブリューナクだけじゃないってことにな」

「はあ?」


 ミシェルのセリフに促されたかのように、飛鳥と真桜、アーサーと雪乃が一歩前に出た。

 そして飛鳥は左手からインフィニティを、真桜は右手からサンクチュアリを生成し、既に生成しているカウントレスとワンダーランドに刻印融合術を発動させた。

 先日と同じように、飛鳥の周囲には水が、真桜の周囲には風が渦を巻き、飛鳥の右手には長剣が、真桜の左手には長弓が、その神々しい姿を見せる。


 同時に雪乃もワイズ・オペレーターを完全生成し、アーサーが生成しているエクスカリバーの柄に手を当て、二心融合術を発動させた。

 ワイズ・オペレーターが光とともに縮小し、エクスカリバーの刀身に集っていく光景は、エクスカリバーの力を引き上げているかのようにも見える。

 そして杯のような鞘に収まったエクスカリバーは、アーサーと雪乃が二人で寄り添うかのように手にしていた。


「な……なんだ、それは……」


 思ってもいなかった光景に、アイザックのみならず、ラヴァーナですら絶句した。


「我は聖剣カラドボルグ」

「我は聖弓フェイルノート」

「我は聖杯カリス」


 自らの名を名乗った3つの神器の声を聞いた瞬間、インセクターは絶望に打ちひしがれた。

 この場に現れた刻印神器は、エクスカリバーとブリューナクのはずだった。

 ラヴァーナも、その2つの刻印神器を不完全だと罵った。


 ラヴァーナがエクスカリバーとブリューナクを不完全だと罵った理由は、エクスカリバーは鞘が無く、ブリューナクは2人の生成者が揃わなければ生成そのものが出来ないからだ。

 だがそのエクスカリバーには、伝説で謳われていた鞘があり、しかもその鞘は聖杯。

 エクスカリバーとカリスは二人の生成者が揃わなければ生成できないが、既に生成されてしまった上に完全な状態になってしまった以上、不完全だと断じる事は出来ない。

 ブリューナクの生成者も、それぞれ単身で、新たな聖剣と聖弓を生成してしまった。

 つまり自分達の目の前には、4つの刻印神器があり、その全てが自分達の敵となってしまっている。


「アイザック・ウィリアム……アダムさんとエヴァさんの無念、今こそ晴らさせてもらう!」


 カリスからエクスカリバーを抜き放ったアーサーは、カラドボルグとフェイルノートを前に、高らかに自らの決意を口にした。

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