24・新たなる力
「ブリューナクの主達よ」
アーサーが少し落ち着いたところを見計らい、エクスカリバーが飛鳥と真桜に声を掛けた。
「うん」
「分かってる」
飛鳥と真桜も、エクスカリバーが何を言いたいのかを理解しており、すぐ飛鳥と真桜は、継承し、変化したばかりの刻印から新たな刻印法具を、飛鳥は左手から切っ先が広く、円弧を描きながらも二股に割れている長剣を、真桜は右手から2対4枚の純白の翼を生成した。
「これは……間違いなくアダムさんのインフィニティとエヴァさんのサンクチュアリ……。だけどあれは……」
「はい。アーサーさんもお察しの通り、インフィニティは剣状融合武装型、サンクチュアリは翼状融合装飾型です」
飛鳥のセリフに、この場の全員が驚いた。
融合型刻印法具は左右の手に生刻印を持つ生成者が、刻印融合術を発動させる事で初めて生成される。
だが飛鳥は左手、真桜は右手の刻印からしか生成しておらず、その時点で既に融合型となっているなど、都市伝説になりつつある刻印継承でも前例の無い話だ。
「ほ、本当なのか?い、いや、アダムとエヴァが融合型の生成者であり、実際に目にしたアーサーが断言している以上、疑いの余地はないが……」
「し、しかもブリューナクは生成されたままだから……もしかして、同時に使えるって事なの!?」
「それも可能ですけど……ブリューナク、一度戻すけどいい?」
「心得た」
驚く周囲をよそに、二人はブリューナクを刻印に戻し、飛鳥はカウントレスを、真桜はワンダーランドを生成した。
「い、いきなり融合型を……」
「多分だけど、前みたく分ける事も出来そうです。意識しないといけない感じなんで、使用頻度は下がると思いますが」
「それでも、十分すぎる程の驚きなんだが……」
間違いなく世界初の事態に、雅人も驚きを隠せていない。
だが本当に驚いたのは、その後だった。
「それじゃ、行きますね!」
「は?」
一斗の間の抜けた声を聞きながら、飛鳥はカウントレスとインフィニティに、真桜はワンダーランドとサンクチュアリに刻印融合術を発動させた。
その瞬間、飛鳥の周囲には水が、真桜の周囲には風が渦を巻き、光と共に飛鳥の右手と真桜の左手に集まっていく。
そして光が収まると、飛鳥の右手には刀身に青い稲妻が走っている長剣が、真桜の左手には上下に翼があしらわれたような長弓が握られていた。
「まさか……刻印融合術が成功したのか?」
「「そのようだ。さすがに我も驚いた……」」
飛鳥の長剣と真桜の長弓から、全く同じ声が響いた事で、この場の誰もが大きく目を見開き、驚きを露わにしていた。
「……は?」
「えーっと……ちょっと意味が分からないんだけど?」
リゲルとニアのセリフももっともだろう。
だがその疑問に、それぞれが生成している刻印神器が答えた。
「吾輩も驚いたぞ。まさか刻印神器を生成するとは」
「二心融合術というだけでも驚きじゃったが、さらにその先があるとはのう。妾達も初めて見たわ」
「刻印神器だと!?」
「だ、だが……意識はブリューナクのままのようだが?」
林虎の言う通り、飛鳥の長剣と真桜の長弓の意識は、先程のセリフから判断するに、間違いなくブリューナクのものだ。
確かにブリューナクは、神剣アンスウェラー、神剣フラガラッハに形状を変化させ、それぞれに意識を宿す事も可能だが、今目の前にある長剣と長弓は明らかに違う。
「我も戸惑っている。だがこれらは、紛れもなく刻印神器だ。明確な違いもあるが」
「違い?」
「うむ。この身の我は聖剣カラドボルグだが、宿している属性は水であり……」
「聖弓フェイルノートである我が宿している属性は風となっている」
「そ、そうなの?」
過去も存在していた刻印神器を含めても、宿している属性は例外なく光か闇となっている。
だがカラドボルグは水、フェイルノートは風属性を宿していると本人達が口にしている以上、これは間違いのない事実だ。
「本人がそう言っている以上、間違いはないのだろうが……まさか水と風の刻印神器を生成するとは……」
「刻印の継承者が刻印神器を生成したのは初めてのこと故、吾輩達も正確には分からんが、推測は可能だ」
「うむ。おそらくだが生刻印ではないため、ブリューナクの主達が生来宿している属性が強くでたのであろう」
「「どうやらそのようだ」」
ゲイボルグとレーヴァテインの仮説に、カラドボルグとフェイルノートが理解を示した。
飛鳥と真桜は光属性にも適正を持っているが、最も高いのは飛鳥が水属性、真桜が風属性だ。
だからこそ、それらの属性が前面に出てきており、それでいて二人の適正ゆえにカラドボルグは聖剣、フェイルノートは聖弓となっている。
「そういう事か……。一斗、菜穂、お前達の息子に娘は、本当に末恐ろしいな」
「わが子達ながら、本当にそう思いますね。というか、カラドボルグにフェイルノートって……」
飛鳥の聖剣カラドボルグは、ケルト神話のアルスター伝説に登場するフェルグス・マック・ロイの剣で、堅い稲妻や硬い刃という意味を持ち、エクスカリバーの原型となった剣とも言われている。
カラドボルグの逸話は、敵対していた王の首の代わりに山を三つ、一刀両断にしたものが有名だ。
カラドボルグは片手持ちの長剣であり、柄は片手では少々余るが両手で持つには短い。
そのためなのか、柄が二段階になっており、両手で持つ事も出来るようになっている。
真桜の聖弓フェイルノートは、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士トリスタンの弓で、意味は無駄なしの弓。
その名の通り、百発百中の精度を誇っているが、トリスタンのフェイルノートは竪琴のような見た目をしていたという。
真桜が生成したフェイルノートも同様で、弦の数は6本もあり、さらに両弦が翼のようになっているため、水平に構えれば弓とは思えない外見をしている。
「聞きたい事は山ほどあるが、さすがにこれ以上ここには留まれんな」
「そうね。打ち合わせをして解散っていう流れだったはずだけど、さすがにこれは詳しく聞かないといけないわ」
「ですな。こうなった以上、続きは源神社で行いましょう」
さすがの七師皇も、この事態を見過ごすことなどできるはずがない。
だが現在自分達がいるのは伊勢山皇大神宮の一角で、元々時間を掛ける予定でもなかったし、何よりこの場は工事中でもある。
アサド、イーリス、ルドラの言う通り、長居をするには不向きな場所だ。
「すまぬが待ってくれぬか。我の要件はまだ終わっておらぬ」
だがエクスカリバーが、アサド達を止めた。
「終わってないって……まだ何かあるの?」
「うむ。我にとっても予想外の結果になったが、この要件こそが、我にとって最重要となる」
「あ~、そう……」
「既にお腹いっぱいなんだけど……?」
菜穂とイーリスがボヤくが、ほとんど全員がその意見に同意した。
それはそうだろう。
なにせ飛鳥と真桜が、エクスカリバーの刀身に刻まれていた生刻印を継承し、あげく新たな刻印神器まで生成してしまったのだから。
その上で、実はその話は前座だったなどと言われてしまったのだから、これ以上何の話があるのかと戦々恐々とするしかない。
「三条雪乃」
「わ、私ぃ!?」
何の前置きも無く、突然名前を呼ばれた雪乃が素っ頓狂な声を上げた。
「そなただ。ブリューナクの主達よ、我を三条雪乃に」
「雪乃先輩に?」
「うむ。先より感じていた我の予感が正しいかどうか、それが今こそ判明する」
「わ、分かった」
エクスカリバーに促され、飛鳥は手にしていたエクスカリバーを雪乃に手渡した。
「先輩」
「え、ええ……。こ、これでいいの?えっ?」
飛鳥からエクスカリバーを受け取った雪乃は、思ってもいなかった感覚に戸惑った。
だがこの感覚は、初めてエクスカリバーを目にした時にも感じたことがある。
あの時は錯覚だと思っていたが、こうして直接エクスカリバーを手にする事で、間違いではなかったのかと思わずにはいられない。
「雪乃さん?」
「……エクスカリバー、ワイズ・オペレーターを完全生成してもいい?」
「無論だ。おそらくアーサーが気付かなかったのも、それが原因であろうからな」
「ま、まさかっ!」
「嘘……」
雪乃とエクスカリバーの会話を聞き、真っ先にその可能性に気が付いたのは、やはり飛鳥と真桜だった。
「それじゃあ……」
雪乃もまさかと思う気持ちが無い訳ではない。
だが飛鳥と真桜から聞いた事があるし、何より感覚的に理解出来ると言っていたから、おそらくは本当にそうなのだろう。
その証拠に、完全生成したワイズ・オペレーターを目にしたアーサーも、雪乃と同じ感覚を感じていた。
「これが……エクスカリバーが感じていた……」
「やはりか」
「私はアーサーさんの前で、ワイズ・オペレーターを完全生成した事はありません。だからアーサーさんは気付かれず、私とエクスカリバーだけが気付けていたんだと思います」
雪乃本人が口にしたように、雪乃はワイズ・オペレーターを完全生成する機会は少ない。
だからこそ、アーサーは気付けなかったのだろうと推測した。
「ね、ねえ……何の話なの?」
「雪乃先輩とアーサーさんも、二心融合術が出来るかもしれないっていうお話だよ」
「「「はあっ!?」」」
真桜の爆弾発言に、一斗、さつき、久美の叫び声が重なった。
それはそうだろう。
現在までのところ、二心融合術を成功させたのは目の前にいる飛鳥と真桜のみで、過去も成功したという話は聞いた事が無い。
魔剣ダインスレイフも二心融合術で生成されていたが、こちらは生成にこそ成功しているが、完全にと言えるかは疑問が残る。
さらに言えば、ブリューナクは融合型同士だが、ダインスレイフはアーサーや雪乃と同じく融合型と複数属性特化型の組み合わせになる。
ダインスレイフは生成者の負の感情を取り込み、一人の命を奪い、もう一人の命を奪っていたが、そのせいで完全とは言えない状態だった。
だからもしアーサーと雪乃が二心融合術を生成させれば、これも世界初という事になるだろう。
「本当に出来るかは分かりませんが、ともかくやってみます。アーサーさん、よろしいですか?」
「え?あ、ああ、はい。分かりました」
思ってもいなかった提案に、アーサーは少し混乱している。
だが先程自分が感じた感覚を信じれば、もしかしたらとも思えてしまう。
だからアーサーは、雪乃からエクスカリバーを受け取った。
そして雪乃もエクスカリバーに手をかけ、互いに頷き合い、印子を集中させた。
その瞬間、雪乃の背後に生成されていたワイズ・オペレーターが光に包まれ、見るからに縮小を始めた。
ワイズ・オペレーターからの光がエクスカリバーを覆い、ゆっくりと形を成していく。
やがて光が収まり、アーサーと雪乃の前には、杯のようにも見える鞘に納められたエクスカリバーの姿があった。
「まさか……成功したというのか!?」
「エクスカリバーがフォローしてくれたおかげです」
「遥か久遠の彼方にて失われたはずの我が鞘のためだ。この程度の事は如何ほどでもない」
「感謝する、主よ」
「えっ!?」
さらに驚いた事に、鞘からは別の、女性のような声が響いた。
刻印法具の鞘は、剣とセットになっているし、これについては刻印神器も例外ではない。
飛鳥と真桜のアンスウェラー、フラガラッハでさえ、ブリューナクの柄が変形して鞘になっているぐらいだ。
だがエクスカリバーは、その伝説から、鞘は存在していなかった。
過去には存在していたのかもしれないが、アーサーが生成した時点で既に鞘は無く、エクスカリバーも鞘が無い状態が通常だと口にしていた。
だというのに、エクスカリバーが納められている鞘は、エクスカリバーとは別の意識を持ち、しかも性別まで異なっている。
飛鳥と真桜が新たな刻印神器を生成した事も驚きだが、こちらは完全に新たな意識を持った刻印神器が生成されたのだから、さらに驚きだ。
「我は聖杯カリス。遥か久遠の彼方、魔女の呪いによってエクスカリバーと引き離された、エクスカリバーの鞘にして聖なる杯」
「エクスカリバーの鞘にして……聖なる杯だと?」
「聖杯か!」
エクスカリバーの鞘は、アーサー王の異父姉にして魔女と呼ばれたモルガン・ル・フェイが盗み出した。
その結果、アーサー王はモルガンとの不義の子であるモルドレッドとの戦いで命を落としたが、その後も鞘の行方は要として知れなかった。
刻印神器である以上、実際の鞘とは異なるのだろうが、それでもエクスカリバーの鞘が聖杯だったとは、さすがに思ってもいなかったというのがこの場の全員の総意だ。
「エクスカリバーよ、満足したか?」
「うむ。長き時を経て、ようやくカリスとの再会が叶った。感謝する」
「二人の生成者がおらねば、我等の再会は叶わぬゆえに」
何年、何千年振りの再会かは分からないが、悠久の時を経ての再会だという事に間違いはない。
だからなのか、エクスカリバーもカリスも、声が弾んでいるように聞こえる。
「それはよかったんだけど……なんか疲れたわね……」
「本当にね。ともかくエクスカリバー、これで終わりでいいのよね?」
「うむ。手間を取らせた」
「手間ではないが、驚き疲れたな」
「ここまで驚いたのは、二心融合術の話を聞かされて以来だな」
七師皇も、かなりの疲れを滲ませているが、それも当然だろう。
なにせ自らの目の前で、新たな刻印神器が3つも、内2つは刻印継承から、内1つは二心融合術によって生成されたのだから。
予想外ではあったが、魔剣アゾットに対する戦力としては、最上の物を得た事になる。
だがやはり衝撃は大きいため、今日は明日のための作戦会議を終えた後、大いに飲ませてもらうつもりでいる。
その会場は源神社だが、アイザックが狙ってくる可能性が最も高い場所でもあるし、動きやすくもある。
事後処理も、神槍事件や魔剣事件、総会談後の事件の比ではないのだから、今晩ぐらいは羽目を外させてもらうつもりでいる七師皇だった。
インフィニティの形状を、銃剣状から円弧長剣状に変更しました。
見た目はイルウーンという剣に近いです。
ダインスレイフは融合型と複数属性特化型で生成されているため、修正しました。




