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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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18・重圧

――西暦2098年2月12日(水)PM17:54 明星高校 風紀委員会室――


 アクセルが失踪した日の放課後、リリーは風紀委員会室で涙を流していた。

 リリーは真桜やオウカと仲良くなったこともあり、放課後は風紀委員会室に来ることが多い。臆病な性格をしているため対人戦には向いていないが、探索系や支援系に適性を持っていることから、飛鳥の手ほどきを受けながら探索系で監視を行うことで風紀委員会に貢献していた。

 だが今日は、とてもではないがそんなことをしている余裕がない。

 アクセルの失踪は、当然飛鳥達の耳にも入っている。リリーのことを心配したオウカ達1年生は休み時間になる度に慰めていたし、真桜達も声をかけていたのだが、あまり効果はみられなかった。


「とりあえず帰ろう。親父達なら何か情報を手に入れてるかもしれないからな」

「そうだね。それに七師皇もいるんだから、きっとアクセル君のことを探してくれてるよ」


 朝から何度も繰り返した会話だが、一応の説得力はある。政治に関わる話は飛鳥も真桜も苦手だが、アクセルの身に最悪の事態が起きた場合に何が起こるかはだいたい予想がつく。だがそれを口に出すことはない。口に出しても不安しか煽らないし、何よりリリーがより深く悲しむことになるのだから、口に出せるわけがない。


「うん……」


 アクセルは勝気、リリーは臆病と両極端な性格をしている姉弟だが、それでも互いを大切に思っていることは共通している。アクセルは恥ずかしいという気持ちが芽生えているため素気ない態度をとっているが、今回はそれが悪い方向に作用してしまったと言えるだろう。

 それでもリリーにとっては大切な弟であり、臆病で泣き虫な自分をかばってくれることもあるのだから、リリーが心細く感じるのも仕方がないことかもしれない。


「飛鳥、ちょっといい?」

「さつきさん?どうしたんですか?」


 帰ろうと荷物をまとめていると、さつきが姿を見せた。


「ええ。あんたに話しておきたいことがあってね」

「俺に?真桜はいいんですか?」

「ええ。今はリリーの方を見ててもらいたいから」


 確かにリリーは心配だし、真桜や久美達になら任せられる。そう考えた飛鳥は、すぐにさつきについていくことを決めた。


「わかりました。場所はどこですか?」

「バレー部の部室よ」

「バレー部?」


 バレー部といえば、先日同級生の彰が、片足を骨折した状態でありながらアクセルをまったく寄せ付けない実力を見せたばかりだ。確かにその模擬戦の結果を認めなかったアクセルを軟禁し、それがアクセルの失踪につながりはしたが、だからといって彰には何の責任もない。むしろ彰は被害者なのだから。


「いいから来なさい」


 さつきに促され、飛鳥は疑問を感じながらもバレー部の部室に向かった。


――PM17:58 明星高校 バレーボール部部室――


「来たか、飛鳥」

「雅人さん?ミシェルさんにアルフさんも。なんでこんなとこに?」


 バレー部の部室で飛鳥を待っていたのは、刻印五剣士の雅人、ミシェル、アルフの三人だった。五剣士が飛鳥と真桜、ひいては明星高校を守ってくれていることは知っているが、だからといってこんな時間にこんな所に呼びつけられる理由にはまったく見当がつかない。


「悪いな、片山。戸締りはしておくから、先に帰っていいぞ」

「わ、わかりました。失礼します!」


 飛鳥の同級生でバレー部キャプテンの片山は、この三人と一緒に飛鳥を待つという、胃にも心臓にも悪い数分間を過ごしていたため、雅人が戸締りを引き受けてくれたことに、内心かなり安堵していた。その証拠に部室のカギを飛鳥に押し付けると、そのまま走って部室を出て行ってしまった。


「片山のやつ、俺にカギを押し付けなくてもいいだろうに」

「無理言わないの。この三人に押し付けることができたら、それはそれですごいけどね」

「それはそうなんですけどね。で、こんな所で何の用なんですか?」

「アクセルのことだ。先程代表に連絡があった。アクセルの命が惜しければ、七師皇、並びに刻印三剣士を直ちに国に返すように要求してきた」


 わかりやすい脅迫だった。この時点でアクセルをかどわかしたのが誰なのかは、誰にでも簡単に予想ができる。


「アイザック・ウィリアムですか。ラヴァーナという神器生成者がいても、七師皇や五剣士は怖いんですね。ってあれ?要求は三剣士ですか?」

「そうだ。そもそも刻印五剣士になったことはまだ公表していないから、アイザックが知らなくても無理はない。なにせ直接会談で決まったんだからな」


 七師皇会談は秘匿性が高く、盗聴は不可能だと言われている。完全に独立した専用回線を使用しているため、外部からの接続があればすぐにわかることもあるが、他にも設置型刻印法具の生成者がセキュリティを強化することもあるため、並の刻印具や腕では突破どころか回線にたどり着くことすら困難となっているし、逆探知されてしまえば言い逃れはできないため、リスクも高い。

 それでもかつて七師皇として会談に参加していたアイザックは、何度か盗聴を試みている。


 今回の七師皇会談は全員が来日していることもあって、回線を通す必要がない。しかも会談に使う部屋は、源神社にしろ鶴岡八幡宮にしろ、一切ネットに接続されていない環境が整えられているため、電話回線を使っての盗聴は物理的に不可能であり、場所も施設の中央に近いため、侵入することも困難を極める。もちろん参加している七師皇も対策を施しているから、いかにアイザックといえどもその情報をうかがい知ることはできなかった。


「そういうことですか。だけどアクセルの命を盾にしてきたということは、時間はないですよね?」

「ああ。アルフが指揮するUSKIA海軍と代表が選出した術師が捜索に当たっているが、開始したばかりだから目ぼしい成果は上がっていない」

「時間との勝負とはいえ、こればかりはどうしようもない。今は当たりをつけて捜索しているところだ」


 だがその程度のことは、アイザック側も承知の上だ。自分達がUSKIAに切り捨てられたことも知っているだろうから、すぐにわかる場所に潜伏しているとは考えにくい。しかもアクセルの命を盾にしてきている以上、捜索側は激しい不利を強いられる。


「……七師皇はどうしてるんですか?」

「イーリスさんやエアハルトさんは、アクセルのために世界を混乱に陥れるわけにはいかないと言っているから、おそらくは突っ撥ねることになるだろう。だがその結果、ドイツとの関係が悪化する可能性がある。USKIAに至っては言わずもがなだ」

「アイザックもそうなる可能性はわかってるだろうから、七師皇が突っ撥ねることも予想してるだろう。奴の目的はかつて世界の警察を自任していた大国の威光威厳、威信を取り戻すことだから、自分の行動でUSKIAが孤立することは本望じゃないはずだ」

「つまりアクセルは、アイザックにとっても諸刃の剣だと?」

「そうなる可能性がある、といったところだな。アクセルがアイザックの下に捕らわれている以上、七師皇はどうしても動きを制限されるから、俺やアルフ、星龍さんが動くことになるだろう」


 アルフと星龍は刻印三剣士ではない。日本に来ている以上マークはされているだろうが、行動には細心の注意を払っているし、両名とも飛鳥や雅人と親しいことは知られている。だから明星高校で会っていても、それほど疑われることもないだろうと予想されている。


 同時に星龍は、同国の七師皇、白林虎の後継者と目されている有力者であり、中華連合内部でも大きな発言力を持っている。階級こそ大尉だが、日本との戦争を食い止めるために奔走し、林虎の孫娘であり四神の一人でもある李美雀との結婚も囁かれていることもあって、将官並の待遇を受けている。アルフと違って中華連合軍を動かすことも難しくはない。


「わかりました。よろしくお願いします」

「わかっている。俺としても、これ以上USKIAが世界から孤立することは避けたい」

「俺は動きを制限されることになるから、お前達の護衛に専念させてもらう」


 飛鳥にとって、アクセルはリリーの弟という認識しかない。そのリリーも、真桜やオウカと親しくなったから何とかしたいと思えるようになっただけだ。ましてやアクセルは、自分のしでかしたことをまったく理解していない。このままではブラジルの七師皇、リゲル・ダ・シルバの息子と同じ道を歩むことになるだろう。

 リゲルの息子に関しては軍を脱走したという情報しか知らないが、ブラジル軍内で孤立していたことは知っている。父であるリゲルが胸を痛めていたことも知っているが、高校生でしかない飛鳥には、それこそどうすることもできない。

 救いがあるとすれば、リゲルの息子が今回の件に関与している可能性は、限りなく低いということだろう。


 そのリゲルの息子だが、数ヶ月後にサンパウロにあるスラム街から、死体となって発見されることになる。七師皇の息子ということで詳しい捜査が行われ、スラム街で行われている非合法の術式戦闘に敗北したことが判明した。その賭け試合を主催していた組織は、リゲルが生成したゲイボルグによって跡形もなくこの世から消えることとなるが、それは別の話。


 そこまで予想していたわけではないが、飛鳥にはアクセルがとても危うく、そして脆く見えて仕方がなかった。



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