16・討論会に向けて
申し訳ないですが仕事が鬼です。頑張って仕事の合間に執筆していますので10月中には7章完結できると思いますので、よろしくお願いします。
――西暦2098年2月8日(土)PM13:05 図書館――
アリス、リリー、アクセルが体験入学のために明星高校へやってきてから二日が経った。また七師皇、元七師皇の息子、娘が来たこともあって昨日は大騒ぎになったが、今日はそうでもない。既に飛鳥と真桜という七師皇の息子、三女帝の娘がいたし、オウカというロシアからの留学生もいたことが、少なからず騒動の鎮静化に影響していたようだ。
だがそのせいで、昨日は発生しなかった騒動が再び図書館で発生してしまい、巡回していた飛鳥は非常に頭が痛かった。
「あの馬鹿……。手伝いは禁止だって言っただろうが……」
「伊東君だけじゃないのよ。上田君と飯島君、それから新庄君も、あそこで手伝おうと調べものをしてるわ」
頭が痛いのは図書委員長の響と副委員長の航も同様だ。受験が近いこともあって自由登校になっている3年生の姿がチラホラ見えるこの時期、1,2年生は受験勉強の邪魔をしないように、いつも以上に大人しくしているというのに、連中にとってそんなことは関係ないとばかりに喧しい。
「毎年この時期は図書館の巡回を強化してるって知ってるはずなのに、あのバカどもは……」
「美花先輩とさゆり先輩が入院してるから、探索系の監視が緩くなってるのも影響してそうっすよね」
「敦先輩もいないですしね」
飛鳥より少し遅れて駆け付けた久美と花鈴、飛鳥とペアを組んでいる勝も呆れ顔だ。
「で、先輩は?」
「委員会室に下がってもらったよ。もちろん、アーサーさんも」
「やっぱりそうなるよな」
壮一郎をはじめとした三条雪乃ファンクラブが暴走した理由は、今現在、雪乃と一緒に資料をまとめている刻印三剣士のアーサー・ダグラスの存在だ。
だがアーサーに落ち度はなく、楽しそうに研究をしている姿に嫉妬して暴走したというのが真相なので、力で押さえつけたとしても本人達は納得しないだろう。
「松本さん、佐伯君。少し図書館が騒がしくなるけど、勘弁してね」
「それしかないでしょうね」
受験生の邪魔をする勢いで本をあさっている生徒を見ながら、図書委員長と副委員長は大きな溜息を吐いた。図書館では静かにする決まりがあるとはいえ、何度注意しても聞く耳を持ってくれない人々なのだから、風紀委員が介入すれば騒ぎになることは必定だ。下手をすれば、反撃してくる可能性すらある。
「というわけでここは私がやるから、飛鳥君は巡回に戻ってもいいわよ」
「いいのか?」
「さすがに二人がかりでないと止められないってことはないだろうし、あんまりひどいようなら氷の中で反省してもらうことになるだけだしね」
「それもそうか」
飛鳥達生成者の影響もあってか、2、3年生は例年よりも高い実力を持つようになっている。特に2年生はそれが顕著だ。元々明星高校の刻印術実技の成績は、県内どころか国内でもトップクラスなのだが、現在はダントツのトップなのだからいかに高い実力を身に着けているかがよくわかる。
とはいっても、さすがに称号持ちの一流生成者を相手にできるほどではないため、久美が言うように鎮圧することは難しくはない。
「私はここに残るわよ」
「別にいいけど、あんまり面白くないわよ?」
久美と花鈴に同行していたアリスも、図書館に残るようだ。アリスは飛鳥に興味を持っていることもあって、体験入学中は風紀委員会の活動を見学することにしている。それは真桜、オウカと仲良くなったリリーも同様で、今は三人で巡回している。
「面白くないはずないでしょ。アクセル相手に完勝した生徒だって少なくないし、私だって負けたし」
昨日の授業の中で、アリスとアクセルは何人かの生徒と模擬試合を行っていた。だが結果はアリスが5戦3勝2敗、アクセルにいたっては6戦全敗という散々たる結果となっている。アリスは飛鳥や久美と同い年だが、アクセルはまだ14歳と、日本でいえば中学生でしかない。そのため模擬戦を行った1年生も、年下に負けるわけにはいかないと気合を入れていたことも、この結果に繋がることになった。
ちなみにアリスに勝ったのは大河と真子で、二人とも僅差だったことを付け加えておく。
とはいえアクセルとしては、ドイツでは負け知らずだったということもあり、この結果を受け入れられずにいる。複数属性特価装飾型刻印法具ウイング・ナイツを生成した瞬矢に勝てなかったことでさえ、だ。そのせいもあってか、委員会はおろかクラブ活動にも参加する気配がない。それどころか乱入し、邪魔ばかりしている始末だ。そのため同じクラスになっている京介を張り付けてはいるのだが、抑止力になっているかはかなり怪しい。
「やっぱり昨日の模擬戦が原因なの?」
「ああ。鼻っ柱をへし折るために五人ぐらいと模擬戦させたんだが、見事に全敗。だけど結果を受け入れられないらしくて、昨日は色んなクラブの邪魔をしてたな」
「しかもバレー部の先輩、骨折しちゃいましたからね。なのに謝りもしないから、今日もクラスで孤立してましたよ」
「らしいわね」
「もしかして、須藤君?」
「ああ。最近悩んでることがあるみたいだから、そのせいで反応が遅れたみたいだな」
アクセルが練習の邪魔をしたクラブの多くはほとんど問題なく対処していたが、バレー部のエースであり刻印術師でもある須藤 彰だけは、私生活で悩み事があるらしく、最近の練習にも身が入ってなかったことも災いし、対処が遅れてしまった。何とかアクセルの発動させたエアー・バレットを防いだものの、タイミングの悪いことにスパイクを打つためにジャンプをしている最中だったため、足元に転がってきたボールの上に着地してしまい、その結果右足を骨折してしまうことになり、リハビリも含めると春の大会には出場することが絶望的になってしまった。昨日のことでもあるし、同じクラスである響はもちろん、バレー部の生徒達もかなり心配している。
だがアクセルは悪びれたところもなく、今日も普通に登校してきているため、バレー部はおろか学校中から白い目で見られている。
「だから須藤君、今日はお休みなのね」
「イーリスさんが全力で治療にあたってるみたいで、春の大会には間に合うだろうって話もあるからな」
「それは良かったんだが、このままでもいいのか?」
航の疑問は当然だ。彰のことはさすがに大問題だから、イーリスが直接須藤宅へ謝罪に行き、治療も請け負っているが、それで許されるわけがない。何より本人の謝罪が一切ないのだから、それ以前の問題だ。
「まさか。次に問題を起こしたら、鶴岡八幡宮に監禁することになってるよ」
「それはそれで国際問題になりそうだけど、大丈夫なの?」
「イーリスさんは昨日の時点でそうするつもりだったらしいぞ。だけど須藤が止めたんだよ」
「須藤君が?」
「なんでだ?」
「週明けには登校できるらしいから、そこでアクセルを叩きのめしたいんだと」
「なるほどね」
アクセルは昨日の模擬戦で、1年生トップの瞬矢、4位の京介に手も足も出なかったのはもちろん、50位の生徒にも敗北している。立ち会った卓也は、アクセルが勝てる1年生は半分もいないだろうと見立てている。
対して彰は、2年生でも上位20名に入る実力者だ。2年生の上位は、最近生成者になった瞬矢が相手でもそれなりに渡り合うことができるから、アクセルでは到底太刀打ちできないほど実力に差がある。アクセルが理解しているかは疑問だが、プライドだけは無駄に高いことから考えると、おそらくは理解していないだろう。
だから彰は、右足を骨折したままの状態で、アクセルを完膚なきまでに叩きのめして、そのプライドをへし折りたいそうだ。
「須藤君にしては、思い切ったこと考えるわね」
「本当にね。ま、なめられたままじゃ終われないって考えるのも当然だけど」
控えめというわけではないが、どちらかといえば大人しい性格の彰が、そんなことを言うのは非常に珍しい。それだけ腹に据えかねているということなのだろうが、その彰の考えを、イーリスは全面的に支持している。それどころか自分も立ち会うと言って、既に予定を空けていたりする。
「ということは、三上君も立ち会うの?」
「ああ。名村先生や雅人さんも立ち会うことになってる」
「さらにドイツの七師皇まで来るのか。須藤の奴、逆に緊張して実力出せないんじゃないのか?」
「須藤がそれでいいって言ってるんだから、問題ないと思うぞ。それより早く止めないと、先輩達に害が及びそうだな」
アクセルのことは問題だが、だからといって目の前の問題を看過するわけにはいかない。ある意味目の前の問題は、アクセルが起こす問題より切実だ。
「おっと、そうだったわ。アリス、けっこうな力技で止めることになるから、余裕があったら花鈴をよろしくね」
「オッケーよ。クリスタル・ヴァルキリーの力、見せてもらうわ」
アリスも簡単な模擬戦をしており、高い実力を見せている。さすがにトップ10ほどではないが、それでも僅差で彰を制していた姿を見た飛鳥は、正直言って驚いた。
逆にアリスは、トップ10にも及ばないとは思ってもいなかったため、昨日はかなり落ち込んでいたが。
そんなアリスに花鈴を任せると、久美はポケットから愛用の多機能情報端末状携帯型刻印具を取り出すと、コールド・プリズンを発動させた。
「なんだ?って、氷!?」
「コールド・プリズンかよ!?誰だよ、図書館でこんなこと仕出かすバカは!」
「バカにバカって言われる筋合いはないわよ」
「み、水谷!?」
「な、なんで風紀委員が来るんだよ!?」
突然発動したコールド・プリズンに驚く一同だが、自分達の仕出かしたことには一切気づいていない。
「図書館で騒ぎを起こしてるだけじゃなく、受験が近い先輩達の邪魔をしてるんだから、来るに決まってるでしょう」
久美は大きな溜息を吐いた。3年生が受験勉強をしているところに押し入り、本棚をひっくり返し、いたるところに本をほったらかしにし、大声で喚きながら走り回っているのだから、マナーも何もあったものではない。それすらわかってないのだから、久美としても呆れるしかない。
「ごめんなさい、飛鳥君、久美さん。私がはっきりさせておくべきだったわ」
そのタイミングで、雪乃が奥から姿を見せた。何やら決意したような顔をしているところを見るに、雪乃としてもこの惨状は許せないのだろう。
「さ、三条先輩!」
「お、俺達……先輩を手伝おうと思って……」
だが壮一郎をはじめとしたお騒がせ連中にとって、悲しそうな顔をしている雪乃を見てしまうと、とてつもない罪悪感に苛まれてしまう。
「みんなの気持ちは嬉しいけど、だからって周りに迷惑をかけないで。私はそんな人は嫌いです」
そして雪乃の一言で、一斉に膝をついた。何人かは絶望的な表情までしている。
「決まったわね」
「決まっちゃったわね。雪乃ってこういうこと苦手だって聞いてたけど、言う時は言うのね」
アリスの言う通り、雪乃は恋愛事にはほぼ無縁だった。だから苦手ということに間違いはない。だが神槍事件や世界刻印術総会談、平家事件を経た今では、しっかりと自分の意見を通す強さを身に着けている。アーサーに恋心を抱いているのも、大きな理由になっているだろう。
だがこれで、こちらの問題はほぼ片付いただろう。残るはアクセルの件だが、これも彰が本気を出す以上、右足を骨折しているとはいえアクセルでは歯が立たないと思われる。プライドが粉々に砕かれることになるだろうが、自業自得だと思いながら、飛鳥は図書館の騒ぎの後始末に奔走することになった。




