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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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12・ドイツの刻印術師

――PM16:02 鎌倉市民病院 病室――

「大河、二人はどうだ?」

「ICUに入ってる。もう少し遅ければ、取り返しのつかないことになるところだったそうだ」


 病院に担ぎ込まれた敦とさゆりは、すぐさまICUへと運ばれた。


「じゃあ、助かったのね!?」

「それはわからねえ。まだ確定してないが、美花達と同じ病気らしい。だけど二人の症状は、今発症してる人よりかなりひどいらしくてな」


 症状は予断を許さず、一命を取り止めたとはいえ、いつ容体が変化するかもわからないそうだ。


「そんなっ!」

「……このこと、親父には?」


 今回の件には刻印神器が関与している。飛鳥は知らなかったが、正月の七師皇会談で話し合いが行われていたのなら、緊急性も高い。


「簡単に伝えたよ。だけど」

「だけど?」


 そのことは大河も理解している。だから一斗のプライベート・アドレスに連絡をしたのだが、報告をしただけだというのに凄く疲れているように見える。


「その……なんだ……」

「どうかしたのか?」

「近いうちに私達が来るって、一斗に聞いたんでしょう?」


 何を言いよどんでいるのかわからないが、大河の葛藤は背後から掛けられた女性の声によって亡き者にされることとなった。


「えっ!?」

「イ、イーリスさん!?」

「久しぶりね」


 全員がドイツの七師皇の登場に驚いた。その衝撃が強すぎて、近いうちどころか既に来ていることには誰も突っ込まない。それがイーリスには不満のようだが。


「君達のことは、イーリスから聞いている」

「エアハルト・ローゼンフェルト!?世界的な心臓外科の権威が、なんでここに!?」


 続いて現れたのはイーリスの夫。ドイツを代表する医学術師でもある。


「理由はもう、あなた達も知ってると思うけど?まさか日本に着いた途端、こんな騒ぎに巻き込まれるとは思わなかったけど」

「先程運び込まれてきた子達だが、ラピス・ウィルス専用の結界に入ってもらうよう手配している。急場しのぎではあるが、とりあえずは大丈夫だろう」

「ラピス・ウィルス?」

「アゾットによって生み出されたウィルスのことを、便宜上そう呼んでいる」

「あなたは!?」

「ライブラリアン……サクール・カナーヒト!」

「あなたまで来てたなんて……」


 さらにはエジプトの刻印術師、雪乃やイーリスと同じ設置型刻印法具の生成者のライブラリアンまで来日していたなど、完全に予想外だった。


「後で源神社に行くから、そこで話すわ」

「私が行けるかはわかりませんが。それよりエアハルトさん、少しいいですか?」

「わかった。イーリス、あの子達を頼むよ」

「ええ。私もすぐに行くわ」


 エアハルトとサクールは軽く会釈をすると、迎えに来ていたと思われる看護師と共に奥へ向かった。


「あの子達?」


 会話の内容から、イーリス達はアゾットのために来日してくれたことは予想できる。アゾットが生み出したウィルスを、便宜上とはいえラピス・ウィルスと名付け、さらには対処療法まで確立させているようだから、この上なく心強い。

 だが去り際のセリフに関しては、何のことだか全く想像がつかない。


「私達の息子と娘よ」

「連れてきたんですか!?」


 イーリスに子供が二人いることは有名だ。だがまさか、日本にまで連れてきているとは思わなかった。普段ならともかく、今は時期が悪いどころの話ではない。


「ええ。今連れてきてもらってるわ。ああ、来たわね。姉のリリアーナと弟のアクセルよ」


 そのイーリスの子供達は、女性看護師に連れられてやってきた。


「母さん、何の用だよ?」

「もしかして、この人達が?」

「そうよ。あなた達と同じ七師皇、三女帝の子。だけどその実力は、世界でも上から数えた方が早い実力者。アクセル、あなたが逆立ちしても、かすり傷一つ付けられないわよ?」

「へっ。そんなこと言ったって、母さんほどじゃねえんだろ?」

「それはどうかしらね?」

「え?」


 リリアーナはオウカみたいに控えめな感じがするが、アクセルの方は高校入学当初の京介に似た雰囲気が感じられる。別の意味でひと悶着ありそうだ。


「ところでオウカちゃんは?」


 姉のリリアーナは控えめな性格が災いして、刻印術の実力は中の上といったところだが、喧嘩っ早いアクセルはトップクラスだ。だから飛鳥達とひと悶着あるだろうことは、イーリスも予想済みだ。近いうちに鼻っ柱を叩き折られることを期待している。

 だが今はそれより、この場にいないオウカのことが気になった。鎌倉市民病院に到着し、ラピス・ウィルスに感染した患者の治療を行っている最中に飛鳥と真桜の積層結界が展開されたこともあって、治療と同時に介入する準備も進めていたイーリスだが、そこにオウカもいたことは一瞬だが確認している。


「消耗が激しいので、瞬矢と一緒に休ませています」

「瞬矢って、確かオウカちゃんの好きな人よね?」

「そうです」

「そ、そうだったのか……」


 事もなげにイーリスに告げられた真桜のセリフは、飛鳥にとって青天の霹靂だった。


「飛鳥君……」

「やっぱり気付いてなかったのね……」


 雪乃と久美にとっては既知の事だが、相も変わらず鈍すぎる男にさすがに大きな溜息を禁じえない。


「噂通り、鈍いんだな。そんなんでよく、パラディン・プリンスなんて名乗れるな」


 アクセルには何のことかわからないが、それでも恋愛関係の話だということは会話の内容から推測できた。同時に、一流の男性生成者が色恋沙汰に鈍い、という噂も知っているから、目の前にいるパラディン・プリンスに、初対面だというのに嘲笑を向けてしまった。


「なに?」


 さすがに飛鳥も、初対面の子供にここまで貶されるとは思わなかった。軽く額に青筋が浮かびかけている。


「それに関しては、三剣士も同レベルなのよねぇ」


 だがイーリスだけではなく、真桜達でさえ飛鳥をフォローすることができなかった。


「それはそれとして、原因はさっきの戦闘?」


 言いたいことはあるが、その話は後に回す。


「はい。そこで二人は、法具を生成したんです」

「へえ。オウカちゃん、ついに生成できたんだ。もう一人の、瞬矢君だったわね。その子って確か、ネレイド・ヴァルキリーの弟だっけ?」


 オウカがそう遠くないうちに刻印法具を生成するだろうことは、イーリスには予想が出来ていたから、あまり驚きはない。驚いたのは瞬矢も同時に生成していたことだ。


「え?瞬矢君を知ってるんですか?」


 真桜としては、その瞬矢のことをドイツの七師皇が知っていたことの方が驚きだ。


「あの子と雪乃ちゃんのことは、七師皇の間でも話題に上がることが多いのよ」

「雪乃先輩はわかるけど、瞳さんもなんですか?」


 複数属性特化設置型生成者の雪乃が、七師皇の話題に上がることは、久美にもよくわかる。だが瞳が生成する刻印法具は単一属性型だ。確かに能力は珍しいが、七師皇の話題に上がるような特殊性はないように思える。


「そりゃね。あの子の土俵で戦ったら、私達だって勝てるかわからないもの」


 だがイーリスからすれば、それは大きな間違いだ。


「ママ達が!?」

「そんなすごいってことは、複数属性特化型か融合型か」

「いえ、単一属性型よ」

「はぁ?」


 瞳の刻印法具ネレイド・フェザーは、水属性刻印法具であり、瞳自身も水属性に適性を持っている。対してイーリスは融合設置型刻印法具サテライト・ヴァイゼを生成し、他の七師皇も融合型か複数属性特化型を、ニアとリゲルに至っては刻印神器を生成する。いずれも戦術兵器並とされている刻印法具であり、単一属性型刻印法具とは一線を画す能力を持っている。

 だからアクセルもそう思ったわけだが、単一属性型と聞いた瞬間、明らかに人を馬鹿にしたような目を向けた。


「確かに融合型や複数属性特化型は、数ある刻印法具の中でも最上位に位置づけられているわ。だけど刻印法具がそれぞれに持つ特殊能力によっては、その差を覆すこともできるのよ。瞳さんの法具は、その最たるものね」

「確かに同じ属性とはいえ、あの人の土俵で戦えば、私も勝てないわね」

「俺もあまり自信はないな」

「そんなにすごいんだ……」


 水の抵抗は強く、呼吸もままならないため、水中戦を好む刻印術師は少なく、これは七師皇でも例外ではない。刻印術の組み合わせによっては不可能ではないが、常に展開させておかなければならないため、処理能力を割かれてしまうという理由もある。

 だがネレイド・フェザーは、水中でも呼吸ができ、地上と変わらない動きができる特性を持っているため、処理能力には一切の影響がない。能力を十全に発揮できる瞳が相手では、さしもの七師皇でも分が悪くなるのは当然のことだ。


「雪乃ちゃんは、多分数少ない例外でしょうね」

「そんなことはないと思いますけど……」

「あるじゃない。だって雪乃ちゃんの法具、複数属性特化設置型だし」


 数ある刻印法具の中でも、設置型刻印法具は処理能力が突出している。だから水中戦でも身体能力の低下は、その処理能力を使うことでかなり軽減させることができる。

しかも雪乃のワイズ・オペレーターは複数属性特化型でもあるため、処理能力ではイーリスの融合設置型刻印法具サテライト・ヴァイゼと並び一、二を争う。


「えっ!?」

「そ、そんなの、聞いたことねえよ!」


 複数属性特化型の生成者は、全体の5割以上が武装型、次いで多い装飾型でも全体の2割程度で、生活型にいたっては存在しない。

 設置型も雪乃が生成するまではいなかったと言われているし、発覚したのが平家事件の最中なのだから、リリーとアクセルが聞いたことがなくても無理はないだろう。


「それから飛鳥君と真桜ちゃんは、融合型の生成者よ。ただでパラディン・プリンス、ヴァルキリー・プリンセスって呼ばれてるわけじゃないわ」

「ゆ、融合型って、ママと同じ!?」


 こちらは称号と同時に公表されたから知っている人は多いが、どうやら二人は知らなかったようだ。他国のこととはいえ、自分も関与していたことなのだから、息子と娘には知っておいてほしかったが。


「やっぱり教育方針に問題があったかしらね。それより悪いんだけど、私達が行くまで、この子達を頼んでもいいかしら?」

「それは構いませんが、友達の見舞いもありますから、それに付き合わせることになりますけど?」


 元々飛鳥達は、美花の見舞いのために鎌倉市民病院に来た。まさか神器生成者と遭遇することになるとは夢にも思わなかったし、敦とさゆりまで緊急入院するなど、欠片も考えていなかった。敦とさゆりは面会謝絶だからイーリス達に任せるしかないが、美花にも簡単に事情を説明しておく必要はあるだろう。あまり負担をかけさせたくはないから、オブラートで何重にもくるんで話すことになるが。


「別にいいわよ、それぐらい」

「俺達の意思は無視かよ!」

「わ、私はそれでもいいけど……」

「おい、リリー!」


 母があっさりと了承するも、アクセルは納得がいかない。気弱な姉がそういうのもわかっていたことだが、だからといって許容できるわけではない。


「アクセル、言うことを聞かないと、またシメるわよ?」

「うっ……!」


 母が七師皇であり、自分も同世代トップの実力を持つアクセルは、ドイツでも喧嘩っ早いことで悪名を轟かせている。これはイーリスにとっても頭の痛い問題であり、アクセルが何か問題を起こす度にシメているのだが、医者でもあるイーリスは子供達と接する機会が多いとは言えない。それについては夫であるエアハルトも同様だが、それでも機会を作ってはアクセルを諫めていた。

 だがアクセルは増長している所があり、しかも自分達の目の届かない所で暴れることが増えてきていた。今回日本に連れてきた理由は、天狗の鼻を折ってもらうことも目的に入っている。

 アクセルはまだ14歳だが、飛鳥と真桜が刻印法具を生成したのはわずか9歳、A級術式を習得したのが10歳、刻印融合術を発動させたのが11歳、S級術式を開発したのが12歳、そして刻印神器 神槍ブリューナクを生成したのが14歳の時だから、それだけでもアクセルより格上の刻印術師ということになる。そのことは後で教えておくつもりだ。ブリューナク以外は。


「未成年の生成者なんて、ドイツにはいないんだから、あなた達も勉強させてもらいなさい」


 そして久美や雪乃も、アクセルとさほど年が変わらないのに刻印法具を生成しているし、実戦経験も豊富と言える。生成したばかりだがオウカや瞬矢もいるから、アクセルのプライドが打ち砕かれるのも時間の問題だろう。その上で勉強してくれれば、母親としては言うことはない。


「う、うん……」

「わぁったよ!」


 リリーはおっかなびっくりといった感じだが、アクセルはあからさまに不満そうだ。


「不満そうだな。別にいいけど」

「うるせえよ!」

「元気いい子ですね。だけど……」

「ええ、いいわよ。私が手を下す必要もなくなるし」


 むしろイーリスとしては、そのことを期待している。


「アクセル君、みんなは容赦っていう言葉を知らないから、怪我の一つや二つは覚悟しといてね」


 その期待に応えるように、雪乃が物騒な情報を付け加えた。


「なっ!?」

「それじゃイーリスさん、私達は行きますね」

「ええ。私もエアハルトやサクール君に合流するわ。またね」

「敦とさゆりのこと、よろしくお願いします」

「こっちこそ、リリーとアクセルをよろしくね」


 アクセルとしてはたまったものではないが、既にどうなるものでもない。

 驚くアクセルを無視して、飛鳥達はイーリスに会釈してから美花の病室へと向かった。


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