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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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11・翼

 そして被害は、これだけではなかった。


「飛鳥っ!」

「あ、敦!さゆり!?」


 ラヴァーナが立ち去り、飛鳥と真桜が積層結界を展開させると同時に、敦とさゆりが苦しみだした。息が荒いのはもちろん、真冬だというのに凄い汗をかき、何より咳き込んでいる。


「ど、どうしたの、二人とも!?」

「わ、わからねえ……。急に力が……」

「げほっげほっ……!」

「まさか、アゾットの能力!?」


 雪乃の顔色が真っ青になった。

 正月の七師皇会談で、雪乃はアゾットの能力を聞いていたため、二人の身に何が起きているのかを理解した。アゾットと直接接触していなくても、美花や他の生徒達は入院してしまった者が多いというのに、戦闘まで行った二人がどうなるかなど、考えるまでもない。


「な、なんなんですか、それ!?」

「アゾットは未知のウィルスを生み出し、撒き散らすことができるらしいわ。どんなウィルスかはわからないけど、インドの街を三つも壊滅させたそうだから、とてつもなく強力なはずよ!」

「なっ!」


 飛鳥、真桜、久美だけではなく、エアマリン・プロフェシーに守られている大河や下級生達も絶句した。


「なら、急いでお医者さんに診てもらわなきゃ!」


 真っ先に真桜が反応した。原因不明と言われているこの病気は、治療法はおろか、薬すらない。対処療法で対応してはいるが、好くなった患者もいないため、多くの医療機関で昼夜を問わず研究が進められている。

 しかしながらそちらも芳しくない。


「それは……後、だ!」

「そう、ね!ホムンクルス、だっけ?あれを、何とかしなきゃ……!」


 そして敦とさゆりは、刻印法具を構えたままだ。


「無理するな!あれは俺達がなんとかする!」

「そうよ!アゾットの生成者は立ち去ったけど、相手は神話級で生み出されたクローンみたいなものなのよ?持ってる剣も模倣神器の可能性が高いのに、そんな状態でどうにかなるわけないでしょう!」


 二人は今にも倒れそうだ。むしろよく立っていられる。久美が悲鳴を上げるのも無理もなく、そんな状態で戦うことなどできるわけがない。


「だから、よ……!」

「ああ……。数が、多すぎる、だろ!」


 ホムンクルスがどれほどの強さかはわからないが、最低でもフランス、オルレアンで遭遇した闇の妖精ドゥエルグクラスはあるだろう。

 そんな相手が、ドゥエルグ以上の数がいるのだから、いくら修学旅行の時より実力をつけているとはいえ、自分達が抜けてしまうことは飛鳥達にかかる負担が大きすぎるものになる。


「ダメよ!あなた達、一瞬でそんなひどい状態になったんだから、無茶をしたら死んでしまうわ!」


 雪乃が二人にエアマリン・プロフェシーの範囲を拡大した。足手まといになるならまだしも、命を落とす結果しか見えない以上、無駄に戦わせるわけにはいかない。


「せ、先輩!結界を解いてください!」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!」

「だ、だからって!」

「言っておくけど、私は絶対に、結界を解かないわ。大切な後輩をみすみす死なせるなんて、そんなことできるわけがないでしょう?佐倉君、申し訳ないけど、二人をお願い」

「了解ッス」


 雪乃は結界を解くつもりはない。

 大河がこの場にいるのは偶然、というより逃がす余裕がなかったからだが、大河になら二人を任せることができる。1年生や三つ子達まで頼むことになってしまっているのが申し訳ないが、こちらも余裕はない。


「お、お姉ちゃん!」

「あ、敦さんとさゆりさんが!」

「え?」


 茜と翠が悲鳴を上げた。敦とさゆりが、刻印法具を維持できず、その場に倒れてしまったからだ。


「さ、さゆり!」

「敦!」


 まだ意識はあるようだが、消耗があまりにも激しすぎる。これ以上無理をさせれば、本当に命を落とすことになる。

 だが敦もさゆりも、まだ戦う意志を失ってはいない。


「飛鳥!」

「ああ。もっと早く決断していれば敦もさゆりも、こんなことにはならなかっただろうからな!」


 積層結界を展開させているとはいえ、こんな所で生成してしまえば隠すことはできなくなる。

 だがそれでも、親友の命には代えられない。飛鳥も真桜も、そう決断した。


「そ、それだけは……!」

「それだけは……するんじゃねえっ!」


 だがその二人が、真っ先に止めた。


「状況を見ろ!そんなことを言ってる場合じゃないだろ!」

「それ、でもだ!もしやって、みろ!俺は迷わず、お前を、攻撃してやる!」

「真桜も、よ!」

「や、やめてっ!!」


 こんな場所で生成してしまえば、二人の自由は奪われることになる。

 敦とさゆりにとって、二人は恩人であり、親友だ。二人を生贄にするつもりなど、一切ない。病に蝕まれた体に鞭を打ち、再び刻印法具を生成するため、印子を集中させはじめた。


「だ、駄目ですっ!」

「敦さん!さゆりさんっ!!」


 だが二人は途中で力尽きて、今度こそ意識を失った。


「あ、敦先輩……?」

「さゆり先輩!!」

「まだ息はある!急いで医者に診せねえと!」


 大河が焦るのも当然だ。

 二人はエアマリン・プロフェシーに守られているとはいえ、積層結界のほとんど中央で倒れている。そこは戦場のど真ん中になるため、二人を助けることは命がけになる。雪乃ならエアマリン・プロフェシーごと運ぶことは可能だが、積層結界を越えることはできない。結界を展開している飛鳥と真桜にも、脱出口を開ける余裕はないから、このままでは本当に手遅れになりかねない。


「きゃあっ!」

「真桜!」


 ホムンクルスの発動させたシャドー・バレットが真桜の体を掠めた。C級術式ではあるが、アゾットを模した剣から放たれた術式でもあるため、威力は段違いだ。


「大丈夫、真桜!?」


 そのホムンクルスに久美のスリート・ウェーブが命中したが、ダメージこそ負っているものの、倒すには至っていない。


「だ、大丈夫!それより、敦君とさゆりを!」

「わかってるけどっ……!」

「守るだけならエアマリン・プロフェシーでも十分だけど……!」

「時間がないってことか!」


 敦とさゆりが倒れようと、ホムンクルス達には何の関係もない。というか、目標が減ったわけだから望むところだろう。感情がないように感じられるため、どう思っているかはわからないが。

 そのホムンクルス達は、飛鳥と真桜が積層結界を展開させる直前から、次々と襲い掛かってきている。今も飛鳥のミスト・インフレーションによって、一体のホムンクルスが血飛沫を上げながら倒れていく。


「お、お姉ちゃん……!」

「飛鳥先輩!久美先輩!!」


 1年生や三つ子達は、見ていることしかできない。自分達も戦いたい気持ちはあるが、どう考えても足手まといにしかならない。真桜のシルバリオ・ディザスターで足を止められたホムンクルスが、久美のノーザン・クロスで砕け散るが、神話級術式によって生み出されたホムンクルスは生態領域も強いため、飛鳥達でも倒すのに非常に手間がかかっている。

 それでもこのまま見ているだけというのは、刻印術師のプライドが許さない。

 倒れたままの敦とさゆりを助けられない。

 いつまでも無力なままではいられない。

 だからなのだろうか。

 オウカの右手に継承されたジャンヌの刻印が、突然輝いた。


「え?」

「オ、オウカの刻印が!」

「ジャンヌさん?」


 驚いたオウカだが、それだけではなかった。次の瞬間、左手の、オウカの生来の刻印までもが光を放ち始めた。そしてその光に呼応するかのように、瞬矢の右手にある刻印も光を放った。


「な、なんだっ!?」

「まさか、生成発動!?」

「エアマリン・プロフェシーが吸収された?再展開を!」


 突然消失したエアマリン・プロフェシーを再展開させた雪乃だが、敦とさゆりに展開させていたエアマリン・プロフェシーが無事だったことに安堵し、急いで三つ子達に目を向けたが、そこで驚くことになった。


「し、瞬矢君とオウカちゃんがいない!?」


 生刻印を生成発動させたであろう瞬矢とオウカの姿が、エアマリン・プロフェシーの結界内になかった。


「ど、どこだっ!?」


 さすがにこれには飛鳥も驚いた。もちろん意識の大半はホムンクルスとの戦闘に向けられているが、結界からいなくなった義妹と後輩のことが気にならないわけがない。


「上よ!」

「まさか……あれって!」

「刻印……法具?」


 雪乃の言葉に従って軽く上空に視線を向けると、真桜と久美も絶句した。1年生や三つ子達もだ。


「これが、刻印法具……」

「なんで……私達が……」


 瞬矢とオウカは、積層結界のほぼギリギリの位置に滞空していた。背には一対の翼が生えている。


「翼?」


 二人が生成した刻印法具は翼状装飾型で、オウカは純白の翼だが、瞬矢は右が深紅、左が漆黒の翼を生成していた。


「綺麗だけど、それは後ね!」


 見惚れたくなるような美しい翼だが、それは後回しだ。久美は瞬時に意識を目の前のホムンクルスに戻した。


「ああ。瞬矢、オウカ!その法具の特性はわからないが、フライ・ウインドを使うようにすれば、多分いけるはずだ!敦とさゆりを頼む!」


 飛鳥も同様で、瞬矢とオウカに指示を出す。

 翼状の刻印法具は、装飾型の3割近くを占めると言われている。飛鳥達も見たことがあるから、形状に関しては珍しいとは言えない。もっとも日本で翼状刻印法具を生成するのは、引退した前代表の香川保奈美を筆頭に刻印管理局に二人ほどいるぐらいで、過激派にはいなかったが。


「はいっ!」

「任せて、お兄ちゃん!」


 フライ・ウインドを発動させ、瞬矢は敦を、オウカはさゆりを宙に浮かせ、雪乃はエアマリン・プロフェシーを二人の移動に合わせて動かした。

 同時にオウカはクリエイター・デ・オールも生成し、プラティヌ・エクストレームを発動させた。そこに瞬矢のライトニング・スワローが重なり、ホムンクルスを牽制している。


「委員長!敦先輩とさゆり先輩は、結界の中に入りました!」

「大河!二人を病院へ!オウカと瞬矢は護衛を頼む!」

「任せろ!お前ら、手を貸せ!」

「はい!」


 敦とさゆりが、無事大河達のいる結界に辿り着いた。飛鳥はすぐさま大河に二人を任せ、刻印法具を生成したばかりの瞬矢とオウカに護衛を命じた。二人が生成してくれたことで状況が変わったことは間違いないが、無理はさせられない。

 大河がさゆりを抱きかかえ、京介と勝が敦を担ぐと同時に、飛鳥と真桜が積層結界に脱出口を開けた。そして大河達が脱出すると同時に閉じると、二人の目には決意が宿っていた。


「よしっ!先輩、久美、少しだけ時間を稼いでください」

「やる気ね?わかったわ」

「お願い!飛鳥!」

「ああ!」


 わずかではあるが、生成中に隙ができる。その隙を突かれないよう、飛鳥は雪乃と久美に援護を頼み、真桜と手を繋いだ。

 そして二心融合術を発動させ、神の槍を顕現させた。


「主よ、詳しくは後ほど語ろう」

「そうしてくれ。今はこいつらを一掃する!」

「お願い、ブリューナク!」

「心得ている」


 ブリューナクはすぐにアンスウェラー、フラガラッハへと姿を変え、飛鳥と真桜の手に収まった。

 そして神話級術式アンサラーを発動させ、ホムンクルス達を全て光の中へと葬り去った。


「やっぱりすごいわね、アンサラーは。それにしても、魔剣アゾットか」

「ブリューナク、話は神社に帰ってから聞く。アゾットについても、できれば教えてくれ」


 同じ刻印神器、ブリューナクはアゾットのことも知っている。ダインスレイフのことも知っていたから、これは飛鳥達も予想していた。


「承知している。だが急げ。先の二人、あまりにも蝕まれすぎている」


 だがこのブリューナクのセリフは、さすがに予想外だった。


「それって、命が危ないってことなの!?」

「その通りだ。我がアルミズでも、あの病魔を駆逐することはできぬ」

「アルミズでも!?」


 ブリューナクの神話級治癒術式アルミズは、神話級だけあって怪我はおろか、病気も癒すことができる。そのアルミズを以てしても治すことができない病魔となれば、緊急性も致死性も高いことがわかる。


「だがこの世の医術であれば、治療は不可能ではなかろう」


「そうか。アルミズは広範囲の人の、自己治癒力を高める術式。だからウィルスが原因の病気には、効果が薄いのね」

「その通りだ」


 久美の言う通り、ウィルスが原因の病気は自己治癒力を高めはするが、抗体を作り出すわけではない。抗体がなければウィルスを駆逐することはできないため、自己治癒力を高めるだけでは根本的な解決にはならない。そのためアルミズだけではなく、エクスカリバーの治癒術式グレイルでも効果は望めない。


「わかった。とりあえず、あいつらの様子を見に行こう。美花のことも気になる」

「その前にブリューナク、瞬矢君とオウカちゃんだけど、もしかしてあの子達も、あなたの影響をうけたの?」


 刻印神器は生成発動を促す。雪乃や久美だけではなく、敦やさゆり、雅人やさつきまでもが影響を受け、生成している。だからタイミング的に見ても瞬矢とオウカの生成発動に、ブリューナクが関与していることに疑いはない。


「否。あの者達の発動を促したのは、ダインスレイフだ」

「ダ、ダインスレイフ!?」

「な、なんでっ!?」


 だがブリューナクの返事は、予想外のものだった。


「オウカちゃんの右手の刻印が、ジャンヌさんのものだからでしょうね」


 予想外ではあったが、雪乃はその理由を正確に予想してみせた。


「やはりそなたは聡明だな」

「あら、ありがとう」

「どういうことなんだ?」

「それも後ほど話そう。それよりいいのか、主よ?」

「そうだよ、飛鳥!」

「わかった。それじゃ、またな」


 ブリューナクを刻印に戻し、積層結界を解除すると、飛鳥達は急いで病院へ向かった。

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