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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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10・魔剣アゾット

――PM15:29 鎌倉市民病院前――

 飛鳥達は美花が入院した鎌倉市民病院へやってきた。会話内容は高校生らしいのだが、移動手段が飛鳥と雪乃の中型四輪というのはどうかと思う。

 それはさておき、生成者達が急に足を止めた。六人が六人とも引き締まった表情をしていることから、只事ではない何かを感じてはいるが、それを聞こうとする前に、雪乃が口を開いた。


「飛鳥君、さゆりさん」

「わかってます」

「20人ってとこですね」

「何の話ですか?」

「えっ!?」


 突然、多数の刻印術が飛鳥達を襲った。予期せぬ不意打ちに1年生や三つ子達は驚いているが、飛鳥達生成者は落ち着いている。同時に雪乃がエアマリン・プロフェシーを展開させた。

 直後に飛鳥と真桜がネプチューンとヴィーナスの積層結界を展開させ、さゆりがクレイ・フォール、久美がフロスト・イロウション、敦がショック・コートを発動させ、襲撃者を全て倒した。


「さすが先輩達だな」

「え?もう終わったの?」

「早すぎるでしょ、さすがに」

「まあ、先輩達だしな」


 1年生は勝手なことを言ってるが、この程度のことは何度か見せているから、ある意味では仕方がない。逆に初めて見た三つ子達は、三つ子だけあって同じ顔で絶句している。


「いや、何かがおかしい」


 だが今回は、いつもとは様子が違う。一流の生成者としての勘が、危機を訴え続けている。


「どうかしたのか?」

「私達の結界に、何かが干渉してきてる……」

「なんですって?」

「なっ!?」


 飛鳥と真桜の積層結界で周囲の被害は抑えられた。雪乃のエアマリン・プロフェシーで下級生達の防御は問題ない。そして敦、さゆり、久美の広域系術式で襲撃者は全滅した。

 だが何かがおかしい。襲撃者の気配はけっこうな数だったが、殺気はほとんどなかった。というか、あれだけの数がいたにも関わらず、同じ質だった。これはどう考えてもありえない。

 しかも飛鳥と真桜の積層結界に干渉してくるなど、並の実力者ではない。少なく見積もっても自分達と同等、最悪の場合七師皇や三剣士クラスの可能性すらありえる。


「まだガキだってのに、なかなかやるじゃねえか」

「誰だ?」

 現れたのは一人の男だった。東南アジア系だろうか。

 だが飛鳥と真桜の積層結界に干渉してきた以上、油断などはしていない。


「様子見だけにしとくつもりだったが、気が変わった。少し遊んでやるよ」


 その男は両手の刻印から短剣状と腕輪状の刻印法具を生成すると、刻印融合術を発動させた。


「な、なんだ……あの剣は!?」


 現れたのは刀身の短い、いわゆるショートソードだが、幅はガードとほぼ同一で、柄には柄頭と柄尻に赤い宝玉が施されている。

 そして次の瞬間、空気が凍り付いた。


「我が名はアゾット。錬金の業を極めし魔剣なり」

「け、剣がしゃべった!?」

「ってことは、刻印神器か!」


 その一言で、下級生達の顔色は青を通り越して白くなった。刻印神器の力がどれほどのものか、それは神槍事件の報道だけでもよくわかる。その刻印神器が敵として現れるなど、並の絶望感ではない。


「それだけじゃない!あの人はアジア刻印術協会に所属せず、いくつもの街を壊滅させた魔剣の使い手、ラヴァーナよ!まさか、日本に来てたなんて!」


 雪乃は目の前の男の正体にも予想がついた。正月の七師皇会談で聞いたことには守秘義務が科せられていたから、飛鳥達にも話せてはいなかったが、ここにきて黙っているという選択肢はない。


「な、なんで知ってるんですか!?」

「まさか、正月の七師皇会談で?」

「ええ。詳しくは後で話すわ。今はあの人を止めないと!」


 さすがにここまで来れば、情報封鎖は逆に自分達の首を絞めかねない。だが今は説明している場合でもない。詳しい話はこの場をしのいでからだ。


「俺のことを知ってる奴がいたか。あれは楽しかったぜぇ?」

「狂ってやがるな」

「ダインスレイフみたいに、魔剣に乗っ取られてるってわけじゃなさそうね」


 フランスの魔剣ダインスレイフは、その強烈な意思で生成者である双子の姉弟の意識を奪い、ユーロで暗躍をしていた。

 だが魔剣アゾットを生成したこの男、ラヴァーナはそんな様子は一切見られない。むしろ喜々としている。


「先輩!三つ子や1年を頼みます!」


 本来であれば下級生達は、この場から逃がすべきだ。だが刻印神器が相手では、飛鳥と真桜も結界に脱出口を作り出す余裕がない。かといって解除すれば、取り返しのつかない被害が出てしまう。だからこの場で、最も強度と精度が高い雪乃に任せるしかなかった。

 その下級生達に向けて、ラヴァーナはアゾットを突き出すと同時に、強大な刻印術を発動させた。


「このっ!!」


 久美が急いで間に立ち、クリスタル・ミラーで反射させたが、あまりにも強大な威力に正確に跳ね返すことはできず、闇の刻印術は上空に消えた。


「ほう。手加減したとはいえ、エリクシールを跳ね返すとはな」


 ラヴァーナが発動させた術式は、闇性神話級攻撃対象支援系術式エリクシール。ブリューナクのアンサラーと同等の戦術級術式だ。


「久美!」

「さすが、神話級ね……!」


 久美も予想以上の威力を持つ術式に、さすがに膝をついた。ラヴァーナが言うようにかなり手加減されていたため、何とかクリスタル・ミラーで跳ね返すことができたが、本来の威力で発動させていれば、久美はおろか、背後にいた下級生達も無事では済まなかっただろう。


「隙ありだっ!」

「おりゃあああっ!」


 だがエリクシールを跳ね返した久美に意識を集中していたラヴァーナに、飛鳥がミスト・インフレーションを、敦がアンタレス・ノヴァを纏わせながら踊りかかった。


「むおっ!」

「油断大敵よ!」


 二人の攻撃を紙一重で避けたラヴァーナに、真桜のシルバリオ・ディザスターが襲い掛かる。


「ぐおっ!」


 さすがに銀の雨を完全に避けることはできなかったようで、ラヴァーナの左腕が銀になっているが、それでもフライ・ウインドを使うことで、その場から高速で離脱された。

 だが、それもこちらの思惑通りだ。


「敦!」

「おうっ!」

「な、なんだとっ!?」


 敦とさゆりのヴォルケーノ・エクスキューションが、ラヴァーナの着地点を対象に発動した。まさか着地点に火口が現れ、さらには噴火までするとは思ってなかったラヴァーナは、完全にそちらに意識を持っていかれてしまった。


「飛鳥君!真桜ちゃん!久美さん!」

「はい!」


 そのヴォルケーノ・エクスキューションを、雪乃のプラネット・クライシスが覆い、そこに飛鳥がミスト・リベリオンを、真桜がシルバリオ・コスモネイションを、久美がサザン・クロスを重ねた。

 六人のS級は、日本の生成者の中でも、上から数えた方が早い攻撃力を持つ。その積層術となれば、神話級には及ばないとはいえ、街一つは壊滅させることはできるだろう。


「おおっ!」


 予想外の術式の連発に、ラヴァーナが驚愕に表情を歪めた。瞬間、爆炎や濃霧、雷光、銀や氷の雨などによってその姿は隠れ、星の消滅に飲み込まれていった。


「す、すげえ……」

「む、無茶苦茶だ……」

「あれが……先輩達の本気……」

「あれなら、いくら刻印神器でも……!」


 下級生達にとって、生成者である先輩達の全力を見たのはこれが初めてだ。戦ってる所は何度か見たことがあるが、ここまで激しかったことはない。

 だが目の前の光景は、今までの戦闘とはあまりにも違いすぎる。飛鳥と真桜の積層結界内だから周囲への被害はないし、雪乃のエアマリン・プロフェシーがあるから自分達には被害が来ていないが、もし結界がなかったら更地どころかクレーターぐらいはできそうな勢いだ。というか、既にクレーターができている。自分達の知っている刻印術とは、あまりにも次元が違いすぎる。

 正直、こんなとんでもない威力の攻撃にさらされたら、相手が刻印神器だろうと、生きていることは不可能に近いと思える光景だ。

 1年生達も三つ子達も、普段刻印術を教えてくれている姉や先輩達がどれほどの実力者なのか、改めて実感した瞬間だった。


「いえ、さすがは刻印神器ね」


 だが雪乃が口を開いたことで、絶望の淵に叩き落とされたような気分になった。


「どうだ……?」

「相手が相手だし、倒せたとは思わないけど……」


 ゆっくりと煙が晴れると、やはりというか、予想通りというか、ラヴァーナが無傷で立っていた。


「やっぱり無傷かよ!」

「いや、狙いは良かった」

「アゾット!」

「俺を狙うとは、やってくれるじゃねえか!こいつがエリクシールを使ってくれなかったら、ちぃとばかしヤバかったぜ!!」


 よく見ればラヴァーナの服は、かなりボロボロになっている。あれだけ服がボロボロになっているということは、本人もそれなりのダメージを受けているはずなのだが、そんな様子は一切見られない。

 その理由は、神話級術式エリクシールだ。


「エリクシールって、さっき久美が跳ね返したんじゃ!?」

「エリクシールは、万能薬とも不老不死の薬とも言われているわ。薬も過ぎれば毒になるから、おそらくオーバードース効果を攻撃に利用しているはずよ。解析はできなかったけど、おそらく攻撃系と治療系両方の特性を持っているはずよ」


 雪乃の推測通り、エリクシールは攻撃系術式としてだけではなく、治癒術式としても使うことができる。というより、そちらが本来の使用方法に近い。

 オーバードースとは、薬の過剰摂取によって中毒症状を起こしたり、内臓の機能低下を起こしたりする症状のことを指す。最も多いのは睡眠薬の過剰摂取による自殺で、子供の誤飲も少なくない。また麻薬の過剰摂取も、国によっては大きな問題となっている。

 市販の薬でも大問題を引き起こすのに、それが伝説の不老不死の万能薬の名を持つ神話球刻印術ともなれば、大問題どころではない。おそらく治癒力も、ブリューナクのアルミズやエクスカリバーのグレイル以上だろう。


「つまりあの神話級は、攻撃と回復、どっちもできるってことか!」


 神話級術式の発動には、かなりの印子を消耗する。だから連発はできないし、複数の神話級を同時に行使することも不可能だ。例外として二心融合によって生成されたブリューナクが、生成者それぞれが個別に使うことで可能としている。

 だが神話級は、一発で戦況を覆すことも可能な戦略級、戦術級兵器にも匹敵する威力を持つ。印子の消耗が激しかろうが、本気を出されてしまえば先程の積層術でも容易に破られるだろう。


「ラヴァーナよ。この子供達はどうだ?我としては、ここで始末しておかねば、後々厄介なことになると思うが?」

「それには同意だ。だがあいつの依頼だからな。今回は見逃してやる。ただで、ってわけじゃねえけどな!」

「やはりそうなるか。だがよかろう。我は主の決定に従うまで」


 ラヴァーナは、この場で飛鳥達の命まで奪うつもりはない。本音を言えば障害になり得る飛鳥達を、見逃したくはない。だが協力者から依頼を受けている身としては、今回は見逃すしかないことを理解している。

 だがアゾットのエリクシールがなければ、命を落としていた可能性もあったし、実際に死の恐怖を感じた以上、このまま何もせずに帰るつもりはない。


「な、なんだ?」

「ホムンクルス!」


 アゾットを構えたラヴァーナは闇性神話級対象支援干渉系術式ホムンクルスを発動させた。

 無数の刻印が魔方陣のように光を放つと、その中からラヴァーナに似たホムンクルスが、アゾットに似た剣を持ち、まるで召喚の刻印のように現れた。

 その名の通りホムンクルスを生み出すこの術式は、闇を形にすることで、ラヴァーナのホムンクルスとアゾットの模造品を作り出す。特に刻印神器アゾットを模した剣は、神話級こそ使えないが模倣神器と呼ぶに相応しい力を秘めている。


「まんまな術式ってことかよ!」

「じゃあな」


 現れたホムンクルスは、驚くことに30体は下らない。

 だが意外なことに、ラヴァーナは飛鳥と真桜の積層結界を刻印ごと破壊すると、その場を後にした。

 結界を破られた余波によって、周囲にも多少の被害が出てしまったが、幸いにも病院は無事だった。だが現れたホムンクルス達の姿に、周囲の人達はパニックを起こしている。警察官が必死に誘導しているが、このままではマズいと判断した飛鳥と真桜は、再びネプチューンとヴィーナスの積層結界を展開させた。

 下級生達が残っていることを忘れたままで。

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