9・双子
――西暦2098年2月2日(日)PM12:18 湘南レディース・クリニック――
この日風紀委員会は、湘南にある産婦人科を訪れた。理由は三条家に新しく加わったニューフェイスに会うためだ。
「失礼します」
「みんな。来てくれたのか」
「お久しぶりです、雅晴さん」
出迎えてくれたのは雪乃の父 雅晴で、2年生とは神槍事件の後に何度か会ったことがある。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう」
「双子だと聞きましたが?」
「ああ。女の子の双子だ。朔夜と朝陽という名前にした」
「女の子なんですね」
「葵は何か言ってます?」
「弟を欲しがってたから、残念がってるよ」
四人姉弟から六人姉弟の黒一点となった葵は、また肩身が狭くなることだろう。
「でしょうね。それでもあいつが、一番可愛がりそうだけど」
「それで奏さんと朔夜ちゃん、朝陽ちゃんは、どこにいるんですか?」
「ミルクをあげているよ。雪乃もそこにいるはずだ」
ここまで話して、ようやく久美が雅晴の、何かを気にしているような様子に気が付いた。
「どうかしたんですか?」
「ああ。雪乃が適性を調べてくれたんだが、どうやら朔夜が闇、朝陽が光らしいんだ」
「闇と光って、珍しいですね。しかも双子でなんて」
一卵性の双子でも適性が違うことは珍しくない。だが闇と光は対となる属性であり、火、土、風、水の四属性より難易度が高いことも有名なため、子煩悩な雅晴はそれを心配しているだろうと予想ができる。
「花鈴、琴音。同じ双子として、どう思う?」
「私達も適性は違いますから、それは珍しくはないと思いますよ」
「光と闇は珍しいですけど、六分の一の確率なわけですしね」
朔夜、朝陽と同じ一卵性双生児である花鈴と琴音も、適性は違う。というか花鈴が風、琴音が土と、相克関係の強い属性に適性を持っている。だからというわけではないだろうが、本人達からすれば光と闇という属性に適性があることの方が珍しく感じているようだ。
「それはそうなんだが、まさか姉弟全員が違う属性になるとは思わなくてね」
「そういやそうですね。だけど水じゃないだけ、まだマシじゃないですか?」
「言えてる」
長女の雪乃が水属性に適性を持ち、尚且つ世界でも希少な複数属性設置型刻印法具を生成しているため、もし水属性に適性を持っていれば、とんでもないプレッシャーを感じる羽目になったことだろう。そう考えると希少な光と闇に適性を持っているとはいえ、かなりマシだと思えてしまうのも仕方がない。もっとも雪乃は、光属性にも適性があったりするのだが。
「ただいま~。って、先輩達!来てくれたんですね!」
そこに三つ子が帰って来た。
「お邪魔してるわよ、茜、翠、葵」
「はい!」
「もうすぐ、母さんや姉さんも戻ってくると思います」
「葵君、なんか嬉しそうだね」
「え?い、いえ、そんなことはありませんよ」
「葵ったら、朔夜と朝陽が可愛くて仕方がないんですよ」
「それは茜もだろ!」
年の離れた弟妹は、かなり可愛い。特に葵は自分より下の弟妹はいなかったのだから、尚更のように見える。だからといって茜や翠が違うのかと言えば、そんなことはない。
「否定しないということは、飛鳥並の兄バカになれる素質十分ね」
「待て、さゆり。どういう意味だ?」
飛鳥としては、さすがにこのセリフは聞き逃せない。
「胸に手を当てて考えなさい」
「……やけに冷たいな?」
答えたのは久美だが、こんな簡単にあしらわれるとは思わなかった。
「ごめん、お兄ちゃん。私もさゆりさんと久美さんに賛成」
「オウカまで……」
さらにオウカにまで追い打ちをかけられた飛鳥は、軽く打ちひしがれた。
「俺、そこまでじゃないと思いますし、そんな素質はいりませんよ……」
「あら、みんな。来てくれたのね」
だが雪乃と奏が戻ってきてくれたことで、飛鳥がそれ以上責められることはなかった。
雪乃は朝陽を、奏は朔夜を抱いているが、どうやら双子は眠っているようだ。
「あ、先輩。お邪魔してます」
「奏さんも、お久しぶりです」
「ええ、久しぶり。今日はわざわざありがとう」
奏は雪乃の姉に見られることもよくあり、本当に二人はよく似ている。というか後ろ姿では見分けがつかないほどで、飛鳥と敦は何度か間違えたことがある。その雪乃と奏が双子を抱いていると、どちらが母親なのかわからない。口に出せば命が危ないから、絶対に言わないが。
「私達も、双子に会いたかったですから」
「その子達が、朔夜ちゃんと朝陽ちゃんですね。可愛い!」
女子達は朔夜と朝陽に、しっかりと悩殺されている。優斗の世話が日常になりつつあるが、それとこれとはやはり別問題だ。
「ありがとう。雪乃にそっくりなのよ」
「へえ。ということは、美人になるってことですね」
「ちょ、ちょっと!」
非公式ながら今年のヴィーナス・コンテストのグランプリと目されている雪乃は、立派な美少女だ。その雪乃に似てるなら、朔夜と朝陽も間違いなく美人になるだろう。
だが雪乃はそうは思っていない。刻印術に関しては、ワイズ・オペレーターを生成し、オラクル・ヴァルキリーという称号をもらったこともあり、一流の生成者の一人であるという自覚は持てるようになってきたが、容姿に関しては未だに自信がない。風紀委員会の委員長に推されるまではとても地味だったという自覚はあるし、服装もあまり派手なものは好まない。さすがに校内の噂は知っているが、それは生成者だということが必要以上に作用した結果だと思っている。
周囲、特にファンの生徒からすれば、そこが良いと声を大にして語るだろうが。
「ところで真辺さんの姿が見えないけど?」
「美花は例の変な風邪にかかっちゃったんです」
「まあ、それは大変ね」
美花は試験中に原因不明の風邪にかかり、しかも先日、入院してしまった。美花だけではなく、他にも何人かが同じ症状を訴えているが、その多くが入院してしまっている。
「私の通ってた中学でも、何人か入院したそうだけど、葵君達の中学は大丈夫なの?」
久美の出身中学は明星高校の近くにあり、実家も明星高校の近くだ。そのせいもあってか、久美は出身中学にも、美花達と同じ症状で苦しんでいる生徒がいることを知っている。
「今の所、そんな話は聞いてないですね」
「だけど疑わしい人はいたと思います」
「やっぱりか。インフルでもないし、早いとこ薬ができるといいんだが」
インフルエンザにはタミフルという治療薬が有名だが、他にもいくつか種類がある。だがインフルエンザの治療薬では、美花達が罹患している病気にはまったく効果がなかった。そのため治療薬の早期開発が望まれている。
「みんなも気を付けてね」
「もちろんです」
「朔夜と朝陽にうつすわけにはいきませんからね」
「そりゃそうだ」
「私達も勇斗君にうつさないように気を付けないとね」
「だな」
赤ちゃんは抵抗力が低いため、感染力の強いウィルスには弱い。生まれたばかりの朔夜と朝陽はもちろん、瞳の息子の勇斗もまだ生まれてから一年も経っていないため、十分に注意しなければならない。瞳は源神社で働いている関係で、勇斗も毎日のように神社に来ているのだから。
「それじゃあ俺達は、そろそろお暇しようぜ」
「そうね。美花のお見舞いも行かなきゃいけないし」
美花が入院したのは試験が終わってからだが、今までは家族でも面会謝絶だった。今もどうかはわからないが、それでも飛鳥達は毎日見舞いに行くようにしている。
「そう。真辺さんに、お大事に、って伝えてね」
「はい。それでは、失礼します」
「私も行ってくるわ」
「あ、私も行く!」
「俺も」
「私も行かせてください」
「うん、一緒に行こう」
雪乃だけではなく、三つ子も美花の見舞いについてくる気満々だ。だが互いに面識があるし、三人は明星高校を受験するつもりだと聞いているから、断る理由はない。
雅晴と奏に挨拶をし、飛鳥達は病院を後にした。




