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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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7・動く事態

――西暦2098年1月27日(月)AM11:32 明星高校 2年2組教室――

 明日から週末までは追試が行われるため、今週は授業もほとんどなく、次年度へ向けての自習やクラブ、委員会活動が主となる。そのためお昼前には解散となるのだが、そこに雪乃がやってきた。


「失礼します」

「あ、雪乃先輩」

「どうかしたんですか?」

「ええ。今度の討論会のことで、ちょっと困ったことがあってね」


 無事に卒業を決めた3年生は今週から自由登校となるため、登校している生徒はほとんどいない。

 だが雪乃は、来月に開催される刻印術師前世論の討論会の論文をまとめるため、普通に登校してきている。対象が飛鳥達2年生生成者なのだから、これは普通にわかる話だ。


「困ったこと?俺達の前世のことで、何か問題でも?」

「そっちは順調よ。参加者の方には、正確な情報を提供することにもなってるし」

「ああ、そういや先輩が窓口でしたっけか」


 飛鳥達に最も近しい者ということで、雪乃は連盟から世界中の前世論者達への窓口役を依頼されている。さすがに直接連絡が来ることはないが、連盟の係員から二日に一度は連絡が来るくことになっているため、雪乃は試験中から忙しく動いていた。


「でもそれじゃ、いったい何に困ってるんですか?」


 そのことは飛鳥達もよく知っているから、何故雪乃が困っているのか見当もつかない。


「アーサーさんもマーリン教授の助手として、来日するでしょう?」

「ですね」

「さすがに三剣士だから、滞在できるのは討論会の間だけってニュースで言ってましたね」


 刻印三剣士の一人、オーストラリアのクレスト・ナイト アーサー・ダグラスは、その立場上、本来ならば気軽に国外へ出ることはできない。

 だがアーサーはシドニー大学の学生でもあり、別件で七師皇、三剣士は来日する手筈になっているため、オーストラリア政府としても引き留めることができずにいた。


「それのどこに問題が?」

「ところがいろいろあって、来日が早まったそうなの。それでお姉さん共々、近々来日されるそうなの」

「へえ。アーサーさん、お姉さんがいたんですね」


 アーサーに姉がいることは、あまり有名ではない。アーサーの姉 クレアは生成者ではない、ということも一因だろう。


「しかもなぜか、家に泊まりたいって言ってきて」

「それはまた、返答に困りますね」

「というか、アーサーさんのお姉さんも、前世論の研究者なんですか?」

「ええ。大学を卒業したら、正式にマーリン教授の助手になられるそうなの」


 クレアも前世論の研究者であり、今はマーリン教授の助手を務めている。まだ学生なので手伝い程度だが、卒業後は正式に助手として、シドニー大学に勤務することが決まっている。


「なるほどね。でもそれって、先輩にとってもプラスになりませんか?」

「普段なら私も大歓迎だけど、今は時期が悪いのよ。お母さんのこともあるし」

「そういやそうでしたね。来月でしたっけ?」

「そうなの。2月に入ってすぐぐらいが予定日だから、申し訳ないけどあまり余裕はないのよ」


 雪乃の母 奏はまもなく臨月を迎える。しかもお腹にいるのは双子ときているため、とてもではないが自宅に泊めることはできない。偶然ではあるが出産と討論会の日程が重なってしまったのだから、それは仕方がないことだ。


「それは確かに困りますよね。だけどアーサーさんもお姉さんも、先輩に会うために来るわけだから、簡単に断るわけにもいかないだろうし」

「それでも、事情は伝えとくべきじゃないですか?」

「それしかないかしら」

「ちなみにいつ来るんですか?」

「それが……週末なの」


 正月の七師皇会談に参加してはいたが、あの時はセキュリティ強化のためという理由があった。そのため以降の七師皇会談には、雪乃は参加していない。だから七師皇と三剣士の総意で来日が決定したことも知らない。だからアーサーの来日は、雪乃にとって本当に急に感じられた。

 もっとも慌ててるのは、家庭の事情ばかりではないが。


「それまた急なお話で」

「ご家族はなんて言ってるんですか?」

「迷惑をかけてしまうけど、それでもよければ、だそうなのよ」

「雅晴さんや奏さんなら、そう言うでしょうね。三つ子はどうなんですか?」


 両親は大したおもてなしもできないだろうことが申し訳ない、という感じだが、三つ子はむしろ歓迎している。というか刻印三剣士とお近づきになれるチャンスでもあるのだから、多少の無理をしてでも泊まってもらいたいと思っているようだ。


「それは……ごめんなさい、ちょっと待ってね」


 だがそのタイミングで、雪乃の刻印具が着信を知らせた。ディスプレイを見ると表示されているのは父の文字。


「もしもし、お父さん?どうかしたの?え?お母さんが?だって、予定日は来月じゃ?え?もう37週に入ってるから、おかしなことじゃない?それにしても、早すぎるわよ!」


 間が良いのか悪いのか、このタイミングで母の奏が産気づいてしまったようだ。妊娠37週目に入っているから早産というわけではないが、その辺りの違いは判断が難しいところがある。37週に入ったばかりだから、早産寄りになることは間違いないだろうが。


「なんか、大変なことになってるな」

「みたいね」

「このままじゃ来月どころか、今月中に産まれちゃうかもしれないわね」

「それじゃあお父さんが、お母さんを病院に?え?今、金沢のヨットハーバーなの!?お仕事だから仕方ないけど、こんなタイミングで……。ええ、わかったわ。私がお母さんを病院に連れていくわ。大丈夫、もうほとんど、自由登校みたいなものだから。ええ。お父さんも早く来てね。それじゃあ」


 しかも父の雅晴は仕事の関係で金沢にいるとなれば、長女が頼りにされるのは当然のことだ。

 雪乃は魔改造した中型四輪を所有しているので、奏を病院まで連れていくことにも何の問題もない。妊婦を乗せて運転するのは初めてなので、かなり緊張することにはなるが。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ありがとう、大丈夫よ。お話の途中で申し訳ないけど、今日は早退するわ」


 通話を終えた雪乃に飛鳥が声をかけるが、雪乃はすぐに帰宅することを決定した。話の途中ではあるが緊急事態なのだから、誰も文句は言わない。というか、言えるわけがない。

 ここで早退という言葉を口にするのが雪乃らしいが、そもそも3年生は自由登校になっているため、ここで帰っても何も問題はなかったりもする。


「ええ。お大事になさってください」

「産まれたら顔を見にいきますね」

「ええ、待ってるわ。それじゃ、ごめんね」


 雪乃は慌ただしく教室を後にした。


「本当に大変そうだな」

「確か、双子だったか?」

「そうみたいね。ただでさえ下の弟妹が三つ子なのに、さらに双子が増えるわけだから、今時珍しいわ」


 どの家庭でも子供は一人か二人が多い昨今、雪乃はすぐ下に三つ子の弟妹がおり、さらに双子が生まれてくれば六人姉弟となる。久美の友人知人にもそんな大家族はいないから、本当に今時珍しい大家族だ。


「ホントだよね。あ!そういえば、男の子か女の子か聞くの忘れてた!」

「そういえばそうね。でもそれは、産まれた時の楽しみにしときましょう」

「女の子だったりしたら葵の奴、ますます肩身が狭くなるんだろうな」


 三つ子で唯一の男である葵だが、同時に末弟でもある。姉三人に囲まれて育ってきたこともあって、奏の妊娠を知った時は節に弟を願ったのも仕方ないことだろう。逆に三つ子の姉である茜と翠は、妹がいいと言っているらしい。


「でしょうね。ところでこの展開、前にもあったような気がするんだけど?」

「あったわね。あの時はどこかの馬鹿が乱入してきたけど、今日は来なかったみたいね」

「じゃあ、あそこにいるあれはなんだ?」

「あれ?……何やってるの、あの馬鹿は……」


 その馬鹿に全員の視線が集中した。視線の先にいるのは連絡委員長の伊東壮一郎。メジャーリーグのボールを投げる野球少年のお姉様のように身を隠している。はっきり言って鬱陶しい。


「田中、連絡委員会の委員長、考えた方がいいんじゃないか?」

「今後の展開次第ね。限りなく、嫌な予感がするけど……」

「奇遇だな、俺もだ……」

「実は私も、そんな予感がするんだよね……」

「どう見ても泣いてるからな、あいつ……」

「どうするべきかしらね……」


 だがそのタイミングでチャイムが鳴ってしまい、直接壮一郎を問い詰めることはできなかった。

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