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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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6・学年末試験終了

――西暦2098年1月25日(土)AM12:04 明星高校 風紀委員会室――

 学年末試験も終わり、結果も掲示された日の放課後、風紀委員は今日も巡回のために風紀委員会室に集まっていた。


「で、お前らはどうだったんだ?」

「多分、大丈夫だと思います」

「瞬矢は何の心配もしてないわよ。問題は勝と花鈴でしょ」

「私もですか!?」


 勝は2学期の期末考査において、ほとんどの教科で追試を受けていたため、今回も問題視されていた。そして花鈴は、全教科の半分が赤点スレスレだったため、こちらも追試とは縁のない先輩方からすれば心配になっている。花鈴としては心外だが。


「仕方ないじゃない。国語や歴史なんて、オウカに教えてたと思ったら、いつの間にか教えてもらう方になっちゃってたし」

「あうっ!」

「しかもオウカの得意科目、しっかりと教えてもらってたはずなのに、結局ダメだったんでしょ?」

「はうぅぅぅ……!」

「ごめんね、花鈴。私の教え方が下手で……」

「……」


 紫苑、琴音の言う通り、日本に来て数ヶ月のオウカは風紀委員のみんなからよく勉強を教えてもらっていた。最初の頃こそロシアとの内容の違いに戸惑っていたが、元々成績優秀だったオウカはすぐに授業にもついていけるようになり、2学期末試験でも良い成績を収めていた。

 だが花鈴は、今回も赤点ギリギリな教科があった上に、勉強会では逆にオウカ教えてもらうという醜態を晒していたため、オウカのフォローでついに机の上に沈むことになった。


「撃沈したか」

「したね。オウカって教え方上手だったと思うけど」


 花鈴とは違い、今回も問題なく試験を終えた優等生の京介と瞬矢は余裕しゃくしゃくだ。


「やっほー」


 そこに突然、引退した香奈とまどかがやってきた。


「あ、香奈先輩」

「どうしたんですか、今日は?」

「試験が終わって、卒業も決まったから息抜きよ。ところで雪乃は?」

「雪乃先輩ですか?」

「今日は来てないですよ」


 3年生が風紀委員会室に来ることは、年が明けてからはかなり珍しい。だが雪乃は生成者であり、前世論の件もあるのでけっこう頻繁に訪れている。だが今日はまだのようだ。


「どうかしたんですか?」

「さっき正式に発表されたんだけど、討論会の場所と日時が決まったのよ」


 飛鳥達の前世が判明したことは、世界中の前世論者にとって大きなニュースだった。本来であれば討論会ともなれば開催まで数ヶ月はかかるだろうが、判明してからわずか一ヶ月で開催が決定したということは、それだけ前世論者が待ちきれなかったということになるのだろう。


「おお、決まりましたか」

「いつ、どこでやるんですか?」

「日時は2月20日から22日。場所は横浜ロイヤルパークホテルよ」

「横浜って、また近いですね」

「なんで横浜で?」

「あのねぇ。何のための討論会だと思ってるのよ」


 さすがにわかってないわけではないだろうが、まさかそんな疑問が、当事者達から飛び出るとは思わなかった。まどかが呆れるのも当然だろう。


「そりゃそうか」

「確かに当然ですね」

「じゃあ雪乃さん、もしかして図書館にいるんじゃ?」


 討論会には雪乃も参加することになっているし、そうでなくとも興味を持って調べているわけだから、雪乃が図書館にいると考えるのは難しいことではない。オウカだけではなく、1年生は全員が同じことを考えていた。


「ありえるな。毎日調べものしてるって松本が言ってたし」

「なら、もう知ってるってことか。せっかく教えてあげようと思ったのに」

「三条先輩は参加者なんだから、正式発表前に知ってたんじゃ?」


 雪乃が討論会に参加する理由は、飛鳥達に近い人物ということもあるが、アーサー経由でマーリン教授に届けられた前世論の論文が目に留まったということの方が大きい。しかもそれが実証されたわけだから、マーリン教授だけではなく、世界中の前世論者から注目も集めている。


「そっちじゃなくて、参加者の方よ。すごいわよ」

「マーリン・フェニックス教授は当然として、有名大学の教授も多かったですよね?」

「それも世界中からね。そっちはまだ増えるって話だけど、雪乃が喜ぶ人の参加が正式に決まったのよ」

「先輩が喜ぶ人?」

「誰……ああ、ローザ・ベラルディか」

「なるほど、クワトロ・エレメンツの一人で前世論の研究者か」


 クワトロ・エレメンツはイタリアを代表する刻印術師であり、半年前に開催された世界刻印術総会談で飛鳥達も直接会っている。だから真っ先に名前が挙がったと言えるだろう。


「……」

「……」

「……」

「無言で生成するな!」


 だが真桜、さゆり、久美からすれば、まるっきり見当違いだ。無言で刻印法具を生成するのもやむなしだろう。


「これは仕方ないでしょう」


 いつものことではあるが、香奈も呆れてため息を吐いている。


「なんでですか!?」


 だが飛鳥も敦も、まったくわかっていない。


「わからない先輩達が悪いですよ、これは」

「つか、なんでわからないんですか……」


 この先輩達は、いつになったら気付くんだろうかと思う。鈍いにも程がある話なのだから、1年生から軽蔑の眼差しを向けられるのも仕方がない。


「邪魔するぞ」

「あ、戸波先輩。お久しぶりです」


 そのタイミングで、今度は遥がやってきた。


「どうかしたんですか?」

「大した用じゃない。試験の結果も発表されて、やっと一息つけたからな」

「酒井先輩がまた追試なのはともかく、卒業決まったんですよね」


 遥達と同じ引退した先輩である酒井武は、学業に難があり、毎回毎回追試を受ける羽目になっている。それは卒業がかかっている今回の試験でも例外ではない。


「おめでとうございます、先輩」

「ありがとう」

「だけど葛西先輩が、試験中に体調を崩したって聞いてますよ?」

「葛西だけじゃない。1年や2年にも、そんな奴が多いだろ?」

「そうなんですよね。美花や浩も、それで休んでますから」


 試験が始まる少し前から原因不明の風邪が流行っており、何人かの生徒が学校を休んでいた。その中には副委員長の美花や1年生風紀委員の浩、遥達と同じ元風紀委員の葛西昌幸も含まれている。しかも昌幸は無理して試験を受けていたせいもあってか、思ったより重症で入院してしまったと聞いている。


「時期的にもインフルエンザじゃないかって言われてるから、考慮してくれるって話ですけどね」

「それなんだよ」

「どれですか?」

「本当にインフルエンザかどうかってことだ。そんなニュース、聞いたこともないからな」


 インフルエンザが流行り出す時期ではあるが、今年はまだそんなニュースはない。予防のために取り上げられることはあるが、その程度だ。明星高校だけでも50人以上の生徒が休んでいるから、もしインフルエンザなら他にも罹患者がいるはずだし、ニュースになっているはずなのだが、そんなことは一切ない。だから遥は、インフルエンザかどうかを疑っている。


「まあ、確かに。だけど一斉に感染するとなると、それぐらいしか考えられませんよ?」


 集団感染する伝染病や流行病が他にないわけではないが、思いつかないのも事実だ。


「もしかして戸波先輩、あの噂のことですか?」

「あの噂?どの噂だ?」


 そこに京介が噂話を持ち掛けてきたのだが、飛鳥には何の噂か見当がつかなかった。


「先月のことなんですけど、どこかの国で刻印神器が生成されたっていう噂です」

「委員長と敦先輩が、USKIAの軍艦を沈めたっていう噂も、そのサイトが発信源ですよ」

「例のアングラ・サイトってやつか」


 敦が眉を顰めた。そのサイトのことは知っているが、根も葉もない噂があまりにも多いため、信憑性は低いと思っていた。だからそんなサイトから、自分と飛鳥が三剣士と共にUSKIAの軍艦を沈めたという噂が発信されていたとは思わなかった。


「それ、どんな噂なの?」

「刻印神器の印子をばら撒くことで病気に似た症状を起こさせるとか、病原菌そのものを作り出すとか、いまいち信憑性に欠ける内容ですね」

「確かに眉唾ものだが、刻印神器なら不可能とは思わないな」


 まどかも飛鳥同様、あまりネットは見ないから知らなかったが、確かに信憑性に欠けると思われた。だが実際に刻印神器、そして神話級刻印術を見たことがある身としては、刻印神器ならできてもおかしくはないとも思える。


「そうね。戸波先輩もご存知だったんですか?」

「川島経由で矢島からな。そのサイト、前から気になってたんだ。ほとんどはデマだが、ごくごく稀に、真実をついていることがあるからな」

「俺達のことや知盛のことですね」


 平家事件で平知盛として目覚めてしまった男―平野智也は、刻印術師ではないごく普通の青年だった。連盟は名前と刻印術師ではないということしか公表しなかったのだが、そのサイトでは家族構成はもとより、どうやって目覚めてしまったのかも合わせてアップしていたのだから、遺された家族にも多大な迷惑が被ったことは想像に難くない。

 厄介なことに匿名掲示板でもあるため、削除してもキリがなく、しかもダインスレイフの生成者についてはフランスの双子という情報まで上げられている。ブリューナクの生成者についての噂はまだないが、この分では時間の問題だろう。ネットの掲示板による情報の拡散は防ぎようがないため、掲示板を削除してもあまり意味はない。


「警察や連盟に対処してもらうしかないが、公にはできない情報が多いから、それも難しい気がするな」

「ですよね。知らぬ存ぜぬで通すのが一番ってことですかね」

「だなぁ」


 飛鳥にとっては他人事ではないが、真桜との結婚と同時に自分達がブリューナクの生成者であることは公表されるから、それまで無視を決め込めばいいわけだが、それが原因で周囲が騒がしくなるのは勘弁してほしいと思う。

 だが今のところ直接被害を被ってるわけではないので、飛鳥は思考を切り替え、巡回のための配置を考えることにした。


「ともかくそっちは俺達じゃどうしようもないから、警察とか連盟とかに任せるとして、そろそろ巡回行くぞ」

「そうしましょうか」

「っと、そうすると俺達は邪魔になるな」

「そんなことありませんよ」


 引退した3年生が巡回することがないわけではないが、それは2学期までの話だ。3学期になれば学年末試験や受験が重なるため、3年生はそちらにかかりきりになるし、3月になれば卒業してしまうのだから、後輩達の邪魔にならないように委員会室に来ることも稀になる。

 だが学年末試験が終われば、卒業までは自由登校となるため、学校に来ることも少なくなる。そのためこの時期は多くの委員会やクラブに3年生が顔を見せることが珍しくない。


「先輩達全員の卒業が決まってたら、うちでお祝いでもしたかったんですけどね」

「酒井君はまた追試だし、葛西君に至っては欠席が続いてるものね。まあ葛西君は、登校できるようになれば卒業できるだろうけど」

「確かに酒井先輩の方が心配ですね」


 昌幸の成績は中の上といった所だが、武は追試の常連なのでお世辞にも良いとは言えない。どうなるかは本人次第だが、なんだかんだ言っても毎回乗り切ってるわけだから、今回も何とかなるような気もしないでもない。今頃本人は、必死に頑張ってるだろうが。

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