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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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4・図書館の諍い

――AM12:08 明星高校 生徒会室――

「おーっす」


 三学期初日の今日は、各委員会も簡単にだが集まり、3学期の予定や新年度へ向けての用意を始めることになっている。


「よう、阿部」

「三上、今日はお前だけか?」

「田中がそう言ってたからな」

「三学期の初日だし、確かに全員を呼び出す必要はないかもね」


 風紀委員も同様に集まったが、やることはいままでと変わらない。だから飛鳥は、巡回を美花に任せ、生徒会室に来ていた。本来なら同じ生徒会役員の真桜、敦、さゆり、久美も参加するはずだが、初日ということもあるし、かすみから召集を受けたわけではなかったので、全員巡回に回ってもらっている。


「それもそうか。田中、頼まれてた自治委員会の議事録、持ってきたぞ」


 クラス委員で構成されている自治委員会は、新年度になれば委員長と副委員長、書記以外はメンバーが変わるため、大きな行事がなくとも、この時期は話し合いが長引くことがある。どの委員会も、この時期ともなれば連帯感が生まれるから、長引くのはいい。自治委員会は修学旅行や宿泊研修でも手を貸してもらうことが多いから、1年生に教えておくことも大事だ。特に修学旅行は、副会長の駆だけでは手が回らないから、自治委員会の協力が必須だ。


「ありがとう、阿部君。富永君に渡しておいてくれる?」


 自治委員会の性質上、駆には早めに覚えておいてもらいたいと考えたかすみが、自治委員会の議事録で例年の動きを教えておきたいと考えるのは、少し過保護かもしれない。もっとも自分達の時は、目の前の風紀委員長がいろいろとやらかしてくれたのだから、あまり参考になる話ような話を聞かせられないのも痛い。


「了解。で、伊東は?」


 自分が最後だと思っていた迅だが、一人足りないことに気が付いた。確かに連絡委員会は人数が多いが、昼食に行きたがるクラブは多いから、さほど時間はかからないはずだ。


「まだなんだよ」


 生徒集会の様子から、壮一郎が何か仕出かすのではないかと思っていた向井だが、どうやら本当にやらかしているのかもしれない。去年真桜に失恋した身としては、気持ちはわからないでもない。


「さっき連絡委員会を覗いてみたんですけど、とっくに終わってるって言われました」

「ってことはあいつ、連絡委員会室にはいないってことか?」

「刻練館や部室にもいませんでした」


 駆も壮一郎の様子が気になっていたから、かすみや亨から去年の様子を教えてもらい、連絡委員会室へ足を運んだ。だが既に終わっており、どこかに消えたと副委員長に言われた。刻練館や歴史研究会の部室も覗いてみたが、結局見つけられなかったので、諦めて生徒会室に戻ってきたわけだが、どこで何をしているのかは、正直気になる。


「いったいどこに行ったの……あら?航君からだわ。ちょっとごめん」


 響も気になったが、そこに連絡が入った。

 佐伯さえき わたるは図書委員会の副委員長であり、図書委員長である響とは中学時代からお付き合いをしている、いわゆる幼馴染というやつだ。校内では雪乃に次いで前世論に詳しい航は、響と二人で雪乃を手伝ったこともある。ちなみに航は刻印術師で、響の従姉とも面識がある。


「もしもし、航君?どうかしたの?」

「大変だ、響!上田と飯島が、伊東達と一触即発なんだ!」


 響が生徒会に出ていることは、航も知っている。それでも連絡を寄越すのだから、何か緊急事態が起きたのではないかと思っていたが、その内容はあまりにも予想外すぎた。


「一触即発!?いったい何があったのよ!?」

「三条先輩が、前世論の討論会に参加することが決まっただろ?だからあいつら、誰が先輩を手伝うかでモメてるんだよ!」

「そんなことで!?航君は大丈夫なの!?」


 あまりにもロクでもない理由だ。響からすれば、そんなくだらないことに航が巻き込まれていないか、そちらの方が心配だった。


「俺は大丈夫。だけどもうすぐ、三条先輩が来るんだよ!」


 何度か前世論についての調べものを手伝ったことがある響と航だが、対象が同級生のことだし、航は飛鳥達と同じクラスなので、調べていくうちに自分達も興味が出てきたし、楽しく手伝わせてもらっていた。そのお礼として刻印術の練習に付き合ってもらったこともあるし、勉強を見てもらったこともある。だから響も航も雪乃を尊敬しているし、また手伝いたいとも思っている。

 その雪乃が、自分が原因で騒ぎが起きたことを知れば、悲しそうな顔をするし、責任を感じてしまうのではないかと心配だ。


「それはマズいわね。ちょっと待ってて。三上君!」

「ああ。悪いがちょっと行ってくる」


 航の声が大きかったから、内容はダダ漏れだった。だがそれが、説明の手間を省いてくれたのだから、この際良しとしよう。そんなことより飛鳥としては、風紀委員の介入の必要性を感じ、すぐに生徒会室を出て行った。


「あの馬鹿、何してんだよ……」


 迅も派手に呆れていた。まさか連絡委員長が、そんな問題を起こすとは思いもしなかった。


「夏休みのことがあるから、焦ってるんでしょ」

「相手がアーサー・ダグラスじゃねぇ」


 瑠依や真子も同様に、頭を抱えていた。


「それを差し引いても、連絡委員長が率先して問題起こしてどうすんだよな」


 校内の生徒だけならともかく、刻印三剣士アーサー・ダグラスなら、確かに勝ち目は薄いだろう。だがだからといって、雪乃に迷惑をかけてしまっては本末転倒のような気がする。


「飛鳥君が行ったわけだし、じきに取り押さえられるでしょう」


 生徒会長のかすみとしても、これはかなり頭の痛い問題だ。2学期早々は、オラクル・ヴァルキリーの称号を授けられた雪乃を敬遠していた生徒も少なくないが、それでも今図書館で騒動を起こしている生徒は、壮一郎を含めて全員が、ライバルが減ったと喜んでいた。そのせいか2学期は、どちらかといえばかすみや美花に対しての問題の方が多かったのだが、ここにきてその問題は、再び雪乃に降りかかってきているような気がする。


「本当ね。もしもし、航君?今、三上君がそっちに向かってくれたわ」


 飛鳥が向かってくれたのだから、本当にすぐに鎮圧されるだろう。


「こっちはより状況が悪化したよ!3年生の先輩達まで来た!」


 そう思っていた響だが、そうは問屋が卸してくれなかったようだ。まさか3年生まで参加してくるとは、思いもしなかった。


「ええっ!?だ、誰が来たの!?」

「藤堂先輩と矢島先輩がいる!他にもいるけど、俺の知らない先輩が多い!」

「藤堂先輩が!?」


 藤堂とうどう 新太郎しんたろうは、響の前任の図書委員長であり、珍しく眼鏡をかけているが、目が悪いわけではない。医療の発達により、近視や遠視、乱視といった目に関する症状は、ほとんど改善されている。完全に治療できるわけではないので、眼鏡をかけている者も少なからずいるが、今ではオシャレの一環となっており、生活型刻印具としても販売されている。


「矢島先輩までいるなんて……。どうなってるのよ、連絡委員会……」


 新太郎が前連絡委員長の矢島俊樹共々、雪乃にアプローチをかけていたことはよく知られている。生徒会という、雪乃に接する機会が多い立場だったから、称号を貰った後も、変わらず接していた。

だが悲しいことに、雪乃は困ったような顔で丁重にお断りしていたし、さらに夏休みの噂によって、壮一郎と同様に叩きのめされていた。だから過激な行動に出てしまったのだろう。


「航君!図書館は今、どうなってるの!?」


 だがそんなことは響にはどうでもよく、航と雪乃に被害が出ていないかどうかが心配だった。


「今飛鳥が来て、ニブルヘイムで拘束してくれた。全員、生徒会室に連れて行くって言ってるよ」


 どうやら飛鳥は急いでくれたようだ。ニブルヘイムを使うとは思わなかったが、おそらく図書館で騒動を起こしていた生徒は、残らず氷り付いたに違いない。


「わかったわ。航君も来るの?」

「そのつもり。すぐに行くから」


 図書委員会副委員長として、航も事情を説明に来てくれるようだ。響との通話を切ったということは、そんなに時間をかけずに、生徒会室に来てくれることだろう。


「さすが飛鳥君ね。ニブルヘイムを使うとは思わなかったけど」

「あいつもだけど、生成者連中、先月辺りから普通にA級使うようになったよな」

「みんなもこの状況に、慣れてきちゃってるからね」

「それもそうか」


 どうやら響だけではなく、この場の全員が、ニブルヘイムを使うとは思っていなかったようだ。

 だが確かに、明星高校の生徒は今の状況に慣れてきている。生成者が使う刻印術は、それがC級やD級であっても自分達とは一線を画す威力をもっているが、それが脅しにしかならなくなってきていた。だからA級を使うようになったらしいが、あれでもC級相当に威力を落として使っていると言っていた気がする。

 それはともかくとしても、今は目の前の問題をなんとかしなければ、おそらく新年度になれば、美花やかすみ、剣道小町に柔道小町が矢面に立たされる気がする。それを防ぐためにも、この事態を抑えなければならないことを、全員が痛感していた。



―10分後

「お待たせ。連れてきたぞ」


 予想より早く、飛鳥が生徒会室に戻ってきた。航も一緒だが、捕まえた生徒達は飛鳥がフライ・ウインドで運んできたのだから、これは見せしめではないかとも思う。


「飛鳥君、このまま運んできたの?」

「まさか。トランス・イリュージョンを使ってある」

「そうなの、航君?」

「ああ。さすがに伊東や藤堂先輩、矢島先輩までいるから、いろいろと問題が起きるし」


 飛鳥も航も、その程度のことは理解できていた。だが大人しくついてきてくれるかわからなかったから、やむなくウォーター・チェーンで拘束し、トランス・イリュージョンで周囲から見えなくし、フライ・ウインドで運んできたのだが、航からすればそんな積層術を使われるとは思わなかったから、かなり驚いた。


「伊東、お前な……」


 全員の目が、呆れや怒りや軽蔑の光を湛えながら、壮一郎に突き刺さった。


「あ、いや、その……」


 その壮一郎は、かなりバツの悪そうな顔をしていた。どうやら自覚はあったらしい。


「矢島先輩まで、何やってんですか……」

「藤堂先輩もです!前生徒会が、率先して問題起こさないでください!」

「わ、悪かった!」


 そして前生徒会の二人も、さすがに肩身が狭そうだ。特に図書委員長である響は、前任が仕出かした不祥事のせいで倒れそうになったのだから、叫びたくもなる。


「先輩達は受験が近いんですから、三条先輩が手伝いをお願いすることはないと思いますよ」


 向井が真っ当な理屈を述べた。


「受験?知るか、んなもん!」


 だが俊樹は、どうやらそんなものは二の次らしい。


「俺の成績なら、落ちることはないらしいぞ」


 新太郎にいたっては、学年10位に入る成績優秀者だから、落ちることはまず考えられない。それを逆手にとってこんなことをされては、たまったものではないが。


「……もういいです。それで、他の人達は?」


 さすがにかすみも、これ以上は無駄だと判断するしかなかった。


「3年は何度か取り締まったことがある。2年は初めてだが、いずれも三条先輩のファンだって公言してた奴等だ」


 雪乃の同級生である3年生は、常日頃から雪乃に言い寄っていたから、風紀委員としても取り締まるしかなかった。さすがに俊樹と新太郎はそこまで露骨ではなかったが、引退したことが引き金になったような気がする。


「さすが三条先輩だな。今年のヴィーナス・コンテスト、グランプリは決まったんじゃねえか?」


 ヴィーナス・コンテストは、3年生が卒業する直前に、新聞部が一年間集めたアンケートや情報をまとめ、公表する。昨年度グランプリの栄冠は、卒業した元連絡委員長 島谷恭子の頭上に輝いていた。ちなみに準グランプリは美花、その次が同率で雪乃とかすみだったため、今年は三人の誰かだともっぱらの評判だ。


「でしょうねぇ」


 もっともグランプリは卒業生に贈られることが多いから、おそらく今年は雪乃、来年は美花かかすみではないかと思える。


「それはともかく、生徒会長と風紀委員長としては、どうするつもりなの?」


 だがそれは、今は関係ないから横に置く。あれだけの問題を起こされたわけだから、現職の生徒会や前生徒会といえど、処罰を下さないわけにはいかない。


「討論会に向けての三条先輩の手伝いは、全面的に禁止だな」

「お手伝いは松本さんと佐伯君に任せた方がいいかもね」


 原因が雪乃の手伝いなのだから、それを禁止することが無難だと飛鳥は考え、かすみもそれに同意した。同時に雪乃の手伝いを響と航に任せることで、以後の問題を封じる考えだ。


「んだとっ!?」

「横暴だぞ!」


 3年生からの反対が激しいが、飛鳥もかすみも、覆すつもりはない。むしろこの程度ですまそうと考えているのだから、感謝してほしいと思う。


「先輩達が、ケンカなんかしようとしてたからでしょう」

「それから伊東君。しばらくは小野田君も、生徒会に参加してもらうからね」


 小野田おのだ しげるは、連絡委員会の副委員長を務めている。準役員のため、生徒会にはあまり参加していないが、壮一郎や運動部長の真吾、文化部長の朱里ともども、連絡委員会をまとめるために、日々駆けずり回っている。


「まさか、伊東を更迭しようってんじゃないだろうな?」


 その茂を参加させるということは、壮一郎にリコールがかかったと思われても仕方がない。俊樹としては、敦を風紀委員会にかっさらわれ、後釜に指名した壮一郎がリコールとなれば、卒業まであとわずかとはいえ、権威失墜ものだ。そんな権威などないが、立場が悪くなるのは間違いない。特に壮一郎が所属している剣道部と歴史研究会。


「そんなつもりはありません。でも前連絡委員長と現連絡委員長が、いったい何をしたと思ってるんですか?」


 かすみも壮一郎を更迭するつもりはない。だがそれとこれとは別だ。新旧連絡委員長の不祥事に、かすみはかなりご立腹だ。


「あの~……田中さん?そんなに怒らなくても……」


 かすみに詰め寄ろうとしていた俊樹だが、怒り心頭のかすみに、逆に気圧された。美花に比肩する人気を誇るかすみだが、美花同様、滅多に怒りを表したりしない。剣道小町や柔道小町が気が短いのに対し、美花とかすみは雪乃同様、おしとやかな美少女で通っている。

 そのかすみが、本気で怒っていた。といっても、喚き散らしたり、暴力に訴えたりしているわけではない。深く静かに、ただ俊樹を睨みつけていた。視線は絶対零度にも匹敵するほど冷たく、それでいて地獄の業火のようなオーラを纏って見えるような気がする。


「何か言いましたか?」

「なんでもありません!申し訳ありませんでしたっ!!」


 そのかすみの迫力に押され、俊樹は本気で頭を下げた。


「みなさんもいいですね?」

「は、はいっ!」


 それは新太郎や、飛鳥に捕獲された生徒も同様で、心境はまさに、ヘビに睨まれたカエルだろう。


「かすみがキレるなんて、相当よね」

「それだけ、ストレスが溜まってたってことだろうね」


 会長席の隣、副会長席と会計の席に座っている向井と瑠依が、かすみに聞こえないような声で会話しているが、かすみがストレスを溜め込んでいたのは周知の事実なので、近いうちにカラオケ辺りで発散させた方がいいと思っていた。その矢先にこんな事態を巻き起こされたわけだから、かすみがキレるのも仕方がないだろう。


「ありがとう、佐伯君」


 全員が納得(?)してくれたことで怒りがおさまったのか、かすみが航にお礼を述べた。


「俺は何もしてないけどね」

「航君が連絡をしてくれたから、すぐに事が収まったんじゃない」


 謙遜する航だが、響にもそう思える。もし図書館でケンカを起こしていれば、3年生は受験に差し支えることは明らかだったのだから、航の判断は的確だったと思う。


「本当にそうよね。富永君、小野田君を呼んでくれる?」

「わかりました」


 かすみの指示を受け、向井の反対にある副会長席で事態を静観していた駆は、すぐに茂を呼ぶため、生徒会室を出て行った。

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