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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編

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3・始業式

――西暦2098年1月6日(月)AM9:21 明星高校 講堂――

 3学期初日、講堂では始業式が終わり、続いて生徒集会が行われていた。


「あけましておめでとうございます。みなさん、冬休みはいかがお過ごしでしたか?」


 檀上では、生徒会長のかすみの挨拶が始まっていた。


「去年と違って、今年の冬休みは平和だったな」

「そりゃそうでしょ」

「去年は神槍事件から始まって、平家事件で終わったわけだからな」

「改めて考えると、本当にとんでもない年だったわよね」

「本当に大変だったな」

「お前は当事者だもんな」


 飛鳥にとって、去年は本当に大変な年だった。神槍事件、魔剣事件、世界刻印術相会談、そして平家事件。他にも過激派や革命派、他国のテロリストの暗躍、近隣では優位論などにうつつを抜かした生徒や不正術式の密売を行っていた警察官までいた。月に一度は、何かしらの事件に巻き込まれていたような気がする。


「今年は平和であってほしいと、心から思うな」

「去年の頻度がおかしすぎたでしょう。あんな事件、年に一度でも多いわよ」


 神槍事件と魔剣事件は、その名が示すように刻印神器が使用された。世間には知られていないが、総会談や平家事件でも使われており、他にもいくつかの刻印神器が生成されたのではないかと疑っている有識者は、少なからず存在している。


「3年生は間もなく受験です。月並みなことしか言えませんが、体を壊さないよう、体調管理に気を付けてください。先輩方の合格を、心からお祈りしています」


「受験っていや、三条先輩が留学するって噂があるが、それってマジなのか?」


 雪乃は現在、日本でも有数の前世論研究者となりつつある。とは言ってもまだ学生だし、始めたばかりに等しいから、将来有望な若手といったところだが。


「え?そうなの?」

「そんな噂があるのは俺も知ってるが、先輩は明星大学に進学するって言ってたぞ」


 その雪乃が留学するという噂は、宿泊研修が終わった辺りから、校内で度々耳にしていた。だが雪乃を含めた風紀委員の先輩達は、全員が明星大学に進学すると言っていた。本人達から直接聞いたのだから、これは間違いない。


「ってことはデマか?」

「前世論の権威がオーストラリアにいるから、そこから出た噂じゃないか?」

「ああ、マーリン・フェニックス教授か」


 オーストラリアにあるシドニー大学の教授 マーリン・フェニックスは、前世論を唱えた最初の学者であり、そのため前世論の権威として世界的に有名だ。


「そういえば伊東君、宿泊研修が終わってから前世論を勉強し始めたって聞いたわよ?」

「おうよ。三条先輩の手伝いをできるようにな」


 壮一郎だけではなく、校内には雪乃に惚れている生徒は多い。だが全員が前世論の勉強をしているかといえば、そんなことはない。むしろ壮一郎は、前世論に詳しい方だ。だから壮一郎は、雪乃のお眼鏡に叶うよう、今まで以上に力を入れて前世論を勉強していた。


「手伝いっていえば、三条先輩と三剣士のアーサー・ダグラスが、夏休み中一緒に行動してたそうだけど、それも前世論のためなの?」

「他にも理由があったらしいけどな」

「他にもって、何があったんだよ!?」


 夏休み中、雪乃とアーサーが行動を共にしていたことは、壮一郎も知っている。だが相手は刻印三剣士の一人にして、若き前世論の研究者。それに他にも何人かいたと聞いているから、壮一郎はあまり問題に感じてはいなかった。たった今、飛鳥の言葉を聞くまでは。


「な、なんでそんな必死なんだよ!?」


 他の理由とは、実は飛鳥は知らない。真桜達が意味深に語るから、それを伝えただけだ。だが壮一郎が目を血走らせながら迫ってきたのだから、飛鳥が仰け反ってしまうのも無理もないだろう。


「必死にもなるだろ。校内の連中はともかく、相手がアーサー・ダグラスじゃ、どう考えてもこいつに勝ち目はないからな」


 迅は飛鳥達と同じクラスだから、その話は何度か聞いたことがある。その話を聞いた瞬間、壮一郎だけではなく、校内の三条雪乃ファン・クラブが血涙を流す姿が、容易に、何度も目に浮かんだものだ。


「そりゃ刻印三剣士なんだから、簡単に勝てたりなんかしないだろ」

「いつものことだが、そういうことじゃねえよ」

「というか、なんでわからないワケ?」


 そして飛鳥は、今回もわかっていなかった。飛鳥と敦が、卓也とセシルの噂を知らなかったことは、亨や瑠依としても、とても信じられなかった。迅もなんで知らなかったのか、その理由を問いただした覚えがある。


「何を?」

「いつものこととはいえ、本気で腹立つな」

「そのくせこいつには婚約者がいるし、井上も彼女できたわけだから、殺したくもなるよな」

「あれは本気で驚いたけどね」


 飛鳥と真桜が兄妹でありながら婚約者同士だということは、明星高校の生徒なら誰でも知っている。兄妹になった経緯も、多少は知っている。だからこれはいい。

 だが敦とさゆりのことは、正直予想できなかった。

 2学期終業式の夜、生徒会は招待され、源神社のクリスマス・パーティーに参加した。雅人が懸賞で当てた豪華食材を、風紀委員会女子と雪乃が料理してくれたが、あれは本当に美味しかった。しっかりクリスマス・プレゼントまで用意されていて驚いたが、そのプレゼントを賭けての馬鹿騒ぎも楽しかった。

 だがその席で、敦とさゆりがお付き合いを始めたことも聞かされ、本気で驚いた。さゆりが敦に惚れていたことは、初心なさゆりを見ていればすぐにわかったし、知っている生徒は多かったはずだ。対して敦は、さゆりの気持ちを知っていたのかすら疑わしい。というか、絶対に気付いていなかったと断言できる。

 その敦が、さゆりと付き合い始めたから驚いたわけで、1年生のように、今年度のデンジャラス・カップル最有力候補が誕生してしまったことにパニックを起こしてしまったからではない。


「では少し長くなりましたが、生徒会長としての挨拶を終わります」

「おっ、終わったか」

「みたいだな。ん?あれは……一ノ瀬先生か?」

 かすみが挨拶を終えると、生徒集会だというのに何故か準一が壇上に上がった。

「だな。何かあったか?」

「さあ?」

「あと数ヶ月で先生も卒業だから、その件じゃない?」

「そういや忘れてたが、一ノ瀬先生ってまだ大学生だったな」


 準一が赴任してから早三ヶ月が経ったが、年齢が近いこともあってか、生徒からの人気は高い。だがその準一が、まだ大学生だという事実は、多くの生徒が失念していた。何を隠そう、亨もその一人だ。


「ああ、そうだったわね」

「単位が危ないってことだったりしてな」

「余裕はあるって聞いてるぞ」

「私もそう聞いたわ」


 生徒会だけではなく、近くの生徒からも似たような話が聞こえてきた。そんな会話を知ってか知らずか、壇上の準一が口を開いた。


「教育実習生の一ノ瀬です。生徒集会中に申し訳ないが、つい先程、正式に決定したことがあるので、この場を借りて報告させていただきます」

「大学の話じゃないっぽいな」

「みたいね」


 この時期、まだ大学は始まっていない。だから大学のことではないようだが、他に何があったのか、皆目見当がつかない。だが生徒集会に割り込んだのだから、それなりの理由はあるはずだ。


「すでに知っているかもしれないが、この度四刃王 エグゼキューターの名村先生と、宿泊研修に付き添いで参加してくださったフランスのサクレ・デ・シエル セシル・アルエットさんの結婚を、フランスも正式に認めた。同時にアルエットさんは、四月から明星高校に教師として赴任されることも決まった」

「おお、決まったのか」

「おめでとうございます、名村先生!」


 卓也の結婚については、相手がセシルだということを含め、2学期中から噂があった。だがセシルは、フランス最高位の生成者でもあるため、軍を除隊し、日本に移住したとはいえ、フランスはそれを認めていなかった。その二人の結婚が決まったということは、ようやくフランスが認めたということになる。

 講堂のあちこちから、卓也に祝福の拍手が送られている。その卓也は、気恥ずかしそうな顔をしていた。


「そのため近日中に、フランスからアルエットさんの上司だった方と、刻印三剣士のミシェル・エクレールが来日することになった」


 フランスの刻印三剣士 ミシェル・エクレールは、セシルの上司でもあったし、除隊するまではコンビを組むことも多かった。これも有名な話だし、結婚相手が日本の四刃王なのだから、三剣士が出てくるのもわからない話ではない。


「そりゃすげえな」

「しかし四刃王ともなると、結婚相手だけでも大変なもんなんだな」

「結婚相手だから大変なのよ。それにしても、よくフランスが認めたわね」


 いくら日本を代表する四刃王とはいえ、結婚する相手は自分で決める。政府としては、自分達で決めた相手と結婚してほしいから、見合いぐらいはセッティングすることはあるが、その後どうするかは、本人達次第だ。

 だが卓也の場合、相手がフランスでもトップクラスの生成者なのだから、自分の意思だけではどうにもならない。日本とフランスだけではなく、他の国とも何かしらの問題が起きる可能性があるのだから、これは仕方がないことだ。


「三上君、何か知ってる?」

「セシルさんのことか?機密指定事項だから、ダインスレイフが関係してるってことだけしか話せないな」


 フランスの刻印神器 魔剣ダインスレイフは、ユーロで大きな事件を起こした。生成者である双子の姉弟は既に亡くなっているが、それ以降フランスは、ユーロでの発言権が小さくなることを余儀なくされていた。刻印三剣士がいなければ、さらに小さくなっていただろう。同時に日本からの擁護もあったため、フランスとしては大きな借りを作っていた。


「刻印神器が絡むのかよ……」

「ソード・マスターとマルチプル・ヴァルキリーを派遣したわけだから、フランスにとってはかなり手痛い問題ってことなんでしょうね」


 ソード・マスター 久世雅人は、ミシェル・エクレール同様、刻印三剣士の一人であり、三華星のマルチプル・ヴァルキリー 久世さつきと結婚し、間もなく1年になる。この事実も、フランスにとっては頭の痛い問題だった。さらに頭の痛い問題として、ダインスレイフを破壊したのは日本の刻印神器 神槍ブリューナクだという事実を、一部のフランス政府高官や軍上層部は知っている。この事実が公表されでもすれば、フランスの面目は丸つぶれになる。日本もブリューナク生成者の存在を秘匿しているとはいえ、それは条件付きなのだから、今後どう出られるかがわからない。

 そんなところにセシルの結婚の話が舞い込んできたのだから、フランス政府はかなり対応に四苦八苦していたのだが、ブリューナクとダインスレイフの件を公にしないという条件で、やむなく認めざるをえなかったと、飛鳥は聞かされていた。


「そして次に、平家事件で三上飛鳥君、三上真桜さん、水谷久美さん、井上敦君、そして一ノ瀬さゆりの前世が判明したが、それについての討論会が開かれることになった。世界各国から研究者が日本へやってくるが、日本からも何人か参加する。3年生の三条雪乃さんも、その一人だ」


 だが次の話は、飛鳥にとっても予想外だった。確かに討論会らしきものが、日本で開催されるかもしれないとは聞いていたが、こんな早くに決まるとは、正直思っていなかった。


「さすが三条先輩だ!」


 対象的に壮一郎は、自分のことのように喜んでいた。


「それはそうなんだけど、受験が近いのに、そんなことやってていいの?」

「先輩の成績なら、万が一にも落ちることはないだろ」


 瑠依の心配も当然だが、迅の言うように雪乃の成績はかなりいい。2学期の期末試験も総合5位に入っている。余程のことがあっても、落ちることはないだろう。


「これで俺も、先輩の手伝いによりいっそう力が入るってもんだ!」


 もっとも壮一郎が声を上げているように、雪乃の手伝いをしたがる生徒は多い。これはこれで、また問題が起きそうな気がして仕方がない。


「参加者はまだ未定だが、提唱者であるオーストラリアのマーリン・フェニックス教授と刻印三剣士 アーサー・ダグラスが来日することは決定している」

「アーサー・ダグラスまで?」


 だが続く準一の一言で、天にも昇る心地だった壮一郎は、一瞬にして地上へと引き戻された。


「どうした、伊東?」

「あれでしょ。夏休みに三条先輩とアーサー・ダグラスが、二人で前世論の研究をしてたから、危機感を感じてるんでしょ」


 夏休み中、雪乃とアーサーが二人で前世論を研究していたことは、かなり有名になっていた。それもそのはずで、二人で街を歩いている姿が何度も目撃されているのだから、噂になるのは当然のことだ。


「前世論の研究をしてただけだろ!?」


 だがその事実は、雪乃に惚れている壮一郎達にとって、とてつもない重大事だった。同じ前世論の研究者、しかも刻印三剣士の一人が相手となれば、逆立ちしても自分達に勝ち目はない。


「そういやアーサーさん、先輩の家に行ったことがあるって言ってた気がするな」


 さすがにこれは初耳だった。すさまじい殺気と嫉妬の籠った視線は、飛鳥も思わず怯んでしまったほどだ。


「でもどうしよう!私、すっごいファンなんだけど!?」

「ミシェル・エクレールの方が、いい男じゃない?」


 だがそんな壮一郎のことは、生徒会女子にとっては眼中にない。身近な刻印三剣士は雅人だが、他の三剣士も人気が高い。しかも夏休みに揃ったのだから、日本の女性の間では、三剣士の話題は今もホットなものとなっている。真子や瑠依にとっても、それは同様だ。


「なんにしても、また刻印三剣士が揃う可能性があるってわけか」

「そうなるのか」


 三剣士が揃うことは、滅多にない。夏休みの総会談が、まさにその滅多にない事態だったが、それからわずか半年足らずで、また揃うことになるとは思いもしなかった。

 だがこの時飛鳥は、今何が起きているのか、この後何が起きるのかを知らない。いや、知る術もなかった。

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