2・七師皇会談
――AM10:00 源神社 母屋 書斎――
一斗が書斎として使っている部屋は、広さが十畳の和室で、書斎というより私室と言った方がいい。だが一斗の趣味で、今から100年以上前、昭和と呼ばれた時代をイメージする調度品があちこちにあり、壁に埋め込まれた大きめの生活型刻印具の存在が異質に見えた。
「時間だな」
机の上の型落ちパソコンを刻印テレビに繋ぎ、回線データを入力し、雪乃がメディスン・スフィアを接続したことで、準備が整った。モニターの電源を入れると、六分割された画面が表示され、一つ一つに人の顔が映し出された。
「久しぶりだな、諸君。元気そうで何よりだ」
七師皇の長 エジプトのアサド・ジャリーディーが、全員の顔を見渡しながら述べた。
「ええ。お久しぶりです」
それに習い、七師皇もそれぞれが挨拶をはじめた。だが一斗が挨拶をすると、全員が訝しんだ。
「一斗、菜穂と雅人がいるのはわかるが、なぜ彼女までいるのだ?」
疑問を口にしたのはアサドだった。この場にいるのは一斗、菜穂、雅人、雪乃の四人だが、他の七師皇は、自分だけしか参加していない。三華星の一人であり、七師皇の候補にもなっていた菜穂と、刻印三剣士である雅人がいるのは、この場の誰にとっても当たり前のことなので、いない方が疑問を感じるが、雪乃はそういうわけではない。この場の全員から称号を与えられたとはいえ、まだ一介の生成者にすぎないのだから、訝しみもする。
「現在実家に戻っているので、セキュリティが心配でしてね。丁度彼女がいたので、お願いしたんですよ」
「なるほど。確かに設置型なら、それぐらいはお手の物だな」
だがアサドは、雪乃が設置型の生成者であることを覚えていた。同時にセキュリティを心配してという理由なら、雪乃がここにいることにも納得がいく。自分も信頼できる設置型生成者にセキュリティ強化を依頼し、参加させたことがある。
「それだけじゃありませんよ。実はこの子の法具、複数属性特化型だったんです」
「え?設置型の複数属性特化なの?」
菜穂の一言に反応したのは、同じ設置型を生成するイーリスだった。
「そうなのよ。私もおかしいと思ってたんだけど、やっぱりそうだったわ」
先の事件は平家事件と呼ばれるようになっており、雪乃のワイズ・オペレーターが複数属性特化型だと判明したのは、その事件の最中だった。その上で特性を最大限に活かしたS級術式プラネット・クライシスまで開発したのだから、雪乃の才は疑う余地がない。
「またとんでもない話だな。イーリス、どう思う?」
複数属性特化型は世界でも少ないが、ほとんどが武装型だ。装飾型の菜穂でさえ希少だというのに、設置型など聞いたこともない。おそらく世界中見渡しても、雪乃だけだろう。
「すごいですね。術式相克の広域設定なんて、私だって難しいのに。うちの娘も留学させてみようかしら?」
イーリスには娘と息子が一人ずついる。息子はかなり好き放題やっているから近いうちにシメるつもりだが、娘は誰に似たのか、すごく気弱な性格をしている。自分の娘だということもあるだろうが、それ以外にも何か理由がありそうだ。
「彼女や他の子達はともかく、うちの愚息を買いかぶられても困るぞ」
雅人や雪乃だけではなく、現在日本に存在する未成年の生成者は、全員が飛鳥と真桜の影響を受けている。正確には二人が生成する刻印神器ブリューナクに発動を促されたのだが、それでも二人が中心にいることに違いはない。
「そんなことはないでしょう。オウカだって、たった数ヶ月でかなり腕を上げたんだから」
ニアの娘 オウカは、ロシアにいた頃からは考えられないほどの実力を身に付けていた。もっとも、戦闘向きの適性や性格をしているわけではないから、これはこれで仕方がない。
「あの子の事情は特殊すぎるでしょう。私だって驚いたわよ」
「それについては面目次第もないわ。真桜ちゃんに連絡をもらった時、すごく怒られたし」
潜在的に高い能力を秘めていたオウカだが、日本に来た当初は大変だった。ロシアでは上位に位置づけられていたという話だが、ニアの娘という理由が大きかったようで、実際にはどう贔屓目に見ても、適性がある防御系以外はギリギリ上位に入るといった塩梅だった。
だがその原因は、まともに刻印術を教えてもらったことがないからで、刻印術の基本すら理解できていなかったことが大きかった。その事実を知った真桜は、急いでニアに連絡をとり、七師皇相手だというのに遠慮なくお説教をしたものだ。
「あの子も遠慮しないから。いったい誰に似たのかしらねぇ」
だがいかに大切な妹のことだとはいえ、七師皇を怒鳴り付けるなど、あまりにも遠慮がなさすぎる。そんな娘に育てた覚えはない。怜治は温厚な人だったから、いったい誰に似たのやら。
「間違いなくお前だよ」
「ひどいじゃないですか、リゲルさん」
だがリゲルが、一刀両断で切って捨てた。
「俺は今でも覚えているぞ。三女帝が初めて揃った総会談で、お前らが何をしでかしてくれたのかをな」
三女帝が初めて揃った総会談は、ニアがロシアに帰り、菜穂が怜治と結婚し、イーリスが婚約者であるエアハルトを連れてきた時だった。ニアと菜穂は親友同士だったが、同い年であるドイツのイーリスの噂は聞いていた。だからその席で出会った三人は意気投合し、厨房を借りて手料理を七師皇に振る舞った。
だがその手料理、とんでもないものだった。リゲルは世界唯一の神器生成者ということで、当時から七師皇を務めていたが、自分を含めた七師皇は、かつてない程命の危機を感じた覚えがある。怜治とエアハルトが必至で謝罪に努めていたから悪気がないことは理解したが、あの時の味は一生忘れられない。
「それでルドラさん。いったい緊急って、何があったんですか?」
だが菜穂は、あえてリゲルを無視した。
「俺を無視するとはいい度胸だな」
などと言いつつも、これはいつものやり取りなので、リゲルも本気で怒っているわけではない。
「リゲルさんこそ、三女帝を相手にして、無事で済むとでも?」
イーリスも参加したが、こちらも本気ではない。
「そりゃそうだ。ところで三剣士が雅人しかいないが、ミシェルとアーサーはどうした?」
三女帝が生成する刻印法具は複数属性特化型、融合型、そして刻印神器であり、複数属性特化型が二人、刻印神器が一人の刻印三剣士に近い。しかもまだ発展途上の三剣士と違い、完成された実力者達でもあるため、いかに魔槍ゲイボルグの生成者であるリゲルといえど、勝つのは無理だと言えるし、本人もそう思っている。
だがそんなことより、三剣士が雅人しか参加していないことが気になった。軍人であるミシェルは任務なのかもしれないが、学生であるアーサーは長期休暇中のはずだ。
「残念ながら、会談に応じられる場所にいないそうです。後日、私から連絡をする予定です」
予想通り、ミシェルは軍務のようだ。だがアーサーが不参加の理由が、今一つわからない。もっとも七師皇会談は秘匿性が高いし、今回は本当に急だったから、捕まらない可能性は考慮して然るべきだ。リゲルとしては全員参加している七師皇が、自分を含めて暇人の集まりではないかと思えてしまった。
「ルドラさん、差支えなければ、俺から連絡をとります」
「君から?」
だが自分で連絡を取るつもりだったルドラに、雅人が代役を申し出た。ルドラとしてはありがたいが、任せてしまってもいいものかとも思う。
「ええ。ミシェルとは個人的なことで近々連絡を取る予定でしたし、アーサーはここにいる雪乃が、前世論の件で相談があると言っていましたので」
雅人とミシェルは、互いに車を趣味としている。雅人はフランスで、ミシェルは日本でそれぞれの愛車を見たこともあり、総会談以降、その話に没頭することもあった。そこに、同じく車が趣味の飛鳥も加わったことがある。
アーサーは前世論のことで、雪乃と連絡を取ることが多い。特に平家事件では、静御前だと思われていた真桜が実は郷姫だったという事実が判明し、雪乃の仮説が証明された形になっている。その静御前が久美の前世だったことは、アーサーとしてもかなりの驚きだった。
「ほう。彼女も前世論を研究しているのか」
「はい。先日の事件で、進展がありましたので」
飛鳥、真桜、久美だけではなく、ここにいる雅人やさつき、敦、そしてさゆりの前世まで判明したのだから、前世論の研究者は国内外を問わず、かなり浮き足立っている。元凶である知盛は死んだが、教経である村瀬燈眞は連盟の管理下にあり、その燈眞からもたらされた情報も大きい。危険があるということで面会は許可されていないが、刻印三剣士の一人にして聖剣エクスカリバー生成者のアーサーなら、おそらく許可が出るのではないかという希望的観測もあるため、前世論の研究者は、アーサーの来日を心待ちにしているという噂まである。
「そういえば、そんなニュースがあったな。ルドラの話の後で、聞かせてもらうことにしよう」
前世論は融合型、複数属性特化型、そして刻印神器生成者の前世に追求することが多い。特に複数属性特化型は、片手にしか生刻印を持たないのに、単一属性型とは一線を画す能力を持つのだから、その違いが何なのかを前世に求めることは、前世論の観点からは当然の流れであり、それは刻印神器も同様だ。
「興味あるわね。私も聞かせてもらいたいわ」
この場の全員がそのいずれかを生成するのだから、ある意味では自分達も無関係ではない。七師皇が興味を示すのも、解かる話だ。
「……アサド殿、皆も。そろそろよろしいかな?」
だがそれはそれだ。今回の七師皇会談は、ルドラが緊急ということで要請し、実現した。林虎も興味があるが、本題を忘れるわけにはいかない。アサドを促し、全員を戒めたのだから、さすがは七師皇の良心だ。
「「「は~い」」」
もっとも三女帝には、まったく反省の色が見えない。もう40歳を過ぎているのだから、歳を考えろと思う。口に出したら戦争になるし、ならなくとも自分の命だけは確実に無くなるから、絶対に言わないが。
「すまんな、ルドラ殿。我々にとってはいつものことだが、貴君にとっては初めてだと思う。本当に申し訳ない」
七師皇となって日が浅いルドラだが、七師皇会談には何度か参加している。だがここまで脱線したのは、今回が初めてだ。
「い、いえ……感謝します、林虎殿」
呆気にとられていたルドラだが、七師皇の良心にして老師に頭を下げられてしまっては、こちらが恐縮してしまう。
「それでルドラ、緊急ということだが、何があった?」
長老も話を進めてくれた。この機を逃せば次はいつになるかわからない。だからルドラは、覚悟を決めるというより好機と見て、召集した理由を語り始めた。
「一ヶ月前、アジア刻印術協会に所属していない者が、刻印神器を生成しました。名称は魔剣アゾット」
アゾットは16世紀のドイツに実在した錬金術師 パラケルススが所有していたとされる短剣だ。柄頭の中で悪魔を飼い、柄尻に賢者の石が輝いていたと言われているが、真相は定かではない。
「ほう、神器生成者が誕生したか」
最古の神器生成者として、リゲルには非常に興味があった。それはニアも同様で、レーヴァテインと同じ魔剣ということだから、ある意味ではリゲル以上に気になることだ。
「だが、それだけではあるまい?」
確かに刻印神器の生成は、七師皇会談を要請する理由としては十分だ。だが緊急を要するかと問われれば、そんなことはない。もちろん早いに越したことはないが、生成者の都合を考慮する必要もあるから、日本のように時期が来るまで公表しないということもあり得る。しかもアジア刻印術協会に所属していないとなれば、最悪の事態も考えられる。
「はい。その生成者、ラヴァーナという名の男なのですが、奴は町を二つ壊滅させ、逃走中です」
「なんですって?」
「ルドラ殿、協会に所属していないということは、あなたも把握していなかったということですな?」
どうやらその最悪の事態があったようだ。ルドラが手をこまねいていたとは思えないから、本当に知らなかったのだろう。
「残念ながら。二つ目の街を壊滅させた頃に、ようやく私の下に報告がきたのです」
「つまるところ、その者が所属している国の暴走か」
「その通りです。そして先日、三つ目の街が壊滅しました」
壊滅した二つの街と同じ異変が、三つ目の街でも起こっていることを掴んだルドラは、協会の最上位生成者達を率いて乗り込んだ。だが一足遅く、またしても多くの犠牲者を出すこととなってしまい、追い詰めたラヴァーナも取り逃がしてしまった。アゾットという名称が判明したのはその時だ。
「わずか一ヶ月で、町が三つも壊滅、か。刻印神器なら不可能とは思わんが」
「問題はその方法ね。現在確認されている刻印神器は私のレーヴァテイン、リゲルさんのゲイボルグ、アーサーのエクスカリバー、飛鳥君と真桜ちゃんのブリューナクの四つ。ジャンヌとその弟のダインスレイフを含めても、五つしか存在しない。だけどそのどれもが、強大な破壊力を持つ」
ブリューナクのバロールをはじめ、ダインスレイフのアポカリプス、ゲイボルグのアルスター、レーヴァテインのラグナロク、そしてエクスカリバーのナイツ・オブ・ラウンドは、神話級戦略型広域対象系領域殲滅術式と呼ばれており、S級を含む既存の刻印術とは一線を画す破壊力を、超広範囲に展開させる。
戦略級と呼ばれているように、現存している核兵器を凌駕する威力を持つとされ、それは神槍事件で証明された。印子の消耗が激しいから連発はできないが、それでも街の一つや二つは容易に壊滅させることができる。アゾットも刻印神器なのだから、できないとは考えられない。
「だけど共和連合で、そんな話は聞いたことがないわ。もしそうなら、たとえ隠してもわかることだしね」
それが問題だった。上記の神話級術式は、威力が高すぎる。そのため使用すれば、必ず人工衛星で探知される。特にバロールは、東シナ海や相模灘、そして関門海峡で使用されたことを、どの国もしっかりと確認している。フランス オルレアンでも使用したが、オハンという結界内で使用したため、こちらは感知されていない。
「つまりそれらとは、まったく別の方法ということか」
「その通りです。魔剣アゾットは、どうやら未知の伝染病を引き起こすことができるようです」
アゾットを所有していたパラケルススは、錬金術師であると同時に医学者でもあった。医科学の祖と呼ばれ、医者として生涯放浪していたとも言われているから、その知識を持つであろうアゾットが、現代の医療に精通している可能性は低くはないだろう。もっとも、パラケルススのアゾットと刻印神器アゾットが同一の物かはわからないが。
「伝染病?」
「そうだ。三つの街は、力で壊滅したのではない。全員が未知の病によって、命を落とした。助かった者もいるが、未だに意識不明で、治療法はおろかウィルスの特定もできていない」
「また厄介だな」
現在のイラクで栄えたバビロニアの神話には、パズスと呼ばれる熱病の悪魔が存在する。アッカド人に風の魔王として恐れられていたこともあり、パラケルススが使役していた悪魔とは無関係だと思われるが、万病を癒し、あらゆる金属を黄金に変えると言われる賢者の石の存在もある。
イラン出身のルドラ、エジプト出身のアサドは、パズスの伝説を知っているため、一瞬その悪魔の名が脳裏をよぎったが、直接の関係はないだろう。だが薬も使い方次第では毒になるから、まったくの無関係と断ずることもできなかった。
「もっとも共和連合の医療技術は、他国に比べて遅れているという理由もあると思われますが」
戦前、中東系のテロリストが世界各地で暗躍していたこともあり、第三次世界大戦の際は当時のアメリカ合衆国やヨーロッパ各国から、激しい攻撃を受けた。そのためにアジア共和連合という共同体を結成することになったのだが、多くの国を敵に回してしまっていたということもあり、戦後十数年は、他国との交流もほとんどなく、特にUSKIAは、今でも一部の国との国交は最低限だ。
そのUSKIAは、ロシアや日本と同様に刻印術大国と呼ばれている。ロシアは内政が安定していないため、他の二国には若干遅れていると言われているが、生活や医療などにも刻印術が浸透してきていることもあり、医療水準も世界最高だ。反面アジア共和連合は、日本やロシアからは支援を受けているが、それでも全面的とは言えず、刻印術や医療に関しては後進国となってしまっている。
「それならルドラ、私のところにサンプルを送ってもらえないかしら?」
「こちらとしては助かるが、何が起こるかわからんぞ?」
「未知とは言っても、ウィルスには違いないんでしょう?それならなんとでもなるわ」
医療系を得意としているイーリスは、戦前から医療大国であるドイツで学び、世界最高の名医と呼ばれるようになった。だからどんなウィルスかはわからないが、解析できる自信もあった。
「さすがはドイツが誇る名医だ。では、サクールに取りに行かせよう」
「ライブラリアンを、ですか?」
「確か、彼も医者でしたな」
エジプトのライブラリアンとして有名なサクール・カナーヒトは、アサドが目をかけている優秀な生成者であり、優秀な医学者でもある。だが間もなく30歳になるというのに、いまだに結婚する兆しが見られないのがアサドの悩みの種となっており、現在エジプト国内で、そのサクールの結婚相手を探すことを至上命題としていたりもする。林虎もそうだが、どうやら直弟子に過保護な点は、七師皇に共通しているらしい。
「ああ。ドイツに到着してからは、イーリスの助手を務めてもらおうと思う」
「ありがたいですよ。サクール君は若いのに、優秀なお医者さんですから」
エジプトとドイツはさほど遠くないため、イーリスもサクールの噂は聞いていた。そのサクールが手伝ってくれるなら、思ったより早く解析できそうだ。
「それからもう一つ。ラヴァーナにはどうやら、協力者がいるようなのです。ただどこの誰なのか、ということまでは判明していません」
「厄介ですな」
「うむ。どうやら急がねばならんようだ。アジア共和連合は国ではないが、北がロシア、西がアラビア半島、そして東が我が中華連合とA.S.E.A.N.に隣接している。正体不明のウィルスが蔓延しているとなれば、それらの国にも被害が及ぶ可能性がある」
林虎の懸念はもっともだった。特に隣接しているロシアとエジプト、中華連合はすぐにでも対策を講じる必要があるし、近隣の日本とドイツも同様だ。もっとも距離があるブラジルであっても、刻印神器が関係しているとなれば、無関係ではいられない。
「懸念はもっともです。ですので緊急に、会談を開かせていただきました」
ウィルスに感染したからといって、発症するとは限らない。刻印神器が原因なら可能性は低いが、パンデミックを誘発するなら、それぐらいはやるだろう。そうでなくとも、ウィルスは風に乗ることもある。
そして感染経路はそれだけではなく、家畜などから感染することもあるから、全ての経路を調べ、封鎖することは、事実上不可能だ。ルドラはそう考え、緊急に七師皇会談を召集していた。
「ロシアと中華連合は私と林虎が抑えられるけど、A.S.E.A.N.は難しいわね」
「A.S.E.A.N.は日本とは良好な関係だから、私が口添えをしておこう。いつまでもつかはわからないが」
日本とA.S.E.A.N.各国は、戦前から良好な関係を維持している。強硬派が一掃された今では中華連合との交流も深まりつつあるそうだが、戦時中から最近まで、強硬派は武力によって海洋資源の独占やA.S.E.A.N.各国への干渉を行っていた。特に香港は中華連合から独立したこともあり、露骨な圧力をかけられたことも多々ある。対して日本は、独立したばかりの香港に、経済だけではなく、技術提携も惜しまなかった。これはA.S.E.A.N.各国も同様だ。
だがこれは、災害大国でもある日本を、度々支援していただいたお礼という意味もある。戦時中に起こった富士山の噴火と北海道を二分することになった超巨大地震は、当時の日本経済に大きな打撃を与えた。もしA.S.E.A.N.からの支援がなければ、日本は戦争に負け、中華連合に併合されていただろう。
そして日本の代表は、任期中に一度はA.S.E.A.N.を訪れる。一斗はまだ訪問していないが、近いうちに訪問する予定だ。
「十分だ。感謝する」
「ということは、一番の問題はアラビア半島ですね。確か、共和連合からの独立に向けて動いていると聞きます」
あまり会談に口を挟まなかった雅人だが、この問題はさすがに口を挟まざるをえない。
「その通りだ。元々アラビア各国はユーロやロシアに対抗するために、共和連合に加盟しただけだ。地力がつけば脱退するだろうことは、当初からわかっていたことだ」
「だが時期が悪い。アラビア各国には私から伝えておくが、A.S.E.A.N.同様、長期間は無理だと思っておいてくれ」
今でこそアジア共和連合に加盟しているアラビア半島だが、戦前に石油が枯渇してしまい、国力が衰退したため、ユーロやロシアに対抗できなくなっていた。そのためアジア共和連合に加盟し、戦争を乗り切ったのだが、戦後しばらくは内政で手一杯だった。
だが戦後になり、申し訳程度に残っていた石油を使い、水素エネルギーの開発に着手した。開発は困難を極めたが、それでも何とか成し遂げることに成功した。国を挙げての一大プロジェクトでもあるため、プラントの規模は世界最大を誇り、アジア共和連合だけではなく、ロシアやユーロにも輸出を行っている。
そのため以前から懸念されていた、アジア共和連合からの独立が現実味を帯び、ユーロを巻き込んで問題となりつつある。
「いえ、ありがたいですよ。私では無理でしょうからね」
エジプトは多国籍国家だが、中でもアラブ人の比率が圧倒的に多い。戦後に経済支援を行ったこともあるため、アラビア各国とは良好な関係を築いている。さらにサウジアラビア最強と噂される刻印術師は、アサドの弟子でもある。
「肝心なことを聞き忘れてたけど、そのラヴァーナって男、どこの国の人間なの?」
「インドだ」
インド北部は中華連合と、東部はA.S.E.A.N.と隣接しており、南部にはインド洋が広がっている。ルドラがどこでラヴァーナを追い詰めたのかはまだわからないが、それがどこであっても、地形的には具合が悪い。高確率でA.S.E.A.N.に潜入されているだろう。
「なるほど。ではその男のデータを、私に送ってくれまいか。四神を動かす」
だがだからと言って、中華連合に潜入されていないとは限らない。林虎はすぐに、直属の部下であり、中華連合最強と謳われる四神を動かすことを決定した。
「四神ということは、王星龍をですか?」
「うむ。今の中華連合で刻印神器に対抗できるのは、王大尉ぐらいだろうからな」
王星龍は中華連合陸艇軍大尉であり、複数属性特化武装型 蒼龍刀の生成者であり、青龍の称号を持つ四神の一人でもある。生成してからまだ一年も経っていないが、その実力は林虎に匹敵するまでになっており、名実ともに中華連合最強を名乗るに相応しい実力者となっていた。
「呂武星も複数属性特化型じゃなかったかしら?」
「その通りだが、呂少尉の法具は携帯型だ。それに適性も私とよく似ているから、戦闘にはあまり向いていない」
同じ陸艇軍に所属する呂武星は玄武の称号を持つ四神の一人だが、大柄で頑強な体に似合わず、情報戦を得意としている。武の星龍に対し、文の武星と言われることもあるほどだ。複数属性特化型を生成するが、形状が携帯型ということもあり、あまり前線に立つことはない。そのため星龍とコンビを組むのは、四神 朱雀の称号を持つ李美雀がほとんどだ。
「そうだったのね。ということはやっぱり、日本がおかしいってことになるわね」
「何故だ?」
「複数属性特化型が五人に融合型が二人、しかもその融合型の生成者は刻印神器の生成者でもある。十分他国を圧倒しているだろう」
「そう言われればそうですな」
七師皇を擁する国であっても、七師皇を除けば、複数属性特化型や融合型を生成する生成者はいないことも多い。事実として、ドイツやイランには存在しない。アジア共和連合という共同体で見ても、日本より少ない。
「でもリゲルさん。ブラジルにも、複数属性特化型の生成者はいたはずでしょう?」
「いることはいるだが、かなりの高齢だからな。あまり無理はさせられん」
ブラジルには複数属性特化型の生成者が二人存在するが、どちらもリゲルより年上だ。しかも一人は病を患っているため、既に一線から退いている。
「お子さんは?」
「あいつはまだ生成できない。やはり俺の息子ということが、相当な重荷になっていたようだ」
リゲルにはブラジル軍に入隊した息子がいる。だがブラジルの七師皇、魔槍ゲイボルグ生成者の息子という事実に耐え兼ね、軍でも孤立してしまっている。実力はあるのだが、それでも生成者ほどではないため、軍でも厄介者扱いされているという噂も聞いたことがある。
「でしょうねぇ。うちの子もそうだし」
「うちの場合は、日本に留学させたことが功を奏したわね」
ニアはオウカの日本留学は、必ずプラスになるという確信があった。親友である菜穂の娘が融合型の生成者だということは知っていたから、それだけでも価値がある。しかもその子は、自分が愛した唯一の男性 久住怜治の娘でもある。実際にオウカと会って、どんな反応が返ってくるかが怖かったが、真桜はすんなりと受け入れてくれた。今ではとても仲のいい姉妹として、近所でも評判だと聞いている。どちらが姉でどちらが妹かは、この際気にしない。
「ここでも日本か。羨ましい限りですな」
「確か飛鳥君も真桜ちゃんも、たった9歳で生成したって聞いたわよ?」
「それはまた、とんでもなく早いな」
「やっぱりうちの娘も、日本に留学させようかしら」
イーリスはかなり本気で、娘を留学させようかと思案している。環境的にも最高だから、自分も娘と一緒に、日本で過ごしたいぐらいだ。
「もし実現したら、日本には三女帝の娘が集まることになるわけか。面白いことになりそうだな」
「確かにそうだけど、面倒なことにもなるわよ?」
「そうなのよねぇ」
菜穂のセリフに、ニアが少し困ったような顔で溜息を吐いた。
「何かあったのか?」
「オウカったら、どうも好きな人ができたみたいなのよ」
「それは頭が痛い問題だな。だがそうなることも覚悟の上で、留学させたのではないのか?」
「もちろんよ。それに私はそれでもいいと思ってるんだけど、国が何を言ってくるかがわからなくてね」
七師皇の息子や娘が家を継ぐことはよくある。国によっては結婚相手も勝手に決める。そしてロシアは、そちらに属する国でもあるので、オウカが留学を終え帰国すれば、七師皇の娘に相応しい男と結婚させるだろう。
本来であればニアもそうなるはずだったが、日本で育ち、日本の男性を愛したニアは、国の決定に従うつもりはなかった。だからオウカを身籠った時、生涯独身を貫くことを決め、政府にも認めさせた。奇しくも娘まで日本人に恋してしまったことは、ロシアにとっては大きな皮肉だろう。
「うちと違って一人娘だものね。ちなみに相手は?」
「術師の家系の跡取りよ。お姉さんがいるんだけど、そっちは家を継げないから、私としても困ってるのよ。負い目があるから、強く言えないし」
オウカが想いを寄せている少年のことは、ニアも知っている。夏休みに会ったこともある。とは言っても、ほとんどニアミスだったから、詳細はその情報を仕入れた菜穂から聞いた。同じクラスだから頼ることは多かったそうだが、ロシアでも問題になりかけた日本の刻印術師優位論者の起こした事件以降、ほとんどその少年―佐々木瞬矢にベッタリだそうだ。
その瞬矢の姉、ヴァルキュリアの一人 ネレイド・ヴァルキリーの立花瞳は、実家の佐々木家から立花家の養女となり、亡くなった恋人との間に出来た一人息子 勇斗を育てている。これは瞳が決めたことだから、瞳が望めば佐々木家に戻ることもできるが、それを決めるのは外野ではなく、当事者達だろう。
「菜穂が負い目を感じるとは、珍しいではないか」
だが本当に困った菜穂の姿は、七師皇も滅多に見ない。それだけの理由があったことは想像できるが、これはかなり珍しいことだ。
「いくら私でも、それぐらいは感じますよ。ねえ、雅人君?」
「それはそうですが、俺に振らないでもらえますか?」
「いいじゃない、別に。ねえ、雪乃ちゃん?」
「すいません、ノーコメントでお願いします」
だが話を振られた雅人と雪乃は、かかわりたくないとばかりにあしらった。
「二人とも、菜穂のあしらい方が上手じゃない」
「あまり嬉しくはありませんが、いつものことですので」
雅人にとって、一斗と菜穂の狂態はいつものことだ。むしろ今回は大人しい方だと思う。
「慣れって怖いと、最近ずっと思ってます。それより、魔剣アゾットの方はいいんですか?」
対して雪乃は、去年初めて菜穂に会った。まだ一年ほどしか経っていないが、それでもかなり振り回されたのだから、いい加減慣れてしまった。慣れたといえば、飛鳥と真桜が風紀委員会に加入した時以上の衝撃が、数ヶ月に一度の頻度で発生していた。こちらにも慣れてしまったことが、本当に怖く感じる。
だが今は、そんな話をしていたわけではない。七師皇がマイペースなのは知っていたが、こうまで脱線に次ぐ脱線では、いつまで経っても話が終わらないことは間違いない。だから不本意ながらも、軌道修正を試みた。
「いかんいかん。忘れるところだった」
「我々の悪い癖ですな。ルドラ殿も、本当に申し訳ない」
「私としても、興味深いお話でしたよ」
だがその当のルドラからして、しっかりと脱線していた。これが世界最強の七師皇なのだから、とても信じられないし、秘匿性が高いのもそのせいではないかと疑ってしまう。
「それでは私はアラビアに、一斗はA.S.E.A.N.に、林虎とニアは自国に話を通すことにし、同時に四神がインドとの国境付近を警戒。イーリスはサクールと共にウィルスの解析。何かあれば、随時会談を設ける。以上とする」
さすがは七師皇の長だ。なんだかんだありつつも、しっかりと結論を出してくれた。だがよく思い返してみれば、魔剣アゾットに関しては、短いながらもしっかりと情報交換をしていたように思える。
「それでは三剣士は、俺がミシェルに、雪乃がアーサーに連絡を取るということでよろしいでしょうか?」
「どうだ、ルドラ?」
「私としてはありがたいですが、フランスやオーストラリアと問題になりはしませんか?」
ルドラは急ぎ、ラヴァーナの行方を捜索するつもりでいる。だから雅人がミシェルとアーサーに連絡を取ってくれるなら、それはとてもありがたい話だ。だが同時に、三剣士は七師皇ではないため、フランスとオーストラリアが文句を言ってくるのではないか、と心配になっている。
「それは心配あるまい。七師皇会談においては、七師皇と三剣士の立場は対等だ。日本にはどちらもいるが、そもそも三剣士は、七師皇の候補者達でもある。だからフランスもオーストラリアも、強く出ることはないだろう」
三剣士はその実力から、次期七師皇の最有力候補となっている。公言されているわけではないが、七師皇会談に参加できることからもわかるように、周知の事実だ。
「三剣士は三剣士で、独自に連絡を取り合ってるみたいだしな。だろ、雅人?」
「さすがに、七師皇会談のような大袈裟なものではありませんよ。ただ連絡を取り合って、近況を報告しているぐらいです。しかも始めたのは、総会談の後からです」
雅人がミシェルに個人的に連絡を取る理由は、言ってしまえば互いの趣味に関しての意見交換が主だ。刻印三剣士という立場のせいか、年の近い友人が少ない二人にとって、趣味が合う友人というのはとても貴重だ。
「総会談といえば、次はどこになるんだったか?」
「あなたの国だよ」
「おっと、ブラジルだったか。最近物忘れが激しくていかんな」
次の総会談がどこになるかは、総会談終了と同時に決定される。どこの国になるかの基準は特になく、七師皇が独断と偏見、そしてその場のノリと勢いで決定するため、本当にその時にならなければわからない。次の総会談がブラジルという理由も、サッカーのワールド・カップもブラジルで開催されるという理由だけだ。
「総会談で診察してあげましょうか?」
「タダでないなら、頼みたいところだな。おっと、そろそろ予定があるので、俺はこれで失礼するぞ」
世の中、タダほど高いものはない。特に三女帝が相手では、何を請求されるかわかったものではないから、恐ろしくて仕方がない。
「もうこんな時間だったか。申し訳ないが、私も任務があるので、今回はここまでとさせていただく」
「お二人とも、お時間をいただいてしまい、申し訳ありません」
だがここで、軍人であるリゲルと林虎がタイム・アップのようだ。忙しい中、時間を割いてくれたことは、ルドラにとって本当にありがたいことだった。
「気にするな。むしろ呼ばれて当然のことだ」
「リゲル殿の言うとおりだぞ、ルドラ殿」
「感謝します」
「ではいつものことだが、流れ解散といこう。ニア、菜穂、イーリス。あまり長話をするなよ」
アサドや一斗も、この後すぐに行動しなければならないから、解散となることに異議はない。だが流れ解散という意味がわからないし、何より三女帝はまだ席を立とうとしない。それどころか、逆に腰を据えたようにも見える。
「心配はいりませんよ。今回は雪乃ちゃんがいるから、話のタネはつきませんし」
しかもアサドの懸念を肯定するかのように、三女帝の視線が一斉に雪乃に向けられた。
「え?」
とてつもなく嫌な予感がする。この場からすぐにでも逃げ出したくて仕方がない。
「興味あるわね。私と同じ設置型。世界でも少ないから、親近感を感じるわ」
「オウカの先輩でもあるから、面白い話を聞けそうね」
ニアとイーリスも、それぞれの理由で興味津々だ。逃げたら逃げたで、別のトラブルに見舞われそうだ。
「……それでは俺も、これで失礼させていただきます」
「ま、雅人先輩!?」
だがここで、雪乃にとって最後の砦だった雅人までもが退場を宣言した。これは雪乃にとって、完全な誤算だった。
「ではアサド殿、ルドラ殿、私もA.S.E.A.N.に働きかけるので、これで失礼させてもらいますよ」
「すまないな、一斗殿。自国のことではないというのに」
「二ヶ月前は、ルドラ殿のおかげで助かりましたからな。これはその恩返しのようなものです」
11月1日、明星高校の文化祭である明星祭の前日に、国宝の唐皮鎧を狙い、平知盛と教経が明星高校に現れ、生成者達と一戦交えた。これが平家事件の始まりとされている。その時は知盛や教経の実力、目的が不明だったが、生成者が六人もいたにも関わらず、取り逃がしてしまったため、飛鳥達は著しく評価を下げ、悪意あるテレビ局からは散々ディスられた。
七師皇としても、自分達が称号を授けたわけだから、それは非常によろしくない事態だった。ディスったテレビ局は大手だが、元々反刻印術師を謳っていたから、他のテレビ局とは比較にならないほど悪意ある報道をしており、根も葉もないデタラメまで付け加えていたのだから、非常にタチが悪い。
だがその報道を見た中東系マフィアが、どこまで信じたのかはわからないが、国宝である唐皮、盾無、そして赤糸威の鎧を強奪しようと企て、明星高校に潜入した。それを飛鳥と雪乃があっさりと制圧し、刻印管理局が尋問を行い、詳細な情報を入手し、それを基にルドラが動き、いくつかのマフィアを瞬く間に壊滅させた。その結果、散々ディスったテレビ局でさえ、掌を返さざるを得なくなり、飛鳥達の評価だけではなく、七師皇の威厳や先見性も疑われなくなっていた。その大手テレビ局は、(遠回しに)七師皇をディスったということで連盟から制裁を受けた。平家事件に関する情報があまり与えられず、大した報道ができなかったのだから、連盟としても相当腹に据えかねていたのだろう。
「そう言ってもらえると助かる。ではお二人とも、私も失礼させていただく」
「ええ。ではアサド殿、またお会いしましょう」
「ああ。それではな」
アサド、一斗、ルドラも退席し、ついには三女帝と雪乃だけになってしまった。しかも既に、マシンガン・トークが繰り広げられている。
「えっと……奥様、私もそろそろ……」
清水の舞台から飛び降りる気持ちで、雪乃は口を開いた。
「それでね、うちの真桜ったら、雪乃ちゃんに焼きもち焼いちゃったのよ」
「可愛いじゃない」
「見た目も小さくて可愛いものね。雪乃ちゃんも、そう思わない?」
「え?え、ええ。そうですね……。あの、私もそろそろ……」
話を振らないで、と心の中で思ったが、口に出すようなことはしない。だがこちらの話は、三女帝の耳にはまったく届いていない。
「複数属性特化や融合型の設置型生成者って、他に誰がいるか知ってる?」
それどころか、次々と話題が変わっていく。
「え?い、いえ、存じませんが……」
設置型の生成者については、雪乃も興味がある。だが今は、興味より恐怖の方が勝っている。どうすればこの場から逃げることができるか、雪乃は必死で思案を続けていた。
「そうよねぇ。私もイーリスと雪乃ちゃんしか知らないわ」
「単一属性の設置型なら、それなりの数がいるそうだけどね」
「確かサクール君も、設置型って噂だったわよね」
「それは本当よ。だからライブラリアンって呼ばれてるのよ」
サクールが設置型の生成者だということを、雪乃は初めて知った。だが迂闊にも、そこに意識が傾いてしまった。
「あの、私、本当にそろそろ……」
傾いた意識を、無理やり切り捨て、今度こそ退席しようと試みた。
「ところでニア。オウカちゃん、日本の学校でどんな風に過ごしてるの?」
だが、またしても話題が変わった。これでは近所の奥様方の井戸端会議と、何一つ変わらない。
「事前に知り合った子達と仲良くしてるそうよ。雪乃ちゃんみたいないい先輩がいてくれたことも、本当に良かったと思うわ」
「あ、ありがとうございます……」
確かにオウカの性格は、雪乃に近い。しかも自分と同じく防御系に適性を持っているのだから、確かに親近感もある。
「でもオウカちゃん、すごい美少女だから、留学当初は大変だったのよ。でしょ、雪乃ちゃん?」
「は、はい。優位論者がフラッシング・テラーを使ったこともありました」
あの事件は連盟にとっても日本にとっても、無視することのできない大きなものだった。未遂で終わってくれたことが、本当に救いだ。
「またとんでもない術式を持ち出してきたわね。始末したの?」
「飛鳥が再起不能にしたわ。だけどその前に、雪乃ちゃんがフラッシング・テラーの刻印を壊してくれたのよ。だからオウカちゃんに影響はなかったし、後遺症もないわ」
その事件の首謀者である槇田は、刻印術師優位論に傾倒していた。飛鳥が再起不能にしたが、身柄は未だに連盟によって捕えられたままだ。事情が事情だから、余程のことがなければ釈放されることはないだろう。
「本当に助かったわ。もし何かあったら、日本と戦争になってたかもしれないし。ありがとう、雪乃ちゃん」
「い、いえ。当然のことですから。あの……私、本当にそろそろ……」
だが三女帝のマシンガン・トークは、遠慮がちな雪乃ではどう頑張っても止めることはできないようだ。その井戸端会議は、イーリスが愛娘に呼ばれるまで一時間以上も続き、結局 雪乃は逃げることができなかった。
解放された雪乃は、かなりやつれており、真相を知った真桜とオウカは、何度も何度も頭を下げたていたが、その姿が本当にそっくりだったので、雪乃としてはかなり癒された。最後に何かとんでもないことを言っていたような気がするが、ロクでもないことのような気がするので、雪乃は記憶の底に封じ込めることに決めた。




