1・新年
待ってないかもしれないけど、お待たせしました。やっと更新です。
しばらくは不定期ですが、長い目で見てあげてください。
――西暦2097年12月31日(火) 某国某所――
「奴は見つかったか?」
「申し訳ありません、見失いました!」
「見失った?だがここから脱出したような形跡はなかったぞ?」
「協力者がいたようです。ここから距離がありますが、その協力者と合流することが狙いだったと思われます」
「私の目を誤魔化すために、か?」
「おそらくは。会長、この事実、他の七師皇には?」
「伝えるほかあるまい。内々に処理したかったが、ここに来て原因があれだと判明し、さらには協力者までいるとなれば、事はアジア共和連合だけの問題ではない」
「それはわかりますが……みすみす刻印神器を!」
「フランスで何があったか、忘れたわけではあるまい?確かに刻印神器の力は強大だ。だがその力を利用しようなど、許すわけにはいかん。それが戦争につながり、多くの犠牲を生む」
「しかしっ!」
「貴兄の国はどうなった!?貴兄が報告を怠ったために、多くの犠牲者が出ているではないか!あの魔剣の能力がある以上、これからも犠牲は増えるのだぞ!」
「……申し訳ありません」
「会長!緊急事態です!」
「どうした?」
「インドを中心とした各国で、犠牲者の容体が急変しました!」
「なんだとっ!?」
「既に息を引き取った者もいると報告が!」
「そうか……。原因は未だ特定できずか?」
「はい……」
「わかった。私は協会に戻り、七師皇にこの事実を伝える。諸君らは引き続き捜索を続けてもらいたいが、こうなってしまった以上、奴の生死は問わない」
「了解です!」
「他国、特に周辺国から問い合わせがあれば、私に回してくれ。私が直接説明する」
「わかりました……」
七師皇の一人 ルドラ・ムハンマドは、苦虫を噛み潰したような厳しい顔で、一人の男を見失ったと思われる地域に視線を向け、そして追跡本部である建物から出て行った。
――同日 深夜 オーストラリア シドニー郊外――
シドニー郊外にあるごく普通の民家。オーストラリアの刻印三剣士 クレスト・ナイト アーサー・ダグラスは、両親や姉とともにここで暮らしていた。両親は寝静まっているため、この時間に起きているのはアーサーだけだ。
「またあの夢か……」
もとい、悪夢にうなされて起きてしまっていた。
じきに2097年も終わる。あれから一年以上も経つというのに、アーサーはいまだ悪夢から抜け出せなかった。
「アダムさん、エヴァさん……」
エクスカリバーを生成し、刀身に刻まれた二つの刻印に目を落とした。
刀身に刻印があるのはわかっていた。尊敬し、敬愛する彼らが、自らの命と引き換えに聖剣に刻んだ、アーサーの罪の印。だからアーサーは、エクスカリバーが消去を提案した刻印を、今まで消そうとも思わなかった。
「アーサーよ、クレアが近づいている」
「わかった」
エクスカリバーを刻印に戻し、代わりに生成した携帯型刻印法具ヒート・ヘイズからデータを呼び出すと、アーサーは自室のドアがノックされるのを待った。
「アーサー、話し声が聞こえたけど、エクスカリバーを生成してたの?」
ドアがノックされ、アーサーが在室を告げると、長いプラチナ・ブロンドを無造作に束ねた、知的そうな女性が入ってきた。
「いや、そんなことはないよ。前世論のデータを見ていたから、もしかしたらひとり言を呟いてたのかもしれない」
ドアを開けたのは、アーサーの姉 クレア・ダグラスだった。なぜかエクスカリバーとは気が合うらしく、アーサーが自ら封印するまで、何度か姉にせがまれて生成したことがある。刻印神器を軽々と生成してもいいのかという疑問はあったが。
「それより姉さん、何か用でも?」
「用ってわけじゃないけど、総会談から帰ってきてから、あなたがエクスカリバーを生成することが増えたなって思ってね」
オーストラリアに帰国後、アーサーは以前ほどではないが、何度かエクスカリバーを生成していた。一年以上も、頑なに拒んでいたエクスカリバーを生成するようになった弟に、いったいどんな心境の変化があったのか、姉としては気になるところだ。クレアにとって、エクスカリバーは気の合う友人のような存在に近く、それが原因なのか、エクスカリバーもクレアには甘い所がある。
「日本でいろいろあったからね。それに知り合った人から、前世論に関するデータを送ってもらってるから、最近は充実してるって感じてるよ。だからかもしれないな」
「その日本で起きた、平家事件だっけ?それでかなりの人の前世がわかったみたいだけど、まだ実証データはとれてないんでしょう?」
まもなく大学を卒業するクレアだが、マーリン・フェニックスが提唱した刻印術師前世論に興味を持ち、在学中の身でありながら助手を務めている。だからアーサーが雪乃経由で入手したデータは、クレアだけではなく、マーリンにも大きな情報となっていた。もっとも一部を省略せざるをえない理由があるから、すべてを伝えることはできていないが。
「判明したのが二週間ぐらい前だからね。それに日本刻印術連盟のガードが固くて、簡単には彼らと接触できないそうだよ」
「まだ学生だから、それは仕方ないんだろうけど……。せめて静御前だけでもわかればなぁ」
前世論において、静御前はもっとも有名な女性だった。ヴァルキリー・プリンセスの前世として、ほとんど疑いの余地はないとアーサーは思っていた。
だが彼女の先輩で、日本では研究の手助けをしてくれた少女は、それに異を唱えた。結果として少女―雪乃の説が正しかったわけだから、アーサーだけではなく、クレアやマーリンも脱帽していた。
「それこそ無理だと思うよ。あの子は静御前じゃなかったんだからね」
「確か郷姫、だっけ?日本の歴史も、よく勉強する必要があるわね」
日本で起きた事件は、前世論にとっても大きな事件だった。前世が判明したのは全部で9名。うち一人は死亡したが、それでも前世が静御前だと思われていた少女、本当に静御前が前世だった少女も含まれているため、提唱者であるマーリンは、すぐにでも日本に飛んで行きそうな勢いを見せたものだ。
「僕もそう思うよ。そういえば姉さん、教授が何かを考えてるって噂があるけど、何か知ってる?」
「ええ。年が明けたら準備に入るそうよ。あなたも日本に連れて行くって言ってたわよ」
クレアやアーサーに止められたマーリンは、日本で前世論の討論会を検討している。今回の件で前世が判明したと思われる者は全員が日本人、前世の人物も日本人なのだから、日本で開催するのはわかる。既に各国から日本に問い合わせが殺到しているという話だから、急な開催であっても、世界中から研究者が集まることになるだろう。
さらにクレアは、アーサーも同行させるつもりでいる。
「僕も?だけど僕は……」
「オーストラリアの刻印三剣士、でしょ。それは国の都合であって、研究者の都合じゃないわ」
かなり無茶な理屈だ。研究者にとっても、国の都合は大事だ。その都合で研究を中断させられることも珍しくはない。
「そんな理屈が通用するとでも思ってるの?」
刻印三剣士は七師皇会談にも参加することができる、国を代表する刻印術師の一人でもある。だが七師皇に近い立場であるため、気軽に国外へ出ることはできない。年に一度の総会談でさえ、欠席することがある。さすがに七師皇を選出する年の総会談は、その性質上、どうしても参加せざるをえないが。
「通用させるわよ。あなたが来ないと、話が進まないんだから」
「紹介はするよ。彼女なら、いつでも協力してくれると思うし」
アーサーは、日本の前世論の窓口となっている少女に、もう一度会いたいと思っている。だが彼女は、日本でも有数の実力者となりつつある。生成する刻印法具も複数属性特化型だったと、先日同じ三剣士のソード・マスターから聞いた。これでは彼女に会うことはできないかもしれない。だからアーサーは、姉に紹介することで何かが変わるかもしれないと、少しだけ期待した。
「それはダメ」
だがクレアは、あっさりと拒否した。
「なんで?」
「女の勘よ」
「アバウトすぎるよ、それは」
「私の勘の良さ、知ってるでしょ?多分きっと、あなたは日本に行くことになる。それがあなたのためにもなるわ。それじゃおやすみ、アーサー」
思わせぶりな言葉を残し、クレアは部屋を出ていった。
「確かに日本には行きたいよ。姉さんの言うように、僕のためにもなると思う。だけど僕は……刻印三剣士なんだよ……」
三剣士にも七師皇の不文律は適用されることになっている。これは七師皇の後継者として、七師皇が認めていることの証でもある。特にアーサーは刻印神器の生成者でもある。身勝手な行動が世界を戦いへ導くことも理解しているし、同じ神器生成者のリゲルとニアからも言い聞かされている。
だがそれでも、簡単に割り切るにはアーサーは若すぎた。一年半前の悪夢と雪乃の笑顔。それがアーサーの中で、激しく揺れていた。
――西暦2098年1月1日(水)AM9:35 源神社 母屋 居間――
「待てと言ってるだろう!このクソ親父っ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はおらんぞ、飛鳥!」
激動の2097年が終わり、新年を迎えた。
源神社は今年も初詣で賑わい、風紀委員の同級生や下級生、卒業した先輩達の手を借りて乗り切った。受験生である雪乃と香奈も手伝ってくれたことが、本当に申し訳ない。
だが今、その感謝の気持ちは、飛鳥の頭だけではなく、全身をくまなく探しても、どこにも見当たらない。
「飛鳥ったら、カウントレスまで生成しなくてもいいのに。そう思わない、さつきちゃん?」
そんな飛鳥を、菜穂が呆れながら見ていた。
「思いません。なんで手伝ってくれなかったんですか?」
そしてその菜穂に、さつきが呆れ果てながら答えた。
一斗と菜穂は、昨夜急に帰ってきた。前回帰ってこなかったのは、連盟本部がある御国院神社を手伝っているからだとばかり思っていたのだが、代表だからといって手伝わなければならない義務はない。むしろ雑務に追われて、それどころではないらしい。今回はあれだけの騒ぎが終わったばかりだというのに、その雑務や職務をきっちり片付けたらしく、しっかりと休みをとって鎌倉に帰ってきた次第だ。
だが一斗も菜穂も、手伝ってくれるばかりか、居間で酒を飲んで、先程まで爆睡していた。その姿を見た飛鳥がブチ切れ、カウントレスを生成したというわけだ。
「せっかくのお休みだし、私達が手伝ったら、志藤君達にバイトしてもらってる意味がなくなっちゃうでしょう?」
「一人二人増えたところで、忙しさは変わりませんでしたよ、あれは」
今年の初詣は、戦姫改めヴァルキュリアを一目見ようと、全国から参拝客が訪れていた。さすがに飛鳥と真桜の実家だということは公表していないが、年末にヴァルキュリアが神社でバイトするというニュースはネットで流れ、瞬く間に全国に広がった。そのため例年以上に忙しく、それに比例して問題を起こす馬鹿も増えていた。
ちなみになぜ、戦姫からヴァルキュリアに呼び名が変わったかというと、菜穂がその響きを気に入ったからで、他に理由はない。
「だけどお母さん、飛鳥が怒るのも当たり前だよ。みんながここでバイトするって情報を流したのが、よりにもよってお父さんだったなんて……」
何を隠そう、その情報を流したのは一斗本人だった。それをつい先程、自ら暴露したのだから、飛鳥が怒るのも無理もない話で、真桜だけではなくヴァルキュリア全員がとてつもない迷惑を被っていた。
「それにしても代表の法具って初めて見たけど、すげえ使いにくそうな剣ですよね」
「そこは慣れみたいよ。それにあれ、かなり大事なの」
さすがに融合型であるカウントレスの相手を素手でできるわけがないので、一斗も日本刀状複数属性特化武装型刻印法具 七星剣を生成していた。三華星や四刃王の刻印法具を拝める機会は少なく、七師皇なら尚更ない。その七師皇の刻印法具を、こんな形で拝むことになるとは、正直 敦は想像もしていなかった。
その七星剣は、七支刀と呼ばれる祭祀用の剣と同じ刀身を持っていた。六つの枝が火、土、風、水、光、闇の六属性に対応しているため、疑似的な全属性適性を持つことになるのだが、全属性に適応した複数属性特化型というわけではない。六つの枝は属性別のサブCPUのようなものだ。もともとデュアル・コアCPUを標準装備している複数属性特化型は、処理能力は融合型を凌ぐ。そのデュアル・コアにサブCPUが加わるため、七星剣の処理能力は、武装型でありながら設置型に匹敵するとも言われている。
「それはともかくお姉ちゃん、止めなくていいの?」
源神社にホーム・ステイしているオウカとしても、日本の七師皇が帰ってくるとは思っておらず、息子と居間で、しかも剣で語らうなど想像の範疇を超えている。菜穂のニブルヘイムと真桜のヨツンヘイムの積層結界のおかげで部屋に被害はないが、正月早々、馬鹿な真似はやめてもらいたくて仕方がない。
「そうしたいんだけど……」
だが妹にそう言われても、精霊王とパラディン・プリンスの戦いに割り込める自信は、真桜にはない。いけるとすれば雅人、さつき、雪乃、そして菜穂ぐらいだろう。四人もいるなんてすごいなぁ。
「あら、電話だわ。どこから……連盟?」
「え?」
だが、連盟から菜穂に連絡が入った。明後日には戻ると伝えているから、直接連絡を入れてくるとなれば、それは緊急の用件があるからに違いない。
「何かしら?はい、もしもし。ええ、そうです。代表は今、息子と取り込み中です。ええ、そうです」
音声通話のみなので相手の表情は見えないが、かすかに漏れてくる声から察するに、電話をかけてきた人も何があったか理解してくれたようだ。本当に真面目に働いているのか、疑わしくて仕方がない。
「わかりました、伝えます。時間は?わかりました。ではここで受けます。回線のアドレスをこちらに回してください。セキュリティの強化はこちらでやります。大丈夫ですよ。ええ、それでは」
だが内容は、どうやら本当に緊急の事案らしい。回線のセキュリティ強化ということは、秘匿度もかなり高いということになる。
「どうかしたんですか?」
「ええ。緊急に七師皇会談を開きたいって、ルドラから要請があったそうなの」
各国の代表が直接集う世界刻印術相会談とは異なり、七師皇会談は七師皇だけの会談の場を意味する。直接会うことは総会談前後の数日程度なのでほとんどオンラインだが、内容によっては各国の代表が参加することもある。
最近では総会談後に事を起こしたUSKIAの元七師皇 アイザック・ウィリアムに関する会談が幾度か行われており、それは今も尾を引いている。
「ルドラさんから?」
ルドラ・ムハンマドはアジア共和連合イランの刻印術師で、前回の世界刻印術相会談で新たに七師皇となった。アジア刻印術協会会長を長年に渡って務め上げており、その実績が評価された形だ。
「そういうことなら仕方ありません。さつき、飛鳥を止めるぞ」
「仕方ないか」
七師皇会談、それも緊急となれば、余程の事態だ。飛鳥の気持ちもわかるが、今は怒りを抑えてもらわなければならなくなった。
「お願いね。それから雪乃ちゃん」
雅人とさつきも、一斗と同様 複数属性特化型の生成者であり、刻印三剣士、三華星の一人でもある。その二人が同時に動くのだから、飛鳥を止めるのも時間の問題だろう。菜穂も何の心配もしていない。そしてもう一人の複数属性特化型生成者 雪乃にも声をかけた。
「なんでしょうか?」
もっとも雪乃としては、ここで自分に声がかかるとは思ってなかったから、若干緊張している。
「回線の接続はともかく、セキュリティが今一つ心配なの。会談中だけでいいから、ワイズ・オペレーターを生成しておいてもらえる?」
セキュリティ強化ということなら、確かに自分に声がかかるのはわかる。完全生成されたワイズ・オペレーターは、巨大なコンピューターを装備しているような形状をしているし、刻印具を接続することもできる。コンピューター・ウィルスが紛れ込むことがあるため、刻印具には専用のアンチ・ウィルス・ソフトがインストールされていることが多く、日々アップデートも繰り返されている。これはインターネットが普及した頃から繰り返されているが、愉快犯や企業スパイ、サイバー・テロの手口は年々悪化してきているため、もはや収集がつかなくなってきている感もある。
しかしワイズ・オペレーターは、オプションだけを部分生成することができる特徴がある。雪乃が普段使用している携帯端末型のオラクル・タブレット、刻印術の強度と精度を増幅させるブースター・アンプなど全部で十種類存在し、その内の一つに、メディスン・スフィアと名付けられた、雪乃の腰の高さまである球状の大型記録媒体のような端末がある。刻印具はこのメディスン・スフィアに接続されることになっており、その特性上、コンピューター・ウィルスには敏感に反応する。敏感すぎて、正規のユーザーや術式、アドレス等にも反応してしまうことがあるのが難点だが、それは雪乃が自ら調整することで回避できるため、判断が難しいところだろう。
「それでは私も、会談を聞いてしまうことになりますが?」
刻印具の接続やウィルス対策という性質上、メディスン・スフィアは雪乃の近くでしか生成することができない。そのため七師皇会談に参加してしまうことになる。自分のような一介の高校生(?)が参加してしまってもいいものかと考えてしまうのも、当然のことだ。
「別に構わないわよ。それに雅人君にも同席してもらうから、大丈夫だと思うわよ」
「わかりました」
刻印三剣士の一人である雅人なら、七師皇会談に参加しても不思議ではない。そして緊急である以上、相当厄介な問題が起きたということだろう。
「それじゃお父さんの書斎を使うから、準備に行きましょう」
カウントレスと七星剣が打ち合う音をBGMにしていた菜穂だが、その音が途絶えたことから、飛鳥が捕獲されたと判断した。そして先程届いた回線データを手に、会談の準備を整えるため、雪乃を伴って居間を出た。




