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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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34・前世を越えて

――西暦2097年12月24日(火) PM12:30 明星高校 風紀委員会室――

 宿泊研修から約一週間、全てが終わった次の日、学校に登校してきた生成者は久美と雪乃だけだった。飛鳥と敦は傷の治療のため今朝まで入院しており、真桜とさゆりは付き添いとして壇ノ浦に残っていた。


「それにしても、久しぶりに登校したと思ったら、もう冬休みだもんなぁ」

「試験が終わってたのが救いだろ。試験中なら、確実にダブってたんだからな」


 明星高校では、やむにやまれぬ理由でなければ、試験を欠席した場合、即留年が決まる。今回はそのやむにやまれぬ理由に該当すると思うが、連盟の任務の一つなのだから、学校が考慮してくれるかは甚だ疑問が残る。


「確かにそれは助かったが、だからと言って問題じゃないわけじゃないからな」


 飛鳥が入院し、真桜が付き添っていたため、昨日鎌倉に帰ってくるまで、源神社は大河と美花とオウカ、そして先輩達に任されていた。もっともオウカは、昨日までかなり寂しそうにしていたから、紫苑や花鈴、琴音もほとんど泊まっていたし、久美や雪乃も泊まり込んでいた。


「え?テレビ見てないんですか?」

「テレビ?何のだ?」

「雅人さんも入院しちゃったから、連日報道が凄かったのよ。退院して鎌倉に戻ってきてからは、テレビ局から追い掛け回されてたし」


 雅人も二日ほど入院しており、それが事態の深刻さを物語っていた。魔剣事件でフランスに派遣された雅人は、刻印神器ダインスレイフを相手にしたというのに、無傷で帰国したのだから、世間も騒ぐというものだ。


「そうなんですか?」

「ええ。さすがに機密指定事項だから、あたしや雅人の一存じゃ話せないことが多すぎるし」

「だから代表が説明の会見を開いてたわよ」

「親父が?」

「うん。無難に終わらせてたよ」


 先日の一件は関門海峡の封鎖だけではなく、壇ノ浦に鬼が現れ、ソード・マスターが負傷、入院してしまったこともあり、連盟も事情を説明せざるをえなくなっていた。

 そのため京都の連盟本部で一斗が会見を行い、封刻印と鵺の存在、そして平知盛として目覚めてしまった一人の男性―平野ひらの 智也ともや、源義経に縁のある飛鳥達の前世までも公表した。


「そういや、俺達の前世も公表されたんだったよな……」

「ええ。おかげで私は、何度か記者さんに追いかけられたわ」


 まだ入院中ということで、壇ノ浦の病院に記者が押しかけてくることはなかったが、一足早く鎌倉に帰ってきた久美はそうではなかった。しかも真桜の前世だと思われていた静御前が、実は久美の前世だったということなのだから、前世論を研究している学者達もやってきたことがある。

 だが久美には、自分の前世が静御前だという自覚はないし、記憶もない。連盟もそれを承知しているから、後日改めて詳細を公表するということで、ようやく久美の周囲は静かになった。


「それはそれとして、ヴォルケーノ・エクスキューションはどうだったんだ?」


 大河と美花は、直接ヴォルケーノ・エクスキューションを見ていない。敬愛する亡き師が開発した刻印術を本当に会得できたのか、それはとても気になることだ。


「おかげさまで完成したよ。な、さゆり?」

「え?う、うん」


 だがさゆりの様子がおかしい。源神社で見た時は問題ないと思えたから、実戦でも大丈夫だとは思っていたし、敦が完成したと言ったのだから、会得できたことは間違いないだろう。

 だがなぜ、さゆりが顔を赤らめているのだろうか?


「どうかしたんですか?」


 見れば声をかけた瞬矢だけではなく、1年生も気になっているようだ。


「えっと……その……」


 1年生だけではなく、久美や雪乃、さつきも、こんなにおどおどしたさゆりを見るのは初めてだ。


「早く言っちまえよ」

「いや、そうは言ってもだな……」


 どうやら飛鳥は知っているようだ。だが途端、敦の歯切れも悪くなった。本当に何があったのだろうか。


「そんなに緊張するもんじゃないと思うけど?」

「緊張するに決まってるでしょ!」

「どうしたのよ、いったい?」


 さすがに久美も気になる。


「えっとね……実は私、敦と付き合うことになったの!」


 だからさゆりの爆弾発言も、最初は意味がまったくわからなかった。


「……はい?」

「付き合うって……えええええっ!?」

「あ、敦先輩と……!」

「さゆり先輩が、お付き合い!?」

「それって、恋人としてってことですよね!?」


 久美も驚いたが、1年生は大パニックだ。


「驚き過ぎだろ……」


 敦が口を開いたが、かなり心外そうな顔をしている。確かに気恥ずかしいが、ここまで驚かれるとは思わなかった。


「驚くわよ。だけどおめでとう、さゆり。想いが届いてよかったわね」


 久美はさゆりが敦に惚れていたことをよく知っていたから、素直に祝福の言葉が口から紡がれた。


「う、うん……」


 だがさゆりは、顔を真っ赤にしたままだ。


「さゆりって、けっこう奥手だったのね。意外な一面だわ」

「だけど可愛いですよね」


 その姿が、さつきや雪乃にはとても新鮮だった。


「可愛いとか言うなぁっ!」


 すでにさゆりの恥ずかしさは、限界をこえていた。相手が先輩だろうとなんだろうと、既にそんなことを考える余裕はない。


「と、とりあえず、そういうことだ!」


 敦が無理やり話を打ち切ろうと、声を上げた。


「話をぶった切ろうってんだろうけど、勢いが足りねえぞ」

「大河君も容赦ないわね。だけどこれ以上刺激すると、さゆりが暴れ出すのは間違いないし、からかうのはここまでにしましょう」


 美花はさゆりが羨ましかった。自分の想いは永遠に届かないが、さゆりの想いは敦に届いた。


「そうね。それで雪乃。学者さん達は何か言ってきてるの?」


 連盟は前世論の窓口として、雪乃を指名していた。


「やはりみなさんの前世が本当にそうなのか、まだ疑われています。なので直接会わせろという意見が多いですね」

「でしょうねぇ」


 当然ではあるが研究は実証されて初めて意味を持つ。前世論も同様だが、実証が難しいため、前世の記憶が大きな判断材料となる。そのためには直接会って話を聞くのが一番だ。


「正直言って、面倒です」

「雪乃先輩には話してるんだから、それでいいじゃないねぇ」


 飛鳥も真桜も、激しくめんどくさそうな顔をしている。特に真桜は、何度か話したことがあるのだから、いいかげんにしてほしいと思う。


「そう言わないでよ。日本の研究者はともかく、他国から研究者が来る可能性だって高いんだから」


 前世論を研究しているのは、日本だけではない。そもそもの発祥は日本ではなく、オーストラリアだ。そしてそのオーストラリアには、夏休みの間、共に研究に勤しんだ学生もいる。


「なるほど。だから雪乃先輩、嬉しそうなんですね」

「そ、そんなことないわよ!」


 だが真桜と久美には、しっかりと心の内を見透かされていた。


「前世論の権威 オーストラリアのマーリン教授と会えるからですね」

「ああ、それは確かに嬉しいでしょうね」


 既に書き連ねるのも馬鹿馬鹿しいが、飛鳥と敦はまるっきり見当違いのことを述べた。もっとも今回に関しては、まるっきり、というわけでもないが。


「さつきさん……こいつら、どうします?」


 いつものこととはいえ、いい加減頭にくる。大河の額にはかなり大きな青筋が浮かび、美花も激しく大きな溜息を吐き、1年生も軽蔑の眼差しを送っていた。


「エンド・オブ・ワールドとプロテクト・レボリューションの積層術でもかました方がいいんじゃないですか?」

「その程度じゃ意味ないんじゃない?」


 久美の提案も、さつきにはまったく意味がないように思えた。それぐらい目の前の男二人は鈍すぎる。


「何の話ですか!?」

「物騒すぎる……」


 だがその鈍い男二人は、本気で後ずさってしまった。エンド・オブ・ワールドとプロテクト・レボリューションの積層術など、確実に死ねる。


「鈍いにも程がある話だからね」


 久美もノーザン・クロスとサザン・クロスの積層術を重ねたい気分だ。ここまで鈍いと、効果があるかはかなり疑わしいが。


「美花、こんなバカどもは放っといて、早く巡回に行きましょ」


 どうやら効果なしと判断したようだ。委員長を無視して副委員長に巡回に行くよう要請を出した。


「その方がいいかもね」


 その副委員長も、躊躇いなく要請を受諾した。


「おいっ!」

「どっちでもいいから、早く行きなさいよね。今日は源神社で、クリスマス・パーティーするんだから」


 元風紀委員長としては、現風紀委員会がこんな様だとは思わなかったから、かなり頭が痛い。雪乃が在任中、どれだけ苦労していたのかがよくわかる。


「雅人先輩と瞳先輩が、準備してくれてるんですよね」


 だが花鈴は、この後予定されているクリスマス・パーティーという響きに誘惑された。


「それなんですけど、生徒会も呼んだって本当ですか?」

「そりゃね。あれだけ迷惑かけたんだから、これぐらいはしないと悪いじゃない」


 鎌倉に戻ってくる道中、今晩の予定を聞かされた飛鳥、真桜、敦、さゆりだが、そこで生徒会も招待したと聞かされた。新生徒会が発足してからかなり迷惑をかけたのだから、飛鳥としてもこれぐらいはいいと思う。


「そこは同意しますよ。それじゃ巡回行くか」


 ただ確認をしたかっただけなので、飛鳥は巡回に行くコンビを考えはじめた。


「終わったら、うちでクリスマス・パーティーよ!」


 真桜が元気よく、宣言した。毎年クリスマス・イヴは、飛鳥と二人で過ごすことが多かったため、友人とパーティーをすることはあまりなかった。だからかなり楽しみにしている。


「神社でクリスマスっていうのも、なかなかシュールよね」

「いいじゃない。じゃあ雪乃、あたし達は準備してよっか」

「そうですね。それじゃみんな、また後で」

「わかってますって!」


 さつきと雪乃は、準備を手伝うため、風紀委員会室から源神社に足を向けた。


「それじゃ今日は俺と真桜、大河と美花、敦とさゆり、久美と京介、瞬矢とオウカ、常駐は浩、勝、紫苑、花鈴、琴音だ」


 どうやらコンビが決まったらしい。だが復帰初日だというのに、えらく容赦ない布陣だ。


「今年最後の巡回だってのに、またえらく容赦ないわね」

「敦先輩とさゆり先輩がコンビって、1年生は泣きますよ?」

「さらに委員長と真桜先輩までコンビって、いったいどこに攻め込むんですか?」

「心外な……」

「いや、そう思われても仕方ねえだろ」

「何度も経験ありだしね」

「うるさいよ」


 だがみんな、一様に容赦がなかった。


「なんか私達、一番頼りないよね」

「だね。そういう意味じゃ、京介が羨ましいな」


 瞬矢とオウカは、何度かコンビを組んで巡回をしたことがあるが、やはり頼りなさはあるようだ。ケンカを売られたことも一度や二度ではない。


「相方が姉ちゃんって、けっこうキツいぞ?」


 それでも京介からすれば、姉とコンビを組まされるよりマシだ。


「今年最後の巡回だ。手を抜くなよ」

「わかってますって!」


 飛鳥に釘を刺されたが、手を抜いたりすれば、姉に何をされるかわかったものではない。ゆえに京介は、巡回で手を抜いたことは一度もない。


「とっとと終わらせて、クリスマス・パーティーといきましょう!」


 ようやく我に返ったさゆりも、クリスマス・パーティーに思いを巡らせた。


「雅人先輩が奮発して、すごい食材を用意してくれたって話だもんね」

「奮発も何も、また懸賞で当てただけだけどな」


 毎度のことだが、今回用意された食材も、雅人が懸賞で当てたものだ。


「どんだけだよって話だよな。狙って当てられるもんじゃねえってのに」

「雅人さんだしね」


 もはや誰も、雅人の強運については突っ込まない。突っ込んだら負けだということを、骨の髄にまで叩き込まれている証拠だろう。


「だよな。よし!それじゃ、行くぞ!」

「おーっ!」


 飛鳥の号令で、風紀委員は今年最後の巡回に出発した。

 間もなく2097年も終わる。今年はいろいろなことがあったが、振り返るにはまだ時間がある。今夜のパーティーもその一つになるだろう。

 飛鳥はコンビを組む真桜と共に、委員会室のドアからではなく、窓からフライ・ウインドを使い飛び出した。


――同時刻 某所――

「失礼いたします」

「ああ、時多さん。首尾はいかがでしたか?」

「こちらを」

「これが小烏丸?折れてるのは仕方ないとしても、普通の刀じゃない」

「柄の刻印はまだ健在です。どのような副作用があるかわからないため、確認しかしておりませぬが」

「それでいいですよ。刻印が残っていることがわかれば、十分ですから」

「ということは、これでようやく、目的の物の一つが手に入ったということね」

「御意にございます。残る三本のうち、一振りは北条家に伝わっておりますので、半分ということになります」

「順調ですね。それで、残る二振りは?」

蜘蛛切丸くもきりまるは特定できましたが、友切丸ともきりまるは難儀しております。本音を申せば、夢魅様のお力をお貸しいただきたいところです」

「私の、ねぇ」

「気乗りしませんか?」

「まったくしないわ。私が協力しなくとも、時間をかければわかるでしょう?」

「僕としても、協力してもらいたいのですがね」

「お断りよ」

「残念です。時多さん、どれぐらいかかりそうですか?」

「現時点では、何とも申し上げられません。友切丸を入手できれば、また話は違いますが」

「北野天満宮、ですか」

「なんとかしてもらうしかないわね」

「細心の注意を払いますが、場所が場所ですので、最悪の事態を覚悟していただく必要がございます」

「蜘蛛切丸が特定できているなら、そちらを優先するべきでしょうね。3つ揃えば、何とかなるでしょうから」

「では?」

「ですが候補の特定は、引き続き行ってください。友切丸を手に入れられなければ、意味はないのですから」

「御意」


前世の亡霊編<完>

 第6章、ご覧いただき、ありがとうございます。

 タイトルに反して高校生活を描いたことはなかったような気がしておりましたので、生徒会の活動風景を少し描写してみたのですが、思ったより長くなってしまった気がします。

 前世の人物に関しては、資料が少なくて、すさまじく頭が痛かったです……。別の人物にしとけばよかったかなと思ったことも一度や二度ではなく……。

 それはそれとして、登場人物はともかく、召喚された鬼や鵺に関しては、基本、伝承に従ったつもりですが、後付け設定に関してはかなり都合よく作らせていただいております(特に鵺)。

 登場人物の前世は、史実の人物にしてあります。そのなかで佐藤兄弟の妻である若桜と初音は、特に姫ではないし、この名前かも怪しいのですが、そんな伝承があるらしいのと、郷御前を姫にした関係上、あえて姫とさせていただきました。静御前も史実では郷御前とは義経の妻ということ以外、接点はありませんが、これも同様に、無理やりつながりを持たせるためです。

 平家物語などの人物像とはかけ離れている感がありますが、これも無理やりです。前世の記憶と現世の記憶が混同、あるいは何かしらのアクシデントによって違う性格になった、という設定です。

 最後に何かを企んでいる三人組をあえて出しましたが、彼らを含めて、次章はそんな余裕はなくなるでしょう。

 予告も掲載してありますが、あくまでも予定なので、本編とは若干内容が変わる可能性もあります。ご了承下さい。


次章予告


 アジア共和連合で突如発生した伝染病。それは爆発的に世界へと広まっていった。世界中が未知のウィルスに混乱する中、ドイツの医学者エアハルト・ローゼンフェルトがウィルスの正体と発生源を突きとめた。それは存在が確認されながらも、アジア共和連合が存在を掴んでいなかった刻印神器だった。

 その刻印神器は、既にアジア共和連合を脱出し、ある人物の招きにより、日本へと足を踏み入れていた。

 その頃日本では、刻印術師前世論の討論会が開催されていた。提唱者であるマーリン・フェニックスも来日し、同行者である刻印三剣士アーサー・ダグラスとも再会した。だが参加者ばかりか、仲間達までが一様に倒れていく事態を目の当たりにし、連盟から未知の刻印神器の存在を聞かされた飛鳥と真桜は、北の大地へ向かうことになる。

 そして神器と神器が激しくぶつかり合う中、飛鳥と真桜は一組の夫婦と出会う。それはまさに、運命と奇跡の邂逅だった。


 第7章「神器繚乱編」現在鋭意制作中

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