33・前世の先
――同時刻 関門橋 中央――
飛鳥と真桜が上空へ飛び立ってからの約十分間、橋上では雅人、さつき、雪乃、敦、さゆり、そして合流した久美と準一が鵺を相手に苦戦していた。その証拠に、アコースティック・フィールドとバーニング・ロアーの積層術も消されている。
「そこだっ!」
「くらえええっ!」
敦がダークネス・セイバーを、雅人がフォトン・ブレイドを纏わせ、鵺を斬り付けた。だが鵺は、苦悶の声を上げながらも後ろ足で立ち上がり、左の前足で二人を薙ぎ払った。
「ぐおっ!」
「ちぃっ!」
雅人は氷焔之太刀で受け止めたが、敦は回避を選んだ結果、左の肩を爪がかすめていた。
「敦っ!」
さつきのガスト・スパイラルと久美のウイング・ラインの積層術が直撃し、鵺を吹き飛ばすことができたので追撃はなかったが、先程から似たようなことを繰り返しているため、全員が傷ついていた。
「そこだっ!」
準一がホイール・オブ・フォーチュンを発動させ、鵺に突っ込み、吹き飛ばしたが、火と風の術式であるため、与えたダメージは純粋にロード・アクセラレーターの物理的なものだけだった。
だが準一は、ロード・アクセラレーターを完全生成している。後部座席にはキャノンやバルカン、さらにはミサイルまでが生成されており、その全てが属性弾を撃ち出す。特にミサイルは、消費型のように刻印術を刻印化できるため、ロード・アクセラレーターの特性に左右されない特徴もある。
準一はそのミサイルに、光性B級対象干渉系術式サンフラワー・スフィアを刻印化させて撃ち込んだ。
「やれ、さゆり!」
「わかってるわよ!」
サンフラワー・スフィアは電離させた陽子を収束し撃ち出す術式で、アニメや映画などのフィクションにおける荷電粒子砲そのものと言える。球状に収束した荷電粒子は、命中すればサンフラワー=ひまわりのように光が拡散するため、これが名称の由来となっている。
準一が発射したサンフラワー・スフィアのミサイルは、命中すると同時に拡散し、ミサイルのダメージだけではなく荷電粒子のダメージを鵺に与え続けていた。
そこにさゆりがジュエル・トリガーを発動させた。生成した宝石がぶつかり合い、火花を生み出し、光を乱反射させ、サンフラワー・スフィアに干渉し、鵺の体内で爆発を引き起こした。
「これも耐えるのか!」
だが鵺は、これだけの積層術にも耐えた。さすがにダメージは小さくなく、見た目の傷も増えてきているが、それでもまだまだ戦闘不能には程遠い。
「体内で爆発を起こしたってのに、なんであれだけしかダメージがないのよ」
さつきは、あんな即死ものの攻撃を受けて耐えられる自身はない。おそらくこの場の人間で耐えられるのは、光属性に適性があると判明した雪乃ぐらいだろう。もっとも適性があると言っても、普通の術師や生成者よりあるという程度で、飛鳥や真桜のように生来の適性属性というわけではない。
「見た目からして私達の常識が通用しないんですから、いちいち驚いても仕方ないと思いますが……」
「アコースティック・フィールドとバーニング・ロアーの積層術まで消されちゃったしね。何かわかった?」
雪乃は戦いながら集めたデータを、ワイズ・オペレーターで解析作業を行っていた。まだ推測段階だが、雪乃にはある程度の予想がついていた。
「原理まではわかりませんが、鵺の鳴き声は広域系の刻印を破壊する刻印術のようなものだと思います。ですから当然、鳴き声にも印子が含まれています。だから空気の振動である音だけを止めても意味がないんだと思います」
「一応、納得はいくな」
近くにいた雅人にも、話は聞こえていた。
「印子を止めればいいなら、いくらでも方法はありそうだけど」
「多分、鵺は意識しているわけではないと思います。犬や猫も本能で鳴きますが、それには必ず理由があります。おそらく鵺にとって、広域系はもっとも苦手で唾棄すべきもの」
動物の鳴き声には、様々なものがある。犬が甘える時の声や猫が威嚇する時の声。他にもあるが、その全てに理由がある。おそらく雪乃の推測は正しい。広域系に本能的な脅威を感じているからこそ、本能的に鳴き声で広域系をかき消していたのだろう。
「その理由は……子供達だな?」
鵺の鎌鼬をはじきながら、雅人が確認するように訊ねた。
「おそらくそうだと思います。だから鳴き声の印子を止めるためには」
「すさまじく難易度が上がったわね。子供を守るために親が見せる力は、野生の動物でも飼育された動物でも、とんでもなく!強いものねっ!」
水の槍と土の弾丸を防ぎながら、さつきも納得した。
鵺の産み出した子供達は、召喚された鬼どころか、二流の生成者にも劣るものだった。確かに数は厄介だったが、言ってしまえばそれだけだ。10メートルに迫る巨体、四属性への高い耐性、そして広域系をかき消す鳴き声を持つ親とは、似ても似つかない。
「はい。あっ!」
「どうしたの?」
「飛鳥君と真桜ちゃんが上昇を止めました!現在高度は地上1万メートルです!」
「上がりすぎだ!」
「どうりで時間かかってると思ったわ……」
この場の全員に知らせるために大声を上げたわけだが、敦の叫び声の方が大きかった。久美も大きく呆れていた。それは雪乃も同様だ。地上から視認しにくい高度まで上がれば十分で、それでも命の危険があるというのに、高度1万メートルは一瞬でも気を抜けば、その場で終わる。
「だけど止まったってことは、来るってことでしょ!?」
「全員、鵺から距離を取れ!干渉系積層術で動きを封じるぞ!」
「はいっ!」
光属性の神話級は、発動から命中までのタイムラグがほとんど存在しない。鵺がどれだけ俊敏に動こうと、光の速さには敵わない。だが抑えなければ、こちらが巻き込まれることになる。だから雅人は距離を取り、干渉系の積層術で鵺を無理やり抑えつけるよう指示した。
だが何を思ったのか、雅人は鵺に近づき、さつきのガスト・スパイラル、さゆりのスチール・ブランド、雪乃のブラッド・シェイキング、そして準一のスカーレット・クリメイションの積層術で動きを封じられた鵺に、氷焔之太刀を突き立てた。
「せ、先輩!何をしてるんですか!?」
「確実に鵺を抑えるためには、物理的にも抑えるしかない!いくら鵺でも、簡単に動けないはずだ!」
「だからって、そんなところにいたら巻き込まれちゃいますよ!」
「そうだ!早まるな、久世君!」
「雅人!あんたまであの子達に、重い十字架を背負わせるつもり!?」
「そんなつもりはない。それに二人も、俺と同じことを考えているようだからな」
「二人?まさかっ!」
「先輩!」
「わかっている!やれ!」
「あ、敦!?」
さつき達が干渉系積層結界を発動させると同時に、敦はフライ・ウインドで上空へ舞い上がった。と言っても地上10メートル程度だ。そのまま勢いをつけて落下した敦は、バスター・バンカーの杭を伸ばし、雅人の氷焔之太刀の柄尻目がけて撃ち込んだ。
そして氷焔之太刀は、さらに深く鵺の体にめり込んだ。同時に一歩退いた雅人がフライ・ウインドを発動させ、敦を抱えるように飛び出し、その二人を久美のスノウ・フラッドとガスト・テイルの積層術が加速させた。
その直後、鵺は巨大な光の柱によって、跡形も残さず消え去った。
「これがバロールか。話には聞いていたが……」
準一が神話級を見たのは、これが初めてだった。だが聞くと見るとでは大違いだ。広域対象系という話だから領域外へ漏れることはないだろうが、それでもとんでもなく恐ろしい。
「そんなことより、敦と雅人さんは!?」
だがさゆりは、珍しく狼狽していた。さゆりの目からは、二人がバロールの光に飲まれてしまったように見えていた。敦に惚れている身としては、これは耐えられない。
「大丈夫よ。ほら」
焦るさゆりに、久美がワイヤーの先を指差した。だがその先は海だ。
「もしかして、落ちちゃったってこと?」
などと言いながら、さつきは心配していない。雅人も敦も、そして久美も、最初からこうするつもりだったのは明白だ。それにこの程度で死ぬなら、二人はもっと早くに命を落としていただろう。
「思ってもないですよね、そんなこと」
雪乃もその考えに同意だ。
そしてその考えを肯定するかのように、二人がゆっくりと上昇してきた。雅人の手には、再生成された氷焔之太刀が握られている。
「けっこうスリルありましたね」
「まったくだ。久美が同じことを考えていなければ、巻き込まれていただろうな」
だが敦も雅人も、一歩間違えば命を落としていたというのに、とてもそんな様子には見えない。
「それはこっちのセリフですけどね」
久美は雅人と敦の考えが、はっきりとわかっていたわけではないが、二人ならそうするだろうと思った。そして敦がフライ・ウインドを発動させたことで、それは確信に変わった。
「なるほど。佐藤嗣信と忠信、そして静御前としての縁が、バロール発動のタイミングを察知させてたってワケか」
「そうなるんでしょうね」
「先輩と敦君はともかく、なんで私にも二人の考えてることがわかったのかは疑問ですけどね」
雅人と敦が佐藤嗣信と忠信だということは、二人は前世では兄弟だったということになる。飛鳥との主従だけではなく、兄弟の縁が加わるのだから、二人が同じことを考えるのはまだわかる。だが久美の前世である静御前は、義経の側室、郷姫の舞姫という以外、接点はないように思える。
「強引に説明をつけるとしたら、ブリューナクでしょうね。二心融合という言葉の通り、二人の意思を一つにすることで、前世の縁も互いが共有するようになったと考えるべきだと思うわ」
「確かに強引だが、わからなくもない話だな」
「普通なら驚く話なのに、いい加減どうでもよくなりましたよ」
源義経、郷姫、佐藤嗣信、佐藤忠信、若桜姫、初音姫、そして静御前。2年生の生成者と雅人、さつきは義経縁の者が前世だった。武蔵坊弁慶の存在もあるから、あまりにも飛鳥と真桜の周囲に集まりすぎている。これをただの偶然と考えるには無理がある。
しかも義経である飛鳥、郷姫である真桜は融合型、嗣信である雅人と若桜姫であるさつきは複数属性特化型、忠信である敦と初音姫であるさゆりは混成術と、世界でも希少な術式を使う。特に敦とさゆりは、前世の縁が成功させたことにほとんど疑いがない。
「そうだな。ん?どうかしたのか、さゆり?」
だが敦も、今更だと感じていた。だがそれより、さっきから俯いているさゆりが気になった。
「こんの……バカっ!!」
さゆりの右拳が、コークスクリュー気味に唸り、敦に炸裂した。
「っ痛ぇっ!!何しやが……!?」
痛む左頬を抑えながら文句を言おうとしたが、突然さゆりが抱きついてきたことで、思考がフリーズした。
「おお~!」
「あらあら」
「大胆ねぇ、お兄さんの前で」
さつき、雪乃、久美は頬を赤らめながら目を細めた。からかうような視線も送っているが、当のさゆりには、そんなものは意識の片隅にもない。
「これはまさか……なのか?」
兄 準一としても、これは驚きだ。
「えっと……さゆりさん?」
敦の人生で、このような事態は一度もない。だから何をどうすればいいのか、皆目見当がつかない。
「うるさい、黙れ」
とりあえず話を聞こうと名前を呼んだが、少し涙ぐんださゆりの声に止められた。
「いや、俺に聞かれてもな」
目で助けを求める敦だが、雅人にもどうしたらいいのかわからない。雅人だってこんな経験はないから、アドバイスのしようがない。
「さゆりが落ち着けば、勝手に離れるわよ。恥ずかしくなってね」
さすがにさつきはわかっている。正気に戻れば真っ赤になって暴れ出すだろうが、それは恋する乙女なら当然だから、大目に見てやってもいいだろう。
さつきは空を見上げた。じきに若と姫が降りてくる。いくら上空でブリューナクを生成しようと、発動したバロールまでは隠せない。これで良かったのかはわからないが、他に方法がなかったのも事実だ。そして何より、知盛と教経を支援していた黒幕がわからないままだ。二人を見た瞬間に感じた胸騒ぎは、まだ収まっていない。むしろ強くなっている。
だがさつきは無理やり感情を抑え、飛鳥と真桜を迎えることに決めた。
――15分後、ようやく飛鳥と真桜が、手を繋いで楽しそうに戻ってきた。
「面白かったね、飛鳥!」
「ああ。今度スカイ・ダイビングをやってみたくなったよ」
「なったよ、じゃないでしょ。いくらなんでも1万メートルは上がりすぎよ」
開口一番、久美が呆れながら溜息を吐いた。
「確かに俺も驚いたが、それぐらいはできると思っていたよ」
「記録更新ばかりか、前人未到の領域に到達なんて、やるじゃない」
だが雅人とさつきは、心の底から感心していた。
「ありがとうございます、さつきさん!」
「確かにすごいんだけどさ……」
二人に褒められた真桜は、本当に嬉しそうだ。その姿を見た久美は、先程より大きな溜息を吐きながら、自分の体が脱力していくのを感じた。
「ところで敦。お前、何やってんだ?」
飛鳥は敦に目を向けたが、その敦が何をしているのか、本当にわからなかった。
「いや、それが……」
さゆりはまだ敦に抱きついている。だが敦にも、この状況が何なのか、さっぱりわからないから答えようがない。
「さゆりも。もしかして……」
抱きついたさゆりはまだ顔を上げない。何か言いたそうな気配があるような気はするから、もしかしたら顔を上げないのではなく、上げられない、もしくは上げたくないのかもしれない。
「飛鳥、そこには触れちゃだめ!」
「な、なんで?」
「なんでもなの!」
だがそれを見咎めた真桜に怒られた。でも理由はまったくわからない。
「これはさすがにね」
助けを求められたさつきも、軽く呆れている。
「飛鳥君らしいですけどね。それよりそろそろ戻りましょう。みんな怪我してますし」
「そうしたほうがいいな。特に飛鳥君と敦君は、けっこうな怪我だ。早く治療するにこしたことはない」
雪乃の提案に、準一も賛同を示した。自分も含めて、全員が怪我をしている。特に飛鳥と敦は、それぞれ戦闘中にハート・ウォーターと火性C級支援系治癒術式ヒート・フェイバーで止血はしていたが、それでも着ている制服はボロボロになり、大きな刀傷も見て取れる。
「アルミズ使いましょうか?」
今なら結界を展開させられるため、ブリューナクを生成しても見つかることはない。その上で広域支援系治癒術式である神話級術式アルミズを使えば、見た目の傷はほとんどふさがる。
「さすがに今回はマズいでしょ」
だがさつきが、即座に反対した。傷を隠すだけなら問題はないが、破れた制服や私服はどうしようもない。衣服がボロボロになっているのに体には傷がない、ということはありえない。一ヶ所二ヶ所なら言い訳は立つが、全員となれば絶対にありえない。
「そうなんですけどね。とりあえず、戻ろう。確か大河達だけじゃなく、生徒会もいるんでしたよね?」
飛鳥もそう考えた。大河と美花は知っているから問題ないが、1年生や生徒会は知らないのだから、ここで使うのも躊躇われる。
「そう聞いてるわ。他のみんなは、駅でリニアを待っている時間ね」
本来飛鳥達が乗る予定だったリニアは、16:13新下関駅発なので、今頃学校のみんなは駅でリニアを待っているだろう。そんなに距離が離れているわけではないし、ネットもあるので、鬼が現れたことぐらいは知っているかもしれない。
「おお、もう4時じゃねえか。あっちで怪我した奴はいないんですか?」
「ええ。風紀委員の1年生は、オウカちゃんも含めて、印子の消耗が激しいそうだけど、外傷はないそうよ」
「よかった……」
真桜が安堵の溜息を吐いた。大河と美花、瞳が一緒だとはいえ、1年生の実戦経験は、ゼロでないだけマシというレベルで、まだ生徒会の壮一郎や真子、瑠依の方が経験値は高い。
「瞳さんもですか?」
「あの人は、水中戦で白鬼を倒したって聞いてるわ」
「水中戦かぁ。水に適性持ってても、すっごく難しいんでしたよね?」
「難しいなんてものじゃないわよ。ねえ、飛鳥君、久美さん?」
「まったくですね」
「そもそもまともに水中戦ができる人って、世界でもそんなにいませんしね」
飛鳥だけではなく、雪乃も久美も、瞳と同じ水属性に適性を持っている。だが三人は、水中戦を試したことはないし、経験したこともない。そもそも考えたこともない。
「水中戦特化ってわけじゃないけど、それに近いでしょうね。だからネレイド・ヴァルキリーなんだし」
人魚の戦乙女と呼ばれることが多いが、本来ネレイドは、ギリシャ神話に登場する、ネレウスとドリスの娘である海の女神ネレイデスのことを指す。ネレイデスは複数形で、瞳の称号であるネレイドは単数形となっている。人魚の姿をした神も多いため、人魚と訳されてもあまり問題はない。
「これでますます、戦姫の名が広まるわけだな」
マルチプル・ヴァルキリーのさつき、オラクル・ヴァルキリーの雪乃、レインボー・ヴァルキリーのさゆり、クリスタル・ヴァルキリーの久美、そしてヴァルキリー・プリンセスの真桜の五人は、その称号から名付け親である三女帝の思惑通り戦姫、もしくは五戦姫と呼ばれていた。
だが瞳が菜穂と上杉からネレイド・ヴァルキリーと呼ばれ、その称号が広まってからというもの、その瞳を加えて六戦姫と呼ばれることもあった。しかしさつきは三華星でもあるため、さつきを外して五戦姫と呼ばれることもあり、現場はさりげなく混乱している。
「テレビ局や新聞社も、お母さん達の術中に嵌ってる気がするなぁ」
「まったく否定できないどころか、その通りだって思えるから怖いわよね……」
瞳の称号は、名付け親である菜穂が直々に公表した。同時にヴァルキリーの称号を持つ少女達もクローズアップされてしまったのだから、当人達からすれば迷惑極まりない行為だ。
「諦めなさい。それでオウカの消耗が激しいってことは、もしかしてあの子、生成したの?」
当然さつきも頭数に入っていた。だがマルチプル・ヴァルキリーの称号と三華星の称号を強制的に継がされた件があるし、何より子供の頃からこんなことは日常茶飯事だったので、既に諦めの境地に達している。そんなことより、オウカが生成したことの方が気になる。
「そうみたいです。ですが実戦で生成したのは初めでですから」
「それは仕方がないだろうな。自分の生刻印から生成しても、慣れるまでは消耗が激しい。あの子の刻印が継承されたものである以上、消耗は俺達の比じゃないだろう」
「ってことは1年がへばってるのも、無理した結果ってわけですか」
高強度、高精度で刻印術を発動させた場合、それに比例して印子の消耗も激しくなる。慣れればある程度は抑えられるし、効率よく使えば消費量はさらに減る。それにはやはり慣れるしかないのだが、1年生にはかなりの無理難題だ。
「瞬矢君、怪我してるのに」
さらに瞬矢と京介は怪我をしている。傷の痛みで集中力が乱れ、それが術式に影響を及ぼすことはよくある話だ。だが久美は、瞬矢はともかく、実の弟である京介の怪我については、微塵も触れなかった。
「弟には触れずってのが、また久美らしいわね。ということは大河と美花も?」
「はい」
「あの二人も、かなり腕を上げているからな。下手な生成者より、実力は上になっているはずだ」
神槍事件以降、大河と美花も飛躍的に実力を上げていた。おそらく世間でいう刻印学師や魔術師と比べても、その実力に遜色はないと雅人は思っている。
「刻印学師、とはちょっと違うわね。考えといた方がいいのかも」
大河と美花の切り札であるA級刻印術は、まだ試験段階のため、二人が使っている刻印具も世間には出回っていない。だから違うのではないかとも思えた。
「それは先輩達にお任せするとして、どうします?みんな来ちゃいましたけど?」
「長話をしすぎたかな。だけど疲れてるし、助かったかも」
本州側から、軍用車が何台か向かってくるのが見えた。おそらく、バロールを確認したため、軍の誰かが探索系を使ったのだろう。もしかしたら美花が使ったのかもしれない。その証拠に、窓から手を振っているのは美花とかすみ、そしてオウカだった。
ようやく気付いたさゆりは、敦を突き飛ばし、慌てて下を向いた。今なら顔から出た火で周囲を焼き尽くせるような気がする。
そんなさゆりを横目で見ながら、真桜は元気よく、手を振りかえした。




