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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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32・鵺

――同時刻 関門橋 中央――

 飛鳥は鵺を相手に、劣勢を強いられていた。胸には横一文字に斬り付けられたような傷があり、腕や足にも獣の爪でつけられたような傷ができている。どの傷も浅いのが救いだが、鵺は無傷なのだから、このままズルズルといくようでは、敗北どころか命を落とすことも十分ありえる。


「ぐっ!なんて重い攻撃なんだっ!」


 鵺の前足を受け止めた飛鳥はネプチューンを発動させ、自分に牙を剥こうとしていた尾の蛇を氷結させた。


「ヒョーーーーッ!」

「な、なんだとっ!?」


 だが鵺が一声鳴くと同時に、飛鳥のネプチューンが割れ、再び蛇が飛鳥を狙い、動き始めた。


「くそっ!」


 すぐにニードル・レインを発動させ、その場から後退したが、受けた衝撃は決して小さくない。


「それなら!ウラヌス!」


 次に飛鳥が発動させたのは光属性の惑星型ウラヌス。だがウラヌスも、鵺の鳴き声と同時に割れ、消滅した。


「まさか、こいつの鳴き声は……!」


 ネプチューンばかりかウラヌスまで破られた飛鳥は、一つの考えに思い至った。そしてその考えが正しいかどうかを確認するため、ミスト・リベリオンとヴァナヘイムの積層結界を展開させ、鵺を閉じ込めた。

 だが飛鳥の予想通り、これも鳴き声と同時に破られた。


「そこだっ!」


 予想していたとはいえ、ミスト・リベリオンをあっさりと破られたショックは軽くない。だが伝説の怪物が相手なのだから、まだマシだろう。そんな考えを無理やり抑え、カウントレスの刀身にミスト・インフレーションを発動させ、一気に斬り付けた。


「なっ!」


 ミスト・インフレーションによって斬り付けられた右前脚は血飛沫を上げ破裂したが、そこまでだった。

 苦悶の表情を浮かべ、怒りで染まった鳴き声を上げる鵺は、飛鳥に向かって刻印術のような攻撃を仕掛けた。

 鵺は刻印術だけではなく、頭の猿が火、胴の狸が土、手足の虎が風、そして尾の蛇が水属性術式に似た攻撃を、次々と繰り出してくる。飛鳥の体の傷も、虎の手足から発せられた鎌鼬や旋風でつけられたものだ。


「スプリング・ヴェール!エアー・シルト!」


 だが飛鳥も、何度も同じ手を食う男ではない。スプリング・ヴェールとエアー・シルトの積層術で攻撃を防ぎ、同時にダンシング・プラズマとスチール・ブランドの積層術で反撃することも忘れない。

 だがダンシング・プラズマによって電離したスチール・ブランドが直撃したにも関わらず、鵺には効果が薄かった。それならばと発動させたブルー・コフィンは避けられてしまったが、破裂した右前脚から肩にかけて命中し、鵺の態勢を崩すことができた。


「そこだっ!」


 そして先程より強度を上げたミスト・インフレーションを纏わせ、鵺の体を唐竹割で斬り付けた。


「嘘だろ……」


 だが鵺は、まったくの無傷だった。明星祭前日の襲撃事件で知盛にも通用しなかったことがあるが、その経験が活きていたようで、立ちすくみ隙を晒すようなことにならなかったのは皮肉だろう。


「こいつ、もしかしたら!」


 あの日以降、慢心していたと感じた飛鳥は、一度基本に立ち返ることにした。雅人や勇輝だけではなく、二人の師匠でもあり自分の師匠でもある剣聖 龍堂貢の教えを思い出し、相手を―鵺を見た。そして一つの結論に達した。それを確かめるべく、飛鳥は再びダンシング・プラズマとスチール・ブランドの積層術とブルー・コフィンを時間差で発動させた。


「やっぱりか!」


 どちらの術式も、鵺に直撃した。だが飛鳥の予想通り、鵺には傷一つつけられなかった。それを確認した飛鳥は、フォトン・ブレイドを発動させ、距離を取った。だが意外にも、牽制目的で放ったフォトン・ブレイドを、鵺は大袈裟に後ずさって避けた。


「そういうことか!」


 続けて飛鳥は、ダークネス・セイバーを発動させた。闇属性への適性が低い飛鳥だが、真桜に付き合っているうちにそれなりに習熟し、普通の術師よりは使いこなせるようになっていた。そのダークネス・セイバーは、鵺の着地点に向けられていた。空中で動きを変えない限り、避ける手段はない。案の定鵺は、ダークネス・セイバーの直撃を受けた。


「俺のダークネス・セイバーが効くとは思わなかったな」


 闇属性をそれなりに使いこなす飛鳥だが、それでも六属性の中では一番威力が低い。その闇属性が効いたのだから、やはり自分の予想は正しかったと確信した。

 だが怒りの声を上げた鵺が炎を吐いた。スプリング・ヴェールで防いだ飛鳥だが、その炎は徐々に勢いを増し、ついには電離した。


「なっ!ぐああああああっ!!」


 電離することによって雷の特性を得た炎は、スプリング・ヴェールを侵蝕し、ついに突き破った。そしてその炎は、飛鳥の身を焦がし始めた。


「飛鳥!」

「ま、真桜……!」


 そこに真桜が現れ、フォーリング・カーテンとアース・ウォールの積層結界を作り出し、飛鳥を焼いていた炎を消し去った。


「わ、悪い、真桜……。助かった……」

「飛鳥!その傷……!よくも……よくも飛鳥を!」


 飛鳥が傷を負わされたという事実に、真桜は逆上していた。そのまま怒りに任せて風性B級干渉攻撃系術式ガスト・スパイラルとショック・コートの積層結界で鵺を閉じ込め、炎を纏った音速の刃を次々と結界内に生成した。


「よ、よせ!やめろ、真桜!」


 だがショック・コートは広域系でもある。飛鳥は散々破られたから、真桜の選択が危険だということがよくわかった。


「え?きゃああああっ!!」


 だが飛鳥の警告は間に合わず、ショック・コートとガスト・スパイラルの積層結界は、鵺の一鳴きで消え去った。そしてお返しとばかりに放たれた鉄の塊が、真桜の体をかすめ、吹き飛ばした。


「真桜!大丈夫か!?」


 自分が傷を負っていることも忘れた飛鳥は、慌てて真桜に駆け寄った。


「う、うん……。何なの、今のは……」


 鉄の塊が外れたのは偶然に過ぎないから、体をかすめただけという結果は本当に運が良かった。だが真桜は、いきなり積層結界が消えるとは思いもしていなかった。内側から吹き飛ばすにしろ刻印を破壊するにしろ、あんなにあっさりと消すことはできないのだから、真桜が混乱するのも無理もないことだ。


「よくわからないが、あれが鵺の特性らしい」

「特性?」

「あいつには四属性の術式が効きにくいんだ。光や闇ならダメージが通るんだが」

「つまり光と闇で攻撃すればいってこと?」

「それだけじゃない。鳴き声で広域系をかき消してくる。惑星型や世界樹型だけじゃなく、俺のミスト・リベリオンも消された」

「ミスト・リベリオンを!?」

「ああ」


 真桜は広域系を得意としており、戦闘でもメインで使っている。つまり真桜とは、戦術の相性がこの上なく悪いということになる。


「光と闇しか効かなくて、広域系もダメなんて……もしかして、あれを使うしかないってこと!?」


 封刻印から召喚された以上、倒す方法は必ず存在する。だがすぐには思いつかないし、今覚えている術式ではできないかもしれない。

 だが二人には、力でこの場を切り抜ける方法がある。できれば使いたくはないが、最終手段として考慮しておく必要はあった。


「そうするしかないかもしれないが……うわっ!」


 そんな二人の足元から結界が広がった。


「炎!?フロスト・イロウションだと思ったのに!」


 水性B級広域対象系であるフロスト・イロウションは結界内に霜を作り出し、足元から任意の対象を氷らせる。そのため氷や水が結界内に飛び散ることが多く、意識しなければ抑えることは難しい。

 だが鵺は、そのフロスト・イロウションとほとんど同じ結界作り出し、水飛沫や氷の結晶ではなく、火の粉や火花を発生させていた。


「くそっ!真桜!」

「うんっ!」


 広域系を破るためには、刻印を破壊する他にも広域系で内側からぶち破る方法がある。飛鳥や真桜の腕なら刻印を破壊することは難しくないが、この術式の刻印がどこにあるのかわからないし、そもそも刻印術なのかどうかもわからない。だから二人は、ミスト・リベリオンとシルバリオ・コスモネイションの積層結界を展開させ、フロスト・イロウションに似た炎の結界を内側からぶち抜いた。

 だがその積層結界も、鵺が鳴いたとたんに消滅した。


「嘘……。ミスト・リベリオンとシルバリオ・コスモネイションの積層結界が……」

「やっぱり積層結界でも消されるのか!」


 真桜とのS級積層結界を破壊されたのは、これが初めてだ。予想していたとはいえ、これはかなりショックだ。

 だがその瞬間、鵺をいくつもの惑星が取り囲んだ。


「えっ!?」

「これは……プラネット・クライシスか!」

「飛鳥君!真桜ちゃん!」

「雪乃先輩!」

「ひどい怪我ね。大丈夫、飛鳥君?」

「ええ。見た目ほどじゃないので。それより先輩、気を付けてください!鵺に広域系は効きません!」

「そうみたいね。プラネット・クライシスで解析したけど、とんでもない化け物だわ」

「なんで……って、クレスト・レボリューションやエアマリン・プロフェシーも組み込んでたでしたね」


 プラネット・クライシスに鵺を閉じ込めた雪乃だが、それだけで飛鳥の言いたいことを理解していた。探索系を組み込んでいるエアマリン・プロフェシーと刻印に干渉することができるクレスト・レボリューションは、不正術式も見抜けるし、誰が提供したのか、誰がライセンスを取得したのかまで特定することができる。そして封刻印に封印されていた鵺は、解放されてからさほど時間が経っていない。封刻印も刻印だし、何百年も閉じ込められていたのだから、そう簡単に刻印が消えるとは思えない。

 そう考えた雪乃は、プラネット・クライシスの解析能力によって、鵺の特性を解析していた。


「きゃあっ!」

「雪乃先輩っ!」


 だがそのプラネット・クライシスも、鵺の鳴き声によって砕け散った。


「危ない!」


 飛鳥のブラッド・シェイキングと真桜のガスト・スパイラルの積層術によって吹き飛ばされた鵺だが、やはり効果は薄かった。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。どうやら鵺は、プラネット・クライシスに広域系の要素をあるってことを、本能で理解してるみたいね」

「尚更厄介ですね。こうなったら、やっぱりあれしか……」

「でも飛鳥、結界を展開できないから、ここじゃ……」

「わかってる。だけど他には……」


 こうして話し込んでいる間も、鵺の攻撃は続いている。だが雪乃のエアマリン・プロフェシーが、それを防いでくれていた。


「私が何とか食い止めるから、その間に倒してもらうしかないかもしれないわ」

「危険です!いくらエアマリン・プロフェシーが強固でも、あいつは広域系を消せるんですよ!」


 飛鳥の心配は当然のものだ。無系術式として再調整されたエアマリン・プロフェシーだが、開発当初から広域系は組み込まれ続けている。鵺を攻撃していないから、鳴いていないから強固な結界として展開し続けているのであって、鳴いた瞬間に破られる可能性は高い。

 だがどれだけ攻撃してもエアマリン・プロフェシーによって遮られていることに業を煮やしたのか、鵺が怒りの形相をさらに歪めた。そして飛鳥のミスト・インフレーションによってちぎれた右前脚を突出し、小さく鳴いた。


「な、なんだ?」

「何をしてるの!?」


 鵺は猿、狸、虎、蛇のキメラと言ってもいい。自然界においては絶対にありえないその姿は、古来より物の怪や妖怪と称されてきた。この世に非ざる異形のモノ。その異形にこの世の常識は通用しない。

 驚き戸惑う飛鳥達を憤怒の形相で睨みつけた次の瞬間、鵺はしゃがみ込んだ。そして鵺のとった行動に、三人は絶句した。


「あれって……そんな、まさか!!」

「鵺の……子供!?」

「嘘だろ……」


 鵺は出産を始めていた。

 あまりにも想像を絶する光景に、三人は動くことができなかった。

 鵺がオスなのかメスなのかもわからないが、出産をしているのだから常識で考えればメスだろう。だが妊娠していたようには見えなかったし、妊娠していたということは、相手がいるということになる。普通に考えれば、封印されるまえに交尾し、妊娠したということになるのだろうが、記述によればこの鵺は、平家物語に登場したものと同じ個体だ。平家物語がフィクションに近いから信憑性はわからないが、それでも鵺は、源頼政と猪早太によって倒されたと明記されている。数もその一体だけだから、辻褄が合わない。

 その鵺が生んだ子供は、全部で10匹もいた。鵺って子だくさんなんだなぁ、と真桜が現実逃避しているようだが、その気持ちはわからないでもない。


「これでますます、倒す方法が限られてきたわね……」

「ええ……。目の前で出産されるなんて、さすがに考えたこともありませんよ」

「考えた人がいるなら、会ってみたいわよ」


 まったくもって雪乃の言う通りだ。こちらの常識が通用しないことはよくわかったが、それでもさらにその斜め上の行動をされてしまっては、とっさに動けるわけがない。


「おいおいおいおい!なんで数が増えてんだよ!?」

「っていうかもしかして……子供?」


 そのタイミングで敦とさゆりが駆け付けた。だが子供が増えていることに、さすがに驚いている。


「敦!」

「さゆりも!そっちは終わったの!?」

「一応な。村瀬燈眞は、名村先生とセシルさんに任せてきた」


 どうやら教経との決着はついたようだ。だが突然現れた二人に、鵺は子供を二匹けしかけた。


「やろっ!」


 襲いかかった一匹は、敦のアンタレス・ノヴァによって、瞬く間に燃え尽きた。


「なんだ?思ったより手応えがないのか?」

「油断禁物よ!」


 さゆりもジュエル・トリガーを発動させ、敦に襲いかかった子供を宝石で押し潰し、雷と共に消し去った。


「サンキュー」

「気をつけなさいよね。それにしても、手応えがなさすぎるわ。いったい何なのよ、これ?」

「鵺の子供だ。さっき俺達の前で生まれた」

「いや、意味がわからねえよ!」

「飛鳥と戦ってたはずでしょ!なんでそんなことになってるのよ!?」


 まったくもってその通りだ。飛鳥にも、たとえ懇切丁寧に説明しても、理解してもらえる自信がない。そもそも説明できる自信もない。

 だがその必要はなくなった。驚くべきことに、鵺はまだ、出産を続けていた。


「マジか!」

「これは……キツいわね……」


 説明するまでもなく、敦とさゆりは、ここで何があったのかを理解せざるをえなかった。


「まさか鵺が、子供を産んでいたとはな」

「珍しいものを見た、と言いたいところだけど、嬉しくもなんともないわね」

「雅人さん!」

「さつきさん!」


 雅人とさつきも、それを見ていたようだ。まさか着いた瞬間、鵺の出産に立ち会うことになるとは夢にも思わなかったが。


「敦とさゆりも、教経を倒したみたいね。なら、あとは鵺を倒せば、全てが終わるわ」

「ああ」


 知盛は雅人が、教経は敦が倒した。さらに雅人が召喚の刻印を破壊したのだから、これ以上召喚されることもない。そう思っていたのだが、まさか出産という方法で数を増やすとは思いもしなかった。だが鵺の子供達は、親どころか鬼にも劣る。確かに数は多いが、それだけなら問題とは思わない。雅人とさつきは積層術で一気に殲滅する腹積もりだ。


「ダメですっ!」


 雪乃の警告が届く前に、雅人がムスペルヘイムを、さつきがアルフヘイムを発動させ、積層結界を作り上げた。刻印三剣士と三華星が展開させた積層結界の強度は、たとえ神話級であっても、簡単に消し去ることはできないだろう。

 だがまだ出産を行っている鵺が一声鳴くと、その積層結界さえも、瞬く間にかき消された。


「なっ!?」

「な、なんでっ!?」


 さすがの雅人とさつきも、これには驚かざるをえなかった。


「ま、雅人先輩とさつき先輩の積層結界を……!」

「鳴いただけで……かき消したの!?」


 敦とさゆりも、驚愕の表情を浮かべていた。


「鵺の鳴き声は、広域系をかき消すんです!私のシルバリオ・コスモネイションと飛鳥のミスト・リベリオンの積層結界も、さっき消されました!」

「私のプラネット・クライシスもです。それだけじゃなく、鵺は四属性に高すぎる耐性を持っています。光か闇でなければ、まともにダメージを与えられません!」

「そういうことか!」


 真桜と雪乃の説明で、何とか理解した。だが鵺の子供は、次々と生まれてくる。どこからどう見ても、既に鵺の体に収まっていた数ではない。


「こうなったらもう、周囲の目を気にしてる場合じゃない!」

「うん!」

「少しは気にしなさいよ。と言いたいけど、結界を張れない以上、それも仕方ないか!」


 飛鳥と真桜が決断を下すのも、やむをえないと思った。鵺は飛鳥と真桜のS級積層結界すらかき消した。特に真桜は広域系主体で戦うのだから、あまりにも相性が悪すぎる。


「一つだけ方法がある。飛鳥と真桜ちゃんなら可能だろう」

「どんな方法ですか!?」


 飛鳥は焦っていた。鵺はまだ、出産を続けている。


「人目が届かない上空で生成するんだ」

「じょ、上空で!?」


 雅人の提案は、策でもなんでもなかった。確かに上空まで上がれば周囲の目を気にせずにすむだろう。だがフライ・ウインドは、そこまで高く上がることを想定してはいない。確か記録では、地上1200メートル弱だったと記憶している。


「そこから一気に、あれでカタをつけるってわけね。確かにそれしかないか」


 さつきも試したことはないし、試そうと思ったこともない。一つ言えるのは、地上1200メートル程度では人目を回避することは難しいということだ。


「ああ。それに飛鳥と真桜ちゃんなら、必ずできる。俺はそう信じている」

「はい!」

「わかりました!」


 だが雅人は、二人ができることを確信している。だから無茶な提案をしたとは思っていない。飛鳥と真桜も、雅人を信頼しているからこそ、できると確信することができた。


「俺達はその間、鵺を引き付ける。雪乃、二人が生成するタイミングを、しっかりと見ていてくれ」

「わかりました」

「問題は……こいつらってことですねっ!」


 鵺の子供達は、次々と襲いかかってきている。大した強さではないのが救いだが、こちらが倒す数より生まれてくる数の方が多いのだから、いくら倒してもキリがない。


「そいつらは、俺達が引き受けよう!」

「え?」

「じゅ、準一さん!?」

「久美!」

「久美さん、来てくれたのね!」

「はい!先輩のおかげで、話も事情も、だいたいはわかってるつもりです!飛鳥君、真桜!鵺の子供は、私と準一さんが食い止めるわ!」


 雪乃は鵺が子供を産んでからすぐに、久美に連絡を入れた。上空で生成することは雪乃も考えたが、広域系が使えない以上、自分ひとりではこの場を抑えきれないと判断したからだ。船幽霊と戦っていた久美と準一は、先程その船幽霊を全滅させることに成功しており、一度本部へ帰還するよう命じられていたことも大きかった。


「わかった!頼む!」

「お願い!」


 飛鳥と真桜は手をつなぎ、頷き合うと、トランス・イリュージョンを発動させ、周囲へ溶け込むように姿を消し、同時に発動させたフライ・ウインドによって、飛鳥と真桜は天空へと飛び立った。

 雪乃から連絡を受けた久美は、すぐに準一に事情を説明した。そして準一も承諾し、ロード・アクセラレーターを飛ばしてこの場へやってきた。最後に倒した船幽霊は、関門トンネル近くにいたから、移動に少し時間がかかってしまったが、飛鳥と真桜の援護には間に合ったと思いたい。


「行くぞ、久美ちゃん!」

「はいっ!」


 飛鳥と真桜が空へ飛び立つと同時に、準一はロード・アクセラレーターを橋上に着地させ、ライトニング・バンドとバインド・ストリングの積層術を発動させ、ロード・アクセラレーターを発進させた。ライトニング・バンドによって若干痺れた子供達だが、乾燥した時期の静電気程度にしか感じられないようだ。

 だが地面を伝うように発動させていた久美のミスト・アルケミストが子供達を氷らせ、表面の水滴にライトニング・バンドの電撃を走らせることで、効果を倍増させた。


「さつき先輩!サウンド・サイレントとアコースティック・フィールドを!」

「そういえばそうだった。確かに試す価値はあるわね!」


 久美のアドバイスを受け、さつきが鵺に対して、サウンド・サイレントとアコースティック・フィールドの積層術を発動させた。アコースティック・フィールドは領域内の空気振動を操ることで、音による攻撃や防御を行う術式であり、サウンド・サイレントは領域内の音を遮断する。鵺の鳴き声も音には変わりないため、影響を受けない可能性があった。いつものさつきならすぐに気付いていたはずだが、鵺の出産という予想の斜め上の出来事を目の当たりにしてしまったため、気が動転していたのだろう。さつきは無理やりそう考えることにした。

 案の定、鵺はアコースティック・フィールドを消すことができなかった。サウンド・サイレントはD級術式なので消されてしまったが、これは仕方がないだろう。


「確かにこれは失態だな」


 雅人もバーニング・ロアーを発動させ、さつきのアコースティック・フィールドに重ねた。アコースティック・フィールドほどではないが、バーニング・ロアーも音を操る。先程まではわずかに聞こえていた鵺の鳴き声も、二人の積層術によって完全に聞こえなくなった。


「この辺でいいだろう。やはり鳴き声も音である以上、アコースティック・フィールドとバーニング・ロアーの積層術なら、鵺を止められたようだな」

「なんでみんな気付かなかったのか不思議でしたけど、あれだけ子供を産まれてたら、そりゃ動転しますよね」


 準一と久美は、飛鳥達から数十メートル距離を取っていた。


「あとは飛鳥君と真桜ちゃん次第だ。それまでに」

「ええ。必ず倒します!」


 クリスタル・ミラーを構えた久美は、新たに開発したS級術式を起動させ、言霊を唱えた。


「サザン・クロス!」


 久美が新たに開発した無性S級広域対象支援系術式サザン・クロスは、クリスタル・ミラーの先端に展開され、氷の十字槍となった。その槍を振るうと同時に無数の氷が舞い、十字架と成り、風に乗り、横殴りの雨のように激しい勢いで、鵺の子供達に降り注いだ。それで終わりではなく、落下の際に生じた摩擦熱によって氷から水へと状態を変え、発生した静電気を纏いながら貫き、熱エネルギーを放出させた水は子供達と共に氷りつき、砕け散った。


「やるもんだな。S級はノーザン・クロスだけだと思っていたんだが」

「さすがに一つだけじゃ心許ないですからね。これでもけっこう時間かかったんですよ」


 サザン・クロスは夏休み中から開発していた術式だ。久美の力量的にも、氷から水への状態変化は問題がない。だがその際に発生した熱や静電気をどうするかで考えがまとまらず、先日ようやく完成したと言える。


「準一さんのS級もすごいじゃないですか」

「そうでもないだろう。やっぱりS級はアドバイスをくれる人間が必要だと思うよ」


 準一も無性S級対象支援干渉系術式ホイール・オブ・フォーチュンで鵺の子供達を倒していた。火と風をロード・アクセラレーターに纏わせ、相手に突撃するというシンプルな術式だ。だがロード・アクセラレーターは重量約150kg、完全生成した場合は300kg近くに達し、それだけの質量が炎と風を纏い、周囲に撒き散らしながら高速で突っ込んでくるのだから、破壊力は高く、そのシンプルさゆえに防ぐことも難しい。


「それにしても、いつになったら俺のことを先生と呼んでくれるのかね?」


 ホイール・オブ・フォーチュンが橋上を所狭しと駆け巡り、サザン・クロスが嵐のように吹き荒ぶ中、準一は軽く溜息を吐いた。真桜と久美は、一度も準一を先生と呼んだことがない。真桜は何度か呼ぼうとしていたが、今更感があるため、気恥ずかしさが前面に出てしまったようだ。対して久美は、準一が教師だということを認めたくなかった。

 春休みに連盟に法具生成の報告に行った際、帰りにさゆりの実家である一ノ瀬神社に泊まり、そこで初めて準一と出会ったのだが、完全な一目惚れだった。だが男幼馴染に囲まれて育った久美は、自分があまり女子高生らしくないと思っている。真桜やさゆり、美花に出会うまで、スカートなど、制服以外では穿いたこともなかった。そのせいか、今もスカートより、パンツルックを好んでいる。

 それはともかく、準一を先生と呼んでしまえば、想いが届かなくなるような気がしてしまって、久美は絶対に認めたくなかった。


「先生である以前に、親友のお兄さんなんですから、けっこう難しいですよ。先生だって私達のこと、名前で呼んでるじゃないですか」


 準一が久美の想いに気付いていないことは、ごく一部を除いて誰でも知っている。久美にとっては悲しいが、オウカのように熱烈なアプローチを仕掛けているわけではない。そもそも久美には、どうしたらいいのかわからない。だからとりあえず、まっとうな反論を口にした。


「そんな教師がいないわけじゃないだろ」

「なら、準一先生と呼びましょうか?」


 一ノ瀬先生とだけは、何があっても呼びたくない。だが準一が望むなら、妥協するのもやぶさかではない。もっとも、素直に呼ぶのも嫌なので、軽く牽制することも忘れない。


「それで手を打つとするか」


 だが準一は、そのジャブにカウンターを合わせた。


「え?いいんですか?」


 久美にとってはまさかの展開だ。


「名前で呼ばれる教師がいないわけじゃないだろうからな。どうかしたかい?」

「い、いえ!何でもありません!」


 こんな時だというのに、久美の顔は真っ赤になった。今にも火を吹きそうだ。


「そ、それより準一さん!早く戻りましょう!」

「そうだな。ソード・マスターやクレスト・ハンター、それに戦姫が三人もいるんだから大丈夫だと思うが、広域系が使えない以上、苦戦は免れない」


 久美の態度に気付かぬまま、準一はロード・アクセラレーターのアクセルを吹かした。


――PM15:32 関門海峡 上空――

 関門橋上から飛び立ち、10分が経過した頃、飛鳥と真桜はようやく高度1万メートルに到達した。並の術師ならばフライ・ウインドで出せる最高速度は時速40キロ程度だが、熟練した一流の生成者なら50キロ超も可能であり、二人は最高速度60キロまで出すことができる。そして高度3000メートルに達した時点でトランス・イリュージョンを解除し、気圧変化に備えるため高度5000メートル地点で低酸素症を防ぐため、オゾン・ボールとエア・ヴォルテックスの積層結界を展開させていた。

 だがいくらオゾン・ボールとエア・ヴォルテックスの積層結界で酸素と気圧変化を防いでいるとはいえ、長時間生身でいれば肺が酸素を供給できなくなる。こんなところで意識を失えば、あとは自由落下によって確実に命を落とすことになる。


「真桜!」

「うん!」


 だが飛鳥も真桜も、そんな心配はしていない。雅人ができると言ってくれたのだから、必ずできる。飛鳥は右手を、真桜は左手を繋ぎ直し、印子を込めた。


「若よ、姫よ。委細承知している」

「話が早いな!」

「ならお願い!」

「心得ている。唱えるがいい」

「ああ!」


 二人はブリューナクを構え、バロールを発動させた。直径10メートルの光が1万メートル下の鵺めがけて伸びていく。光は1秒で地球を七周半するのだから、わずか1万メートルの距離はほとんど一瞬で到達する。


「どうだ、ブリューナク?」

「消滅した。主達も早く地上に戻るがよい」

「そうだね。行こう、飛鳥」

「ああ。ありがとう、ブリューナク」


 ブリューナクを刻印に戻すと、二人は手を繋いだ。

 確かスカイ・ダイビングというスポーツがあったな。機会があればやってみようかと思った飛鳥だが、今は真桜との、束の間の空中散歩を楽しむことにした。

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