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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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31・ソード・マスター

――同時刻 関門橋 中央本州側――

「くっ!思っていたよりやるではないか。私と互角に斬り合うとは!」


 雅人の氷焔之太刀と知盛の小烏丸が、何度目かの鍔迫り合いを演じていた。だが知盛が刻印術を混ぜて攻撃しているのに対し、雅人はファイアリング・エッジしか発動させていない。


「何とか言ったらどうだ?それとも全力でその程度か、嗣信!」


 だが雅人は答えない。表情を見ても余裕を感じるから、全力のはずがない。その程度のことは知盛にも感じ取れた。


「ふざけるな、嗣信!この私に、手を抜いて勝てるとでも思っているのか!?」


 怒り心頭の知盛がブラッド・シェイキングとアクア・ダガーを合わせたような氷血裂波ひょうけつれっぱを発動させ、雅人を袈裟懸けに斬り付けた。その斬撃を紙一重でかわした雅人は、氷焔之太刀にファイアリング・エッジを纏わせたまま、峰で知盛の胴を真横に薙いだ。


「がはっ!ば、馬鹿な……!峰打ちだと!?ふざけるな、嗣信!」


「ふざけてはいない。これが俺とお前の力の差なんだからな」


 ここで初めて、雅人が口を開いた。水属性に適性を持つ知盛が小烏丸を持っているためか、ファイアリング・エッジによるダメージは感じられない。だが峰打ちとはいえ、直接打撃を受けた腹部へのダメージは大きい。


「それがふざけていると言っている!まぐれ当たりが続いた程度で、図に乗るな!」

「そう思いたければ、そう思えばいい」

「ふざけおって……!」


 刻印三剣士やソード・マスターと呼ばれているように、雅人は自分を剣士だと思っている。同じ三剣士でも、刻印術の腕はアーサーに劣るし、総合力ではミシェルの方が上だが、剣の腕だけは二人にも負けないと思っている。相手が歴史上の英雄であっても、それは同様だ。

 知盛は前世では病弱だったと言われているためか、純粋に剣の腕を比べるなら、飛鳥の方が上だと感じられる。もし知盛が剣士かと問われれば、雅人は違うと答える。その答えが、知盛が手にしている小烏丸だ。

 だがその知盛の顔が、急に雅人を嘲笑するように歪んだ。


「あれを見るがいい、嗣信」


 知盛が示した先では、さつきが鬼に囲まれながら、巨大な鬼と対峙していた。


「牛の頭ということは、あれが牛頭鬼ごずきか。地獄の鬼まで召喚するとは思わなかったな」

「余裕ぶっていられるのも今の内だけだ。牛頭鬼の名を知っているなら、奴が無慈悲な番人だということも知っておろう?若桜程度では、すぐに命を落とすことになる」

「何が言いたい?」

「若桜の命を救いたくば、今すぐ義経の首を取ってこい。さすれば我が配下としてやる。その力、義経ごときにはもったいないからな」


 まったく予期せぬ勧誘だった。だが雅人の答えは決まっている。


「断る」

「ほう。ということは、若桜の命はいらぬということか?」

「好きにしろ。俺もさつきも、飛鳥と真桜ちゃんに命を奉げている。二人を守るためなら、いつでも死ぬ覚悟がある。自分の命を守るために主の命を犠牲にするぐらいなら、自ら命を絶つ」


 雅人には一切の迷いがなかった。


「……いいだろう。牛頭鬼よ!若桜を殺せ!」

「それからもう一つ、お前はさつきの実力を侮りすぎている。相手がなんであろうと、さつきを簡単に殺せるなどと思うな」

「なんだと?」


 雅人と知盛の会話は、さつきにも聞こえていた。


「やっぱり知盛は、まだ召喚の刻印を持ってるってことか。それにしてもあいつ、勝手なこと言ってくれるわね。だけど一つだけ間違ってるわよ。もし飛鳥の首を差し出すようなら、あたしがあんたを殺す。それに何より、兄さんが決して許さない。死んでからも二人を守ったんだからね」


 死の直前、勇輝は自らの全てを、刻印として残していた。その刻印は神槍事件において、大河のマテリアルと美花のイラプションに干渉することで、ヴォルケーノ・エクスキューションの形を成し、飛鳥と真桜が神槍ブリューナクを生成するための大きな力となった。その勇輝が、飛鳥の首を差し出すような真似を許すはずがない。


「それから知盛。あんたはあたしを侮った。牛頭鬼ってのがどれほどのものか知らないけど、所詮は地獄の獄卒。そんな下級の鬼が、北欧神話の半神 ヴァルキリーに勝てるとでも思ってるの!」


 さつきを含むヴァルキリーの称号を持つ少女達は、瞳を含めて六戦姫と呼ばれることが多くなっていた。ヴァルキリーは北欧神話の主神オーディンに仕える半神で、全員が女性的存在とされている。勇敢な戦士をヴァルハラへ迎え入れ、最終戦争ラグナロクへ導く役割を担っている。その役割から、姿を見た者は必ず死ぬと言われており、死を司る存在とも言われている。対して牛頭鬼は地獄の獄卒で、獄卒とは囚人を取り締まる下級役人を意味する。死を司る半神の戦乙女と獄卒では、どちらが驚異に映るかは比べるべくもない。

 その証拠とばかりに、さつきはエンド・オブ・ワールドを発動させた。無性広域対象系術式として開発されたその術式は、さつきによってさらに改良を加えられ、広域攻撃対象干渉系=無系術式として再登録されていた。自身を中心に発動させたエンド・オブ・ワールドは、領域内を激しく揺らし、酸素によって作り出した竜巻によって巻き上げ、摩擦熱で発生した炎によってその身を焼き、地に落ちると同時に凍てつかせ、稲妻によって貫き、鉄の槍によって再び天へ突き上げ、天空から水素によって作り出した槍で貫き、最後に小規模な水素爆発を発生させた。多くの鬼は途中で絶命したが、牛頭鬼だけは最後まで耐えていた。だが最後の、体内で発生させられた水素爆発に耐えることはできず、爆発四散した。


「あんまり人をなめるんじゃないわよ」


 四散した牛頭鬼には一瞥もくれず、さつきは知盛を睨みながら言い放った。


「ば、馬鹿な……!」


 その知盛は、さつきが容易く牛頭鬼を葬った姿を目の当たりにし、驚愕していた。


「だから言ったはずだ。簡単にさつきを殺せると思うな、とな」

「な、なぜ貴様らのような者が、義経ごときに従っている!?」


 雅人とさつきは、間違いなく飛鳥や真桜よりも強い。直接戦ったのだから、断言する。だが二人は、その飛鳥と真桜に忠誠を誓っている。力があるなら、なぜ相手を従えようとしないのか、それが知盛には理解できなかった。


「俺達は三上飛鳥と久住真桜に、刻印術師の未来を見た。二人には重荷かもしれないが、遠くない将来、世界は二人を無視することができなくなる。この国の覇権を狙っているお前とでは、器が違う」


 真桜は一斗と菜穂が再婚したため三上姓となったが、雅人やさつきが忠誠を誓った時はまだ久住姓だった。その時から高校を卒業したら飛鳥と結婚することになっていたから、いずれ三上真桜になることは決まっていた。だが二人にとって、結婚していない今の真桜は、まだ久住真桜のままだ。


「おのれ、嗣信!おのれ、若桜!こうなれば出し惜しみはなしだ!我が全てをかけて、貴様らを屠り、義経の首を取る!そしてこの国を、私のものとする!」

「小さいな。だがもう遅い。なぜ俺が、一気に勝負を決めなかったと思う?」

「なんだと?なっ、なんだ……これはっ!?」

「さっきの胴への一撃だ。そこに封刻印があるから、ファイアリング・エッジに紛れ込ませておいたスパーク・フレイムを叩きつけ、お前が召喚するタイミングで発動するようにしておいた。つまりお前は俺の策に嵌り、手の内を晒したんだ」

「ば、馬鹿な……!」


 対象干渉系であるスパーク・フレイムは、ファイアリング・エッジと並ぶ雅人の得意術式だ。刻印破壊を得意とする三剣士は、それぞれが得意術式によって実行しているが、雅人の場合はスパーク・フレイムかファイアリング・エッジとなる。

 封刻印は人の印子を食い、成長する特性があるため、常に人の印子を欲している。だから知盛が意識せずとも、刻印術を使えば必ず封刻印は反応する。そのために雅人は戦いながら時間を稼ぎ、ソナー・ウェーブとブリーズ・ウィスパーで封刻印を探っていた。

 そして見つけた。そのスパーク・フレイムをファイアリング・エッジに干渉させ、見た目はファイアリング・エッジのまま知盛の胴を薙ぎ払い、封刻印にスパーク・フレイムを刻み込んだ。そのための峰打ちだった。


「伊達に刻印三剣士やソード・マスターと呼ばれてるわけじゃない。前世の記憶に頼りすぎ、今の俺を侮ったこと、それがお前の敗因だ」


 封刻印に干渉したスパーク・フレイムは、五芒星を描くように広がった。

 日本でも五芒星は古くから使われており、有名な陰陽師 安倍晴明も使っていた。陰陽五行説の木火土金水を表し、魔除けの呪符としても名高い五芒星は、洋の東西を問わず、高い人気を誇っていた。刻印術師の間でも、自分の得意属性を中心に据えるという意味で人気が高い。

 雅人を含む刻印三剣士は、平面図である五芒星に、その中心点からの高さを加え、星の先端を集中させると五角錐と成し、これによって力を一点に集中させることで、刻印への干渉を最小限に止め、正確に刻印を貫くことで破壊している。誰に教わったわけでもなく、自分達が独自に編み出した刻印破壊の技術。これが刻印三剣士を刻印三剣士たらしめている最大の要因だった。


「ば、馬鹿なっ!封刻印が……破壊されただと!?」

「知盛、お前は剣士ではない。だから必ず、持っていると思っていた。前世では病弱だったという記録があるが、自分の力に頼らないお前は、本当にそうだったようだな」

「だ、黙れっ!私は入道相国最愛の息子にして無双の権勢!この世の全ては、我等平家のために存在している!」

「平知盛は、病弱なれど先見性のある聡明な人物だと言われていたが、今のお前を見ると、とても信じられないな。唐皮の刻印で目覚めたそうだが、その時に何か不測の事態が起きていたと思いたくもなる」


 これ以上、歴史上の英雄の無様な姿を見たくはない。あまりの姿に思ってしまったことだが、本当に何か不測の事態があったのではないかとも思う。


「平知盛、本来ならお前は生かして捕えるべきだが、歴史上でのお前は、敗北を悟ると同時に自ら命を絶った。教経や鵺が敗れたと知れば、お前は命を絶つ。そう信じさせてもらうぞ」


 雅人は氷焔合一を刀身に発動させた。知盛を捕えるよう命令されているが、それが無理なことは上杉や伊達、光理にもわかっていた。だから最悪の場合は、命を絶つこともやむなしともされていた。小烏丸を奪えば捕えることは容易いが、自ら命を絶つ方法はいくらでもある。

 だがそんなことはどうでもよく、知盛は飛鳥の命を狙い、真桜の身を欲していた。雅人にはそれだけで十分、命を絶つ理由になっていた。先の述べた口上は、平家の智将と名高い知盛に、剣士として敬意を払っただけにすぎない。

 そして何より、若君から必ず倒してくれと厳命されている。飛鳥にそのつもりはないが、雅人はそう思っている。飛鳥から頼み事をされることは多いが、命令されたことは初めてだ。だがそれは、決して無理難題などではなく、雅人を心から信頼しているから、自分で借りを返したい気持ちを抑え、雅人に任せてくれたのだ。

 その飛鳥の信頼に応えるべく、雅人は氷焔之太刀を構え、氷焔合一を纏わせた刃で知盛の体を袈裟懸けに、返す刀で小烏丸を狙い、雅人は氷焔之太刀を振り下ろした。


「これは……マーキュリーとダークネス・カーテンの積層術か」


 だが氷焔合一は、知盛が発動させたマーキュリーの原型 転熱陣てんねつじんと闇之衣の積層術によって、受け止められていた。


「嗣信!それが貴様の切り札だということは知っている!私の転熱陣と同じ、炎と氷を操る刻印術!私には効かんぞ!」


 だが雅人は、知盛の頬に一筋の傷をつけたことを確認していた。


「そうかな?」

「何?うっ!?な、なんだ……これは!?血が……沸騰するのか!?」


 突然 知盛が苦しみだした。


「やはり飛鳥のミスト・インフレーションは、まだお前の体内で燻っていたようだな。あの日、ミスト・インフレーションを受けた時点で、お前の敗北は決まっていたんだ」

「お、おのれ……!だが嗣信!貴様の刻印術が私に通用しないことは明白!このまま道連れにしてくれるっ!!」


 氷焔合一の干渉を受け、知盛の血液にダメージを与え続けていた飛鳥のミスト・インフレーションは、再び活性化した。血液を膨張させ、沸騰させ、今にも血管を食い破りそうな勢いを見せたが、知盛は最期の力で無理やり抑え込んだ。そして転熱陣を雅人に向けて収束させた。


「俺の氷焔合一は、その程度では破れない。消えろ、平知盛」


 だが雅人は、刀身に纏わせたままの氷焔合一で、転熱陣の刻印を斬り付けた。先程封刻印を破壊した時のように、転熱陣は刻印を破壊され、効果を失い、熱エネルギーは氷焔之太刀によって吸収され、再度展開された氷焔合一は、今度こそ小烏丸を折り、知盛の体を逆袈裟で斬り付け、発動した。


「ば、馬鹿な……!この平知盛が……!父 清盛の遺志を継ぎ、国を統べるこの私が……!」


 絶対零度の冷気によって傷口から氷り付いた知盛だが、ミスト・インフレーションによって血液だけは氷らなかった。膨張した血液が血管を破壊し、氷像を内側から朱に染め上げ、完全に染まると同時に発火し、平知盛は炎と共に天へと消え、折れた小烏丸の柄は、関門海峡へと落ちて行った。


「飛鳥のミスト・インフレーションを、取るに足らない術式だと思ったのが間違いだったな」


 氷焔合一を解除し納刀すると、さつきがゆっくりと歩いてくる姿が目に入った。


「なるほど、ミスト・インフレーションと氷焔合一の積層術を狙ってたってワケか」


 雅人は飛鳥の命令に歓喜していた。同時にミスト・インフレーションが、まだ知盛の体内に残留していると予想していた。だからこそミスト・インフレーションに氷焔合一を重ね、飛鳥が自分に劣っていないことを、知盛に思い知らせた。それがさつきには、少し羨ましかった。


「さつきか。さっきは悪かったな」


 雅人は本気で、さつきを見捨てるつもりだった。愛する女性を見捨てることは雅人にとっても辛いが、飛鳥と真桜を失うことは自分の命を失うことに等しい。

 神槍事件の際、あと一歩雅人が遅ければ、真桜は命を落としていたかもしれない。あの時さつきは、かつてない恐怖を感じた。自分の命が脅かされることが問題ではないほど、すさまじい恐怖だった。だから雅人が、自分より飛鳥の命を選んだことも当然で、自分でも同じことをしたと確信している。


「別にいいわよ。あたしだって同じことするし。それより飛鳥の様子は?」

「真桜ちゃんが駆け付けてくれているが、それでも苦戦中だ」


 サラマンダー・アイを発動させた雅人は、飛鳥の様子を確認しながら答えた。


「なら、あたし達も急いだ方がよさそうね」

「ああ。行くぞ!」


 互いに頷きを返し、雅人とさつきは飛鳥と真桜の下へ急ぎ向かった。

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