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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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30・平教経

――同時刻 関門橋 九州側――

「このおっ!!」


 関門橋でも、激しい戦いが繰り広げられていた。

 今も真桜のシルバリオ・ディザスターが、鬼達を銀の像へと変えたが、その鬼達は次々と召喚されてくる。しかも酒呑童子は、一度も前に出てきていない。


「けっこうな数ね。せめて酒呑童子だけでも何とかできればいいんだけど」


 何度か酒呑童子に刻印術を発動させているが、周りの鬼達が身代わりになるため、一度も命中していない。これは本当に、奥の手を使うしかないかもしれない。


「本当ですよ。えっ!?」


 だが突然、真桜の動きが止まった。


「ま、真桜ちゃん!?」


 慌てた雪乃はタイダルウェーブを発動させ、真桜を狙っていた鬼を押し流した。


「真桜ちゃん?どうかしたの?」

「雪乃先輩……。怖い……。飛鳥が……このままじゃ飛鳥がいなくなっちゃう!」


 真桜は怯えていた。目の前の鬼達の存在ではなく、飛鳥を失ってしまうかもしれないという恐怖に。


「飛鳥君が?」


 飛鳥は今、鵺を止めてくれている。自分達が九州側に移動してしまったようなのでここからでは確認しにくいが、中央付近で戦っているのは間違いなさそうだ。だが雪乃は、飛鳥が危機に陥っていると感じた真桜を疑ってはいない。神槍事件でも、飛鳥が真桜の危機を感じ取り、恐怖に震えていたから、今は本当に飛鳥が危険なのだろう。


「行って、真桜ちゃん!ここは私がなんとかするわ!」


 だから雪乃は迷わなかった。ワイズ・オペレーターを完全生成し、一人でこの場のを引き受けるつもりだった。


「で、でも……!」


 だが真桜は、雪乃がそんなことを言うとは思わなかったから、驚き、戸惑っている。


「大丈夫だ。俺達が援護する!」

「行ってください、真桜さん!」


 そこに現れたのは、卓也とセシルだった。二人は真桜が不自然に動きを止めたことが気になり、急いで救援に駆けつけた。そして真桜の恐怖に震える声が聞こえ、理解した。


「名村先生、セシルさん!すいません、お願いします!」


 三人にお礼を言い、真桜は急いで飛鳥の下へ駈け出した。


「邪魔はさせませんよ!」


 その真桜を狙って鬼は、セシルのラファール・フォンデュによってまとめて吹き飛ばされた。


「お前たちの相手はこちらだ」


 さらに卓也がアルフヘイムを発動させ、真桜の行く手を阻む鬼達を封じ込めた。


「三条、やれるか?」


 卓也は雪乃が新しいS級術式を開発していたことを知らない。だが初めて、完全生成されたワイズ・オペレーターを見た。だから何かがあるのではないかと思っていた。


「はい!」


 雪乃が発動させたのはマーキュリー、ヴィーナス、マルス、ジュピター、サターン、ウラヌス、ネプチューンの惑星型術式。A級惑星型を全て同時に展開させることは、一流の生成者ならば不可能ではないが、相克関係や処理能力の問題もあり、実際に使う者はいない。

 だが惑星型七種の同時展開であっても、雪乃が開発した無性S級干渉支援探索系対象感知術式クレスト・レボリューション程の処理能力は要求されない。

 それどころかこれは、雪乃が新たに開発した無性S級無系術式プラネット・クライシスだった。


「惑星型の全展開を組み込んだS級術式とは……」


 雪乃には適性が低い攻撃系の要素も取り入れたこの術式は、ワイズ・オペレーターの処理能力と複数属性特化型という特性を活かし、全ての属性と系統を組み込んだ術式であり、属性や系統相克を回避させるために要求される処理能力はクレスト・レボリューションを超える。

 そのためワイズ・オペレーターの完全生成が必要だが、結果として高い攻撃力と防御力を両立させ、エアマリン・プロフェシーとクレスト・レボリューションの特性をも兼ね備えた術式となっている。

 領域内を七つの惑星が周り、小惑星を模した結界が鬼達を捕えた。その中には酒呑童子も含まれており、脱出しようと結界を殴ったり蹴ったり、刻印術を発動させたりしている。


「あれだけの数が相手だというのに、個別に術式相克を処理しているなんて……」


 セシルが驚いているが、それも当然だろう。結界内の鬼達が使う刻印術の威力や効果を削ぐように、発動されかけた術式と相克関係にある属性が結界内で発生している。系統や属性の相克関係を術式相克と呼び、熟練した術式に限れば術式相克を起こすことも、難易度は高いが不可能ではない。セシルにも一つや二つなら可能だが、ざっと見渡しただけでも十数個ものプラネット・クライシスによる結界が展開されている。雪乃はその全てで対応しているのだから、驚きもする。


「オートで発動させてるんです。刻印術は刻印から発動しますから、その刻印を自動で解析して、対になる属性を発動するように組み込んだので、私の手間はそれほどじゃありません」

「天才ですか、あなたは」


 セシルの口が、思わず本音を漏らした。本人も意識してはいないようだ。


「そんなことはありませんよ。それにやっぱり、私は戦闘には向いてないですから」

「そんなことはないと思うが、人には向き不向きがあるのも事実だな」


 刻印を自動解析させる、という発想がなかったわけではない。だが要求される処理能力が高すぎるため、ドイツの七師皇 イーリス・ローゼンフェルトぐらいしか実現させた者はいないと言われている。

 だが雪乃は、惑星型全七種と自身の開発したS級術式二種の全展開というコンセプトでプラネット・クライシスを開発し、行使している。これで戦闘に向いていないとは、とても信じられない。


「これがワイズ・オペレーターの真の力ということですか」


 そのプラネット・クライシスの結界内では、惑星がぶつかり合い、破壊され、鬼達を封じ込めていた小惑星へ降り注いだ。そしてその小惑星は、鬼達と相克関係にある惑星へ、次々と姿を変え、次の瞬間、圧縮して消えた。


「先生、セシルさん!今です!」

「わかった!」


 最後に残った酒呑童子に向かって、卓也のスパイラル・エクスプロージョンとセシルのラファール・フォンデュが積層術となり、プラネット・クライシスに干渉した。酒呑童子を閉じ込めた惑星は地球の姿へと変わり、内部ではスパイラル・エクスプロージョンによって発生した炎とラファール・フォンデュによって生み出された氷が対消滅を起こし、膨大なエネルギーを溜め込んでいた。

 そしてそのエネルギーを圧縮させることで、酒呑童子を地球ごと消し去った。


「これで鬼退治は終わりだな。俺のスパイラル・エクスプロージョンやセシルさんのラファール・フォンデュまで利用するとは思わなかったが」

「恐ろしいまでの才能ですね。天才としか言いようがありません」

「そんなことはありませんよ。それより今は!」


 卓也とセシルは鵺が召喚されたことを知らない。こちらも知らせる余裕がなかったから、おそらくそのはずだ。だが卓也もセシルも、国を代表する超一流の生成者だ。雪乃が何かを心配していることはよくわかった。


「そうですね」

「ああ。俺とセシルさんは、井上達の様子を見てくる。三条は三上達の援護に向かってくれ」


 だから卓也は、雪乃に飛鳥と真桜の援護に向かうよう指示し、自分達は敦とさゆりの援護に向かうことにした。


「はい!」


 二人に頭を下げた雪乃は、すぐにフライ・ウインドを発動させ、ドルフィン・アイを発動させながら飛鳥と真桜の下へ急いだ。


――同時刻 関門橋 九州側 めかりパーキング・エリア付近――

 教経と相対していた敦は、鬼達と攻撃をしかけてくる教経に押され、九州へ上陸してしまっていた。


「ちっ!やっぱ剣の腕じゃ負けてるか!」


 あの日から飛鳥や雅人に剣を教えてもらい、先日は剣聖 龍堂貢にもアドバイスをもらった。確かに以前より腕は上がったが、平家一の猛将と言われる平教経が相手では、分が悪いことに変わりはない。


「ふふふ。徒手空拳を得意とする貴殿が、ここまで剣を扱えるとは思っていなかったぞ」


 だが教経は満足そうだ。


「所詮、付け焼刃だからな。こんなもんが通用するとは思っちゃいなかったよ」


 バスター・バンカーにファイアリング・エッジとストーム・サーベルを纏わせ、教経と切り結んでいた敦だが、やはりたった一ヶ月では付け焼刃にしかならなかったようだ。それでも刀傷は以前より減り、逆に教経の刀傷は以前より増えている。


「平教経相手に、あんたが剣で勝てる理由はないわよね」

「うるさいよ。つか鬼どもはどうなってんだよ?」


 さゆりの言うとおりだ。昔から剣を使っている飛鳥や雅人なら、教経が相手でも後れを取ることはないだろう。だが敦は、バスター・バンカーを生成するまで、剣を使ったことはない。そんな素人に毛が生えた程度の腕では、教経に勝てる理由などどこにもない。だがそれを改めて指摘されると、それはそれで頭にくる。


「何度も倒してるけど、次々と召喚されてくるのよ。知盛か教経が召喚の刻印を持ってるってことだろうから、あんたこそ早く見つけなさいよ」

「一対一ならともかく、こんな変則的な状況で探せるか!」


 もっともだ。一対一なら相手の動きをしっかりと見て、次の手を打つこともできる。だが教経と鬼が交互、もしくは同時に襲いかかってくるこの状況では、とてもそんな余裕はない。


「それもそっか。あんたもよくこれで、一対一なんて言えるわね?」

「それについては釈明するつもりはない。だが鬼どもが襲っている間は、私は攻撃の手を控えていたつもりだ」

「言い訳のつもり?」

「事実だよ。一応はな」


 確かに鬼を従えてはいるが、その鬼達が敦に攻撃している間、教経の攻撃を見切るのは楽だった。知盛からの命令で仕方なく従えているのだろうことは、なんとなくわかった。


「一応ねぇ」

「だから教経は、召喚の刻印を持ってないんじゃないかって思うぞ」

「なるほどね。だけどそういうことなら、ここで私があんたを巻き込むような術式を使っても、文句を言われる筋合いはないってことね」


 さゆりは教経が相手である以上、何か理由をつけて参加するつもりだった。その理由が思いつかなかったから、今の今まで手をこまねいていたのだが、よく考えてみれば、教経は鬼をけしかけてきている。どんな理由があろうと一対一の戦いを放棄したのだから、こちらが遠慮する理由も一切なかった。


「相違ない。だが初音姫よ、そなたの刻印術が私に通用しないことは、既に証明されているはずだが?」


 どうやら教経は、いつさゆりが来てもいいよう、常に警戒していたようだ。


「初音姫って言われてもいまいちピンとこないんだけど、それはどうかしらね」


 自分が姫だと思ったことは、一度もない。むしろもっとも縁遠いと思っていた。それはともかくとして、教経はさゆりが加わっても大した脅威にはならないと挑発してきた。

 確かに自分の全てをかけたジュエル・トリガーが効かなかった。だがそれは、唐皮の刻印によって適正属性である土属性の耐性を上げていたことが最大の理由だった。理由がわかったとはいえ、傷ついたプライドは簡単には回復しない。だからこそ敦とともに、幻の刻印術を習得する努力を重ねていた。


「この一ヶ月、遊んでたわけじゃねえからな。いくぜ、さゆり!」

「オッケーよ、敦!」


 それは敦も同様だ。さゆりのようにS級が効かなかったわけではないが、一晩だけとはいえ入院させられたのだから、こちらも受けた屈辱は大きい。


「来るがいい!」


 教経の言葉に反応した鬼達をショック・コートとクレイ・フォールの積層術で一層すると、敦はバスター・バンカーから、さゆりはレインボー・バレルから新しい術式を起動させた。


「なっ、なんだ、これは!?」


 突然現れた結界は、過去も現在も驚くべきものではない。だがその結界は、平教経としても村瀬燈眞としても、見たことがないものだった。


「「ヴォルケーノ・エクスキューション!!」」


 二人が同時に言霊を唱えた。

 無性S級広域干渉対象系混成術式ヴォルケーノ・エクスキューション。おそらく勇輝が目指した完成系が、敦とさゆりの手によって発動した。

 対象に指定された数体の鬼の足下にいくつもの火口が現れ、マグマの噴火とともに吹き飛ばした。今回二人が採用したのは、ストロンボリ式噴火と呼ばれる様式だった。ストロンボリ式噴火は、火山ガスや水蒸気によって圧力が低下することで、マグマが上昇して噴火するが、火山灰の噴出は少ないという特徴がある。そのマグマは火山弾を伴い、上空で急速に冷却され溶岩弾となり、領域内に降り注いだ。いたるところで水蒸気爆発までも起こしている。少ないとはいえ噴出した火山灰は気流に乗り、鬼の体に纏わりつき、火山灰ごと鬼達の体を冷やし、その場に固めた。


「馬鹿な……!火山噴火!?しかも二人で一つの術式を使っているだと!?」


 教経は直接火山噴火を見たことはない。前世では聞いたことがある程度で、今生では様々な本や映像で見たが、それは驚くべきものだった。そんな刻印術など、イラプションの基となった死海溶岩しかいようがんぐらいしか聞いたことがない。


「本当なら、私一人で使うつもりだったんだけど、どうしても無理だったのよね!」

「だから無理を承知で、混成術にしてみたってわけだ!俺が佐藤忠信、さゆりが初音姫なら、前世の相性が混成術を成功させたってことなんだろうけどな!」


 当初さゆりは、一人でヴォルケーノ・エクスキューションを使うつもりだった。だが概要も詳細もコンセプトもわからず、当初は本当に難儀した。しかもどうやら一人では使えないようだった。だから敦と混成術を試したのは、半ば苦肉の策だった。

 その混成術、一卵性双生児でしか使えないとされていたはずだが、何故か敦とは最初から問題なく使えた。その時は理由がわからなかったが、さゆりの前世が判明した今、どうやら前世でも相性が良かったようだ。

 そのヴォルケーノ・エクスキューションが鬼達を次々と屠る様を見た教経は、思わずのけ反り、降り注ぐ溶岩弾から身を守ることで精一杯だった。


「もらったぁっ!」


 その隙を逃さす、敦がアンタレス・ノヴァを発動させ、教経の斬鋼刃めがけて杭を打ち込んだ。


「なっ!?」

「これで終わりっ!」


 そして斬鋼刃に突き刺さったバスター・バンカーの杭めがけて、さゆりがジュエル・トリガーを発動させた。杭に集中された宝石は、ぶつかり合いながら静電気を纏い、アンタレス・ノヴァによって発火し、雷を纏った業火となり、斬鋼刃の刀身を消し去った。

 そして敦は、まだ発動中のアンタレス・ノヴァを四本の爪に纏わせ、教経の腹部を貫いた。


「見事だ、佐藤忠信……初音姫……。いや、井上敦……一ノ瀬さゆり……。そして、ありがとう……」


 折れた斬鋼刃を落とし、教経はそのまま意識を失った。


「俺一人で、ってわけじゃないけどな」


 本来であれば体液を沸騰させられ、肉体ごと消滅させるアンタレス・ノヴァだが、強度を下げたそれは、飛鳥のミスト・インフレーション同様、血液を振動させ、意識を奪うだけに止めていた。教経が非道な男なら消していたが、そうではなかったし、何より敦は、これで勝ったとは思っていない。いつか再戦を望んだが故に、命を奪うことをしなかった。その教経は、気を失う直前、村瀬燈眞として意識を取り戻していたようにも見えた。


「で、とりあえず留飲は下がったか?」


 燈眞からさゆりに視線を移した敦は、最後にジュエル・トリガーを使ったさゆりを見て、吹っ切れたのではないかと思った。


「一応はね。それで、どうするの?」


 さゆりが素直じゃないのはいつものことだから、この返事は予想できていた。


「こいつをこのままにしておくわけにもいかねえから、身柄の確保だけでもしてもらうさ」

「なら、それは俺達が引き受けよう」


 そこに卓也とセシルがやってきた。


「あ、名村先生、セシルさん」


 教経に押される形で九州に上陸してしまったが、その際二人が鬼を食い止めていた姿を見ていた。手を貸しそうとしていた二人だが、敦がそれを押し止め、鬼だけを任せたのだが、上陸と同時に教経が持つ刻印から鬼が召喚されてしまったのだから、最初から手助けしてもらっても変わらなかっただろう。


「そっちは片付いたんですか?」

「ああ」

「先程雪乃さんの様子を見てきたのですが、私達の手助けなど必要ありませんでしたね」


 セシルは心からそう思っていた。雪乃のワイズ・オペレーターが複数属性特化型だったことにも驚いたが、プラネット・クライシスにはさらに驚かされた。彼女の前世が誰かはわからないが、きっと名のある術師、もしかしたら神話や伝説の住人なのではないかとも思えてしまった。


「もしかして、プラネット・クライシスを使ったんですか?」

「ああ。あんなとんでもない術式を開発し、使いこなすとは、彼女は間違いなく天才だろう」


 卓也もセシルと似たようなことを思っていた。四刃王と呼ばれてまだ日が浅いが、それでも雪乃に勝てる気がしなくなってしまったのだから、本当に彼女は天才だと思う。


「あれは本当にとんでもなかったですからね」

「エアマリン・プロフェシーやクレスト・レボリューションもありますしね」


 敦もさゆりも、雪乃のプラネット・クライシスの開発に手を貸した。だからどれだけ恐ろしい術式かはよく知っている。ワイズ・オペレーターを完全生成しなければ処理しきれないと言っていたから、おそらく真似できる術師はいないだろう。


「飛鳥や久美も、結局再現はできませんでしたからね。それより先生、セシルさん、この人を任せてもいいですか?」


 敦も雪乃は天才だと思っている。だが今は、そんなことを語り合っている場合ではない。二人に燈眞の身柄を確保してもらうのが、一番いいと敦は判断した。


「それは構わないが、お前達はどうするんだ?」


 そう言いながらも卓也は、二人がどうするかわかっていた。


「飛鳥の救援に行きます。鵺っていう化け物は厄介ですから」

「鵺?まさか、連盟から盗み出した封刻印か!?」


 だが敦のセリフは、卓也にとって予想外のものだった。卓也は四刃王を継いでから、一度だけ封刻印を見たことがある。思っていたより数が多かったが、しっかりと管理されていたから、悪用されることはないと思っていた。だが内通者によって、残念ながら悪用されることになってしまった。それが鵺だというなら、かなりの大事だ。


「確か日本のキメラですね。そんなものが出てきたとなれば、確かに厄介です」

「セシルさん、知ってるんですか?」

「ヨーロッパではメジャーな魔物です。と言っても、今は各国が厳重に封刻印を管理していますから、目にする機会はありませんが」


 セシルも存在だけは知っていた。キメラはギリシャ神話における獅子の顔、山羊の胴体、毒蛇の尾を持つ怪物で、キマイラやカイメラと呼ばれ、フランスではシメールと呼ばれている。複数の獣が混じり合った合成獣のことも指すが、このキメラが語源になっていることは広く知られている。合成獣は世界中に封印されているらしく、日本の鵺もその一つとして、封印学という刻印術の学問の一つではかなり有名だ。と言っても、セシルが知っているのはそこまでだ。


「そうなんですか?私はよく知らないんですけど、そんなに厄介なんですか?」

「残念ながら、私も詳しくありません」

「俺もだ。封刻印がいくつかあることは知っていたが、その程度だ」


 封刻印は厳重に管理されているため、政府の高官であっても目にすることは難しい。事実として、セシルも見たことはない。


「敦は?」

「俺もよくは知らねえ。ただ、なんて言うか……どこかで見たことがあるような気がしてな……」


 源平合戦で鵺が召喚されたという記述はない。だがだからといって、召喚されなかったとは言い切れない。記録に残っていない真実も多く、お伽噺や伝説、神話と混同されることも、よくある話だ。


「佐藤忠信の記憶ということか?」

「おそらく。限りなくヤバい奴だって、頭ん中で警報が鳴ってますからね」

「なら、ここで話し込んでいる時間はない。この男は俺達が連行するから、井上と一ノ瀬は三上の援護に向かえ」


 だが敦が何かを感じているということは、どこかの戦いで鵺が召喚されたのだろう。だが今は真相を追求している場合ではないので、卓也はすぐに指示を下した。


「はいっ!」


 敦とさゆりは、卓也とセシルに燈眞を任せ、飛鳥の援護に向かうため、急いでこの場を後にした。

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