29・ネレイド・ヴァルキリー
――同時刻 みもすそ川公園 壇ノ浦古戦場――
平知盛は壇ノ浦の戦いの敗北を悟り、自ら海へ身を投げた。その際、浮かび上がらないように碇を担いだとも、鎧を二枚着用したとも言われている。そして「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と言い残し、命を絶った。これが碇知盛の由来となっており、壇ノ浦古戦場の史跡には、その碇知盛の像が立っている。
「そろそろ集合時間だな。残ってる奴はいないか?」
ここが一番有名な史跡であり、関門橋にも近いため、ぎりぎりまで橋の様子を見て取れる。だから風紀委員は、この場所を最後に回ることにし、不測の事態に備えることにしていた。
「いないみたいです」
「見晴らしいいし、いればすぐにわかりますしね」
紫苑が言うように、古戦場があるみもすそ川公園は、海と国道に挟まれている非常に見晴らしのいい公園なので、生徒が残っていれば本当にすぐにわかる。
「そうよね。それにそろそろ、私達も戻らないと」
「置いてかれちゃいますもんね」
オウカが関門橋に、チラリと目を向け、紫苑、花鈴、琴音も釣られて橋を見た。
明星高校はこれからリニア・トレインで新横浜駅は向かい、そのまま解散となる。だが飛鳥達生成者は、決着がつくまで残ることになっている。今日中に決着がつくと予想されているから、明日は普通に登校してくるだろうが、その相手 平知盛と教経には、飛鳥達のS級術式が通用しなかった。特にさゆりのジュエル・トリガーは、大河や美花でさえ初めて見る高威力だった。
「心配しなくても大丈夫だと思うわ。みんなしっかりと対策を考えてるし、たった一ヶ月で、さらに腕を上げているから」
同じ生成者として、瞳は飛鳥達が並々ならぬ努力をしていた姿を、毎日見ていた。
「姉さんも何かしてたって聞いてるけど?」
「村瀬君が会いに来たから、さすがにね」
知盛と教経が消息を絶ち、軍、警察、連盟が大規模な捜査網を広げていた先月末、それを嘲笑うかのように、武蔵坊弁慶を前世に持つ立花勇輝の子を産んだ瞳に会うために、教経が鎌倉に現れた。瞳も話は聞いていたし、教経となった村瀬燈眞は同級生だから、名前はよく知っていた。顔を見に来ただけということですぐに立ち去ったそうだが、あの時は本当に驚いた。一戦交えることも覚悟していたから、素直に助かったと言える。源神社で働くようになってから、飛鳥達と共に鍛錬場を使うことも多くなり、明星祭前に一度だけ任務もこなした。だから実力はついているだろうし、その時立ち会った菜穂と上杉から、ネレイド・ヴァルキリーと呼ばれ、真桜、さつき、雪乃、さゆり、久美と同じ戦姫として見られるようにもなったが、自分にはそこまでの実力はないと思っている。
「ところで美花ちゃん。橋の上がどうなっているかわかる?」
瞳の実力は、この場の全員が知っている。だが直接見たことはないし、飛鳥達との関係も知っているから、戦姫達と同等の実力者と言われていることには、特に1年生は懐疑的だ。
「少し待ってください」
美花は瞳の実力を直接見たことがある。というより、勇輝が愛した女性の実力を知りたくて、一度試合を申し込み、手合わせをしてもらったことがある。美花には珍しい行動だったので、その事実を知っている者は全員が驚いた。結果は美花の負けだったが、それでもどの程度の実力を持っているのかはわかったから、あの時の非礼をしっかりとお詫びし、今ではかなり仲が良くなっている。
「えっ!?」
だが美花がサラマンダー・アイを発動させようとした瞬間、碇知盛の像が光を放ち、刻まれた刻印が発動した。
「な、なんだっ!?」
「召喚の刻印だ!離れろっ!」
「これが……召喚の刻印!」
「青と白の鬼?まさか!?」
「五鬼の生き残りか!」
「なんで……こんなところに!?」
「ど、どうするんですか!?」
「俺達が何とかするしかねえだろ!放置なんかしといたら、大変なことになる!」
「そうするしかないわね。紫苑さん、勇斗をお願いできる?
「は、はい!」
紫苑に勇斗を任せた瞳は、すぐにネレイド・フェザーを生成した。
「すいません、瞳さん……」
「気にしないで。それより、確か青鬼は水属性、白鬼が光属性だから、白鬼は私が引き受けるわ」
「ね、姉さん!無茶だっ!」
「大丈夫だと思うわ。ちゃんと勝算もあるから」
「わかりました。じゃあ白鬼はお願いします。1年は住民の避難誘導だ!紫苑は上杉さんに連絡!美花、青鬼は俺とお前で止めるぞ!」
「ええっ!」
「私も残ります!まだ使いこなせてはいませんけど、生成すれば!」
「わかったわ。無理はしないでね!」
「はいっ!」
オウカもクリエイター・デ・オールを生成した。源神社では何度も生成しているが、実戦では初めてだ。
「瞬矢、しっかりね」
「ね、姉さん!?」
瞳もそれをよく知っている。だから瞬矢にフォローを任せることにした。オウカもそれが一番嬉しいだろうし、力になるだろう。そして瞬矢にも、あれだけアプローチを仕掛けているわけだから、オウカの気持ちは伝わっているはずだ。そんな瞬矢とオウカに目をやると、瞳は無性無系術式として再調整を行ったゾディアック・レザレクションを発動させた。
「タウラス!」
牡牛座の名で発動した水の角を持つ牛が、白鬼を吹き飛ばし海へ突き落した。
雪乃が新しく開発している新S級術式を参考にし、探索系以外の全ての系統を組み込んだゾディアック・レザレクションは、当初の構想通りのものとなった。黄道十二星座を模った十二種類の刻印術から構成されたゾディアック・レザレクションは、それだけで戦闘に使う刻印術を網羅する。だが限界まで処理能力を使うため、ゾディアック・レザレクション発動中は他の刻印術が一切使えなくなってしまう。これが欠点といえば欠点になるだろう。
「大河君、美花ちゃん!ここはお願い!」
ネレイド・フェザーを身に纏った瞳は、白鬼の後を追い、海へ飛び込んだ。
「ね、姉さん!」
そんな姉の姿を見た瞬矢は、かなり驚いた。大河が止めなければ、自分も飛び込んでいただろう。
「大丈夫だ!あれがネレイド・フェザーの特殊能力なんだよ!」
「特殊……能力!?」
――同時刻 関門海峡 海中――
海に落とされた白鬼は、元の場所へ戻るために泳いでいた。
「アクエリアス!」
だが瞳が発動させた、水瓶座の名を持つ広域結界によって、合流は阻止された。
「合流はさせない。その体色が示すように光属性なら、合流されたら大変なことになる。だからあなたは、ここで私が倒す!」
海の中だというのに、瞳の動きはそれを感じさせないし、しゃべってすらいる。これがネレイド・フェザー最大の特徴だった。
ネレイド・フェザーは水の中を魚ように泳ぐことができ、海中で呼吸することもできる特性を持つ。そのため瞳の水属性の適性と相まって、水中戦では無類の能力を発揮する。
水の広域結界を作り出すアクエリアスは、地上で使えば結界内を水で埋め尽くす。風属性の大気を操る術式を覚えていれば、ある程度は水中でも呼吸を確保できるが、ネレイド・フェザーを生成した瞳は、そんなことは問題なく動ける。連盟からの初任務でも、このゾディアック・レザレクション・アクエリアスによって自分の不利を覆すことができた。これを見た菜穂と上杉が、人魚の戦乙女 ネレイド・ヴァルキリーと呼んだのも、実際に戦っている姿を見れば納得がいくだろう。
そして水の中は光が届きにくいため、光に適性を持つ白鬼にとっては相性が悪い。それでも白鬼は、手にしている刀にフォトン・ブレイドを発動させ、光の刃を飛ばしてきた。
「ライブラ!」
だが光の刃は、天秤座を模した盾によって防がれ、同時に鎖によって刀を弾き飛ばした。
「やっぱり海の中じゃ、目に見えて精度が落ちてるみたいね。これなら本当に、私一人でもなんとかできる!レオ!」
フォトン・ブレイドの精度は、とても五鬼と呼ばれる鬼が発動させたものとは思えないほどのものだった。あの程度なら防御系のライブラを使わなくとも、もしかしたら生体領域だけでも防げたかもしれない。
その白鬼に向かって、獅子座の名を持つ水の牙がいくつも突き刺さり、右腕と左足を食いちぎった。
「これで終わらせる!バルゴ!」
瞳と勇輝の誕生星座が乙女座なのは偶然だが、それを理由に瞳が乙女座を切り札にすることは不思議でもなんでもない。
海水によって模られた水の乙女は、ギリシャ神話の豊穣の女神デメテルの娘 ペルセポネをイメージしている。
ペルセポネは冥界の王ハーデスによって略奪され、妻となった。後に地上に戻るが、冥界のザクロの実を食べてしまったことによって、四ヶ月は冥界で過ごさなくてはならなくなった。そのためペルセポネが地上に戻ってきた春、滞在している夏、冥界に戻らなければならない秋、冥界に滞在する冬という四季の始まりになったと神話は言う。
乙女座として空に輝く星座は他の女神だという説もあるが、瞳はあえて、ペルセポネを選んでいた。冥界にいる間、ペルセポネは常にハーデスと共にいたし、明星高校の風紀委員会に在籍していた頃、雅人は剣王、勇輝は冥王と呼ばれていた。雅人は生成者ということで恐れられていたが、勇輝は容赦のない徹底的な恐怖を煽り、男女の区別をしない容赦ない戦い方からそう呼ばれていた。
冥王といえば真っ先に浮かぶのはギリシャ神話の冥王ハーデス。その妻であるペルセポネが乙女座になったことは知らなかったが、名称を決めるにあたっていろいろと調べた結果、この神話が瞳の目に留まった。春の女神にして冥界の女王ペルセポネ。それが瞳のバルゴだった。
そのペルセポネを模ったバルゴは、海の中という光が届きにくい空間をさらに闇で閉ざし、海水を氷らせて作り出した身の丈に合わない大きな剣を持ち、白鬼を切り捨てた。
「ふう。やっぱり大変ね、これは。それより瞬矢達は大丈夫かしら?」
白鬼が絶命したことを確認すると、瞳はゾディアック・レザレクションを解除した。
その瞬間、地上で戦っている弟と後輩達が気になった。大河と美花がいるからあまり心配はしていないが、瞬矢と京介は怪我をしている。それになんだかんだ言っても、やはり息子のことは心配だ。瞳は海の底に沈んでいく白鬼を一瞥すると、急いで海面へ浮上した。
――PM14:57 みもすそ川公園 壇ノ浦古戦場――
「やっぱり水の鬼だけあって、私のムスペルヘイムじゃ止められないわ!」
「俺のヨツンヘイムと重なってるってのに、五鬼ってのは伊達じゃないってことか!」
地上では大河と美花が発動させたヨツンヘイムとムスペルヘイムの多重結界によって、青鬼の動きが封じられていた。だが水に適性を持つ青鬼だけあって、火の術式であるムスペルヘイムへの耐性はかなり高い。それは積層術であっても同様で、二人の多重結界が破られるのも時間の問題だった。
「危ない!」
オウカのカーム・キーパーと紫苑のスプリング・ヴェール、琴音のアース・ウォール、浩のクリスタル・スフィアによって展開された積層結界によって、青鬼のスノー・フラッドのようなブルー・コフィンのような刻印術をなんとか食い止めた。オウカのクリエイター・デ・オールで生成された金の壁も、大きな役に立っていただろう。
「何なのよ、今の!?ブルー・コフィンでもスノー・フラッドでもなかったわよ!?」
花鈴が驚くが、それは当然だ。
「昔の刻印術だ!今の時代のとは違うって聞いてるだろ!」
大河は直接見て、体験もしている。だが答えがわかっても、対応するのは難しい。しっかりと対応した1年生を、褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ。
「この野郎!」
「京介、行くよ!」
「ああっ!」
瞬矢の発動させたライトニング・スワローに、京介のブラッド・シェイキングと勝のエア・ヴォルテックス、花鈴のウイング・ラインが重なり、青鬼を貫いた。雷は水属性にも高い効果を発揮する。そのため青鬼にもダメージが通ったが、それでも思ったほどではなかった。
「くそっ!効いてないのかよっ!」
「いや、十分だ!」
それでもダメージによってよろめいた。その隙を大河が見逃さす、ヨツンヘイムの強度を上げ、青鬼の足を土の塊で覆い、動きを止めることに成功した。
「美花!」
「ええっ!」
そして多重結界を解除した大河はマテリアルを、美花はイラプションを積層術として発動させた。
「なっ!?」
「マテリアルとイラプションの積層術!?」
その積層術は、あの日勇輝が見せてくれたヴォルケーノ・エクスキューションには遠いが、地震を伴う噴火という簡易形式で展開された。いかに水に適性があり、火に耐性が高い青鬼とはいえ、土で固められた足を砕かれ、身動きできない状態で火山弾の直撃を食らってしまえば、ダメージが小さいわけがない。
「今よっ!」
「はいっ!」
オウカがプラティヌ・エクストレームを発動させた。クリエイター・デ・オールの本来の生成者から受け継いだこのS級術式は、ロシア語ではプラーチナ・クラーィノスチと表記される。だがオウカは、その生成者ジャンヌ・シュヴァルベを忘れないために、あえてフランス語のまま使っていた。まだジャンヌの威力には及ばないが、金箔を貼り付けることによって動きや呼吸を封じることは、今のオウカでも可能だった。
そこに京介と紫苑のブラッド・シェイキング、浩と琴音のダイヤモンド・スピア、勝と花鈴のウイング・ラインを重ね、巨大な炎雷の鳥となった瞬矢のライトニング・スワローが、再び青鬼を貫いた。
「ありがとう!」
オウカはまだプラティヌ・エクストレームを使いこなしていない。そのためまだプラティヌ・エクストレームの真価には程遠いが、瞬矢達の援護によって金箔を貼り付けられた青鬼は激しく苦しんでいる。熱伝導率、電気伝導率が高い金によって、ライトニング・スワローの威力はさらに上がっていた。
「でかしたっ!」
「みんな、下がってっ!」
そしてマテリアルとイラプションの積層結界によって吸収されたライトニング・スワローは、溶岩をもその身に纏い、青鬼とともに天空へと昇り、姿を消した。
「終わったわね」
「だな」
「それにしても勇斗君、本当に元気いいわね」
美花は辛そうな紫苑に代わって、勇斗を抱え上げた。だがその勇斗は、先程まで戦闘に巻き込まれていたのが嘘のように笑っていた。
「本当にいい根性してるよな。どこまで勇輝さんに似てるんだよ、こいつは」
大河としても呆れるしかない。普通なら泣き叫んでも当然だというのに、なぜこの子は笑っていられるのだろうか。やはり父親の血なのだろうか。
「な、何とか、なった……」
「キツかった……」
1年生はほとんど限界まで印子を使ったため、立つこともままならないほど消耗していた。
「お疲れ様」
「よくやったな、お前ら」
「大河先輩も美花先輩も、A級使ったのに、なんで平気なんですか?」
大河も美花も、自然型と世界樹型を何度も、しかも積層術まで使っていた。自分達とは印子の消耗度合は段違いのはずだ。なのに二人は、消耗こそ感じられるが、自分達のように立っていられないというようなことはない。
「慣れだな。実戦で使うのは初めてじゃないから、経験が活きてるってことだろ」
「あの時はそんな余裕なかったものね」
神槍事件が終わった後、二人はかなり消耗し、歩くことができなかった。歩いて帰れるぐらいには回復したが、それでも翌日は昼頃まで眠っていたものだ。
「刻印法具って、実戦だとこんなに消耗するものなんですね……」
「大丈夫、オウカ?」
実戦で初めてクリエイター・デ・オールとプラティヌ・エクストレームを使ったオウカは、一番消耗していた。隣に座っている紫苑は勇斗を抱いていたこともあり、1年生の中では一番マシだろう。その紫苑に、オウカは寄りかかっていた。
「よかった、みんな無事だったのね」
そのタイミングで瞳が戻ってきた。空を飛んでいるところを見るに、フライ・ウインドを使っているようだ。
「あ、瞳さん。そっちも終わったんですね」
「なんとかね。水中戦に持ち込めたのが幸いだったわ」
鬼達の生体は不明な点が多いが、肺呼吸をしている以上、水中では長く息が続かないし、そもそも呼吸ができない。白鬼はあまり問題がなかったように見えたが、青鬼だったらもっと手を焼いていたことは間違いないだろう。
「ネレイド・ヴァルキリーの称号に偽りなし、ってやつですね」
「あんまり嬉しくはないんだけどね。あ、勇斗をありがとう」
美花から勇斗を渡してもらい、瞳はようやく安堵の溜息を吐いた。
「いえ。それにしても、本当に元気ですよね」
勇斗は母に抱きかかえられ、満足そうに笑っている。本当によく笑う子だ。
「環境の問題でしょうね。瞬矢、みんな、大丈夫?」
息子の無事を確認した瞳は、続けて弟と後輩達を見渡した。
「姉さん……本当に一人で、光属性の鬼を……」
「しかも海の中でって……」
瞳の実力に疑問があった1年生にとって、これは衝撃だった。水属性に適性を持つ術師であっても、水中戦はまず行わない。水の抵抗によって動きを妨げられるし、何より刻印術を発動させるために必要な言霊を唱えることができないからだ。
「普通は水の中で戦うことなんて、想定しませんもんね」
「私もネレイド・フェザーを生成してなかったら、一生思いつかなかったと思うわ」
ネレイド・フェザーが水中戦に特化したと言ってもいい特性を持っていなければ、水中戦など考えもしなかっただろう。水辺で戦う場合は、やむを得ず水中戦に発展することがあるが、それでもすぐに陸に上がるため、実際に目にする機会は、きわめて少ない。一生見ない術師も珍しくはない。
「だから君は、人魚の戦乙女という称号がピッタリなのだよ」
「上杉さん。ちょっと遅くないですか?」
名付け親の一人である上杉に、大河が軽く毒づいた。
「すまないな。他にも被害を食い止めるために戦っていた生徒がいたので、そちらを優先せざるをえなかったのだ。立花さんには申し訳ないし、君達もいることを踏まえると、どうしてもな」
生成者である瞳、A級刻印術を使える大河と美花は、それだけで十分な戦力になる。実際、五鬼を倒したのだから、普通の鬼ならもっと早く終わっていただろう。
「他にもって、いったい誰が?」
だが美花には、それより気になることがあった。自分達以外にも戦っていた生徒がいたということは、予想以上の広範囲に召喚の刻印が施されていたということになる。
「生徒会の子達だ。特に刻印術師達は、かなり頑張ってくれていたぞ」
「あいつらか。無事なんですか?」
「大丈夫だ。伊達の援護があったとはいえ、何体か倒していた」
「さすがは真子と瑠依ね」
「伊東と富永もな。ところで上杉さん、橋の上はどうなってるんですか?」
生徒会に所属している刻印術師は連絡委員長の壮一郎、保健委員長の真子、会計の瑠依、そして副会長の1年生 駆の4人だけだが、もしかしたら全員で固まって動いていたのかもしれないし、そんなことを言ってたような気もする。だが無事なら、本当に何よりだ。
同時に橋の上で戦っているであろう親友達のことも気になった。大河と美花が橋に目を向けたのも、半ば無意識のものだった。
「かなり苦戦しているようだ。詳しくは本部で話そう」
「わかりました」
上杉の提案を受け、瞳達は壇ノ浦パーキング・エリアに臨時に設置された対策本部へ向かった。
――PM15:32 壇ノ浦パーキング・エリア――
「佐倉!」
「伊東!無事だったみたいだな」
パーキング・エリアに到着した大河は、壮一郎の出迎えを受けた。街中は厳戒態勢となっていたため、車での移動ができず、徒歩で戻ってくるしかなかったのだが、1年生の消耗が激しかったため、思ったより時間がかかってしまった。だが名誉の負傷に近いのだから、こんなことで怒ったり文句を言ったりするつもりは誰にもない。
「あなた達もね」
「そっちも大変だったみたいね。怪我はないの?」
「伊達さんのおかげで、なんとかね」
真子と瑠依も、何とか無事そうだ。伊達の援護があったという話だが、そこは四刃王の面目躍如といったところなのだろう。
「富永君も、大丈夫そうだね」
「先輩達にフォローしてもらったからね。あまり役に立てなかったけど」
「そんなことないわよ。富永君だけじゃなく、伊東君や真子、瀬戸さんが鬼の相手をしてくれてたから、私達は避難誘導に専念できたんだから」
かすみの姿も見えた。他にも連絡委員会に所属している刻印術師が手伝ってくれたと帰りの道中で聞かされたが、疲労が激しいため、テントの中で休んでいるらしい。
「それで上杉さん。飛鳥達はどうなってるんですか?」
「そう簡単に決着がつくとは思ってませんけど、動きぐらいはあるはずですよね?」
大河と美花は、橋を見ながら上杉に話しかけた。
「かなり苦戦している。私や伊達も救援に向かいたいところだが、街中に仕掛けられた召喚の刻印がこれだけとは限らないから、迂闊に動けん」
現時点では街中に現れた鬼は、全て駆逐されている。だがこれだけとは限らないし、他の何かが出てくる可能性も十分にあり得る。だから上杉と伊達は、飛鳥達の救援に向かうことはできない。大河も美花も瞳も、その理由はよくわかる。
「確かに。ん?あれは……まさかっ!?」
「光の柱……」
だがその瞬間、橋の上を一条の光が貫いた。
「あれを使うとは……余程の事態だったということか」
生徒会や1年生の耳には届いていないが、天を貫く光には、大河も美花も、瞳や上杉にも見覚えがあった。光は本当に一瞬だったため、橋を注視していなければ気づかなかっただろうが、あの光は間違いない。
親友達の身を案じた美花は祈っていた。前世から飛鳥と真桜を守り続け、天へ召された一人の男に向かって。




