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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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28・兄弟

――PM14:40 関門橋 中央――

 この場で待機して一時間半。いまだ動きはなく、時間だけが過ぎていった。


「もうじき集合時間ね」


 じきに集合時間になる。その後明星高校は新下関駅へ向かい、リニア・トレインで帰ることになっている。


「来ねえな」

「知盛がこっちの都合を考えるとも思えないんだけどなぁ」

「だよな」

「でも集合時間を過ぎれば、みんなを巻き込むことはないだろうから、あたし達にとっては都合がいいわ」


 リニアの時間は16:13なのでまだ一時間以上あるが、この場から離れてくれることになる。周辺の方々の安全を疎かにするわけにはいかないが、それでも格段に戦いやすくなる。だが真桜が口にしたように、知盛がこちらの都合を考えてくれるとは思えないし、そんな理由もない。


「だからって、ずっとこのままってのも困るだろ」

「どうやらその心配は無用のようだ」


 だが何もないようでは、それもそれで困る。今日この場で決着をつけなければ、長期化どころか泥沼化することは誰が見ても明らかだ。そんな飛鳥の考えを見透かすかのように、本部の上杉と連絡を取っていた雅人が通信を終えた。


「へ?」

「動きがあったのね?」

「ああ。どうやら下関の郊外にいたようだ。間もなく中国自動車道に入るらしい」


 どうやって見つけたのかはわからないが、どうやら対象は下関の郊外に潜伏していたようだ。村瀬燈眞が自動四輪の免許を持っていることはわかっているから、中国自動車道に入ったということは、そこから見つけたのかもしれない。


「ってことは、じきに来るわね」

「正面から来るなんて、少し意外ね」

「教経はともかく、知盛は何かしてくる可能性があったからな」


 雪乃もさゆりも敦も、瞬時に臨戦態勢を取っていた。顔つきも、先程まで暇を持て余していた高校生と同じとは思えない。


「聞く限りじゃ、知盛は小細工が好きみたいね。それにけっこうな女好きで、郷姫である真桜と静御前である久美を狙ってるって話だったわね」


 知盛の正体は、いまだに判明していない。だが明星高校で遭遇した際、真桜と久美、というより郷姫と静御前に執着を見せていた。特に静御前に対しては、並々ならぬものがあった。さつきにとって、真桜は仕えるべき大切な姫君だが、久美も大切な後輩だ。その大切な姫と後輩に手を出そうと考えている知盛を、さつきは何があろうと許すつもりは一切なかった。


「確実に潰します」


 それは飛鳥も同様だ。前世のことはわからないし、思い出すこともできない。だが仮に思い出したとしても、そんなことはどうでもいい。真桜は大切な半身だし、久美は大切な友人だ。前世で正室、側室だったと言われていようと、今を生きる飛鳥には何の関係もない。


「そのことだが飛鳥」

「なんですか?」

「知盛は俺がやる」


 だが飛鳥の決意は、雅人に遮られた。


「えっ!?」

「な、なんでっ!?」


 雅人は飛鳥の盾であることに誇りを持っている。だから理由があるなら、飛鳥の決意に水を差すような真似はしない。特に知盛には、強度を落としていたとはいえ、一つの到達点に達している飛鳥のミスト・インフレーションが通用しなかった。これは雅人にとっても、非常に由々しき事態だ。飛鳥が知盛に借りを返すために挑むなら、それを止めることはしないし、そのつもりもなかった。


「平知盛と平教経。その名は俺にとっても、記憶の底に引っかかるものがある」


 だが雅人にとっても、平家二人の名は、聞き流すことができないものだった。


「記憶の底って……まさか雅人さんの前世も、義経に関係してるってことですか!?」


 飛鳥だけではなく、真桜も敦もさゆりも、等しく驚いていた。


「それはわからないし、興味もない。だがどうしても、気が逸るようで落ち着かない」

「雅人の前世が義経の関係者だってことは、別に驚かないけどね」

「むしろ当然ですね」


 対照的に、さつきと雪乃は、やはりという表情をしていた。

 前世が歴史に名を残す人物であろうと、そんなことは雅人には関係ない。雅人が忠誠を誓ったのは、わずか9歳で刻印法具を生成し、11歳で刻印融合術を発動し、12歳でS級術式を開発し、15歳で二心融合術によって刻印神器を生成した三上みかみ 飛鳥あすか久住くずみ 真桜まおだ。前世でも仕えていたのかもしれないが、そんな縁があったからでは、断じてない。

 だが同時に、言い知れぬ焦燥感が身の内にあることも、間違いがない。


「落ち着かないって気持ちは、俺もわかります。直接対峙した時、何か因縁があるって直感的にわかりましたからね」


 そしてそれは、義経四天王と呼ばれる佐藤忠信を前世に持つ敦も同様だ。


「俺も理屈なんかじゃなく、そう思っている。だから飛鳥、知盛は俺に任せてほしい」

「わかりました」


 飛鳥は雅人が思っていたより簡単に、知盛討伐を任せてくれた。


「飛鳥、いいの?」


 訝しんだのはさゆりだ。ジュエル・トリガーが教経に効かなかったのと同様に、ミスト・インフレーションは知盛に通用しなかった。だからこの日のために、飛鳥もミスト・インフレーション、ミスト・リベリオンの練度をさらに上げていたはずだ。


「ああ。確かにあいつには借りを返したい。だけどそれは、俺の個人的な感情だ。知盛はここで確実に倒さないと、どうなるかわからない」

「耳が痛いわね」

「まったくだな」


 だが飛鳥は、先のことを考えていた。ここで知盛を逃がせば、何が起こるかわからない。自分では逃がしてしまう可能性があるが、雅人ならその心配は限りなく低い。


「ミスト・インフレーションは、完全に通用しなかったってわけじゃないからな」


 そしてこれが最大の理由だった。ミスト・インフレーションは、飛鳥が効果を認識できていないだけで、確実に知盛の体を蝕んでいる。雅人が氷焔之太刀を生成し、氷焔合一を開発する際、参考にしたいと言われ、雅人に使ったことがある。殺傷力は限界まで落として発動させたが、それでも雅人が回復するまで、三ヶ月もの時間を要した。あの時は驚いて隙を晒してしまったが、今では必ず効いているという確信があった。


「それに結果がどうあれ、教経はお前らと戦えば、満足するんじゃないか?」

「お前もそう思ってたか」

「そうなの?」

「多分だけどな」


 もう一人の平家武将 教経は、知盛のように平家再興に興味を持っていない。純粋に義経である飛鳥、忠信である敦と戦いたいだけだと本人は言っていた。それが心残りなのだから、満足のいくまで戦えば、成仏するのではないかと思う。どうやら敦も同意見のようだ。


「じゃあ私と敦は、遠慮なく教経と戦わせてもらうわ」


 さゆりとしては、全力のジュエル・トリガーが効かなかったことが、いまだに尾を引いている。それも無理もない話で、全力で発動させたS級が通用しないとなれば、それは存在を根底から否定されることに等しい。


「ああ。ですから雅人さん、知盛はお任せします。必ず倒してください」


 当然飛鳥も、それを理解している。だから教経は敦とさゆりに、知盛は雅人に任せることが最善だと思った。


「魂に誓って」


 主の敵を横取りした形だが、飛鳥はそれを認めてくれた。去年の入学直後、飛鳥と真桜はたった二人でマラクワヒーのアジトに乗り込み、全滅させるという事件を起こした。表向きは雅人が壊滅させたことになっているし、軍も連盟も二人を罰するつもりはなかった。

 しかしその時の飛鳥と真桜は、さつきを傷つけられた怒りだけで戦い、周囲のことも後のことも、何も考えてはいなかった。だが今の飛鳥は、自分の感情を押し殺し、後のこともしっかりと考えている。経験を活かし、成長した飛鳥の姿が、雅人にはこの上なく嬉しかった。

 雅人は膝をつくと、飛鳥に向かって恭しく頭を下げた。


「ちょっ!やめてくださいよ!」

「気にしない気にしない。それじゃ雪乃、あたし達は召喚されるであろう鬼を退治するわよ」


 嬉しかったのはさつきも同様だ。あの時は不覚を取ってしまったが、それが飛鳥を成長させることになったのだから、世の中何がきっかけになるかわからないものだ。


「わかりました。あ、ちょっと待ってください。電話が」

「こんな時に?」

「これは校長先生?もしもし、三条です。はい。え?」


 雪乃は校長や1,2年生学年主任に、何かあれば連絡してもらうようにプライベート・アドレスを渡していた。本来は飛鳥がやるべきことだが、今回に限っては無理だということはわかっていたので、雪乃と副委員長である美花を窓口にし、万が一に備えていた。

 その雪乃の表情が変わった。


「場所は壇ノ浦古戦場ですか?わかりました。すぐに軍の方に行ってもらいます。え、私達ですか?申し訳ありません、距離があるので、すぐには向かえないんです。大丈夫です。鬼夜叉と極炎の射手がいますから。おそらくもう、動いてくれていると思います。わかりました。それでは、失礼します」

「鬼が出たの?」

「はい。壇ノ浦古戦場だそうです」

「あそこか」

「じゃあ教経が目撃された理由って、これが目的だったってことね!」


 何もないところから、いきなり鬼が現れるわけがない。教経が目撃されたことも踏まえると、知盛が事前に用意をしていたとしか考えられない。


「でしょうね。物が物だけに、知盛も来ていた可能性もあるわ。雅人」

「本部も同様の情報を掴んでいた。既に伊達中佐が行動を開始している」

「よかった……」

「だが問題がある。古戦場に現れた鬼の中に、一回り大きな青と白の鬼がいるらしい」


 この一言に驚いたのは、雪乃と敦だ。


「青と白って、まさか!?」

「あいつら、回収されてたのかよ!」

「知ってるの?」

「唐皮の刻印を破壊したするために、私が氷らせておいた五鬼です。いなくなっていたので嫌な予感はしていたんですが……」

「五鬼というと、役小角の?数が足りないのは、倒したからか?」

「はい。三条先輩の援護を受けて、俺が三体倒しました。ですが……」

「話は後だ。どうやらこちらにも、客が来たようだからな」


 自分で話を振っておいてなんだが、雅人が打ち切った。待っていた客が来たし、このために待機していたのだから、どちらの優先事項が上かは考えるまでもない。


「そっちは上杉さんと伊達さん、瞳さんに任せるしかないわね」

「瞳さんを巻き込むことになるなんて……!」


 瞳は風紀委員と行動を共にしている。元風紀委員長ということもあるが、A級術式を使える大河と美花、刻印法具クリエイター・デ・オールを継承したオウカと一緒に行動することで、少しでも安全を確保し、万が一敵対者が現れたら相手をしてもらうためだ。


「三条、局長に要請を出してくれ」

「わかりました」


 だが瞳は、勇輝の恋人であり、勇斗の母でもある。この場の誰にとっても、一番戦いに駆り出したくない人だった。だから瞳には、勇斗を連れて街中に待機してもらうつもりだった。

 しかしこんな状況になってしまっては、不本意極まりないがネレイド・ヴァルキリーの力も借りなければならない。雅人は決断を下し、雪乃に上杉へ連絡を要請した。


「ほう。義経に郷は当然だが、他にも見知った顔があるではないか」


 目の前に一台の車が止まった。どこで調達したのかはわからないが、かなり(違法)改造されている。どうせ盗難車だろうから、ナンバーの照会も無意味だろう。それでも雪乃は、一応本部に紹介を依頼した。

 同時にドアが開き、二人の男が降りてきた。


「来たな、知盛、教経」

「街に鬼を召喚するなんて、何考えてるのよ!?」


 二人の姿を見た真桜は、怒り心頭だ。瞳と勇斗を巻き込んでしまったことも許せないし、そんな事態を許してしまった自分自身も許せない。


「邪魔が入られては困るのでな。それでも初音姫はともかく、嗣信と若桜姫まで来るとは思わなかったが」


 知盛は当然のように答えた。手勢を増やすには、これがもっとも手っ取り早いということだろう。

 だがそんなことより、雅人、さつき、そしてさゆりに向かって放たれた知盛のセリフは、またしても信じられなかった。


「初音って……私のこと?」


 何を言われたのか、さゆりはすぐに理解することができなかった。


「ということは、あたしが若桜ってことか。で、雅人が嗣信ってワケね」


 さつきも同様だが、まださゆりよりは冷静さを保っていた。


「それ、どこかで聞いたような……」


 歴史に弱い真桜は、何度か聞かされた名前でも、まったく記憶にないようだ。

 さつきとさゆりのことは、飛鳥や敦にもわからない。だが雅人を示した人物が誰なのか、それは記憶を辿るまでもなく、二人にはよくわかった。だから絶句したままだ。


佐藤さとう 嗣信つぐのぶ。佐藤忠信の兄にして、義経四天王の一人よ」


 答えたのは雪乃だった。


「つまり俺と先輩は……前世じゃ兄弟だったってことだ!」

「えっ!?」


 雪乃の説明だけでは今一つだったが、敦の補足説明でなんとか理解した。同時にすごく驚いた。


「そういうことになるわ。それから若桜姫わかさひめは嗣信の、初音姫はつねひめは忠信の妻と言われている女性よ」

「私と敦が、前世じゃ夫婦!?」


 続く雪乃の説明で、さゆりも激しく驚いた。敦に惚れている身としては、顔が真っ赤にならなかったのが不思議で仕方がない。ひょっとしたらなっていたのかもしれないが、本人にも自覚はなかったし、周りもそんなことに気付ける状況でもない。


「姫かどうかはわからないけどね」


 否、雪乃は気付いていた。少し困ったような顔で微笑んでいるのがその証拠だ。こんな状況だというのに、さゆりは顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「確かに意外っちゃ意外な組み合わせよね。だけどいきなりそんなこと言われて、信じられるとでも思ってるの?」


 どうやらさつきも気付いていたらしい。だがこちらは、自分にも関係がある問題なので、それ以上の余裕はなかった。


「信じようと信じまいと、私の知ったことではない」


 嘲笑交じり、というより嘲笑そのものを浮かべた知盛だが、一つだけ気になることがあった。


「それより、なぜ静がいない?」


 静御前は久美の前世なので、当然久美のことを指す。前世では京一番の白拍子として名を馳せていた静御前の噂は、知盛も知っていた。

 だが知盛は、前世では病弱であり、あまり屋敷から出ることはなかった。病弱であるが故に智謀を磨き、平家一門に伝わる刻印術の習得・改良も行った。だから戦場でも、刀や弓を持たずとも、敵兵を多数相手にすることもできた。

 しかしそれはそれであり、やはり自分の体が病弱で、激しい運動には耐えられないことは、知盛の大きなコンプレックスになっていた。そんな時、京一番の白拍子としての静御前の噂を聞き、心を奪われた。


「説明する義理はない」


 だが雅人は、冷たく、素っ気なく答えた。


「嗣信……貴様!」

「どうしても知りたくば、俺達全員を倒すんだな」

「いいだろう。嗣信、貴様はこの知盛が、直々に相手をしてやる!壇ノ浦に辿り着くことなく無様に死んだ貴様が、この私に勝てるなどと思うな!」


 今生の肉体は健康そのものなので、前世のように後方から知略や刻印術による援護だけではなく、直接的に、積極的に戦うことができる。だがそれはそれだ。雅人の挑発に業を煮やした知盛は、手にしていた小烏丸を抜き、切っ先を雅人へ向けながら、嗣信の死を侮辱しながら、吐き捨てるように言い放った。


「知盛様、あの男は……」


 だが教経は、雅人が前世とは違い、世界最強の称号である刻印三剣士の一人であることをよく知っている。


「黙れ、教経。貴様は忠信を殺せ。兄弟揃って我等平家に逆らったこと、次の世でも必ず後悔させろ!」


 教経は前世だけではなく、今生での記憶・人格もしっかりと残っている。だが知盛は、皆無ということはないだろうが、かなりの割合で前世の記憶に支配されてしまっているようだ。

 唐皮の刻印によって目覚めた知盛だが、その際の儀式で何か手違いがあったのかもしれない。それが人格にも影響を与えているのかもしれない。


「……はっ」


 だが主の命令は絶対だ。教経は変わってしまったと感じた主を見ながら、斬鋼刃を生成した。


「上等だよ。やれるもんならやってみろってんだ!」

「雅人さん!敦!」

「心配するな、飛鳥。俺はお前に誓った。相手が誰であれ、お前と真桜ちゃんを守るためなら、俺は命など惜しくはない」


 雅人の決意は、否応なくあの日の勇輝を思い起こさせる。勇輝は言葉にしたことはないが、態度でわかる。ヴォルケーノ・エクスキューションを開発したことが、その証拠だ。


「そんなこと、言わないで下さい!」

「そうです!俺達はそんなこと、一度も望んだことはないんですから!」


 飛鳥も真桜も、そんなことは一度も望んだことはないし、思ったこともない。二人にとって雅人は兄、さつきは姉だ。だがもう一人の兄 勇輝は命を失った。もう二度と、あんな思いは味わいたくない。


「それがあたし達が魂に誓ったことよ。教経、あんたと違ってね」


 それはさつきも同様だ。二人を守るためなら、本当に命を失っても構わないとも思っている。それが二人を傷つけることになろうと、決して命を失わせてはならない大切な存在。それが飛鳥と真桜だ。


「三剣士と三華星にそこまで言わせるなんて、やっぱりすごいわよね」

「だよな。俺はそこまでじゃないが、こいつらの好きにさせるつもりはないってことには同意だ」

「私もよ。前世が何だったかなんて、関係ないわ」


 雅人やさつきほどの覚悟はないが、敦とさゆりにとって、二人は親友だ。飛鳥と真桜を守ることに異論はない。前世の縁が導いた関係かはわからないが、そんなことはどうでもいい。前世は所詮前世。今を生きる者達には関係がない。


「それでいいと思うわ。雪乃、あんたはどう思う?」

「私もそう思います。研究者としては興味をそそられますが」

「終わったらね」


 雪乃が前世論を研究していることは、さつきもよく知っている。だからこの戦いが終われば、自分も飛鳥、真桜、敦、久美のように根掘り葉掘りと聞かれることになるだろう。


「義経、そして郷よ。お前達を自由にしておくつもりはない。一騎討ちと見せかけ、奇襲を仕掛けられてはたまらぬからな」


 この場にいるのは飛鳥、真桜、雅人、さつき、敦、さゆり、雪乃と知盛、教経だが、知盛達の方が圧倒的に不利だ。だがそんなことは、最初からわかっていたことだ。飛鳥達が話している間、知盛は手出しをしなかったが、それは話が終わるまで待っていたわけではない。


「なんだと?」

「見るがいい、これを!」

「なっ!?」

「まさかっ!」

「召喚の刻印か!」


 知盛は先日、召喚の刻印を壇ノ浦各地に仕掛けていた。教経が目撃されたのは、その時だ。もっともそれも、知盛の行動をカモフラージュするためなので、計画通りではある。その召喚の刻印を発動させるために、知盛は印子を集中させなければならなかったのだから、攻撃などする余裕はない。

 その召喚の刻印からは、明星高校に召喚されたものと同じ鬼が現れた。


「やっぱりこいつらかよっ!」

「またけっこうな数を出してきたわねっ!」

「それだけじゃない!なんだ、あの鬼は!?」

「腰にぶら下げているのは……壺、じゃないわよね。とっくり?」

「ということは、酒呑童子だわ!」


 知っていたのは、やはり雪乃だった。

 酒呑童子は丹波の大江山に住んでいたと伝わる鬼で、付近の鬼達の頭領的存在でもあった。無類の酒好きということから、自然と周囲から酒呑童子と呼ばれるようになっているが、見た目は鬼達より一回りも二回りも大きく、6メートル以上あるとされていた。時の権力者 藤原道長ふじわらのみちながの時代、都では若君や姫君が疾走する事件が相次ぎ、陰陽師 安倍晴明あべのせいめいの占いによって、酒呑童子が原因であることをつきとめた。そして源頼光みなもとのよりみつが、渡辺綱わたなべのつな坂田金時さかたのきんとき卜部季武うらべのすえたけ碓井貞光うすいのさだみつの頼光四天王、そして藤原保昌ふじわらのやすまさを従え、退治に向かった。

 ちなみに坂田金時は童話でおなじみの足柄山の金太郎、渡辺綱は去年粛清された渡辺誠司の先祖、そして源頼光は源氏に連なる者で、佩刀 童子斬どうじき安綱やすつなは後に薄緑うすみどりと名を変え、源義経に譲られ、その義経が死んだ後、兄である源頼朝みなもとのよりともの手に戻ったと言われている。そして頼光の弟 源頼信みなもとのよりのぶ河内源氏かわちげんじと呼ばれる源家の祖で、この河内源氏が頼朝や義経に代表される武士源氏のことで、同時に頼朝や義経の先祖に当たる。


「これだけだと思うな」


 だが知盛は、ポケットからさらに一つの刻印を取り出し、印子を込めた。


「な、なんだ……ありゃ!?」


 現れたのは猿の顔、狸の胴体、虎の手足、そして尾は蛇という異形の怪物だった。


「まさか、あれがぬえなのか!?」

「鵺っ!?」


 鵺は平家物語や源平衰退記などの書物に登場する物の怪だが、書物によって姿に違いがある。この外見は平家物語のものだろう。

 鵺を退治したのは、源頼光の子孫 源頼政みなもとのよりまさで、家臣である猪早太いのはやたの二人で実行した。退治された鵺の死体については諸説あるが、刻印術師であった頼政が封印の刻印を発動させ、その封刻印を後白河天皇から授けられた、重要文化財にも指定されている宝刀 獅子王ししおうの柄に封印したのではないかと言われている。そしてそれが、後に刻印術連盟に回収された鵺の封刻印の一つとなった。


「ほう、知っていたか」

「連盟から盗んだ封刻印か!」

「その通りだ。いかに我らといえど、警備の厳重な連盟から、この封刻印を手に入れることはできなかっただろう」

「例の内通者か!」

「その通りだ。もっとも其の者は、既にこの世にはおらぬが」


 内通者が殺されたのは、今から五日前。おそらくその時に、封刻印を手に入れていたのだろう。


「やってくれるわね!」

「さゆり!あたしとあんたは、雅人と敦の邪魔をする鬼を優先的に叩くわよ!」

「はいっ!」

「雪乃は飛鳥、真桜と一緒に、鵺と酒呑童子をお願い!」

「わかりました!」


 さつきが次々と指示を下した。だがさつきは、知盛と教経の姿を見てから、胸騒ぎが止まらなかった。


「鵺は俺が引き受けます!真桜と先輩は、酒呑童子や鬼達をお願いします!」


 鵺が召喚されると同時に、鬼達も一斉に襲いかかってきた。雅人や敦にもだ。しかも知盛も、手にした小烏丸で雅人に攻撃を加えていた。


「くっ!こんなことをして、よく一騎打ちなんていう言葉が出て来るな!」


 雅人は誰にも、一騎打ちの邪魔をさせるつもりはなかった。


「私が直々に相手をしてやるだけ、ありがたいと思え!さあ、佐藤嗣信!その首、再び私に差し出すがいい!」

「お前ごときにくれやるほど、俺の首は安くはない!前世が佐藤嗣信だろうと、そんなことは俺には関係ない!行くぞ、平知盛!」


 ヒート・ディストラクションで襲ってきた鬼をまとめて焼き尽くした雅人は、氷焔之太刀にファイアリング・エッジを発動させ、知盛と切り結び始めた。

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