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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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26・交流試合終了

――PM15:23 福岡ドーム グラウンド 明星高校陣地 地上10メートル地点――

「う~ん。手を組んだわけじゃないとはいえ、さすがに3校相手じゃ、1年生にはキツいかな?飛鳥、どう思う?」

「瞬矢と京介が元気ならともかく、今の状態じゃ無理はさせられないだろ」


 飛鳥は地上10メートルの地点で、さゆりと交信していた。自分を狙う刻印術の数は半分以下になり、フラッグも半分近く見つかった今、試合開始直後とは違い、かなり余裕がある。


「まあね。私が何とかしようか?」


 それはさゆりも同様だ。目の前では1年生が、他校の刻印術を必死で防いでいるが、それを確認する余裕ができていた。


「まだ暴れ足りないのか?」


 かなり失礼な物言いだ。確かに負けず嫌いで気が短くて手も早いが、まだ17歳になっていない美少女に暴れたりないなどとぬかすとは、この男こそ失礼だ。


「失礼ね。私は防御にも気を配らなきゃいけないから、フラッグ探しだけに関わってられないのよ」

「だから俺がやるって言ったんだよ」


 最初飛鳥は、さゆりが上で自分は下で探すつもりだった。探索系はさゆりに負けない自信があるが、飛鳥はプラント・シングを習得していない。この試合会場の植物は、全て人工物ではなく、本物の植物なので、植物の囁きを聞き取るプラント・シングが最も高い効果が得られる。土属性探索系は地面から離れれば精度が落ち、高い効果は得られない。だがプラント・シングは土属性でありながら、風属性の特性も備えている。だから飛鳥は、さゆりにフラッグ捜索を行ってもらおうと考えていたのだが、やはりそれは、さゆりの性に合わなかったようだ。


「シャーラップ。自分でやるって言ったんだから、ちゃんと守ってみせるわよ」

「1年にはあんまり無茶させるなよ」

「わかってるわよ。飛鳥は残りのフラッグ、しっかり探しといてよ」

「了解」


 さゆりがキャンドル・リーフから印子を切断したらしく、通話が途絶えた。


「ん?あんなところにもいたのか。あれは……下関高校か」


 森の奥、会場ギリギリのところで、下関高校の選手がフラッグを設置している姿が、ドルフィン・アイに映った。ギリギリというより、下手をすれば外に出てしまっている気もするが、とりあえず場所はわかったので、飛鳥は真桜に連絡を入れた。


――PM15:25 福岡ドーム グラウンド 明星高校陣地――

 真桜が下関高校の陣地へ向かってしばらくしてから、残っていた飛鳥とさゆりが探索系でフラッグを探していることに気が付いた各校は、それぞれが一斉に攻撃を仕掛けてきた。1年生は四属性積層防御結界を展開させてなんとか防いでいるが、術式の強度も発動させている人数も先程とは違うため、かなり辛そうだ。


「ううっ……!」

「やっぱり……1年生とは強度が違うわね!」

「わかってたことだけど、けっこうキツいね!」

「だな!っ痛えっ!」

「無理しないで、京介!」

「瞬矢君もね!」

「そんなわけにはいかないだろ!って、何だ!?」


 午前の学年別戦で、瞬矢と京介は怪我をしていた。特に京介は、普通なら即交代ものの大怪我だ。だが交代することはできないため、負傷の度合いが激しい場合は欠員となって続行される。だから京介も瞬矢も、無理をして出場しているのだが、その怪我をさらに悪化させるわけにはいかない。


「ん?」

「結界の強度が、上がった?」

「あ、あれは!?」


 他校の選手達も、積層結界の強度が上がったことを感じ取った。それもただ上がっただけではなく、段違いに跳ね上がったのだから、警戒の一つや二つはするというものだ。


「これって、さゆり先輩のクリスタル・スフィア?」

「さて、いっちょやりますか!」


 積層結界に重ねられたのは、さゆりのクリスタル・スフィアだった。あえて声を上げて気合を入れることで、3校の選手達を牽制することも忘れていない。


「さ、さゆりさん?え?フラッグを探してたんじゃ!?」


 だがオウカ達1年生からすれば、これは予想外だ。本格的にマズそうだったら呼ぶように言われていたが、その余裕もなくなっており、最悪の事態を想定せざるをえなかった。だがさゆりは、こちらの様子をしっかりと見ていたため、同じく状況を確認していた飛鳥と協議した上で参戦した。


「そっちは飛鳥に任せたわ。ここが襲われてたんじゃ、私もおちおち探してられないからね」


 探索系を全て解除し、完全に戦闘モードに移行したさゆりは、目の前にいる大勢の他校選手を見ながら、刻印具を操作し、次々と刻印術を発動させた。


「ラウンド・ピラー!?」

「う、うわあっ!!」

「こ、こっちもか!?」


 さゆりが発動させたラウンド・ピラーは、あえて狭い領域で展開された。それでも4,5人がまとめて柱に突き上げらているが、これは余興に過ぎない。


「まだまだよ!」

「ア、アイアン・ホーン!?」

「違うわ!ソード・マインよ!!」

「お次はこちら!」

「嘘でしょ!ヒート・ガーデンまで!?」


 次々と刻印術を発動させたさゆりは、最後に発動させたヒート・ガーデンをラウンド・ピラーに重ねることで、溶岩を作り出した。攻撃力は抑えているため、炎の温度も火傷をするほどではないはずだが、それなりに熱い。


「さゆり先輩……広域系って苦手だったよね?」

「そんな話だな……」

「誰が信じるのよ、これ……」


 1年生が呆れる積層術は、ラウンド・ピラーとヒート・ガーデンを使っていることからもわかるように、間違いなく広域系だ。広域系はさゆりの非適正属性であり、本人も苦手としている。

 今この陣地には、30人以上の選手が完全に陣地を囲んでいる。だがさゆりの積層術は、陣地を中心に展開されており、相手校の選手は溶岩が生み出す円柱や蔦、蔓に対処するので精いっぱいだ。この様を見て、広域系への適性が低く、苦手だと言われても、とても信じられるものではない。


「紫苑!スプリング・ヴェールの強度が落ちてるわよ!」


 だがさゆりは、そんなことを考えている1年生に喝を入れた。まずは紫苑からだ。


「す、すいませんっ!」


 確かに強度は落ちていた。紫苑は慌てて刻印具に印子を込め、スプリング・ヴェールの強度を上げた。


「瞬矢!結界にショック・フロウ重ねて!」

「は、はい!」


 瞬矢の特性を、さゆりはよく理解している。ショック・フロウはC級の攻撃系術式だが、瞬矢の特性 攻撃系と防御系の一体化は、防御系の積層結界にも問題なく作用する。ショック・フロウの電撃は、かつて護身用に販売されていた高電圧を発する携行護身用具スタンガンを基にして体系化された護身用術式だ。その電撃は、使い方次第では大きな殺傷力を生み出す。瞬矢はそのショック・フロウを、積層結界に発動させた。


「オウカちゃん!カーム・キーパーの範囲、少し縮めていいわよ!」

「わかりました!」


 積層結界はオウカのカーム・キーパーを起点としている。だからカーム・キーパーの効果範囲を拡大させれば広くなり、縮小させれば狭くなる。結界は広ければいいというわけではなく、狭く展開させた方が効果的な場合もある。オウカにはまだその判断ができないが、さゆりは十分承知している。だからオウカはさゆりの指示に従い、範囲を少し縮小させた。


「浩!スチール・ブランド!京介はそれにブラッド・シェイキングを重ねて!」

「りょ、了解っ!」

「はいっ!」


 ショック・フロウによって、積層結界はあちこちから火花が散っていた。その火花に向かって、浩はスチール・ブランドを発動させた。火花に干渉したスチール・ブランドは熱を持ち、そこに京介のブラッド・シェイキングが作用することで、鉄は溶け、火花は炎となり勢いを増した。


「げっ!」

「なんて積層術を使うのよ!」


 そのその積層術は他校の選手の驚愕を呼んだが、それでも2年生と思しき選手はすぐに水と風の刻印術を発動させ、対抗結界を作り出した。


「ご苦労様!」


 だがそれは、さゆりにとって十分予想できるものだった。その結界へ向け、さゆりは土性B級干渉防御系術式マーヴル・ゲートを発動させた。


「マーヴル・ゲート!?」

「嘘っ!?」


 マーヴルは大理石の意味であり、大理石は石灰岩がマグマの熱によって再結晶した変成岩の一種だ。模様や色合いが美しく、太古から建築材料として使われていた。自然界では産出量が多く、刻印術でも生成は容易で、B級に分類されているのもこのためだ。その大理石は溶けた鉄を纏い、積層結界に干渉しながら広がり、四方八方に撃ち出された。


「うおおおおっ!!」

「きゃあああっ!!」


 各校が発動させた水と風の積層結界は、火と土の積層術に打ち消された。


「これで終わりっ!」


 そして苦手とする風と広域系への適性を上げるために習得したアコースティック・フィールドを発動させた。音は空気の振動によって発生する。その音は強力な音波を生み出すこともあり、それによって聴覚にダメージを与え、一時的に平衡感覚を麻痺させることもある。

 対象系でもあるアコースティック・フィールドによって発生した音は、領域内の選手だけに強力な音を発生させ、全員の運動機能を麻痺させ、戦闘不能に陥れた。


「はい。フラッグゲット。福岡高校と天草学園が1つずつで、下関高校が2つか。思ったより持ってたわね」


 全員が意識を失ったことを確認しつつ、アコースティック・フィールドを展開させたままモール・アイでフラッグを確認したさゆりは、1年生に取りに行かせた。


「まったく……やりすぎですよ」

「そんなことないと思いますけど?それよりセシルさん、判定は?」


 そんなさゆりに呆れながら声をかけたのは、審判をしているセシルだった。ジャケットの内ポケットにブルー・ローズが覗いているところから考えるに、介入する寸前だったのだろう。


「残念ながら、問題なしです。やはり学生時代に生成するメリットは大きいと言わざるを得ませんね」

「デメリットも、それなりにありますけどね」

「この国ではそうでしょうね。では、私はこれで」

「は~い。審判お疲れ様で~っす」


 内心では焦っていたさゆりだが、そんなことはおくびにも出さす、1年生が回収してきたフラッグを確認すると、飛鳥との通信をはじめ、フラッグの捜索を再開させた。


――PM15:27 福岡ドーム グラウンド 下関高校陣地付近――

 さゆりと1年生達が陣地で奮戦していた頃、真桜は下関高校の陣地付近で頭を抱えていた。


「う~ん……。飛鳥、こっちってあとどれぐらいありそう?」

「城の中にはもうないし、その付近にはないな」

「え?でもまだ5つしか取ってないんだけど?」


 下関高校の陣地には1枚もなく、遭遇した選手が3枚、福岡高校の陣地近くの森に2枚あった。時間差で陣地に戻っている選手がいると思ったのだが、飛鳥はそれもないと言い切っていた。


「さゆりが2つ取ったから、あと3つだ。森の中を進んでる連中がいるから、そいつらがいくつか持ってる感じだ」

「森の中か。木にぶつかっちゃいそうだなぁ」


 真桜は陣地を出てから、20分以上もフライ・ウインドを発動させたままだ。風属性と干渉系、どちらも高い適性を持つ真桜は、最高で2時間は使い続けられる。これは飛鳥より10分以上も長い。そのため真桜は、空中戦も得意としているし、そんな術師は、日本では片手の指で足りるだろう。


「別に森の中を飛ぶ必要はないだろ」

「あれはあれで、あんまり気が進まないんだよなぁ」

「ならどうする?」

「頑張るよ。応援しててね!」

「ああ。頑張れよ」


 飛鳥との通信を終えると、真桜はフライ・ウインドを発動させたまま、森の中へ入って行った。

 森の中では、下関高校の選手が固まって進んでいた。進路から考えて、明星高校の陣地へ向かっているのだろう。その選手達は、そよ風を感じて足を止めていた。


「風か?」

「こんなところで?」

「誰か近くで、風属性の術式を使ってるんじゃ!?」


 ここは福岡ドームの中なので、自然の風が吹くことはない。考えられるのは空調か、もしくは誰かが風属性術式を使っているかのどちらかだ。後者だった場合、相手校が近くにいるということになる。位置的に考えて、天草学園の選手の可能性が高いだろう。


「いや、モール・アイで確認したが、近くには誰もいない」


 だが探索系を得意とする選手がいたようで、モール・アイを使い、周囲を確認し、誰もいないことを確認した。


「なら安心ね」

「となるとこれは、空調ってとこか」


 安心した選手達は、空調が原因だと結論付けた。


「空調じゃなくて、私が起こした風だよ」


 だがその考えは、響いた声によって霧散した。


「なっ!?」

「ど、どこだっ!?」

「こっちこっち」

「こっちって……上!?」

「ヴァ、ヴァルキリー・プリンセス!?」


 見上げた先では、真桜が木の枝に座っていた。


「なんで……?モール・アイで見てたんだぞ!?」


 真桜がいるのは自分達の真上だ。モール・アイなら十分確認できる。だが確認することはできなかった。手を抜くわけはないので、なぜわからなかったのか、下関高校の選手には全く理解できなかった。


「探索系だって絶対じゃないもん。モール・アイが探索系最上位術式って言われてるから、勘違いしちゃうのもわかるけど」

「勘違い!?」

「モール・アイが探索系最上位だっていうのは間違いないけど、土属性だってことを忘れてるってこと」

「ひょっとして、相克関係!?」

「それだけじゃないけどね。この辺りには、私のオゾン・ボールを展開させてあるの」

「まさか、さっきの風は!?」

「うん、そう。それに土属性の探索系は、地面から離れると途端に精度が落ちるんだよ。探索系を使うなら、もうちょっと勉強してからでないとね」


 モール・アイは探索系最上位とされているが、弱点もある。

 モール・アイは物質を通して周囲の状況を視ることができるが、その情報は地面を通して術者に伝わる。地面から離れてしまえば、精度が落ちるのは当然のことだが、そんな状況は滅多にないため、最近では試験にも出題されない。

 しかも真桜のオゾン・ボールは風属性結界術式なので、相克関係によって土属性探索系を遮断することも可能だ。真桜の言うように、モール・アイを使った選手は勘違いをしていたのだろう。


「そ、そんなことが……」


 どうやら勘違いではなく、知らなかったようだ。探索系を覚えたばかりなら無理もないが、それでも勉強不足は否めない。


「さて、どうする?素直にフラッグを渡してもらえると嬉しいんだけど?」

「ど、どうするんだよ!?ヴァルキリー・プリンセスがこっちに来るなんて!」


 真桜のヴァルキリー・プリンセスと飛鳥のパラディン・プリンスの称号は、公表された当初は物議をかもしたが、同時に融合型の生成者ということも公表されたため、今では問題なく受け入れられている。下関高校の選手達も、当然知っている。

 真桜、さゆり、久美、雪乃にさつきを加えた五人は、非公式ながら戦姫と呼ばれており、最近では瞳も加え、六戦姫という呼び名が定着しつつある。その中でも真桜は、三華星でもあるさつきを除いて最強と言われている。

 その戦乙女達の姫が目の前にいるという事実は、刻印法具を生成しないというルールがあっても、高校生にはただならぬ重圧を与えていた。


「こ、こうなったら、やるしかない!」

「やっぱりそうなるよね」


 だが退くという選択肢を選ぶことは、敗北を認めることになる。これは競技なのだから、相手も刻印術の制限はあるし、条件は向こうの方が厳しい。だから下関高校は、戦うことを選択した。

 それは真桜にも理解できていた。だから真桜は、展開させたオゾン・ボールを操作し、結界内の酸素を減少させた。


「あ……」

「もうちょっと、刻印術の勉強もしておいたほうがいいよ」


 酸欠によって全員が倒れた。意識はあるがこれ以上は危険なので、真桜はオゾン・ボールを解除し、代わりに発動させたエアーを使ってフラッグを回収した。


「あったあった。3つってことは、これで下関高校は全部かな。飛鳥、あったよ」


 フラッグを回収した真桜は、飛鳥に通信をつないだ。


「お疲れ。それで最後だ」

「私が最後だったの?」


 どうやら敦と久美も、残りのフラッグを見つけていたようだ。自分が一番最後ということに、真桜は少し不満気だ。


「ほとんど同時だ。それに相手のいる場所や条件が違うんだから、スピードを競っても意味はないぞ」

「それもそっか。それじゃ戻るね」


 確かに飛鳥の言うとおりだし、一番大変だったのはフラッグを探し、指示を出していた飛鳥なのだから、その飛鳥に労ってもらえるだけで、真桜には十分だった。


「話は終わった?」

「あ、さつきさん」


 それを待っていたかのように、さつきが姿を見せた。そして真桜が倒した下関高校の選手達の様子を看始めた。


「どれどれ……。意識はあるわね。あんた達、大丈夫?」

「は、はい……」

「こんな、簡単に……」


 酸欠で苦しいはずだが、そんなことよりもあっさりと倒されてしまったことが、下関高校の選手達には悔しいようだ。


「悔しいと感じるなら、それでいいわ。まだ伸びる余地があるってことだから。真桜、ここはあたしが見とくから、あんたは行っていいわよ」

「わかりました。それじゃ、またね」


 また会えることを願い、真桜は明星高校の陣地に向かって飛び去った。


「また、か。やっぱりあんた達は、まだまだ先がありそうね」


 飛び去って行く真桜の後姿を見送りながら、さつきは満足そうに下関高校の選手達を見渡した。


――PM15:55 福岡ドーム グラウンド――

 交流試合は全て終了した。混合ではフラッグを全て回収し、さらに相手校を全滅させた明星高校が勝利を収め、3戦全勝という結果になった。もっとも2年生と混合は、余程のことがあっても負けることはなかったわけだが。


「お疲れだったな、みんな」

「結果はともかく、経過はあまり褒められたものではないが」


 卓也は2年生の試合から混合まで、ずっと頭を痛めていた。手を抜けとは言わないが、もう少しやりようはあったはずなのだ。


「そうですか?」

「1年生は非常によくやった。特に学年別では、全員がそれぞれの特性や得意術式を上手く使っていたからな」


 1年生は問題ない。本当に見事だった。瞬矢と京介が怪我をしたとはいえ、入院するほどの怪我ではなかったから、教師としても一安心だ。


「ありがとうございます、名村先生」


 卓也に褒められた1年生は、全員が照れくさそうな顔をしていた。四刃王に手放しで褒められたのだから、これは嬉しい。


「だが2年生。混合はまだいいとしても、学年別はやりすぎだ。反則負けにしようかという意見もあったんだぞ?」

「あちゃあ」


 対象的に2年生には、かなり厳しい。学年別であんなことをすれば、反則負けにされても文句は言えないし、されてもよかったと思いもした。


「生成者が全員出場だったわけですから、時間をかけすぎるわけにもいきませんし、手間取ったように見られるのもどうかと思いまして」

「ハンデもありましたからね」

「そのハンデ、まったく意味がなかっただろう。せめて広域系以外で対応していれば、また違う話になったものを」

「特にさゆりと井上君は、苦手の広域系を無理に使いすぎだ。入院した生徒がいなかったのが幸いというレベルだったぞ」


 準一も頭が痛い。敦とさゆりは広域系への適性が低く、苦手としている。最近強度と精度を上げたとはいえ、それでも他の三人に比べればまだまだだ。だから少し強度が高すぎたかもしれないと思っていたが、どうやら高すぎたというだけでは済まなかったようだ。


「やっちゃってたのか……」

「じゃあなんで、反則負けにならなかったんですか?」


 敦も反省しているが、それなら反則負けか、もしくは退場にするという手もあったはずだ。


「刻印法具を生成しなかったからですよ。なんだかんだ言っても、威力は規定値以内に収まっていましたからね」


 説明してくれたのはセシルだ。刻印法具の生成は明確なルール違反に設定されていたし、それがなくとも最初から生成するつもりはなかった。規定内の威力に収まっていたのも、ギリギリだったという自覚はあったが、なんとか調整したから、規定外の威力にはなっていないという自信もあった。


「だがやり過ぎ感は否めなかったから、混合では裏ルールとして、使用術式の制限を撤廃していたんだよ。久美ちゃんが受けた積層術も、その一つだ」

「制限撤廃って、殺傷力の高い術式もですか!?」


 これにはさすがに驚いた。特に1年生は、命の危険があったわけだから、驚かずにはいられない。


「そうだ。さすがに1年生には大きな危険がないよう、俺達や審判がいつでも防げるよう準備していたが」


 それは最低限だ。それにもし1年生が危険だと判断したら、飛鳥達は刻印法具を生成していた。それを踏まえた上で制限を撤廃していたが、1年生が学年別で見せた四属性積層結界も撤廃させた理由の一つだ。


「私達は?」

「あるとでも思ってるのか?」

「ですよねぇ」


 さゆりが卓也に聞いてみたが、当然2年生は放置されていた。本当に危険なら反射的に生成するし、そもそも必要があるとも思われていなかった。


「それからこれが最大の理由だが、本州側の関門橋付近で、平教経に似た男が目撃された」

「教経に?」

「明日のために戦闘準備を整えていたのもわかるし、そうするだけの理由もあるからな」


 明星祭前日、平知盛と教経を名乗る二人組によって、明星高校は襲撃された。狙いは展示されていた国宝の唐皮鎧だが、飛鳥達の前世が誰かということを知っており、そのため命を狙ってきた。何とか退けることができたが、S級術式が通用しなかったこともあり、気持ちの上では敗北と言ってもよかった。

 だから全員が雪辱を誓い、新たな術式の開発も行っていた。


「やっぱりバレてましたか」

「さゆりと敦君が広域系を使ったのも、新しく開発したS級のためだろ?」

「お兄ちゃん、知ってたの!?」


 さゆりは敦と共に開発していることを、兄には話していない。だから驚いた。


「やっぱりか。広域系の精度がえらく上がってたからな。そうなんじゃないかと思ってたよ」


 新しいS級に挑んでから、二人の広域系の精度は確実に上がった。試した術式の作用なのだろうが、これは嬉しい誤算だったから、同時に広域系の練度も、できる限り上げるよう努力を重ねていた。準一にはそれがお見通しだったようだ。


「なるほど」


 生成者の五人が、自分の刻印に視線を落とした。

 生成者が一般の刻印術師や民間人と一線を画す実力を持つ理由は、発動した生刻印にある。

 生刻印は刻印術師が生まれ持つ刻印のことで、刻印法具も生刻印から生成される。そして生刻印を発動は、刻印法具の生成発動が条件となる。発動した生刻印は、刻印術や生体領域を強化する。余程の事情がなければ生成者は刻印法具を生成するため、生刻印の発動に関しては認知度が低い。

 生刻印が刻印術と生体領域の強化、刻印法具が特殊能力とS級術式の解放だと考えている学者や研究者もいないわけではないが、強化の度合いは生刻印と刻印法具の二段階というのが、生成者の間では常識となっている。

 ちなみに継承者であるオウカは、自身の生刻印の生成発動はまだのため、強化される度合いはゼロに等しい。


「名村先生、連盟はどうしているんですか?」

「軍属の術師を動かし、関門海峡に集結している。俺とセシルさんも、夜には合流する予定だ」

「セシルさんもですか?」


 これは少し意外だった。卓也は四刃王だから、召集されるのはわかる。だがセシルはフランス人だ。日本に住んでいるとはいえ、まだ永住権も獲得していなかったはずだ。


「言ってませんでしたね。いずれ私は、卓也さんと結婚する予定なんですよ」


 だがその答えは、セシルからもたらされた。


「けっ!?」

「結婚!?」


 セシルの衝撃発言に、飛鳥と敦が、目を丸くして驚いた。


「あ、やっぱりそうなんですね」

「おめでとうございます、名村先生、セシルさん」


 だが対象的に、真桜達(1年生含む)は顔色一つ変えていない。さも当然といった様子だ。


「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます」

「しかし飛鳥君と敦君は、本当に気がついてなかったのか?」


 準一が心の底から呆れていた。正直、知らなかったとは思いもしなかった。


「まったく……」

「そういう準一さんはどうなんですか?」

「赴任した時点で、既にそんな話があったからな。さすがに知ってたよ」

「というか、名村先生が近いうちに結婚するって噂、知らなかったの?」

「知ってるか、飛鳥?」

「まったく知らん……」


 飛鳥と敦は、本当にその噂を知らなかったようだ。誰もが呆れ果てた顔で二人を見るのも、至極当然の話だろう。


「お兄ちゃん……それ、本気で言ってる?」

「クラスメイトがデート中の名村先生とセシルさんを見たことあるって言ってたから、そこから出た噂ですよ、これ」


 さすがにオウカと紫苑の視線も冷たい。その噂は全校に広まっており、職員室では度々話題にもなっていたのだから、おそらく知らなかったのはこの二人だけだろう。むしろどうすれば、噂すら耳に入らないという事態になるのだろうか。


「いくら色恋沙汰に疎いからって、噂すら入ってこないって相当ですよ?」


 瞬矢も呆れている。見れば京介と浩も、呆れ顔を隠そうともしていない。


「逆に言えば、二人はまだ強くなるということでしょう」


 そんな二人を見かねたのか、セシルがフォロー(?)を入れた。


「ここまで鈍すぎると、明日死ぬんじゃないかって思えるけどね」

「限度はありますよね」


 しかしそれも、さゆりと紫苑の溜息混じりの呟きによって上書きされてしまった。


「ぐ……」


 今回ばかりは反論の余地がないことを、さすがに飛鳥も敦も悟らざるをえなかった。

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