25・交流試合・混合の部
――PM14:55 福岡ドーム グラウンド――
「で、今回はどんなハンデだ?」
少し長めの昼休みを終え、出場選手達はグラウンドへ集まっていた。だが今回も、他校は既に陣地で陣形を展開済みだ。
「まずは人数だ。他校は30人ずつに増えた」
「僕達の三倍ですか……」
「どうせちょうど100人だから、ってことなんでしょ?」
「当たりだ。それからフラッグは、うちが1枚に対して各校10枚、ダミーは無制限だ。さらに俺達限定ルールで、フラッグは必ず回収。もしフラッグを壊したら、そいつは退場だと」
「さすがにさっきの対策は入れてくるか」
学年別の試合で、2年生はフラッグを完全無視し、相手を全滅させた。だから今回は対策として、フラッグ回収を義務付けた。回収しなければ、たとえ全滅させたとしても勝利とは認められないそうだ。その場合は、明星高校の負けらしい。
「ダミー無制限っていっても、1時間そこらでそんな数を用意できるわけないですよね?」
「事前に用意してなければね」
「いいとこ、7つってとこじゃない?」
ダミー・フラッグは刻印術を刻印化させることで、本物のフラッグの位置をわかりにくくする消費型刻印具だ。フラッグを回収するためには手に取る必要があるため、触れば発動するダミーの刻印術は、有用性が高い。
だが同時に、準備にも時間がかかる。殺傷力の高い術式を刻印化させた場合、反則どころか違反行為とみなされることもある。だから慣れない者が刻印化させた場合、ほとんど脅し程度の威力にしかならないことが多い。しかも消費型なので、事前に試すには同型のダミー・フラッグを用意する手間もあるため、数を用意できるとは思えなかった。
「そんなもんだろうな。むしろフラッグ回収が必須、ってのが面倒だな」
「こんなとこから、30枚もフラッグを探さないといけないわけ?」
さゆりがぼやくのも無理はない。さゆりは探索系に高い適性を持っているため、同じく適性を持つ飛鳥と共にフラッグを探すことになる。だがこの領域の中から30枚も探すのはかなりの手間だ。探せないわけではないが、非常に手間がかかる。つまりは面倒くさい。
「面倒だけどな」
それは飛鳥も同様だ。
「じゃあ委員長とさゆり先輩がフラッグを探して、真桜先輩、久美先輩、敦先輩が攻撃、私達が防御ってことですか?」
「え?紫苑はそれでいいの?」
「攻撃についていっても、足を引っ張るだけじゃないですか。それに瞬矢と京介は怪我してるから、無理させられませんよ」
提案というわけではないが、紫苑がそう考えるのも当然だ。相手の数が多いとはいえ、2年生なら問題にはならないから、攻撃は任せられる。飛鳥とさゆりがフラッグを探すとはいえ、陣地内で探索系を使うわけだから、いざというときはフラッグの防御に手を貸してもらえる。むしろ攻撃も防御も、自分達がいるほうが邪魔なのではないかと思う。
「というか瞬矢も京介も、休んでなくていいのか?」
「僕は大した怪我じゃありませんから」
「これぐらいなら、なんとか」
「わかった。無理はしなくていいからな」
怪我をしているとはいえ、瞬矢も京介もやる気十分だ。だが無理をさせるわけにはいかないので、飛鳥は一応釘を刺しておくことにした。
「で、どうするの?学年別の時みたいな力技は使えないわよ?」
「俺がここから、さゆりが上からフラッグを探すしかないな。最初は全員でフラッグを守って、フラッグが確認できたら真桜、久美、敦が確保に向かうってのが無難だろう」
「え?私が上なの?」
だがさゆりは、飛鳥の提案が意外だった。
「問題でもあるのか?」
「問題っていうより、私がここで飛鳥が上の方がいいと思うんだけど?」
「土属性探索系の問題ね。さゆりの腕なら、あんまり関係ないと思うけど」
さゆりの適正属性は土で、その土属性を基本に刻印術を使う。それは探索系も同様だが、土属性探索系は地面から離れてしまうと、途端に精度が落ちる。他の属性術式や練度で補うことは可能だが、精度は適正属性の探索系術式が一番高いので、同じ場所は人に使ったとしても、精度の差は本人にもはっきりと自覚できる。
「俺はそれでも構わないが、本当にいいのか?」
飛鳥もそのことは知っていたが、さゆりの腕なら大した問題ではないと思っていた。だが本人がいいと言うなら、その意思を尊重すべきだろう。
「全然いいわよ」
「わかった。それじゃ俺が上から探す。下は頼むな」
「了解」
「飛鳥、1年生はいいの?」
「相手にも2年が混じってるから、さすがにキツいだろ。万全なら突っ込ませるが、まだ午前中の疲れが残ってるみたいだからな」
瞬矢と京介だけでなく、オウカ、浩、紫苑も体力と印子を消耗している。負傷交代が多い理由は、各人の消耗具合も考慮されるからだ。たとえ試合であっても、消耗しきった体で出場すれば、それは大怪我につながる。
だが今回は、それすらも認められていなかった。これもハンデなのだろうが、学年別に出場する選手を足かせにしようというのだから、大きな問題だ。
「それじゃあ遠慮なく、ここで休ませてもらいます」
「誰が休んでいいって言ったんだよ?」
「え?違うんですか?」
「私にもそう聞こえたよ、お兄ちゃん」
「あのな……」
だが1年生は、本当に遠慮がない。瞬矢と紫苑は勘が良いから気づいてるだろうが、それを差し引いても、少しは遠慮しろと思う。
「おっと、開始か」
そうこうしてるうちに、試合開始のブザーが鳴った。
「それじゃそういうことで、後は飛鳥の指示待ちね」
「だな。頼むぜ、飛鳥、さゆり」
「オッケーよ」
「わかってる」
そう言うと飛鳥は、フライ・ウインドを発動させ、そのまま天へ昇った。
――PM15:01 福岡ドーム 観客席生徒会用ブース――
「三上委員長、何をしてるんですか?」
いきなりフライ・ウインドを発動させた飛鳥だが、駆には何をしているのかがわからなかった。
「探索系を使って、フラッグを探してるのよ」
「さゆり先輩も、モール・アイを使ってますね」
「プラント・シングとブリーズ・ウィスパーも使ってるわ。飛鳥君はキャンドル・リーフとソナー・ウェーブを展開させるために、上に行ったみたいね」
二人と同じ探索系に適性を持つ雪乃と美花も、飛鳥が何をしているかはよくわかった。フラッグ戦で探索系を使うことは常識なので、飛鳥が使うことは当然だ。だがあんなにわかりやすく使うことはないし、全員が初めて見た。
「探索系をいくつも同時に使うなんて……」
「慣れればそんなに手間でもないのよ」
「そうらしいわね。あら?」
瞳が覚えている探索系はドルフィン・アイとソナー・ウェーブだけだし、いくつも同時に使うという事態に直面したこともない。だから噂しか聞いたことはなかったが、美花を含めた探索系のスペシャリスト達は、しっかりと使いこなしている。
瞳は感心しながら飛鳥を見ていたが、その飛鳥に向かって、いくつもの刻印術が発動した。
「委員長が狙われてる?」
「なんで?」
花鈴と琴音が、心配そうな顔で飛鳥を見ていた。
「まあ、的だよな」
「的ね。あんなとこにいたら、何をやってるのか一発でバレるし」
だが2年生達は、一切心配をしていない。
「あれだけの刻印術を撃ち込まれてるのに、ビクともしないなんて……」
一番驚いているのは駆だ。飛鳥を狙っている刻印術は、少なく見積もっても30人分はある。その全てを完璧に防ぎ、下にいる風紀委員に被害が出ないようにもしているのだから、本当に刻印法具を生成していないのか疑いたくなる。
「あれで防御系の適性がそこそこなんだから、たまったもんじゃないわよね」
無系を除く六系統は、適性による得手不得手が存在する。飛鳥は広域系、干渉系、探索系の三系統を得意としており、支援系を苦手としている。攻撃系と防御系はどちらでもないが、どちらかと言えば攻撃系の方が得意だから、防御系は苦手と言える部類に該当する。だがその防御系で数十人単位の攻撃を防いでいるのだから、防御系に適性を持つ瑠依からすれば、たまったものではない。
「本当にね。しかもオーロラ・シェードを高強度で使うことで、処理も最低限にしてる感じだし」
瞳も防御系には適性が低い。だがネレイド・フェザーの特性の一つに、防御系の強度を上げるというものがあるため、生成中はあまり問題にはならない。だから最近は意識していないが、それでも練度は上げなければと思っている。
そのため適性が低いと言える飛鳥が、とてもそうは思えない強度で使っているのだから、練度の高さは疑うべくもない。
「ということは、その分の処理能力を探索系に回してるってことですか?」
「いいえ、何かあったときのための保険にしてると思うわ」
「保険?」
「ええ。今はまだ距離があるけど、そのうち他の学校も攻めてくるでしょう?そうすれば狙いもつけやすくなるから、強度も上がるわ。今は防げても、そうなったら防げるかわからないから、余裕を残しているのよ」
「なるほどねぇ」
雪乃の説明は非常にわかりやすく、勉強になった。無茶なことをやっているようで、実は計算をしながら刻印術を使っている風紀委員長の刻印具の使い方も参考になった。
「あ、久美が動いたわ」
「井上もだな。もうフラッグ見つけたのかよ」
試合開始からわずか3分、早くもフラッグを見つけたようで、真桜、久美、敦がそれぞれ動き出していた。
――PM15:08 福岡ドーム グラウンド 天草学園高校陣地付近――
「まずは一つっと。飛鳥、次はどこだ?」
一度キャンドル・リーフを解除し、攻撃に出た三人に刻印化させた飛鳥は、それを通して指示を出している。キャンドル・リーフは熟練した術師が使えば双方向通話も可能だ。音量の調整もできるので、相手に聞こえないような音量で会話することもできる。そのため通信機の代わりとして利用されることもある。
「そのまま直進だ。いや、待て。客が来た」
「みたいだな。終わったら連絡する」
会話をするためには、双方がキャンドル・リーフの刻印に印子を込める必要がある。だから必要がなければ相手の話は聞こえない。使った術師は常に印子を込めているが、刻印化された者は任意で使える利点も大きい。
「油断するなよ」
「するわけねえだろ」
飛鳥との会話を終えた敦は、キャンドル・リーフへの印子を遮断し、客へ目を向けた。
「井上敦だな」
「来たな、諸星一巳」
同時に口を開いた二人の第一声は、互いの確認だった。
「お互い、自己紹介はいらないみたいだな。なら、始めるとするか」
「いいのか?」
敦はやる気だが、逆にそれが、一巳の疑念を与えた。
「何がだ?」
「俺は君達にケンカを売ったんだぞ?それも、一方的な理由で」
「一方的でもないだろ。俺も身に覚えがある」
一巳は敦達を妬んでいると言ってもいい。だがそれは、敦も去年の今頃、飛鳥に抱いていた感情とほとんど変わらない。そう理解したからこそ、敦は一巳と戦う決意を固め、この日に臨んでいた。
「そうか。では、行くぞ!」
「来い!」
交差したのは一度だけだった。一巳が右腕に螺旋状に纏わせたアクア・ダガーとブラッド・シェイキングを、敦はファイアリング・エッジを纏わせた拳で迎え撃った。
「はは……やっぱり、強い、な……」
ファイアリング・エッジは対象に炎を纏わせ、攻撃力を上げる支援系術式であり、アクア・ダガーと同種の術式でもある。通常であれば相克関係の問題から、ファイアリング・エッジの炎が消されていただろう。
だが敦の炎は、一巳が纏っていた水の渦を蒸発させ、ブラッド・シェイキングの衝撃波を逆用し、その炎を纏った拳を一巳の身体に叩き込んだ。
敦だけではなく、生成者の実力は、刻印法具を生成していなければ自分とはさほど差はないだろうと思っていた一巳だが、相克関係を覆されたばかりか、自分の術式を逆用されたという事実に笑うことしかできなかった。悔しさを滲ませながら、それでいて満足したように微かに笑みを浮かべながら、一巳は意識を失った。
「お前もな」
一巳の実力は予想以上のものだったが、それでも敦からすれば、まだ見直す余地があった。だが相手が本気で挑んできた以上、手を抜くことは失礼にあたる。だから敦は、本気で相手をした。
そして思った通り、気持ちのいい勝負をさせてもらった。だから敦は、気分が良かった。
「さて……そこにいるんだろ。諸星を連れて行くってんならこの場は見逃すが、どうするんだ?」
一巳が一人で出てきたとは思えないし、何よりサラマンダー・アイで近くに天草学園の選手が来ていることを、敦は確認している。
「おっと。思い切りのいいことしてくるな」
だが答えの代わりに、スリート・ウェーブ、スノウ・フラッド、バリオル・スクエアの積層術が襲ってきた。敦がファイアリング・エッジを使ったのを見て、火属性に適性があると判断したのだろう。
しかし敦はフライ・ウインドで攻撃をかわし、ショック・コートを発動させた。
「きゃああああっ!!」
「うわああああっ!!」
「諸星を捨て駒にした、とは思わねえよ。ただな、あんま感心できる方法じゃないだろ」
一巳は天草学園最強だと、三華星の一人であり天草学園OGでもある光理から聞かされている。だからそんな男を捨て駒にするとは思えないし、思いたくない。もしかしたら、一巳も承知の上なのかもしれない。だがそれでも、敦はいい気分ではなかった。一巳と戦っていなければ、もう少し強度を上げていたかもしれない。
「今日はシビレが残るだろうが、後遺症はないから安心して寝てな」
ショック・コートは領域内の対象に電撃を浴びせる術式、というイメージが定着している。もちろんそういった使い方がメジャーなのは間違いないし、敦もそうしている。
だが本来は、炎の運動を加速させ、電離させた炎や静電気によって領域内を灼熱地獄にすることもできる、B級の火属性術式の中では最高難度の術式だ。そのショック・コートを浴びた天草学園の選手は、全員その場に倒れ、意識を失った。
「お、フラッグか。3枚もあるとは思わなかったな」
試合開始直後なので、フラッグを仕掛けるために所持している可能性はあったから、対象を領域内の人体にのみ設定したが、それが功を奏していたようだ。もっとも広域系が苦手なのに、そこまで細かい設定をしたのだから、威力が想定していたより若干高くなってしまった。一巳を囮にしたのだから、それで帳消しにしてもらおうと敦は考えていた。
「フラッグは無事みたいね。腕を上げたじゃない」
「そうでもありませんよ。ちょっと威力が強すぎたみたいですから」
敦に声をかけたのは光理だった。
「確かにね。だけど外傷はないし、ただ意識を失ってるだけみたいだから、そのうち起きるでしょう」
刻印管理局少佐にして軍医である光理は、後輩達の様子をすぐに見て取った。
「それじゃこの子達は回収してもらうから、あなたは行ってもいいわよ」
「了解。よろしくお願いします。聞こえるか、飛鳥?フラッグを手に入れたぞ。次はどこだ?」
光理とわかれた敦は、飛鳥に連絡を取り、次の目的地へ向かって歩を進めた。
――PM15:23 福岡ドーム グラウンド 福岡高校陣地付近――
「禁止されてるわけじゃないけど、まさか池に沈めてたなんてね」
久美の手には、1枚のフラッグが握られていた。アクア・ダガーとオゾン・ボールの積層術を使い、池に潜っていたのだが、本当に沈めていたとは思わなかった。だが積層術を使ったとはいえ、久美は髪の毛一本濡れていない。
「あっ。そこ、危ないわよ?」
池に潜る前に刻印化させておいたブルー・コフィンによって、襲いかかろうとしていた福岡高校の選手が二人、氷り付いた。すぐに解凍したから命に別状はないが、意識はない。だがその選手は、フラッグを持っていた。予想外だったがせっかくなのでいただいておく。
「これで3つ目か。けっこう面倒ね。飛鳥君、次はどこに行けばいいの?」
久美はキャンドル・リーフの刻印に印子を込め、飛鳥に連絡を取った。すると飛鳥は、すぐに次の目的地を示してくれた。
「陣地の中に5つある。リーダーっぽい奴が全部持ってるんだが、いくつかはダミーも混ざってるようだから気をつけてくれ」
「人数は?」
「10人だ」
「了解。終わったら連絡するわ」
飛鳥とさゆりの腕は、今更疑うべくもない。だから久美は、飛鳥がもたらした情報を100%信じている。
飛鳥との通話を終えた久美は、福岡高校の陣地へ入り込んだ。
「お邪魔するわよ。あら、これは」
「今だっ!!」
だが入口に仕掛けられたコールド・プリズンの刻印によって、久美の身体は氷りついた。そこにシャドー・バインドやミスト・アルケミスト、ブルー・コフィン、ウォーター・チェーン、クレイ・フォールなどを過剰なまでに重ねられ、巨大な氷柱となった積層術が、氷りついた久美の身体をおおい尽くし、巨大な氷塊となった。
「けっこうすごかったけど、私に氷系主体で攻めてくるなんて、ちょっと不勉強じゃない?」
だが久美はいとも容易く氷塊を破壊し、ミスト・アルケミストの冷気を纏いながら姿を現した。
「げっ!?」
「嘘……でしょ……!?」
「な、なんで……あの積層術が効かないんだよ!?」
さすがに福岡高校の選手達は驚いている。今のコールド・プリズンの積層術は、マイナス270度という低温を生み出している。だが予想に反して、久美はまったくの無傷だ。髪の毛一本氷ってはいない。
「いくらなんでも、あれはやりすぎじゃないかしらね。殺傷力だけなら、A級に匹敵するわよ」
久美のミスト・アルケミストは、今ではマイナス273度という絶対零度に近い極低温を生み出す。その温度は相手校の積層術を上回る――この場合、下回ると言うべきか――ため、表面上は氷りついたように見えても、久美を凍結させるには足りない。
「ちなみに私に効果が薄かった理由は、私のミスト・アルケミストの方が、温度が低かったからよ。私を氷らせたかったら、絶対零度の冷気でないとね」
「む、無茶苦茶だ……」
先程福岡高校が発動させた積層術は、影を縫い付け、濁流で押し潰すことを目的としていたが、コールド・プリズンを強化させるることを目的としていた。水属性に高いを持ち、氷系と呼ばれる属性を得意とする久美にとっては、たとえそれが絶対零度の空間であっても、氷を操ることは難しいことではない。
「な、なんだ!?」
「これって……フロスト・イロウション!?」
「違う!スリート・ウェーブだ!」
「両方よ。フロスト・イロウションとミスト・アルケミストで結界を作って、スリート・ウェーブを重ねてるの。ちなみにソナー・ウェーブを照準にしてるから、ちょっとやそっとじゃ逃げられないわよ?」
久美が展開させたフロスト・イロウションとミスト・アルケミストの積層結界は、福岡高校の陣地全域に及び、重ねたスリート・ウェーブが所狭しと乱舞している。
「こ、広域系と干渉系の積層結界なのかよ!?」
「探索系まで!?それを一人で発動させるなんて!」
ソナー・ウェーブの照準によって、スリート・ウェーブもフロスト・イロウションも陣地内にいる福岡高校の選手全員を補足している。その証拠に全員の足は氷っているが、地面は濡れてすらいない。
「降参するなら、ここまでにするけど?」
「で、できるわけねえだろ!!」
「そ、そうよ!私達だって、二ヶ月前より実力をつけたんだから!」
「でしょうね。何もしないで、こんな積層術を使えるわけがないもの。でもね、それなら私達だって同じよ」
予想はしていたが、やはり降参はしないようだ。久美はミスト・アルケミストの干渉力を強め、霙を氷塊に変え、ニードル・レインによって撃ち出した。
「あら」
だが降り注ぐ氷の雨は、水晶の障壁によって防がれた。
「いくらクリスタル・ヴァルキリーでも、刻印法具もなしじゃこいつを破れやしないだろ!」
福岡高校の選手達が発動させた術式はクリスタル・スフィアは、相克関係から見ても水属性とは相性がよく、特に光を反射する氷系にとっては天敵となる術式だ。そのクリスタル・スフィアの積層術となれば、強度が高いこともよくわかる。
だが久美は意に介さず、ニードル・レインの強度を上げた。
「なっ!?」
「嘘……。クリスタル・スフィアの積層結界が……」
「や、破られる?」
「大雨の後、水浸しになった土地や家屋を見たことがあるでしょ?ニードル・レインだけじゃ無理でも、土属性とも相性がいいミスト・アルケミストを重ねることで、土属性に対して有効的な攻撃を仕掛けることができるのよ」
クリスタル・スフィアが氷系の天敵であるように、ミスト・アルケミストも土属性への相克関係を無効化できる術式だ。しかもここは、久美の積層結界内でもある。いくら相克関係があろうと、最初から相克関係を無効化させるミスト・アルケミストの内側で展開されているため、本来の強度には程遠い。
久美は発生させた液体窒素によってクリスタル・スフィアを氷らせ、徐々に防御力を奪っていった。そしてフロスト・イロウションをクリスタル・スフィア周辺だけに限定し、ニードル・レインを集中させ、領域内を水没させた。その結果、クリスタル・スフィア内にいた福岡高校の代表選手は、残らず池の中へと押し流された。
「さすがにこれは勝負ありかな。君も退場と言いたいが、池に落とす直前に、ギリギリまで強度を落としたトルネード・フォールでフラッグを確保するとは、見事な腕だな」
「ありがとうございます、龍堂さん」
久美に声をかけたのは卓也に称号を譲って引退した元四刃王 龍堂貢だった。大宰府の近くに居を構えており、今は料亭の料理人として腕を振るっている。だがその実力は、剣聖と呼ばれていた現役の頃と比べても遜色がない。
「加減はしてありますけど、そっちは大丈夫ですか?」
久美が貢と会ったのは、昨日が初めてだ。まさか連盟が用意した客船の料理長が貢だったとは思わず、かなり驚かされた。さらにその後、敦が教経対策を頼み込み、簡単に模擬試合をさせてもらい、まったく歯が立たなかった姿も見せつけられた。雅人の師匠だと聞かされ、さらに驚かされたが、同時に剣聖と呼ばれる理由もよくわかった。
「全員意識はあるから、大丈夫だろう」
「そうですか。ではそちらはお任せしてもいいですか?」
「勿論だ。頑張ってくれよ」
「はい、ありがとうございます」
その剣聖に後を任せた久美は、陣地の中に残っていたフラッグを探しはじめた。
「ダミーは……2つか。特に仕掛けもないみたいね。飛鳥君、聞こえる?これで6つになったわ」
「了解。次は……」
飛鳥と連絡をとった久美は、すぐに次の場所へ向かった。




