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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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24・交流試合・2年生の部

――AM11:14 福岡ドーム 明星高校選手控室――

「ふう……」

「なんとかなるもんだね」


 あの後、陣地を襲ってきた天草学園と福岡高校の選手を倒し、福岡高校の陣地に攻め入り、勝負を決めた。


「お疲れ様、みんな。すごかったわよ」


 かすみも笑顔で、1年生の健闘を称えた。


「ありがとうございます、会長」

「やっぱり、最初に奇襲が成功したのが大きかったと思います」

「やるもんだよな。あそこまでフライ・ウインドを使う奴は、高校生じゃ滅多にいないぞ」

「四属性の積層結界もすごかったわよね」


 壮一郎や瑠依だけではなく、生徒会も次々と勝利を祝ってくれている。


「そんなことはないと思います」

「でも立て続けに使ったから、ちょっと疲れちゃいました」


 先輩方に褒められ、悪い気はしないが、やはり照れくさい。この場にいない京介が、少し恨めしく思う。その京介は、真子に付き添われ、医務室へ行っている。


「混合は午後からだから、それまではゆっくり休んでてね」

「はい」

「それじゃ、次は私達の番ね」


 さっきまではあまりやる気の感じられなかったさゆりだが、今は気合十分だ。見れば2年生の選手全員が同じような表情をしている。おそらく1年生に触発されたのだろう。


「でも僕達がフライ・ウインドを使ったから、警戒されませんか?」


 気合十分の先輩達だが、フライ・ウインドを使うことは確実に警戒されている。1年生である自分達が使ったのだから、一流の生成者である2年生が使えないはずはないし、そう考える理由もない。


「されるだろうな。想定内だから問題はないが」


 だが敦は、あっさりと答えた。


「だとは思ったよ。で、どうするつもりなんだ?」

「陣地がどこになるか、だな。1年と同じだろうけど」


 通常であれば陣地は試合前に決定される。だがハンデが科せられることは何ヶ月も前からわかっていたことなので、飛鳥は陣地に関しては、1年生と同じく条件の悪い岩場になると予想していた。


「でも天草学園って、本当に強かったですよ。あれでまだ1年生なんですから、2年生はもっと手強いはずです」


 天草学園は明星高校に匹敵する刻印術教育を行っており、今年からは探索系の授業も開始した。術師教員の数も多く、OGに三華星がいることもあり、人気が高い。そのため日本全国から受験生が集まる。明星高校も似たような条件だが、内容に反して術師教員の数が少ない。特に神槍事件の後は、新学期に卓也が赴任するまで、術師教員がいないという状況になっていた。


「井上を指名した奴もいるしな。まあ、こいつらに心配はいらねえだろ」

「別の意味で心配してるけどね」


 だが生徒会の先輩方は、「心配?それ、美味しいの?」とでも言わんばかりだ。


「そんな無茶なことはしないわよ」


 信用ないと思いながらも、それだけのことをしてきた自覚はあるので、全員が苦笑いするしかなかった。


「だな。それじゃ、行くぞ」

「うん」

「はいよ」

「オッケー」

「了解よ」


 そして飛鳥の号令に、真桜、敦、さゆり、久美は、ゆっくりと会場へ向かって歩き出した。


――AM11:25 福岡ドーム グラウンド――

「それにしても、今度はど真ん中の平原が陣地とはな」


 ルール説明を受けた飛鳥の説明は予想外だったが、あまり驚かなかったのは何故だろうか。


「やっぱり私達全員出場したから、そのハンデなんでしょうね」

「それだけじゃないぞ。他の学校の陣地がどこなのか、一切教えてもらえなかった。フラッグもうちが1つなのに他は3つずつ、しかも人数が三倍だと」


 飛鳥が説明を受けに行ったとき、既に他校はおらず、既に陣地にいるばかりか戦闘準備まで整っているらしい。陣地がどこなのかはだいたい予想がつくが、人数が増えている以上、戦略の幅はかなり広がっているため、どこでどう待ち構えているか、どう攻めてくるかは予想し辛い。


「また露骨なハンデだな、おい」


 フラッグの数と人数はハンデをつけやすいのだから、露骨であっても悪いというわけではない。むしろそれぐらいはあると考えていたから、問題だとも感じていない。


「ということは各校15人ずつ、合計45人ってこと?」

「ああ。光理さんに、俺達を入れて総勢50人だからキリがいいでしょ、って、語尾にハートマークつけて言われたぞ」


 語尾にハートマークなど、実に三華星らしいが、これを言ったのが母なら、さすがに爆発しただろう。年を考えろ、ぐらいは確実に言う自信がある。かくいう光理は三十手前のお年頃なので、そんなことを言ってしまえば命が危ない。


「それ、何の関係もないよね」


 だがそれとこれとは、どこにも関係はない。真桜が呆れるのも当然だ。


「とりあえず、行くとしようぜ。フラッグ仕掛けなきゃいけないんだろ?」

「ああ。ちなみに俺達のフラッグは、壊されてもアウトだ」

「だからそんなデカいのかよ」


 飛鳥が渡されたフラッグは、一辺が2メートルの正方形だが、フラッグ戦のフラッグとしては規格外に大きい。ただでさえ障害物が一切ない草原が陣地なのだから、普通の大きさでも十分目立つ。だが的としては小さいので、わざわざ大きなフラッグを用意したのだろう。


「ウインドを刻印化させてあるから、無風状態でもたなびくんだと」

「至れり尽くせりね。他には?」


 さらにドーム内の無風に近い環境に対応すべく、風性E級干渉系術式ウインドを刻印化させることで、常にたなびく。久美の言うとおり、至れり尽くせりだ。


「術式の制限はいつも通りだ。ただし、生成したら退場だ」

「了解。それじゃそろそろ時間だし、行こうよ」

「そうね。ほどほどに頑張るとしますか」


 軽く伸びをしたさゆりを先頭に、五人は陣地へ向かった。


――11:33 福岡ドーム 観客席生徒会専用ブース――

「やっぱりやりやがったな……」

「やっちゃったね……」


 開始からわずか3分後、試合は明星高校の勝利で幕を閉じていた。だが大河と美花からすれば、かなり頭が痛い。横目では生徒会の呆れかえった姿と、かすみが泣きそうになりながら頭を抱えている姿があったが、美花としてもその気持ちはよくわかる。


「数のハンデなんて、ないも同然なんですね……」

「3分足らずで全滅させるなんて……」

「力技にも程があるでしょ……」


 この場にいる1年生4人は驚いている。露骨なハンデではあったが、そのハンデがまったく無意味な結果で終わったのだから、それは当然だ。


「雪乃ちゃん、どう思う?」

「やはりフラッグを探す時間を惜しんだんだと思います。全部で9つも探さなきゃいけませんから」


 瞳と雪乃も呆れ果てていた。何を考えてあんな真似をしたのか、温和で温厚な二人にはさっぱりわからない。


「だよなぁ」

「だからって、あれはないでしょう……」

「久美先輩が福岡高校、さゆり先輩が下関高校、敦先輩が天草学園の陣地に乗りこんで広域系で一網打尽って……ひどすぎますよ」

「攻め込んできてた選手は、委員長と真桜先輩が、これも広域系で一人も残さず殲滅してましたしね……」


 飛鳥達の戦法は、戦法と呼ぶのもおごがましい力技だった。

 飛鳥とさゆりが探索系で相手の陣地を確認し、敦、さゆり、久美がフライ・ウインドで乗り込み、火性B級広域対象系術式ショック・コート、クレイ・フォール、ミスト・アルケミストで陣地にいた選手を残らず倒し、フラッグを狙ってきた選手達も、飛鳥のコールド・プリズンと真桜の風性B級広域対象系術式アコースティック・フィールドの積層結界によって残らず倒された。ちなみに五人とも、フラッグには見向きもしなかったのだから問題だ。


「あれで刻印法具を使ってないんだから、相手の人達、しばらく立ち直れないんじゃないんですか?」

「それはわからないけど、飛鳥君達のことは知ってるはずだから、深刻なことにはならないと思うわよ」


 そう言いながらも、雪乃は相手校の選手の身を案じていた。


――11:40 福岡ドーム 明星高校選手控室――

「ただいま~」


 真桜が元気よく、控室に戻ってきた。


「お、お帰りなさい……」


 だが対照的に、生徒会の面々は頭を抱えている。


「あれ?どうかしたの?」

「やりすぎだろ、あれは……」

「ちゃんと加減はしてあるわよ?」

「尚更やりすぎでしょ……」

「なんであんな、相手にトラウマを残すような戦法を選んだのよ……」


 あんな真似をされて、しかも手加減までされていたとあれば、相手の精神的ダメージはとても大きい。いくら一流の生成者が相手とはいえ、同級生なのだから最悪の事態は十分考えられる。


「いや、さすがに生成者全員が出場してるわけだから、時間かけるわけにはいかないと思ってな」


 確かにそれはもっともな理由だ。七師皇から称号を貰った飛鳥達の実力は、三華星や四刃王といった日本最強の術師達にも匹敵する。だからまだ発展途上な高校生相手に苦戦することは、あってはならないはずだ。


「フラッグを探すのが面倒だった、っていうのもあるけどね」

「あとはせっかく福岡に来たわけだから、本場の九州ラーメンを食いに行きたかったってのもある」


 だがさゆりと敦の理由は、かなり問題だ。さゆりはこの際目をつぶるが、敦はどう考えても無視できない。よりにもよってラーメンを食べたかったなど、問題以外の何物でもない。


「すげえロクでもねえ理由だな……」

「いいじゃない、別に。混合は3時からに変更ないんでしょ?」


 2年生の試合時間によって、自由行動の時間が若干変わる。


「ええ。2時半に集合で、それまではドーム内に入ることは禁止されてるわ」

「ということは、それまで自由時間ね」

「早く終わらせた甲斐があったぜ」

「あのな……」

「いくらなんでも、ラーメン食いたいからって理由じゃ、相手が気の毒すぎるだろ。せめてメンツを考えたってことにしとけよ」

「嘘ってよくないと思うよ?」

「どの口が言うのかしらね……」


 確かに嘘はよくないが、馬鹿正直に話すことも問題を起こすことが多い。特に飛鳥と真桜は、人に話せないことを散々しでかしてきたし、今も隠していることがある。その真桜に言われても、正直納得はいかない。


「ところで井上君、天草学園に諸星一巳っていたの?」


 そのタイミングで紫が、天草学園のことで気になることを思い出した。


「いや、いなかった。どうやら混合に出てくるらしい」

「え?ということは他の学校は、学年別と混合のどっちかだけでよかったってことなの?」

「多分な。意識を刈り取る瞬間にそんなことを呟いてたんだが、よく聞き取れなかった」


 だが敦の答えは、疑問を呈した紫にとっても予想外だった。まさか他校は学年別か混合の片方だけの出場だったとは思わなかった。もっとも2年生は、全員が負傷交代することに疑いの余地はなかったが。


「そもそも混合って、僕達が出場する意味あるんですか?」

「だよな。俺と瞬矢は攻撃食らってるから、できるもんなら交代したいところですよ」


 そして瞬矢と京介の疑問も、ある意味では当然のものだ。どう考えても足手まといにしかならない。怪我をしている自分達なら尚更だ。


「大した傷じゃないだろ。片桐に治してもらえよ」

「あのねぇ……すぐに治る怪我じゃないわよ、これ」

「そうなの?」

「ええ。佐々木君の打撲は今日いっぱい安静にさせておく必要があるし、水谷君にいたっては骨にヒビが入ってるのよ」


 真子が二人の怪我の程度を教えてくれたが、二人とも交代レベルの重傷だった。


「脆いわね」

「ひでえな、姉ちゃん!痛てっ!」


 だが京介の姉であるクリスタル・ヴァルキリーは、あまりにも容赦がなかった。


「ちょっと久美、少しは弟君を労わってあげなさいよ」

「じゃあ京介は、午後から病院か?」

「いえ、救護室に連れて行って、秋本さんのレゾナンス・レイで確認してもらったわ」


 光性B級支援干渉系術式レゾナンス・レイは、エックス線などの光を透過させることが可能な術式で、今ではレントゲンにも組み込まれている。高位の術師なら医療用刻印具がなくとも使うことができるため、試合会場に常駐、もしくは派遣される医師はほとんどが習得している。医療系に分類されてはいるが、光を収束させる術式でもあるため、普通の試験で習得することも可能だ。


「ああ、なるほど。って、そのわりには治療してる様子じゃなくない?」

「さっきまでオゾン・ボールを使ってたのよ」

「オゾン・ボール?なんでだ?」

「高気圧酸素療法っていう治療方法があるのよ。昔は大きな機材が必要だったらしいけど、今はオゾン・ボールがあるからね」


 高気圧酸素療法とは、大気圧よりも高い気圧環境に患者を収容し、高濃度酸素を吸入させることで回復を促進する治療法だ。オゾン・ボールは医療系術式ではないため、誰でも試験を受けることができる。だが減圧症や酸素中毒などの副作用が懸念されるため、この治療方法は医療系としての試験を受けなければ、医療関係者であっても使用を禁じられている。

 なお、オゾン・ボールに限らず、医療系ではない刻印術が医療用に使われることも多いため、医療系の術式試験は年々増加傾向にある。


「へえ。そんな方法があったのか」

「でも治療っていうことは医療行為に当たるんでしょ?いくら許可があっても、素人がやっちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「資格なら、一応持ってるわよ。大変だったけど」


 真子はいくつかの医療系術式を習得しているが、そのため支援系に特化しているという自覚もある。


「すごいな。医療系の難易度って、確かA級以上のもあるって聞くぞ?」

「A級受けたことがないからわからないけど、そうらしいわね。でもこれが、私なりの自信回復の方法なのよ」


 神槍事件が起きる前までは、それなりに実力を示していた真子だが、あの事件でさゆりと久美が生成し、魔剣事件では敦までもが生成した。飛鳥と真桜だけでも大変だったのに、さらに三人も生成者が増えたという事実に、真子はショックを受けた。だから失った自信を取り戻すために、夏休みのほぼ全てを使い、医療系術式の試験を受け、保健委員長に推薦されたことで、多少の自信を取り戻すことができていた。


「自信回復?何かショックなことでもあったの?」

「あなた達の存在に決まってるでしょ」

「そうよねぇ。同級生にこれだけ生成者がいたら、自信なんて簡単になくなるわよ」

「しかも本当に実力が違いすぎるから、自信を取り戻すのも簡単じゃねえしな」


 瑠依と壮一郎も、真子と全く同意見だ。せめてもの救いは、七師皇という世界最強の刻印術師が関与していることだろう。


「んなことねえだろ」

「お前ら、たった今、何してきた?よっぽど実力差がなきゃ、あんな真似できねえぞ」

「ハンデがハンデになってなかったものね」


 フラッグ戦であそこまで一方的な試合は、滅多にない。実力差があってもそれを覆せるルールがあるし、今回はその上で数とフラッグのハンデまで設けられた。

 だがそのハンデも、飛鳥達の力技の前ではまったく意味がなかった。午後の混合では、さらなるハンデが出てくることはほぼ間違いないだろう。


「……さて、飛鳥。ラーメン食いに行こうぜ」

「そうだな。どこか美味い店があるといいんだが」


 いつものこととはいえ、この手の話題は飛鳥達に分が悪い。それは今回も同様だ。


「話を逸らしたわね」

「逸らしたっつうか、逃げただろ」

「伊東、阿部、山下、檜山、富永も一緒に食いに行かないか?」


 不本意ながら飛鳥達は、この展開に慣れてきている。だから一緒に食事に行くことを提案した。


「行ってもいいが、奢りだぞ?」

「なんでだよ?」

「口止め料だ。ラーメン食いたいから早く試合を終わらせました、なんてこと知られたくないだろ」


 だがそれでも、壮一郎や迅の方が一枚上だ。むしろラーメン一杯が口止め料なら、安いものだろう。


「あ、ゴチになります」

「京介、てめえっ!」

「僕達も勝ったんですから、それぐらいはいいじゃないですか」

「瞬矢まで……」


 そこに、瞬矢と京介まで加勢するとは思わなかった。慣れてきたせいか、最近遠慮というものがなくなってきてるのではないかとも思う。


「お前らの負けだな。確かに1年も勝ったし、この二人は名誉の負傷までしてるんだから、ラーメンぐらい奢ってやれよ」

「わかったよ。誰か、美味い店知ってるか?」


 確かに1年生は、見事な勝利を飾った。怪我をしたとはいえ、退場者もいなかったのだから、これ以上ない結果だと言える。

 そして飛鳥は、了承した以上、この場の全員に奢ることになるが、それはやむをえないと判断した。だから店探しだけは任せたが、それは飛鳥のささやかな抵抗だった。

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