23・交流試合・1年生の部
――AM9:50 福岡ドーム 観客席生徒会専用ブース――
各校はそれぞれに割り当てられた観客席につき、生徒会は最前列に割り当てられた生徒会専用のブースに座っていた。同じ風紀委員が出場しているということで、大河達の姿もある。
「いよいよだな。まずは1年からか」
試合は10時から1年生、11時半から2年生、そして15時から混合の予定だが、試合時間によっては時間が繰り上がることも想定されている。
「紫苑もオウカも、大丈夫でしょうか?」
大河の隣では、琴音が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だろ。さすがに4校入り乱れてのサバイバル戦ってのは予想外だったが、ルールそのものはフラッグ戦だからな」
「その4校入り乱れてってのが、一番の問題ですって」
「先輩達はともかく、京介達にはキツよなぁ。3校が手を組んだら、お手上げだし」
例年であれば、どんな形式であっても相手はひとつだけだった。だが今回は全校入り乱れての、まさにサバイバル戦だ。花鈴や勝も心配のようで、3校が徒党を組んだら、2年生はともかく、1年生はどうしようもないだろう。
「さすがにそんなことはしないと思うわよ」
瞳も身内ということでここにいる。だが勇斗は抱いていない。真子と瑠依が勇斗にミルクをあげたがったので、雪乃が抱いて控室に取りに行っていた。
「瞳さん」
そこに雪乃が、勇斗を抱いて戻ってきた。
「雪乃ちゃん。ちゃんとミルクあげられた?」
「はい。片桐さんと瀬戸さんも、満足したみたいです」
「勇斗はオモチャじゃないんだぞ」
「だって可愛いんだもん」
軽く呆れている大河を横目に、真子と瑠依は満足そうだ。
「それはそうと、花鈴さんと琴音さんはどうしたの?」
勇斗から懐かれている雪乃は、源神社でもけっこう面倒を見ている。だから慣れた手つきで勇斗を抱きながら、心配そうに花鈴と琴音に目を向けた。
「紫苑のことが心配なんスよ。2年も含めて、あいつだけ術師じゃないですからね。何度も大丈夫だって言ったんスけどね」
「去年は私や大河君、先輩達も出場したことも教えてあるんですけど」
去年の宿泊研修は、大河と美花も、男女混合のツーマン・マッチにコンビで出場し、全勝という成績を収めた。あの時は自分達も自信はなかったから、紫苑の気持ちはわかる。
「他の学校と直接試合する機会なんて、クラブ活動ぐらいしかないものね」
「そうなんですよ。でも美花先輩も大河先輩も、大丈夫として言ってくれないし!」
「去年は怪我人が続出したって聞いたのに、今年は交代が認められてないんですから、心配にもなりますよ」
花鈴と琴音にとって、紫苑は幼馴染であり親友だ。今ではオウカも親友だと断言する。だから心配でしかたがなかった。
「本当に大丈夫だと思うわよ。本当に危険だと思ったら、飛鳥君達が黙ってないでしょうし、高名な術師が何人も目を光らせてくれてるしね」
「そういや三華星が二人に四刃王、三剣士までいますよね」
今回の審判は各校の教師だけではなく、雅人、さつき、光理も加わることになった。卓也と準一は明星高校からの審判という形だが、これだけのメンツが審判なのだから、反則をしようなどという気もおきないだろう。
「あそこにサクレ・デ・シエルもいるわよ」
「あ、本当だ。セシルさんも来てたんですね」
そしてその審判団の中には、セシル・アルエットの姿もあった。元フランス陸軍中尉で、鎌倉に手厚く葬られた魔剣ダインスレイフの生成者 ジャンヌ・シュヴァルベとクリストフ・シュヴァルベの墓守として、退役後はそのまま鎌倉に住んでいる。
「日本に永住することが決まって、連盟からお仕事を回してもらってるんですって」
「日本に永住って、もしかして!」
花鈴に笑顔が浮かんだ。花鈴達もセシルとは面識があった。そしてセシルが近いうちに永住権を獲得するだろうことも、予想できていた。このことは全校生徒の噂になっていたから、知らない者はいないだろう。
「そうみたい。別に秘密じゃないし、もうみんな知ってるから、今更って気はするけど」
瞳は日本での暮らしに慣れていないセシルの案内役をしていることもあり、一緒に出掛けることもあった。だから本人から直接聞いて知っている。
「そのことは後でじっくり聞かせてもらうとして、そろそろ時間よ」
美花にも非常に興味がある。だが美花も、セシルとは交流があるのだから、そのうち教えてくれるだろうとも思う。それより今は、目先の交流試合だ。
「お、始まるか」
大河も今回の交流試合は非常に興味がある。特に1年生には、去年の自分達が重なる。
「花鈴ちゃん、琴音ちゃん。しっかり応援しましょう」
「はい!」
「頑張って、紫苑、オウカ……!」
――AM9:55 福岡ドーム グラウンド――
「お帰り、瞬矢君」
瞬矢は1年生代表のリーダーに任命されていた。ルールを説明され、ようやく戻ってきたところだ。
「陣地はどこになったんだ?」
まだ陣地がどこかわからないため、各校の代表は生徒会ブース前に待機している。
「あそこの岩場だって」
公正を期すため、試合前に厳正なくじ引きで陣地を決めることになっているが、瞬矢はくじそのものを引くことができず、というより用意すらされていなかった。
「マジかよ……」
「岩場って言っても、ほとんど何もないじゃないの」
明星高校に割り当てられた陣地の岩場は、申し訳なさ程度の岩山が一つあり、周囲にいくつかの岩が転がってるだけで、岩場というのもどうかと思えるほど、何もなかった。
「ちなみに他の3校はどこなの?」
「福岡高校が池の中央の島、下関高校がお城、天草学園が森の中だよ」
「あのお城、中に入れるんだ……」
「いや、建物の中はさすがに入れないよ。城門の中が陣地なんだって」
下関高校の陣地である城は、建物こそ張りぼてだが、城門が砦のようになっているため、攻めにくいことはよくわかる。だが福岡高校の陣地も、島に通じる道は一つしかなく、周囲は池に囲まれているし、天草学園の陣地は森としか聞かされていないので、中を探すのはかなり大変だ。
「なるほどな」
「それにしても、すごいハンデだね。どこの学校もあの地形を活かすだろうから、突破には時間がかかる」
「対してうちは、どこからでも攻められやすい上に、どこにフラッグを仕掛けても変わらないもんね」
「そのフラッグも、今回は一つだけだしな。誰かが張り付くしか、守る方法がないぞ」
すぐ後ろがフェンスだが、それでも見晴らしはいいので、本当にどこからでも攻め込まれる。しかも他の3校のフラッグが3枚なのに対して、明星高校は1枚だけだ。
「やっぱり、私と紫苑で守るしかないのかなぁ」
「それか私と浩君ね。地形的にも、浩君が一番適してる気がするし」
オウカと紫苑は防御系と干渉系に適性を持っており、積層結界も高い強度で発動させたことがある。浩は広域系と干渉系に、そして土属性に適性を持つため、地形的には一番適している。紫苑の提案は、自分が防御を担当することが前提だが、自分の得意、適正系統なので、それでいいと思っていた。
「オウカさん、先輩達は何か言ってる?」
浩もそれでいいと考えているが、2年生がどう考えているかが気になった。
「ちょっと待ってね。あ、メールが来てた。えっとね、私と瞬矢君は攻撃で、紫苑と浩君で防御。京介君は遊撃だって」
「他には?」
「私と瞬矢君で福岡高校に奇襲。その間京介君は、陣地に近い森の中で天草学園を牽制して、下関高校が攻めてきたら紫苑と浩君の積層術で防げ、だって」
「簡単に言ってくれるわよねぇ」
先輩方も似たようだが、その先も考えていたようだ。だがその内容は、けっこう無茶と思えるものだった。
「だけど無難かな。3年生の先輩に聞いたんだけど、交流試合であれを使う選手はいないらしいよ。リスクが高いし、実戦で使うのは難しいからね」
「僕達も、できれば使いたくはないんだけどね」
「だけどルール違反ってわけじゃないんだから、奇襲にはもってこいよね」
一応の策はあるようだが、付け焼刃感は否めない。
「っと、時間みたいだね」
「それじゃ、行くか」
「うん」
「そうだね」
「ええ」
「了解よ」
だがここまで来たら、腹をくくるしかない。京介の言葉を合図に、浩、瞬矢、オウカ、紫苑が頷きを返し、五人は陣地である岩場へ向かった。
――AM10:00 福岡ドーム 観客席生徒会専用ブース――
「始まったわね」
「ええ」
「怪我しないでくれると助かるんだけど」
生徒会専用ブースでは、真子が心配そうな顔をしていた。交流試合は毎年必ず負傷者が出るため、保健委員会も2年生が控えており、真子の隣には副委員長の新藤 紫の姿もある。
「無理だろ」
「毎年のことだしな」
「ところで佐々木君とグロムスカヤさんがコンビみたいだけど、何か意味があるの?」
開始の合図と同時に、瞬矢とオウカが陣地を出た。人数が五人である以上、2:3か、2:2:1で役割を分担することになるのだから、二人がコンビであることはすぐにわかる。
「うん。あの二人、けっこう相性が良いの」
属性で言えば瞬矢は火、オウカは風だ。さらに適正系統と瞬矢の特性も加味されるため、相性はかなりいい。
本来であれば水属性に適性を持つ京介や紫苑との方が相性がいいのだが、京介は防御系への適性が低いため、攻め込んだ先で攻撃を受けてしまえば、そのまま退場になる可能性が高いし、紫苑は攻撃系への適性が低いため、陣地防御の担当になるだろうことは最初からわかっていた。
「ほほう」
「いいのか、三上?可愛い妹に虫がついちまって」
「悪い虫なら速攻で駆除してるが、瞬矢はな……」
そして瞬矢とオウカがコンビである最大の理由がこれだった。日本に来てからオウカが最も頼っていた男子は飛鳥だった。だが槇田に襲われて以来、その役は瞬矢に移っていた。兄としては面白くもない話だが、相手が瞬矢だし、何よりオウカが嬉しそうにしているため、飛鳥も強く言えないでいる。今の飛鳥の心境は、まさに妹を取られた兄だ。
「すっごい複雑そうね」
「いいの、真桜?」
「なんで?瞬矢君、すごくいい子じゃない」
だが対照的に、真桜は瞬矢を気に入っている。
「シスコン兄貴のことは放っとけって」
「誰がシスコンだ!!」
さすがにこの一言は、飛鳥にも許容はできない。だが周囲は、今までの飛鳥の態度をよく覚えている。
「ごめんね、飛鳥君。うちの瞬矢が迷惑かけちゃって」
瞳も同意見だが、あまり煽って暴走されてはたまらない。だからしっかりとフォローをいれておくことにしたようだ。
「い、いえ!そんなことはないですよ!あいつがしっかりとオウカを守ってくれてることは、俺も知ってますから!」
ここに瞬矢の姉 瞳がいることも、強く言い出せない理由の一つだ。瞳としても、まさか七師皇のお嬢様が弟に好意を抱くとは思っておらず、その事実を知った時はかなり驚いた覚えがある。
「お、水谷も動いたな」
「森の中に入ってくけど、一人で天草学園の相手をさせるつもりなの?」
そうこうしているうちに、京介が一人で森の中へ入っていた。だが森は、一番手強いと予想されている天草学園の陣地だ。そこに単独で挑むなど、正直無謀としか言いようがない。
「京介の役目は、攪乱よ。大丈夫だとは思うけど、3校が手を組んでたら大変だから」
久美の説明は、一応の納得はいく。だがそれなら、なぜ福岡高校ではないのだろうか。
「福岡高校は一番遠いし、あの砦を突破するのは大変だろうからな」
「つまりやむを得ず、ってわけね。それでも一人はキツいと思うわよ?」
「本当なら浩に行かせたかったんだが、京介は防御系の適性が低いから、あいつしかいないんだよ」
「フラッグの守備をおろそかにしたら、それこそ一瞬で負けるしね」
フラッグ戦はフラッグを守ることが重要だが、同じぐらい諦めることも重要だ。だがこれは、フラッグが複数ある場合で、今回の明星高校のようにフラッグが1枚では諦める=敗北となってしまう。だからフラッグの守備に防御系に適性のある紫苑と土属性に適性を持つ浩を配備することがベストだと考えられていた。
「でも飛鳥君、瞬矢は攻撃系だけど、防御系も適性が低いわけじゃないわ。久美さんや京介君には悪いけど、瞬矢を天草学園に当てた方が良かったんじゃない?」
姉の贔屓目がないわけではないが、瞬矢は攻撃系に適性を持ち、防御系への適性も低いわけではない。さらに攻撃系と防御系を一体化させる特性を持つのだから、遊撃は瞬矢が一番適任だ。
「悪くはありませんよ。私も瞳さんの言うとおりだと思いますから。でも今回は、京介じゃ無理なんです」
だが今回の作戦では、どうしても瞬矢が必要だった。京介には致命的な弱点があったため、今回の切り札として覚えされた術式が使えないことがわかってしまったこともある。
「京介君じゃ無理って?」
「高所恐怖症なんですよ、あの子」
「高所恐怖症って、何の関係があるんだよ?」
だが壮一郎も、それが何の関係があるのか、まったくわからなかった。確かに刻印術師にとって高所恐怖症は致命的な弱点になり得るが、この試合に限って言えば、問題になることはないように思える。
「丁度瞬矢とオウカが着いたみたいだから、あれを見てもらえればわかる」
「あれって……えっ!?」
「マジか!?」
百聞は一見にしかず。瞬矢とオウカが発動させた刻印術を見て、確かに致命的だと、全員が理解した。
――AM10:05 福岡ドーム グラウンド 福岡高校陣地付近――
「ここまでは見つからずに来れたね」
「だけどここから先は遮蔽物もないから、隠れながら進むのは無理だ。それに僕達は探索系を使ってないけど、相手校は使ってるそうだから」
明星高校の陣地から下関高校の陣地までは、廃墟を模した障害物が散乱しているため、身を隠しながら進むことは容易だ。相手が探索系を使っていればあまり意味はないが、探索系は高校に入学してから学ぶことが多く、しかも精度が低い。同じ風紀委員の勝と琴音は使っているが、教えている人々が人々なので、1年生とは思えない精度で使っている。
瞬矢も二人並の精度で探索系を使う1年生がいるとは思っていないから、あまり警戒はしていない。
「見つかってるかもしれない、ってことね」
それはオウカも同様で、直接見つかることを警戒しながら進んではいたが、探索系への警戒はゼロだった。だがもし使っているなら、誰かがここにいることぐらいはわかっているかもしれない。
「うん。だから一気に行こう」
「賛成。あんまり時間かけちゃうと、囲まれちゃうもんね」
奇襲を仕掛けるために来たわけだから、時間をかけてしまえば見つかるばかりか、囲まれてしまうこともあり得る。さすがにそれは避けたいので、瞬矢の提案をオウカが承諾するのも当然だ。
「僕が先に行くから、オウカは援護を頼めるかな?」
「もちろん!」
「ありがとう。じゃ、行くよ!」
「うん!」
瞬矢が攻撃を仕掛け、オウカが援護ということに決まった。そして二人は、フライ・ウインドを発動させ、物陰から出ると下関高校の陣地に向かって、一気に飛び立った。
「うおっ!?」
「ど、どこからなの!?」
瞬矢がクリムゾン・バレットが発動させ、下関高校の陣地に炎の弾丸が雨のように降り注いだ。下関高校の選手達は空を警戒していなかったため、ほとんど無防備で炎の雨にさらされてしまった。
「瞬矢君、あそこ!」
「わかった!」
その隙にオウカがフラッグを見つけた。速度を上げて下降した瞬矢は、早くもフラッグを一つ奪い取り、奇襲を成功させた。そこでようやく、下関高校の選手も瞬矢のことに気が付いた。
「フライ・ウインドだと!?」
「なんて精度なのよ!」
瞬矢とオウカのフライ・ウインドは、高校生のレベルではかなり高い精度だった。下関高校は、先輩達であってもこれほどの精度でフライ・ウインドを使う者はいないのだから、1年生の代表選手達が虚を突かれてしまったことも仕方がないだろう。
「あっちの女の子って、もしかしてグリツィーニア・グロムスカヤの!?」
一人の女子生徒が、オウカの素性に気が付いた。だがそれは、オウカにとって嬉しくないことだ。
「ママは関係ないの!」
「きゃあっ!」
オウカは七師皇 グリツィーニア・グロムスカヤの娘という色眼鏡で見られたくないから、日本へやってきた。留学当初こそ見られていたが、今ではそのことを気にする生徒は、明星高校にはいない。だからオウカは、ウイング・ラインを発動させ、女子生徒を吹き飛ばした。
「隙ありだよ!」
瞬矢もライトニング・スワローを発動させ、オウカが吹き飛ばした女子生徒に命中した。風の刃に吹き飛ばされ、雷の燕に貫かれた女子生徒はそのまま倒れ、意識を失った。
「この野郎!調子に乗るなよ!」
チームメイトが倒されたことで、男子生徒が怒り心頭だ。もう一人の女子生徒も、刻印具のエマージェンシー・コールを使い、攻撃に出たチームメイトを呼び戻している。
「瞬矢君っ!!」
「ありがとう、オウカ!」
「な、なんで……風で防げるんだよ!?」
男子生徒の発動させたスパーク・フレイムを、オウカが得意とするカーム・キーパーによって防いだ。だが風は火を煽るという相克関係があるため、男子生徒からすれば信じられない事態だ。
「カーム・キーパーだけじゃなく、オゾン・ディクラインも使ってるもの!」
「相克関係は大事だけど、組み合わせも大事だからね」
「あっ!」
「し、しまったっ!」
男子生徒が呆気にとられている隙に、瞬矢とオウカは残り二つのフラッグを手に取った。
「僕達の勝ちだね」
「やられたぁ……!」
「フライ・ウインドなんか使いやがって!」
「反則じゃないもの」
フライ・ウインドは今までの交流戦で使われたことはない。しかも自分達と同じ1年生がああも見事に使ったという事実は、衝撃以外の何物でもない。
「その通りよ。今まで使った者がいないからといって、使ってはならないという規則はないでしょ」
「あ、秋本光理!?」
そこに現れたのは、三華星の一人 秋本光理だった。
「審判ですか?」
「ええ。残念だけど下関高校は退場。そっちの子は私が医務室に運ぶから、動かさないようにね」
今回の交流試合は、有名な刻印術師が多数関与している。普段直接お目にかかることは少ない三華星や四刃王、三剣士までいるのだから、普通の高校生にとっては緊張するなという方が無理だ。
軍医でもある光理は、数々の医療系術式を習得している。だから気を失った女子生徒の容体も、すぐに見て取っていた。
「くそおっ!!」
「それじゃ二人は行っていいわよ。頑張ってね」
「はいっ!」
下関高校の選手は悔しさを滲ませながら、光理と共にその場から立ち去った。
「やったね!って、どうしたの、瞬矢君?」
「うん……僕達がフライ・ウインドを使ったから、先輩達はどうするのかと思ってね」
オウカは喜色満面の笑顔を浮かべていたが、瞬矢には気になることがあった。フライ・ウインドは先輩達に効率的な使い方を教えてもらった。つまりそれは、先輩達の方が高い精度で使えるということだ。
「あ、そっか。私達が使えるんだから、お姉ちゃん達ならもっと上手に使えるって思われてもおかしくないよね」
オウカも瞬矢が考えていることがわかった。確かに姉達は、自分達より高い精度で使える。実際に見たこともあるから断言できる。だがそれは、オウカ達より高い精度で使えると思われてもまったく不思議ではないことで、むしろ当然のことだ。
「だけど僕達が考えても仕方ないし、今は試合のことを考えよう」
「うん!頑張ろうね、瞬矢君!」
下関高校のフラッグを全て奪ったことは、すぐにでも他校に知られることになる。天草学園と福岡高校がどう出てくるかわからない以上、急いで陣地の様子も気になる。刻印具の通信機能も、エマージェンシー・コール以外の使用は禁止されているから、直接行かなければわからない。
瞬矢とオウカは、勝利の喜びもそこそこに、急いで陣地へ戻ることにした。
――AM10:25 福岡ドーム グラウンド 明星高校陣地付近――
瞬矢とオウカが下関高校のフラッグを全て奪取した頃、明星高校の陣地には京介が戻ってきていた。
「京介、どうかしたの?」
浩も何かあったのではないかと、少し心配している様子だ。
「いや、天草学園の奴を探してたんだが……」
「見失ったの?」
「それも違って、どうやらこの森の中にはいないみたいだ」
京介の役割は、天草学園の牽制だった。だから森の中を歩き、天草学園の選手を探していたのだが、誰一人として見つけることができなかった。だから京介は、やむなく陣地に戻らざるをえなかった。
「どういうこと?」
「陣地じゃないかって思うとこにも行ったんだが、そこにはフラッグが2つあっただけだった。確か1つは、リーダーが持っててもいいルールだったろ?」
フラッグ戦のルールでは、2つ以上のフラッグがある場合、1つはリーダーが所持していてもいいことになっている。全て陣地に仕掛けた場合、陣地を攻められればそれで終わってしまうため、戦略性を出すためのルールだが、リーダー以外が所持することは禁止されている。団体戦の場合、フラッグを取られたらその選手は退場というルールも存在するが、時間もかかるし怪我もしやすいため、高校生の試合で採用されることはない。
「ということは、天草学園はそのフラッグを捨てたってことか」
京介は森の中―と言っても人工的に作られたものなので、さほど広くはない―で天草学園を探していたが、その際陣地らしき地点を発見した。もちろん警戒したが、誰もいなかったため、意を決して乗り込んだのだが、そこにあったのはフラッグが2枚だけだった。つまりそれは、持ち歩きができないフラッグは邪魔だという意思表示だろう。
「じゃあもしかして、福岡高校のとこに行ってるってこと?」
「確認したわけじゃないからわからないが、その可能性はあると思う」
「それってヤバくない?攻め込んでるならともかく、手を組んでる可能性もあるんでしょ?」
紫苑が眉を顰めた。1校だけでも厳しいのに、それが2校同時となれば、勝てる可能性は低くなる。瞬矢とオウカが下関高校に奇襲をかけたおかげで、3校同時という最悪の状況は回避できたが、それでも厄介な事態には違いない。
「むしろそっちの可能性の方が高いと思う」
「先輩達ならともかく、俺達相手にそこまでするか?」
「2年生や混合じゃ勝てないから、1年生だけでも勝っておこうって考えてるのかもしれないよ」
それは十分にあり得る話だった。生成者一人相手にするだけでも大変なのに、それが五人となれば、勝てる可能性は限りなくゼロだ。むしろ勝つためではなく、どこまで太刀打ちできるかに重点が置かれている可能性すらある。その上で1年生が勝てば、学校の名誉は保たれる。
「それはありえるわね。京介、今のうちに天草学園を探しておいた方がいいんじゃないの?」
「そうしたいんだが、俺一人じゃ絶対に負けるぞ」
「誰も戦えなんて言ってないでしょ。どこにいるかだけでも……」
「危ないっ!!」
そこにいきなり、多数の刻印術が着弾した。浩の警報でアース・ウォールとスプリング・ヴェールの積層結界が間に合ったが、間に合わせ感は拭えない。
「何なのよ、いったい!?」
「あれは天草学園と福岡高校だよ!」
正面から福岡高校、森の中からは天草学園の選手が姿を見せた。驚いたことに天草学園は選手が全員いるため、総勢8人となっている。
「まさか、本当に手を組んだってのか!?」
「あの様子じゃ、多分違う!天草学園が福岡高校のタイミングに合わせたんだと思う!」
「だからいくら探しても、陣地にもいなかったのか!」
「紫苑さん!」
「わかってる!」
先程の間に合わせの積層結界とは違い、今度のクリスタル・スフィアとフォーリング・カーテンの積層術はしっかりと発動させているため、簡単には破られない自信がある。
「硬てぇっ!」
その証拠に、天草学園の生徒が発動させたウイング・ラインとスリート・ウェーブ、アイアン・ホーンとスパーク・フレイムの積層術もしっかりと防いだ。
「そこだっ!」
京介もスノー・フラッドを発動させ、浩がラウンド・ピラーを重ねた。白い大地が荒れ狂い、何人かが足を取られ、転倒し、降り積もった雪に体の半分が埋もれた。さらに京介がブラッド・シェイキングを発動させ、埋もれた選手の動きを封じた。
「なろっ!」
だが天草学園の選手の発動させたアイアン・ホーンとスチール・ブランドの積層術が京介に直撃した。
「うおっ!」
「京介っ!」
「だ、大丈夫だっ!」
意識を失いそうな衝撃に耐えた京介だが、膝をつき、苦しそうにしている。どこか怪我をしているのは間違いなさそうだ。
「京介!浩っ!!」
「紫苑っ!!」
「オウカっ!?」
「瞬矢!」
そこに瞬矢とオウカが、空から戻ってきた。カーム・キーパーとバーニング・ロアーを発動させ、陣地の周囲に炎の結界を作り上げ、クリスタル・スフィアとフォーリング・カーテンの積層術に干渉し、さらに強度を増した。
「四属性の積層結界って、マジかよっ!?」
「ちょっと待ってよ!なんでバーニング・ロアーで防御の結界が展開できるのよ!?」
「知るかっ!」
四属性は火、土、風、水を指す。それぞれが相克関係を持つため、実際に展開させることは難しい。
だが相応関係も持っているため、組み方次第では強固な結界となり、絶大な防御力を発揮する。高校生には難易度が高いが、身近に一流の生成者が多くいる現状は、その難易度をワンランク低く見せた。そのため1年生も、自分達でも気づかない実力を身につけていた。
「京介君、大丈夫?」
「悪い、助かった」
腹部を抑えながら、京介が立ち上がった。
「話は後にしよう。今はこの状況を何とかしないと」
福岡高校と天草学園は、今も攻撃の手を緩めてはいない。だが四属性の積層結界の強度が思っていたより高いため、次々と術式を防いでいた。
「そうね。京介、いけそう?」
「なんとかな」
「それじゃあ僕が仕掛けるから、みんなはそれに続いてくれる?」
瞬矢は攻撃系と防御系を一体化させる特性を持つ。それは積層結界であっても例外ではない。
「うん!」
「よしっ!それじゃ反撃開始だ!」
五人は刻印具を構え直し、態勢を整え、瞬矢が積層結界から発動させたライトニング・スワローを合図に、反撃を開始した。




