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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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20・幻の刻印術

――西暦2097年11月24日(日)PM12:23 源神社 鍛練場――

 明星祭から約三週間、あれ以来、知盛と教経はどこにも姿を見せなかった。雅人の予想通り、傷を癒しているのだろう。

 飛鳥達はほぼ毎日、修練に明け暮れていた。それは敦とさゆりも同様で、今日もヴォルケーノ・エクスキューションを習得するため、試行錯誤を繰り返していた。


「どう思う、飛鳥?」

「問題ないとは思うんだが、俺も数回しか見たことはないからな。ただ、何かが違うような気はする」

「私もなんだよね。精度と強度は、勇輝さんのより上だと思うけど、同じ物かって聞かれると、ちょっと違うんじゃないかなぁって」


 飛鳥も真桜も、何度かヴォルケーノ・エクスキューションを見たことがある。だが勇輝は、詳細や概要を教えてはくれなかった。むしろ自分で当ててみろと、嬉々として言っていたものだ。


「確かに佐倉君と美花さんが、神槍事件で発動させた術式とも、微妙に違うわね。悪い意味じゃなくて、むしろ良くなってると思うんだけど」

「俺達以外に、ヴォルケーノ・エクスキューションを見たことがある人がいればいいんだが……」


 さつきの兄 立花勇輝が開発した無性B級広域干渉系術式ヴォルケーノ・エクスキューションは、勇輝が死んだ今、使い手は存在しない。飛鳥や真桜も、結局はどんな術式だったのかわからなかったのだから、勇輝は本当の意味で天才だったのだと思う。


「勇輝さん、あんまり使わなかったもんね。大河君や美花は、もう見たの?」


 勇輝は大河と美花の師匠でもあり、美花にとっては初恋の人でもあった。だから当初、美花は反対していたが、飛鳥にもしものことがあれば、真桜は自ら命を絶つだろうし、そんな事態になってしまえば雅人やさつきですら同じことをするかもしれない。だから今では、積極的に協力してくれていた。


「一応な。お前らとおんなじようなことを言われたから、何かが足りないのは間違いないねえ」

「とは言われても、私も敦も苦手の広域系が、予想以上の精度と強度になってたから、後は何が足りないのか、さっぱり見当がつかないわよ」


 ヴォルケーノ・エクスキューションを習得するにあたって、最大の難問は広域系だった。敦もさゆりも、広域系を苦手としているばかりか、適性そのものが低い。さゆりは探索系広域対象変換という特性を持っているため、多少はカバーできるが、敦は特性を持っていないため、かなり苦労している。


「雅人先輩やさつき先輩に見てもらっても、同じこと言われるだろうな。他に見たことある人って、本当にいないのか?」


 飛鳥も真桜も、純粋な攻撃力だけなら敦とさゆりの方が上だと思っているし、そもそも勇輝は刻印法具を生成できなかった。だが問題なのは、今二人が見せたヴォルケーノ・エクスキューションだった。火口と思わしき地点から火山弾をばら撒き、溶岩も流出させているが、何かが違う。


「俺が知ってる限りじゃな」


 ヴォルケーノ・エクスキューションの存在を知っているのは、飛鳥、真桜、雅人、さつきぐらいだろう。連盟の上層部も知っているだろうが、直接見たことはないはずだ。


「一番詳しいのって、やっぱり雅人さんじゃないかなぁ?」

「その雅人さんも、当時は氷焔合一の開発に掛かりっきりだったからな」


 勇輝にとって、飛鳥と真桜は主だが、さつきも可愛い妹だった。主や妹に心配をかけまいとしていた勇輝が、さつきに詳細や概要を話すことは考えにくいから、やはり残るのは親友である雅人だけになる。だがその雅人が氷焔合一を開発している時に、勇輝もヴォルケーノ・エクスキューションを開発したのだから、知っているとしても詳しくはないような気もする。


「瞳さんはどうなの?」


 勇輝の恋人であり、瞬矢の姉でもある瞳は、今は立花家の養女となっており、戸籍上はさつきの姉になっている。生成者でもあり、その実力も連盟によって正式に認められているが、今は源神社で働きながら勇輝との間にできた一人息子 勇斗を育てることを優先しているため、連盟からの任務をこなしたことは、実は一度しかない。


「勇輝さんがそんな術式を開発してたことなんて、知らなかったって言ってたよ」


 瞳が勇輝と付き合っていた期間は、瞳が明星大学に入学してからなので、半年にも満たない。だからなのか他に理由があるのかは勇輝本人しかわからない。答えは永遠にわからなくなってしまったが、瞳はヴォルケーノ・エクスキューションのことを知らなかったし、勇輝が開発した術式だということも、先日真桜に聞かれて初めて知った。


「瞳先輩も知らないんじゃ、お手上げだな。飯でも食って、一度気分を変えた方がよくないか?」


 三人は週末の度に泊まり込み、開発を進めている。いつもならそんなことはしないが、宿泊研修まであと一ヶ月もなく、しかも訪れる場所がまさに因縁の地なのだから、知盛と教経がそこで襲ってくることは間違いない。

 だからさゆりは焦っていた。一卵性双生児しか使えないと言われている混成術が、敦とは使うことができた。これはさゆりにとっても嬉しい誤算だったから、このまま混成術を完成させた方がいいだろう。だが問題なのは、肝心のヴォルケーノ・エクスキューションがこれで正しいのか、まったくわからないことだ。

 飛鳥も真桜も敦も久美も、そんなさゆりを見かねていたから休憩を提案した。


「確かにね」

「そうなんだけど……」

「焦る気持ちはわかるが、無理をすれば事故を起こすぞ」

「それにここを使いたいのは、あなただけじゃないのよ?」


 敦とさゆりだけではなく、久美や雪乃もここで新しいS級術式の開発を行っていた。夏休み中から取り組んでいたのだが、考えがまとまらなかったり、変更を余儀なくされたりで、ノーザン・クロスを開発していた時よりも時間がかかってしまっている。


「ごめん、確かにそうかも」


 そんなことは言われなくともよくわかっているが、全員から諭されてしまったので、さゆりは本当に自分が焦っていたことを自覚した。


「おっと、メールだ。飯ができたらしい」

「それじゃ行くか。さすがに腹減ったからな」

「ええ。さゆり」

「わかってるわよ。敦、午後からは少しアプローチ変えるからね」

「はいよ」


 丁度いいかはわからないが、元風紀委員の先輩 武田聖美から、昼食のメールが飛鳥に届いた。

 さゆりにとってもお世話になった先輩なので、用意してくれた昼食を無碍にするようなことはしない。全員が揃って鍛錬場を出るのに、時間はかからなかった。


――PM13:10 源神社 母屋 居間――

「で、新術式の開発はどんな具合なんだ?」


 元風紀委員の先輩術師 志藤しどう 和也かずや安西あんざい さとる、そして聖美の先輩術師三人は、相会談前から源神社でアルバイトをしており、今日は志藤と聖美が社務所に詰めてくれていた。志藤と聖美、そしてオウカを加えた九人は、いつものように食卓を囲み、聖美が作った昼食を食べながら談笑していた。


「完全に煮詰まりました。お手上げに近いですね」


 まだ刻印法具を生成できないとはいえ、志藤も刻印術師なのでS級の開発には興味がある。話題が一度途切れたのを境に、興味深そうに尋ねていた。


「そんなに難しい術式なの?」

「難しいですね。見たことある人がいればいいんですけど……」

「ちょっと待て。S級の開発をしてるんだよな?」


 S級術式は、自分で考え、自分で開発を行う。既存の術式や人のS級術式を参考にすることはあるが、それを基にして自分の考えを形にしていく。志藤もそれは知っているから、なんとなく話が噛み合っていないような気がした。


「ええ、そうです」

「じゃあ、見たことある人って、何の話なの?」


 それは聖美も同様で、S級の開発をしているとばかり思っていたから、さゆりの言っていることがよくわからなかった。


「言ってませんでしたっけ?私と敦で、勇輝さんのヴォルケーノ・エクスキューションを再現しようとしてるって」

「ヴォルケーノ・エクスキューションだと!?」

「なんで……ヴォルケーノ・エクスキューションを!?」


 だからさゆりの言葉は、二人にとって予想外のものだった。


「え?志藤先輩も聖美先輩も、知ってるんですか?」


 だが志藤と聖美が驚いたことは、さゆりにとっても予想外だった。


「ああ。安西も含めて、一度だけ見せてもらったことがある」

「えっ!?」

「見たことあるんですか!?」


 これには真桜や久美も驚いた。


「ええ。雅人先輩が氷焔合一を開発してる時に、見せてもらおうと何度も頼みこんだの。危険すぎるからって、OKはしてもらえなかったけど」


 雅人の氷焔合一は熱エネルギーを操る術式だが、開発は困難を極めた。飛鳥と真桜も手伝ったが、かなり危険な状況も何度もあり、さつきでさえ開発の様子は見ることができなかった。


「その時、勇輝先輩が代わりに見せてくれたのが、ヴォルケーノ・エクスキューションだ。簡単にだが、開発中に暴走したことや、危うく死にかけたことも教えてもらった」

「ちょ、ちょっと待ってください!じゃあ先輩達は、ヴォルケーノ・エクスキューションの詳細を知ってるんですか!?」


 続く言葉に、さらに驚いた。飛鳥や真桜でさえ、ヴォルケーノ・エクスキューションの詳細や概要は一切教えてもらえなかった。対生成者用の術式だということは教えてくれたから、教えてもらえなかった理由は納得している。


「詳細っていうほどじゃないけど、少しだけならね。刻印具じゃ処理しきれないからってことで無差別攻撃術式にせざるをえなかったそうだけど、いつか刻印法具が生成できたら、対象指定はもちろん、水蒸気や気流も上手く使えるようにするって言ってた気がするわ」

「水蒸気や気流って……水と風じゃないですか!?」

「確か、火山噴火の再現がコンセプトだと言ってたな。だから水蒸気爆発や溶岩流、噴煙や火山灰を気流に乗せて光を遮ることも、視野に入れてたはずだ」

「だからか……」

「そりゃ足りないはずよね……」


 火山噴火は、火と土だけでは再現することはできない。マグマや火山弾は再現できるが、水がマグマに触れることで起こる水蒸気噴火や、火山灰や軽石などで構成される噴煙柱が成層圏にまで到達するプリニー式噴火、火山灰、火山礫、火山岩塊を大量に噴出するブルカノ式噴火など、噴火様式だけでもいくつかに分類されている。しかも火山は、海底にも存在するため、水との関係性は深い。

 勇輝は刻印具でも処理できるよう、日本で最も多いブルカノ式噴火を採用したが、開発当初はいくつかの様式を再現するつもりだったらしい。


「そんなとんでもない術式を、刻印法具もなしで、しかもお一人で開発してたなんて……」


 勇輝は一人で、ヴォルケーノ・エクスキューションを開発した。雅人だけは少し手伝ったことがあるが、それもほとんど完成してからだったので、実際にどんな開発をしていたのか、それを知っているのは勇輝本人だけだ。


「さつきから聞いたけど、先輩が弁慶なら、それぐらいは最低限ってことなんでしょうね」

「俺達のため……ですか?」


 飛鳥は勇輝の最期の姿を忘れたことはない。それは真桜も同様で、思い出す度に胸が締め付けられるような悲しみで満たされる。


「だろうな。だけど、お前が気に病む必要はない。勇輝先輩が自分で決めて、自分で開発したんだからな」

「多分、雅人先輩やさつきも、同じだと思うわよ」

「でしょうね。何にしても、コンセプトがわかったわけだら、後は試すだけだな」


 思わぬところでヴォルケーノ・エクスキューションの概要が判明したが、だからと言って簡単なわけがない。火山噴火のメカニズムも知らないし、開発の難度も格段に跳ね上がった。


「そうね。できれば、先輩達にも見てもらいたいんですけど?」

「そりゃ構わないが、いいのか?」

「エアマリン・プロフェシーの中なら、余程の事がなければ大丈夫だと思います」

「でもその間、誰も社務所にいなくなっちゃうわよ?」


 さゆりの提案は、二人にとって非常に興味をそそられるものだった。しかも雪乃のエアマリン・プロフェシーの中なら、余程のことがあっても大丈夫だと言えるのだから、この機会を逃したくはない。だがアルバイトをしている身では、勝手に社務所を空けることはできない。


「それなら私が社務所に行きますから、大丈夫だと思います」


 だがそこで、久美が名乗りを上げた。


「え?いいの、久美?」

「本音を言えば、私も見たいんだけどね。だけど神社の仕事を疎かにするわけにもいかないし、飛鳥君や真桜も、万が一のために残ってないとマズいでしょう?」

「まあ、また難易度が上がるわけだからな」


 源神社は飛鳥と真桜の実家であり、鍛錬場も長年使っている。敦やさゆりもかなり使っているが、それでも施設の全容を知っているわけではないので、いざというときの緊急システムは、飛鳥か真桜でなければ作動させることができない。


「でも、久美一人に神社の仕事を押し付けるわけには……」


 ここでいつもなら雪乃も挙手しているのだが、今回は志藤と聖美の安全を守るため、鍛錬場に行くことになっている。普通のS級開発なら真桜でも暴走を防ぐことはできると思うが、それが混成術となれば話が変わる。だから本当に久美一人で社務所に詰めてもらうことに、真桜は申し訳なくなった。


「お姉ちゃん、私も久美さんを手伝うから、大丈夫だと思う」


 そこにオウカも手を挙げた。


「後学のためにも、オウカには見せておきたかったんだけどな」

「何度か見せてもらったし、お話を聞かせてもらうだけも勉強になるから気にしないで」


 オウカはまだ自分の生刻印から刻印法具を生成することはできないが、クリエイター・デ・オールをジャンヌ・シュヴァルベから継承している。S級の開発ぐらいはしていてもおかしくはないのだが、オウカは刻印術の基礎を、日本に来て初めて知った。だからまだ、開発することを飛鳥から禁止されていた。だが開発風景を見学する機会が滅多にないのも事実だ。


「ありがとう、オウカちゃん」

「話でよければ、後でいくらでもするさ」


 オウカの心遣いは、敦とさゆりにもありがたかった。どんな話になるかはわからないが、その程度でいいならいくらでも話せる。


「じゃあ後片付けを終わらせたら、始めましょうか」

「はい!」

「お願いします!」

「ありがとうね、久美」


 久美が社務所に詰めてくれることで、志藤と聖美が鍛錬場に来ることができるのだから、ヴォルケーノ・エクスキューションのテストも順調に進むだろう。久美もS級を開発しているが、それを中断させてしまっているのだから、何か埋め合わせぐらいはしなきゃと考えながら、さゆりは親友に感謝の言葉を述べた。


「気にしないで。神社のお仕事も、けっこう楽しんでやってるから」

「さすが久美“お姉ちゃん”!」


 だがそこで、イタズラ心が芽生えた。

 久美がさゆりの兄 準一に惚れていることは、風紀委員全員(若干名例外有)が知っている。今はまだ教育学部に籍を置く学生で、四月からは正式な教員となるものの、いずれは実家の一ノ瀬神社を継ぐことが決まっているのだから、結婚相手や跡取りのことも考えなければならない。準一がどう思っているかはわからないが、相手が久美なら、兄も嫌な顔はしないだろう。


「さゆり……それってどういう意味?」


 準一の結婚相手は、必然的にさゆりの義理の姉になるのだから、久美もそれぐらいのことにはすぐに気付く。


「確かに久美はお姉ちゃんだが、それは京介がいるからだろ?」

「あいつも入学当初から比べたら、かなり丸くなったよな」

「ごめん、久美。本当に……」


 だが若干名の例外が、まるっきり見当違いのことをのたまり、勝手に納得までしてるのだから、余計なことを言ってしまったと後悔する結果に終わった。


「今後は自重してくれれば、それでいいわよ」

「どうかしたのか?」

「何でもないわよ」

「この二人の鈍さは、もはや犯罪だな」


 志藤も久美が誰に惚れているかは知っている。準一も何度か源神社の鍛錬場を使ったことがあるから、普通なら久美の熱視線には気が付ける。

 だが当人を含む一流の男性術師達は、そんな気配すらない。一流の男性術師全員が色恋沙汰に鈍いわけではないのだから、やはりこれは飛鳥と敦の性格にも関係しているのだろう。それでも限度はあると志藤は思ったし、それはこの場の全員が共有する頭痛の種でもあった。

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