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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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19・決意と疑惑

――PM16:00 明星高校 風紀委員会室――

 生徒会の会議を終えた風紀委員は、風紀委員会室に足を運んだ。明日から開催される明星祭についての巡回もあるので、そちらの打ち合わせをするためだ。

 だが飛鳥は職員室に呼ばれているし、真桜もそれについて行ってしまったから、打ち合わせを始めるにはもう少し時間がかかりそうだ。


「……大河、美花」


 だが委員会室に入ると同時に、さゆりが口を開いた。


「なんだ?」

「教えてほしい術式があるの」

「私達に?」

「おいおい。俺達、普通の人間だぞ」

「そうよ。私達が覚えてるのは、試験で受けられる術式しかないんだから、さゆりに教えられるものなんてないわよ」


 大河と美花は刻印術師ではない。A級術式を使える刻印具を持ってはいるが、さゆりもいくつかA級を習得しているから、改めて教えてもらう意味はないだろう。


「いえ、あるわ。私が教えてほしいのは、ヴォルケーノ・エクスキューションよ」

「なっ!?」


 だがさゆりの口にした術式には、二人にとってまさかのものだった。

 ヴォルケーノ・エクスキューションはさつきの兄 立花勇輝が開発した無性B級広域干渉系術式であり、その勇輝が死んだ今、使い手は存在しない。その存在を知る者にとって、ヴォルケーノ・エクスキューションは幻の術式とも呼ばれている。


「本気なの!?」

「本気も本気、超本気よ」

「だからって、なんでヴォルケーノ・エクスキューションなの!?」

「今から新しいS級を開発しても、宿泊研修には間に合わない。だけど今のままじゃ、あいつには通用しない……」

「確かに、ジュエル・トリガーが効かないとは思わなかったからな」

「確か村瀬燈眞って、土属性なんですよね?」

「ああ、そうだ。そして知盛も、水属性に対して半端じゃない耐性を持っていた」

「唐皮のせいで、適性属性と相克関係の属性への耐性が、尋常じゃないくらい跳ね上がってたってことみたいね。強度を落としていたとはいえ、私のノーザン・クロスが効かなかったのも、それが理由みたいだったし」

「でも知盛には、飛鳥君のミスト・インフレーションが効いてたわよ!?」

「忘れないでよ。同じ生成者で、私達と飛鳥じゃ、術式の練度も精度も強度も、何もかもが違うってことを」

「相克関係がある以上、俺はもっと切実だな」

「だけど……」


 美花にとって、勇輝は初恋の人だった。美花がヴォルケーノ・エクスキューションを見たのも、自分と大河を助けるために勇輝が使ってくれたからで、そうでなければ存在すら知らなかったかもしれない。つまり美花にとって、ヴォルケーノ・エクスキューションは勇輝しか使えない刻印術であって、他の誰かが使うことはありえない刻印術となっていた。


「新しいS級を開発してる久美ならともかく、構想すらない私じゃ足手まといにしかならないわ。自分が死ぬだけなら、所詮はそこまでだったって諦めもつくけど、今回はそれじゃすまない……」


 さゆりも、美花の想いは知っている。勇輝に恋していたことも、今でも想っていることも。

 だがさゆりは、ある意味ではもっとも卑怯なことを、親友を傷つけることを考えていた。あまり愉快なことではないし、さゆりの主義にも反するが、背に腹は代えられない。


「知盛と教経の狙いは飛鳥君だしね。敦君だって、無関係じゃないし」

「……わかった」

「大河君!」

「お前だってわかってるだろ。飛鳥が遅れをとるとは思わねえけど、万が一のことがあったら、真桜は自分で命を絶つか、ジャンヌさんみたいなことになっちまう。雅人さんやさつきさんだってそうだ」

「それは……」


 だがさゆりの予想に反して、大河が折れた。

 大河の推測は正しい。万が一飛鳥が命を落とせば、真桜は自分の命を絶つだろう。そしてそれは、雅人やさつきも同様だ。雅人は飛鳥の、さつきは真桜の盾として、その命を捧げている。にも関わらず守れなかったとあれば、飛鳥と真桜の命を脅かした元凶の命を奪った後、雅人とさつきも自害する。二人にとっては、それほど飛鳥と真桜の存在は大きい。そしてそれは、美花もよく知っていることだ。


「お願い、美花」


 勘のいい大河は、さゆりが何を言おうとしていたのか予想ができていた。だから大河は、さゆりの口からそれが語られる前に、自ら折れた。その想いは、美花にも届いた。


「……わかったわ。その代わり、しっかりモノにしてね」


 親友が自ら命を絶つことは、絶対にあってはならない。それに勇輝は、飛鳥と真桜を守るために喜んで命を差し出したのだから、ここで美花が強情を張ることは、勇輝の遺志に背くことになる。勇輝だけの術式であってほしいと思っていたが、それでも親友の命には代えられないからこそ、美花も決断を下した。


「ありがとう!」

「だけど問題がある」

「問題?」

「俺達は、ヴォルケーノ・エクスキューションを使ったとは言えねえ。マテリアルとイラプションに、勇輝さんの遺した印子が干渉したから、あの形になったんだ。今俺達が試しても、多分積層術にしかならねえだろうな」

「そっか。刻印具も壊れちゃったから、データを確認することもできないんだったわね」


 久美の言うとおり、神槍事件でヴォルケーノ・エクスキューションを使った大河と美花の刻印具は、その威力に耐えることができず、術式発動の途中で壊れてしまった。今大河と美花が使っている刻印具は、連盟から新しく与えられたフル・オーダーの特注品だ。


「A級を使えるお前らの刻印具が壊れるって、相当じゃねえか。誰か概要知らないのか?」

「知ってるとすれば雅人さんぐらいだろうが、ヴォルケーノ・エクスキューションは勇輝さんの切り札で、対生成者用の術式だからな」

「多分、知らないと思う」


 知っているとすれば親友か妹だが、勇輝の性格的に妹に話すことはありえない。そのため候補は親友である雅人に絞られるのだが、ヴォルケーノ・エクスキューションは雅人の氷焔合一の開発と同時期に行われていた。だからもしかしたら、雅人でも詳しくは知らないのではないだろうか。


「かと言って、二人にマテリアルとイラプションを使ってもらうのも、リスクが高いわね」

「刻印具が壊れる可能性があるなら、やめとくべきだろうな」

「そうね。どうしたら……」


 これはさゆりにとっても予想外だった。確かにあの時のヴォルケーノ・エクスキューションに、勇輝の遺志が関与していたことは疑いようがない。だが実際に使ったのは大河と美花だったのだから、まったく知らないということもないと思っていた。そしてもう一つ、さゆりは二人の刻印具が壊れてしまったことを忘れていた。


「敦君、確かイラプション覚えてたわよね?」


 そこに久美が、何かを思いついたように口を開いた。


「ああ。って、マジか?」


 敦も久美が何を言わんとしているのか、なんとなく理解できた。だがそれは、やれと言われてできることではない。


「何が?」

「ヴォルケーノ・エクスキューションが広域干渉系で、大河君のマテリアルと美花のイラプションを混成させた術式なら、そこからはじめてみればいいんじゃない?」

「つまり、私のマテリアルと敦のイラプションで試してみろってこと?って、混成術で!?」


 混成術は二人で一つの刻印術を行使する術法であり、それによって発動された刻印術の強度は一人で発動させるよりはるかに強力になる。その威力は、たとえC級術式であってもA級すら凌駕し、刻印術師でなくとも使うことができる。


「混成術とは、また無茶苦茶なもん引っ張り出してきたな」

「この中で使えるとしたら、花鈴と琴音だけじゃないですか?」

「へ?」

「私達、ですか?」

「混成術っていう特性から考えると、多分そうだろうな」


だが混成術を使用する術師は、世界でも数少なく、その全てが一卵性双生児だ。詳細はわかっていないが、一卵性双生児間で稀に見られる同調性とテレパシー能力によって意思の伝達を行っているのではないかという説が有力視されている。


「ついでだし、花鈴と琴音も練習してみたらどうだ?」

「簡単に言いますね……」


 花鈴と琴音は一卵性双生児だが、適性系統も得意とする属性も異なる。何より混成術に必要とされている同調性やテレパシー能力は持っていない。


「だけど試してみるのって、確かにアリよね」

「面白そうだよね」

「紫苑!」

「オウカまで……!」

「でも久美先輩、一卵性双生児しか使い手がいないんですから、いくらなんでも無理じゃないですか?」

「そうかもね。でも私も、無責任に混成術を使ってみろって言ってるわけじゃないわよ」

「そうなのか?」

「大河君と美花が使った時だって、事情や条件はどうあれ、混成術だったでしょ?」

「あっ!」

「言われてみれば……そうかも?」

「そうなんですか?」

「なるほど。だからこいつらの刻印具が壊れたってわけか」

「多分、としか言えないけどね」

「で、他には?」

「相性の問題よ。敦君とさゆりって、すごく相性良いじゃない」


 だが久美は、それだけではないと思っている。確かに二人の相性は良いが、それならさゆりは自分とも良い相性だ。混成術を提案したのは久美だが、相性の良さだけで提案したわけではない。

 飛鳥が源義経、真桜がその正室 郷姫、そして久美は義経の側室 静御前。知盛は義経の妻は郷姫だけだと言っていたが、知盛の死後のことはわからないからとりあえずそうしておくと、自分は飛鳥や真桜と相性がいいことも納得がいく。

 その線でいくと、敦が佐藤忠信だから、さゆりはその人物に近い、もっと言えば正室なのではないかと思う。もっとも、根拠が薄いどころか皆無に等しいし、その理屈が成立するなら、誰も彼もが該当することになってしまう。


「確かに悪くはないが……ええい、わかった。とりあえず、やってみる。いいか、さゆり?」

「え?ああ、うん。こっちからお願いしたいところよ」


 さゆりの顔が、若干赤い。

 久美が混成術を提案した最大の理由は、さゆりを焚き付けるためだ。さゆりは敦に好意を抱いている。本人は恋愛感情ではないと言い張っているが、正直怪しい。真桜や美花、オウカ達1年生もとっくに気づいているが、当の本人である敦は、当然のごとく気づいていない。

 だから久美は、わざとさゆりを焚き付けた。決して、さゆりの兄である準一への好意を見透かされ、常日頃からからかわれているからではない。


「決まりだな。早速、明日からやるか」

「今日からやりましょう。一秒でも時間を無駄にしたくはないから」


 決まれば、次は実行するだけだ。ヴォルケーノ・エクスキューションを再現するとはいえ、工程はS級術式の開発と変わらない、というか全く同じだ。だから場所は、必然的に限られる。通常であれば許諾試験会場でもある鶴岡八幡宮の施設を使わせてもらうところだが、そこでは時間の融通が利かない。

 だが幸いにも、風紀委員長の実家である源神社には、鶴岡八幡宮の施設に負けない強度の鍛錬場がある。自分達のS級開発はもちろん、術式の習熟や覚えたばかりの新術式のテストも、何度もさせてもらった。特に今回は事情が事情なので、一秒でも無駄にしたくはなかった。


「意気込むのはいいけどよ、確か警備に駆り出されてるんじゃなかったのか?」


 勢い込んださゆりに、大河が冷水をぶっ掛けた。生成者は負傷した警察官の代わりとして、今晩泊まり込みの警備を依頼されている。飛鳥はそのために、職員室に呼ばれていた。


「バックレるわ」


 そちらも重要なことはわかる。だが巻き込まれたとはいえ、そちらはお国が責任を持って警備するという話だったのだから、簡単に依頼されても困る。都合というものを考えてほしいものだ。


「おいおい……」

「あんなことがあったばかりなんだから、無理に決まってるでしょ」


 だがそれはさゆりの都合であって、久美の都合ではない。

 元々久美は冷静な術師であり、大河や雪乃ほどではないが成績も優秀だ。血の気が多くケンカっ早い2年生生成者の中では、一番大人しいともいえる。だからいつの間にか、美花とともに抑え役となってしまっていた。


「何にしても、あいつらにも説明しとかないとだな」

「そうね。打ち合わせが終わったら話しましょう」


 飛鳥と真桜はまだ戻ってこない。だが間違いなく、警備の話を卓也と準一から聞かされているはずだ。

 その二人にとっても、勇輝は大切な、そして頼れる兄だった。だから飛鳥にも真桜にも、敦とさゆりがヴォルケーノ・エクスキューションを試すことを知る権利がある。それに二人なら、見たこともあるはずだ。

 B級として開発されたヴォルケーノ・エクスキューションだが、その真価がどこにあるのかもわからない今、少しでもアドバイスが欲しい。これはさゆりの本心だった。


――西暦2097年11月3日(日)PM15:00 明星高校 刻練館裏――

「はい、そこまで。って、またあなた達なの?」

「うるせえよ!邪魔すんじゃねえよ!」


 明星祭は大盛況だが、残念ながら問題もあった。知盛と教経が襲撃によって過小評価されることになった明星高校の生成者は、ただのチンピラにもなめられてしまうことになり、対応に四苦八苦していた。あの襲撃事件は詳細が伏せられているため、程度の違いはあるものの、多数の生成者がたった二人の不法侵入者を取り逃がしたと報道されており、連盟も対応に追われているらしい。

 今真桜が確保したガラの悪い、どう見てもチンピラ風の男達も、遠慮なく来場者から金品を巻き上げており、被害届まで出される始末だった。


「さっき捕まえた時、次はないって言ったよね?」

「知るかよ。ヴァルキリー・プリンセスなんつぅ大袈裟な称号もらっときながら、何もできなかったくせによ」

「だよな。ただの強盗ごとき、俺達なら余裕で捕まえられるっての」

「あっ!」


 チンピラまがいの学生は、どう見ても真桜を挑発している。だがこれは、どう考えても禁句だ。一緒に巡回していたオウカの顔色が、みるみる蒼くなっていくのがその証拠だろう。


「へえ、そうなんだ。ならさ、どうやって捕まえるのか教えてよ?」

「お、おいっ!」

「マ、マジかよっ!?」

「あ~あぁ……」


 真桜が発動させたのはエア・ヴォルテックスとコールド・プリズンの積層術だった。だがワンダーランドはもちろん、シルバー・クリエイターもブレイズ・フェザーも生成していない。頭に血が昇ったとはいえ、チンピラ相手に生成しない自制心は持ち合わせている。

 だがそれでも、オウカは溜息を吐きながら大きく肩を落とした。


「余裕で捕まえられるんじゃなかったの?それとも、この程度の積層術は防ぐ必要もないってこと?」

「ばばばばば、馬鹿言え!こんなの、なんとかできるわけねえだろっ!」

「だったらできもしないこと言わないでよね」

「落ち着いてよ、お姉ちゃん!早く解除しないと、大変なことになっちゃうよ!」


 明星高校では六人の生成者を非難する者はいない。理由の一つに、バスター・バンカーを生成した敦が手傷を負わされ、一晩だけだが入院してしまったことを知っているからだ。敦に手傷を負わせることができるのは生成者ぐらいであり、それだけで先日の襲撃者が只者ではないことがよくわかる。

 当然オウカも、真桜達の実力をよく知っている。国際問題どころか戦争にすら発展しかねない問題を内包しているのだから、うかつに公表することができない理由はわかる。だがだからといって、あそこまで露骨で悪意のある報道をするテレビ局があるとは思わなかった。


「わかってるよ。あぁ、あなた達は出入り禁止だから。次に見つけたら、本当に再起不能にするからね」

「……」

「言っとくけど、出たフリしてまた入ってきても無駄だよ?印子は覚えてあるから」

「なっ!?」


 探索系を使う術師は、対象の印子を辿ることも多い。これは試験にも出るのだから、試験を受けた者は全員が知っている。真桜は探索系を苦手としているが、それでもその程度のことは問題なくこなせる。だが今の様子から判断するに、目の前のチンピラ学生達は知らなかったようだ。


「それから、あなた達を解放するのは、校門を出てからだからね。忠告を無視したんだから、見せしめにぐらいはなってもらわないと」

「見せしめだとっ!?」

「当たり前じゃない。こないだの襲撃で私達の評判が下がったのは別に構わないけど、それに便乗してうちに手を出してくるなんて、許せるわけないじゃない。これは私だけじゃなく、他のみんなも思ってることだけどね」

「はい、オウカです。あ、美花さん。え?はい、わかりました」


 そのタイミングで、オウカの刻印具に通信が入った。どうやら校内を監視していた美花からのようだ。


「お姉ちゃん、お兄ちゃんや久美さんも、この人達と同じことしてた人達を捕まえたって」

「またかぁ」

「美花さんが言うには、お兄ちゃんが捕まえた人達って、マフィアの人達なんだって。お兄ちゃんと一緒に巡回してる瞬矢君がそう言ってたらしいよ」

「マフィアって、また面倒だなぁ。オウカ、瞬矢君は何か言ってるの?」

「えっと、今回屋台を提供してくれたお店の一つが、そのマフィアに地上げされてたんだって。だけどそのお店のご主人は、頑として首を縦に振らないから、この機会に屋台を潰して、ついでにうちの生徒に怪我させて見せしめにしようとしてたみたい」


 美花から転送されたデータを読み上げたオウカだが、さすがにそんなことをしでかす輩が、今の時代にもいたとは思わなかった。日本の映画では度々ヤクザと呼ばれる集団が存在するが、今ではほとんど見かけない。中華連合系や中東系の人間が組織したマフィアや犯罪組織が台頭し、規模では太刀打ちできなかったことが大きな理由だ。


「つまりそれも、こないだの事件の弊害なのか。飛鳥が取り押さえたんなら大丈夫だろうけど」


 だが真桜にとって、そんな連中はどうでもいい。海外系マフィアが絡んでいるなら、尚更遠慮などする理由がない。


「それだけじゃなくて、雪乃さんが国宝を狙った強盗団を捕まえたみたいだよ」

「雪乃先輩にも手間をかけちゃったのか。悪いことしちゃったなぁ」


 どんな事情かはわからないが、そのマフィア系犯罪組織が、大胆にも国宝や重要文化財を狙っていたようだ。ここには自分達だけではなく、四刃王に三華星、三剣士までいるというのに、とんだ命知らずだ。温和な雪乃が捕まえたことは、彼らにとって幸運だっただろう。


「この人達、チンピラって言うんだよね?そのマフィアと関係してるってことはないの?」

「誰がチンピラだってんだよっ!」

「立派なチンピラじゃない。オウカに悪い影響でたらどうしてくれるのよ?」


 オウカの疑問を、真桜が即座に肯定した。誰がどう見ても、立派なチンピラなのだから、それも当然だ。


「お姉ちゃん、どうするの?」

「せっかくだから、オウカが拘束してみて。足りないようなら、ウォーター・チェーンで補強するから」

「ということは、フライ・ウインドで運ぶの?」

「面倒だけどね。本当は海岸に放り出したいんだけど、それじゃ見せしめにならないもん」

「そうかもしれないけど……お姉ちゃん、危ない!」


 振り向いたオウカは、一人の男が真桜にウイング・ラインを発動させた瞬間を目撃し、思わず叫んでしまった。


「知ってるよ」


 だが真桜は動じることなく、エア・ヴォルテックスの範囲を広げ、ウイング・ラインをかき消し、男を捕まえた。


「げっ!」

「俺のウイング・ラインを……簡単に防いだだと!?」

「え?あれってウイング・ラインだったの?ゲイル・エッジだと思った」


 ゲイル・エッジは風性D級攻撃系術式のことで、鎌鼬を飛ばすポピュラーな術式だ。D級に分類されているため殺傷力は低いが、競技などでは多く使われているため、知名度も高い。真桜がそんな術式だと思った理由は、あまりにも強度や精度が低く、生体領域でも十分防げたからだ。


「どうせそれ、不正術式なんでしょ?春の事件があるから、他校でも不正術式を持ってる生徒がいてもおかしいとは思わないよ」


 男はウイング・ラインを使いこなしているとは言えなかった。B級術式なのだから、使うには許諾試験を受けなければならない。ウイング・ラインは空気の刃だけではなく、酸素や窒素、二酸化炭素の刃も生成し、飛ばすことができる。

 だが今のウイング・ラインは、ただ風の刃を飛ばしただけというお粗末なものだった。いや、刃にすらなっていなかった。許諾試験を受けずともその程度のことは授業で習うので、ほぼ間違いなく不正術式だろう。


「オウカ、その人も拘束しといて。まとめて運ぶから」

「は~い」

「なめられ過ぎるのも問題だなぁ。どうしたらいいんだろ?」


 明日もあるというのに、早くも疲れてしまった。飛鳥と雪乃が捕まえた海外マフィア系犯罪組織のことが公になれば、少しは事態が変わるのかもしれない。それに望みを託すしかないかもしれない。捕まえたチンピラ達を一瞥しながら、自分の消極的な考えに、真桜は大きな溜息を吐いた。


――西暦2097年11月4日(月)PM12:58 明星高校 校門前広場――

 明星祭最終日、今日は昨日のこともあり、飛鳥は巡回の組み合わせを変えていた。


「今日は大人しいね」


 コンビを組む真桜が、嬉しそうに飛鳥の腕にしがみついている。昨日のように頻繁に呼び出されることがあったら、飛鳥と腕を組むこともできないのだから、真桜としては静かな方がありがたい。

 ちなみに本日のペアは、飛鳥と真桜、敦とさゆり、大河と美花、久美と京介、瞬矢とオウカで、残りの1年生は常駐に回っている。男女のペアは珍しいが、相性や練度を考えれば、この方が都合がいいことは全員がよく知っている。


「そうだな。夕べのニュースで、中東系のマフィア組織が二つばかり壊滅したって報道されたことが大きかったんだろうな」


 昨日 飛鳥と雪乃が捕まえたマフィアは、中東系の組織だったらしく、アジア共和連合に所属しているイランの七師皇 ルドラ・ムハンマドも動いてくれた。


「飛鳥と雪乃先輩が手に入れた情報を基にして、ルドラさんがすぐに動いてくれたもんね。こんなに早く動いてくれるなんて、思ってもいなかったなぁ」

「俺達の称号は、七師皇がくれたわけだからな。七師皇としても自分達の沽券にかかわる事態なんだから、それぐらいはするだろうな」


 七師皇としても自分達が認めた若者が頼りないとなれば、沽券にかかわる一大事だ。七師皇は世界最強の刻印術師の称号なのだから、そこを疑われるようなことは、断じて避けなければならない。国は違えど、自分達が認めた若者である以上、彼らの名誉回復は七師皇という立場を守ることにもつながる。バカバカしく見えるかもしれないが、これはかなり重要なことだ。


「よくわからないけど、せっかくの明星祭なんだから楽しもうよ。昨日と違って、人に迷惑をかける人もでてこないだろうし」


 昨夜のニュースは、飛鳥達を盛大にディスったテレビ局でさえ、掌を返さざるをえなかった。七師皇が関与したことを否定すれば、いかに大手のテレビ局であっても、最悪の場合孤立無援となる。報道に携わる者にとって、それは断固として避けなければならない事態だ。


「だろうな。お、あれって瞬矢とオウカじゃないか?」

「あ、ホントだ。オウカも楽しそうだね。やっぱり瞬矢君と一緒だと、安心できるのかな?」

「それはわからないが……」


 飛鳥にとって、既にオウカは目に入れても痛くない大切な妹だ。その妹が想いを寄せる相手と楽しそうに歩いていれば、複雑な気持ちにもなる。


「飛鳥ってホント、オウカには甘いよね」

「そんなことはないと思うが……」


 真桜は面と向かってオウカに焼きもちを焼いたことはないが、時々飛鳥の態度が気になっている。オウカが瞬矢に好意を抱いていることは真桜もよく知っているが、それでも飛鳥の態度は、兄として時々行きすぎなのではないかと思うほど過保護だった。だから真桜は、相手が妹でもいつか爆発するかもしれない。


「それはそれとして、雅人さんとさつきさんって、今日はどうしてるの?」

「校内にいるはずだ。昨日のことがあるから、俺達とは別に探索系で見張ってくれてる」

「三剣士と三華星が見張ってくれるような文化祭って、うちだけだよね」

「そうだな。さて、ここは大丈夫そうだから、次に行くか」

「うん。次はどこに行く?」

「そうだな。そういえばまだ、プールは見てなかったよな」

「あ、そうだった。雪乃先輩だけじゃなく、香奈先輩やエリー先輩、まどか先輩も頑張ってるって聞いてたから、絶対に見たかったんだ!」


 雪乃のクラスは、プールを利用した展示を行っている。オラクル・ヴァルキリーを主軸としたその展示は高い評価を得ており、展覧会を見に来た来場者からも評判がいい。


「決まりだな。それじゃ行こう。かなり評判がいいから、俺も楽しみだ」

「うん!」


 真桜にとって、雪乃はさつきと並ぶ憧れの女性だ。

 正直に言えば風紀委員になった直後は、地味で目立たない先輩だと思った。だが風紀委員長になった辺りから徐々に才能を開花させ、今では自分達に比肩するか、もしくは凌駕する実力者となった。

 同時に地味だった服装や化粧も、2,3年生女子による三条雪乃改造計画によって見違えた。当然だが真桜も一役買っている。

 真桜が理想とする女性はさつきだったが、今では雪乃にも心から憧れ、生成者としても女性としても、ある意味ではさつき以上の目標となっていた。

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