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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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17・平知盛

――同時刻 明星高校 校庭 プレハブ付近――

「片桐、そっちはどうだ!?」

「この人で最後よ!伊東君の方は!?」

「こっちはもう誰もいねえ!急ぐぞ!」


 プレハブ付近では、壮一郎と真子が最後の怪我人を運び出そうとしていた。だが運悪く、そこはさゆりと教経が戦っている場所に近く、時折二人の刻印術が流れてくる。雪乃がヴィーナスを二人の周囲に展開してくれているから被害はないが、そうでなければ一発や二発ぐらいは直撃していたかもしれない。


「三条先輩がヴィーナスを使ってくれてなかったら、もっと大変なことになってたわね」


 さゆりと教経の戦いは激しい。教経は接近しようと何度も試みているが、さゆりはそれを許さない。レインボー・バレルの特性である言霊認証省略がなければ接近されていたかもしれないが、だからといって簡単だったわけではない。むしろさゆりも教経を接近させないようにするため、刻印術の強度を落とすことを余儀なくされていた。


「瀬戸?お前も来たのか」

「俺もいるぞ」

「阿部。佐倉も。田中は大丈夫なのか?」

「美花と富永、それから風紀委員を貼り付けてある。それにお前らで最後だ」


 かすみは生徒会長である責任感から、自ら怪我人の救助に行くつもりだったが、それは生徒会と風紀委員会によって止められた。代わりというわけではないが、響を除く各委員長と大河が救助をかって出ていた。同時に大河は、美花と実戦経験の少ない1年生にかすみの護衛を任せている。


「それにしても、なんで鬼が消えたんだ?」

「三条先輩だ。あの人が召喚の刻印を、クレスト・レボリューションで消してくれたから、存在できなくなったんだろうな」

「あれはすごかったわね。一回り大きな鬼もいたのに、まとめて消しちゃってたし」


 大河と迅は、雪乃がクレスト・レボリューションで召喚の刻印を消し去った現場を目撃し、真子は現場にいた。だから急いで救助を進めることができたし、今もここに来ることができていた。


「なら、急ぎましょう」

「ああ。俺と伊東で担ぐ。佐倉、悪いが防御頼めるか?」

「わかった。やべぇ!伏せろっ!!」


 だがそこに、教経の発動させたスチール・ブランドが流れてきた。大河は用意していた刻印具からマテリアルを発動させ、鉄塊弾を撃ち落としたが、数が多すぎる。


「なんちゅう数だ!」

「佐倉君がいなかったら、もっと多かったってこと!?」


 真子がカーム・キーパーを、瑠依がガード・プロミネンスを発動させたが、とっさのことだったので積層術にはなっていない。瑠依の言うように、大河のマテリアルがなければ、相克関係にあるカーム・キーパーでも破られていただろう。


「大河!みんなっ!」


 危うく直撃するところだったが、さゆりのアース・ウォールが間に合った。カーム・キーパーとは相性がよくないが、さゆりはそれを逆用するために、あえてアース・ウォールを選んでいた。マテリアルの振動で強度を落としたスチール・ブランドの鉄塊弾は、アース・ウォールに触れることで同化し、カーム・キーパーによって風化している。そのため大河達はなんとか無傷でしのぐことができた。


「悪い、一ノ瀬!」

「ありがとう!」

「お礼はいいから、早く逃げて!」

「心配せずとも、あの者達を狙うつもりはない」

「よく言うわね!じゃあさっきのスチール・ブランドは何なのよ!?」

「私の失策だ。貴殿がそちらに動くだろうと予測し、先読みをしていたつもりだったが、読みを外してしまったため、射線上にいたあの者達が巻き込まれてしまったのだ」

「意図してってわけじゃないってこと?」

「無論だ。知盛様は平家再興を望んでおられるが、私の望みは源義経と佐藤忠信との再戦。だから無用な血を流すことは避けたいし、何より私は平家再興などに興味はない」

「それを信じろとでも言うわけ?」

「そうしてもらいたいが、無理だということもわかっている。だがそれでも、無関係な者を巻き込むことは、私の誇りが許さない」

「オッケー、わかったわ。誇りなんていう言葉を持ち出したんだから、真子達を狙うつもりがなかったことだけは信じましょう」

「ほう?」

「だけどね、私はあんた達を許すつもりはないのよ!」


 さゆりは自分の都合で相手の都合を捻じ曲げるような輩が一番気に入らない。入学直後からそういった輩と対峙してきたこともあるが、それだけではない理由もある。


「では、どうするつもりだ?」

「生きるか死ぬか、二つに一つよ!」


 さゆりの兄 準一には、かつて恋人がいた。準一より二つ年上の刻印術師で、実家である一ノ瀬神社の近くに住んでおり、さゆりも幼い頃から世話になっていた。だがその女性は、刻印術師優位論に傾倒し、あろうことか過激派ともつながりがあった。神槍事件後に雪乃、久美と共に連盟に報告に行った際、本人の口から語られた。その女性は準一を利用していただけではなく、雪乃や久美にまで手を出そうとしていた。その時さゆりは、自分の理想が砕け散ったことを悟った。その女は、連盟に来ていた三華星の秋本光理に粛清されたと、後になって聞かされた。

 だからさゆりは、教経に向け、無性干渉対象攻撃系術式として再調整を施したジュエル・トリガーを発動させた。


「あいつ!こんなところでジュエル・トリガーを!」

「あれが……一ノ瀬のS級か!」

「宝石の……雨、なの!?」


 当初は広域系として開発していたジュエル・トリガーだが、さゆりの適性の低さと相まって、思っていたより広範囲に展開させることができなかった。だからさゆりは広域系を捨て、代わりに干渉系と攻撃系の強度を上げることで、攻撃力そのものを底上げすることを選択した。そのため純粋な攻撃力は、以前より上がっている。


「はあっ、はあっ……。なんという恐ろしい刻印術だ……」


 だがジュエル・トリガーによって生み出された酸化アルミニウムと個体炭素が大地に戻り、雷が天空へ迸り効果が消滅すると、そこには教経が、息を荒くさせながらも無傷で立っていた。


「えっ!?」

「嘘でしょ!?」

「ジュエル・トリガーが……効かないだとっ!?」


 信じられなかった。威力を落としていたとはいえ、高い強度で発動させたのだから、土属性に適性を持つ教経といえど無傷でいられるはずはないと思っていた。確かに無傷ではなさそうだが、見る限りでは外傷はない。いったい何が起こったというのか、さゆりには理解することができなかった。

 そして驚いていたのは、さゆりだけではなかった。


「あんな馬鹿げたS級を食らって……なんで無傷なんだよ!?」

「相克関係があっても、あんなの防ぎようがないわよ!」

「他の刻印術は、あの人にしっかりと効いてたのに……なんで?」

「隙だらけだぞ!」

「させるかっ!」


 だが印子を消耗したさゆりに、知盛が襲いかかった。大河のマテリアルによってダメージを受け、その場に膝をついたが、それでも大したことはなさそうだ。


「くっ!振動震しんどうしんか!」

「強がってはいても、さすがに無傷じゃないみたいだな!」


 振動震はマテリアルの呼び名だが、限定領域内の大地を揺らす振動震を基に発展させた術式であるマテリアルは、振動震とは別の術式と言える。

 大河はそのマテリアルを使いこなすまでになっており、おそらく生成者相手でも互角に戦うことができるだろう。だがその大河のマテリアルでも大したダメージを与えられなかったのだから、大河としてもやりきれない。


「残念ながら、その通りだ。だが私より、虹の戦乙女の方が衝撃が大きいようだぞ?」

「当たり前でしょう!だけど今度は、さっきより強いのでいくわ!死んでも文句言わないでよね!!」


 まだ精神的なダメージから回復してはいない。だがさゆりは、全力でジュエル・トリガーを発動させた。

 圧縮されたダイヤモンドと酸化アルミニウムは硬度を極限まで高め、分子結合を完全に止め、さらに地殻を形成する元素の一つである珪素を炭素と化合させ、炭化珪素までも生成した。炭化珪素は酸化アルミニウムを圧縮させたサファイアやルビーより硬く、熱伝導率も耐火性も高い。無数の宝石がぶつかり合い、熱を持ち、発火する中、レインボー・バレルの銃口に生成された炭化珪素は次々と熱を持ち、摩擦と静電気によって電化し、レール・ガンのように勢いよく撃ち出され、教経に命中すると同時に先程よりも大きな雷光となり、天へと登った。

 だが教経は、またしても無傷で現れた。


「嘘……」

「んな馬鹿な……!!」


 先程より強度を上げたジュエル・トリガーは、広域系を排除する調整がされていなければ、近くにいた生徒会も巻き込んでいただろう。それほどの威力で発動されたジュエル・トリガーを無傷でしのぐことなど、どれほど耐性が高くとも不可能に近い。倒せないまでも、大きな傷は負う。これはさゆりにとっても、まったく予期せぬことだった。

 そして教経は、さゆりに対して無言のまま、樹震陣とムスペルヘイムに相当する雷火陣らいかじんを発動させた。


「さ、さゆりっ!!」


 二度のジュエル・トリガー発動、内一回は自身の全てをかけて発動させたジュエル・トリガーが効かなかったことに、さゆりは大きなショックを受けていた。だから知盛が雷火陣を発動させたことに気付くのことが遅れた。周囲に展開された空間には、溶岩の海が広がっている。このままでは溶岩に飲まれ、命を落とすだろう。

 だが次の瞬間、樹震陣と雷火陣が割れた。


「さゆりっ!」

「え?」


 教経の術式を破ったのは、飛鳥だった。ミスト・リベリオンで溶岩を氷らせ、内部へ侵蝕し、内側から破裂させた形だが、S級術式を使ったとはいえ簡単にできることではない。土属性である樹震陣は、水属性であるミスト・リベリオンに対して相克関係を持っている。だが飛鳥は、水性広域対象干渉系術式であるミスト・リベリオンを、風属性を組み込み、無性広域干渉系対象結界術式として再調整していた。


「あ、飛鳥っ!」

「一ノ瀬先生も!?」

「飛鳥君、ここは任せてくれ!君は真桜ちゃん達の所へ!」

「はいっ!」


 フライ・ウインドを発動させ、ロード・アクセラレーターから飛び立った飛鳥は、すぐに真桜の下へ向かった。


「お兄ちゃん……なんで?」

「鎌倉署から帰るところに、ここが襲われてると通報があったから、飛鳥君を乗せて先に来た。詳しくは後で聞く!」


 準一は右のハンドル・グリップを掴み、引き抜いた。ライト・グリップは内蔵されているファイアリング・エッジによって、炎の剣となった。


「村瀬燈眞、大人しくしろよ。もっとも、さゆりのジュエル・トリガーを食らったんだから、自由には動けないだろうが」

「……一之瀬準一か。貴殿の刻印法具が、そんな形状だったとはな」

「礼儀正しいな。大人しく従ってくれるなら、手荒な真似はしないが?」

「それはありがたいが、私にはやらねばならぬことがある。今はまだ、大人しく捕まるわけにはいかぬ」

「それは残念。なら無理やりでも、いや、場合によってはここで命をもらうことになる」

「元より承知」

「そうか。では行くぞ!」

「来い!」


 準一はロード・アクセラレーターのアクセルを吹かし、ライト・グリップを構えながら発進させた。


「くっ!そのバイク、まるで騎馬のようだな!」


 見た目の外傷はないが、内部へのダメージはあるようで、斬鋼刃を持つ手が若干おぼつかない。そこに剣を構えた準一が、高速で斬り抜けていくのだから、いかに教経といえど、簡単には対応できていないようだ。


「そう言われたのは初めてだな。だがそんな体で、俺から逃げられるとでも?」

「確かにな。だが方法がないわけではない!」


 教経が樹震陣を発動させた。だが高速で縦横無尽に駆け巡る準一を捉えられない。

 準一も樹震陣によって撃ち出された土の矢を避け、斬り払いながら樹震陣内を走っているが、徐々に密度を増していく矢の嵐の中、教経に近づけなくなっている。


「なるほど、こいつの欠点を見抜いて矢の雨を降らせてるわけか」

「それだけ高速で動けば、簡単に方向転換はできぬからな」


 だがいかに無数の矢の雨を降らそうと、準一には対抗策がいくつも思いつくし、教経もそれは承知だ。軽い拮抗状態になっているように見えるが、怪我を抱えている分、教経の方が不利だし、それは準一も教経も理解できていた。


「すげえ……。あんな法具があるなんて……」

「噂には聞いてたが、本当に生活型の生成者だったのか」

「それもすごいけど、あれだけの矢の雨の中で、あんなに動き回れるなんて……」


 壮一郎も大河も真子も、準一の戦い方に驚いていた。自在にバイクを操り、空を走り、剣を振り、次々と刻印術を発動させるその姿はまさにグラビティ・ライダーだ。


「あれが……お兄ちゃんの実力……」


 そしてそれは、妹であるさゆりにとっても衝撃だった。兄の実力は知っていたつもりだった。準一が生成者だということは相会談まで知らなかったが、それでも高い実力があったし、さゆり自身もレインボー・バレルを生成しなければ勝つことは難しい。その兄が、初めて本当の実力を見せていた。


「むっ!これは!?知盛様っ!」


 だが突然、教経の意識が逸れた。だが準一としても予期せぬ名前がでたため、一瞬呆気にとられてしまった。


「知盛?何のことだ?」

「この勝負、預ける!」


 知盛は樹震陣の強度を上げ、円環柱を重ねることで、準一の進路を塞いだ。


「ちっ!ラウンド・ピラーか!」


 あえて準一を対象に設定しないことによって、準一を取り囲むように発動した円環柱は、ロード・アクセラレーターの動きを妨げながら次々と不規則に円柱を突き上げた。本来であれば上空に行くことで回避できるが、ここは真桜が発動させたウラヌスの中であり、ロード・アクセラレーターの使用を前提として展開されているわけではない。そもそも真桜は、ロード・アクセラレーターの存在を知らない。


「しまったっ!」


 その隙をつき、教経はグランド・ミラージュによって姿を消した。


「逃がしたか……」

「飛鳥が来たと思ったら、準一さんも一緒だったのか」

「敦君か。ひどい怪我だな」


 そこに敦がやってきた。飛鳥が来たことを確認したことで、傷の痛みを自覚してしまい、結果遅れてしまったわけだが、言い訳としては弱いかもしれない。


「教経にやられました。前世の記憶ってのも、厄介なもんですね」

「教経?それに前世の記憶?どういうことだ?」

「村瀬燈眞は、自分の前世が平教経で、その記憶が甦ったって言ってました。もう一人、誰かはわかりませんが平知盛を名乗ってる男がいます」

「なるほど。ということは村瀬は、知盛の下へ向かったわけか」


 そう言うと準一は、再びロード・アクセラレーターのアクセルを吹かした。


「場所はわかるか?」

「この裏手にいます。三条先輩が向かってますから、簡単には逃げられないと思いますが?」

「だといいんだが……」


 準一も雪乃の実力を知っているし、信頼もしている。しかし直接相対した村瀬燈眞が平教経としての記憶を持っているなら、平知盛も同様だろう。教経は正面から挑んできたが、知盛もそうとは限らない。

 だがあの二人がこんな所で生成するぐらいなら、逃がしてしまってもいいような気もする。どちらにしても、大きな問題になる。準一はそう考えた。


――同時刻 明星高校 校庭 プレハブ付近――

 プレハブを挟んで校庭の反対側では、真桜と久美が知盛によって押されていた。


「まさか……私のノーザン・クロスが効かないなんて!」


 雪乃、さゆり同様、久美も水性S級広域対象干渉術式ノーザン・クロスを、無性S級広域干渉系感知対象術式として再調整を施している。だがそのノーザン・クロスが、知盛には通用しなかった。


「いくら水属性に適性があるからって、久美のノーザン・クロスを防ぐなんて、ありえないよ!」


 知盛の追撃は、真桜のシルバリオ・コスモネイションが防いでくれたが、もし真桜がいなければ、久美は知盛によって命を奪われていただろう。


「私の金剛無明こんごうむみょうを防ぐとはな……。いつの時代でも、風使いは厄介だということか」


 知盛の発動させた金剛無明は、闇に紛れて生成した鉄の刃を幾本も突き立て体内から食い破る術式だが、現代の刻印術に該当する術式は存在しない。しいて言えばソード・マインと闇性A級広域自然型術式ミッドナイトの積層術だろう。


「思ったよりやるな。だがこれで記憶が戻っていないのだから、もし記憶が戻れば、私にとって大きな障害となる。郷と静を手放すのは惜しいが、憂いを断つためにも、貴様らの命、ここで貰っておく!」

「ふざけたこと言わないでよね!」

「そうね。そもそも手放すもなにも、私達はあなたのものじゃない。それこそ、前世でも今の世でもね!」


 そういうと久美は、再びノーザン・クロスを発動させた。先程防がれた切り札だが、破られたわけではない。

 久美は同時に風紀委員に入るまで刻印融合術の存在を知らなかったこともあり、古の刻印術や伝説と言われている術式法に関する技術や知識について調べていた。まだ全て理解できたとは言えないが、真桜が静御前ではないかと言われていたこともあり、平安時代後期から鎌倉時代初期の文献や記録の調査からはじめたことが幸いだった。

 発動させたノーザン・クロスは、真桜のシルバリオ・コスモネイションに干渉することによって、夜の闇に北十字の別名を持つ白鳥座が輝いた。氷り付いた銀の流星が液体窒素や液体ヘリウムの雨の中、次々と知盛に降り注ぎ、極寒の世界を作り出しながら周囲を白く染め始めている。


「ここまで氷を操るとは……今生の静は私と同じということか」

「久美、よっぽど気に入られてるみたいだね」

「嬉しくないどころか、迷惑極まりないわね」

「そうだよね。久美って知的な人がタイプだもんね」

「……真桜、あなたも対象に追加するわよ?」

「おっかないなぁ!」

「心配するな、郷姫よ。私は差別せずに扱ってやるつもりだ」

「何の心配だ!とっとと二人から離れろ!」

「え?」

「あ、飛鳥!」

「き、貴様はっ!?」


 真桜と久美が表情を緩め、対照的に知盛が驚愕を浮かべている。準一のロード・アクセラレーターから降りた後、飛鳥はフライ・ウインドでプレハブを迂回することなく、まっすぐここへ来た。


「お前……!真桜に手を出して、何をしようとしてたんだ!?」


 カウントレスを生成した飛鳥は、刀身にブラッド・シェイキングを発動させ、今にも斬りかからんとする勢いを見せた。


「やはり貴様も、今生に生を受けていたか。郷や静を見て、もしやと思っていたが……!」

「わけのわからないことを!そもそもお前は何者なんだ!?」

「これではっきりした!既に弁慶が死んでいたのも、貴様のせいだったというわけか!」


 だが話がまったく噛み合っていない。というより、知盛は自分の推測をまとめているようにも見える。


「飛鳥君、その男は平知盛と名乗ったわ。そして真桜を郷姫、私を静御前と呼んだ」

「静御前って、真桜のことじゃなかったのか!?」

「私が聞きたいわよ。他にも村瀬燈眞が平教経、敦君が佐藤忠信って呼ばれているわ」

「敦まで……」

「それから気を付けて。その男には、私のノーザン・クロスが効かなかったわ」

「なんだと!?」

「多分、唐皮のせいだと思う」

「唐皮の?」

「静!それ以上は貴様でも許しはせんぞ!」

「なんであなたの許可が必要なのか、全然わからないんだけど?」

「飛鳥、久美。終わったの?」

「終わってはいないけど、詳しく話してる時間がないのも間違いないわね」

「今一わからないが、あいつを止めることに異論はない。援護を頼む」

「オッケー!」

「おのれ、義経!前世だけではなく、今生でも私の邪魔をするか!」

「義経!?俺がか!?」

「やっぱりね。そうだと思ったわ」

「前から言われてたことだもんね」

「予想してたなら、先に教えてくれ。ともかく、行くぞ!」


 真桜と久美は、シルバリオ・コスモネイションとノーザン・クロスの積層結界の強度を上げ、さらに真桜はシルバリオ・ディザスターまで重ねた。飛鳥はブラッド・シェイキングを解除し、ミスト・インフレーションを刀身に纏わせ、フライ・ウインドによって上空へ舞い上がった。


「空からか!卑怯な真似を!」

「何が卑怯だ!いきなり襲ってきたお前に、そんなことを言う資格があると思うな!」


 水性A級広域系術式タイダルウェーブまでも発動させた飛鳥は、滝のような津波に姿を隠しながら一気に降下した。


「甘いぞ、義経!」


 だが知盛は、久美のノーザン・クロスを凌いだことからもわかるように、水属性に適性を持つ。タイダルウェーブが自然型術式の一つとはいえ、水属性の術式に違いはないし、ノーザン・クロスに匹敵する威力を出すことはできない。

 だがそんなことは、飛鳥も真桜も久美も承知の上だ。


「甘いのはどっちかしらね!」


 真桜が極小範囲で発動させたヨツンヘイムが知盛の足を拘束し、そこに久美がバインド・ストリングを重ねることで、氷河のような泥の混じった氷となった。


「なんだとっ!?」


 だが知盛からすれば予想外の組み合わせだったらしく、一瞬だけ飛鳥から気が逸れた。

 そこに飛鳥のミスト・インフレーションが直撃した。血液を含む体液を膨張、振動させ、体内から破壊するミスト・インフレーションは殺傷力も高い。だから飛鳥は、斬り付けた左腕だけを対象に発動させた。本来であれば、斬り付けられた左腕は膨張し、吹き飛ぶことになる。

 だが知盛は、そのミスト・インフレーションにすら耐えてみせた。


「なっ!?」

「ミスト・インフレーションまで……効かないの!?」

血壊波けっかいはは、合戦では当たり前の刻印術だ。防ぐ手段はいくらでもある」

「血壊波!?」

「ブラッド・シェイキングの昔の呼び名よ。けっこうポピュラーな術式だから、平安時代末期に使い手がいても不思議じゃないわ」


 ミスト・インフレーションは、ブラッド・シェイキングを参考に開発している。真桜達のS級術式ように複雑な処理をしていない分、発動速度も持続時間も長く、術式構造もシンプルなので破られにくいという特徴がある。水属性に適性を持っていようと、人体の約七割が水分で構成されている以上、両者の力量差が大きくない限りは防ぐことは不可能とされている。さらにミスト・インフレーションは血液に干渉するため、ブラッド・シェイキングとは異なり、術式の効果が切れても体内にダメージを残す。

 知盛は左腕から血を流しているが、それはカウントレスによって斬り付けられた時のものだ。

 だが飛鳥からすれば、強度を下げていたとはいえ、ミスト・インフレーションのダメージがないとは思いもしなかった。何年も使い、完成の域に到達したこのS級術式は、七師皇や三剣士であっても防ぎきれないのだから、飛鳥にとってこの結果はありえない。


「だがまさか、血壊波がここまでの威力になっていたとは……」


 軽く頭を揺すった知盛だが、突然表情が変わった。


「こ、これは!?まさか、唐皮が!!」

「な、なんだ?」

「まあよい。義経の首と引き換えならば、高くはない。さらばだ、義経!」


 ミスト・インフレーションが効かなかったという事実に、飛鳥は気を取られていた。だから知盛が、手にした短剣にソード・マインを発動させたことに気付くのが遅れてしまった。


「飛鳥君!!」

「飛鳥っ!!」


 だが雪乃のエアマリン・プロフェシーが、三人をそれぞれの結界で包み込んだ。


「さ、三条先輩!?」

「遅くなってごめんなさい!」

「また貴様かっ!邪魔ばかりしおって!」

「邪魔をしているのはどっちですか!」

「ちっ!さすがにこれ以上は危険か。遊びのつもりが、唐皮を失うことになるとは……!」


 知盛は真桜達を軽くあしらうつもりだった。本気で戦うつもりはなく、唐皮の刻印との同調が確かめられれば、すぐに退くつもりだった。

 だが実際は、本気で戦うことを余儀なくされたばかりか、唐皮の刻印を失うというお粗末な結果になってしまった。これで源義経か佐藤忠信の首を取る、もしくは郷姫か静御前を連れ去ることができていれば話は違ったが、それも無理だった。


「確か知盛は、名将って言われてたわね。こんな様じゃ名将が聞いて呆れるけど」

「黙れ、静!覚えていろ、義経!この屈辱、そして前世からの因縁、やはり貴様の命で晴らすしかない!私は必ず、また貴様の前に現れる!首を洗って待っているがいい!」


 陳腐な捨て台詞を残すと、知盛はシャドー・エクスプロージョンを発動させた。広域干渉系でもあるシャドー・エクスプロージョンは、エアマリン・プロフェシーによって効果を妨げられているが、目隠しとしての役目は果たしている。


「逃がさない!」


 そして雪乃は、エアマリン・プロフェシーの中にはいない。そのエアマリン・プロフェシーは、捕縛用の結界としても高い精度を持つし、仮に逃がしたとしても高い精度で追跡することもできる。

 だがその雪乃が、突然結界に包み込まれた。


「これは……ヨツンヘイム!?」

「知盛様をやらせるわけにはいかん!知盛様、今のうちに撤退を!」

「教経か。よくやった。義経、郷、静!この屈辱、忘れんぞ!」


 教経の援護を受け、知盛はシャドー・ミラージュを発動させ、その場から消えた。


「源義経よ!我等は因縁の地で、貴殿と決着をつける!それが私の望みだ!決して忘れるな!」


 教経は斬鋼刃を構えると、ウラヌスの刻印にソード・マインとスチール・ブランド、アイアン・ホーンを発動させた。ウラヌスは光属性であり、相克関係は闇属性の術式との間に発生する。だが積層術によって、疑似的に相克関係を作り出すことは珍しくないし、難しいことでもない。問題があるとすれば刻印を破壊させた時の余波だが、教経は光属性を無効化することも可能な防御術式クリスタル・スフィアを展開させることで防ぎ切った。


「さらばだ、源義経よ!」


 そしてグランド・ミラージュとシャドー・ミラージュを同時に展開させ、知盛の後を追うようにこの場から姿を消した。


「逃げたか……」

「厄介な男ね。まだ手の内が見えないからタチが悪いわ」


 知盛は唐皮の刻印と同調することによって、ヘルヘイムや召喚の刻印を使用してきた。水属性に適性を持っていることに間違いはないだろうが、それだけでは知盛の力量がどれほどのものなのかは推測することも難しい。


「あと私達のこと、郷姫とか静御前とかって呼んでたよね。ホントのことなのかな?」


 真桜は自分の前世のことは興味がない。だが飛鳥が前世でも夫であり、久美が仕える女中だったと言われたためか、珍しく興味を持っていた。


「真桜ちゃん、そのこと、後で詳しく聞かせて」


 だが雪乃の食いつきは凄まじかった。雪乃はウラヌスの外で避難作業を手伝っていたため、中に入るのは遅れてしまった。だから真桜が郷姫、敦が佐藤忠信、そして久美が静御前だと言われた現場には居合わせていなかった。


「え、えっと……飛鳥?」


 さすがの真桜も、予想外の迫力に思わずのけぞってしまった。


「すまん、俺も状況がまだ理解できてないんだ。久美、頼んでもいいか?」


 いつものように飛鳥に助けを求めた真桜だが、今回に関しては飛鳥も知らないことが多い。だから久美に投げたわけだが、真桜からすればあまり嬉しくはない。


「そうなるわね。敦君も巻き込んだ方がいいかも」


 そして久美は、敦を巻き込むことで、真桜の嫉妬の嵐から身を守ることにしたようだ。


「もしかして、井上君についても触れてたの?」

「そうです。後でお話ししますよ。だけどその前に、後片付けと病院ですね」

「そういえば敦君、すごい傷だったよね」

「止血はしてあるけど、そこまでしかできないのがもどかしいわね」


 雪乃は合流してすぐに、ハート・ウォーターとライフ・カームによって全員に応急処置を行っていた。だが傷の治療は医療行為に該当するし、過度の医療系術式による治療は逆に大きな負荷となる。これは前線で戦うことの多い刻印術師、特に生成者にとって死活問題となっている。


「仕方ありませんよ。それじゃ俺は、名村先生と柴木署長に連絡を入れます。無理を言ってきたので」

「そういえば、飛鳥。どうやって鎌倉署から来たの?」


 真桜には、鎌倉署での会議が長引いていることはわかっていた。何故なら会議が終われば、飛鳥は必ず自分に連絡を入れてくる。その連絡がなかった以上、知盛と教経が現れた時はまだ会議中だったはず。鎌倉署からここまで、急いでも30分はかかるのだから、気になるのも当然だ。


「準一さんの法具に乗せてもらってきた。まだ生成してるかもしれないな」

「乗せてもらって?」


 だが飛鳥の答えは、真桜だけではなく久美にとっても予想外だった。法具に乗せてもらって、という表現は聞いたことがない。


「敦やさゆりだけじゃなく、生徒会も何人か見てるから、観念するんじゃないかな。準一さんの法具、バイク状だったんだよ」

「そんなのありなの!?」

「確かに生活型だけど、またとんでもない話ね」

「本当ですね。せっかくだし、見せてもらいましょうか」


 真桜が驚いているが、それは雪乃や久美も同様だ。バイク状の刻印法具など聞いたことないが、確かにバイクは生活型刻印具に分類されているから、ありといえばありなのだろう。もっとも準一としても、刻印神器の生成者に「そんなのありか」と驚かれるのも、納得がいかないことだろう。


「あ、そっか。さゆりに問い詰められてそうだよね」

「でしょうね。それじゃ飛鳥君、先に行くわね」


 さゆりは兄の刻印法具を見せてもらったことがないばかりか、刻印法具を生成していたことも、世界刻印術相会談まで知らなかった。今日初めて見たのなら、確実に兄を問い詰めていることだろう。


「ああ。俺もすぐに行くよ」


 それは飛鳥も同意見だったが、それより気になることがいくつもあった。まだ情報を整理できていないから、という理由もあるが、ミスト・インフレーションとノーザン・クロスが通用しなかったという事実が、飛鳥に重く圧し掛かっていた。自分達の前世も気になる。そして教経の因縁の地という言葉。これで終わりではないどころか、むしろ始まりに過ぎないことを、飛鳥は理解していた。

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